リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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第二話

 

 

 

「くはっ なんと、なんという幸運アルカ。こんなことがあり得ていいのか、と叫び出したくなるほどアルヨ」

 

 愛しい、愛しい愛しい怨敵の気配を、感じた。

 

 一度目は、余りにも自分が弱すぎた。

 

 二度目は、運に恵まれなかった。

 

 そして此度、三度目にしてようやく彼女は、古菲は、その敵と真っ向から思う存分殺し合う機会を掴めたのだ。

 

 頬が裂けんばかりの凄惨な笑み。

 

 驚喜、狂気、狂喜。

 

 高木の上、微動だにせず佇む彼女が凝視する先は、街中で突如現れた巨大な結界だ。その結界から匂い立つ魔力の質、力の胎動、そして何より、遠目で見ただけでも察せる強固さが、かつての大戦において戦った彼の存在を思い起こさせるに足る素材となった。

 

 ……闇の書の主を捕獲する筈が、まさかこんな

 

「くっ、かか。はははははっ!」

 

 何故、とは問わない。

 

 理由など、考える必要はない。

 

 重要なことは、今目の前にある現実なのだから。

 

 巨大な、恐らくは造物主(ライフメーカー)の張ったであろう結界が、管理局の魔導師によって更に覆われ、包囲される。だが、そんなことは古菲の歩みを止める理由に成る筈もない。

 

「さあ、行くアルカ。愉しい愉しい修羅場へと」

 

 そうして、彼女ははやりそうになる己を必死に押し止めつつ、あの結界へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、些か狭いな」

 

 なんて呟き、はやての姿をした存在が掻き消えた。

 

「っ!?」

 

「転移よ!」

 

 余りにも鮮やかな手並みに一瞬、本当に消えたように錯覚したシグナムはしかし、

 

「っ、追うぞ!」

 

 補助魔法に優れたシャマルの言葉で瞬時に正気を取り戻すと魔力の痕跡を辿り、病室の窓から外へと飛び出した。

 

 はやての姿をナニカはすぐに見付かった。

 

 いや、隠れるつもりなどないのだろう。呟いた通り、開けた場所へ移動しただけのようだ。病院の屋上で佇む少女は、全身が隠れるような漆黒のローブに身を包んでいた。

 

『どうすりゃいいんだよ、シグナム』

 

 なんて、泣きそうな声音のヴィータからの念話に返答することが出来ない。シグナム自身にも、いったいどうすればいいのか分からなかった。

 

 はやて、愛しい主を取り戻したいのは当然だが、その方法が検討もつかない。声を掛け続ければ良いのか、或いは……

 

『非殺傷の純魔力攻撃で、あの造物主なる者を気絶させると言うのはどうだ?』

 

『だけどよ。はやてに攻撃するなんて……』

 

 ザフィーラの提案に対するヴィータの反対は弱い。他に案が思い浮かばなかったのだろうし、シグナムにもそんな程度の考えしか浮かばない。参謀役であるシャマルも眉間にしわを寄せて考え込んでいるものの、何も発言しないということは名案などないということなのだろう。

 

 壊れた電化製品を叩いて直すというような、そんな手荒な手段しか自分たちには残されていないのだ。

 

 ……やるしかない、か

 

 後戻りの出来ぬ選択。結果は酷薄。おまけに制限時間付きだ。そんな状況の中で、屋上へ辿り着いたシグナムは腹を決めた。

 

『やるぞお前達。主はやてを、訳のわからん存在から取り戻す。シャマル、気絶させた後の処置はお前に任せてもいいか?』

 

『…………わかったわ、何とかしてみせる。はやてちゃんの為だもの』

 

 なんて矢継ぎ早な念話による作戦会議は、

 

「なるほど。確かにお前達からすれば、私は主を奪った訳のわからぬ存在と言うことになるか」

 

『『『『っ!!』』』』

 

 当たり前のように念話を傍受された。そんな常識外の化け物が相手なのだ、と気を引き締める。自然と、戦闘状態へ頭のスイッチが切り替わる。

 

 無言のまま、アイコンタクトでシグナム達は造物主の四方を囲んだ。

 

 各々のデバイスを構え、騎士甲冑を展開。一挙手一投足も見逃さんとばかりに主の姿をした造物主を見据える。

 

「……ふむ」

 

 ヴォルケンリッター。

 

 一人一人が騎士の称号を名乗ることを許される、古代ベルカ式魔法の使い手。直接戦闘を不得手とするシャマルを除き、その戦闘能力は時空管理局が定める格付にして上位五パーセントに満たないAAAランクを上回る。積み重ねてきた戦場での経験も加味すれば、Sランクすら視野に入るだろう。

 

 そんな熟練の強者に囲まれているにも関わらず、造物主はこくり、と一つ頷くだけだ。

 

「よかろう。不条理に対して足掻く権利を持つのは、人間だけではない。己が力で、抗ってみせるがいい」

 

 瞬間、

 

「……ッ」

 

 ぞくり、と背筋に悪寒が駆け抜けるのとほぼ同時、獄炎を引き連れた蹴りが横合いから叩き込まれた。

 

 轟、と迸る灼熱。

 

 視界の端から迫り来る襲撃を知覚した途端、思考よりも先に肉体が反射的に動いた。

 

 鞘に収まったレヴァンティンでもって防御。

 

「ぐっ!!」

 

 そのまま反撃に転じようとしたものの、余りにも強烈な蹴りの威力に耐えきれず、身体ごと吹き飛ばされる。

 

 軋んだ音を立てて震えるレヴァンティン。錐揉みする身体の体勢を飛行魔法で無理矢理立て直すと、頬に灼熱を感じて身を捻る。

 

 ……奈落の業火(インケンディウム・ゲヘナエ)

 

 紙一重先を駆け抜ける地獄の業火。

 

「くぅっ!?」

 

 騎士甲冑越しでも感じる膨大な熱量。掠めた毛先が瞬時に蒸発する。

 

 息つく暇もなく、こちらへ迫る強大な魔力の持ち主。

 

 いつの間にか現れた小柄な少女の姿がシグナムの視界に飛び込んできた。褐色の肌、腰まで届く長くボサボサに乱れた白髪と、黒を貴重とするドレスに身を包む十代前半の少女だ。

 

 そんな、可愛らしくも鋭い三白眼をこちらへ向ける少女の肉体が虚空で跳ねる。

 

「っ!!」

 

 空中戦だと言うのに全く崩れない体勢。並みの魔導師では気付かぬうちに殺されても可笑しくない瞬間加速。

 

 跳ね上がった集中力が世界を緩やかに遅滞させる中、少女の動きは流水のごとく滑らかで淀みがない。近接戦闘のスペシャリストであるシグナムに匹敵、或いは凌駕するレベルの身体強化と制御能力だ。間違いなく強敵。それも、勝てるかどうか怪しい程の。

 

 ……どこから現れた

 

「いや」

 

 考えている暇などない。この結界に包まれた空間で現れたのだから、恐らくはあの造物主と名乗った化け物の仲間に違いないだろう。

 

 瞬き一つで三十メートル程の距離を詰めてきた少女へ、一息に十の斬撃を浴びせる。

 

「……!!」

 

「遅い」

 

 だが、当然のように黒い手袋に包まれた両手が閃き刀身の鎬を叩かれ、全ての斬撃が逸らされた。

 

 そして刹那の差で繰り出されたのは、莫大な轟炎が集束する掌底。

 

 頬に弾ける冷や汗。

 

 直撃すれば墜ちる。察した刹那、弾かれたレヴァンティンを無理矢理引き戻し、上段からの一刀を合わせる。

 

 衝撃。

 

 爆音。

 

 全身が軋む。柄を握る両手が酷く痺れる。それでもなお、弾かれるようにして開いた距離、爆煙に隠れる敵の方向をシグナムは睨んだ。

 

「カートリッジロード」

 

 ガシャン、と跳ねた空薬莢。

 

 魔力が迸り、その猛りを全て刀身へ。

 

 音に迫る速度で、シグナムは空を蹴った。

 

「ォオオオオオオオッ!!」

 

「死ね」

 

 シグナムと褐色の少女。双方の膨大な魔力圧に煙が吹き飛ぶ。やはり、敵も同じく迫っていた。その手に握られたのは、刃渡り十メートルを越える長大な魔炎の刃。

 

 ……紫電一閃ッ

 

 ……燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス・)炎の神剣(フランマエ・アルデンティス)

 

 共に管理局の基準でいうところのSランクオーバーの大魔法だ。常人では近寄るだけでも命が掻き消されるだろう超絶同士が交差し、

 

「「!!」」

 

 衝突。

 

 大気が焼け焦げ、激震する。

 

 刃と刃が噛み合い、互いの刀身を焼き切らんと魔力の炎が迸る。金切り声の如く己の愛剣と敵の神剣が悲鳴を撒き散らし、その余波が大学病院の空を深紅に染め上げた。

 

 両者共にオーバーSランク級の魔力が込められた必殺は、瞬き一つの刹那の拮抗を経て、

 

「「ッ!!」」

 

 爆ぜた。

 

 球状に吹き荒ぶ衝撃の嵐。爆炎の業火。五十メートルは離れた眼下の病院の窓ガラスが、その衝撃によって全て罅割れ高音と共に散る。

 

 騎士甲冑に煤をつけ、それでも辛うじて無傷で凌ぎ切ったシグナムは、衝撃に煽られ地上へと着地した。

 

「はっ、はっ……、」

 

 片膝を着き、見上げた先には同じく無傷の少女の姿。

 

「……くそっ」

 

「……想像以上になかなか出来るじゃないか。我らが主とは異なる、たかだか古本の防衛プログラム風情と思っていたが、認識を改めるべきか」

 

 尊大な口調で見下ろしてくる少女は、腕を組んで小さく笑みを浮かべる。その声音に嘲りの響きが混じっているものの、今のシグナムに言い返す余裕はない。

 

「貴様は、何だ」

 

(ニィ)。火のアートゥルを拝命する我らが主の駒さ。が、貴様が覚える必要はない。ここで消える貴様にはな」

 

 そう吐き捨てて、弍と名乗った再び獄炎を引き連れて構えた。

 

 バリアジャケット越しでも感じる、火傷しそうなほどの灼熱。

 

 周囲を探れば、他の三人も目前と同格の強者と対峙しているようだった。

 

「く、そっ」

 

 自分は勝てるか。いや、それだけではない。こんな存在を手駒とする化け物から、自分達は本当に主を取り戻せるのか。

 

 絶望に屈しそうになる精神を必死に諌め、レヴァンティンを構え直す。

 

 先程の刃と刃の衝突で愛剣には僅かな亀裂が生じていた。悠久の時、あまたの戦場でも数えるほどしか損傷したことのないレヴァンティンに、だ。

 

「やるしかない」

 

 やれる、やれないではないのだ。主を取り戻すにはこの強敵を越え、その主たる造物主を下す他にないのだ。

 

「ぉ、ぉおお、おおおおおおッ!!」

 

「はっ、精々足掻け。久々の戦いだ、私を愉しませろ」

 

 絶望を切り崩さん。そう雄叫びに込め、シグナムは焦げる大気の中を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

「…………さて」

 

 管理局所属の次元航行艦船アースラ。その艦内の一室、会議室に据え置かれたテーブルの上に、幾つもの空間モニターが並んだ。

 

 艦長であるリンディ・ハラオウンは執務執務官であるクロノに、この短時間で集められた最新の情報を一通り説明させてから、席に着く面子を見渡した。

 

 執務官であるクロノにその補佐のエイミィ。協力者のユーノやなのは、フェイトの他にも、戦闘部隊の各班長、オペレーター。アースラの主要乗組員が勢揃いしている。

 

「おおよその状況は把握してもらえたかしら?」

 

 そんな確認に返ってくる首肯に頷き、ほわりと湯気を立てる湯飲みに手を伸ばす。熱々のグリーンティーに角砂糖たっぷりのそれを両手で包み、一口含む。

 

 常人では理解できない程の混沌とした糖分のコントラストが口内に広がり、努めて落ち着いてリンディは一息ついた。

 

「分かっているかもしれませんが、事態は芳しくありません。エイミィ、詳細を」

 

 その後を、エイミィが引き継ぐ。

 

「はい。本日十二月二十四日午後五時十四分、海鳴大学病院を中心とした半径二キロが結界魔法によって閉鎖されました。使用されている術式は、本局のデータベースにも無く不明。位相がずれた内部で何が行われているのかは、外からでは全く把握できません。また観測班からは、現状の強度では外部からの結界破壊に最低でも五時間は掛かる、と報告が上がっています」

 

 結界を破壊するには大まかに二通りの方法がある。一つは魔法を構成する術式自体に対抗術式をあてることで、解除または強度を弱めて突破する方法。もう一つは外部から無理矢理結界破壊を力業で行い、突破する方法。

 

 前者が閉ざされた頑丈な扉をピッキングして開けるようなものなら、後者は無理矢理蹴破るようなものだ。当然、魔力も時間も前者の方が少なくてすむ。

 

「……未知の術式相手では、手こずってもしょうがないわね」

 

 そう口にしつつも、リンディは内心で首を傾げた。

 

 如何に未知の魔法だからと言っても、管理局の誇る魔導師が次元航行艦の支援を受けてすら突破に最短五時間だ。これはもはや術式だけの問題ではないだろう。ミッド式やベルカ式というようにフォーマットが異なるだけに止まらず、緻密にして強靭な術式強度からは、術者の技量が垣間見れる。

 

 ……とても人間業とは思えないわね

 

 リンディをしてそう思わざるを得ないほど、展開された結界は凄まじかったのだ。それこそ、完全覚醒した闇の書の主が展開したのだと言われれば信じてしまいそうなほどに。

 

「…………」

 

 何か不測の事態が起きている。

 

 それが、リンディも含めた管理局関係者一同の思いだろう。

 

 これが闇の書の主が覚醒したと言うならばまだわかる。だが、今まで蓄積された闇の書関連の情報から考えるに、覚醒した主が結界を張って引きこもるなんてことは一度もなかった。すぐさま暴走を始め、周囲の世界を破壊し始めるのが常だったのだ。

 

 ……違法渡航者の犯行? いえ、でも管理局の船が停泊してるなんてことは、少し探査すれば分かる筈。それに、あんな結界を張れる存在なんて、次元世界に何れほど存在するか

 

「…………」

 

 しばしの思考を経てリンディは一つ、大きく柏手を打った。

 

「では戦闘班、そしてクロノになのはさん、フェイトさんはいつ事態が変化しても対応できるよう、出撃準備をお願いします。それと、引き続き解析班は結界の解析と解除術式の構築を! 何が起きるかわからないわ、各員、気を引き締めて取りかかるように!」

 

「「「「「了解です!」」」」」

 

「それと、ユーノさん」

 

「はい?」

 

「フィーさんの指名手配は私の人脈とちょっとしたテクニックで取り下げておいたわ。後はあの子の承認があれば手続きは終わり。……今は少しでも戦力が欲しいの。この周辺世界に居るようなら、呼んでおいてくれないかしら?」

 

 思いがけない言葉だったのだろう。ユーノはパクパクと口を開閉させ、少しの間をおいて苦笑をして首肯してきた。

 

 彼が定期的に赤毛の少女と連絡を取っていることは、女の勘と少しの痕跡を見ればすぐ察せることだった。

 

 あの、プレシア・テスタロッサ事件の後に残された映像はリンディも確認している。状況的に情状酌量の余地ありと内々に手配を取り下げる程度、提督として管理局の荒波を掻き分けてきた自分ならば可能だ。

 

 英雄、ネギ・スプリングフィールド。その身に宿った彼の力も借りたとは言え、地上の英雄ゼスト・グランガイツ相手に逃げ切り、推定オーバーSランクの白髪の少女との戦闘を制したフィー。戦力に不安を感じるリンディとしては、誘いを掛けないわけがなかった。

 

 それに。

 

 ……なのはさんやフェイトさんとも友人のようだし、そのままなし崩しに管理局に所属してもらえたら、言うことなしね

 

 まあ、そこまでは取らぬ狐の皮算用。今は何より、目の前の事件に集中しなければ。そう考え直して、再び湯飲みを片手にモニターを凝視する。

 

 この、闇の書の蒐集活動が活発な時期。守護騎士と主が潜伏しているだろう世界で起きた結界魔法騒ぎだ。関係無いとは考えにくいが。

 

「…………どうなるかしら」

 

 意図が掴めぬ敵の挙動。

 

 神ならぬリンディには、その先を見通すことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 冬の冷たい夜空をフィーは跳ねるようにして駆けていた。

 

「もう、なんだってのよ」

 

 なのはの母に偶然出会ったフィーは、これ幸いと案内してもらった見覚えのある喫茶店『翠屋』で先程まで時間をつぶしていた。もう間もなくなのはやフェイトが入院している友人のお見舞いから帰ってくるらしいということで、ユーノへとパーティーに参加する旨と……魔物と化した己の肉体について、正直に話そうと躊躇いながらメールを送ったばかりだったのだ。

 

 どうやって打ち明けようか。初めて出来た、一番大事な友人に気持ち悪がられないか。いろいろと思い悩んでいた最中、異変は唐突に起こった。

 

 尋常ではない魔力の励起を感じたかと思えば、こんな管理外世界のど真ん中でトンデモナイ規模の封鎖結界が展開されたのである。

 

 ただならぬ雰囲気と相棒であるネギに急かされ、様子を伺いに結界の外周部までフィーは近付いているのだ。

 

 そんな中、次元間メールの着信を知らせる通知音が懐の携帯端末から響いた。

 

 慌てて端末を取り出しディスプレイに視線を走らせ、少女は頬を引き攣らせた。

 

「ゆーのんからだっ! ……ありゃりゃ、それじゃあバレてたってこと?」

 

 大きく跳躍して何処かのビルの屋上で立ち止まったフィーは、これからどう行動しようか迷い、ネギと相談しようとする。このまま結界に近付いていけば、自ずと管理局の魔導師に見付かることになるわけだが……

 

「ネギ? お~い、相棒?」

 

『……あ、ごめん。そうか、やっぱりユーノ君と会ってたことがバレてたんだね』

 

 どうやらまた、相棒は考えに耽っているらしい。

 

 それもこれも、あの巨大な結界魔法を感知してからの事だ。慌ててなのはの家から飛び出したフィーとしても、待つ間に出された美味しいクッキーを食べ損ね、あまつさえ、ユーノに対してどうやって自分の身体のことを伝えようか思い悩む思考タイムに横やりを入れられてご機嫌斜めだ。

 

 ぞわり、と苛立ちのよ悪感情が結界を張った犯人に対するドス黒い殺意を逆撫でる。だが、どうやら相棒が考え込んでいるのは、少女が抱える闇の暴走とは違うようだった。

 

「さっきからどうしたの?」

 

『信じがたい、が……これも因果なのか。奴との決着を着けろと……』

 

「ネギ……?」

 

 内から響く声の調子に、少女は困惑を隠せなかった。今までどんな困難に遭遇しても、どんな窮地に陥っても、彼のこんな、感情を窺わせない平淡な声音を耳にしたのは始めてではないだろうか。

 

 それでも長い付き合いだ。フィーはネギの言葉に含まれる様々な感情を読み取ることが出来たが、

 

 ……恐怖? いや、狂いそうなほど喜んで、哀しんでる?

 

 その感情を理解するには少女は幼すぎた。

 

「どうしたの、ネギ」

 

『……逃げちゃおうか』

 

「……え?」

 

 思いもよらぬ言葉に、首を傾げる。

 

『因果から、業から逃れることは出来ないかも知れない。けど、今はまだ後ろへ下がれる。逃げて逃げて、逃げ続ければ、業を振りきることも出来るかも知れないから』

 

「どういう、こと?」

 

 しばしの沈黙。

 

 ネギは一つ、重々しい息を吐いて、

 

『……始まりの魔法使い』

 

「え?」

 

『人形遣い。ライフメーカー。神…………』

 

 フィーの脳裏には、一人の、人間のようなナニカが映し出された。

 

 夜の闇を溶かし込んだような漆黒のローブ。全身を覆い尽くすそれを魔力の圧で漂わせ、佇む誰か。

 

「……こいつが、あの結界を張ってるっての?」

 

『ちょっとした因縁があってね』

 

 寒々とした凍てつく風が喉元を吹き抜けていく。

 

 何故か、フィーはこれより先に進むことが、死地への行軍のように感じた。

 

『僕ら親子二代に渡る宿敵。新旧世界大戦の裏側で暗躍し、世界を夢の中へ終わらせようと企んだ化け物さ』

 

「……」

 

 肉体が魔物のそれへ変異しようとも、心が変わらなければ人間だと少女へ言い聞かせ続けてきたネギ。そんな彼が化け物と表現する敵。

 

『あれと戦うと言うことは、一筋縄どころの話じゃない。勝てるかどうか分からない。前は、なんとか次元の裂け目に吹き飛ばして倒した、いや、世界から弾き出したと言うべきかな。……とにかく、何が起こるか分からないんだ』

 

「だから逃げろって?」

 

『逃げても良いよ。僕は止めない。フィーの人生なんだから、大事な選択は君自身で決めるんだ。なんとかユーノ君や管理局のみんなを説得して逃げることも……』

 

「…………」

 

 後戻り不能地点(ポイント・オブ・ノーリターン)

 

 これより先は、危険な戦いになるとネギは言う。相手は生前のネギが死力を尽くして、それでも倒しきれなかった救世の化け物。

 

 ここが分岐点だ、とフィーは思った。

 

 前へと進み、不確定の未来と戦うか。

 

 後ろへ戻り、今まで通りの平穏に逃げるか。

 

 昔の、それこそ実験所から飛び出したばかりの少女ならば、迷わず進んだだろう。相棒の敵はわたしの敵だ、とでも言って大した熟考もせずに進んだ筈だ。だが、

 

 ……闇の魔法の時も、そうだったっけ

 

 あの時の決断を悔いてはいない。そう躊躇いなく頷けるほど、フィーの『人間』と言う種に対する執着は薄くなかった。

 

 化け物のような身体に、自分から進んで成りたくなんてなかった。だが、あの決断がなければ、自分は母の最期に立ち会うことが出来たか分からない。可能性の話を言い出したら切りがない。とにかく、自分は結果として邪道へ手を出した報酬を受け取ってしまったのだから。

 

 あの、闇の魔法を使うか、使わないかの選択。

 

 後戻り出来ぬ決断。

 

 それと同質の、人生を左右するだろう別れ道が目の前の選択だ。

 

 ……どうしようか

 

 大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

 

「わたしは進むよ、ネギ」

 

『…………フィー、僕は』

 

「ネギの為なんかじゃない。わたしが進むのは友達の為だよ。なのはやフェイト、それに何より、ゆーのんを手伝って、その隣に立ちたいから」

 

 遠くで張られた漆黒の結界を見据える。

 

 その周囲を、幾人かの管理局魔導師が連携した強装結界が包んでいる。

 

「そんなヤバイ奴と戦って、もしも管理局が負けるなんてことになったら、協力してるゆーのんまで危ないじゃんか」

 

『……本当に良いんだね? 確かに、今の僕たちは簡単には死なないだろうけど、真に不死身と言う訳じゃない。特に奴が相手な以上、何をしてくるか』

 

「もういいよ、ネギ。そんなに進むことの怖さを並べなくても」

 

『フィー……』

 

「そりゃあわたしだって怖いし、嫌だよ。ベッドのなかでぬくぬくして、飽きたら遺跡発掘とかジャンクパーツいじりとかして過ごしたい。けどね、ゆーのんが危ないかもって思うと、もう駄目なんだ」

 

 携帯端末に返答を打ち込み、すぐに送信。

 

 結界周辺に向かうからそこで拾ってくれ、と言う旨の内容だ。

 

「行こう」

 

『……なら、僕はもう止めないよ。奴を放置していたら、世界がどうなるか分からないからね。管理局の力を借りてでも止めるしかない』

 

 そうしてフィーとネギ。二人三脚の二人は、遥か先で聳える結界へ向けて歩き出すのだった。

 

 

 




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