リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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第八話

 

 

 

 

 ネギがその、ある意味慣れ親しんだ気配を感じたのは、準決勝をフィーが制し、ささやかながら地下闘技場のカフェで祝杯をあげていた最中のことだった。

 

「ッ!!」

 

 精霊で編んだ仮の肉体が総毛立った気がした。

 

「どうしたの、ネギ?」

 

 木目調のテーブル席の対面に座るフィーが首を傾げるが、その言葉に返事を返すことなく、ゆっくりと背後を振り返る。

 

 ざわり、と胸の内側、封じている筈のどす黒い闇がざわめいた。

 

 視線の先に立っていたのは、まだ十代半ば。女豹のように柔軟にして強靭な印象を受ける明朗な少女だ。確か、ガライヤの準決勝の対戦相手だったか。控え室で見た戦闘の映像では特に目立ってはいない、ごく普通のミット式魔導師だったが……

 

「? あたしに何か用かしら、お兄さ……」

 

 ネギの視線に気づいたのか、歩いている少女は立ち止まると、

 

「……へぇ、おもしろいわね~」

 

 そう、呟いた。

 

 ネギが感じている違和感を、少女もまた感じ取ったのだろう。

 

 その身に秘めた、一歩誤れば自滅しかねないほど狂おしい破壊衝動を。それを押し殺した仮初めの静寂を。

 

 一瞬の視線の交錯。少女はすぐさまネギから目を離すと、その後ろのフィーへと視線を向けた。

 

「ドギツイもんを飼ってるわね、お嬢ちゃん」

 

「?」

 

「それじゃ、決勝で会いましょうね~」

 

 にやり、と口端を吊り上げ軽く手を振ると、少女はカフェから去っていった。

 

「あの子は……」

 

 感じ取った闇の気配。

 

 ……間違いない

 

 六百年以上を生きる吸血鬼の真祖にしてネギの魔法の師、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの造り出した狂気の業、闇の魔法(マギア・エレベア)始まりの魔法使い(ライフメーカー)の秘術にすら通じるその技法と同類の気配を、ネギは先程の少女から感じ取ったのだ。

 

 有り得ない、とは言わない。

 

 人類、という種を超越する術が魔法の深淵には存在するのだ。かつてネギの生きた世界とは違ったアプローチが、この世界にあっても不思議ではない。が、

 

「気になるな……」

 

 かつての世界を思い出させる存在に、多少の興味を引かれざるを得ない。

 

「だっかっらっ、ネギ! さっきからどうしたの? あの女の子がどうかしたの? ったく、もうガライヤに勝った気でいるなんてなんなのアイツ? なんか変な気配出してたし」

 

「ははは…………そうだ、フィー。もしさっきの子が決勝に上がってきたら……」

 

 

 

 

 

 

『……で、結局ガライヤは来ないし。別に、さっきの試合で満足したから、わたしとしては良いんだけどさ…………な~んか納得しないな』

 

「……ちょっと、気になってね」

 

 ぶーぶーと精神世界から文句を垂れるフィーに苦笑を返して、ネギは肩をぐるりと回した。

 

「たまには生身で闘わないと、勘が鈍る。悪いけど、あの子とは僕が闘わせてもらうよ」

 

 試合開始に現れないガライヤは失格扱いとなり、北部代表の座はフィーと先ほど邂逅した少女の二人で争うこととなった。

 

『それにしたってさ~……アイツ、どっかで襲われて死んでないよね?』

 

 世界代表戦レベルの規模になれば、選手を襲おうなんて馬鹿な考えを実行に移す者はいない。仮にそれで出場選手をどうにか出来たところで、その選手に大金を賭けていた裏組織に報復される恐れがあるからだ。しかし、地区代表選抜程度では話は別だ。或いはガライヤは……

 

「さっきの子を見た感じ、闇討ちするようには見えなかったけど…………考えてもしょうがないか」

 

 一つ、深呼吸して思考を切り替える。

 

 時計を確認すれば、もうすぐ試合開始予定時間だ。控え室を出て、舞台へと足を進める。

 

 そんな道すがら、

 

 ……懐かしい

 

 ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。

 

 もう随分と昔、新旧世界大戦の起こる前の話だ。ネギはかつて、拳闘士として大衆の面前で闘っていた時期がある。

 

 あの頃は一瞬一瞬が精一杯だった。広大な魔法世界の各地に仲間とバラバラに強制転移させられ、奴隷にされた生徒を助けようと拳闘界に入り、父の戦った完全なる世界(コズモエンテレケイア)残党との世界の命運を懸けた戦いに文字通りヒトとしての身を削り…………今となっては良い思い出だ。辛かったことも、悲しかったことも、そして楽しかったことも。過ぎてしまえば過去にすぎない。

 

「…………」

 

 そして、そんな過ぎ去った過去の一部が、平行次元の彼方から目の前へと転がり込んできたのだ。

 

 ギルドの大幹部、ヘカートに見せられた『魔拳』の通り名を持つ犯罪者の姿。かつて戦乱の最中に姿を消し、そのまま行方知れずとなった体術の師に酷似していた。

 

 ……古菲さん。一体貴女に何が

 

 こんな平行世界の彼方で、たまたま行方知れずになった知り合いを見付けるなど、どれだけ天文学的確率なのかは知らない。しかし、既にネギはかつての宿敵との再会を果たしているのだ。偶然とは思い難い、運命じみたナニカの存在を信じざるを得ない。

 

 或いはこれは、噂に聞く狭間の魔女、ダーナ・アナンガ・ジャガンナータの悪戯であろうか。

 

 真相は定かではない。故に、

 

 ……直接、会って確かめるしかない

 

 何故、自分達の下から去ったのか。何のつもりで、広域次元指名手配されるほどの惨事を引き起こしたのか。会ってみないことには判断できないのだ。

 

「…………負けられないな」

 

 小さくネギは呟く。そして、

 

『さあ、紆余曲折あったものの、ようやく決勝。この戦いを制したものが、栄えある裏DSAA世界代表決定戦への切符を掴みますッ!! それでは入場していただきましょう! 東方、年齢出身一切不詳。余裕の笑みでここまで勝ち上がってきた、カレン選手!!』

 

 地下闘技場全体を揺るがすような大歓声が、音の濁流となってネギのジャージをビリビリと震わせた。

 

『対する西方は、圧倒的実力でここまで勝ち上がってきたピンクジャージ! 彼の武神と同型の手甲デバイスを身に付け、またしても私達を魅せてくれるのでしょうかッ!! ジャージの小悪魔、フィー選手の入場です!!!』

 

 大歓声のなかを悠然と歩み、ネギは指定の位置に佇んだ。外見だけを見れば、少女二人が広大な戦場の中心で互いを見詰め合っている図。しかし、武力的な観点から見れば、これから始まるのは銃弾の応酬など生温い程の鉄火場だ。

 

『前置きもほどほどに、早速始めましょう! それでは、試合開始です!!』

 

 スタンダードなミッド式魔導師の用いる杖を構える少女を見据え、半身になって拳を握る。

 

 開幕を告げる電子音声の合図と同時、身構えて魔力弾を展開していくカレンの間合いへ向けて、ネギは無造作に踏み出した。

 

 仕掛けたのは、カレンが先だった。

 

 展開した十の魔力弾を射出。それぞれに複雑な軌道を描き、ネギを撃ち抜かんと霞む速度で飛来する。

 

 それだけでも並みの魔導師なら瞠目する程の技量だった。が、何となくネギには目前の少女が手を抜いているように思えた。慣れない道具を使っているかのようなぎこちなさを感じたのだ。

 

 誘導可能範囲すら読み切った軌道の見切り。滑るような歩法で間合いを惑わし、無人の野を往くが如く、ネギは易々とカレンを己の拳の殺傷範囲へと引きずり込んだ。

 

 驚きに目を見開く少女に構わず、中段突き。吸い込まれるように左の崩拳が少女の鳩尾を捉える。

 

「ふぐッ!?」

 

 一見、大気を掻き乱すフィーのような荒々しさを感じさせないネギの打撃。しかし、それは表面上だけだ。敵を派手に吹き飛ばすような攻撃は、それだけ無駄が多いと言うこと。打撃力を逃さず敵へ叩き込めば、大技など使わずとも致命の傷を与えられる。

 

「破ッ」

 

 確かな手応え。肋骨の数本をへし折り、内臓にも破裂寸前のダメージを入れた。

 

 少女の身体が五メートルほど地面を滑るも、立て直す隙を与えずに追撃。常人なら軽くない傷を負わせたが、先程の自身と同類の気配を思えば、気を抜けない。

 

「ぐぅ~っ、この!」

 

 魔力を纏った杖による刺突が顔目掛けて突き出されるも、体勢の崩れた状態からの苦し紛れの一撃を受けてやるほど、ネギはお人好しではない。

 

 右腕の手甲が螺旋を描き、杖による一撃を検討違いの方向へと流せば、がら空きになる左脇腹。

 

 踏み込む右の震脚が岩のような地面を砕き、重低音を轟かせる。

 

 ……裡門頂肘(リーメンテインチョウ)

 

 八極拳の一手。右肘の重撃がこれ以上ないほど見事に決まるかに見えた一刹那前、紙一重で引き戻された杖が間に滑り込む。だが無駄だ。全身運動によって累乗された一撃を受け止めるには、アームドデバイスでも危うい。ましてやアームドよりも強度に劣る少女の杖では、焼け石に水だ。

 

 甲高い金属音と共にミッド式の杖型デバイスが砕け散り、ネギの頂肘がカレンの左脇腹を抉った。

 

 ベキベキ、と骨を砕く乾いた音と、肉が爆ぜるような水音を響かせながら、藁屑のように少女の身体が宙を舞い……

 

「けへけほっ、……っ~可愛い顔してやってくれんじゃん」

 

 ……地面を抉って着地した。

 

 咳と共に喀血するが、それは最初だけだ。数秒もすると血反吐は止まり、少女も何事もなかったように立ち上がった。

 

 少なく見積もっても三ヶ月は入院確定の重傷が、ほんの数秒で跡形もなく治癒したのだ。現行の魔法技術に喧嘩を売る暴挙を前に、しかし、ネギに驚きはなかった。いや、むしろ予想通りですらあった。何せ、闇の魔法に侵食され尽くしたかつてのネギも、同じような身体だったのだから。

 

「……その再生力、普通じゃないな」

 

 確認するようなそんな言葉にカレンは目を丸くすると、

 

「あたしと同じ……って訳じゃないみたいだけど、人のことを言えた義理かしら?」

 

 なんて嘯く。

 

「お前は……」

 

「まあいいわ。退屈しのぎのつもりだったけど、思ったより楽しかったわよ、フィーちゃん? その内側に飼ってるモノも含めて、ね。縁があればまた会いましょ」

 

 ネギの言葉を遮ってそう言うと、カレンはあたかも立っているのが限界のように偽って仰向けに倒れ込み、

 

「降参」

 

 なんて言い放った。

 

『試合終了ーッ!! 瞬殺です! 一瞬の内に間合いを詰めたフィー選手の連撃によって、カレン選手、瞬殺されてしまいました~! この瞬間、ルヴェラ北部地区代表はフィー選手に決定!! 数々の激戦を制し、みごと世界代表戦への切符を……』

 

 

 

 

 

 

「なーんかしゃくぜんとしないけど、まぁ、勝ったからいっか」

 

 雨の降りだしそうな曇天の下、頭の後ろで手を組んで裏道を行くフィーがそう呟いた。

 

 結局、試合はネギの速攻で決着。少女はそれなりの額の賞金と世界代表戦への切符を手に取り、地下闘技場を後にしたのだ。

 

『話を聞こうと思ってたんだけど、いつの間にかあの子は居なくなってたしね』

 

「確かに変な気配を感じる奴だったけど……そんなに気になったの?」

 

『まあ、ね……』

 

 言葉尻を濁らせるネギだったが、フィーは深く聞こうとは思わなかった。何故なら、この後にはお待ちかねのショッピングタイムが待っているからだ。

 

 ネギと先程の試合について駄弁りながらも、フィーの足は止まらない。時刻は午後四時過ぎ。オーナーズ・カフェで夕食を予約した時間まで、まだまだ余裕がある。故に少女の向かう先は、元から目をつけていた目的地。

 

「へっへ~ん、お金はたんまりあるし、ジャンク屋で掘り出し物でも探そうっと」

 

 暗視ゴーグルや発信機を自作してしまう程度には、機械いじりが趣味の少女だ。大会もあるため自制していたからか、若干スキップしてしまうほど舞い上がっている。

 

『貯蓄しなくて良いのかい? また船が壊れた時に苦労するよ』

 

「おっかねっはて~んかの~まわりもの~♪」

 

 そんな調子で裏道を行くこと十分。精神世界でネギがため息を吐くのも構わず、フィーはお目当てのジャンク屋に到着した。表に出された看板には、貴重なものや違法パーツも取り扱っている旨が荒い字で書かれている。

 

「どうしよっかな~なに作ろっかな~そうだ、手甲にドリルでも付けよっかな~? それとも~……」

 

 店に一歩入るなり、カウンターの前の陳列棚に駆け寄るフィー。

 

「おぉ! こ、これは……」

 

 雑多に並べられた半導体素子を手に取り、目を見開く少女。その後もコンピュータの中身をぶち撒けたような、山積みにされた機器の数々に目を輝かせて突撃していく赤毛娘。

 

 カゴの中へ次々と廃棄物にしか見えないパーツを詰め込んでいく。

 

 戦闘以外でようやく見付けた少女の趣味だ。ネギは邪魔することを躊躇ったのだろう。結局、少女を止めるものは誰も居らず、約束の時間ぎりぎりまで、少女はジャンクパーツに埋もれるようにして過ごすのだった。

 

「いや~、買った買った! 賞金が半分近くなくなっちゃったっ」

 

 自覚はなくとも、某発掘狂フェレット少年の如き荒ぶる片鱗を見せた少女は、ほくほく顔でオーナーズ・カフェへと足を向ける。

 

 曇り空も合わさって、周囲には夜の帳が降り始めている。

 

『まあ、フィーがそれで良いなら、僕としては言うことはないんだけどね……』

 

「ぅ、ま、まあちょ~っとだけ買いすぎちゃったかも知れないけど、これがもしかしたらメチャクチャ役立つアイテムに変身するかもしれないんだよ!? ほら、なんて言うの? せんこうとうし、ってやつ?」

 

 矢継ぎ早にそう抗弁すると、フィーは誤魔化すようにカフェへと向かう足を早めた。今更になって惜しいことをしてしまった気がしたが、もう手遅れだ。

 

『フィーの腕に掛かってるからね。買っちゃったものはしょうがないから、有効活用するように』

 

「へ~い。……さ、きりかえきりかえ! 美味しいでぃなーがわたしたちを待ってるよ!!」

 

 衝動買いの反省もそこそこ、ワン店長のフルコースを思い浮かべて、フィーは口に唾が溢れるのを感じた。手早く作ってくれたオムライスですら、フィーが今まで食べてきた物の中でも上位に位置するのだ。ましてや本格的な料理となれば、どれほど舌を唸らせてくれるのやら。

 

「ふふふ~、ほんっとにワン店長さまさまだよ。愛しのエリオくんと遊ぶだけで、パーティー格安で引き受けてくれるんだもん」

 

 ワンの息子という訳ではなく、誰かから預けられた子らしいが……あの幼子は何やら訳ありらしい。あの歳で電撃を纏って攻撃してくるのだ。フィーからすれば子供の戯れでも、一般人からすればたまったものではないだろう。

 

『エリオくん、か。電気の魔力変換資質なんて、どこかのお姉さんを思い出すね。今頃どうなっているのやら』

 

「う。い、いや~、お姉ちゃんなんだし、わたしの分までお勤め頑張ってくれてるってば。それに、性格的にフェイトは管理局勤めの方が向いてるでしょ? うん、適材適所ってね」

 

 管理局の船に置き去りにして一人でトンズラした例の一件を思い出し、フィーは思わず苦笑い。今頃は裁判も終わるころだろうし、嘱託職員として働き始めているかもしれない。それに比べて自分は……少なからずお尋ね者のみである。

 

「うん。過去を振り返ってもどうしようもないし、未来を生きましょ、未来を」

 

 店に着いたら早速、愛しの天使をツンツンしよう。そんなことを考えて、フィーは頬を緩める。

 

 そして、その瞬間、

 

 ……起動

 

 突然、少女の足下に三角形の魔法陣が展開された。

 

『ッ!? フィー!!!』

 

「えっ……」

 

 少女は決して油断していたわけではなかった。

 

 そもそも、いくら浮かれていたとはいえ場所は治安の悪い裏通りなのである。何処から襲撃されるか分からない故に、フィーは不意を打たれてもすぐさま対応できる、通常の警戒態勢にあった。にも関わらず、その魔法陣の展開に気付くのに、一拍の間を要した。

 

 魔力の流動すら秘匿した、完全な不意打ち。

 

 相棒のネギですら、直前までその発動に気付けなかったのだ。

 

 ……強制、転移魔法!?

 

 術式を看破したはいいものの、脱出するにはもう遅い。

 

 跳ばされる。

 

 魔法陣の展開ギリギリの魔力量を見る限り、転移先は同世界内。それもここから半径十数キロメートル程度の範囲の何処か、と言ったところか。

 

 手甲デバイスを展開しつつそう思考し、フィーの視界は転移特有の白に染まった。

 

 

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