リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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第三話

 

 

 

 魔法技術は安全でクリーン。

 

 そんなフレーズが酷い詭弁であることに、ようやく私は気付いた。AAAランクの魔導師は街程度なら簡単に滅ぼす力を有する、なんて言葉の意味を、ようやく私は実感することが出来た。

 

 防御、攻撃、生命すらも、何もかもを打ち砕くような戦鎚の重撃。

 

 そんな魔法と言う名の、恐ろしい暴力の牙が己に剥かれた。

 

 恐ろしい。

 

 痛いのは嫌だ。

 

 そして同時に思う。己に振るわれた魔法の猛威、そんな恐ろしい暴力と同等の力を、自分は振るえてしまえるのだ、と。

 

 そう知りながらも、そんな恐ろしい魔法(ぼうりょく)を私は手放すことが出来ない。

 

 そのお陰で、叫び出してしまいそうな孤独から救いだされたから。

 

 そのお陰で、自分にしか出来ないことを見出だせた気がしたから。

 

 そのお陰で、大切な親友と出会うことが出来たから。

 

 こんなことに関わっていたら、何時かは死んでしまうかも知れない。逆に、今度は自分が周囲に暴力を振り撒いてしまうかも知れない。

 

 そう理解していながら、私は……

 

 

 

 

 

 

 星光が夜空一杯に煌めき、丸々とした大きな満月が薄闇を照らし出す深夜。

 

 ひんやりと凍える透き通った冬の大気は静寂に包まれ、海鳴の街は眠りに着いていた。

 

 そんな、夜空の下。

 

「ま、そう上手いこといかないよね~」

 

 とあるビルの屋上で、ピンクジャージの少女は嘆息混じりにそう呟いた。緋色の瞳が見詰めるのは、破損して地面に落ちた『わかるんですグレート』……自分を襲った犯人に相棒が攻撃に紛れさせて張り付けた発信器だった。

 

 フィーはシール型のその発信器本体を拾い上げ、クシャリと握り潰す。

 

 桃色ポニーテールの女騎士、シグナムに貼り付けた発信器の特殊信号を追跡してこの地、管理外世界・地球までやって来たのは良いものの、そこから先の行方がわからない。

 

『魔力の残留量を見るに、多分、この近くで魔法戦闘があったことは確かだね。おそらく、三時間から五時間は経過してる筈だ』

 

「…………間に合わなかったんだね、わたし」

 

『落ち込むのはまだ早いよ、フィー。なのはちゃんやユーノ君がどうなったかなんて、まだ分からないんだから』

 

 なんて、相棒の励ましに小さく頷く。

 

 ヴォルケンリッターを名乗る騎士達の目的は魔力だった。魔力蒐集は酷い苦痛を感じる上、フィーにとっては封印に使用している魔力まで枯渇した影響で、一気に闇の魔法が侵攻し、化け物に変貌してしまった訳だが……普通なら魔法が一定期間使えなくなるだけだ。蒐集後に止めを刺されたならば一溜まりもないが、騎士達の様子からその可能性は低いように思えた。

 

 あくまでも、可能性が低いだけだが。

 

「すぅーっ…………ふぅ~……よしっ」

 

 深呼吸を一つ。

 

 頭を切り替えて次の行動を考えて、

 

「……って、わたし、なのはん家とか知らないんだけど」

 

 自分がかなり焦って此処まで突っ走って来たことを、今更ながら実感する。

 

 騎士達を探そうにも行方はわからない。

 

 襲われただろうなのはの家も居場所も不明で、そもそも何らかの理由で管理局が事態に気付き、介入しているのかも知れない。その場合、お尋ね者のフィーとしては非常に困った事になる。何しろ、地下賭博闘技場やらP・T事件やらで、未だに指名手配されているからだ。まだ未成年、更に先の事件では管理局を手伝ったのだから、少し位は罪が軽くなっても良い気がするが……

 

 ……自分の道を行くって、母さんに約束しちゃったしね

 

 兎に角、フィーは早速行き詰まってしまった。

 

 お先真っ暗。どう行動して良いか検討もつかない。

 

「……で、どうしようか、ネギ」

 

『いやぁ、何となく予想は出来たけど、やっぱり発信器以外は無計画だったの?』

 

「うっ……い、いゃ~、なんかゆーのんとかなのはがピンチだと思ったら、居てもたってもいられなくて……ねぇ?」

 

『……ユーノ君が、ねぇ?』

 

「な、なによっ! べっつに、ただの友達だし? 発掘仲間だし? なのはのついでよ、ついで……友達を心配するのは当然だしね?」

 

 なんて言って、何故か真っ赤になる顔をブンブン振るっていると、

 

「うひゃっ、とっとっ!?」

 

 待機状態のブレスレット型デバイスに振動を感じて、思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。

 

 次元間メールの着信バイブレーションである。

 

 慌てて取り出したのは、手のひらサイズの携帯端末。デメキング号の主端末と回線で繋がっているそれは、様々な機能を遠隔で行うことが出来るのだ。

 

 空間ディスプレイを操作することで振動を止め、画面のロックを解除。いそいそとメールの発信者を確かめて、

 

「って、ゆーのんじゃん!!」

 

 たった今、話題になっている親友のアドレスにフィーは目を見張った。

 

「良かった……」

 

 なのはには悪いが、ユーノの無事が確認出来てフィーは一先ず安堵に胸を撫で下ろす。

 

 そして本文を読み、少女はもう一度深々と息をつく。

 

 そこには、なのはとフェイトが魔力蒐集の被害にあって本局で入院していること。大した怪我は無いこと。ユーノも騎士に襲われ危うかったが無傷であることが書かれていた。そして……

 

「あはは、なるほどね。これはちょっとばかし準備しないとな~」

 

 久しぶりに、明るい笑みが少女の顔を綻ばせた。

 

 

 

 

 

 

「それで、なのは達の容態はどうだった、クロノ執務官殿?」

 

 携帯端末の操作の片手間にそう問い掛けてくる少年、ユーノ・スクライアの言葉に、クロノは小さく顔をしかめた。

 

 此処は時空管理局本局内部にある医療施設の一室。襲撃事件に際して負傷したなのは、フェイト、アルフ、そしてクロノは、治療の為に搬送されたのだ。

 

「分かってて聞いてるだろ、フェレットモドキ?」

 

「あっと。クロノ君、動いちゃダメだよ~」

 

「ぁあ、すまない……」

 

 背後からクロノの頭に包帯を巻くエイミィの抗議に小さく頷く。

 

 胴を固定するように巻かれた包帯、軽く筋肉の断裂した四肢に巻かれた包帯、そして頭にもぐるぐる巻きの包帯。抗炎症剤やら細胞活性剤が配合された軟膏の上から全身に白い布を巻き付けられたその姿、正しくミイラ男だ。

 

「なのはちゃんとフェイトちゃんは軽い打撲。リンカーコアの萎縮も一週間位で良くなるみたいだよ~っと! もう、クロノ君も心配させないでよね」

 

「痛っつ、おいエイミィ、もう少し優しくだな」

 

 そんな苦言は肩を竦められるだけに終わった。

 

「……それにしても、一体何だったんだろうね、あの子達」

 

「どうやら、書物型のロストロギアを所持してたみたいですし、キナ臭いことこの上ないですね」

 

「……おい、フェレットモドキ。前から思ってたんだが、どうしてエイミィには敬語で、僕には敬語無しなんだ」

 

「え? だってエイミィさんは歳上だし」

 

「僕も歳上だろうが!」

 

「あはははは」

 

「あはは、じゃない!!」

 

 どうにも敬意の欠片も感じないユーノの態度に声を荒げながらも、心の何処かでそれを楽しんでいる自分に、クロノは気付いた。

 

 父を闇の書の暴走で亡くし、幼くしてその背を抜かそうと執務官を志した少年にとって、同年代の男友達と言うものは今まで存在しなかった。

 

 何処か微笑ましげに、生暖かな視線をエイミィから感じるものの、そんなものは無視だ。エイミィ然り、ユーノ然り、そして魔法を教わった二人の師匠達然り、どうにも自分の友人関係にはフザケタ奴らが多い気がしてならない。

 

「それで? あの人達について、クロノは何を知ってるんだ?」

 

 ついには敬称も省かれ始めたことには口をつぐみ、ユーノの言葉に目を細める。

 

「……気付いていたか」

 

「何時にも増して、固い雰囲気を醸し出してたからね」

 

 どうやら、内心の動揺が表情にも微かに滲んでいたらしい。まだまだ未熟だと思いながらも、クロノは一つ息を吐いた。

 

 指の動作で空間ディスプレイを呼び出し、十字架のような金の装飾が施された本……捜索指定ロストロギア『闇の書』の情報を表示させる。

 

「魔導師のリンカーコアを喰らうことで頁を増やし、完成すると、最後には暴走して絶大なエネルギーで世界を滅ぼす災厄の魔導書。それがあの正体。第一級捜索指定ロストロギア、闇の書だ」

 

「…………」

 

 表示されたディスプレイを凝視するユーノ。遺失物に詳しいスクライアの少年だ。何か思うことがあるのだろう。

 

 少年は一つ頷くと、

 

「ま、なんでこんな短時間でこんなに詳しい情報を持っているか、なんて理由は聞かないよ」

 

 何て言ってくる。

 

「……そうか」

 

 何故、闇の書に詳しいかなんて言うまでもない。父の死の原因なのだ。訓練の日々の合間合間で、何時か父の成し得なかった闇の書事件を解決しようと、コツコツと資料を集めていた結果だ。

 

「クロノ君…………」

 

 包帯を巻くエイミィの手が止まる。それに、目線で大丈夫だと伝えた。

 

「……うん。まあ、僕もロストロギアを扱うスクライア一族の一員だからね。……ま、この業界じゃ良くあることさ」

 

「…………このタイミングでその言葉。正直、お前ら発掘業界の正気を疑うぞ」

 

「ははは、こんな僕でも一応は発掘隊の隊長だよ? 色々あるさ、色々。人生なんて人それぞれ。君に何があったかなんて僕は知らないし、僕の過去も君には関係のないことだ」

 

「そうか」

 

「そうさ」

 

 なんてやり取りの後、ユーノは再びディスプレイに視線を戻し、顎に手を当てて考え込む。すると、何かを思い出すように呟いた。

 

「……夜天に集いし浮き雲、か」

 

「何だそれは?」

 

「僕の戦った褐色の狼男が去り際に言ったんだ。闇の書って言うロストロギアは、本当に最初から魔力を蒐集して暴走する災厄の魔導書だったのかな」

 

「どう言うことだ」

 

 スクライア一族の意見だ。クロノとしても、一笑する訳にもいかない。エイミィにメモを頼み、ユーノに先を促す。

 

「あの男が口にした『夜天』って単語は、古代ベルカでも諸王家に匹敵した勢力の名なんだ。『聖王』や『覇王』がベルカの武力を代表するなら、『夜天』は叡智と言ったところかな。確か、優れた魔導の保存を謳う集団だった筈」

 

「……闇の書の騎士から、夜天に集いしなんちゃら~なんて言葉が出たのが気になるってこと、ユーノ君?」

 

「そう言うことです。流石に、これ以上を考察するには手元のピースが足りませんが」

 

 ユーノの口から飛び出た思わぬ情報に、クロノは一つ固唾を飲んだ。

 

 少なくとも旧暦以前から正体の掴めない闇の書の正体、その手掛かりの一端に手が届きそうなのだ。

 

「管理局には膨大なデータベースがある。膨大すぎて、あまり活用は出来てないのが現状だが……フェレットモドキ。お前なら闇の書と夜天の関連性、それに……完全破壊の方法を見つけ出すことが出来るか?」

 

 言葉に熱が籠るのをクロノは隠せなかった。

 

 それに、目前の少年はニヤリと笑みを浮かべて、

 

「いや~、何時かは挑戦してみたいと思ってたんだ。時空管理局、いや、次元世界最大規模の遺跡、無限書庫に。スクライアから助っ人を呼ばせてもらえるなら、結果を出す自信はあるよ」

 

「吐いた言葉は戻せないぞ」

 

「ははは。スクライア一族は、発掘に関して嘘を吐かない」

 

 なんて自信に満ちたユーノの言葉に、クロノはエイミィと顔を見合わせて、小さく笑みを浮かべ合った。

 

「それじゃあ、無限書庫からの闇の書に関する情報発掘、お前に任せるぞ? まだ立ち入りの許されない、開拓されていない区画もあるだろうが、僕と提督の許可があればどうにでもなる」

 

 若干、会話の行く先を誘導されていた感があるものの、クロノにとって有意義な提案だ。

 

 十中八九、闇の書に関する対応はアースラ所属の自分達に回される。それ故に、クロノは内心で気合いを入れた。

 

 ……やるぞ。必ず、闇の書事件に終止符を打ってやる

 

 数多の屍を積み上げてきた災厄の魔導書を終わらせる為に。

 

 これから先、被害に巻き込まれるかも知れない無辜の民の為に。

 

 そして何より、自分自身の目標の為に。

 

 常に冷静な黒い瞳の奥底に、何時に無く熱い感情が渦巻くのをクロノは感じた。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、見慣れない白い天井があった。

 

 ……病室?

 

 何となく頭に浮かんだ言葉に首を傾げ、なのははノロノロと上体を起こす。

 

 布連れの音と共に掛けられていたシーツが滑り落ちる。それでようやく、なのはは自分の服装が簡素な病人服のような胴衣に変わっていることに気が付いた。

 

 白くて清潔そうなベッドに、見知らぬ簡素な室内。自分の置かれている状況が理解出来ず、辺りを見回すと、もう一つのベッドが目に入った。その上に寝かされた長い金色の髪の少女……フェイトの姿に気付いて、

 

「……ぁ」

 

 なのはのぼんやりと霞み掛かっていた頭に、急速に記憶がフラッシュバックした。

 

 襲い来る紅い女の子。

 

 為す術無く地面に叩き付けられる自分。

 

 全身に走る痛みと、凍えそうな恐怖。

 

 振り上げられた戦鎚と、助けに来てくれたフェイトの姿。

 

 朦朧とした意識の中で、ユーノが肩を支えてくれて。そして…………

 

「……負けちゃったんだ」

 

 そう、呟く。

 

 自分も。そして、救援に駆け付けてくれたフェイトやユーノ、アルフも。あの騎士に敗れてしまったのだ。

 

 ベッドから立ち上がるために身体を動かそうとして、全身に力が入らず、なのははベッドに横たわった。

 

「うっ」

 

 ズキリ、と胸の奥が痛んだ。外傷のような直接的な痛みではなく、自分の内側が疼くような、そんな痛み。

 

 経験したことの無い、言い様の無い感覚。

 

 紅い少女に何かをされたのだ、と直ぐに察しがついた。

 

 常には無い、肉体を蝕む疲労感と苦痛に顔を小さく歪めながら、それでも、少女はその感覚を噛み締めるように呟く。

 

「……でも、生きてる」

 

 震える身体を自分の腕で抱き締める。そうしなければ、何かが崩れてしまうように思ったのだ。

 

 何もかもが、怖かった。

 

 フェイトに想いを伝えようとぶつかり合った、魂の震えるような戦い。時の庭園内部へ突入した際に戦った、機械兵との無機質な戦闘。紅い少女との戦いは、そのどれとも似ても似つかないものだった。

 

 突然に始まり、一方的に叩き潰されて終わる、理不尽極まるそれ。

 

 想いもなにもかも一切合財通わせる気の無い、冷徹な暴力。

 

「……」

 

 悪人がいて、その人が正義の味方に倒されれば平和が戻り、みんなが笑顔になる……そんなこともあるのだろうが、現実のほとんどはそんな簡単なものではないと、幼いながらになのはは理解している。

 

 かつて自分が悲しい時にも、冷たい現実に涙した時も、そこに『悪人』等いなかったからだ。

 

 だからきっと、あの襲い掛かってきた騎士にも理由があるのだろう。その位のことは、戦っている間に察することが出来た。成し遂げたいことがあり、その為には自分たちを襲う必要があったのだ。

 

 自分の我を通すために、他を傷付ける。

 

 自分の信じるもののために、敵を打ち倒す。

 

 想いを通すのは正しい者ではなく強い者。弱肉強食が世の理である、と言うには言い過ぎかもしれないが、決して違うとも言い切れない。

 

 けれど、それでは余りにも虚しすぎるではないか。結局、世界はありとあらゆる『力』を中心に廻っていると断じてしまえるのだから。

 

「…………力、か」

 

 なのはは小刻みに震える自分の手のひらを見詰めた。

 

 そこには『力』がある。それは、親友と絆を通わせる暖かい力。そして、街一つを滅ぼせてしまえる冷徹な力。

 

 ……わたしがもっと強ければ、躊躇わなかったのかな

 

 なんて内心の呟きに、小さく首を振る。

 

 自分は全力で戦ったつもりだ。全力で抵抗したつもりだ。だが、事情も何もわからない、ただただ強い意思を秘めた少女の瞳に、思わず怯んでしまったことは確かだった。

 

 それはまるで、初対面のフェイトに何の抵抗も出来ずに倒されてしまったように。

 

「わたしは、怖かったの……」

 

 振るわれる魔法の猛威。

 

 魔法と言う兵器じみた力。

 

 そして何より、事情も知らない相手を叩き潰す自分自身が。

 

 敵は巧みで強靭で、例えなのはが実力の全てを出し切って挑んでいたとしても、勝ち目は無かったかも知れないが……もう少し善戦するくらいは出来た筈だった。躊躇った結果が、あの一方的な惨敗だ。

 

 どんな人間でも理由を持って戦っている。他人からどんな悪人に見えようとも、その人なりの事情があり、その人なりの信念があり、その人なりの正義がある。

 

 目の前の敵は何か純粋な思いで戦っているのかも知れない。大切な誰かのために身を削っているのかも知れない。客観的に見たとき、悪と断じられるべきは自分の方なのかも知れない。

 

 お人好しが過ぎる。いちいちそんなことを考えていられない。普通なら思い付きはしても、そこまで思い詰めはしないだろう。だが、なのはは良い意味でも悪い意味でも、真っ直ぐすぎたのだ。

 

「………………………………ぁ」

 

 思考のループに陥り、ぼんやりと天井を見上げたままでどれほどの時間が過ぎたか。一時間以上は経っただろうその時、スライドドアの駆動音になのはの意識を引き戻された。

 

 入ってきたのは白衣に身を包んだ一人の男性だった。若いのか、それとも年老いているのか、判別の難しい容姿。軽薄そうな笑みを浮かべるその姿に、なのはは何処か気味の悪さを覚えながらも問い掛けた。

 

「お医者さん、ですか?」

 

「ふむ?」

 

 ニヤニヤニタニタ、この世の全てを馬鹿にするような笑みを浮かべたまま、男が首を傾げる。

 

「ふむふむふむ、まぁ、私はドクターとも呼ばれるからねぇ。お医者さんと言ったところさ」

 

 そう嘯くと、男はもう一つのベッドで眠ったままのフェイトを凝視して、

 

「くく、なるほどなるほど。流石は彼女、と言ったところか。くははっ、本当に素晴らしいじゃないか。理を掻き乱して因果を捻じ曲げ、収束点を強引に振り切った上で、己の作品らへの繊細な調整を成し遂げたか。それも、死を目前とした疾走の最中で。実に見事だ。そして、そんな彼女が失われてしまったことは、実に実に、……実に残念だ」

 

 なんて、なのはには理解出来ない独り言をぶつぶつ呟き始める。

 

「あ、あの~」

 

「おおっとすまないね。君は……高町なのは君、だったかね?」

 

「えと、はい」

 

「ふむふむ」

 

 今度はなのはの瞳の奥を見透かすように、男の底知れない何かを内包した眼球がギョロリと動く。

 

 それにどう反応して良いか迷っていると、

 

「ぁ、あの~」

 

「迷っているね、なのは君?」

 

「っ!!」

 

 心臓が突然の言葉に軋みを上げた。

 

 顔を強張らせ、男を見つめ返したなのはが見たものは、旺盛な好奇心を堪えられない幼い少年の如き、無邪気で無慈悲な瞳の輝きだった。 

 

「私にも良く解らないが……なかなかに過酷な運命を背負っているようじゃないか。これだから人間は面白いのだよ」

 

「……」

 

「生命が死を前に放つ目映い輝き! 絶望に立ち向かおうと拳を握る瞳の光っ! 不条理に倒れて散る涙の煌めきッ! 正も邪も、善も悪も全てを内包して混沌とした小宇宙の如き人間の生き様は、この世で最も尊く下劣で面白いショーだと思わないかね?」

 

「……いったい、何が言いたいんですか?」

 

 ヨクワカラナイ戯れ言を垂れ流す不審人物は、なのはの言葉に一層笑みを深めて、

 

「君に興味が湧いた、と言うことさ。そう、君と言う強靭でいて脆弱な人間が、どんな道を歩むのか。襲い来るだろう困難に、どう立ち向かうのかがねぇ」

 

「……っ」

 

 なのはの頭へ翳される、男の手のひら。

 

 気味の悪さに逃げようとしても、疲労感と魔力蒐集の後遺症に苛まれて弱った身体ではどうすることも出来ない。

 

「プレゼントを上げようじゃないか。最近になって完成したとっておきさ。どう使うかは君次第。是非とも、面白おかしい喜劇を演じてくれたまえよ、高町なのは君」

 

 瞼が重く垂れ下がる。

 

 目を開けていられない、急激な眠気。

 

 同時に今、男と会話した記憶が脳内の奥底に封じられていくのがわかったが、少女にはどうすることも出来ない。

 

 そうして至極あっさりと、なのはの意識は深い眠りの底に沈んでいった。

 

 

 




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