リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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第二話

 

 

 

「ねぇ……どう思う?」

 

 護衛依頼を終えた翌日の十月二十八日、朝八時。リベルタ付近の次元空間に停泊する小型次元航行艦、ミラクル号のリビングルームにて。

 

 トーストした食パンにバターを塗りながら問いかけるフィーに、相棒のネギは同じく精神世界で優雅にミルクティーを味わいつつ首を傾げた。

 

『どう思うって?』

 

「だから昨日の、発掘団のリーダーの話だよ」

 

 そう言って、良く冷えた牛乳瓶を片手にバターたっぷりのトーストを頬張り、昨日の事を思い出す。

 

 踏んだり蹴ったりな発掘を終えて、何の収穫も無しに施設を後にした発掘団とフィー。契約通りの報酬を約束通り受け取ったあの時、不意にリーダーがこぼした言葉。

 

『裏世界のDSAA……伝統ある大会なんだってね』

 

 詳しくは聞いていないが、優勝者は莫大な賞金や裏世界での栄光を手にするのだとか。ダメもとで挑戦してみるか、なんて言うリーダーに適当に話を合わせていたが、実際の所はどうなのだろうか。

 

「流石に確認も取れてない話を鵜呑みにするほど、わたしもバカじゃないんだけど……」

 

 ……本当にあるなら、一攫千金のチャンスなんじゃ

 

 なんて思わなくもない訳だ。

 

「伝統ある大会なら、前みたいに管理局の化け物騎士に追われることもないでしょ?」

 

『どうだろうね。そんなこと言ってると、フラグが立っちゃうよ?』

 

「っ!? っとと、危ない」

 

 思わずトーストを落としかけて、フィーは頬を膨らませた。

 

「もう、ネギ! 変なこと話ないでよねっ ホントになったらどうすんのよ!」

 

『ははは……まぁ、あんな猛者に狙われるなんて、滅多にないよ。……出場したいなら、先ずはその大会について調べないと』

 

「むむむ」

 

 頭を悩ませるフィー。そんな少女の耳に、メールの受信を知らせる電子音が入る。見れば、リビングルームの端に投げ置かれたノート型の携帯端末が音の発信源のようだ。

 

 端末を起動。空間ディスプレイが宙に表示され、メールボックスを開いて確認。宛名とその内容を確認して、フィーは小さく笑みを浮かべた。

 

 トーストの残りを口に詰め込んで牛乳で押し流すと、少女は頭の上で手を組んで、背中を伸ばすように立ち上がる。コキコキ、と関節が音を立てた。

 

「ぅ~~んっと。さてと、そんじゃあ早速行きますかね~」

 

『これ、本当に行く気かい?』

 

「ま~ぁね。面白そうじゃんっ」

 

 にしし、と笑みを浮かべて、フィーは操縦室へと足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 新暦六十五年十月二十九日、午前○時二十分。

 

 第二十三管理世界ルヴェラ北部の街、歓楽街から一歩踏み行った裏通り。

 

 冷たい闇に足音を響かせ、かつて大剣使いのレイと呼ばれた青年、レイ・クラシクは頬を滑る冷や汗を払いのけた。

 

 尾行されていることに気が付いたのは、つい先程のことである。

 

 脇道に逸れて一人になった途端、八面体のペンデュラムが襲い掛かってきたのだ。紙一重で避けたものの、襲撃者の姿は見当たらない。続けざまに何処からともなく襲い来る攻撃を回避。物陰から背を見せて逃げる女の姿を発見し、レイは追いかけたのだ。

 

 狙われる覚えはない。或いは、自分に大会へ出て欲しくない者の襲撃だろうか。

 

 薄闇の向こうに見えたのは、先の波打つ肩口まで伸びた金髪。

 

 捕まえて、理由を吐かせる。

 

「待てっ!」

 

「……っ!」

 

 空間を跳躍し、放たれるペンデュラムによる刺突。四方八方、あらゆる角度から襲い来るそれを起動した大剣型デバイスで打ち払い、無数の火花と金属音を従えて、入り組んだ裏通りの道を走り続ける。

 

 移動速度はこちらの方が速い。

 

 緑を基調とした礼服じみたバリアジャケットの背中が、ひらけた広場に差し掛かるのを見て取り、一挙動で地を蹴る。

 

 飛びかかるような踏み込みは、二十メートル近くあった若い女との距離を瞬く間に食い潰す。

 

「……展開」

 

 半ばまで間合いを詰めたレイの耳に入る、そんな言葉。直後、非常に珍しい古代《エンシェント》ベルカの術式で構成された閉鎖結界が、広場を覆うように展開された。

 

「っ!?」

 

 ぞくり、と背筋に寒気を感じ、振り向きざまに両刃の大剣を捻り、右方へと翳す。

 

 激しい衝撃に大剣を弾き飛ばされそうになる。

 

 空中で吹き飛ばされ、乱れた体勢を立て直しつつ着地。

 

 頭を振るって目の前を見据えれば、結界を張った金髪の女とは別の新手。桃色の長髪をポニーテールに結わえ、片刃の大剣を構えた女騎士の姿。

 

 淡い月光が差し込み、凛とした女の表情が浮かび上がった。

 

「……誘い込まれた、と言うことか」

 

「お前の魔力、貰い受ける」

 

 息吐く暇もなく、右八双に構えられた剣の切っ先が、闇を裂いて袈裟懸けに煌めく。

 

 甲高い金属音。

 

 火花と共に辛うじて斬撃を受け流し、女騎士の側面に回り込むと、その首筋目掛けて大剣で一閃。

 

 幻のように目の前から女が消え失せ、レイの大剣は空を切った。

 

「ガァッ!?」

 

 遅れて感じる、激痛。

 

 いつの間にかバリアジャケットを突破され、ダークグレーのジャケットの胸部が一文字に浅く斬られた。刀傷から噴き出す鮮血が、足もとに積もる雪を彩る。

 

「くっ……!」

 

 どう動いたのか。どうやって剣を走らせたのか。レイの目ではその挙動を捉えることすら出来なかった。

 

 ……篦棒に強い

 

 苦痛に歪む表情。

 

 それでもレイは踏み込んだ。

 

 運良く入り浸っていた違法賭博闘技場の一斉検挙に巻き込まれなかった。その後も幾度となく、己自身の剣の腕前と持ち前の強運で窮地を乗り越えてきたのだ。今回も、何とかなる。

 

 そう信じ、己に言い聞かせて、渾身の一撃を振るう。

 

「……く」

 

 が、奇跡は起こらない。呆気なく剣閃は流され、返す刀の一撃を受け止めきれずに足がもつれる。

 

 広場の地面を一転して立ち上がり、見上げた視界に月光を反射する銀の刀身が煌めく。

 

 冷徹な剣閃が、レイの視界を埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 外から見た封鎖結界の景色は、ピンと張りつめた膜が張っているかのようだった。

 

 魔導師でも集中しなければ意識できない程に隠蔽された結界だったが、しかし、間違いなくそこにそれはあった。

 

 張り詰めた緊張感。

 

 一瞬の気も抜けぬ焦燥感。

 

 腐るほど、飽きるほどに感じ慣れた、もう抜け出た筈の闘争の香り。焼け付くようなニオイを嗅ぎ取り、

 

「……最近は此処も、物騒になったものだ」

 

 と、男が言った。

 

 男が居るのは、結界の張られている裏道の広場から南西に直線距離で二キロ。このルヴェラの大都市『アムール』の中心部に位置する高層ビル。その屋上。

 

 百メートル近い高所から、男はアムールの街を見下ろしている。

 

 風がかなり強く、土地柄や季節も相まって体感温度は氷点下を遥かに下回る。しかし、そんなことは全く気にせず、男は腕に抱いた赤子をあやした。

 

「すまないな。だが、お前を守るためだ。許せ」

 

 男の言葉に赤毛の小さな幼子は、剃り上げられて丸坊主になったスキンヘッドの頭へと手を伸ばし、きゃっきゃ、と笑みを浮かべる。

 

 小さく微笑み、闇の中でも光の絶えない街並みを見回す。

 

「…………」

 

 鋭い瞳。短く整えられた口髭や顎髭、大柄で筋肉質な体躯。胸元の開いた白のワイシャツに黒いジーパン。その上から青いエプロンを着込んでおり、一見して巌の如く堅い男の雰囲気を、休日の優しい父親のように和らげていた。

 

 男の視線の先で、結界が掠れるように消える。どうやら騒動は終結したらしい。

 

 飛行魔法によって飛び去っていく緑と紫の魔力光を見据え、

 

「あれが近頃の連続通り魔傷害事件の犯人、か……」

 

 そう呟く。

 

「……お前たちは、何を求めて闘うのだろうな。誰かの為か。それとも、己自身の為か。いや……」

 

 ひとつ、息を吐き。

 

「関係のないことだ。……精々、私の平穏を崩さないでくれよ。……もしも、この子に害が及ぶようなら」

 

 その声は何処にも伝わらない。いや、伝わらぬよう、見つからぬように、男は存在を隠蔽する結界を張り巡らせているのだ。

 

 酷く重い、胸に抱いた小さな命を優しくあやす。心を満たすのは、半生を掛けて歩んだ死地では感じようもない安らぎ。

 

 去っていく二人の襲撃者にゆっくりと背を向け、男は幼子へと笑いかける。

 

 男は笑う。

 

 そして、

 

「八つ裂きだ」

 

 そう、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 ……深淵。

 

 何処とも知れぬ、果てしなく限りない星々の海。

 

 虚無でありながらも、完全な世界。

 

 光も闇も見えず、同時に煌めく雄大な天の輝きを感じられる空間。

 

 世界と自己を隔てる壁が存在しない、酷く曖昧な混沌の中で『それ』は微睡んでいた。

 

 己の存在が星を壊すことを識り、己の業の深さに恐怖し、『それ』は自ら悠久の眠り、永劫の牢獄に身を投じた。

 

 永劫を内包した刹那。

 

 無限大を閉じこめた極細塵。

 

 全て無に帰す、沈む事なき黒い太陽。

 

 混沌に影落とす月。

 

 陽と陰。無限と零が溶け合い、腐り、煮えたぎる……故に、決して砕かれぬ不滅、不変の闇。

 

 『それ』にとって、全ては泡沫だった。目覚めてしまえば全てが壊れる。終わりとも知れず、何時しか消える、泡沫の夢。

 

 ただただ虚ろな思考の中で、この微睡みが永遠であれ、と『それ』は祈る。

 

 己の目覚めは、全ての滅び。

 

 故に、この眠りが悠久であれと。

 

 森羅万象、何もかもがあり、何もかもがない泡沫の宇宙にたゆたう『それ』は、童姿の金の少女は、ただただ祈り続ける。

 

 永遠結晶エグザミアを核とし、那由他を、不可思議を超える、無量大数の魔力を生むもの。

 

 覚醒したならば、星の生命活動にすら影響を与える無限連環機構。

 

 ……其の名は、砕け得ぬ闇

 

 決して醒めぬ夢の中を、それはただ、漂うのみ。

 

 

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