リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

5 / 57
第四話

「時空管理局だ。抵抗せず、大人しく武器を捨てろ」

 

 ……まずい、マズイ、不味い!!!

 

 頭の中で繰り返されるそんな言葉。焦燥感に冷や汗が頬を伝う。

 

 出入り口は包囲され、ネズミ一匹逃げ出せそうにない。このままでは、自分は確実に捕まってしまうだろう。

 

『フィー、僕に任せて。少し身体を借りるよ』

 

『……オッケー。頼むね、相棒!』

 

 ちょっとした浮遊感が全身を包み、フィーは肉体の主導権をネギへと委ねた。

 

 

 

 

 

 

 入れ代わったネギが考えたのは、一にも二にも、逃げることだった。戦うなど以ての外。人格が入れ代わろうとも肉体の消耗は変わらないのだ。試合の疲れは残っているし、なにより、管理局員の中にいる槍を携えた巨躯の男には、今のままではどう足掻いても勝ち目がないように思えた。

 

 ネギをしてそう思わせるほど、槍の男が放つ威圧感は凄まじかったのだ。

 

 ……おそらく、本物の実力者

 

 恐れていたことが起きてしまった。

 

『どうするの?』

 

『……フィー、逃げるが勝ちって言葉を知ってるかい?』

 

 そう相棒の問いに返すや否や、ネギは小声で詠唱を始める。

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル 逆巻け《ウェルタートウル》春の嵐《・テンペスタース・ウェーリス》我らに《・ノービス》風の加護を《・プロテクティオーネム・アエリアーレム》……」

 

 ……風花旋風・風障壁《フランス・バエリース・ウェンテイ・ウェルテンティス》

 

 瞬間、ネギの周囲を旋風が渦巻く。敵を少しでも足止めするための風の障壁だ。地下であるにも関わらず突如として吹き荒れた暴風は、管理局の武装局員たちから一瞬にせよ、少女の姿を隠した。

 

 次いで発動するのは、己の影を介した転移ゲート。行き先は自分たちの下宿する安宿である。平面のはずの影に身体が沈み込んでいく。上手く行けば転移の痕跡をあまり残さず、この場から逃げおおせていただろう。

 

 数秒もの時間を槍の男が見過ごしてくれたならば、だが。

 

 転移終了まで残り半分と言ったところで、旋風が真っ二つに切り裂かれた。持続性にこそ難があるものの、強度の面ではかなりの対物理効果が見込める風障壁が、紙のように抜かれてしまったのだ。思わず、引き攣るような苦笑が零れる。

 

 槍を構えた男がネギを見据えて距離を詰めてくる。

 

「させん!」

 

 野太い声と同時に突き出される槍。非殺傷設定故に穂先の刃が潰された一閃は、致命にならずとも骨の一本や二本は容易に砕く。

 

「しぃっ!」

 

 肩口目掛け、風が裂ける。音にも迫る超速で突き出されたそれに、ネギは腕を回転させ、

 

「ぬ……!?」

 

 紙一重で逸らした。穂先が掠めた赤毛が、数本宙を舞う。

 

 化勁。

 

 中国武術において、相手の攻撃を吸化、或いはベクトルをコントロールする妙技だ。

 

 流石の猛者も幼い見た目に躊躇したか。槍を流され、一瞬にも満たぬ隙が男に生まれた。その刹那を見逃すネギではない。転移魔法を完成させ、影の中へと潜り込む。

 

 こうして、何とか二人は地下闘技場から逃げ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 素早く周囲に目をやり作戦の進行具合を確認する。抵抗した違法魔導師は反撃の隙を与えずにバインドで拘束を終えている。ナカジマとアルピーノがよく動いてくれた。もはや、自分がするべきことは一つだけだ。

 

 手の内で振るわれることを待つ愛槍が、責めるように震えた気がした。

 

 ……なんたる未熟

 

 ただ一撃、攻撃を逸らされただけで隙を与えてしまうなど、愚の骨頂だ。

 

「……」

 

 フィー・T・N・スプリングフィールド。年齢からは想像できないほどの格闘センスを秘めた少女。それが、索敵魔法≪サーチャー≫でクイント・ナカジマとの試合を見ていたゼストの感想だった。

 

 将来、凄まじい使い手になる可能性はあるだろう。だがしかし、今現在の実力では、どう抗っても自分の一撃を凌ぐことは叶わなかったはずだ。

 

 まるで別人。あの瞬間だけ別人と入れ代わっていたようにすら思えた。

 

 それに、

 

「あの目は違う……」

 

 瞳の奥に宿る意志。

 

 管理局に勤めて長いゼストには、数々の経験がある。心を壊された者、生を諦めた者……だからこそ、あの瞳が幼い者に出来るはずがない、とゼストは今まで思っていた。

 

 この世に不条理があることを知り、悲しみが、絶望があることを知り、それでも未来を諦めぬ強き瞳。

 

「隊長、作戦はほぼ終了しました。どうしますか?」

 

 クイントの言葉に小さく頷き、自分のデバイスである槍から投影されるモニターへ目をやる。

 

 ……追跡可能

 

 転移先の割り出しが、ちょうど終了した。

 

「俺は先程の少女の追跡に移る。ここは任せたぞ」

 

「了解です。……あの」

 

 そう口ごもるクイント・ナカジマが何を言いたいのか、ゼストには何となくわかった。

 

「心配するな。極力、怪我はさせん」

 

「……お願いしますよ?」

 

 ……相手がただの少女だったら、だが

 

 内心でそう呟き、ゼストは飛行魔法を発動させた。

 

 

 

 

 

 

「あ、あぶなかった……」

 

 影の転移ゲートで安宿の自室へと転移したネギは、額の冷や汗を拭うと、さっそく荷物を手早くまとめ始めた。

 

『えっ、ちょっと相棒? どうしたの?』

 

「さっきの人たちが此処を突き止める前に逃げないと。捕まったら、フィーの目的が遠のくからね」

 

 幸い、着替えとファイトマネーで貯まった札束くらいしか荷物はなく、リュックサック一つで荷造りは完了した。

 

『捕まるって……逃げ切ったんじゃないの?』

 

 首を傾げるフィーの姿が頭に浮かぶ。

 

「転移っていうのは、それほど万能じゃないんだ。どうしても空間に痕跡が残るから、それを辿られたら直ぐ追跡されちゃうんだよ」

 

『え、えぇえ~!! そんじゃあ早く逃げましょ! レッツゴー!!!』

 

「はいはい」

 

 状況を理解したフィーがネギを促す。安宿から飛び出し、再び転移魔法を発動しようとしたところで、ふいに殺気を感じて飛び退いた。

 

「止まれ」

 

 低い、男の声が頭上から掛けられた。

 

「うっ」

 

『げ……』

 

 ネギの風花旋風風障壁を易々と突破し、槍の一撃を見舞ってきた男だった。

 

 一番、来て欲しくない相手だ。

 

「……くっ」

 

 迂闊だった。宿代を優先して町外れにあるこの場所を利用していたのが仇となった。相手は次元世界の治安維持組織。木を隠すなら森の中。周りに一般人が大勢居れば、紛れることで姿を隠すことも出来たのだが。

 

 宿の周囲には人の気配がない。

 

 転移魔法は発動から完了まで足を止めなければならず、数秒間は無防備だ。先程のように槍を受け流させてくれるほど、目の前の敵は甘くない。つまり、ネギ達が逃げるためには男を倒すしかないと言うことだ。交戦を避けたかった、本物の実力者である男を相手に。

 

「時空管理局地上本部ゼスト隊隊長、ゼスト・グランガイツだ。抵抗せず大人しく投降しろ……と、言いたいところだが」

 

 鋭い刃物を思わせる眼光。

 

 鋼鉄さながらに鍛え上げられた巨躯は、白を基調としたスーツのようなバリアジャケットを内側から押し上げる。

 

 ……強敵だ

 

 呼吸を整える。丹田に熱を溜め、血流に乗せて全身くまなく酸素を行き渡らせる。可能な限りの魔力を循環させて臨戦態勢を取る。

 

 今の状態で戦い、あの男……ゼストに勝つ確率が極めて低いことは分かり切っていた。だが、諦めない。自分は大切なもののために戦うと決めたのだから。

 

 出会って間もない少女、フィー。己の母の蛮行を己自身の手で止めようと足掻く、弱くて強い、そんな少女の味方になると。或いは、大人の立場としてそんなことは無理だと、不可能だと諭し、今ここで捕まることが将来的にはベターなのかも知れない。十に満たない少女が違法試合に出場していた程度の罪だ。そう重いものではないだろうし、正式にプレシア・テスタロッサの違法研究を明らかにする方が、良い方向に向かう可能性もある。

 

 だが、

 

「貴様は諦めまい」

 

 それでいいのか。寝ている間すらも修行に明け暮れ、短い時間でここまで己が実力を高めた少女の意思を、こんなところで手折られて良いのか。

 

 ふと、かつての幼い自分の姿を幻視した。独り図書室にこもり、英雄たる父に追い付かんと足掻いていたあの頃を。力を欲した。故郷の村を襲った悪魔どもを滅ぼし、けしかけた黒幕までもいつの日か滅してやろうと、研磨を続けた日々を。

 

 精神世界の深い場所で繋がっているネギには分かった。少女の中に燻る、母を求める想い。それは前に進まなければ少女自身すら蝕んでしまうだろうことが。もしも自分が幼い頃、自身の研磨など何の役にも立たないと周囲から止められていたらどうなっていただろう。少なくとも、碌なことにはならなかった筈だ。

 

 ……正しい道などない、か

 

 誰の言葉だったか、ふと浮かんだフレーズを確かめるように、内心で呟いた。

 

 絶対の正しさなどこの世にはない。進んだ先、己の歩んだ道を振り返った時、納得がいくならば、それで良いのだ。

 

 足掻き続ける意思の光が切り拓く向こう側。少女の歩む道の先が見たくなった。戦う理由などそれで十分。

 

『あい、ぼう……』

 

『大丈夫』

 

 心配そうなフィーへ内心で頷きを返し、ネギは拳を握り込んだ。

 

 男、ゼストは槍を構える。

 

 こちらの外見から、手加減する気はないらしい。

 

 ゼストの闘気が空間に満ち、ネギの身体を押し潰さんと圧を掛けてくる。

 

 その重圧を自身の闘気で押し退け、拳を構えた。

 

「……往くぞ」

 

 大気が軋むような張り詰めた空気の中、

 

「……来い」

 

 二人は共に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 ゼストの槍が大気を裂く。

 

 振るう、振るう、振るう。

 

 流れるような動きのまま、勢いを殺さず槍が駆ける。縦に横に、薙、払い、時には突く。

 

 正しく怒濤。常人、否、並みの魔導師では、稲妻の如き穂先の残光すらも捉えられぬ、ただ一人で繰り出される槍衾。

 

 フィーでは五秒も保たないだろう超絶技巧。

 

 槍の連撃、その一撃一撃が魔力を込めた槍撃、というあまりにも基本的な技法だった。しかしそれ故に、ゼストの膨大な魔力と卓越した槍術に支えられた槍衾は、極めて高い威力と精度を誇っていた。

 

 一度でも直撃を受ければ、それだけで勝負が決まりかねない凶器の暴風を前にネギは、 

 

「……すごい」

 

 しっかりと対応していた。

 

 両手の手甲で弾き、時には身を反らし回避、手に纏わせた魔法の剣、断罪の剣で鍔競り合う。

 

 ……悔しい

 

 精神世界で見ていることしかできない口惜しさに、フィーは拳を握り込む。

 

 こんなピンチに、自分は何も出来ない。表に出ても、数秒でゼストに倒されるだけだ。

 

 と、その時。

 

『ぐぅっ……!!?』

 

「あっ……」

 

 精神世界が激震した。

 

 ゼストの柄による打撃がネギの脇腹を強打し、吹き飛ばされたのだ。

 

 木々を幾本もへし折り、轟音が安宿の周辺を囲う森林の木々を揺らした。

 

「……っ」

 

 精神世界まで激震させる威力だ。おそらく、自分の身体も軽い傷ではないだろう。

 

 このままでは駄目だ。

 

 どうにかしなければならない。圧倒的な戦力差を覆す、何か奥の手をこうじなければ、自分たちは捕まってしまう。

 

 ふと、つい先日ネギから耳にした業が頭に浮かんだ。それは、人の身に余る外法。或いは、破滅をこの身に呼び込むかもしれない、危険な賭け。

 

 ……それでも

 

 フィーは覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 脇腹から全身へと走る激痛。

 

 気の弱い者では、それだけで気絶して仕舞いかねない脳への危険信号。だがそれは、あらゆる困難を踏破してきたネギの判断力を奪うには至らない。

 

 冷静に状況を推し量る。

 

 自身の損傷を確認し、肋骨の二、三本に亀裂が入った程度、と自己診断を下す。気休めにしかならないが治癒魔法を施し、ゆっくりと背を大木に預けながら立ち上がる。

 

 夕日が、地平線の向こうへ沈もうとしていた。夜になれば逃げるチャンスは増えるだろうか。

 

 ……いや、そんなに甘い相手じゃないな

 

 むしろ時間を掛ければかけるほど、敵の増援が到着してしまう可能性が増えていく。この状況で包囲されれば、こちらに勝機はない。しかし、ならばどうすればいい。

 

 今の攻防でネギは悟っていた。

 

 ……このままじゃ、勝てない

 

 当初の予想に違わず、ゼストは強かった。

 

 元の肉体との魔力量の差、身体的リーチ差、その他諸々がネギに不利に働いていたが、それを差し引いても、純粋に強い。

 

 絶望的なまでに減少してしまった魔力量では、あまり打てる手は多くないのだ。今の力では雷の暴風数発が限界、千の雷などの大呪文は到底使用不可能。さらに言えば、元の肉体より出力自体も大きく劣るため、以前のような大威力はのぞめない。

 

 ネギの頬を汗が一滴、伝って落ちる。

 

「……っ」

 

 手詰まりだった。

 

 せめて闇の魔法《マギア・エレベア》が使えれば、と過ぎった思考に頭を振るう。フィーを人の道から外れた者に堕としてどうするのだ。そもそも、以前の肉体のように変質するかすら予測出来ないのだ。危険すぎる。

 

 しかしその時、ネギの思考を読んだかのようなタイミングで、フィーの言葉が頭に響いた。

 

『……相棒。前に言ってた魔法、使ってくれないかな』

 

『っ……フィー!?』

 

『今のままじゃ、勝てないでしょ? わたしでもそれぐらいわかるよ』

 

 そんな言葉に、歯を食いしばる。

 

『フィー、闇の魔法は外法だ。前にも言ったよね。僕の精神世界と部分的に融合してる君に、使ったらどんな影響があるかわからないって』

 

『うん、覚えてる。それでも……だよ』

 

『……最悪、君という存在が消えてしまうかも知れない。わかってるのかい? それにもし、全てが上手く行ったとしても、待っているのは死ぬまで続く孤独だ。周りの親しい人たちが老いていくのに、自分は老いず、死ねず、取り残される……それでもいいのか?』

 

『……心配してくれてありがと。でも、わたしはお母さんを止められなかったら、死んでも死にきれないんだ。それにさ、孤独って言っても相棒が居るでしょ?』

 

『……後戻りは出来ないよ』

 

『望むところよ! やらないで後悔するより、やって後悔した方がいいもん』

 

 なんて威勢のいい言葉にネギは小さく息を吐き、頷いた。

 

『わかった。なら……必ず、耐えてくれ。僕はもう、自分の手で大切な人を壊したくないんだ』

 

 ふいに脳裏を過ぎるあの光景。己の手で刺した父へのとどめ。忘れたくても忘れることなど出来なかった。

 

『あい、ぼう……っ大丈夫! わたしを信じなさい、ネギ!!』

 

 脳裏に映るのは握り拳を自分へ突き出し、不安を呑み込んで笑う少女の姿。

 

 そんな姿にネギはかつて言われた、誰かの言葉を思い出した。

 

 ……根拠もなく信じられるのが仲間、か

 

『信じてるよ、フィー。いや、相棒……』

 

 瞳を閉じ、精神を集中する。

 

 木の幹から背を離し、自然体で佇む。

 

 奥底に封じ込めていた、闇の魔法の術式を解き放つ。

 

「ふぅぅぅ……」

 

 ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 

 捲り上げられたジャージから顔を覗かせる、鈍色の手甲。そのさらに下から、蜷局を巻いた翼を思わせる紋様が、徐々に徐々に姿を浮かび上がらせた。

 

 夕日に照らされる森の、ネギが佇む一角だけがいち早く夜を迎えたのかと錯覚する、暗いオーラが空気を殺していく。

 

 ……闇き夜の型《アクトゥス・ノクティス・エレベアエ》

 

 闇の魔法における基礎訓練法にして、始まり。以前ならば何の負荷も感じない、ほとんど常時発動しているような初歩の業だった。

 

 しかし、

 

「……ぐっ」

 

 フィーの肉体では、そうはいかない。

 

 ギシギシと身体が魂魄から軋みを上げ、心を乱せば闇の暴走をゆるしてしまいそうだった。

 

「だけど」

 

 思わず、呟く。

 

 この程度で暴走させていたならば、自分は遥か昔に理性のない化け物と化していただろう、と。

 

「かはぁ……」

 

 吐き出す呼気、濃い魔力の燐光が混じる。

 

 魔力が増大していく。

 

 尽き欠けていた力が、全身を駆け巡る。

 

 ふいに、胸の中心に焼き鏝を押し付けられたかのような激痛を感じた。その原因がリンカーコアの急激な肥大化にあると、なんとなしにネギは察した。この身体が一段ヒトから外れた、と。

 

 痛みを呑み込み、油断なく槍を構えるだろう、土煙の向こうのゼストを見据える。

 

 次の瞬間、ネギは拳を握ると同時に疾走した。

 

 

 

 

 

 

 背筋に寒気が走った。

 

 槍に残る確かな手応えは、確実なダメージを与えたことをゼストへ告げている。

 

 幼い相手にやりすぎたのではないか、と一瞬そんな思考が脳裏を過ぎるが、すぐさま頭を振る。

 

 感じる魔力はどうだ。衰えるどころか、跳ね上がっていくではないか。

 

 ……これが本気か

 

 己の愛槍を見る。

 

 ところどころ刃がこぼれ、柄には既に亀裂すら走っていた。これはネギの断罪の剣と打ち合った代償だった。断罪の剣はただの魔力刃では断じてない。固体、液体の物質を気体へと強制的に相転移させ、熱を奪うことで強烈な冷気が敵を襲う、極めて高い殺傷能力を有した魔法だったのだ。

 

 ゼストのレジストが間に合わなければ、初撃の一合でデバイスを両断されていただろう。

 

 槍を握り直す。

 

 瞬間、土煙が吹き飛んだ。

 

「っ!!」

 

 ピンク色の影。

 

 鈍色の手甲に包まれた拳撃が、今までに倍する速度と威力で繰り出される。幼い少女が相手とは思えぬ、既に完成の域に達した体技。間断無く、予備動作すら殺し切ったその拳の嵐を、槍を回転させて弾き返す。そして、僅かな隙を突き、横薙の一閃を振るう。

 

 足元を刈ろうとしたそれは、

 

「っ! 飛行魔法すら使いこなすか!!」

 

 空へ逃れることで避けられた。

 

 夕焼けの滲む空へと羽ばたく少女を追い、ゼストもまた虚空を駆ける。

 

 何かを呟くような少女の詠唱を見逃さない。詠唱による儀式魔法を相手が多用することにゼストは気づいていたのだ。

 

 ……させん

 

 疾風の如き槍が、一条の閃光と化してネギへと伸びた。

 

 

 

 

 

 

『僕はもう、自分の手で大切な人を壊したくないんだ』

 

 初めて会った時は、奇妙な雰囲気のイケメンお兄さん。修行を見てもらうようになってからは、何処までも頼りになる完璧超人な相棒。それがフィーがネギへ感じていた印象だった。

 

 でも、その言葉を耳にしたとき、それは間違いだったのだと気づいた。

 

 勿論、悪い意味ではなくて。

 

 支えてあげないと折れてしまいそうな弱々しさが、その言葉から感じ取れたのだ。

 

 何故か、今まで以上にネギという人間を身近に感じた。気が付けば、

 

「あい、ぼう……っ大丈夫! わたしを信じなさい、ネギ!!」

 

 なんて言葉を口に出していた。

 

 ……そっか。わたしもネギの相棒になれてたんだ

 

 自分はお荷物でしかないのでは、と少なからずフィーは考えていたのだ。

 

 ……負けない

 

 これからどんな事が襲ってこようとも、自分は絶対に耐えてみせる。

 

 そう意気込むと同時、フィーの視界は黒く染まった。

 

 

 

 

 

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル! 来たれ雷精《ウェニアント・スピリトゥス・》風の精《ウェリアーレス・フルグリエンテース・》雷を纏いて《クム・フルグラティオーニ・》吹きすさべ《フレット・テンペスタース・》南洋の嵐《アウストリーナ》!」

 

 ……雷の暴風《ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス》!!

 

 詠唱を完了し、放出するべき魔力の塊を手のひらで球状に押し止め、

 

 ……固定・掌握《スタグネット・コンプレクシオー》

 

 握り潰すことで、己の肉体へと取り込む。

 

「……づっ」

 

 身体が軋む。

 

 歯を食いしばり、暴れる魔力に手綱を掛ける。

 

 敵に仇なす攻撃魔法をあえて自らの肉体に取り込み、霊体にまで融合する。術者の肉体と魂を喰らわせ、それを代償に常人に倍する力を得ようとする狂気の業。適性がない者では習得過程で死に至り、たとえものにしたとしても、待ち受けるは闇に呑まれる精神の死か、魔の眷属へと堕ちるかの二択。

 

 それでも、ネギは突き進む。

 

 自らの相棒の願いを叶えるために。

 

 ……術式兵装・疾風迅雷《プロ・アルマティオーネ・アギリタース・フルミニス》

 

 瞬間、ネギの肉体は雷撃を纏ったように青白く発光し、その周囲を気流の護りが覆った。

 

「おおおおおッ!!」

 

 流星の如きゼストの槍が突き出されたのは、ほとんど同時。

 

 虚を突かれた一撃。

 

 先程までのネギでは、直撃を受けていたかも知れない。しかし、

 

「ぬぅっ!?」

 

 当然の如く紙一重の見切りで回避し、ゼストの懐へ潜り込む。

 

 拳がギシリ、と握られる。

 

 術式兵装『疾風迅雷』によって帯電したそれが虚空へ僅かな稲光を残し、繰り出された。想定外の動きに息を呑むゼスト。だが、迎撃に動く技の冴えは正確無比。

 

「「……っ!!」」

 

 声無き気合いが空間を軋ませ、夕焼けに染まる森の木々を激震させた。

 

 

 

 

 

 

 何もかも呑み込まれてしまいそうな暗闇に、フィーはただ独り立ち尽くしていた。

 

 何も見えず、何も聞こえない。痛くなるほどの静寂。

 

 まるで、世界に独りだけ取り残されたような気さえしてくる。

 

「……なんなの」

 

 思わず、フィーは呟いた。

 

 途轍もない苦痛が襲ってくるのかと思えば、気づけば暗闇に一人。拍子抜けだった。

 

「……ねえ、ネギ…………ぁ」

 

 喋り掛けて、相棒が居ないことに気付く。何時も自分と繋がっていた彼の包み込まれるような気配が、無い。

 

 ……独りって、こんな感じだったんだ

 

 そんなことをフィーは思った。

 

 研究施設から飛び出してから、二週間と少し。フィーとネギはずっと一緒だった。だからこそ、お母さんを止める、なんて具体性の欠片もない目標に向かって、少女は歩みを進められたのだ。

 

 けれど、何も見通せぬ闇の中、フィーは独りだった。

 

 今までこんな事はなかった。ずっとネギが傍にいてくれた。絶対の相棒として。

 

「……ううん」

 

 首を振る。

 

 それだけじゃない。彼が右も左もわからない、フィーの不安や孤独を打ち消してくれていたのだ。

 

「……」

 

 小刻みに震え始めた身体を、強く抱きしめる。そうしないと、今にも崩れてしまいそうだったから。

 

「やだ……」

 

 ……暗いのは、やだ

 

 幼い子供なら暗闇を恐れるのは当然だ。その豊かな想像力によって、居もしない怪物を幻視してしまうから。闇を見るとき、闇もまたこちらを見ている。しかし、フィーが恐れたのはそんなことではなかった。

 

「ぅ……うぅ……」

 

 意志に逆らい、身体の震えが止まってくれない。

 

 ……そう、あの時も

 

『こんな暗闇だったよね』

 

「っ!?」

 

 視界塗りつぶす闇そのものが発したように、その声は頭に響いた。

 

「だ……だれっ!?」

 

『わたし? わたしはあなただよ』

 

「……はあ?」

 

 意味が分からなかった。

 

 フィーが首を傾げているうちも、何処からともなく響く声は止まらない。

 

『あの時も、こんな暗闇だったよね。暗い暗~い、電源が落とされた培養層の中。わたしはお母さんに捨てられた』

 

「……やめて」

 

『暖かかった液体は、みるみるうちに冷たくなって。ついには息もできなくなって。助けてって叫んでも、お母さんは来てくれなかった』

 

「……言わないで」

 

 これ以上聞きたくないと、両手で耳を覆う。しかし、声は直接、頭に響いてきた。

 

『暗くて、苦しくて。たまたまガラスが割れなかったら、わたしはあそこで、あの暗闇で、誰に知られることもなく……』

 

「言うなっ!!!」

 

 叫ぶ。喉が潰れんばかりの大声で。

 

 それでも、声は止まらない。

 

『ねえ、あなたはなんでお母さんを止めようとしてるの? わたしを見捨てたあの人を』

 

「それ、は……あの時はわたしが生きてるって気付いてなかったのかも知れないし……それに、わたしがどんな存在でも、お母さんは……」

 

『お母さんはお母さん、なんて言わないよね? ただわたしのオリジナルが、あの人の子供だったってだけなのに。記憶だって、もとはオリジナルのコピーだよ。わたしは研究室で見たはずだけど? ……あの、レポートを』

 

「……っ」

 

 正しく、その通りだった。フィーは『プロジェクトF』に関する研究レポートを発見していた。全然、意味はわからなかったが、その内容は……

 

『愛情なんて、一欠片ももらってない。ただの製作者。……まあ、わたしを作ったって意味でなら、あの人は作者《お母さん》と言えるだろうけど』

 

「……わたし、は……」

 

 謎の声はフィーに問うていた。何故、母を止めようとするのか、と。その問いに、フィーは明確な答えを持ち合わせていなかった。何故なら、そう……本能的としか言えない、そんな感情によって、少女は突き動かされていたから。

 

『そう言えば、あなたは今、フィーって名乗ってるんだよね? 駄目だよ、作者に付けられたラベルを省略したら。そう思わない? ねえ……』

 

 ……フィフティス《五十番目》

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。