リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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第十話

 

 

 

 漂白される視界。

 

 鼓膜を揺るがす大音響の中で、それでもネギの思考は停止していなかった。それは、この手の目眩ましに対する経験が数多くあったからである。新旧世界大戦中期において、地球連合特殊部隊がよく用いた奇襲手段だったのだ。

 

 ……閃光弾か

 

 思考と同時、断罪の剣を解除。

 

 目を焼かれぬように腕で顔を覆う。迫り来る大剣の一撃を前にネギの取った選択は、風の精霊によって編んだ囮の生成だった。

 

 編んだ囮の数は五体。

 

 上空へ三体、右方と後方へそれぞれ一体ずつを動かし、その気配と魔力の流動に紛れて左方へとネギの本体は跳躍する。

 

 視界が悪いのは相手も同じ。分散した気配に紛れる本体を捉えることは、非常に難しい……その筈だった。

 

「くっ」

 

「、一閃ッ!!!」

 

 迷いなくネギ本体へと、シグナムは斬り込んできた。

 

 迸る業火の熱と闘気を頼りに剣閃の軌道を読み、手甲を翳す。しかし、その程度ではこの斬撃は防ぎ切れない。

 

 頬を焼く灼熱。

 

 途方もない衝撃が防いだ右腕を襲い、ネギの身体は樹木の群れに吹き飛んだ。轟音が大気を揺るがし、背で無数の高木をへし折る。

 

「ぐ……ぁ……」

 

 樹木が薙ぎ倒れる、連続した轟音。

 

 三十メートル以上に渡って自然を破壊した末、ようやく停止。回復した視界に飛び込んできたのは酷くひび割れた手甲の姿だ。

 

 ……サポート役か

 

 その存在が、ネギの本体の位置をシグナムへと伝えていたに違いない。

 

 フィーがシグナムと戦闘している間に、ネギは強制転移を施した術者を探知していた。しかし、見付からなかったのだ。それだけ優れた補助魔法の使い手が潜んでいる、ということだ。更に、真の実力者と呼べる域にある女騎士の腕前。

 

 ……厄介な

 

 なんだってこれ程の実力者たちが、自分達を襲ってきたのか。

 

 考えている暇はない。思考する時間を削り取るように、再び高まる魔力。見れば大剣と鞘を合体させて、大弓と化したデバイスへ莫大な魔力を集中させる女の姿。

 

 魔力付与斬撃を防御した際に貫いてきた衝撃。そして、無数の樹木に叩き付けられたダメージによって、この瞬間、コンマ数秒だけ素早い動きが不可能だった。

 

「くっ」

 

 右手を翳す。

 

 ……解放・最強防護(クラティステー・アイギス)

 

 それが悪手と知りつつも、ここに至って打てる手はそう多くなかったのだ。あらかじめストックしておいた遅延呪文を解放し、幾重もの極めて強力な対魔法および物理防御障壁を展開する。

 

 瞬間、

 

「翔よ、隼ッ!!」

 

 ……シュツルムファルケン

 

 獄炎を纏った矢が隼を象り、音の壁すら突き抜けて飛来した。

 

 硬質な悲鳴を上げて軋む障壁。

 

 最強防護によって展開された幾重もの障壁を、まるで食い破るが如く鏃が穿っていく。強力な障壁貫通効果が付与された一射だ。

 

 反動で弾かれそうになる右手を左手で押さえ付け、歯を噛み締めて魔力を滾らせる。

 

 隼の蹂躙を止めようと障壁を強く、硬く、強化。ようやくその勢いを殺し切った頃には、展開した障壁の半ばまでもが貫通されていた。

 

 安堵する間もなく、薄緑のバインドがネギの身体を縛り上げる。

 

「っ!!」

 

「ォォオオオオオオオッ!!」

 

 必殺の弓矢を足止めに使い、本命は足の止まった標的をバインドで縛ってからの無防備を突いた一撃。そこまで読めていながらも、しかし、閃光弾から斬撃までの流れに嵌められたネギには、回避する手がなかったのだ。

 

 バインドに魔力で以て干渉。必死で解除を試みるも、最短で五秒は掛かると判断。

 

 猛然と飛行魔法を駆使して距離を詰める女騎士の姿が、なぎ倒された樹木の向こうに見える。大技の直後だ。フィー相手に使用した抜刀連結刃は使用できないようだったが、ネギに斬撃を叩き込むまで二秒も掛かるまい。

 

 ……だけど

 

 悪いことばかりではない。女騎士の向こう、バインドによる魔力の流動から逆算し、もう一人の術者の位置も大まかに確認出来た。ここさえ凌げば、幾らでも逆転の手は打てる。

 

 そして凌ぐための手段は、ネギの手の中にあった。

 

 試合で使わなかった分、遅延呪文のストックにはまだまだ余裕があったのだ。

 

 翳したままの右手の先に、魔法陣を展開。解放するのは彼の魔法世界において基本中の基本。初級攻撃魔法だ。しかしその数は、

 

 ……解放・魔法の射手・光の千一矢(サギタ・マギカ・セリエス・ルーキス)

 

 千を超えた。

 基礎的な魔法とは言え、景色全てを塗り潰すような数ならば大魔法と変わりない。

 

「なっ!!?」

 

 驚愕に息を呑む女騎士。そして、その背後でバインドの維持につとめる補助役。多少の反撃は予想していても、まさかこれ程の規模で反撃してくるとは想定外だったのだろう。

 

 ビシリ、とネギを縛るバインドがひび割れる。

 

 破るまでもう一息。如何にあの女騎士が素早く動こうと、集中豪雨の如き魔力矢の弾幕を回避しながら、バインド破壊までにここまで到達出来まい。

 

 唯一つ、ネギは見誤っていた。

 

 急に襲撃してきた相手の内心を推し測れ、と言うのも無理な話だが……ネギは彼女たちに後がないことを、主の生命の為に必死になっていたことに、気が付けなかったのだ。

 

「オオオオオオオオオッ!!!!」

 

 見開かれた女騎士の瞳に、魔法の射手(サギタ・マギカ)の輝きが反射する。そこに、恐れの色は無い。

 

 最小限の障壁を前面に、女騎士は豪雨の中へと一直線に突っ込んできた。

 

「なっ!?」

 

 流石のネギも、これには驚愕せざるを得ない。まさに濁流の中へ身一つで飛び込むが如き暴挙。一つ誤れば命を失う、分の悪すぎる賭け。

 

 しかし、

 

「ォッ!!」

 

 勝利の女神は、女騎士へと微笑んでしまった。

 

 障壁は罅割れ、騎士甲冑は無事な部分が見当たらないほど傷付き、身体中、至るところに鮮血を滲ませながらも、裂帛の気合いと共に女騎士がネギの目前へと突き抜けて来る。

 

 更に、その背後。

 

 魔法の射手の弾幕にさらされたサポート役の魔導師すらも、防御に魔力を裂かず、ネギを縛るバインドにのみ魔力を集中している。

 

 バインド破壊までの時間短縮、ならず。

 

 残り、一秒。

 

 燃え盛る大剣をその手に、己の一足一刀へと踏み込んでいた。

 

 烈火が迸る。

 

 軋みを上げるバインドは、ネギの『寸勁』にすら耐え、拘束力を保っている。

 

「くぅッ!?」

 

 ……障壁最大(バリエース・マーキシム)

 

 咄嗟に常時纏っている魔法障壁を全力展開。フィーの纏っていたバリアジャケットと合わせれば、かつて戦った槍の騎士ゼストにすら匹敵する防御力だ。だが、魂を込めた一刀を前に、その程度の守りでは気休めにしかならない。

 

「ォォオオオオッ!!!」

 

 音の壁を切り裂き、大剣の一閃がジャージを袈裟懸けに引き裂いた。

 

 

 

 

 

 

 壁が迫る。

 

 いや、そう見紛うばかりの無数の魔力弾がシグナムの進路を、そしてその背後の樹林に身を隠すシャマル目掛けて襲い来る。

 

 ……シールドを、いえ、駄目っ

 

 守りへ入ろうとする思考を急停止。視界の先、景色を埋め尽くすような弾丸の嵐へと、シグナムが一直線に突っ込むのが見えたのだ。

 

 シグナムはまだ諦めていない。サポート役である自分の居場所が悟られたからには、もはや奇襲は通用しないだろう。だからこそ、この一瞬こそが最大の好機だと感じたに違いない。

 

 ……なら

 

 逃すわけにはいかない。

 

 障壁へ魔力を回せば、一瞬でバインドを破られる。そう確信したシャマルは、身に纏う緑色を基調とした騎士甲冑(バリアジャケット)だけで、魔力弾の豪雨へと挑む。

 

 魔力弾の輝き一色に染まる視界。身を隠した一抱えはある樹木がへし折れ、

 

「くぅっぁぁあああッ!!」

 

 金属バットで殴られるような衝撃と痛みが、全身を軋ませる。轟音の洪水が周囲の樹林を焦土へと変貌させていくなか、シャマルは拘束が砕かれないよう渾身の魔力をバインドへと込める。

 

 ……私の身体はいくらでも治せる! だからっ!!

 

 靭帯が断裂し、骨が罅割れ、それでも己の身をかえりみずバインドにだけ意識を集中。永遠に等しい数秒間を越えれば、裂帛の気合いと共にシグナムの一閃が赤毛の少女を直撃した。

 

 樹木を蹴散らし、地面を砕き、吹き飛んでいく赤毛の少女。

 

 それを目にした瞬間、全身を苛む痛みを頭から追い出し、シャマルは動いた。

 

 自分達の目的はあの少女を倒す事ではないのだ。あくまでも、魔力の蒐集。故に、ある程度のダメージを負わせて蒐集が可能となれば、倒しきる必要はない。

 

 突然解放された無数の魔力弾による反撃で、二人とも軽くないダメージを負ってしまった。これ以上戦いが長引けば、二人がかりとは言え危ない。

 

 シャマルにそう思わせるほど、人が変わってからの少女の戦闘能力は脅威的だったのだ。

 

 ボロボロの騎士甲冑。頭から鮮血が垂れて、右の視界が赤く染まった。が、回復など後回しだ。

 

 構わず飛行魔法を発動。砂煙を上げ、彼方まで爆ぜたような大地の爪痕を追う。

 

 探すこと数秒。

 

 砕けて隆起した地面に腰かけるようにして、フィーと名乗った少女は呻いていた。

 

 ピンク色ジャージの上着はシグナムの斬撃によってボロ布の如く千切れていたものの、その下に着た黒いインナーは辛うじて原型をとどめている。恐らく、少女が直前に張った障壁、そしてインナー自体が特殊な素材だった為だろう。

 

 ……急がないと

 

 ダメージこそあるものの、敵はまだ闘える。

 

 その事実を確認したシャマルは、急いで、けれど確実に、己の全力を用いてバインドを発動した。

 

 少女の手足に巻き付く、薄緑色の鋼線。二重三重と折り重なるそれは、物理的にも魔法的にも高い拘束力を有するとっておき。

 

 倒れているとは言えネギに抵抗する間も与えない展開速度。サポートの為にほとんど攻撃手段を持たないシャマルと指輪型デバイス・クラールヴィントだからこその早業だ。

 

「……なんとか、だな」

 

 拘束を確認して地面へ降り立てば、並ぶように追い付いてきたシグナムが、全身に刻まれた傷に顔をしかめながらも呟いた。

 

「……ええ、ほんと。危なかったわ」

 

 滴り落ちる鮮血が、汗と混じって足下の地面に幾つもの水滴を散らす。

 

 無謀にも思える部の悪い賭けで数多くの傷を負いはしたものの、これだけの強敵を捕らえることが出来たのだ。

 

 安堵の息を吐き出しながらも、『闇の書』を手元へ呼び寄せて構える。蒐集の完了するその瞬間まで、油断する気は毛頭なかった。

 

「くっ……いったい何を」

 

 険しい表情で此方を睨み付ける少女を見据えながら書を向けて、

 

 ……蒐集(ザムルング)

 

「ぁ、っがぁあああ!!?」

 

 言葉を遮り、会話に付き合うことなく蒐集を開始した。

 

 少女の目が見開かれ、その喉から苦悶の叫びが絞り出される。

 

 胸元から光の球体が姿を現し、燐光が闇の書の頁として吸い込まれていく。

 

「ごめんなさい。でも、すぐに終わるわ」

 

「だ、…やめ……ぁあああああああ……っ!?」

 

 もう幾度となく繰り返してきた蒐集作業。例外なく対象は悲鳴を上げ、魔力の源であるリンカーコアから文字通り”一滴残らず”魔力を吸い出される。対象は一時的に魔法行使が不可能にはなるものの、命に別状はない。今までもそうだった。

 

 悲鳴を上げ、一定以上まで魔力を失った魔導師は意識を混濁させる。ある種のショック状態であるため、どんな強者であろうとも、理論的に耐えることはできない。

 

 だが、

 

「ガァ■■ァアアア■アア■■■アア■■■■■アアアア、■■■■■■■■■■!!!!」

 

 ナニカがおかしい。

 

 そうシャマルが悟ったのは、空間全体を軋ませるような威圧感を目の前の少女から感じたからだ。

 

 ぞくり、と全身から冷や汗が噴き出す。

 

 無意識の内に一歩、後ろへ下がっていた。

 

「そんな……」

 

「なんだっ!?」

 

「ァ■■ァアア■アアア■■■■■■■■ッ!!」

 

 ドス黒く禍々しい、魔の気配。

 

 闇の書が吸収している筈の魔力が、吸い出されたその場から回復し、増大し、溢れ出しているかのようだった。

 

 ……ありえない

 

 頬を伝い落ち、地面に散る汗と血の混じった水滴。

 

 シャマルはただただ呆然と目前で繰り広げられる異常事態を見詰めることしか出来ない。

 

 唸るような、人間とは思えぬ奇声を上げる少女を、見ていることしか出来ない。

 

 パリン、

 

 と硬質な音が、

 

 何処かから響いた。

 

「……え?」

 

 ワイングラスを割ってしまったような、そんな繊細な音。割れやすい食器を間違えて落としてしまったような……シャマルが台所でよく耳にする音だった。

 

 次の瞬間、吐息が顔にかかりそうな目前に、反転した眼球があった。

 

 真っ白に染まった虹彩と瞳孔、血の色に染まった強膜。

 

 目に入った血のせいで変な風に見えるのか。そんな場違いな思考が、ほとんど停止した脳裏に過る。

 

「っ!? シャマルッ!!」

 

「……ッ!!!!」

 

 横に立つシグナムの悲鳴じみた声。

 

 自分のバインドが容易く紙のように破られたのだ、と再起動した思考が追い付いた刹那、下腹部に熱した鉄棒を突き入れられたような灼熱感。一拍置き、内臓を掻き乱されるような激痛が神経を駆け巡る。

 

 殴られた、と、そう認識が追い付く間も無く、シャマルの意識は身体と共に吹き飛ばされた。

 

 

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