リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

35 / 57
第一話

 

 

 

「……」

 

 積み重なった書類。足の踏み場もないほど散乱したジャンクパーツの数々。

 

 デメキング号……フィーの住処兼移動手段である小型次元航行船の一室。四畳半ほどのスペースでは、操縦席に座った少女が一括りにした長い赤毛を揺らし、無意味な貧乏ゆすりを繰り返していた。

 

『……ふぅ』

 

 そんなそわそわと落ち着きない相棒の様子を精神世界から眺めたネギは一つ、小さなため息を吐いた。

 

 何故、フィーが何時になく焦っているのか。その理由が痛いほど理解できるからこそ、ネギはため息を吐くことしか出来なかった。

 

 襲撃してきたベルカの騎士達の行方。闇の魔法(マギア・エレベア)の侵食による肉体の変異。前者は友達であるユーノやなのはの危機、後者はフィー自身の今後に関わる問題。どれ一つとっても笑い事では済まされない事態だ。

 

「……なんで返事がないの。ゆーのんの馬鹿。メールぐらい何時も確認しとけっての……」

 

 ボソボソとそんな悪態をつく少女。

 

 襲われたこと。

 

 そちらに騎士達が迫っているかも知れないこと。

 

 出発してすぐに、フィーは地球組で唯一プライベートアドレスを知る親友、ユーノ・スクライアへメールを送ったのだ。しかし、一向に返事は返ってこなかった。

 

『……フィー』

 

「わかってるってば、ネギ。大丈夫、わたしは大丈夫だから。むしろわたしの考えすぎで、海鳴とか全然関係無いところにアイツ等は向かってるかもだしさ。ほら、地球って広いわけだし」

 

 そう言って気丈に振る舞うフィーだったが、ネギにはその表情が何処か強張っているように思えた。

 

 無人世界で発掘した稼働中の探査機管理衛星『アドヴェンチャ』による超広域次元探査と、予め張り付けておいた発信器によって騎士達の行方は粗方掴めている。確かに、未だ詳細な位置情報までは割り出せていないが……彼女達の狙いが魔力である以上、高い魔力資質を有するなのは達が標的にされる確率は非常に高いと言わざるを得ないのだ。

 

『あ~も~、どうせオートパイロットで地球まで行けるんだし、もう一回模擬戦しようよネギ』

 

「わかった。……次にあの騎士達と会ったとき、今度こそ負けないようにしないとね」

 

 出発してから十数度目の模擬戦闘の誘いを、ネギは快く承諾した。

 

 驚いたことに、闇の魔法の試練を乗り越えたフィーは、その戦闘技能を激的に向上させていた。それこそ、術式兵装無しのネギとなら良い勝負が出来るほどに。

 

「……」

 

 戦闘時の少女の瞳にナニカに対する恐怖と、そして愉悦の色が垣間見えるようになったのは、目覚めてからのことだ。

 

 昏睡状態の間に精神世界で何が起こっていたのか、一度それを乗り越えたことでおおよその想像が出来てしまう彼には、フィーの戦闘能力の向上を手放しに喜ぶ気になれない。

 

 外部モニターに映し出される七色の次元空間。混沌としたその先に待つだろう現実に、ネギは嫌な予感を拭いきれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 古代(エンシェント)ベルカ式魔法とは、かつてミッドチルダ式魔法と勢力を二分した魔法体系であり、古代遺跡の発掘や遺物を取り扱う筋の人間にとって非常に有名な術式である。

 

 しかし、有名であるのと汎用性に優れているのとは全く無関係。かつて滅びた世界の魔法だけあり、ベルカ式魔法を真の意味で体現しているものは極々少数だ。近年では古代ベルカ式をミッドチルダ式をベースに再現した近代ベルカ式なるものが普及され始めているのものの、まだまだ少数派に過ぎない。いわんや、古代ベルカ式魔法の使い手ともなれば更に少ない。管理局に所属する英雄ゼスト・グランガイツ、聖王教会に所属するシスターの中でも少数の武闘派、脈々とベルカ諸王家の血を現代に繋げてきた覇王家やら雷帝家やら……その程度だ。ある種、稀少技能(レアスキル)の一つとして数えられるほどなのだから、その稀少性がわかると言うものだろう。

 

 そこまで考えて、ユーノ・スクライアは頭を振るった。それでも、目の前で繰り広げられる光景は変わらない。

 

 どうやら夢ではないらしい、なんて毒づき現実逃避から帰還した。

 

「ユーノ、くん?」

 

 心配そうな表情でこちらを見上げるなのはの視線に気が付き、曖昧な笑みを浮かべる。

 

「ごめん、なのは。……久しぶりだね。正直、こんな状況で再会するとは思わなかったよ」

 

 何て言いながら治癒促進と防護の結界を少女を中心に展開。気休めでしかないものの、無いよりはマシだろう。

 

 周囲に気を配りながら傷の様子を見て、ユーノは内心の呻き声を押し殺した。

 

 少女の傷が命に関わるほど重い、と言うわけではない。むしろ逆だ。重傷にならないように、されど的確に行動を阻害する為にダメージを蓄積させる手並みに、今フェイトと戦っている幼い少女の力量の高さが窺い知れたのだ。

 

 全次元世界を見渡しても非常に少数な古代ベルカ式の使い手。近中距離戦闘で鬼畜じみた強さを発揮する、そんな絶滅危惧種一歩手前の存在が、ユーノ達の敵として立ちはだかっているのだと理解できてしまう。

 

「く、ぅう、あ」

 

「ダメだよ、なのは! 今はこの結界の中で身体を癒すんだ。フェイトと僕であの子は何とかするから」

 

「でも、……あの子、すごく」

 

「分かってるから! 僕達が何とかするから!」

 

 そう言い聞かせて、ユーノは立ち上がろうとする少女の身体を押し留めた。命に別状は無いとは言え、蓄積されたダメージは甚大。とても戦闘など出来そうもない。

 

「……うん。ごめん、ね、ユーノくん。もぅ……」

 

 そう呟いて、なのはは気を失った。

 

 無理もない。なんとか精神力だけで意識を保っていたような状態だったのだ。

 

「……さて、どうしようかな」

 

 上空で魔力光を迸らせてぶつかり合う二つの影を見上げる。形勢はフェイトの不利。早く加勢しなければそう遠くないうちに墜ちるだろう。

 

「念話は……駄目か」

 

 幾つかの転移中継ポートを利用した先、管理局の本局で待機しているリンディ提督達へ連絡を取ろうとするも、繋がらない。広範囲に展開されている古代ベルカ式の封鎖結界は、侵入者を外部へ逃さないことを念頭に置いたもののようだ。

 

「クロノたちが結界を壊せれば良いんだけど……」

 

 恐らく、短時間では無理だろう。

 

 非常に稀少な古代ベルカ式で構成された術式だ。その筋に詳しいユーノですら、内部に侵入し、その構成を読み取ることでようやく気付くことが出来た。術式の体系に気付き、ミッド式とは異なる構成を解読……内部への被害を考えれば、外部から力業で破壊することは出来ないだろう。

 

 結界解除まで最短でも十五分は掛かる、とユーノは考えた。

 

「……となると僕、か」

 

 なのはの集束砲撃魔法『スターライトブレイカー+』ならば、内部から結界を壊すことは可能だろう。しかし、彼女は満身創痍で気を失っている。とてもではないが叩き起こして無理をさせることは出来ない。

 

 紛いなりにも古代ベルカ式魔法の知識を持つユーノが構造を解読し、基点を破壊、封鎖を解除する事が最善策だ。

 

 そこまで思考を進めて、

 

「……ぁあ、フィーからのメール、確認してから来るんだったな~」

 

 ユーノはその気配に気付いた。

 

 背後へ振り返る。

 

 静かで重く、深みのある魔力圧が少年の民族衣をはためかせる。

 

 拳法衣を思わせる装い。褐色の肌。白銀の髪と、鋭い双眸に光る真紅の眼光。そして、フィーを彷彿させる前腕を覆う手甲。

 

 そこには、一人の男が佇んでいた。

 

 感じる威圧感と付近に倒れ伏すアルフの姿が、男の並外れた実力の片鱗をユーノへ教えてくれる。

 

 ……これは、ヤバいかな

 

 結界内への侵入、なのはを救護して最善策を思考する。その間に要した時間は三分弱、と言ったところか。

 

 その、たったそれだけの短時間で、優秀なフェイトの使い魔であるアルフが制圧されたのだ。

 

 やけに鮮明な、冷や汗が背筋を伝う感触。

 

 十二月二日午後七時四十六分。奇しくも、ネギが悪い予感を覚えた同日同時刻に、ユーノ・スクライアは避け得ぬ危機に直面してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 強い。

 

 紅い防護服(バリアジャケット)に身を包んだ己よりも幼く見える少女の技量に、フェイト・テスタロッサは内心で舌を巻いた。

 

 繰り出される鉄球の物理攻撃、固い防御、意識の間を縫うような間合いの取り方に、鎚による一撃必殺の重打。魔法の技量一つ見ても、一流以上だ。

 

 ……ブリッツアクション

 

 幾度目かの応酬の末、隙を見て発動させた短距離限定の超高速移動魔法。加速により瞬き一つの間に二十メートル程の距離を奔る少女の身体。金の残影を虚空に刻み、違法魔導師の背後を取ると同時に一瞬で魔力刃を纏わせたバルディッシュを一閃。

 

 稲妻を宿した斬撃が弧を描き、

 

「っ!?」

 

「ぉ、っと」

 

 空を切る。

 

 ……これだ

 

 幼い外見からは想像もつかない戦闘に対する慣れ。

 

 速度で上回っているにも関わらず、フェイトの攻撃は敵に掠りもしなかった。魔力量や魔法戦技とは別の面、戦闘の巧みさにおいて、目前の少女はフェイトのそれを圧倒的に凌駕しているのだ。

 

 軽々と視覚外からの一撃を躱して見せた少女はそのまま浮遊し、フェイトを少し上から見下ろして、

 

「なかなか速いな。まぁ、対応できねえ程じゃないが」

 

 そして、それにフェイトが言う。

 

「どうしてこんなことを? 犯罪だって分かっている筈」

 

「やらなきゃならねぇんだよ。別にあたしもやりたくてやってる訳じゃないさ。ただ、必要だからさっさと終わらせてぇんだ」

 

「……強制されてるなら、今ならまだ罪が軽くなるかもしれない。お願いだから、投降して」

 

「馬鹿にしてんのか? はっ、嫌だね! あたしってば、馬鹿にされんの嫌いなんだよな」

 

 と、少女の身体に殺気が宿るのを感じた。もう、一般人ではその殺気だけで動けなくなってしまう程に、それは刺々しくフェイトの本能を刺激して、

 

「……馬鹿にしてるつもりはない。わたしも貴女みたいに引けない時があった! 友達に止めてもらって、ようやく自分が間違ってたんだって気付くことが出来たんだ! だから、」

 

 それでも思いの丈をフェイトはぶつける。それが、あの事件で自分が手にした唯一の希望だったから。

 

 しかし、その想いは固い決意に閉ざされた相手の心には響かない。

 

「変な奴だな、お前。さっきの高町なんとかみたいに、その歳にしちゃやけに強えしよ…………どうやら、シグナム達を痛め付けた奴じゃ無さそうだし」

 

 後半の呟きは風に掻き消され、フェイトの耳に届かなかった。

 

「まあ、なんだ……どうしてもあたしを止めたいってんなら、力ずくで止めてみろよ!!」

 

 少女が動く。

 

 フェイトの目ですら霞むほどの速度で距離を詰めてくる様は、あたかも紅い弓矢の如し。だが、速度と鋭さに特化したフェイトよりは、遅い。

 

 鎌のようなバルディッシュの魔力刃を己もまた加速しながら薙ぐ。

 

 一瞬にも満たない刹那で互いの距離が零になり、

 

「遅い」

 

 と、フェイトは呟いた。

 

 それに紅い少女は歯を魅せるように獰猛な笑みで、

 

「お前がな」

 

 音速の壁を超える速度で突き進むフェイトの声が届く筈もないのに、なんて返してくる。

 

 交差は一瞬。

 

 結果は酷薄。

 

 両手に握るデバイスに猛烈な衝撃が走ったかと思えば、

 

「そ、んな……」

 

 柄の半ばから先がへし折れていた。

 

 少女の接近する軌道を読み取り、遮るように放った斬撃が見切られていたのだ。軌道を読んだ攻撃に対し、更に上を行く見切りで鎚型デバイスを一閃した少女の重撃に、インテリジェントデバイスであり、アームドに耐久力で劣るバルディッシュはあっさりと限界を超えてしまった。

 

 呆然と、虚空を回転するバルディッシュのコア部分が、視界の端に映って、

 

「ほい、これでお仕舞いだ」

 

 なんて軽い声と共に放たれた一撃必倒の重撃が、バリアジャケット越しにフェイトの腹部に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 ユーノは身を沈める。

 

 敵との距離は十メートル前後。おそらく一挙動で殺傷可能な間合いの内に入ってしまっているのだと、直感が警鐘を鳴らしている。

 

 だから、瞬きすら堪えて、ユーノは褐色の男から目を逸らさない。

 

「…………」

 

 手甲や騎士甲冑の形状から見るに、敵の戦闘スタイルはフィーやネギと同じ陸戦の近接格闘を得意とするタイプ。アルフを容易く制圧したことから、空中戦でも相応の戦力を有している筈だ。

 

 更に言えば、この間合いでは、空に上がろうと浮かんだ次の瞬間には拳を叩き込まれても可笑しくない。不用意に飛行魔法は使えない。

 

「ぁ~、もう」

 

 毒づき、マルチタスクを用いて脳内で何パターンもの今後の展開、魔法術式の構成、考えを整理する。

 

 八方手詰まり。そもそも、あんな戦闘が本職の奴と正面から対峙してしまった時点で、ユーノの不利は覆せないのだ。

 

 背後には気絶状態のなのは。とにかくここから離れなければならない。なんとか耐えながら封鎖結界の基点を捜索し、破壊。非常に困難と言えるが、やるしかない。

 

 と、

 

「末恐ろしいな」

 

 男が言った。

 

 集中を切らさずに、されど、情報収集と時間稼ぎの為に言葉を返す。

 

「……だったら、早く降参して捕まってくれませんかね」

 

「我らには成すべき事がある。残念だが、降参するわけにはいかん」

 

「なら、見逃すので早く逃げてくださいよ」

 

 戯れ言だ。なのはを見れば分かる通り、敵は明らかにこちらを死なない程度に痛め付けて何かをしようとしている。その何かがどう言った事かは知らないが、決して喜ばしい事でないことは確かだ。

 

「ふむ、その目。死中に活路を見いだそうと足掻く……良い騎士の目だ」

 

 言い終わると同時に、男が踏み込んでくる。

 

「っ!!」

 

 疾い。

 

 単純な速度は勿論の事、フェイトのように魔法的物理的速さだけでなく、気付けば距離を詰められているような巧さがある。フィーやネギの打ち込みを防いだことがなければ、ユーノも反応出来なかったかも知れない。

 

 だが、その程度は予想の範囲内だ。

 

 半ばまで肉薄された瞬間、薄緑の魔法陣が男の足下に輝いた。

 

 それは、なのはを治癒する結界を張るのに合わせ、周囲に張り巡らせたトラップの一つだ。魔力に象られた十数本の(バインド)が男を拘束しようと弧を描き敵を捕縛する。

 

「ぬんっ!」

 

 と思った瞬間、気合いと共にあっさりとバインドが弾かれてしまう。

 

「……っ!?」

 

 今度こそ、ユーノは驚愕した。

 

 全身を捻るような運動に魔力の流動を同期させ、その回転力で以て鎖が弾かれたのだ。予想だにしない妙技によって罠が突破され、突き出される鉄拳は、もう目と鼻の先。

 

「っぉう」

 

 ほとんどの無意識の内に身体が半身を取り、斜めに傾斜を着けたシールドを展開。拳と障壁の擦れる耳障りな高音を響かせ、辛うじて男の一撃をユーノは右体側へと受け流した。

 

 拳が凌がれたと見るや、刹那の差で迸る左の一閃。開かれた左手の五指には、小刀程の鋭利な刃が魔力によって象られている。

 

「……!!」

 

 猛獣が獲物へ爪を突き立てる様が、ユーノの脳裏に駆け巡る。

 

 全身から噴き出る嫌な汗。

 

 障壁を置き去りにその場から飛び退くのと、鋭利な魔爪が障壁ごとユーノが一瞬前まで立っていた地面を切り裂いたのは、ほとんど同時の事だった。

 

 僅かに掠めた爪がバリアジャケットを容易く引き裂いている。刹那でも飛び退いて飛行魔法を行使するのが遅れていれば、それだけで手痛いダメージを受けていただろう。

 

「冗談じゃないって、ホントに」

 

 一瞬の緩みも許されない精神の悲鳴を、悪態を吐くことでぼちぼち発散する。

 

 ……これ、結界の基点を探すとか無理すぎなんだけど

 

 遺跡発掘……考古学者の卵には、些か厳しすぎる状況だ。遺跡で色々とやらかして追い詰められたことはあれど、ここまでの危機はなかなか無いのではないか。

 

 どうにか状況を打開しなければ。そう思考を回転させているのも束の間、何かが叩き付けられる轟音が、海鳴の街に轟いた。

 

 空を全速力で飛び、追ってくる褐色の男を視界におさめつつ恐る恐る音源へ目を向ければ、墜とされたらしいフェイトが、なのはが倒れている近くの路上にもう一つ、大きなクレーターを形成していた。

 

 砂煙でよく見えないものの、意識がない様子だ。

 

「うっそだ~」

 

 三対二だった筈が、僅かな時間で一対二に早変わり。呆然と嘆くことしか出来ない。

 

 そして、倒れ伏す二人の少女へ近付いていく赤い少女。その手には、明らかに遺失遺産(ロストロギア)の雰囲気を醸し出す、装飾が施されたハードカバーの書物。

 

 助けに行きたいものの、そんな隙を見せた途端、撃墜されるのは目に見えている。

 

 あの赤毛の三つ編み少女、そして白髪で褐色の男。管理局の基準はいまいち分かりにくいものの、戦闘能力をランクにすれば両者ともAAA以上は確実だろう。いや、なのはとフェイトを容易く打ち倒すのだから、Sランクに届くかも知れない。

 

 いずれにせよ、

 

「……アースラスタッフの解析力に期待するしかないかな」

 

 現状が更に過酷になっただけだ。

 

 何かをしようと書物を開く少女、それを邪魔されないためにか、ユーノが近付けないように虚空に佇む男。絶望的な光景を見下ろしながら、

 

「ま、やれるだけはやろうか」

 

 と、呟いた。

 

「……なんだと」

 

 その言葉にピクリ、と反応する男。

 

 眼下の地面では、フェイトを小脇に抱えた少女がなのはの近くまで移動し、ユーノの治癒結界を壊すのが見えた。気を失った二人を近くの地面へ寝かす。おそらく、あのロストロギアが一度に効果を発揮できる範囲なのだろう。そこまで確認して、

 

「結界魔導師の本領、見せてあげるよ」

 

 マルチタスクの一つを用いて練っていた術式。ユーノの取って置きが、発動した。

 

 

 

 

 

 

 広域封鎖結界が張られた海鳴市とは異なる次元。時空管理局本局内部のドッグでは、整備のため、次元航行艦アースラが停泊していた。

 

 砂嵐が埋め尽くす、ブリッジの大型モニター。予期せぬ事態に、アースラスタッフ一同は慌ただしく結界の解析を進めている。

 

「……まさか、こんなことになってるなんて」

 

 中継転移ポートを介して先に送り込んだ三人の身を案じ、リンディは小さくそう呟いた。

 

「アレックス。結界抜き、まだ出来ない?」

 

 オペレーションを担当するエイミィの問い掛けに、解析班のアレックスが答えるも、それは良い報せでは無かった。

 

『解析完了まで、あと十五……いえ、十分ほどです』

 

 ディスプレイに映し出される術式構造は、現在の次元世界でスタンダードなミッドチルダ式とは全く異なるものだ。

 

「ミッドチルダ式の魔法じゃないな」

 

「そうなんだよ。いったい、何処のだろ?」

 

 そんな二人の会話に、リンディはスクライア一族であり、豊富な知識を持つユーノを先に突入させてしまった事を悔やんだ。

 

 結界内部の様子は、まだ確認できない。

 

 ……三人とも、無事でいて

 

 敵の戦力は不明。しかし、こちらは幼いとは言えAAA級の戦闘魔導師が二人に、優秀な使い魔、そしてA級の結界魔導師だ。常識的に考えれば、過剰戦力も良いところ。しかし、

 

「…………」

 

 リンディは顎に手を当て考え込む。

 

 ミッドチルダとは異なる魔法体系。不明瞭な点が多い。故に、

 

「……クロノ執務官」

 

「はい、提督」

 

「非常事態です。執務官の渡航申請は事後承諾。責任は私が持ちましょう。早急に、中継ポートを利用して現地へ向かってください」

 

「っ、了解です!」

 

 リンディは保険を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 ツインテールにした栗色の髪の砲撃魔導師、速度重視の長い金髪の魔導師。倒れ付した二人の少女を見下ろし、鉄鎚の騎士ヴィータは僅かな嘆息を吐き出した。

 

「……わりぃな」

 

 彼女達に恨みはない。金髪の魔導師は、シグナムとシャマルに大怪我をさせた化け物と似通った容姿をしており、思うところがあるものの、それだって仕掛けたのは自分達の方なのだ。

 

 むしろ、

 

「あの化け物じゃなくて助かったのは、あたしの方か」

 

 幼いとは言え才気に溢れた魔導師、高町なんとか。想定以上にカートリッジと体力を消耗してしまったところへの連戦だ。仮に、シャマルのクラールヴィントで見せられた映像の化け物……赤毛の悪魔が増援として来ていた場合、果して撤退すら出来たかどうか怪しいものだ。

 

 ……いや

 

 戦場でたらればを考えても無駄な時間だ。今回はどうにかなった、それで良い。

 

「……とにかく、これで頁が大分稼げるな」

 

 呟きながら闇の書を起動させる。

 

 虚空へ浮かび上がり、その白紙の頁がひとりでに捲れ上がる。

 

「蒐集、かい……」

 

 瞬間、薄緑色の魔法陣が地面に浮かび上がった。

 

「なっ!?」

 

 遠隔からの発動ではなく、元から仕込まれていた罠。

 

 悟ると同時に反射的に地を蹴り、飛行魔法で宙へと上がろうとするも、魔法陣から伸びる無数の鎖に絡め取られてしまう。拘束力はそこまで強くはない。数秒もあれば引きちぎることが可能な、大したことのない術式強度だった。その僅か数秒で、

 

「ちっ」

 

 スクライアの民族衣に身を包んだ少年が割り込んでこなければ、だが。

 

 ……こいつ、今どうやって

 

 高速移動の際に発生する、空気が裂ける感覚はなかった。転移魔法に特有の空間の歪みすら、僅かにも感知できない。

 

「いや~、近くに並べといてくれて助かったよ」

 

「てめぇっ!!」

 

 ザフィーラの気配は上空に健在、こちらへ向かって近付いてきている。つまり、守りに秀でたザフィーラを、この少年はどうやってか抜けてきたのだ。

 

 二人の少女を両脇に抱える少年。魔力の鎖を壊しながらグラーファイゼンを振り上げ、間合いを詰めようとするも、少年は引き攣ったような不敵な笑みを浮かべ、

 

「……っ」

 

 小さな、半径一メートル程の小規模の結界を展開する。

 

 半透明で球状のそれに包まれた途端、二人の少女を抱えている筈の少年の動きが異常に加速した。高速移動魔法じみた速度で一瞬で距離を離されてしまう。

 

 並みの、いや、相当に訓練された魔導師でも、その動きを先読みすることは勿論、追うことすら出来ない速さ。だが、

 

「ロードカートリッジ」

 

 ヴィータにはそれが出来た。

 

 雑多に乱立する高層ビル群の隙間へ紛れるように飛んでいく少年。その思考はおおよそ読める。時間を稼ぎ、外部の仲間……おそらくは管理局が封鎖結界を破壊するまで逃げ切るつもりなのだろう。

 

 機構が作動し、駆動音と共に吐き出される空薬莢。

 

 駆け巡る魔力の猛りを制御し、その跳ね上がった魔力で以て、通常では不可能な数の鉄球を弾き飛ばす。超音速の弾丸が大気を貫き突き進む。標的は少年が向かおうとしている先。あの速度では直撃させることは難しいが、その動きを制限することは出来る。

 

 そして、制限したコースならば、

 

「鋼の楔!!」

 

 上空のザフィーラが阻止することが可能だ。

 

 地面から突き出た無数の突起。白銀のそれが少年の逃走コースを完全に遮った。

 

 それで、詰みだ。

 

 動きが止まり、展開されていた半透明の結界が解除される。おそらく、非常に燃費の悪い魔法だったのだろう。少年はこの短時間で肩で息をしている。

 

 地面に降り立ち、少女達をアスファルトの地面に寝かせ、

 

「あ~も~、なにそれ? ここは僕が格好良く二人を助けるところでしょ? 空気読んでよ、ホント」

 

 嘯く少年に油断なく近付き、ヴィータは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 会話による時間稼ぎ。優れた魔法技術に、場馴れした空気。この少年レベルの実戦経験を先程の少女達が積んでいたなら、歴戦の騎士足る自分とてかなり危なかっただろう、と。

 

「空気が読めなくてわりぃな。わりぃついでに、そのまま倒れろや」

 

「そうはいかな……っ」

 

「るぉおおおおお!!」

 

 会話を遮るザフィーラの烈脚。回避できないタイミングで繰り出された一撃が、少年の身体を軽々と弾き飛ばす。

 

 蹴りを受ける瞬間、シールドを張り自分から跳ぶことで衝撃を受け流したようだが、もはや少女二人の蒐集を邪魔するほどの余力はあるまい。

 

 ビルの正面玄関、自動ドアを突き破って破砕音を響かせる少年を見送り、

 

『頼むぜ』

 

『承知』

 

 念話による短いやり取りで、保険としてザフィーラに追撃を任せる。そうして、ヴィータは今度こそ闇の書に蒐集を開始させた。

 

 

 

 

 

 

 割れた硝子片が散乱し、滅茶苦茶に破壊された何処かのビルのロビー。荒い呼吸をなんとか落ち着け、星の散る視界を頭を振ることで回復させる。

 

「……とっておきが、こんなあっさり」

 

 自陣加速。

 

 ユーノが使ったのは、結界内の時間の流動を加速し、相対的に超高速移動を可能とする高度な結界魔法だった。旧暦以前、今だ戦乱の続いていたミッドチルダの歴史に埋もれて消えた古代魔法を、遺跡に残された情報や痕跡から再現したのだが、

 

「まさか、動く先を一瞬で読んでくるとか……」

 

 歴戦のベルカの騎士を相手に、そんな付け焼き刃は通用しなかったのだ。

 

 震える足に活を入れて立ち上がる。だが、その先が無い。なのは達を助けることは、現状持ち得る手札では不可能だ。残念だが、あのロストロギアが命に関わる後遺症を二人に残さないことを祈るしかない。

 

 ならば、自分には何が出来る。

 

 近付いてくる気配は、おそらく褐色の男のもの。悠長に考えている時間は無い。

 

 ……こうなったら

 

「徹底的に時間稼ぎ、かな。はぁ~」

 

 マルチタスクを全開にして、持ち得る術式をビル内の至るところに施していく。

 

 久々に友達に会いに来たら、なんだってこんなことになっているのやら、と何処か現実逃避にユーノは遠い目をしてみるものの、非情にも絶体絶命のピンチに変わりはない。

 

 こんな時、フィーならどうするか。笑って苦難に立ち向かうか。それとも……

 

「……兎に角、カッコ悪いことは出来ないな~」

 

 そう呟いて、ユーノは目前を睨み付けた。

 

 

 




 ブログ・YouTube・二次創作の活動報告代わりに、今更ながらTwitterを始めました。気になる方はチェックお願いします<(_ _)>

https://twitter.com/AiueoNoKatudo
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。