リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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第七話

 

 

 

 

 

「じゃ、そう言うことだから、夜はごちそうを用意しといてくださいね、ワン店長!」

 

「ああ。嬢ちゃんも今日の試合、頑張れよ」

 

 なんて店長の言葉に頷くと、ぷすぷすと全身から煙を立ち上らせて、フィーはオーナーズ・カフェを後にした。愛しの天使……エリオの電撃を喰らいながらも、頬っぺたを突っつき回した少女は元気一杯。後に控える今日の第二回戦、そして北部地区決勝戦など、もはや勝ったも同然だ。

 

 ……ようやくアイツと決着がつけられる

 

 デバイスを確認すれば時刻は午前十一時を少し回ったところ。フィーの試合は午後一時からだ。

 

 この後はどうするか。まだまだ時間に余裕がある。一瞬だけ考えて、少女は小さく頷いた。

 

「……カジノとかあるし、それにアイツの試合は見といた方がいいよね」

 

 なんて呟きに精神世界のネギが頷く。

 

『敵の情報分析は戦いの基本だからね。フィーも分かってきたじゃないか』

 

『あのねー、毎回毎回言われればアホでもわかるってば』

 

 人工照明の眩い光に照らされた広大な戦場。外周に沿ってすり鉢状に設けられた客席には、千を優に超える裏世界の住人達がざわめいている。

 

 円筒形の三重防護結界に包まれた闘いの舞台の上で、無数の視線が自分に注がれるのをフィーは感じた。

 

 ……あれ?

 

 確かガライヤの試合を見に来たはずである。自分の試合がその後に控えてはいたが、先ずは決勝でぶつかるだろう相手の試合を見物するために、早めに地下闘技場へ来たはずだった。

 

 なのに、

 

「なんでアイツが来てないの!?」

 

 フィーは今、決闘の舞台に立っていた。

 

 ガライヤの試合を見るつもりが当の本人が現れず、試合順番が繰り上げられたのだ。

 

 申し訳なさそうに頭を下げてきた地下闘技場のスタッフ。フィーの対戦相手の承諾は既に取れているらしく、後は少女の返事次第とのことだった。しょうがないので頷いてみれば、その十分後には少女は舞台に立たされていたのだ。まったく、一体ガライヤは何をしているのやら。

 

 ……切り替えなきゃ

 

 元から試合だったのだから、それが少し早くなっただけだ。自分にそう言い聞かせ、二十メートル程の距離を置いて佇む相手を見据える。

 

 年の頃は十代前半、いや、落ち着いた雰囲気を見る限り、それよりも上かもしれない。焦げ茶色の長髪を二つに結わえた小柄な少女。青を基調としたスカートスーツ風のバリアジャケットに身を包んでいる。主だったデバイスは見当たらない。右の人差し指にはめた指輪が、既に起動状態のデバイスだろうか。

 

 ……近接戦が得意なようには見えない、よね

 

 昨日の第三試合を、フィーは自分の試合のために見ていなかったのだ。故に、相手の手の内はわからない。

 

 ガライヤを意識し過ぎたが故の準備不足。いや、

 

 ……実戦なら相手の手の内が分からないなんてよくあることじゃん

 

 ある種、開き直った心境で少女は冷静に考察を進める。一時、決勝のことは頭の隅へ追いやり、見えるのは敵と自分の二人だけ。

 

 ベルカ式、ではないだろう。それなら武器型のアームドデバイスを用いているはずだ。ならば、中遠距離戦のミッド式か。連面と流れていく思考の最中にも、時間は刻一刻と過ぎて行く。

 

『長らくお待たせしました! アクシデントもありましたが、これより二回戦第二試合を開始いたします! 西方は、圧倒的実力で選考を勝ち抜いた某有名セキュリティ・サービス会社所属員、ヴェル選手っ! 対する東方は、今ミッドで話題のジャージの小悪魔、ピンクジャージのフィー選手だ! 両者ともに幼い外見からは想像もつかない手練れです。それでは早速始めていただきましょう。二回戦第二試合、』

 

 ぎし、と握り拳を作る。

 

 思考を放棄してはいけない。しかし、思考に囚われ過ぎてもいけない。それが戦闘の難しいところであり、

 

 ……愉しいところ、ってね

 

 先ずは距離を詰める。相手が遠距離主体の戦法が得意ならそれで終わり、近距離でも対応してくるなら正面から打ち倒す。バインドに注意、と言ったところか。

 

『、開始ッ!!!』

 

 合図と同時、フィーは直射型の魔力弾を形成。計三発の白い弾丸を射出する。そしてその魔力弾に一拍遅れる形で瞬動に入り加速。

 

 囮からの突撃。ガライヤにも用いた、比較的スタンダードな戦法の一つだった。

 

 一瞬で周囲の景色が背後へと流れ、瞬く間に少女との距離を詰める。

 

「……速い」

 

 小さな呟き。しかし、焦げ茶の瞳に焦りの色は皆無。無表情のままヴェルという名の少女が後方へ跳躍するのとほぼ同時、

 

 ……形成・制御

 

 振り上げられる少女の右手。

 

 指輪に輝く青紫色の魔力光に呼応するが如く、少女の立っていた地面に魔法陣が出現。硬い岩盤のような大地が変形し、巨大な岩石の腕が生えてきた。

 

「なっ!?」

 

 大の大人くらいなら握り潰せるほど巨大な手のひらが、魔力弾を蹴散らす。更にそこから生物の如き柔軟性を見せ、岩石の巨拳がフィー目掛けて振るわれた。

 

 圧倒的な質量差。

 

 瞬動術の最中にあるフィーを捉え得る速度。

 

 背筋に悪寒が走るのも構わず、フィーは迫り来る巨拳へ向けて勢いのままに跳躍。超重量の岩石の腕の上部を蹴り、一目散に少女目掛けて加速する。

 

 ズン、と轟音が大気を震わせ、標的を見失った拳が地面を叩き割る。気にせず腕を蹴って瞬動のままに跳躍。自身の攻撃を抜けてきたフィーに対して、ヴェルが向けてきたのは淡々とした眼差しだった。瞬動術の速度に欠片も惑わされていないことが窺える。

 

「すばしっこい」

 

 ぽつり、と一言。

 

 着地した少女は振り上げた右手を今度は振り下ろす。

 

 硬質な音と共に背後でひび割れる岩石の腕。

 

 ……なんかヤバそう!?

 

 音が聞こえた瞬間、フィーの危機察知能力が警鐘を鳴らす。ヴェルとの間合いはもう五メートル程。腕を蹴った瞬間から準備していた短距離砲撃魔法のチャージ完了まで、あとコンマ三秒弱。

 

 打撃と砲撃魔法を混合した大技だ。決まればそこで勝負がつくかも知れない……が、刹那の判断で自分の直感に従った。

 

 足場となる魔法陣を緊急展開。自身の体重と瞬動術による勢いをなんとか殺し、宙返りして距離を取る。そして、その選択は間違ってはいなかった。

 

「っ!!」

 

 宙返りの途中で確認して、思わず絶句する。

 

 距離を詰めていればフィーの身体が在っただろう虚空を、十の石柱が貫いていたのだ。一つ一つが一抱えもある太さと、鋭利に尖った先端部。バリアジャケットや防刃のシャツを身に付けているとはいえ、下手をすればスプラッタ一直線だ。

 

「なかなか出来る」

 

 冷やかな視線。殺気ともとれるその威圧を正面から闘気でもって打ち払う。

 

「そっちもね。正直、予想外だよ」

 

 まさかこれほどの手練れと、地区代表戦の段階からぶつかるとは思いもしなかった。ガライヤもそうだが、目前の少女もランクにしてトリプルAは確実だろう。

 

 ……独特な戦闘技術。多分、クリエイト系の魔法を弄ったオリジナルかな? 一瞬で魔力を込めた物質を操ってるんだ

 

 今のところは巨大な腕に鋭い石柱。他にもまだまだバリエーションはあるだろう。

 

「くっそぅ~」

 

 岩の腕がすぐ壊れた辺りいろいろと限界や制限があるのだろうが、それでも卑怯臭いほど使い勝手が良い魔法だ。

 

 思考を巡らせている間、敵はもちろん待ってなどくれない。再び青紫の魔力光が指輪に輝く。フィー目掛けて手のひらが翳された途端、ヴェルの足下に展開された魔法陣から細い石柱が生えてきた。人の腕ほどの太さをしたそれは、先程の石柱と同様に先端が尖り、まるで生物の触手の如き動きを以て、フィーを貫かんと蠢く。

 

 その数、五十。

 

「くぅっ」

 

 流石のフィーでも同時に五十もの岩の触手は捌けない。咄嗟に後方へ飛び退くことで回避。

 

 地面を貫く破砕音に鼓膜が震えるのも構わず、目を見開く。目前の、地面を貫く触手の群れの中から、虚空で進路を変えた十の触手が槍の如く風を切り、中空のフィーを狙い穿ってきたのだ。

 

 岩で構成されているのが信じられないほどの柔軟性と速度。

 

「ぬっぅうう!?」

 

 砲撃魔法をキャンセル。タッチの差でシールドの展開が間に合い、白い障壁と岩の触手が火花を散らす。が、

 

 ……付与・貫通

 

 その拮抗はコンマ数秒、一瞬で打ち破られた。

 

 ひび割れる障壁。硬質な音と共に青紫の燐光を纏った触手の刺突が、障壁を抜ける。障壁破壊(バリアブレイク)の術式が付与されたのだ。間違っても優れているとは言えないフィーの腕では、下手に魔法で防御出来ない。

 

 ……どうしよう

 

 音速を遥かに超える銃弾の軌道すら見切る少女に、触手の軌道が見切れぬ筈もない。十の刺突の中から、障壁突破の影響で直撃コースを逸れたものを見抜き、瞬きの半分にも満たない一瞬で手甲を閃かせる。

 

 鉄と鉄が擦れるような金属音。盛大な火花を咲かせて、直撃コースの刺突を弾き、続けて逸らした触手を踏みつけて、ヴェル目掛けて踏み込む。

 

 二人の間合いは十五メートル強。悲鳴を上げるように軋み、下方で岩の触手がひび割れていくのに目もくれもせず、無謀にも見える正面からの突撃を強行する。ギリギリ、制御できる限界速度で瞬動に入る。

 

 瞬く間に間合いを詰めて五メートル。当然の如く地面が隆起し、太い石柱の槍が串刺しにせんと突き出され、

 

「愉しくなってきちゃったなーっ!!」

 

 不可視のバリアジャケットに包まれ、更に魔力によって強化されたサンダルに踏み潰された。

 

 生えてくる石柱をその場から蹴散らし、行く手を阻むものは殴り壊す。

 

 盛大な破砕音と共に岩槍の衾を抜けた先には、微かに無表情を崩し、目を丸くする少女の姿。

 

「お返しっ」

 

「……っ!!」

 

 吐息が顔に掛かるほどの至近距離。フィーお得意のクロスレンジ、格闘戦の間合いだ。

 

 普通なら、目の前で槍が飛び出してくる一本道を正面からわざわざ突破しようなんて思わない。串刺しにされる危険を恐れ、迷ってしまう。しかし、少女はその天性の嗅覚とも言うべき直感から、正面突破にこそ勝機を見出だしたのだ。

 

 敵は周囲の地形そのものを武器にする創成戦技使い。ならば、こちらの移動速度を見抜かれたが最後、限られた戦場の内側で不利になるのは自分の方だ。故に、こちらの全速力を把握される前に無理矢理にでも己の間合いに敵を引き込んだのである。

 

 コンパクトに突き出された拳が、少女の鳩尾を捉える。

 

「ぅッ!?」

 

 呻き声と共にくの字に折れ曲がるヴェルの身体。背後で石柱が崩れる気配を感じるも、フィーは追撃を止めない。この距離で石柱を出せば術者自身も巻き込まれてしまう。よしんば自爆覚悟であろうとも、こちらの一撃が少女に止めを刺すほうが早い。

 

「シィッ!」

 

 狙うのはくの字に折れ曲がり、無防備に晒されたヴェルの後頭部。勝負を決める一撃、振り下ろす形で放った拳が、

 

 ……外部制御・傀儡遊戯

 

 当たらない。

 

「残念。私、格ゲー得意」

 

 するり、と機械的に体勢を立て直したヴェルの顔が、目の前にあった。

 

「へ? ぶふぅ!?」

 

 視界が明滅。

 

 頬を殴られたのだと気付くのに、一拍の間を要した。そしてその間にも、少女が無駄に格好いいファイティングポーズを取って、正に格闘ゲームのキャラクターのような身体運びから、蹴りが飛び出してくる。

 

 頬の先に爪先が掠めるような紙一重で蹴りを回避し、続く後ろ回し蹴りに蹴りを合わせて相殺。

 

「なにそれ!?」

 

「格ゲー」

 

 悲鳴じみた疑問に対する返事は、そんな一言だけだった。

 

 両者の拳が大気を掻き乱し、脚は竜巻の如く螺旋を描く。衝突し合う魔力の圧に、石柱の瓦礫が吹き飛んでいく。

 

 一呼吸の内に交わした拳打は十を超え、それでもなお、中距離戦を主体とする筈のヴェルをフィーは圧倒できなかった。

 

 左から迫る強烈な上段回し蹴りを手甲で防ぎ、反撃の右ストレートを叩き込もうとして、

 

「くぅっ!!」

 

 蹴りの威力を殺し切れない。サンダルが大地を抉り、地面に二本の線を刻みながら身体が流れる。

 

 近接型の格闘魔導師であるフィーの身体強化より、更に数段上のパワー。

 

 ……おかしい

 

 本当に身体強化なのだろうか。手甲を貫通した衝撃に痺れる腕を振るい、疑念に顔をしかめる。

 

 近接型の自分を相手にここまで打ち合い、あまつさえ単純な身体能力では相手の方が上。流石におかしい。

 

「…………」

 

 ヴェルも同じく、今の攻防で決めきれなかったのが不服なのか首を傾げている。

 

 互いの距離は三メートル。殴り合いには些か遠いが、まだまだ近接戦の間合いだ。一挙手一投足を見逃さぬように相手を見据え、フィーは少女の言葉を思い返す。

 

「かくげーがとくい、か……なるほどね」

 

 思考すること一秒、フィーはなんとなく怪力と妙な格闘技術のタネを悟る。つまり外部からの身体制御。相手は創成魔法によって操る対象を、岩石から自身の肉体そのものに変えていたのだ。身体が反動で壊れてしまいそうなものだが、卓越した技量がその無茶を可能にしているのだろうか。

 

 何れにせよ、

 

「タネがわかったらこっちのもんだよ」

 

 このまま近接戦で押し切る。今は互角に思えても、妙な格闘戦の動きさえ把握してしまえば、倒すのは容易い。それだけの実力と経験を、フィーは今までの生活の中で培ってきたのだから。

 

「わかっても無駄。私の夢」

 

 フィーの挑発じみた言葉に、少女は無表情を微かに崩して小さく微笑み、

 

「ゲーム三昧の為に死んで」

 

「っ!!!」

 

 三メートルの距離を無視して、目の前に拳があった。

 

 喉元目掛けて突き出された拳を辛うじて身体を反らすことで回避。顎の薄皮一枚先を一陣の烈風が吹き抜けて、ヴェルがすれ違うように背後へ消える。

 

 ……あぶなっ

 

 ネギとの修行で瞬間移動じみた踏み込みに慣れていなければ、反応すらできなかっただろう。それほど、ヴェルの突撃は鋭かった。コンマ数秒、背後で地面を蹴り砕く音の振動を感じた瞬間、フィーは反らした身体の動きに逆らわず、右へと跳んだ。

 

 烈風にジャージが煽られる。背後で折り返してきたヴェルの二度目の突撃を回避したのだ。が、安心するのも束の間、二度あることは三度あるのが世の常だ。

 

 音の壁を引き千切る高速の突撃。突き出される拳を受ければ、バリアジャケットの上からでも骨折、悪くすれば内臓破裂もあり得る。しかし、その動きは二度も見た。単なる突撃を見切るなどフィーには容易い。

 

「そんなんでっ!」

 

 跳躍中の無防備な体勢を狙われた三度目の超高速突撃。繰り出される拳の軌道を読み切り、左腕の手甲の側面で流すように受け、背後へと捌く。

 

「むむ?」

 

 轟く重低音。

 

 無傷で突撃を受け流し、片手で地面を叩くように側転。身体を捻って獣のように両手両足で地面へ着地すれば、足でブレーキを掛けて地面を削るヴェルの後ろ姿。

 

「死んでたまるかぁっ!!!」

 

 ヴェルが振り向く一拍前に、フィーは地面を蹴っていた。

 

 瞬動術。

 

 突撃で開いた二十メートルほどの間合いを半分まで一息に詰める。読んでいたのだろう、少女の瞳に動揺の色はない。むしろ待ってましたとばかりに足下で魔法陣が輝き、フィーの行く手を岩の槍衾が埋め尽くす。が、その程度は想定内。左足が地面を踏み締め、螺旋を描く右足の先端から大砲じみた弾丸が一直線に飛び出した。

 

 最初の瞬動の勢いと、魔力、遠心力すら込めたサンダルの射出は見事に命中し、大音響を奏でて直撃コースの槍をへし折る。

 

「っ!!」

 

 目を見開くヴェルの息を呑む音が聞こえるようだった。

 

 そのまま二射目。もう片方の残ったサンダルも蹴り放ち、目眩ましにヴェルの顔目掛けて飛ばすと共にフィーもまた踏み込む。

 

 強烈なサンダルの一撃を目にした直後のため、ヴェルは力の十分に乗り切っていない二射目を咄嗟に避けてしまい体勢を崩す。

 

 ……ここ!!

 

 そしてそれは、勝負を決める絶好のチャンスに他ならない。

 

「と、ど、め、だーっ!!!」

 

 これでもかと渾身の魔力を右拳に集中させ、大声と共に大きく腕を振りかぶりつつ格闘戦の間合いへ侵入。そんなフィーの隙を逃すことなく、ヴェルは崩れた体勢から拳を繰り出してくるが、

 

「なんてねっ」

 

 その大振りはフェイントだ。

 

 身体を前へと倒して風切り音の下に潜る。柔軟な身体のバネにものを言わせ、踏み込んだ足とは逆の足を後ろへ跳ね上げれば、ヴェルの顔面にフィーの踵が炸裂した。

 

「がっ!?」

 

 体重の乗らない無理な体勢からの一撃は有効打にはならずとも、少女をよろけさせるには十分だ。

 

 片足を後ろに目一杯振り上げた無茶な体勢から身体を捻って転身。両足が地面を噛み締めた瞬間、回転に合わせて左の裏拳を繰り出す。

 

 踵の一撃直後の追撃すら、ヴェルは外部操作によって防御する。だがそこまでだ。裏拳の威力で両腕が弾かれ、無防備な体勢を晒している。そしてフィーの右拳には未だ、フェイントに用いた魔力の猛りが輝いていた。

 

 この一撃こそ、サンダルの射出から一連の攻防を組み立てた、フィーの本命。どう足掻こうと回避しようのない王手。

 

「今度こそ……」

 

 踏み締めた脚が地面を陥没させ、その力を全身の筋力でもって増幅、拳へと乗せる。

 

 見開かれたヴェルの瞳に、フィーの拳が映り込む。

 

「……とどめ!!!」

 

 繰り出した右ストレートが少女の腹部に炸裂し、それと同時に短距離砲撃魔法が解放された。

 

「っ!!! 無念……」

 

 視界を白く塗り潰すそれは、ヴェルの呟きと意識を完膚なきまでに呑み込み、刈り取っていく。

 

 渾身の打撃と砲撃魔法。もはや大砲を直撃させたも同然の威力だった。吹き飛ばされたヴェルの身体はくの字に折れ曲がると一直線に宙を駆け、遥か彼方の壁、三重の防護結界に叩き付けられた。

 

『決まったぁああーッ!! フィー選手、渾身の一撃がヴェル選手を直撃ぃー!!』

 

 実況兼司会役の声が会場全体に響くと同時、何千もの歓声が鼓膜を揺さぶる。

 

 試合開始四分十二秒。この瞬間、北部代表決定戦決勝に、フィーは駒を進めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 激戦の繰り広げられる地下闘技場。その遥か上、アムールの中心部に建ち並ぶ無数の高層建築群、百メートル級のビルの屋上の一つで、金髪のショートボブ、シャマルは一つ息を吐いた。

 

 傍らには、治癒促進の魔法陣の上で佇む女騎士シグナムの姿。

 

「……本当に大丈夫なの、シグナム?」

 

 思わず、そう問いかけてしまう。昨夜から明け方に掛けて行った蒐集。今回の相手はかなりの手練れだったのだ。一対一で闘ったなら、或いは苦戦したかもしれない程に。

 

 黄金の手甲に包まれた拳打を、シグナムは幾度かその身に受けていたのだ。勿論、その程度でどうにかなるほど柔ではないが、ここ最近連日連夜の戦闘による疲労は、確実にその身に蓄積されている筈なのだ。

 

 永い付き合いである二人だ。僅かなやり取りでシャマルの深意は伝わった筈だ。それでも、シグナムは小さく微笑みを浮かべた。

 

「お前の知る将は、この程度で参ってしまうほど柔じゃないだろう? カートリッジも余裕とは言えないが、まだ補給は必要ない。あと、一度の戦闘なら問題ないだろう……」

 

「……そう」

 

 痩せ我慢して、戦闘に支障を出すような素人じみた真似を彼女はしない。その程度の自己判断能力では、かつての戦乱の世を戦い抜いてはこれなかっただろう。

 

 だからこそ、シャマルはシグナムの治癒促進と平行して、広域探索を進めていく。

 

 数日前から感じていた、大きな魔力反応を探しているのだ。恐らくは、AAAランク級の魔導師だ。蒐集に成功すれば、一気に二十ページ近くは稼げるに違いない。

 

「……はやてちゃんのためにも、負けられないわね」

 

「ああ、当然だ。主はやてを蝕む呪いを打ち破るために。そして……」

 

 あの、平穏を取り戻すために。

 

 言葉にされずとも、シャマルには痛いほど彼女の内心が理解できた。自分もまた、同様の気持ちだから。

 

 主の敵を滅ぼす矛として、主を守る盾として、悠久の時を、様々な戦場を渡り歩いた。主の命じるままに書の完成を目指して破壊を振り撒く日々。

 

 永遠に続くかに思えた戦いの輪廻の中で、何の因果か掴み取った、奇跡のような平穏なのだから。

 

「……帰ったら、美味しいご飯を作るわね」

 

「…………」

 

 何故か、返事は返ってこなかった。

 

 

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