視界全てを埋め尽くす程の刃の群。それは千を越え、万にも及ぶ無数の魔法だ。
赤黒い刃の豪雨が、音を越える速度で雪崩をうって押し寄せる。
……まずい
狙いはクロノを含めた全員。無尽蔵の剣が四分割され、それでも尚、一人あたり二千を越える剣群だ。圧倒的な数の暴力はクロノに防御も回避の余地すら与えてくれない。
「っ!!」
「ラウンドシールド!!」
横合いから割って入ったのは、切迫したユーノの声だった。結界魔導師として堅固な障壁を操る少年がクロノの窮地に駆け着けてくれた。
碧色の分厚い障壁を前に、赤黒い刃が傘にあたる雨粒のように弾かれていく。
「すまん、助かった!!」
「どういたしまして。でも、どうする? これはちょっと……」
頬の冷や汗を拭い、ユーノの言葉に頷く。
一刻も早く撤退するべきだ。造物主だけでも手強いと言うのに、新たな使徒を三体も相手にして勝てる道理がない。これほど強烈な魔法を操るのだ。即席で造られたが故に、新たな使徒は強くない……などという希望的観測は容易く打ち砕かれた。
地上には保護しなければならないヴォルケンリッターとその主と思わしき少女。ユーノとアルフは自分とフェイトのフォローに回ってしまった為に、転移魔法でアースラへ送ることも出来ない。
いや、そもそも自分達も撤退出来るかどうか、
「塵芥が。我が逝けと言っているのだ、さっさと逝くがいい」
「っ!?」
「速いっ!!」
気付けば、瞬間加速で距離を詰めきたディアーチェが目前で魔杖を振りかぶっていた。
横凪ぎに振るわれる一閃を、クロノも杖を構えて受け流す。杖と杖が接触した瞬間に奏でられる愛杖の悲鳴。途方もない衝撃が肉体を突き抜け、デバイスを握る両手を痺れさせる。
「ぐぅっ、おぉおおおお!!」
衝撃を杖を回転させることで受け流しつつ、魔法を展開。一息に十の魔力刃を虚空に生み出して射出。大気を貫く刃が蒼い軌跡を空間に残し、
「軽いな」
纏う障壁によって容易く弾かれた。簡易的にではあるが障壁貫通術式も込められた魔力刃であったが、王のマテリアルを拝命する使徒の前には微風も同然らしい。
「くっ」
……堅すぎる
なのはの纏う移動要塞の如きバリアジャケットですら、もう少し可愛げがあるだろう。普通ならば、これほど厚い護りを纏いながら高速移動など出来ないのだ。だと言うのに、目の前の使徒はその移動速度になんら制約を受けていないようだった。
かつて邂逅した白髪の少女……サーティを思わせる、曼荼羅の如く複雑にして繊細緻密な積層多重障壁。それ一つとっても、造物主の化け物じみた魔導技術の高さが窺い知れる。
「僕もいるっての!」
だが、こちらはクロノひとりではない。
中空に佇む少女目掛けて、背後の死角からユーノのバインドが走る。碧色の魔力によって編まれた鎖状のバインド。油断していたのだろうか。四肢を縛られ、ディアーチェは身動き出来ぬように雁字搦めに拘束された。
「クロノっ」
「わかってる!!」
最高のタイミングで行われたサポートだ。縛られた瞬間には、クロノの主砲、ブレイズキャノンがその短いチャージ時間を終えている。
……侮ったお前の負けだ
解き放たれる蒼い閃光。
如何に固い防御でも、一度破ってしまえば張り直すのに数分から短くとも十数秒は要する。その隙に、クロノとユーノのコンビならあのディアーチェを沈めることも不可能ではない、
「くく、馬鹿め」
……闇衣
なんて、甘くはなかった。
虚空に縛られていたディアーチェの身体が闇色の燐光を纏ったかと思えば、拘束を素通りして踏み込んできたのだ。
「「!?」」
その現象をなんと言えば良いのだろう。闇化、とでも言うべきか。立体的な影のような存在と化したディアーチェがブレイズキャノンを回避し、次の瞬間、眼前で傲慢な笑みを浮かべていた。
「塵芥が、王に傷一つ付けられるとでも夢想したか?」
首を掴まれる。
そう認識した時には、同じく首を掴まれたユーノの頭部と衝突していた。
鈍い音と共に視界に散る星と鮮血の赤。さらに呻く間もなく、強烈な力で以て地面へと投げ下ろされる。
上空数十メートルからの急落下。追撃のように打ち出された赤黒い槍の群れを錐揉みしながらデバイスで弾き、障壁で受け止め、対処する内に地表の民家へ叩き付けられた。
バリアジャケットを突き抜ける衝撃。
建築材が重低音と共に爆ぜる。
「ガァア、ぐっ」
「がっ……こ、これは不味いかも。影になる、とか、ネギ君の雷化も大概だけど反則過ぎでしょ」
崩れる家屋。ここが結界内であることに少なからず安堵し、額から垂れる鮮血を拭いながら脇で嘯くユーノに応える。
「ならお前が言ってやれよ、フェレットモドキ。もしかしたら、弱い僕達に同情して使わないでいてくれるかも知れないぞ」
「ぁいたた……だと良いんだけどね」
「王であるからな。存在そのものが反則じみたものだと、理解したか?」
「「!?」」
瓦礫を押し退け、立ち上がった二人の背後にディアーチェの姿。
驚愕に息を呑む暇すらなく、握られた十字の刃が光る杖先を槍のように操り、無数の突きが繰り出された。
「ラウンドシール……くぉおおっ!?」
デバイスに障壁貫通術式でも付与したのか、碧の障壁が一息の内に貫かれ、次の刹那でユーノの額を貫く瞬間、クロノが割って入りなんとか逸らす。
「ちぃぃいい!!」
杖を円を描くように捌き、連突を受け流す。瞬きの内に煌めく流星の如き刺突。捌く毎に周囲の瓦礫が余波で消し飛び、住宅街がいつの間にか穴だらけの廃墟に変貌した。
薄皮一枚先の空間が、抉り千切れる。
捌いたと言うのに肉が軋み、その余波でバリアジャケットが裂ける理不尽。
息も絶え絶え、限界に近い身体強化を施しながら紙一重の綱渡りを繰り広げるクロノに対し、ディアーチェにはまだまだ余力がある。
いや、
「そもそも近接戦闘に付き合っている時点で、我の戯れだと気付け」
ノータイムで少女の姿が掻き消えた。
「っ!?」
「させるかッ!!」
ユーノの気合。振り向けば、自陣加速によって加速した少年の障壁を纏った体当たりが、いつの間にか背後で杖を振りかぶるディアーチェを妨害している。
「ちっ」
突きを横凪ぎの一撃へ変化させ、ユーノを吹き飛ばす少女。蹴られた小石のように容易く弾かれた少年は、一戸建ての民家を三つ四つと貫通しながら轟音と共に瓦礫に消えた。
「ユーノ!! く、貴様……」
『僕はなんとか大丈夫。それより気を付けろ、クロノ。そいつ影の中を一瞬で移動できるみたいだ』
「!?」
影を媒介にした
「……これが、無理ゲーってやつか」
だが泣き言ばかり言ってはいられない。
なのはやフェイト、フィーの三人を心配しながらも、今は目の前の敵にどうにか喰らい付いていくしかなかった。
☆
苛立ちが、少女の胸裏に渦巻いていた。
拒絶されるかも知れない恐怖を呑み込み、紆余曲折あってなんとかユーノに会いに来たというのにこの状況だ。突然の結界魔法に、現れたネギの仇敵。相棒の過去が現在へと追い付き、世界規模の戦いが目前で繰り広げられている。
世界の秩序を司る管理局。
全ての魂の救済を謳う造物主。
激突する大河の如き巨大な流れに身を呑まれ、少女は戦いに身を投じている。
どうでもいい。兎に角、早く終わって欲しかった。
相棒の因縁よりも。世界の命運よりも。自己の恋慕の成就の方が圧倒的に重要なのだ、と。
それは何時だかの彼女を、壊れ行く世界よりも我が子の甦生を優先した大魔導師の姿を彷彿させる程。
闇の魔法による変異がいよいよ極まったか。自分はここまで自分勝手だったか、と疑問には思うものの、そう感じてしまうのだから仕方がない。
身体の奥で、欲望がのたうち回る。
少年に自分と言う醜い化け物を受け入れて欲しい。だが、こんな戦いの最中では落ち着いて話も出来ない。故に、世界がどうなろうと知ったことではないから早く終われ、と内心で呟く。
早く。早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く……だから、
「死ね」
思わず、人格の表に出ている相棒を差し置いて、呪詛を吐き出していた。
「ぁ、あれ? なんか機嫌悪い? でも残念、僕はそんなこと気にしないもんね!」
今はただ、この苛立ちを新たな使徒。目前で快活に笑う自分と同じ顔をした青髪の馬鹿へ叩き付ければ良いのだ。
『フィー?』
『……相棒。さっさと始末して、あのボスキャラを速攻で片付けちゃお』
『……そうだね。みんなが他の使徒の相手をしてくれてる今しかないか。これ以上、造物主に時間を与えたら不味い。最短で突き進む』
雷化する肉体。
術式兵装・雷天双壮。
相棒の奥の手の一つ。雷速近接戦闘を可能とする常時雷化は、世界全てを抜き去る。
稲妻が、空間を迸った。
☆
「……っ」
紅蓮に染まる砲火の檻。
その隙間を縫うように複雑な軌道で飛来する、灼熱を纏った誘導魔力弾。
一撃一撃が必殺の威力を秘めるそんな死線が、なのはのすぐ目の前を掠めていく。
桜に黄金、橙色に、鮮血じみた茜色。
空のキャンバスに引かれる複雑怪奇な魔力の残光が、戦闘の混沌具合を表していた。なのはとフェイト、アルフの三人はたった一騎の使徒、
このままではじり貧だと悟ったか、フェイトの使い魔であるアルフがその身を盾に二人へ時間を稼ぐ。
「頼んだよ、二人とも……」
灼熱の砲火を渾身のシールドで逸らし、吹き飛ばされるアルフ。錐揉みしながら地上へと墜ちる彼女へ、シュテルが手を翳した。
「先ずは一人」
「「!?」」
眼を見開いて驚きを露にする二人。地上に激突するかに見えたアルフが、その身を光の粒子と化して掻き消えたのだ。
同時になのは、そしてフェイトは悟る。あれが、異なる世界での話とはいえ地球全てを終わらせようとした魔法『完全なる世界』。永劫の停滞が支配する異界へと、肉体ごと相手を取り込む造物主の編み出した究極。
遅滞は刹那。
アルフが作り出した隙を無駄には出来ない。
「フェイトちゃん!」
「なのはっ!」
二人のデバイスに極大の魔力が猛る。
「全力全開」
「疾風迅雷」
……ブラストシュート
迸る極光。なのはと瓜二つの容姿をした少女、シュテルの瞳が僅かに開かれる。
直撃。
空間全てを埋め尽くさんばかりの暴威。桜と黄金の入り乱れる幻想的なそれは、例え防御に特化した高位魔導師ですら、巻き込まれれば只では済まないだろう。
つまり、
「……面倒ですね。やはり一人ずつ仕留めることにしましょうか」
敵は、オーバーSなんて格付けの遥か上を行く猛者だと言うことだ。
黒を基調としたバリアジャケットには、二人の中距離殲滅コンビネーション魔法が直撃したと言うのに傷一つ付いていない。なのはとは違うショートカットの頭髪を烈風に揺らし、淡々とした語りで物騒な事を呟いている。
「……っ」
息を呑んだ。
なのはは全力で戦っている。フェイトもアルフもだ。だと言うのに、目の前の敵に勝利する道が欠片も見えてこないのだ。
止まった砲火の嵐に呼吸を整え、態勢を立て直す。
シュテルは虚空に佇み、顎に手を当てて考え込んでいるようだった。
「いえ。やはり、ここは話し合いで解決するべきですね。文化的な生き物ならば、コミュニケーション能力を活用しない手はありません。と、言うことで私のオリジナルとフェイトさんとやら」
「「?」」
突然の言葉に、思わず首を傾げてしまう。
急に現れて突然戦闘に突入したのだ。急速に移り変わる状況に思考が完全に切り替わっていないところでの、この物言いだ。経験の少ない二人が、敵を前に警戒は解かずとも首を傾げて隙を見せてしまうのも無理はなかった。
「私たちの仲間になりませんか?」
「……何だと?」
「貴女達はなにも先を考えず、思考せず、管理局が正しく我々が悪だからと決めつけて戦っていませんか?」
シュテルは感情を窺わせぬ冷徹な瞳の奥に、確かな信念を込めて言う。
そんな彼女の行動に、なのはは立っている大地が崩れるような、自分と言う人間が進むべき道が途絶えてしまうような、どうしようもない不安に襲われた。
「知っているでしょうが……我が父は全世界に救済を与えようとしています。完全なる世界においては、不条理も、不平等も、人類が乗り越えられない問題の全てが解決されます。ぜひとも、貴女方にはこちら側で世界のために戦って欲しいものですが……っと」
対話を求めるシュテルの戯れ事に耳を傾けず、黄金の煌めきを虚空へ刻みフェイトのバルディッシュが振り抜かれる。
「仲間になれ。全て解決される、だと?」
稲妻を纏う大剣状態のデバイスを構え直し、金の少女は怒りを宿した視線で敵を見据える。
「母さんとの別れも、積み上げてきた絆も、何もかも無かったことにすることが、救済だとでも言うつもり!?」
フェイトの言葉は、なのはにも理解できた。
不条理も、不平等も、人生において立ち塞がる壁を全て取り除いた後に残るのは、なんの変鉄もない、ただ息をするだけの動物だ。永遠に楽しい夢に溺れるなど、死ぬことと何が違うのか、と。
だが、逆にこうも思う。
「それは、貴女方が強いから言えることです。世界には、どうしようもない絶望に魂を砕かれる弱者……いえ、恵まれなかった持たざる者達が数多に存在するのです。比較的文明の進んだ世界、治安の良い国で生まれ育った者には、想像も出来ないでしょうが」
「黙れっ!」
母との想い出を否定されたように感じたのだろうか。激昂を抑えるような低い声音で、フェイトの刃が虚空を駆ける。
衝突。
魔力刃と積層多重障壁。鉄と鉄を擦り会わせるような、甲高い魔法の悲鳴が火花と共に散る。
「弱き者は見捨てても構わないと?」
「お前とここで議論する気はないっ」
カートリッジがロードされ、排出される空薬莢と同時に膨れ上がるフェイトの魔力。
一際眩い魔力光が輝き、金の大剣が何重もの障壁を引き裂いた。
「っとと」
「ぁああああああ!!」
シュテルの黒を基調としたバリアジャケットの胸元が僅かに裂ける。それを好機と見たのか、フェイトは裂帛の気合と共に間合いを詰めて、
「駄目ですね。頭に血がのぼった状態では、私には届きません」
予め張られていた魔法の罠。バインドの網に、少女は全身を囚われてしまった。クロノのディレイドバインドと同系統の魔法だが、その強度が桁違いだ。
窮地に陥った親友を助けようと動こうとして、
「ナノハ。貴女はどう思っているのですか?」
藻掻くフェイトを素通りして、シュテルはなのはの目の前まで、障壁を破られた無防備な状態で中空を滑る。
「ぅ……」
「基となった貴女の記憶を、断片的ながら私も所持しています。優しい貴女ならば、私の言葉に賛同してくれると思うのですが? 敵を前に何時も言っているでしょう? 話を聞いて、と。さあ、どうなのですか?」
かたかた、と何故かレイジングハートを握る手が震えていた。
「漠然とではありますが、貴女も知っているでしょう。途上国では杜撰な衛生管理が原因で疫病が引き起こり、南と北に別れた地域紛争が他の国の利権によって拡大され、独裁的な指導者によって虐殺される者も……地球だけでも人の手に余る惨状です。次元世界では、その億倍の弱き者が涙を溢している事でしょう。そして、…………魔法などと言う凶器を手にして、己の暴走を恐れる心配も無くなりますよ?」
「っ!!?」
胸の奥を突かれたように痛みが走った。
この少女は、己の器を基として造られた使徒は、知っているのだ。なのはが魔法と出会い、あの大魔導師の最期を眼にしてから終ぞ拭い切れなかった不安の種を。
「わた、しは」
どうすれば良いのだろう。
造物主は世界を救うと言う。
その先に待つ停滞は、なのは達から見れば人類滅亡と同義なのかもしれない。だが、失意のどん底に膝を着く者からしたらどうか。それは救済と同義なのではないか。
「私は……」
「……もういいです」
「えっ」
なのはの言葉を遮るように、シュテルは溜め息を吐いた。
「やはりつまらないですね、貴女。器として選ばれたその魔力資質は素晴らしいものですが、それを御する意思が。優しさと甘さを履き違えている」
「ぇ、どういう……」
「何故、私のオリジナルが貴女なのか、少しばかり父を恨みたくなりますよ」
侮蔑の視線が、なのはを貫く。
「な、なにを……」
「そもそも、貴女は始まりからしてつまらないのですよ。『幸せな家庭はどれも同じように見えるが、不幸な家庭にはそれぞれの不幸の形がある』とは、ある書の冒頭ですが……的を射たものです」
大仰に頭を振るい、シュテルはなのはの周囲をゆっくりと回りながら続けた。
「フェイトさん。彼女は生い立ちからして、言っては悪いですが幸福とは言いがたいでしょう。フィーさんも同じく。そして彼の英雄、ネギ・スプリングフィールドもその過去には悲劇があります。若くして執務官となったクロノさんにも、並々ならぬ事情があると見受けられます。ですが……」
轟、と灼熱の魔力をデバイス・ルシフェリオンへと纏わせ、シュテルはもう一度鬱憤を吐き捨てるように虚空を薙ぐ。
バリアジャケット越しに、火傷しそうな炎の猛りを、そこに含まれる苛立ちを感じた気がした。
「貴女はなんですか? 両親共に壮健、大した悲劇もなくごくごく平凡な小学生として生きた小娘。そこはしょうがないでしょうが……優れた資質を持つことを知り、一つの事件を乗り越えた後、貴女はその身に宿る力への恐怖に駆られて、修練に励みましたね? 全くもってつまらぬ理由です。自身の内に確固たる信念が在るわけでもなく、ただ恐怖から逃れるためだけに積み上げた力は、決して貴女の恐怖を打ち消すことなど出来ないと言うのに」
「…………」
言葉が出なかった。
そんなことないと否定したいのに、心の何処か奥でシュテルの指摘が正しいと思ってしまう自分が居るのだ。
「そんな弱い意志で立ち向かわれても迷惑なんですよ。己の意思ではなく、管理局や英雄や友の意見に流されるその有り様。私のオリジナルとして、とても納得出来るものではありません。ならば、少なくとも邪魔をせず」
翳される手のひら。
己の存在を根底から否定する言葉に、思わず呆然としていたなのはは、そんなシュテルの動きを見ていることしか出来ない。
予感があった。
あの手のひらから放たれる魔法を受けたなら、なのははもう戻っては来れない。溺れるような幸福に身を呑まれ、永劫の停滞に取り込まれてしまう。そんな気がした。
「ぁ」
「消えなさい」
その、直前。
プラズマランサー。八条の閃光、稲妻を宿す魔力の槍が大気を穿つ。
「むっ」
一閃。
灼熱の業火に呑まれ、雷撃の槍が掻き消える。
だが、その動作によって生まれた極わずかな隙を貫くように、黄金の閃光が駆け抜ける。
「なのはに触れるなぁああ!!!」
そんな怒声が遅れて届く、音を遥か彼方へ置き去る超速度。
ほとんどレオタードとスパッツのみに見える程の、紙の如く薄い装甲。手足に光るフィンブレード以外は、もはや丸裸に近い。ソニックフォーム。それは圧倒的な機動性、運動性、攻撃速度の代わりに極限まで防御を薄くする不退転、少女の覚悟の現れだ。
「ふふ、いいですね」
紙一重で大剣の一閃を躱すシュテル。僅かに上がる口角。その頬に一条の線が刻まれ、微かな赤が飛び散る。
「ぉおおおおおおおお!!」
魔力に強化されたなのはの動体視力でも、影も追えぬ機動力と純粋な速力。シュテルを囲むように空間へ刻まれる黄金の軌跡。フィンブレードから溢れる魔力光の残滓と、大剣の煌めきが織り成す斬撃空間。
積層多重障壁を再展開仕切れぬシュテルは、その黄金の狂飆から逃れられない。
息もつかせぬ連撃。
秒間百撃を数える煌めきが全方位から襲い掛かり、その身を切り裂く。バリアジャケットが虚空に散り、紅い魔力の残滓と化して大気に漂う。だが、
「素晴らしい覚悟ではあります。ですが、純粋な速度で勝負するならば、雷速程度は用意してもらわなければ。超音速機動など、私達の次元なら対応できて当然ですよ?」
それだけだ。
シュテルの身を傷付けたのは最初の一撃のみ。その他の斬撃は服を僅かに裂いただけ。
甲高い衝突音。
背後から首筋を狙った黄金の一閃が、なのはのレイジングハートに酷似したシュテルのデバイスに受け止められた。
「っ!!?」
あっさりと防がれた驚愕に息を呑むフェイト。その次の刹那には、虚空を蹴ったシュテルの身体がその背後を取っている。
「かふっ」
すり抜け様に鳩尾へ入った膝の一撃に、肺から空気を吐き出す少女。なのはとは違い、シュテルは近接戦闘においても高次元の技能を有しているようだった。
くの字に折れ曲がったフェイトの背中へ、灼熱を纏ったシュテルの拳撃が叩き込まれる。
「ぁぐぅ……っ」
地表へ向けて墜ちる金の少女。そこへ追い討ちをかけるように、シュテルが杖を向けた。
展開される環状魔法陣。充填される灼熱の光球。なのはの十八番、ディバインバスターに酷似した砲撃魔法に炎熱属性が込められたその一射。
「フェイトちゃんっ!!」
血の気が引く。
駄目だ。あれの直撃を受ければ、フェイトは終わる。完全なる世界の夢へと叩き堕とされる。
なのはにはその瞬間、全てが理解出来た。
今から瞬間加速で割って入るには遅すぎることも。薄い装甲の上から拳撃を受けたフェイトが、あの一射を回避も防御も出来ないことも。
故に、思考が追い付くよりも先。反射的に身体が動く。抜き撃ち気味に放たれた速射砲撃が、シュテルの肉体を撃ち抜いていた。
迫る砲撃。その猛威を前に、シュテルは何故か回避も防御も取らず……
「ぇ?」
赤が噴き出る。
純粋魔力攻撃。非殺傷設定の筈の砲撃は、何故かシュテルの左半身を消し去っていた。
視界が歪む。
理解が出来ない。
ずるり、と消滅した半身からグロテスクに内臓が溢れ、鮮血と共に脳漿が虚空をさ迷う。
「ち、ちがっ……」
びくり、と痙攣して墜ちていくシュテルだった肉の塊。
全身から力が抜ける。
……嘘。私、人を
殺した。
脳が現実に追い付き、絶望が全身を犯す。
思考が停止する。白く漂白される視界。だが、その耳に慣れ親しんだ相棒の、
『……master!』
「……!?」
悲鳴じみたレイジングハートの警告。漂白され、忘我の中にあった思考が正気を取り戻すものの、既になのはは致命的な隙を晒した後だった。
「ほら、こんなにも容易く動揺する。つまり、貴女はその程度の餓鬼だと言うことですよ、ナノハ」
眼前、目と鼻の先に佇むシュテルの姿。
幻影魔法。
先程の光景の種を思考が理解するよりも先に、襟首を掴まれる。繰り出される灼熱の鉄拳が左頬に叩き込まれる。
「ぐっ」
途方もない衝撃と激痛。吹き飛ばされそうに仰け反る身体。だが、襟を掴まれている為、吹き飛び距離を取ることも出来ない。強烈な力で引き戻され、続く二打目が鳩尾を抉る。
「ぁぐぷっ……ごほっ」
喉の奥から何か熱いものが込み上げ、咳き込んだ拍子に鮮血が疎らに散った。
続け様の裏拳が右の頬を打ち抜き、そのまま虚空を錐揉みしながら弾き飛ばされる。
「が、ぁあ、うっ」
星が散り、捻れ狂う視界。その先で虚空から取り出したデバイスを構え、砲撃をチャージするシュテルの姿。
「終わりです」
飛びそうになる意識の中で、そんな冷徹な声音が響く。
……ぁあ、駄目だ
自分は終わる。
異界へ取り込まれ、永劫の停滞に微睡むことになる。
呆然とした思考の中、
「っ!!!」
絶叫と同時に割り込む黄金の閃光。
フェイトが、迫り来る灼熱からその身を呈してなのはを護ったのだ。
そんな事実と灼熱の熱波に、意識と頬を焼かれながら、少女の視界は白く染まった。
☆
ベルが鳴る。
何処とも知れぬ次元世界の、とある研究施設にて。
「おやおやおや……脳髄達が随分と慌てているようじゃないか」
と、白衣に身を包んだ男が嗤う。
巨大な情報端末の前に腰掛け、ディスプレイを開く。展開される空間モニターに映るのは、サウンドオンリーを意味する砂嵐のみ。
『 、 』
「はぁ、プランDをですかね? まぁ、私は言われたことを実行するのみですが、本当によろしいので? ……くふ、了解しました。直ちに実行しましょう」
短いやり取りの後、モニターは完全に沈黙した。
「……全く、雇われの身は辛いものだ。こんな悲劇を起こさなければならないなんて」
なんて、ニタニタと笑みを張り付けながら嘯く男は、端末の操作パネルに両手の十指を十秒ほど閃かせる。
そんな男の背後に、一人の女が現れる。
秘書のようなスカートスーツに身を包んだその女が、首を傾げて口を開く。
「どうかしたのですか、ドクター。何時になく愉しそうですが」
「愉しそうだなんて人聞きが悪いね。これから遥か遠くの世界において、悲劇が生まれると言うのに」
そうして、
「まあ、嘆くなら己の運の悪さ。世界とやらが定めた因果の環を恨みたまえよ」
なんて最後に呟き、男は静かに最後のキーを叩くのだった。
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