細く長く、息を吸い込む。
冷たい空気が肺を満たすのを感じ、同じだけの時間を掛けて吐き出す。
身体は熱く、頭は冷静に。
ゆったりと体の内側と呼吸のリズムを同期させ、全身から余分な力みを抜き去る。しかし、それはリラックスしているわけではなく、常に先を取り続ける。
自然体。
如何なる外的、内的な攻撃にも瞬時に対応できる無形の戦闘態勢。かつて黒い執務官との模擬戦で見せつけられ、相棒との精神世界での修練やフリーの魔導師として依頼を通して培った経験から、何時しかフィーも身に付けた技……のようなもの。
かさり、と左後方、雪の薄く積もった草木の茂みから小さな音を聞き取る。
微かに感じる魔力の猛り。
……来る
思考とほぼ同時、小指の先ほどにまで集束された紫の魔力弾が、少女の後頭部を正確に狙って飛来する。秒速三百メートルと言う、音にも迫る速度を前にフィーは目も向けずに身を屈めた。
頭上を通り抜ける、死の弾丸。
大気が裂けるような甲高い飛来音が鼓膜を揺らすのも構わず、身を屈めたまま転身。一挙動にて襲撃者との距離を詰める。
「っ!!?」
瞬動術によって雪原の景色が瞬時に背後へ流れる中、視界の先で全身を高出力の対魔力・物理複合型バリアジャケットに包み、機動性を捨て防御を固めた参加者の男が慌てて息を呑むのが分かった。
光学迷彩魔法で姿を消していたのだろうが、攻撃の瞬間、殺気の高まりを消し切れなければフィーには無意味だ。動揺と激しい動きによって魔法が解除され、今ではその姿をはっきり捉えることが出来る。
狙撃銃型のデバイスをこちらへ向けて第二射を放つよりも前に、フィーの拳が大気を軋ませた。
「ハアッ!」
「グォッ!?」
ズン、と強烈な中段突きが土手っ腹にめり込み、フェイスガード付きの分厚いヘルメットの向こうから男の呻き声がこぼれる。
しかし、流石は裏世界の強者の一人。防御重視のバリアジャケットの効果もあって、一撃では仕留め切れない。
「、ヌッ!!」
苦し紛れに振るわれた狙撃銃を手甲で弾き飛ばすと、男は左右の太股に巻き付けられたホルスターから二挺のハンドガンを抜こうと両手を閃かせた。が、
「遅い」
一撃目と全く同じ箇所に埋まる追撃の拳。更に連続して三、四、五……と大気が爆ぜ、ハンドガンが抜かれる瞬き一つの間に、七連の打撃を男へ打ち付ける。
「ッラ!!」
「グブゥゥゥァッ!?」
確かな手応え。雪原の草木を蹴散らして五十メートルほど地面を抉ると、バリアジャケットが解除され、インナー姿の男が雪の上に倒れ伏した。
「ふっ、ふっ、ふ~~…………」
呼吸を整え、残心。戦闘不能となった男が運営側の転移魔法によって姿を消すのを確認して、フィーは周囲の警戒に戻った。
裏DSAAチャンピオンシップ、第二十三管理世界ルヴェラ北部地区予選。そのトーナメント戦前の選考会は、A、B、C、D、四グループに分かれてのバトルロワイヤルだった。一グループ二十人ほど。生き残りが二人になるまで戦闘は継続され、最終的に残った計八名によって、トーナメントが組まれるのだ。
Aグループのバトルロワイヤル開始から既に十五分が経過している。
フィーの拳によって退場した参加者は、さっきの男で三人目だ。しかし、あと何人生き残っているのかは分からない。
周囲を警戒しつつ、フィーは手甲型デバイスにインストールされたマップデータを展開した。
結界に閉ざされた直径十キロ、山あり谷あり森林ありの雪原フィールド。おそらくは何処かの無人世界なのだろう。
受付から数日後。無事に送られてきた受付完了メールに添付されていた地図通り路地裏の道を歩き、場末の酒場にたどり着いたフィー。中に入ってみれば、一癖も二癖もありそうな油断ならない連中がたむろしていた。そんな場所でミルクを注文して待っていると、デバイスに大会ルールが添付されたメールと会場への次元転移魔法が送信されてきた。
魔法を発動させてみれば、この雪原フィールドに跳ばされたのだ。
死亡、または戦闘不能に陥った参加者はメールに同封されている転移プログラムによって退場、とのことだ。
「良くできたシステムだよね。まぁ、脱落条件に死亡とか載ってるあたり、裏の世界っぽいけど」
『はは、それに個人装備出来る範囲の質量兵器なら持ち込み可みたいだしね。ルールなんてあって無いようなものだ。もう大会って考えは捨てた方がいい』
「へいへい。ま、そこの辺はかなり相棒に叩き込まれてるからね~」
嘆息混じりにそう呟くと、フィーは現在地をマップで確認する。中心部より南西に三キロ、と言ったところか。
精神を集中させ、魔力の気配を探ろうと感覚を広げる。荒々しい戦闘の気配が……
「…………北に一つ、東に二つ、かな」
つまり今現在、結界内で戦っているのは、フィーの感覚が正しければ六人、と言うことだ。
『正解。フィーも随分鋭くなってきたね』
「へへ~んっ、まあね~……って、ぅん?」
フィーの感覚が正しければ、北にあった気配の一つがもう一つをあっさりと蹴散らし、こちらへ向かって近付いてきている。
愚直に、一直線に、玩具を見つけた小さな子供のように。
『来るね。どうする?』
「はは、もちろんっ」
正面に積もった雪の丘が轟、と爆炎によって蒸発する。視界を覆う蒸気の渦。その中から突き出される、黄金色の手甲に包まれた拳撃。
突然の襲撃に怯むことなく、フィーは拳を握り込んで魔力を集中。ぎしり、と肉の軋む音を響かせ、正面から拳を叩き込む。
を叩き込む。
「まっこうしょうぶだぁあああっ!!」
「オラァアアアアッ!!」
衝突し合う拳と拳。赤と白の魔力光が混じり、盛大な金属音に鼓膜どころが空間すらも振動する。
身体を駆け抜ける心地よい衝撃。
頬を焼く熱気。視界を彩る赤い炎に、フィーは相手が炎熱の魔力変換資質保持者だと悟った。
弾かれるように両者とも距離を取って十メートル。
痺れを抜くように右手を振りながら、フィーは同じように手を振るう、突っ込んできた男を見据えた。
年の頃は十代後半。身長は自分よりも頭二つ分ほど高いだろう。フィーの髪よりも更に濃い赤髪を短く切り逆立て、両腕には前腕から拳にかけて包み込む金の手甲型デバイス。ダメージ加工の黒いジーパン。小麦色の素肌の上に羽織った、前開きでボロボロの黒いレザージャケット。隙間から覗く引き締まった胸筋と腹筋に、フィーは思わず目を向けてしまった。
「へっ、けっこう出来るじゃねぇかチビッ子」
……黒い豹って感じかな
不適な笑みを浮かべて嘯く男に、そんな印象をフィーは感じる。
知らず知らず、少女は男と同じように不敵な笑みを浮かべていた。大会が始まってから遭遇したのは、隠れて不意討ち狙いの相手ばかり。生き残りが勝つバトルロワイヤルなのだから、それが賢い選択なのだろう。しかし、相手をするフィーとしては不満だらけだったのだ。その点、この相手なら正々堂々、正面からぶつかり合えるに違いない。
「そっちも……、ねッ!」
今度はフィーから踏み込む。
眉間、顎先、鳩尾。急所を狙ったお得意の重撃三連打。
手甲を閃かせ男が捌く。だが、瞬動の高速移動からの仕掛けに僅かばかり反応が遅れている。バリアジャケットなのだろう、強い抵抗を拳に残してレザージャケットに裂け目が走る。
ふいに視界を埋める赤。
爆、と魔力の炎がフィーの視界を埋め尽くし、大気を掻き乱す。
只の魔力の解放。しかし、変換資質を持つ者が行えば、それだけで攻撃や牽制になる。バリアジャケット越しに感じる熱気を同じく魔力で弾き飛ばせば、背筋を走る嫌な悪寒。感覚に身を任せて身体を捻るのと、頬に獄炎を引き連れた爪先がかするのはほぼ同時だった。
弾け散る冷や汗。目前で高まる魔力に、フィーもまた拳に魔力を集中。
「ォッラアッ!!」
黄金の手甲に集束されて、朱金と化した男の獄炎。その正体が固体プラズマ砲撃だと一目で看破する。直撃を受ければただではすまない高等魔法だ。そこへ、迷うことなく拳を叩き込む。
「ハァアアアアッ!」
衝突と同時に解放したのは短距離砲撃だ。
獄炎と白い魔力光が轟音を伴って荒れ狂い、周囲の雪原を瞬時に焦土へ変貌させる。
辺り一面に立ち込めるのは、雪が蒸発した水蒸気の煙、ダイヤモンドダストの如く煌めく魔力の残滓。そしてその煙を突き抜け、煤だらけの男と少女が飛び出した。
両者の手甲が熱気と冷気に掻き混ぜられた大気を引き裂き、魔力の煌めきを空間に刻み付ける。
鮮烈な赤の短髪が、フィーの目に焼き付く。
虚空へ刻まれる爆炎の軌跡。炎熱加速し、霞む速度で男が背後へ。
「くっ」
突き込まれる気配に裏拳を合わせる。手甲同士の軋む金属音と、重い衝撃が腕を痺れさせた。
不安定な体勢のまま迎撃したフィーは、男の拳撃を受け止めきれずに後方へ吹き飛ばされる。
「はっ、いいぜいいぜ! 闘いってのはこうでなくっちゃなッ!!」
鳶色の男の瞳が楽しそうに輝いていた。
そのまま連続で襲い掛かってくる猛打の嵐に、フィーも笑みでもって返す。互いに移動しながら時に木々の中を駆け、時に空中で拳を交える。横から飛び出してきた障害物を幾つか蹴り飛ばし、殴り飛ばす。
何十度目かの攻防の末、宙返りをして着地。足元に水気を感じて、大きな湖の畔に立っていることに気がついた。
……湖はあそこからけっこう離れてたんだけど
戦いに気を取られて、大分移動してしまっていたらしい。
「ッラアアアアア!!!」
「これでも、食らえぃっ!」
雄叫びをあげて上空から突っ込んでくる男に、フィーは三つの魔力弾を形成し、撃ち放った。
何れも単なる直射型の射撃魔法。フィーの持つ数少ない遠距離攻撃手段のひとつだ。
素早く閃く金の手甲。避けることなくそのまま突っ込んできた男に、呆気なく魔力弾が破壊される。が、そんなことは分かりきっていたことだ。魔力弾に気を取られた隙に、フィーは瞬動術を用いて懐へと飛び込んだ。
「しゃらくせぇえ!」
白い魔力光の残滓に目もくれず、男はフィーの一撃に同じく拳を合わせてきた。
魔力がぶつかり弾け合う。手甲の衝突が火花を散らす。
「はあっ!」
「ラァアアアッ!」
弾かれ、身体が湖の上空へと吹き飛ばされる。錐揉み回転しながらも、フィーは同じく吹き飛ぶ男の姿を視界の端に見失わない。
互いの視線がぶつかり合い、ほとんど同じタイミングで二人は虚空を蹴った。フィーは魔法陣の足場。男は炎熱加速による擬似的な空戦機動。
瞬き一つで詰められた距離。フィーの拳が男の頬を抉るのと同時、クロスカウンター気味に突き出された男の拳が、フィーの頬へ叩き込まれていた。
揺れる視界。吹き飛ぶ身体。水面に叩き付けられ、その冷水の冷たさに一瞬だけ飛んでいた意識が引き戻される。
二メートル程の水深。その水底を蹴って湖面を破る。
「はっ、はっ、はっ、ふぅ~~……、ぺっ」
口内に滲む血の味。どうやら先程の一撃で切れたようだ。血の入り交じった唾を吐き出すと、フィーの対面十メートルほどの湖面から同じく男も飛び出してきた。口から多少の血を流しているものの、大したダメージは無さそうだ。
……おもしろいじゃん
男と自分の実力は、ほぼ拮抗している。ネギに代われば勝負は直ぐに着くだろうが、こんな楽しい、伯仲した闘いを他人に放り投げるなんて考えは、フィーの頭に浮かんでは来なかった。
スリルを楽しむ少女の悪い癖が全開だった。そしてそれは、どうやら相手も同じようだ。
ギラギラと強い意思の輝く瞳。吊り上がった口角。水に濡れて張り付いた赤髪をかきあげて、口に溜まった鮮血を吐き出す。
「まさか、こんな楽しめる相手と初っ端からぶつかれるなんて思わなかったぜ。チビッ子、てめぇの名はなんだ」
無邪気で野性味溢れる笑みから吐き出される言葉。
「フィーだよ。フィー・T・N・スプリングフィールド」
「ははっ、なるほどな。てめぇがミッドで噂の」
「え゛、わたしって、そんなに有名なの!?」
「そりゃあ、あんだけテレビに映されてるしな。地上の英雄、ゼストの旦那をぶっ殺したっていう拳闘士だろ?」
「…………」
正確にはぶっ殺した訳ではなく、ただ逃げ切っただけなのだが……そんなことはどうでも良いのだろう。目前の男は、自分の相手が強敵だということが嬉しくてしょうがないに違いない。戦闘狂にも程がある。
……あれ、でもそれじゃあこの戦いを楽しんでるわたしって
「フィーか、刻んだぜお前の名前。今度はお前が刻め。俺はガライヤ。ガライヤ・トライベッカだ」
そう言って男は再び拳を構えると、
「負けた相手の名を知らねぇんじゃ、悔やんでも悔やみきれねぇだろ?」
なんて嘯いてくれた。
「はっ、だからわたしの名前を聞いたって訳ね」
「ふん、格下が先に名乗るのが、礼儀ってもんじゃねぇのか?」
「あはっ」
「へへっ」
高まる魔力圧。水面が飛沫を立て、バリアジャケットを濡らしていた水滴が一斉に弾け飛ぶ。十五メートルほどの距離を置いて水面上に佇む二人。その間の空気が固体化したように張り詰め、軋みを上げる。
そして、どちらからともなく、
「ぶっ飛ばしてあげるよ?」
「叩き潰してやろうか?」
なんて、挑発の言葉を吐き出し合うと、休憩は終わりだと言わんばかりに一歩を踏み出して……
『脱落者ノ転送ガ終了シマシタ。Aグループ勝者ハ、フィー・T・N・スプリングフィールド、ガライヤ・トライベッカ。以上二名デ決定シマシタ』
そんな機械音声が、結界内に響き渡った。
「へ?」
「んだと?」
思い返せば、男との拳撃の最中に、障害物っぽい参加者を何人か叩きのめしたかも知れない。意図せず、フィーと男は潜伏していたムカつく奴等を一掃していたのだ。
足下に現れる強制次元転移魔法陣。抵抗しなければ、あの場末の酒場に戻されるのだろう。そして、選考会が終わった以上、二人の戦う理由は存在しない。……表面上は、だが。
『ルヴェラ北部地区代表決定トーナメントハ、三日後ノ午後一時ヨリ行イマス。登録サレタアドレスへ詳細ヲオ送リシマスノデ、奮ッテゴ参加クダサイ』
続けて響いた機械音声に耳を傾けていると、二人の視界は転移の光に染め上げられたのだった。
……
薄暗い照明とシックな内装。スピーカーから流れるピアノやドラム、トランペットによる独特なリズムのジャズミュージック。気付けば、フィーは場末の酒場のホールに佇んでいた。脇には同じようにポカンとアホ面を晒す男、ガライヤの姿。
「お、Aグループの勝者のお出ましか」
そう呟いたのは、カウンターの向こうで椅子に腰掛け、天井付近に映し出されたテレビモニターを眺めるこの店の店長だった。
「あれ、選考会はもう終わり?」
「詳しくは知らんが、通知があったんだろ? わしゃ運営についてはなんにも知らんからな。ただ場所を提供しただけじゃ。他の奴等はもう出てって……掃除屋を頼んだから、死んでりゃ有効活用、生きてりゃ闇医者の所だろの」
七十過ぎの老店長はそう言って首をかしげると、テレビに向き直った。どうやら映画鑑賞の途中だったらしい。モニターの中では、年齢制限のありそうな男女の絡み合いが展開されている。
「「…………」」
空白の時間。暫くの間を開けて、男の口からつまらなそうに悪態が漏れた。
「ちっ、興が削がれちまった」
黄金の手甲型デバイスを待機状態に戻すと、猛火の如く猛っていた闘気を消し去る。腕を回し、首を鳴らしてから、男は何も言わずにフィーへと背を向けた。
決着を着けようぜ、なんて言って襲い掛かってくるかと思ったが、どうやら想像よりも自己のコントロールに長けているらしい。いや、戦闘に置いて精神の揺らぎは致命的になり得る。あれだけ戦える者が精神に手綱を掛けられないと考えるのは、逆に相手を甘く見すぎたか。
「トーナメントで軽く捻り潰してやるよ。てめぇは俺が倒すんだから、他の奴に殺されんじゃねぇぞ」
そう吐き捨てると、ガライヤは後ろ手を振って、あっさりと店から出ていってしまった。
「そっちこそ、他の奴に殺られないでよね。この決着は絶対着けてやるんだから」
そう呟き、カウンター席に腰掛ける。
「おやっさん」
「? なんじゃ、もう用は済んだんじゃろ?」
なんて声を描けてくる老店長にフィーはミッドドル硬貨を懐から取り出して弾く。
「景気付けにミルク一杯」
溜め息混じりに席を立つ老店長を見送ると、フィーはデバイスをブレスレットの待機状態に戻して笑みを浮かべた。その拍子に切れた口の中が痛み、舌で血をなめとって、余計に笑みを深める。
『……随分と愉しそうだね』
なんて相棒の言葉に当然だ、と頷く。
『最初はつまんないと思ってたけど……思ったより楽しそうじゃん、裏DSAA!』
『……なんだか間違った方向に成長しているようで恐ろしいよ』
なんて呟くネギに、フィーは首をかしげる。確かに、お母さん《プレシア》の考えていた幸せと、自分の考える幸せは違うかもしれない。でも、そんなことは当たり前ではないか。十人十色、幸せなんて人それぞれなのだから。
「ほれ」
「ども」
目の前に置かれる、グラス一杯に注がれたミルク。それを口へと傾けながら、フィーは思う。
「…………」
遺跡発掘、フリーの依頼、ジャンクパーツ弄りに身を削るようなど突き合い。退屈を蹴り飛ばし、スリルの中に悦楽を見出だす自分は、ある意味、自暴自棄になっているのかも知れない。
母親、と言う目標を亡くし、今まで考えることもなかった自分の人生に、或いは戸惑っていたのかも知れない。
何となくフィー自身、こんな生活を送ったままで良いのだろうか、と心の奥底では思っていたし、人生経験豊富な相棒のネギからすれば、どうすれば少女が聳え立つ……人生に置いての壁のようなモノを乗り越えられるのか分かっているのだろう。
それでも、相棒は助言こそすれ直接的な手助けはしない。フィーの精神的な成長を妨げてしまうからだ。
魂の一部が繋がっているからだろうか。そんなネギの考えが、フィーには曖昧にだが感じ取れていた。
「…………ありがとね」
『? 何がだい?』
頭の中で首を傾げる相棒に、少女は小さく笑みを浮かべて、ミルクを一息に飲み干した。
『べっつに、なんとなくだよ』
念話でそれだけ呟くと、フィーは場末の酒場を後にするのだった。