路地裏の薄闇から表通りに出ると、激しい喧騒が耳に飛び込んできた。
目を凝らせば、人混みの向こうに歓楽街の大ゲートがそびえ立っている。大人や老人、子供達。アムール歓楽街の窓口は、出入りする行楽客によってごった返していた。
「……エリオくん、またねっ!」
「……オーナーさん。お世話になりました」
キラリ、と日光を反射する認識阻害伊達眼鏡。
押し合う人波から目を離し、フィーとネギは見送りに来てくれたオーナーたちに頭を下げる。
「無茶するんじゃないぞ」
何の説明もしていないのに、これからフィーが何処へ向かおうとしているのか、まるで知っているかのような男の言葉に驚き、少女は小さく苦笑した。
「大丈夫ですって! 相棒もいるし、それに……」
「エリオも居る。またいつでも遊びに来てくれ、嬢ちゃん」
フィーの言葉を遮るようにそう言うと、オーナーは脇に佇むネギへと目を向けて、
「こいつのことを頼むぞ」
「当然です」
なんて短いやり取り。それを最後に、オーナーはフィー達に背を向けて去っていった。
思わず、ため息が出そうになった。
自分はうまく笑えているだろうか。そんなことすら、今一つ信じられない。
人から外れることは覚悟の上だった筈だ。だと言うのに、未だに引きずっている自分に嫌気が差してしまう。
考え事はそれだけではない。地球に居るユーノやなのはにも、危機が迫っているかも知れないのだ。
言い様のない、鉛のように重たいナニカが胸の中に沈殿していくようだった。
答えの見えない思考を空回りさせていると、ぽん、と頭に軽い衝撃。見れば、ネギがフィーの頭に手を置いている。
「大丈夫」
安心させるような、そんな明るい声。
「……うん」
「きっと、大丈夫さ」
明確な答えはない。それでも、相棒のそんな励ましにフィーは少しだけ心が軽くなったように感じた。
自分の影に惨殺され、惨殺し返した地獄の試練。あれから、既に一週間が過ぎていた。
謎の騎士達による襲撃……魔力を搾り取られ、封印を強制的に外されたフィーの肉体は、もう半ば以上が人から外れてしまった。それでも辛うじて、フィーはフィーとしての精神性を保ったままで目覚めることが出来た。
ネギによると、フィーは三日三晩、生死の淵をさ迷っていたらしい。消耗しきった身体を回復させるのに、魔法の力をあわせてもそれだけの時間を要したのだ。
オーナーズ・カフェでエリオと戯れ、磨耗した精神を癒す日々。
何故、自分がこんな目に遭わなければならなかったのか。ある程度体力が戻り、精神的にも余裕を取り戻した少女の胸中に沸き立ったのは、そんな怒りだった。
無論、あの女騎士達はわざわざフィーを化け物へ堕とす為に襲撃してきた訳ではないだろう。彼女達には彼女達の目的があった筈だ。だが、そんなことはどうでもいい。どんな理由があろうとも、何故、自分があんな地獄を体験しなければならなかったのだ。何故、まだ人間として過ごせた筈の時間を削られなければならなかったのか。
復讐する、とまでは言わない。自分の意思で選択した結果、元々何時かは化け物になる定めだったのだから。だがそれでも、自分をあんな目に遭わせた奴等をただ見逃すのは、許せなかった。
……一発、思いっきりぶん殴ってやる
その布石は、既に打っている。
ネギが打撃に紛れて叩き込んだ発信器『わかるんですグレート』。同一次元世界内でしか探知できないそれは、かつてフィーが遺跡発掘の際に発見した衛星『アドヴェンチャ』と併用することによって、次元世界のほぼ全てを探査範囲とすることが出来るのだ。
いかにサンダルの投擲に耐えられる発信器とは言え、あれほどの激戦では壊れてしまっているかも知れない。剥がれて見当違いの場所に落ちてしまっているかも知れない。悪い予想を立てながら、結果を待つこと三日。次元空間を無数に漂う小型探査機が運んできたのは、予想以上の最悪だった。
……第九十七管理外世界・地球ニテ対象ヲ感知
奇しくも、以前の事件で知り合った少女、なのはと親友のユーノが過ごす世界。もしかすれば姉であるフェイトすら遊びに行っているかも知れぬ世界だったのだ。
自分の友達にすら、騎士達は牙を剥くかも知れない。その可能性を知ってしまった以上、フィーにはなにもしない、なんて選択肢は無くなった。
……無事でいてね
自分の身体よりも、友の心配。それが現実逃避なのかすらフィーには定かではないが、それでも、じっとしてなど居られなかった。
「あの遺跡オタクのユーノくんだよ? それに、砲撃魔導師として有望ななのはちゃんだって居るんだ。心配ないさ……」
そんなネギの言葉。それが希望的観測なのだと、あの騎士達と対峙した彼は理解しているのだろう。けれど、今の自分達には信じることしか出来ないのだ。
「…………うん」
ユーノのしぶとさは嫌と言うほど知っているし、なのはの砲撃が凄まじいことも理解している。それでも、嫌な予感に胸騒ぎがした。
何か悪いことが起きる、そんな予感がするのだ。
「……ま、わたしが考えても無駄だよね。未来のことなんて、その時になってみないと分かりっこないんだしさ」
頷き、フィーは人混みへと歩を進める。
ふと足を止めて振り返り、何時ものようにフィーは笑顔を浮かべて見せた。
「だよね、相棒?」
「うん、その通りだよ」
身体は変わってしまったけれど。自分は何も変わらない。未来に何が待ち受けるかなんて、分からないのが当然だ。
ほら何時も通り。
無限に広がる選択肢。たとえ不吉が待ち受けようと、選んだ後から正してみせる。
今までも、そしてこれからも。
「そんじゃ行こっか、相棒!」
くるりと人波に向き直ったフィーの手を、
「そうだね、相棒」
支えるようにネギは握ってくれた。
にしし、と無理にでも笑顔を浮かべて歩み出す。
そうして、二人は人混みの中へと紛れ行くのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次章の更新は自サイトで書き溜めが出来次第となります。申し訳ありませんが、少々お待ちくださいm(__)m
それでは、またお会いしましょう!