リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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EpisodeⅡ 因果改竄
プロローグ


 

 

 玄関から一歩外に出ると、世界は一面の銀世界だった。

 

 プレシア・テスタロッサは白い息を小さく吐き、心地よい冷気にしばしの間、身を任せた。

 

 厚手の防寒着の上から、膨らみの目立ち始めたお腹をそっと撫でる。

 

 ここ最近は仕事を休み、家から一歩も出ない日々が続いていた。朝から晩までソファーに座り、お腹の子供に歌を歌って聴かせる。予定通りなら一カ月後。医者の話では女の子だそうだ。

 

 あの人と相談して、名前はアリシアに決めた。『高貴な』と言う意味のその名を、この子が気に入ってくれれば良いのだが。

 

「……ぁ」

 

 遥か彼方の夜空の向こうに流れ星の煌めきを見つけ、小さく息を零す。

 

 流れ星に心の中で三度願うとその願いは叶う、なんて迷信を思い出して苦笑する。

 

 願い。叶うことならば、こんな幸せが永遠に続いて欲しいと思う。まだ見ぬ我が子と、私とあの人。三人で何時までも暮らしていけたなら、これ以上の喜びは無いだろう。……けれど同時に、永遠に変わらないものなどないと、プレシアはわかっていた。

 

 人は老いる。何時かは巣立ちの時がくる。ならば自分に出来ることは、その巣立ちの時まで我が子を護り抜き、育むことだ。そう、自分は一児の母になるのだから。

 

 そう意気込むと、プレシアの脳裏に、 

 

  ……私は良い母親にはなれないかも知れない

 

 なんて考えが浮かぶ。

 

 魔導工学の研究者として確かな実力を持つプレシアの生活は、日々多忙を極める。そんな自分に子育てがまともに出来るのだろうか。育児と研究の両立が本当に可能だろうか。

 

 不安が一瞬、頭を過ぎる。

 

「……あら」

 

 ふと、足元に温もりを感じた。

 

 見れば、飼い猫のリニスが慰めるように、プレシアへと頭を擦り付けていた。

 

「ふふ。ごめんなさいね、リニス。家に戻りましょうか」

 

 きっと、この子は辛い思いをするだろう。辛くない人生なんて、ありはしないのだから。

 

 それでも、自分はこの子に世界を見せてあげたい。

 

 幾つもの悲しみや絶望と、そして無数の輝きに満ちたこの世界を……

 

「ぁ……」

 

 早く外に出たいと催促するように、お腹の子が動くのがわかった。

 

 プレシアの口元に優しい笑みが浮かぶ。

 

 お腹の中の小さな命を愛おしむように、もう一度そっと撫でる。

 

 人生とは選択の連続。傷つき、倒れ、時には絶望することもあるだろう。

 

「それでも……」

 

 プレシアは祈るように目を閉じた。

 

 ……貴女の人生にどうか、たくさんの輝きがありますように

 

 それは、ある雪の日の一幕。

 

 己の命を全て懸けてでも、必ずや我が子を護ってみせる。だからどうか、幸せを掴み取って欲しいという、願い。

 

 ただ一人の母親が、誰にともなく心の奥底で立てた誓いだった。

 

 

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