リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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第一話

 

 

 

 ロストロギア『闇の書』のルーツを探る無限書庫での大冒険。

 

 その探索の末、自身の肉体を蝕む異常性を発露してしまった少女は、なんの説明もできず無理やりに相棒の少年、ユーノと別れてしまった。

 

 どう言い訳すればいいのか。変異していく肉体のことを正直に告げることを躊躇うフィーはなんら名案の浮かばぬまま、もう一人の相棒であり己の師でもある異界からの英雄、ネギに促され、クリスマスイベント間近の海鳴市へとやって来ていた。

 

「……なんだか、この前もこんな感じだった気がするんだけど」

 

 十二月二十四日。

 

 管理外世界・地球。日も暮れ始め、時刻は午後四時をまわっている。

 

 なのはやフェイト、そして恐らく居るであろうユーノに会うためにデメキング号の舵を切ったフィーは今、街行く人混みの中でひとり、ぽつりと佇んでいた。

 

「……ゆーのんのメールですぐに無限書庫に行っちゃったんだっけ。どうしよ、ゆーのん達の地球の拠点とか知らないんだけど」

 

『そう言えば、そうだったね。はっはっはっ、どうしようか?』

 

「どうしようかって、どうすんのよ。なのはん家が何処かなんて分かんないし。……って、なんか人にすれ違う度にそこはかとなくイラつくんだけど。どうすんのよ、この苛立ち。もう最大出力の念話で町を練り歩くしかないかな? かな?」

 

 時期はクリスマス。聖なる夜へ向けて、町を行く人々はその大方がカップルのように見える。

 

 こっちは想い人に会うことも儘ならないのに、と八つ当たり百パーセントの邪念を込めた眼光でカップル達を睨み付けるものの、如何せんフィーは齢十に満たぬ女の子でしかない。その容姿も相まって、どんなに睨み付けても小動物にじゃれつかれた程度にしか感じられないだろう。

 

「そう言えば事件はどうなったかな。もう解決してたりして」

 

『どうだろうね。ユーノ君が情報を発掘してから一週間以上だし、多少の進展はあったんじゃないかな? ま、今日のところは楽しむことを考えよう』

 

「と言っても、なのはん家も知らないし。もしもどっか別の場所でパーティーとかひらいてたら、わたしにはどうしようもないでしょ?」

 

『その時はその時さ。なんなら、僕が夜の町をエスコートしようか?』

 

「え~、ネギが~? まぁ、紳士なのは認めるけどさ。なんか身近すぎて家族みたいなもんじゃんか。ちょっとトキメキが……」

 

『なら、ユーノ君にメールすれば良いじゃないか。拠点も聞けるし、あらかじめ待ち合わせすれば、確実に合流出来るよ?』

 

 なんて当たり前の相棒の言葉に、ピンクジャージの少女は頭を掻き乱しながら唸った。

 

 周囲の人々に注目されるも、そんな視線すら気付かない程の取り乱しようだ。

 

「そ、そんなのわかってるし! わかってるけど、さぁ~……なんか、恥ずかしいって言うか、なんて書き出せばいいかわかんないって言うか……この前のことを言及されたらどうすればいいか」

 

『今まで通りに接すればいいんだよ。女性は秘密を着飾って美しくなるっていうし、なにも急に白黒はっきりさせる必要はないさ』

 

「うが~…………っどうしよっ! ねぇどうしよっ!? なんか緊張してきたんだけど!? わたしって、ゆーのんと会うときどうしてたっけ!?」

 

『どうしてたって……出会い頭にど突いとけばいいんじゃないの? いつも通りに』

 

「!? ぁ、あ~ごめん。ごめんね、ゆーのん」

 

 と、そんな具合に混沌の様相を呈してきたフィー。

 

 端から見れば独り言を呟いて頭を抱える奇行少女だ。そんな少女の背後から、

 

「あら? あなた、もしかしてフェイトちゃんの妹さんかしら?」

 

 なんて声が掛けられた。

 

 

 

 

 

 

「……夜天の書の防衛システム『ナハトヴァール』のバグ。それに、その奥で眠る無限魔力精製機関『システムU‐D』、か」

 

 第九十七管理外世界・地球。その衛星軌道上に停泊する次元航行艦船アースラの通路に、二人分の靴音が反響した。

 

 空間ディスプレイに投影された資料を見返すクロノの言葉に、ユーノはため息混じりに頷いた。手には次元間メールのやり取りが可能な携帯端末。その画面を確認して落ち込むのは、もう幾度目か。

 

 十数件は送ったフィー宛のメールに、未だ返答はない。

 

「この『無限結晶エグザミア』と言うのは……っておい、フェレットモドキ。帰ってきてからずっとだが、いったい何があったんだ?」

 

 なんて隣を歩く執務官の問いに、ユーノはもう何度目か、同じように返答を返した。

 

「だから言ってるだろ。あれだよ、カノンさんが実はドSで、発掘中にずっと責められ続けたんだってば。僕はマゾの気は無かったらしくて、ただただ疲れるだけだったんだよ~」

 

「そんなことが……って、さっきはカノンさんのイビキが煩くて、なかなか眠れなかったとか何とか言ってなかったか!?」

 

 そうだったっけ、と適当に首を傾げて見せる。若干、クロノの額に血管が浮かんだ気がするものの、どうでも良いだろう。なんたってクロノだし。

 

「まあまあ今の最新医療技術なら、若年性アルツハイマーもある程度は治療出来るらしいから、気にしなくていいんじゃない? え~っと、無限結晶エグザミアだっけ?」

 

「え? ホントか? もしかして、僕は……仕事で身体を酷使しすぎたのか? ……いや、まさかそんなバカな。フェレット! お前、さっきから返事が適当すぎるぞ!?」

 

 執務官の突っ込みも華麗に適当にかわしつつ、ユーノは発掘した情報を思い返した。

 

「無限結晶エグザミア…………造られた正確な年代は結局分からなかったけど、その機能の一端は知ることが出来たよ。あるだけで惑星の生態系を狂わせてしまう程の無限の魔力精製機能だ。これって、実は途轍もないことなんだよ? 次元干渉型のロストロギアの暴走が次元断層で世界を壊してしまうことはあるけど、こいつはそんなもんじゃない」

 

「どういうことだ?」

 

「方向性の違い、とも言えるかな。次元干渉型のロストロギアは世界って壁に孔を掘って壊すけど、こいつは違う。人間は、酸素が多すぎても二酸化炭素が多すぎても、死んでしまうだろう? それと同じで、こいつの圧倒的な魔力精製は惑星上の含有魔力素量を跳ね上げて……結果的に人の住めない星にしてしまうんだ」

 

 その凄まじさが理解できたのだろうか。クロノは僅かに息を呑んだ。

 

「つまり、優れた魔導師が手にすればあらゆることを可能にする、と?」

 

「ならいいけど、そんな旨い話じゃないよ。資料にもあると思うけど、結局制御出来る者が居ないから封印されることになったんだ。下手に弄るとその星が人の住めない死の惑星に変わっちゃうから、リスクが高すぎたんだろうね」

 

「……だが、こいつは厳重に封印されているんだろ? そして、その封印を更に強化しようととち狂ったせいで、防衛システムがバグった、と」

 

「そう言うこと」

 

 クロノは小さく頷き、ディスプレイを切り替える。

 

 そこに映し出されたのは闇の書の詳細。そして、その防衛システムを無力化し、書の主を死なすことなく助け出す計画だった。

 

 書を完成させて、防衛システムのナハトヴァールを顕現させる。そして、顕現したナハトヴァールを管理局の総力を持って撃破。その核を露出させ、衛星軌道上にてアルカンシェルで消滅させる。核を失った防衛システムは機能不全によって停止し、その隙に書の主が管理者権限によって書のシステムを改変するのだ。

 

「闇の書の主がこちらに協力することが前提だが……この作戦が成功すれば、呪われた書物の螺旋を断ち切ることが出来る」

 

「後は一刻も早く主を見付けて説得することだね。どちらにせよ、命が懸かってるんだ。主も協力してくれるでしょ」

 

 そう言って携帯端末を再び操作し、メールの受信欄を更新して、

 

「っ!!」

 

「? どうかしたのか?」

 

 思わず、口から声が漏れた。

 

「……いや、そう言えば今日の夜になのはの家でクリスマスパーティーがあるのを忘れてたよ。ようやくフェレット扱いだった僕も、人間デビュー出来るわけさ」

 

 なんて話をそらしながら返事を打ち、ユーノは端末を閉じた。

 

 たった今受信したメール。その相手はフィーだったのだ。どうやら地球に来ているらしく、ばったりなのはの母に出くわしたらしい。フィーの外見はフェイトと瓜二つ。フェイト自身も妹のことは話しているだろうし、なのはの母がフィーを知っていても可笑しくないだろう。

 

 様子のおかしかったフィーと、会える。

 

 それだけでなく、

 

『言いたいことがある』

 

 メールに添えられたその一言が、沈み込んでいた気持ちを上向かせた。

 

「それじゃ僕はなのはの家に向かうから、後は頑張ってね、執務官殿」

 

 なんて調子よく言い、クロノの肩をバシバシ叩く。

 

 鬱陶しそうに手をはね除けてくる執務官の怪訝な視線など、今のユーノには全くもって気にならない。

 

 パーティーは七時からだ。今はまだ五時。友達のお見舞いとやらに行ったなのはとフェイトはもうそろそろ帰ってくる頃だろうか。

 

 時間は十分、気合いも十全、パーティーを待つまでもなく、今すぐにでもアースラを飛び出さん、と軽やかな足取りでユーノは進もうとして、

 

『海鳴市にて、未知の広域結界魔法を感知しました』

 

 なんて、艦内放送が響いてきた。

 

 思わずクロノと顔を見合わせる。未知の、と言うことは古代ベルカ式とも違う広域結界が海鳴市で展開されたのだ。

 

 新たな敵、もしくは事件の予兆か。何にせよ、魔法文化のない地球において、こうも短期間に魔法関連の事件が連続するなど、どれ程の確率になるのか。少なくとも天文学的数値にはなるだろう。

 

「……呪われてるのか、この世界は」

 

「呪い、と言うか魔力ラインを用いた魔女術(ウィッチクラフト)ならあるけどね……ぁあもう、なんだってこんなタイミングでくるんだか」

 

 慌ただしくブリッジへ急いだ二人が目にしたものは、巨大モニターに映された漆黒。なのは達がお見舞いへ向かった筈の海鳴大学病院を中心として広範囲を包み込む、球状の封鎖結界の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 すずかの友達だと言う女の子、八神はやてのお見舞いを終えたなのは達は、こちらへ手を振るはやての保護者らしい女性に笑顔で別れを告げた。黒髪の女性は頭を下げて、病院の中へと消える。

 

「早く良くなると良いわね、はやてちゃん」

 

 そう言うアリサの言葉に、なのはやすずか、フェイトは頷いた。

 

「今日はありがとね、みんな。せっかくパーティーがあるのに、お見舞いで時間を取らせちゃって」

 

「そんなのいいわよ、すずか。すずかの友達ってことは、私たちの友達ってことなんだから、ね?」

 

「そうだよ、その通り」

 

 と、頷くフェイトに、なのはは小さく笑みを浮かべた。

 

「あはは、アリサちゃんがデレてるの。ツンツンはどこに行っちゃったのかな~なの?」

 

「だから、なのなの言ってんじゃないわよ、なのは!! 私はただ、身体が良くなると良いわねって言っただけじゃない。なんでデレがどうこうになるのよ!?」

 

「きっとサンタさんとかにお願いしちゃうに違いないの」

 

「そんなこと!」

 

「もうなのはちゃんってば。流石にそんな事しないでしょ。サンタさんなんて居ないんだし」

 

「……ぇっ? いない、の?」

 

「なのは、サンタさんってなに?」

 

「あぁ、フェイトちゃんは知らないんだったっけ。クリスマス・イブの夜に世界中の子供達の願いを叶えてくれる足長おじさんなの」

 

「へぇ、そんな人が居るんだ」

 

「ま、居ないけど」

 

「流石にいないよ」

 

「……ぇ、いな」

 

「居ないの?」

 

「そりゃ、そんなの居るわけないの。小さい頃は信じてたけど、流石に三年生にもなって信じてる子って居ないんじゃないかな?」

 

「そうだよね、なのはちゃん。迷信みたいなものかな。神様にお祈りするのと大して変わらないんじゃないかな?」

 

「へぇ~、どう言う歴史があるんだろう。今度調べてみるのも楽しいかも知れないね」

 

「……ぇ、居るわけないって……、ぇ」

 

 一人、呆然と立ち尽くしてぽかんと口を開けるアリサの姿に、なのはとすずかが顔を見合わせて頬を吊り上げる。

 

「あれ、アリサちゃん、どうかしたの?」

 

「まさかアリサちゃんに限って、未だにサンタさんが存在するなんて信じてないよね?」

 

「う、ぐっ」

 

「枕元に大きな靴下を準備してたりして」

 

「かはっ」

 

「まさか、その靴下の中に欲しいものを書いたメッセージカードが入ってたりして」

 

「ぐはっ」

 

「「まさかね~」」

 

「う、嘘よ!! だ、だって毎年プレゼントが置かれてるものっ」

 

 なんて、精神的にいつの間にか追い詰められたアリサは、サスペンスのラストで崖の上で自供する犯人のような切羽詰まった声音で反論してくる。

 

 気の強い少女のそんな、普段は見れない姿になのはとすずかは笑みを浮かべ合って、

 

「ぁあ、なるほど。両親からプレゼントを貰える日なんだね」

 

「っ!!?」

 

 無自覚なフェイトからのトドメを受けて、アリサは撃沈した。

 

「そ、そんな……いや、でも確かにいつも父様や母様が欲しいものを聞いてきてたような……」

 

「ま、これで一つ大人の階段をのぼったと思えばいいの」

 

「アリサちゃん。普段は凄く大人っぽいのに、そう言うところもあるんだよね。それがギャップがあって可愛いと言うかなんと言うか」

 

「ぅう、うるさいうるさいっ さあっ、早く解散するわよっ! 七時になのはの家に集合! プレゼント交換もするんだから、絶対に忘れちゃダメなんだからねっ!!」

 

 と、そう捨て台詞を言いながら、アリサは迎えの車の車内へと消えた。

 

「……さてと、それじゃあまた後でね、なのはちゃん、フェイトちゃん。私も車が迎えに来るから、ここで待ってるね」

 

 流石はお金持ちの家の子である。二人とも車で送迎がデフォルトだ。なのはとフェイトは頷きを返し、笑顔で別れた。

 

「ふぅ、それじゃ、わたしたちも行こうか」

 

「うん、なのは。二人にユーノとアルフの事も紹介しないとだしね」

 

 笑い合う二人。

 

 何気無い、平穏な日常。

 

 永遠に続いて欲しいとなのはが願い、祈ってきた生活。

 

 その崩壊の序曲は、あまりにも唐突だった。

 

 轟、と。

 

 そんな爆音じみた幻聴。

 

 総身が震え、産毛が泡立つほどの魔力。

 

 たまらず振り返った先は、発生源と思わしきもう随分と離れた病院の方角。視界の先には、魔導師にしか知覚出来ないであろう、空間をずらす結界の境界が仄暗く見えた。

 

 夜の闇を眺めているのではと錯覚するほどの深淵じみた黒だ。つい先程まで存在しなかったそれは、一瞥しただけで腹の奥底から唸るほどの、複雑怪奇にして強靭無比な強度を匂い立たせていた。

 

「なのは、これは」

 

「……うん、フェイトちゃん。早くアースラのみんなに連絡しなきゃ」

 

 何時か、平和は崩れる。

 

 平和とは戦と戦の間隔、インターバルを差す言葉なのだから。

 

 苦しい戦いを乗り越えた。世界が終わっても可笑しくなかったロストロギア『ジュエルシード』をめぐる事件を、少女達は解決したのだ。

 

 だが、視界の先で立ち塞がる結界は桁が違う。そう思わせるだけのナニカが、なのはに越えることの出来ぬ絶壁を予感させた。

 

 

 

 

 

 

 ……何が、起きた

 

 五感が捉える現実が理解できず、ヴォルケンリッターが烈火の将、シグナムはただただ呆然と立ち尽くす他なかった。

 

 場所は主の病室。

 

 立ち尽くすシグナムの両脇では、シャマル、ヴィータ、ザフィーラの姿。ヴォルケンリッターが勢揃いしているにも関わらず、その主の異変に彼らは微動だにすることが出来ない。目前の光景に目を奪われているためだ。

 

「あ、るじ……?」

 

「はやて? な、なぁ、いったいどうしたってんだよ……」

 

「はやてちゃ、ん?」

 

「主はやて……」

 

 お見舞いに来ると言う主の友人の中に、管理局の魔導師を事前に認めることができたのは僥倖だった。何とか変身魔法を駆使したシャマルを保護者役に見立て、綱渡りのように他の三人は隠れてやり過ごすことが出来たのだ。黒髪の東洋人に変身したシャマル自身も、主に怪訝に思われぬようになんとか立ち回った。主の口から自分達の名が飛び出すだけで千切れるような、か細い綱渡りを半ば強引に渡り切った矢先のことだったのだ。

 

 中空に佇む、尋常ならざる魔力に身を包んだ愛おしい主の姿。

 

 闇の書に蝕まれ、はやてのリンカーコアはほとんど機能していない筈だった。にも関わらず、感じる魔力はシグナム自身に数倍する程のもの。

 

「……っ」

 

 闇の書の覚醒、ではない。

 

 こんな状態はシグナムの記憶にはない。確かに頁は全て埋まっている。何時でも起動できる状態だ。だが、管理局がこの世界をマークしているのが分かりきっている現状で主の覚醒を促すのは、余りにも危険すぎる。

 

 今日は聖誕祭(クリスマス・イブ)。主には今夜にでも病院から他の次元世界へ連れ出し、健康な身体をプレゼントする予定だったのだ。

 

 ……ならば、この状況はなんだ

 

 答えは出ない。

 

 そうしている間にどれ程の時が過ぎただろう。恐らく、三十秒も経っていない筈だが、理解できぬ現状に時間感覚が狂ったシグナムには確信できなかった。

 

 そして、

 

「……感謝するぞ、人形達よ」

 

 可愛らしい唇から溢れた言葉は、優しく愛に満ちていた主のそれとは全く異なる気配を伺わせた。幾星霜、悠久の時を重ねた大木を思わせる声音だった。

 

「これでようやく、始めることが出来る」

 

 そうしてようやく、シグナムは確信した。

 

 主は目前の存在に呑み込まれてしまったのだ、と。

 

「……貴様、何者だ」

 

「我は始まりの魔法使い……」

 

 人形遣い、神たる者、造物主……

 

 呟くように告げた少女は、ゆらりと片手を掲げる。その手には重厚な装飾が施された書物、闇の書が現出していた。

 

「「「「っ!!?」」」」

 

 その場で固唾を飲むことしか出来なかったシグナム達はあまりの驚愕に言葉を失った。

 

 本来の主である八神はやてとは異なる存在に闇の書が従っているのだ。つまりそれは、シグナム達が想像しているよりも遥かに深い部分ではやての存在が塗り潰されかけていることを表しており、さらには闇の書の管理者権限すらも操作される恐れすらあると言うことなのだ。

 

 幾度も越えてきた戦場。その中では当然、主の力を奪わんとする者も存在した。だが、そんな不埒者は全て書の防衛システムを前に弾かれてきたのだ。そんな絶対の防壁を、この存在は息をするように越えて見せた。

 

「……世界に救済を齎す者だ」

 

 書と共に歩んできた旅路。千を越える悠久の年月で前代未聞、空前絶後の事態に纏まらない思考。

 

 どうする。

 

 どうすれば、主を救い出せる。

 

 将たる彼女は下手に主を傷付ける事も出来ず、ただただ造物主を見据えることしか出来なかった。

 

 

 

 




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