リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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第四話

 

 

 

 第二十三管理世界ルヴェラ。その北部、ハバロフ地方の中心都市アムール。

 

 惑星の衛星軌道上に停泊させたデメキング号から郊外の森林の中へと転移門《ゲート》を開き、てくてくと歩くこと三十分。ようやく、日を浴びて輝く歓楽街の大ゲートが姿を現した。

 

「……と言うわけで、何だかんだやって来ましたルヴェラのアムールっ」

 

 キラリン、と日光を反射する黒縁の伊達メガネ。テンション高めに声を上げたのは相変わらずのピンクジャージにサンダル、腰まで届く長い髪を頭の後ろでひとまとめにした赤毛娘のフィーだ。

 

 煌びやかに装飾された大ゲートの向こうには、メインストリートらしく広い通りが伸びている。徒競走でも出来そうな程広い道の両端に、屋台と出店の数々がずらりと並ぶ光景は圧巻の一言。流石は北部の中心都市、と言ったところか。

 

 飲食店だけではない。衣服やアクセサリの露天、ゲームセンターや賭博場、占いの館のような店まで。それぞれ工夫を凝らした装飾で店を彩り、道行く人々を呼び込んでいる。

 

『やっと着いた。……うん、認識阻害眼鏡はしっかり機能してるね』

 

 相棒のネギが頷く姿が脳裏に浮かぶ。何を隠そうフィーが掛けているメガネは、ネギお手製の魔法具なのだ。掛けている者の相貌が認識されにくくなるらしいこれは、しつこく『魔拳』と言う犯罪者について言及する中、話題を逸らされるように渡された代物だ。

 

「確かに、わたしに注目する人が少ないかも。半信半疑だったけど、何気にスッゴいね……って言っても、ミッドから離れてるし、用心しすぎかもだけど」

 

『何事も用心しすぎなんてことはないよ。……指名手配されていた頃は、良くお世話になった道具だからね。効果はお墨付きだ』

 

「? 指名手配されてたこともあるの?」

 

『ちょっとばかり、世界滅亡を企む奴らに嵌められてね』

 

「っ、スケールが段違いじゃん。なんか余計に気になってきたな~相棒のむかしばなし」

 

 頭の後ろで手を組んで、ゆっくりと歩を進めながらメインストリートを物見遊山。

 

『…………僕の昔話なんて血生臭いだけだよ。映画に例えるなら、導入で世界が滅んで一本。絶望的な戦いが映画三本分くらい続いて、その後に混乱した社会を立て直そうと苦心するのに一本。ラストで絶望の中に光を見つけてベターエンド……面白くもない展開が続く、六部作の出来上がりってね』

 

「……そ、そっか。でもまぁ、そのうち聞きたいかな~」

 

 暗いオーラを放ち始める相棒にフィーは頬をひきつらせ、とりあえず話を打ち切った。たとえ話とは言え、具体的な話を聞いたの初めてかもしれない。

 

 ……やっぱりというか、なんというか。そうとうヘビーでシリアスな内容そうだな~

 

 そう思う。

 

 けれど、それでもフィーは何時かは聞きたいと思った。おんぶにだっこではなく、自分が彼の相棒なのだと胸を張れるように。彼が乗り越えてきた道を少しでも知りたかったのだ。

 

 しかし、

 

「……そう言えばおなかヘったな~」

 

 折角の熱気溢れる歓楽街なのだから、ひとまず脇に置いとこう。

 

 小さく頷き、フィーは飲食店を探して首を巡らせた。

 

『あぁ、そっか。パンは飽きた~って、朝は牛乳だけだったね。保存がきくパンが安売りしてたからって、いくら何でも買いすぎだよ』

 

「ぶー、そう言うことは買う前に言ってよ」

 

『何事も経験だからね。僕はフィーを甘やかすつもりはこれっぽっちもないから』

 

 なんて言葉に、あんたはわたしのお父さんか、と心の中でツッコミを入れて、頭上に浮遊する宣伝用の大きな空間ディスプレイを見上げる。

 

 一応、ヘカートからの依頼を受けた際に貰った前報酬のおかげで、フィーの懐はかなり暖かかった。貧相、と言って差し支えない普段の食事のグレードを二段階ぐらい上げても良いほどに。

 

 久し振りのご馳走三昧。その後はどうするか。享楽的で刹那的な快楽主義一直線な感じで、趣味の機械いじりの為にジャンクショップを見て回ろう。大会にエントリーするために受付所を探すのはそれからでいいや。

 

 と、そこまで考えて、フィーは電柱に貼られた宣伝用紙を見つけた。本当に偶然の事だった。他の店がこれでもかと装飾を工夫して客を呼び込む中、それだけが余りにも簡素で逆に目を引いたのかも知れない。

 

 『Owner’s-CAFE』と言う店名と昼時のみの営業時間、そして路地裏を踏み入った先にあるらしい店の場所。なんとも上級者向けのニオイをフィーは嗅ぎ取った。

 

「むむむ、なんか隠れた名店の気配を感じた気がするよ、これは!」

 

『オーナーズ・カフェ? 本当に行くのかい? メインストリートの方で無難に食べた方が良いと思うけど。路地裏じゃあ、誰に絡まれるかわからないし』

 

 なんて常識的な提案に、ちっちっ、と指を振る。

 

「享楽主義検定準一級のわたしには、この店に行った方が楽しいって分かる! ネギもまだまだだねっ 折角来たんだから、普通の所で食べるんじゃつまんないじゃん。まあ、強いて言うならフィーリングってやつ? どうせ大会の受付で路地裏を探し回るんだしさ~」

 

『はぁ…………だから何時も厄介事に首を突っ込むはめになるんだよ』

 

「あーあーあー、ナンにも聞こえマセーン! さ、レッツゴー!」

 

 十分後、フィーは呆気なく道に迷っていた。

 

 アムールの街の裏通りは想像以上に複雑に入り組んでいたようだ。職業柄、古代文明の遺跡や迷宮に潜ることもある少女だ。地図通りに進めば迷うことはなかっただろうが、調子に乗って近道しようと横道に逸れたのがいけなかった。

 

「ここ、何処だろ」

 

 むむむ、と腕を組んで唸る。

 

 相棒のネギは精神世界の奥で考え事か。きっと、魔拳とやらについて考えているのだろう。道に迷ったくらいで相棒を頼るのは、フィーのささやかなプライドが許さなかった。

 

 歩くこと更に十分。

 

 目的のカフェは、見えてこない。

 

 ……これは、道を聞くしかないかな

 

 なんて思い始めた矢先、目の前の脇道から歩み出てくる人影が少女の視界に飛び込んできた。厚手のセーターにジーパン、二十歳半ばの女性だ。

 

「すいませーん」

 

「あら、お嬢ちゃん?」

 

 フィーの声に首を傾げる女性。こちらから話し掛けてしまうと認識阻害メガネの効力は弱まるが、流石に目の前の女性が管理局の関係者だとは思えないので問題はないっだろう。

 

 こんな人通りの少ない道で優しそうな人に会えてラッキー、なんて運の良さを喜んだのは一瞬。フィーは小さくため息を吐く。

 

「こんな所で一体どうしたのかし、」

 

 優しい声音。女性は人の良い笑みを浮かべたままフィーまで五歩程の距離まで近寄り、

 

「ら!」

 

 細い足が、アスファルトの地面を蹴り砕いた。凄まじい速さで距離が詰まる。

 

 非魔導師の一般人では、何をされたか分からぬ間にやられてしまっただろう。そこそこ高い出力の身体強化。

 

 しかし、フィーは慌てず騒がず、淡々と迫り来る女の右手を見つめた。握られているのは電気を纏った棒状の物。おそらくは、

 

「対魔導師用に出力いじったスタンガン、てとこかな」

 

「っ!?」

 

 半歩後方へ下がり、振り下ろされたスタンガンを握る手の首を掴む。それだけで、女は息を呑んだ。小さな女の子だとフィーを侮っていたのだろう。残念ながら人の良い笑みの下にある、ドロドロの欲望を隠し切れていなかった。

 

 腕を捻ることで、関節を極める。

 

 当然、抵抗しようと女は力任せに暴れるわけだが、その勢いを利用してひょい、とフィーは足を払った。

 

「きゃっ!?」

 

 なんて可愛い声を上げて女が宙を舞う。更に掴んでいた女の手首を地面に引き下ろせば、

 

「はいお疲れさん」

 

 鈍い音を響かせて、女は頭から地面に衝突した。白目を剥いて大の字に倒れる女を道の脇に蹴り飛ばし、お片付け終了。

 

 軽く手を払い、ひとつ頷く。

 

「まったく。管理世界の中心都市とは言っても、治安悪いとこは悪いよねホント」

 

 と、もう一度ため息を吐きつつも、一転。

 

 手甲を展開し、背後から気配を消して迫ってきていた男へ裏拳を見舞う。

 

 スタンダードな杖型のデバイスを男の手から弾き飛ばし、驚愕に歪む髭だらけの顔面に拳をめり込ませる。

 

 女を沈めた時よりも大きな重低音が路地裏の闇を振るわせて、次いで、煉瓦の壁に突っ込んだ男が瓦礫に埋まる。どうやら今の一撃で意識を失ったようだ。

 

 隠行術の練度を見るに、男はそれなりの実力者だったのだろう。が、まさか十にも満たぬ少女に己の気配を悟られるとは思わなかったに違いない。一瞬の動揺。しかし、あの間合いでそれは致命的だ。

 

「ホントに裏通りは治安悪いね。いやまあ、わたしみたいなのがとことこ歩いてたら、狙われるのは必然なわけだけど」

 

 実力の低い囮が正面から話しかけてあわよくば対象を無力化し、実力の高いもう一方が、気配を消して背後から忍び寄る……よくある人攫いのパターンの一つだ。可哀想に、餌食になった者は別世界に奴隷として出荷されるか、それとも生体実験の被検体にでもされたか。フィーには知る由もない。

 

 念のため、周囲に人攫いの仲間が潜んでいないか気配を探る。

 

 ……うん。もう居ない、かな?

 

 誰もいないことを確認したフィーは、さっさとカフェを探索に戻ろうと踵を返して、

 

「ふむ、助けはいらなかったか。手甲が役に立っているようで安心したぞ、嬢ちゃん」

 

「っ!?」

 

 背後から投げ掛けられた言葉に、息を呑んだ。

 

 まったく存在を悟ることが出来なかった。さっきの奴等とは桁違いの手練れ。精神世界の奥で考え事に耽っているだろう相棒を呼ぶべきだろうか。自分だけで対処できるだろうか。そんな刹那の思考が脳裏を駆け抜け、フィーは拳を握り込んだ。

 

 一挙動で瞬動術に入り、固めた拳を背後にいる存在に叩き込もうとした一刹那前。

 

「待て待て、そう慌てるんじゃない。私はあんな人攫い共とは違うぞ」

 

 振り向いた途端にがっし、と頭を掴まれ、動きの起こりを潰されてしまった。

 

「なっ…………へ?」

 

 フィーの目に飛び込んできたのは、厳めしい顔付きをしたスキンヘッド。白のワイシャツに黒いジーパン。青いエプロンを身に着けた男。そして、ベビーカーで寝息を立てる、一歳になるかどうかの小さな赤毛の幼児。

 

「久し振りだな」

 

「てんちょう、さん?」

 

 見覚えのある顔に、フィーは目を丸くする。

 

 そこにいたのは、相棒と出会って初めて入った居酒屋の店長。フィーの愛用する手甲型デバイスを譲ってくれた恩人だった。

 

 

 

 

 

 

 ワン・オーナーがデバイスを譲った赤毛の娘、フィー・T・N・スプリングフィールドと名乗る少女に再会したのは、偶然のことだった。

 

 ミッドチルダの街で居酒屋を引き払い、この街へやって来たワン。とある女から預けられた小さな赤子、エリオを伴って表通りで店の仕入れや昼飯を済ませ、自宅も兼ねている小さなビルのワンフロアを借り切った店へと戻る途中、激しい魔力の高まりをワンは感じた。最近は物騒な通り魔も現れる。様子を見に忍び寄ってみれば、ピンクのジャージに身を包む、何処か見覚えのある少女の姿を目にしたのだ。

 

 定休日だと言うのに自分の営む喫茶店『Owner’s-CAFE』を探していた小さなお客を連れ立って、男は自分の店に帰ってきた。

 

 二十人も入れば満員になる、それほど広くない店内のカウンター席に少女を案内すると、手早く作ったオムライスとミルクをテーブルに並べる。

 

「奢りだ。昼はまだなんだろう?」

 

 おおさっすがてんちょう、なんて調子の良いことを言う少女に苦笑し、ワンはコーヒーを注いだカップを手に取り一口啜る。

 

 ……変わったな

 

 赤毛の娘を一瞥し、そう思う。

 

 あの管理局による一斉検挙に巻き込まれ、てっきり捕まったのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 

 何処かアンバランスに思えた戦闘技術も、この一年足らずで見違えた。

 

 色々あったのだろう。自分と同じように。

 

「そう言えば、ワン店長さん」

 

「なんだ?」

 

「店長さんって子供いたっけ?」

 

 そう言って、少女は仕切で区切られた厨房の方。据え置かれたベビーサークルの中で積み木で遊ぶ幼児に目を向けている。

 

 ああ、とワンは頷いた。エリオと出会ったのは、少女が店に顔を出さなくなってからの事だった。

 

「いや、あの子……エリオはちょっと預かっていてな」

 

「ふーん」

 

 オムライスを頬張りながら、エリオを注視するフィー。物珍しい小動物を観察するように、興味津々、と言ったところか。

 

「珍しいのか? 小さい時は嬢ちゃんもこうだったろう」

 

 なんて言葉に少女は何処か悲しげに苦笑すると、ミルクの注がれたグラスに口を付けることで誤魔化した。人には知られたくないことが一つ二つあって当然だ。故に、ワンは少女のその反応を深くは尋ねない。

 

「む~」

 

 何故か急に眉をひそめる少女。誰かと念話しているのか、表情筋が極僅かにだが動いているのがワンには見て取れる。

 

 ……インテリジェントデバイスは持っていないようだったが

 

 まさか噂に聞く融合騎《ユニゾンデバイス》ではあるまい。不思議に思いつつもコーヒーの芳ばしい苦みを楽しんでいると、

 

「ね、ねえ、店長さん。後で赤ちゃんを抱っこして良いかな?」

 

 なんて言ってくる。

 

 それに、ワンは快く首肯した。少女の瞳の中にあるのが、純粋な好奇心であると見て取れたからだ。

 

 ……まあ、うちのエリオは少しばかり危ないが

 

 少女の実力なら問題ないだろう。

 

 残ったコーヒーを飲み干し、ワンは小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 くりっと丸くて大きな瞳。ふわふわさらさらの短い赤毛。ぷっくりマシュマロのようなほっぺた。

 

「か、かわいい」

 

 間近で見たエリオと言う名の幼子は、想像以上の愛らしさだった。

 

 ……これが、萌え?

 

 なんてよく分からない事を内心で考えつつ、積み木で遊ぶエリオの脇に座り込む。

 

「ぁう?」

 

 なんて言って首を傾げるエリオの頬を、フィーは思わずぷにぷにっ、と突っついた。自分にもこんな時期があったのだろうか、とある意味感慨深い。

 

 オリジナルのアリシアには、確かに赤ちゃんだった時期があっただろう。だが、自分やフェイトはどうだ。おそらくは、何らかの技術で成長を促進していた筈だ。脳に記憶を刷り込まれて、ある程度完成した状態で培養槽の中で目覚めたのだろう。

 

 つまり、なにが言いたいかというと……

 

「うりゃうりゃうりゃ~、このこの~かわいいなこんちくしょ~」

 

 ……エリオマジ天使(笑)

 

 頬をぷにぷにつついている内に妙なテンションになったフィーは、エリオが不機嫌そうに顔をしかめていることに気が付かない。

 

『…………フィー、そろそろ可哀想だから止めなよ』

 

『あとちょっと、あともうちょっとだけ』

 

「ぅう゛ぅぅ」

 

 唸るエリオ。つつきまくるフィー。そうして何十秒が過ぎたか。様子を窺っていたワン店長が唐突に声を掛けてきた。

 

「言い忘れたが……エリオは怒ると電気を纏うから、気を付けろ」

 

「へ?」

 

 ワンの方へ首を巡らせたフィーの視界の端に、青白い火花が散った。慌てて振り向けば円らな瞳を僅かに歪ませ、ご機嫌斜めのエリオさんのお姿。

 

「ぁぅう゛う゛う゛ううう!!」

 

「あばばばばばば!!?」

 

 迸る雷光。

 

 痙攣する肉体。

 

 慌ててバリアジャケットを展開して対電効果を期待するも、なにもかもが既に手遅れだ。

 

 数秒後、魂のように口から煙を吐き出して倒れ伏す少女の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~、ひどい目にあったよもう」

 

 裏通りでも曲がりくねって複雑に入り組む道を歩きながら、ついついそんな言葉をフィーは呟く。その両腕には鈍色の手甲。先ほど路地裏の道で治安の悪さを実感したのだ。一応、用心としてデバイスは起動させているのだ。

 

『でも、あれはフィーの自業自得でしょ』

 

「むぅ~」

 

 全く以てその通り。

 

 ……ま、可愛かったからいっか

 

 可愛いは正義なのだ。まったく。この世界はなんと不公平に作られているのやら。

 

 時刻は午後五時を半ばまで過ぎ、太陽は地平線の向こうに姿を沈め掛けている。バリアジャケットを展開しているからこそ肌寒くはないが、吐き出した息が唇を離れた途端に白く染まるところを見ると、かなり冷え込んでいるのだろう。

 

 北部に位置する土地柄と、路地裏でただでさえ陽が射し込まない為だろうか。そこかしこで剥げた舗装の下から凍った土が覗いている。道の脇に積もったままの、解けきっていない雪には、血のように赤黒い染みが付着していた。

 

 誰かが此処で血を流すようなことでもしたのだろうか。バリアジャケットを冷気がすり抜けたように、一瞬だけ背筋が寒くなった。

 

「…………ま、裏通りじゃよくあることだよね。それでネギ、そろそろ教えて貰った場所が近いんじゃないかな?」

 

『だと思うんだけどね』

 

 二人が探しているのは、依頼された大会に出場するための予選。その受付所だ。ヘカートによると、広場のような場所で露店を開いているらしい。そこで特定の掛け合いをすればいいらしいが。

 

 しばらく歩いていると、ネギが言う。

 

『そう言えば、フィーが作ったあの発信機、あげちゃってよかったのかい?』

 

「発信……ああ、『ワカルンデスぐれーと』のこと?」

 

 フィーお手製の小道具『ワカルンデスぐれーと』。シールのように薄い素材で作ったそれは、対象に張り付けることであらかじめ設定した特殊な信号を発し、位置特定を可能とするのだ。なんと同次元世界内なら有効範囲と言う優れ物。サンダルを飛ばす必殺技を練習している内に無くしたら困ると考えて発明したのだ。

 

「まぁ、サンダルの分はもう張り付けてるしね。エリオくんが迷子になったら困るじゃんか」

 

 なんて話していると、道の両端に続いていた灰色のビルの壁が突然途切れ、フィーの前に直径五十メートルほどの円形の広場が姿を現した。すり鉢状に一段低くなった広場では、輸送用次元航行艦を改造した露店がお店を開いている。

 

「うん、情報通り」

 

 見れば、到底カタギとは思えないほど人相の悪い男達が数人、商品を手に取りたむろしている。

 

 無遠慮に探るような視線に、フィーは首を竦めて受け流すと、露店に足を進める。

 

 デメキング号よりも二回り大きい次元航行艦の輸送コンテナの片面を開き、屋根や商品棚を広げた即席の露店。コンテナの横幅は五メートルほどで、アクセサリーや置物などの小物が所狭しと並べられていた。

 

 それらをスルーして露店の奥、カウンターに腰掛ける店員らしい老婆に話しかける。

 

「ひっひっ、どうしたんだい、お嬢ちゃん」

 

 お伽噺に出てくる森の奥に住む魔女のようにしわがれた声で老婆はフィーに尋ねてきた。

 

 普通の子供なら悪夢にうなされそうなしわくちゃに歪んだ笑みを向けられて、しかし、フィーは怖がるどころか微笑み返すと、カウンターの奥に飾られた大剣を指差す。眩しいほど大量の宝石が埋め込まれた宝剣だ。ヘカートの話では、あれが受付の証らしい。

 

「おばちゃん、アレちょうだい」

 

「…………ほぅ」

 

 瞑っているように見える瞼を小さく開く老婆。

 

「ひっひっひっ、アレはとても高価な代物じゃて。そうさな、一千万ミッドドルはするのう。本当に買うんじゃな?」

 

「もちのろん」

 

 そんな言葉に頷くと、老婆はごそごそとカウンターの中から書類を取り出した。ペンと共にフィーへと渡される。

 

「ひひ、生憎と、あの剣は競売に掛ける予定での。どうしても欲しければ、こいつに名前とアドレスを。それと下の欄には特技でも書きたけりゃあ書いとくれ。競売の日付と時間は書かれたアドレスに後日メールが送られからね」

 

 自分の名前とアドレス、そして特技の欄に格闘と手早く書き込み、老婆へ手渡す。

 

「これで受付は終了じゃ。詳しいことは分からんが、精々頑張るんじゃなお嬢ちゃん」

 

 そう言って老婆はカウンターから立ち上がると、次元航行艦の中に歩み去っていった。きっと、新たな出場者が近付いてきたら出てくるのだろう。

 

「さて、無事に受付も住んだことだし、わたしも船で寝よっと」

 

『そうだね。でもその前に、降りかかる火の粉を払い飛ばさないとね』

 

 なんて相棒の言葉に頷いて、フィーは身体を半身にした。次の瞬間、振り下ろされた片手剣型のデバイスが少女の赤毛を煽る。

 

「なっ……べぇっ!?」

 

 アホ面をさらす男の顔面に裏拳をめり込ませ、吹き飛ばす。十メートルほど地面と並行に飛んだ後、更に同じくらい地面を転がり倒れ伏す。身体がヤバそうな痙攣をしているが死んではいないだろう。

 

「はぁ、これってあれかな。出場者が減れば自分が勝てるって思いこんだバカ達の襲撃? それともわたしが強すぎて勝ち目が無さそうだから、みんなでやっちまえって感じ?」

 

『多分、前者なんじゃないかな』

 

 一つため息を吐き、フィーは襲いかかってくる五人、いや一人減って四人の魔導師に拳を振りかぶった。

 

 

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