「やーっとついた~!!」
街を一望できる丘の上で、腰まである長い赤毛の少女フィーは叫んだ。
ネギとの精神世界での対話から半日。森の中で目覚めたフィーは自分の髪の色が変わっていることに驚いたものの、まあいっか、と一先ず脇に置きようやく森を抜けたのだ。
『そうだね……っと、先ずは服装を何とかしないとダメだよ』
念話のように頭の奥で響く相棒の言葉に、自分の姿を眺める。
ボロボロの布切れと化してしまったシャツ。同じくボロボロのパンツ。履物もサンダルで、片方は逃げているうちに何処かへ行ってしまった。
「た、たしかに。よく見たらこの格好ってすごく恥ずかしいかも……」
頷くと、少女は変態二人組から拝借した袋の中身を確認する。くすんだ硬貨が数枚と、クシャクシャになった紙幣が数枚。ミッドドルと呼ばれる、管理世界の大半で流通している通貨だ。これだけあれば、おそらく服の一式と数日分の食費になる……筈である。
「うしっ、これでぱぱっとオメカシしちゃいますか」
頭から触覚のように飛び出すアホ毛を揺らし、フィーは街に向けて歩き出した。
☆
桃色を基調とするジャージの上下。黒いインナーシャツ。デフォルメされた動物の顔が印象的な下着が三枚。安売りしていたサンダル。髪を括るためのゴム紐……以上がフィーが街で催されていたフリーマーケットで手に入れたものだ。
『いやまあ、フィーがそれでいいって言うなら、別に構わないんだけどね?』
頬をヒクつかせるネギの姿が頭に浮かび、首を傾げる。動きやすいのが一番だし、靴はなんだか蒸れるから嫌だ。髪は邪魔にならないように頭の後ろで一括りに縛っておけばいいじゃん、と少女は自分の考えに頷く。
オメカシがどうこう言っていた割に女の子らしさの欠片もない。そのことに、少女は最後まで気付かなかった。
「さてと、お腹も減ったしお昼にしよっかな」
ぐ~、と可愛らしい音がお腹から響く。『外』に出てから何も食べていないし、食べたこともないことを少女は思い出し、より一層強烈な空腹を感じた。
ちょうど前方に小さな酒場らしき店を発見。
漂ういい匂いに釣られ、扉に手をかける。
『え? そこは酒場なんじゃ』
『もうダメ、一秒でもはやくご飯にありつけないと、わたし飢え死にする』
扉が開き、鈴の音が響く。
ランタンが照らす薄暗い店内では、数名のゴロツキが昼から酒をあおっている。それを見事にスルーして、フィーはスキンヘッドの店長らしき男がグラスを磨く目の前、カウンター席に腰を下ろした。
「いらっしゃい。嬢ちゃん、見かけない顔だな? お使いでも頼まれたか? ここは酒場なんだが」
そんな至極当然な質問にフィーは、
「ミルクを大ジョッキで。あ、あとオムライスのグリーンピース抜き、大盛りでお願いします」
と即答した。
怪訝な顔でフィーをジロジロ見た店長は、頭振ると少女の注文に頷く。
フィーの注文が聞こえたのだろう。テーブル席で飲んでいたゴロツキ数人がゲラゲラと笑い出す。が、流石は店長。プロフェッショナルらしくすぐさまミルクとオムライスを作り始めた。
その様子を眺めつつ、フィーは内心でネギへ尋ねる。
『……なんかわたし、後ろの奴らに睨まれてないかな?』
『睨まれてると言うか……まあ、絡んできたら僕がのしておくよ』
『大丈夫だよね? ホントに、わたしも魔法が使えるようになってるの?』
ネギの魂に引かれたのか、元々魔力資質のなかったフィーの肉体には、リンカーコアと言う魔力生成器官が生まれていた。現在のところランクにしてB+からA。しかし、経験の浅いフィーにはまだまだ使いこなせない。
と、背後からフィーの肩をトントン、と誰かが小突いた。
「よう、嬢ちゃん」
そんな言葉に振り返ると、一文字の傷痕がチャームポイントな厳つい男の顔のドアップが少女の視界を埋め尽くした。
「うぇっ!?」
「俺の部下二人が世話になったみてぇだな。礼をしにきてやったぜ」
はちきれんばかりの胸筋に押し上げられる焦げ茶のタンクトップに、丸太のような腕には刺青。下はジーパンといった出で立ちの厳つい男だった。
が、次の瞬間フィーの雰囲気が変わった。大男に話しかけられ慌てふためく少女のものから、落ち着きのある誰かのものへ。外見的特徴に変わりはないが、少し武術に心得のあるものならば、少女の変わりように警戒心を掻き立てられただろう。強いて言うならアホ毛がなくなった程度の少女から、一瞬前まであった隙が綺麗さっぱり消え去ったのだから。
「あ?」
驚き、慌てていた少女がいきなり静かになったことに不思議そうに首を傾げた男は、どうでもいいかと少女の腹部目掛けて拳を繰り出した。先ずは死なない程度に痛めつけて、生まれてきたことを後悔させた上で、高値で売り払う。こんな小娘にいいように部下が伸されたとあっては、組織内での男の立場が危ういものになりかねない。生意気な口が聞けないように躾けなくては、と。
巌のような巨大な拳。当たれば悶絶間違いなしの一撃だ。まあ、当たればの話だが。
「なにッ!?」
カウンター席の椅子が、拳によって粉々に壊れる。
「店長さん」
拳を避けられたことに驚く男の背後から、少女の言葉が掛けられる。
「修理代は、そっちの財布から取ってくださいね」
そう言って、少女はテーブル席の方を向いた。遅れて走った衝撃に、あっさりと男の意識は刈り取られた。すれ違い様にフィー、いやネギが拳を打ち込んだのだ。
「てめぇ、よくも兄貴を!!」
「やっちまえーッ!!!」
ある者はデバイスを起動し、ある者は刃物をその手に握って襲い掛かってくる。精神世界でそんな恐ろしい光景に身を堅くしたフィーだったが、次の瞬間、身体が動いた。
まるで自分のことを客観的に外から眺めるような不思議な感覚で、フィーの身体が男たちを千切っては投げ、千切っては投げ、打ち倒していく。
……ネギさんって、こんなに強かったんだ
異なる世界では救世の英雄とまで呼ばれた男の力の一端をその身で感じ取り、フィーはただただ息を呑むだけだった。
☆
「ぷは~、うんうん。やっぱ思った通りミルクはおいしいね」
死屍累々とゴロツキ共が呻く光景を背に、フィーは大ジョッキに並々と注がれたミルクを飲み干していた。
「おお、いい飲みっぷりだ。しかし嬢ちゃん、小さいのになかなかやるな。その腕なら、地下闘技場でも荒稼ぎ出来るかもな」
そんな店長の言葉に、フィーはピクリと反応して動きを止める。
……わたしにはお金がない。わたしの目的。お母さんを止めるって目的には、お金がたくさん必要になるだろう
荒稼ぎ=お金いっぱい。そんな方程式が少女の頭に浮かぶ。
「く……くくく……」
『? いったいどうしたんだい、フィー』
急に悪役っぽい笑い声をこぼし始めたフィーにネギが声を掛けるも、既に少女は聞く耳持たなかった。
「その話、くわしく聞かせて!!!」
これが後に裏拳闘界、魔法戦技競会においてその名を轟かせることとなる『赤毛の小悪魔』の誕生した瞬間であった。
☆
元管理局エース級魔導師。それが俺の此処での肩書きだった。自分で言うのもなんだが、俺はかなりの実力者であり、ベテランだ。所属当時の魔導師ランクは陸戦AAランク。な、かなりのもんだろ?
その日も小遣い稼ぎに地下闘技場に出向いてたわけだ。殺傷設定あり、賭博ありの違法闘技場。表の魔法戦技大会で満足できない奴らの溜まり場。殺傷設定ありの通り危険度は表の比じゃない。だが、その分ギャラも段違いだ。まあ、自殺願望者か自分の実力を勘違いした馬鹿ぐらいとしかカードを組ませてくれねぇんだが……その日は違った。あっさりとカードが組まれたんだ。
で、ラッキーと思ってリングに上がってみると、出てきたのは七、八歳ぐらいのガキだ。は? って一瞬思ったな。ピンクのジャージにサンダル。ゴム紐で長い赤毛を適当に縛ってやがった。なんだ? お使いに出てきた近所のガキが紛れ込んだのか? 裏拳闘界をお上品な公式魔法戦技競会と勘違いした頭のユルいクソガキだろうか? 主催者にクレームでも入れてやろうかと思ったんだが……捲り上げたジャージの両腕から、鈍色の手甲が覗いているのを俺は目敏く見つけた。この業界で素人じゃそれで終わりなんだろうが、俺には見覚えがあった。ありゃ、確か十何年か前に『武神』って通り名で裏拳闘界に君臨した奴が愛用してたデバイスじゃねぇかってな。油断は命取りかもしんねぇな。
そんでもって、試合開始だ。とりあえず、誘導弾で様子を見て、実力を見せてもらおうか。そう思ったら……
「しっ!!」
既に赤毛の娘は俺の懐へ踏み込んでいた。
反応する間もなく、小さな拳が鳩尾に突き刺さる。バリアジャケット越しだってのに、とんでもねぇ衝撃が襲って来やがって、身体がくの字に折り曲がったな。
気がつきゃ、場外の壁に俺は埋まっていた。
はは……、悪い夢でも見てたのか?
☆
『いや~、それにしても店長さん、自分のデバイスのお古を格安で譲ってくれるなんて、ほんとラッキーだよね!』
なんて、興奮気味のフィーの言葉に少し微笑ましい気分になりながらも、五十メートル四方のリングの上で、ネギは次の挑戦者を待っていた。
ジャージの袖で額に滲む汗を拭う。
……この程度で汗をかくなんて
まだまだ少女の身体に慣れていない。魔力量も以前と比べれば天と地ほども少ない。これでは、本物の実力者と対峙したとき、厳しいと言わざるを得ないだろう。
そんな思考を頭の隅に置く。
『そうだね。渡る世間は悪魔ばかりだけど、極稀に優しい人もいるってことだよ』
フィーの目的……何処にいるかも知れない母親を『管理局』という次元世界の警察機関のような組織に先んじて止める……には、かなりの資金が必要となるだろう。聞く限り、次元の海は宇宙にも等しいほどの広大さを誇るらしいのだから。
明日の生活費すらままならない、と悩んでいたネギとフィーには、荒稼ぎ出来るという賭博試合は渡りに船だった。これ幸いと出場しようとするも……そこで立ち塞がったのが、ClassⅡ以上のデバイス装備必須、というルールの壁。殺傷設定あり、急所への攻撃あり、と管理局法に喧嘩を売る地下闘技場だったが、デバイスだけは所持していなければならなかったのだ。当然、デバイスなんぞ持っていないネギとフィー。そんな自分たちへ酒場の店長がただ同然で手甲型デバイスを譲ってくれたのだ。
『さあ、本日十二連勝のフィー・T・N・スプリングフィールド選手! 挑戦者はもう現れないのか~!?』
テンポのいい司会の言葉に、また一人リングに躍り出る。
「ガキだからって手を抜き過ぎなんだよ。俺様が子供のしつけ方ってやつを見せてやるよ」
十秒後、ネギの連勝記録が十三になった。
☆
夜。
町外れの安宿で借りた一室で、フィーはベットに横たわり、天井を眺めていた。思い出すのは、地下闘技場で鬼神の如き戦いを見せてくれたネギの動き。
……すごかった
自分の身体が疾風のような速さで動き、対戦相手の悉くを打ち倒したのだ。
これなら、お母さんを本当に止められるかも知れない。実現性皆無の目的にほんの僅かに見えた光明。
……けれど
「……ふぅ~」
フィーは天井の先、遥か彼方に浮かぶ星々を掴み取らんばかりに手を伸ばす。
……思い過ごしだったらいいのに
最後に見た、お母さんの背中。あの施設にあった研究資料が、何か、途轍もないことを引き起こそうとしているのでは、と彷彿させる。
……なんで?
瞳を閉じ、自分が逃げてきた施設を思い出す。
並べられたガラス筒。そして、中に浮かぶ死んだように……事実死んでいた、わたし。いや、アリシア。
いったい、何があの優しかったお母さんに起きたのだろう。
「……ううん、違う」
いや、考えないようにしていただけ。きっと、アリシアは死んでしまったのだ。頭にある転写された記憶から、フィーは薄々感づいていた。
死んでしまった愛娘のために、お母さんは……プレシア・テスタロッサは周りなんて気にせず、突き進むつもりなのだろう。そんなことをしても、アリシアは喜ばないと解っているはずなのに。
……だから
大罪人なんかになって欲しくないから。
「アリシアの代わりに、わたしが止める」
決意を胸に、あえてフィーは言葉に出した。
『どうしたの、フィー?』
相棒の声が頭に響くのと同時に、フィーは天井へ伸ばした手のひらをぎゅっ、と握り込んだ。
どうすれば、止められるのか。
お母さんはきっと、死に物狂いでアリシアを蘇らせようとしているだろう。それなのに、自分は一蓮托生の相棒とは言え、ネギに任せっぱなしでいいのか。
……いいわけない
よし、と少女は頷いた。
「ネギさんっ!」
『な、なんだい?』
ならば簡単。フィーは思った。足手纏いにならないためにも、
「わたしに戦い方を教えてっ!!」
身近な強い人に教えてもらおう、と。