第九十七管理外世界・地球からの脱出後、次元空間に停泊するアースラの食堂にて。
「……」
家族が、生まれ育った世界が目の前で消え去り、意気消沈したなのはを慰める余裕は、フィーにはなかった。
圧倒的な戦力差に終始蹂躙され、屈辱的な撤退を強いられた先の戦闘。姉であるフェイトは『完全なる世界』に囚われ、終いには地球という世界を丸ごと異次元へと封じる冗談みたいな魔法によって、すべてが消えてしまった。
何から何までこちらの完全敗北と言わざるを得ない。
みすみすフェイトが囚われるのを見ていることしか出来なかった自分に、苛立ちすら感じた。
「…………」
誰もかれもが慌ただしく動き回っていた。
リンディ達アースラの乗組員はアルカンシェルの管制システムをハックされた責任問題、造物主による次元規模の大魔法、今後の対策等々、本局との通信で忙がしいようだ。
精神的にも肉体的にも疲弊していたなのはは、フィーが無理矢理にも個室のベッドで休むように寝かし付けた。はじめは疲れてないなんて意地を張っていたが、今は昏々と眠り続けている。
相棒であるネギは、精神世界の奥底で何かを練り上げているようだった。造物主との戦いに備え、何らかの術式を組んでいるのか、或いはアルカンシェルが放たれる寸前に発動しようとしていたナニカの調整中か。
そして、
「フィー、大丈夫かい?」
もう一人の相棒であるユーノは疲れを残しながらもまだまだ余裕そうだった。
「……大丈夫。ま、かなり危なかったけどね~」
アースラの食堂。テーブル席の一画に腰を下ろしていたフィーは、対面に座ったユーノが差し出すホットミルクが注がれたマグカップをぼんやりと見つめ、ありがとう、と呟いて受け取った。
一口、口に含んだ温かいミルク。知らず知らずに疲れが溜まっていたのだろう。ほのかな甘味が身体に染み渡り、疲労を解きほぐしてくれるようだった。
「……ゆーのんは、大丈夫なの? あの黒羽っ娘はけっこう強かったでしょ」
「いやー、正直言って死ぬかと思ったよ。クロノと共闘してギリギリ守りに徹した感じかな。……相手も本気って訳じゃなかったみたいだし」
そう苦笑しながら、もう片手に握っていたマグカップを傾けるユーノ。
「……」
「……」
しばらく続く、無言の時。
響くのはミルクを啜る微かな音だけだ。
いつになく、目の前の少年が近く感じた。
そんな心地好い静寂に身を預けながらふと、フィーは久し振りに少年と二人きりになったな、と思う。遺跡発掘や事件で背を合わせて戦うのとは違う。ゆっくりと、こうしてマグカップを傾ける静かな時間。
今かな、と思う。
拒絶されたら正気でいられる自信はない。けれど何時かは目前の少年へ、外法によって変質した己の身体について打ち明けなければならないと思っていたのだ。
何時、事態が急変するか分からない。
今この次の瞬間にも造物主の襲撃によって戦闘が開始されるなんてことも、あり得ないとは言えないのだから。
だから、今この時に、と。
「あの、さ、ゆーのん。わたし……」
「フィー」
重苦しく口を開いた少女の言葉を遮るように、ユーノはミルクを飲み干すと椅子から立ち上がった。
「?」
「大事件の最中だからって、急いで言う必要はないよ。僕は待ってるし、フィーがどんな隠し事してても受け入れるつもりだ」
「……ゆーのん」
ユーノが自分の隠し事を知りたがっているのは、随分前から察していた。けれど、その度に拒絶されることが恐くて、ずっと後回しにしてきたのだ。
「この事件が解決すれば、暫くはゆっくり出来るだろうしさ。フィーと遺跡巡りでもしながら、頃合いを見て教えてくれればいいよ」
知りたいと思う気持ちよりも、フィーの心を慮ってくれる少年の心遣いに、思わず頬が緩む。そんな頬を引き締め、
「……ありがと」
と、小さく応える。
「さて、そろそろ状況を聞きに行こうか?」
なんて言葉に頷き、フィー達は食堂を後にした。
待ち受けるは、もはや神に等しい力を手中にした造物主。
敵は今までにないほど強大。
だけれど相棒が隣に居るのだ。
必ずフェイトを、家族を取り戻しユーノといっしょに遺跡を巡る。邪魔する奴は、
……八つ裂きだ
思考が物騒な方向に歪んでいる事に気付きもせず、フィーは今後の闘いに思いを馳せるのだった。
☆
気付けば、白い空間になのはは佇んでいた。
何もかも、意識すら漂白されそうな果てなき地平。一瞬、自分は死んでしまったのかと錯覚してしまうほど、そこには何もなかった。
自分はフィーに無理矢理ベッドへ連れていかれ、寝かされた筈だ。
つまりこれは夢。それも明晰夢と言うやつだろうか。
混乱が収まれば、沸々と湧き出てくるようについ先ほどの光景が脳裏に蘇った。モニター越しにアルカンシェルの弾殻を握り潰す造物主の威容と、そして、掻き消えた地球の反応……
「……………………みんな、」
消えてしまった。
お父さんも、お母さんも、お兄さんも、お姉ちゃんも、アリサちゃんも、すずかちゃんも…………楽園という夢へ堕ちた。
このまま造物主が世界を閉じ続ければ、再会することは二度とない。仮に完全なる世界へ取り込まれたとしても、出会うのはなのはの頭の中にある記憶から構成された夢、偽物だ。
「…………でも」
世界中で明日も知れぬ生活を強いられていた者からすれば、夢の世界で永遠に楽しく過ごせるのは天国なのだろう、とも思う。
不条理に涙する何億もの人々、次元世界全土を含めれば、それこそ無限に等しい人々の幸福。果たして、そんな幸福を自分の我儘なんかで壊していいのだろうか。
「、………………」
ぐるぐると空回りする思考。
どうすればいいだろう。
楽しかったのだ。教室でみんなと受ける授業、他愛もない会話、平穏な生活……
けれど、自分の幸福……我儘と、無数の人々の幸福な夢。どちらが重いかなんて、単純に並べたなら比べるまでもない。
世界よりも自分を優先するなど、悪以外の何物でもないではないか。
……英雄なんて言葉は、自分勝手に突き進んだ先にあるものだ
ふいに、彼の英雄が自嘲するように言った言葉が脳裏に過った。
「…………、」
分かってる。
こんなのは馬鹿な選択だ。
現状を理解してない、子供の駄々だ。
こんなのいや、あんなのいや、偽物じゃなくて、本物じゃなきゃいやだ。
けれど、それが自分の思いなのだ、と。
「……そっか」
いつの間にか握り締めていた両手を解して持ち上げる。
何もない手のひら。だけれど、そこには自分を元に造られた使徒、シュテルに糾弾され、動揺してしまった魔法の力がある。魔導と言う、簡単に人を殺せてしまう強大な暴力が。
人一人を、街一つをいとも容易く消し去ってしまえる力。なのはには大きすぎて、制御する事だけを考えていた暴力。それが、こんなにも頼り無く思える日が来るとは思わなかった。
「…………足りない」
この程度では、足りない。
自分の我儘を世界よりも優先させる、そんな
自分の無力に嘆いた時、何もなかった白い世界に変化が訪れる。
「…………?」
それは、巨大な南京錠のようだった。
なのはの身体よりも何倍も大きく、機械的な機構が各所に垣間見れる頑強な封印。そこから、声が響く。
『機構隠蔽終了、解凍終了、異常無し』
『決戦術式・リミットブレイク、起動しますか?』
『Y/N……』
それは、何時からかなのはのリンカーコアに書き込まれた、極限へ至る一つの道標だった。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました( ̄▽ ̄)
意外にも以前の作品を覚えている方もいらっしゃったようで、私としてはうれしい限りです。残念ながら、このEpisodeⅤにて残弾はすべて撃ち尽くしてしまいました。自サイトにてある程度の書き溜めが出来次第の更新となりますので、少し時間が空くことをお許しください……
……ウィザーズブレインの新刊が、、、、破滅の星・下巻が発売されるまでには何とか更新を……
今後も活報告代わりにTwitterで呟いていくので、気になる方はチェックお願いします ⇒ https://twitter.com/AiueoNoKatudo
それでは、また次回にお会いしましょうm(__)m