「……ナカジマか? ……ああ、逃げられた。何を大声で驚いている。追撃部隊の指揮はアルピーノに…………そうだ。ダメージは与えたが油断するな、なかなかに手強い。深追いはしなくていい」
念話を打ち切り、ゼストは少女の消えた地面を見下ろした。
「……奴がそう簡単に捕まるとは思えんがな」
気怠げにそう呟き、デバイスを持ち上げる。先端の刃はボロボロ、柄には至る所に深い亀裂が走り、強く握るだけで砕けてしまいそうだ。
元々、ゼストのような高ランク魔導師の全力戦闘に、量産品の性能と強度でついてこれるとは思っていなかった。だが、まさか一度の戦闘でここまで消耗してしまうとは。
「……世界は広い、と言うことか。この年で思い知らされるとはな」
部隊の予算を考え、どうしても高価になってしまうオーダーメイド品を使うことを避けていたゼストだったが、これからはそうも言っていられないだろう。
……まさか、この俺が逃げ切られるとは
或いは、これは警告なのかも知れない。武器の性能によって部下の命を危険にさらすなどあってはならない、と。
大きく息を吐き、ゼストは頭を振るった。
するとその時、視界の端に何かが映る。よく見れば、それは少女が戦闘前まで背負っていたリュックサックだった。自分と対峙し、回収する暇がなかったのだろう。
手に取りながら、ふと思う。
あのナカジマとの戦闘中に垣間見た少女の目的、自分との戦いの中で見せた、強い信念を感じさせる瞳……願わくば、数多の次元に犇めく汚くも美しい世界の中で、その瞳を曇らせることなく進んで欲しい、と。
かつて男が友と共に志した、次元世界全てにより良い平和を築くという、青臭い夢。いつの間にか現実の壁を前に、一つの部隊を預かる者として、そして管理局の英雄としての責務に埋もれてしまった。
果たして、自分の夢は何時から……
「……少しばかり、鍛え直すか」
☆
「あだっ……いだだだだっ…………な、なんか節々が痛すぎるんだけど!?」
なんて少女の悲痛な叫びが、とある街の路地裏に響いた。
何十カ所もの転移によって追跡を攪乱。ようやく一息吐いた頃には、既に真夜中に差し掛かっていた。
『いや~、今回は本当に危なかった。綱渡りもいいところだよ』
ハハハ、と半ば自棄気味なネギの乾いた笑いを脳裏に、フィーはヨロヨロと壁に背を預けて座り込んだ。
「うぅ、もう魔力空っぽ。ネギの治癒魔法は使えないんだよね?」
『フィーの魔力が空なんじゃ、僕もなにも出来ないよ。回復するまで、悪いけど堪えてね』
そう返すネギの声も弱々しい。もう人格の表に出てくるだけの余力すらないのだ。
そこまで頑張ってくれたのだ、相棒は。
「……まあ、あんな強いオジサンから逃げられただけでももうけもんだよね。服もボロボロで血だらけだし。早くジャージを買い換えて……ッ!!!!!」
綱渡りの末、僅かな可能性を掴み取った今回の大立ち回り。やっと逃げ切れたのだと実感がわいてきた少女は、あることに気付き思わず、カッ、と目を見開く。
なんてことだ。どういうことだ。そうなのか。世界はこんな筈じゃなかったことで一杯なんだ。
『どうかしたかい?』
「リュックっ!!! お金が詰まった、わたしたちのゼンザイサンが詰まったリュックサックがぁぁああ」
痛む身体を動かしてまで、フィーは頭を抱えて悲痛な嘆きをこぼす。今まで稼いだお金が全て、水の泡になってしまったのだ。
『ぁ……ぁあ、うん、まぁ、こういうときもあるって。運が悪かったって諦めるしかないよ』
「ぅぅぅう~……ぁ、そういえばポケットに」
呟き、ジャージのズボンを探ると、出てきたのはグシャグシャになったミッドドル紙幣が数枚。
「よ、よかった。これで服と今日明日分ぐらいのご飯はなんとか……」
そんな涙交じりの安堵の声が、夜の帳に響いて消えた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
意外にリメイク前を覚えて下さった方がいたようで、作者としては嬉しい限りです。今回こそは完結まで行きたいと思いますので、長い目でお付き合いいただければとm(__)m
「EpisodeⅠ 英雄神話」は今回で完結。少々お時間をいただいて、19/07/08(月)から「EpisodeⅡ 因果改竄」をスタートします。どうぞよろしくお願いします!
それではこのへんで(^_^)/