リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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第一話

 

 

 

「お母さん……」

 

 そんな呟きが、ふいに唇から零れ出た。

 

 錆と埃の臭いが漂う、機械がぎっしり詰まった闇の中。十歳に満たぬ幼い身体を器用に折り畳み、胸にノート型の端末を抱えたまま、紅い眼差しが頭上を見上げる。

 

 ここはとある次元世界の一つ。遥か太古に科学技術が栄え、今は無人と化した名も無き管理外世界に聳える軌道エレベーター。その内部に侵入し、ふと見上げた外壁の割れ目の向こうに、フィーは見つけてしまったのだ。

 

 お手製の暗視ゴーグルを外してもはっきりと見える、双子の星。薄闇を柔らかく照らす月光の煌めき。

 

 第一管理世界ミッドチルダ辺境の地下闘技場での一件から、早半年。母親を探していたはずの少女が、何故こんな古びた機械と油と積もり積もった埃が犇めく闇の中に居るんだったか……

 

「って、なに考えてんだか。遺跡発掘でがっぽり儲けて、ついでにお母さんの手掛かりをげっとするためだっての」

 

 ゴーグルをしっかり装着。フィーは軽く自分の頭を小突いた。

 

 相変わらずのピンクジャージにサンダル。まくり上げたジャージの袖から顔を覗かせる鈍色の手甲が、月光に照らされ鈍く輝く。

 

『……フィー、さっきから独り言を呟いてどうしたんだい?』

 

「っうひゃぁあ!?」

 

 脳裏に突然響いた相棒の声に驚き、危うく端末を闇の中へ取り落としそうになる。

 

「も、もう、ネギ! びっくりするじゃんっ」

 

『あ~、ごめんごめん。……っと、それよりもその端末から中枢にアクセスできる筈だよ』

 

「む~、りょーかい……」

 

 頬を膨らませながらも、胸に抱くノート型端末を起動。

 

 珍妙なロゴマークを画面に表示させて、暗黒の中に光が灯った。そして接続用のケーブルを背中のリュックから取り出し、端末のソケットへと差し込んだ。

 

 ネギとの事前調査によると、これが遺跡の中枢コンピューターらしい。

 

 遥かな時の流れ。千年以上もの間、活動を停止していたそれがアクセスと共に息を吹き返すように鳴動した。

 

「さっすが相棒っ、狙ったとおりじゃん」

 

『ま、まあね。僕としてはここまで狙い通りだと、逆に不気味なんだけど……』

 

「ふふふんっ、こんな事もあるってば! さ~て、ちゃっちゃとやっちゃいますかね~お宝おたから~っと」

 

 遺跡内部に蓄積されたデータを解析。幾つもの情報がフィーの端末へ流れ込み、無数のウィンドウが表示されては消えていく。

 

『うん。プログラムに問題はないね。構造から大凡の年代を推測して、あらかじめ適合するものを用意しておいて良かったよ』

 

「そうそう。さっすが遺跡オタクゆーのんのアドバイスだよ……と?」

 

 と、映し出されていくデータの一つに、フィーの目は釘付けにされた。

 

「これって……管理衛星とのコンタクト回線……アクセス方法、だよね?」

 

 解析したデータによると、この管理外世界の人々は世界と世界との狭間、宇宙空間とは「高さ」の異なる「外」たる無限の次元空間を調査するため、幾万幾億幾兆の小型探査機を飛ばしていたようだ。そして、その無数の探査機の管制を一手に引き受ける人工衛星は千年以上経過した今現在でも、この惑星の周囲を彷徨っているらしい。

 

 思わず、息を呑んだ。

 

「ね、ネギ。もしかして、もしかすると、これって…………わたしがずっと探してたやつなんじゃない?」

 

『今のままじゃ、なんとも言えない。回線はまだ使えそうかい?』

 

 そんな言葉にフィーはゴーグル越しに画面を睨みつけ、カカカとキーボードの上で指を踊らせた。

 

「ん~……接続は切られてるけど。なんとか復活させて、アクセスコードを割り出して……わたしの端末で繋げられれば……」

 

『僕たちも利用できるってことだね』

 

 頷く。

 

 フィーのオリジナルであるアリシア。その母であるプレシアが技術者であったためか、この半年で思った以上に馴染んだ端末の上で、少女の指は小気味良いリズムを刻む。

 

 暗闇に打鍵音が木霊すること十数分。

 

 ……管理衛星『アドヴェンチャ』へのアクセス承認。次元探査再開

 

 画面にそう表示された。

 

 よしっ、とガッツポーズ。

 

「やった! ついに……ついに、お母さんへの道が見えた!!」

 

『これは、……ズゴイ。すごい発見だよ、フィー! これを使えば理論上、次元空間を漂う探査機を通じて時空管理局で不可能な広大な次元探査できる筈だよ!』

 

「よーしっ! 先ずは小手調べに、この世界の近くに何があるか調べてみよーかなっ」

 

 この世界の座標自体、ミッドチルダから次元航行艦船で片道約一カ月。転移中継ポートでも設置しない限り誰も訪れないだろう辺境も辺境のド辺境世界なのである。普通の船のレーダー程度の探査範囲では何も調査できない。

 

 しかし、流石は超科学文明の栄えた時代。次々と探査結果がフィーのノート端末へ送信されてくる。

 

「おぉ~ここから半月は掛かるとこに管理局の艦艇で、……あ、こっちは民間船かな?」

 

 調子に乗って興奮気味だったフィーとネギは、遺跡の鳴動が最初よりも大きくなっていることに気付くのが遅れてしまった。

 

「探査対象の大きさも指定できるし、他にもいろいろできそう」

 

『いや~、流石は古代文明の遺産! ロストロギアに片足突っ込んでるね。……どうする?』

 

 ロストロギアは管理局に保管してもらうのが常だ。しかし、フィーは当たり前のように首を横に振る。

 

「どうするもこうするも、わたしたちが有意義に利用させてもらうに決まってるじゃん! 別に世界を滅ぼす超危険物とかじゃないんだしさ」

 

『それもそうか、バレなきゃ問題なしだ』

 

 そのとき、画面にもう一つ次元空間を漂う物体の形状が追加された。今度のは管理局の艦艇すら比べ物にならないほど大きい構造物だ。フィーは目を丸くした。何故なら、その形状が見知ったものだったからだ。

 

「これって、スクライアの……」

 

 言い掛け、違和感をようやく察知する。

 

 鼻を突く異臭。

 

 いつの間にか、焦げ臭い空気が辺りに充満していた。

 

『っ!? 脱出!!』

 

 ネギの叫び。

 

 それよりも先にフィーは動いていた。中枢コンピューターへ接続するためのケーブルを引っこ抜き、端末をリュックへ。慌てて機械が詰まった闇の中を暗視ゴーグルと身体強化魔法、バリアジャケットの強度を頼りに突き進む。

 

 あちこちから轟く爆発音。

 

 ……千年以上だもんね

 

 若干、現実逃避気味にそう思ったフィーだが、生き残るために手足は必死で動かす。

 

 そして……崩壊が始まった。

 

「きゃぁぁあああ!!!? ねぇぎぃぃ、まほう! てんいてんい、いや、そんなひまない、しょぅへきはってぇぇえええーっっっ!!!!!」

 

『えっ、ぇぇぇぇぇえ!!!? ば、ばぁぁぁありぃえぇぇーすぅぅぅまきぃしぃまーっっっ』

 

 フィーとネギ。二人で一人、二人三脚の冒険は、ここで幕を閉じ……

 

「『閉じない!!!』」

 

 

 

 

 

 

「コ、コンカイばっかりは、本気で死ぬかと思った……」

 

『危機一髪だったね……』

 

 ピンクのジャージをズタボロにした赤毛の少女は、手製の暗視ゴーグルを外して放り投げると、シートに腰掛けた。

 

 大人が三人入るか入らないかの、それほど広くはないスペース。ここはフィーの住処兼移動手段、小型次元航行船『デメキング号(管理局へ未登録)』の一室、操縦室だった。

 

 積み上げられた端末やら書類、食べかけのお菓子やらが散乱しているのはご愛嬌と言ったところか。

 

「でも、それだけの価値はあったよ」

 

 小型のノート端末をデメキング号の端末へ接続し、衛星とのコンタクトに必要なデータを送る。これで船から探査機の情報を得ることが出来る。

 

『時の庭園だったっけ? その……フィーのお母さんが住んでるって場所は』

 

「うん。次元航行も出来る、巨大建造物……要塞らしいよ。でも、調べてわかったのはそこまで。どこに行ったのかまではわからなかったんだけど」

 

『探査機で次元空間の超々広範囲を隈無く調べれば、時間は掛かるかも知れないけど、見つけられる……筈だね』

 

 ネギの言葉に頷き、端末へコマンドを打ち込んだ。今まで調べてきた『時の庭園』の情報をもとに管理衛星『アドヴェンチャ』へ次元探査を命令。ほどなくして、ロストロギア級の超々広範囲次元探査が開始されるだろう。

 

 あとは待つだけ。そう思い、フィーは背筋を伸ばした。

 

『……そういえば、逃げ出す直前に何か言ってなかった?』

 

「ぅん? ……あ、そうだった。ここから何時間か行った座標にスクライアの都市が来てるんだった。挨拶ついでに食べ物とか買い溜めしに行こうっと」

 

 次元の海を行く者や、遺跡の発掘に携わった者なら一度は誰でも耳にしたことがあるだろう、スクライアの移動都市。その航路の近くに、フィーとネギは図らずとも差し掛かっていたのだ。

 

 ……そう言えば、アイツはどうしてるかな。それに、この船を譲ってくれた親方さんも

 

 最後によったのはもう三ヶ月も前のことだ。

 

 フィーは進路をスクライアの都市へと向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 次元の海に浮かぶ巨大な街。それがスクライア一族が誇る移動都市である。

 

 底の深いお椀に似たその上部は雑多に積み重ねられた建造物が犇めいている。

 

 そんな町並みの上を巨大な金魚に似たボディーのデメキング号が通過していく。

 

『相変わらず、凄い街だね』

 

「この街自体が丸ごと遺跡なんだもんね……っと、港はあっちだっけ?」

 

 うろ覚えな記憶を頼りにデメキング号を港へと向かわせるフィー。すると、そんな機体の横を併走するように巨大な輸送艦が接近してきた。

 

 同時に通信が入る。

 

「あ、カールおじさん!?」

 

『久しぶりだなフィーの嬢ちゃん』

 

 モニターに映るのは灰色の髪をオールバックに撫でつけた初老の男性。

 

 彼は併走する輸送艦の艦長であり、フィーたちが半年前に随分と世話になった人物だった。

 

「お久しぶりですっ」

 

 元気そうなカールの姿に嬉しくなり、画面に向かってブイサイン。

 

 母親を探して当てもなく次元の海へと飛び出そうとしたはいいものの、戸籍も何もないフィーには次元移動の手段も臨行次元航行船に乗る資格もなく、途方に暮れていた。そんな少女がたまたま出会ったのが、スクライア一族の輸送艦を取り仕切るカール艦長なのである。

 

 と、画面の向こうで男に声が掛けられた。

 

『誰と話してるアルカ、カール?』

 

 独特の訛りを有した、幼い少女の声。

 

 両脇で括られ、肩口まで垂れる淡黄色の髪。小麦色に日焼けした肌。七、八歳程だろうか、立ち襟で裾に深いスリットの入った黒い民族衣装に身を包んだ少女が、通信画面の向こうに姿を現す。

 

『ん? おお、ちょっとした知り合いでな』

 

 少女に返事をして、カールは振り返った。

 

『紹介しよう、この子はフェイ。まぁ、お前たちと似たようなもんだ』

 

 フィーは目を丸くすると、意地悪そうに笑みを浮かべた。

 

「もう、また気に入ったからって密航ですか? 気を付けて下さいよね! 管理局にバレたら逮捕されちゃいますよ~」

 

 どうにもカールには子供がいたらしいのだが、訳あって今は居ないらしい。詳しい事情をフィーは知らなかったが、それ以来、困った顔をしている子供を見捨てられないんだとか。

 

『がははは、バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。まあなんだ、タイミングが悪かったな。もう少し早く来てりゃ飯でも奢ってやったんだが、今からちょうど出るところなんだよ。ま、次会ったときにでも飯食おうや。それじゃあ、元気でな』

 

「わっかりましたっ! それじゃ、また」

 

 豪快に笑うカールに威勢良く返事をして、フィーはビシッと見よう見まねの敬礼をした。

 

 通信の切れる瞬間、フェイと呼ばれた少女と目が合った気がした。どこかですれ違った事でもあっただろうか、どことなく既視感を覚えるものの、記憶にはない。

 

『……まさかね』

 

 なんて、相棒の呟きが聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 小型の次元航行船が入港してくる姿をスクライア一族の少年、ユーノ・スクライアは眺めていた。

 

「あの船は……」

 

 巨大化した金魚のような特徴的な外装に、ユーノは見覚えがあった。三ヶ月ほど前にこの街から飛び出していった一人の少女。一つの身体に二つの心を持つ、ジャージ姿の赤毛が頭に浮かんだ。

 

「ありゃ、俺の自信作『デメキング号』じゃねぇか。あのガキ、久々に帰って来やがったな」

 

「あ、親方さん」

 

 腰に手を当て、船を見上げるつなぎ姿の男が背後の工房から歩み出てくる。

 

「おう、ユーノ。いや、発掘隊のリーダー殿と呼んだ方がいいか~?」

 

「からかわないで下さいよ。僕なんてまだまだです」

 

 意地悪そうな親方の言葉に苦笑を返し、ユーノはもう一度、船を見上げた。

 

 と言っても、親方の言葉に間違いはない。つい先日、少年はその知識と実力でもって、最年少ながら一つの発掘隊のチームリーダーに抜擢されたのだ。

 

「わりぃわりぃ、発掘隊の船はもうちょい調整に時間が掛かりそうだ。アイツらに挨拶でもしてきたらどうだ?」

 

「……そうですね」

 

 最後に見たフィーの笑顔。そして、熱く考古学について語り合ったネギを思い出し、ユーノは無意識に笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 両手首にはめられた鈍色のブレスレットが発光。

 

「あっ、ゆーのん久しぶり~」

 

 そんな気安い掛け声と共に、一瞬にして手甲に包まれた拳がユーノの顔面に突き出された。

 

 咄嗟に障壁を展開。

 

 防御力に自信のある自分のシールドが悲鳴のような軋みを上げる。重い手応えが鈍い衝突音と共に手のひらに残った。

 

 ……また威力上がってるし。じゃなくて、ぁあ、帰ってきたんだな

 

 頭に乗っかる大きな暗視ゴーグルと後ろで一纏めにした赤毛。気の強そうな紅い瞳とゴーグルの隙間から飛び出した特徴的なアホ毛に、ユーノはそんなことを思った。

 

「って、何すんだよ、フィー!!? 危うく頭が潰れたトマト的なことになるところだったよ!!?? あと、僕の名前はユーノ! ゆーのんじゃなくて、ユーノだから!!」

 

 そこまで一息に叫んだ少年は、はたと気づいた。どうにも自分はこの少女が相手だとペースを掻き乱されてしまうらしい。

 

 それが不快、と言うわけでもないのだから、フィーはズルい。

 

「あはは、ごめんごめん、ゆーのん」

 

「はぁ……もういいよ」

 

 そう。フィーはずっととこんな感じだった。

 

 ……記憶って美化されるんだな~

 

 ユーノとフィーの挨拶(?)が一通り終わると、親方がニヤリと笑みを浮かべて少女に言葉を投げ掛けた。

 

「相変わらずだな、おめぇは」

 

「あ、親方さん! お久しぶりですっ」

 

 ビシッと敬礼モドキを向けるフィー。すると次の瞬間、ぺこりと少女が頭を下げる。いきなり雰囲気が変わり、心なしかアホ毛が垂れてなくなった。

 

「お久しぶりです。船の件ではお世話になりました。これ、つまらないものですが……」

 

 お菓子の詰め合わせが何処からともなく現れ、親方の目の前で浮遊する。

 

「おう、ネギか。わざわざわりぃな」

 

 そして少年に向き直り、

 

「久しぶり、ユーノ君。いきなり殴りかかってごめんね。僕は止めたんだけどフィーが言うこと聞かなくて」

 

 苦笑するネギ。そんな少女にユーノも頭を掻きながら苦笑を返した。

 

「いいよいいよ。おかげで、君たちが帰ってきたんだって実感できたから。今回はどのくらいこの街に滞在するの?」

 

「そうだね……」

 

 顎に手を添え、少女はしばらく考えて。

 

「フィーの探し物の目処がようやくつきそうなんだ。多分一、二週間くらいかな?」

 

「……そっか」

 

 発掘の終了は最短でも二週間、遅いとどれだけかかるか分からない。この不思議な友人とは、この後会えるか微妙なところだった。

 

「この後、すぐに発掘隊の仕事で出るんだ」

 

「え? ユーノ君って、発掘隊に入ってたっけ? まあ実力は十分だろうけど」

 

「ついこの前に、ね。その……リーダーに」

 

 少年の言葉に一瞬目を見開くと、少女は一人深く頷く。

 

「そっか。ゆーのんなら、なっても可笑しくないよね。いや~、あんなに遺跡オタクだったゆーのんも、これで思いっ切り発掘に打ち込めるってことじゃん。よかったよかった」

 

 微笑む少女の唇が、柔らかく浮かび上がるのをユーノは目にした。

 

「あ、ありがと」

 

 そう言い返しながらも、思わず自分の鼓動が高鳴るのを止められなかった。

 

 両親の顔も知らず、スクライアに拾われて幾星霜。ユーノの周りには年上しか居なかった。そんなときにひょいと顔を出した少女は、少年にとって初めての同年代の友達だったのだ。この鼓動の高鳴りが親愛の情からくるものなのか、それとも別のものなのか、ユーノには判断できなかった。

 

 ……ぅん?

 

 ほんの少し、感じる違和感。

 

 ……ゆーのん?

 

「って、フィー!? いつの間にかわったの!?」

 

「あははー、照れてるのゆーのん? 顔が赤いよ?」

 

「う、うるさいなっ、からかうなよっ」

 

 散々からかわれたユーノは船の整備が完了すると共に、発掘現場の次元世界へと飛び立っていった。

 

 肩に感じていたリーダーとしての責任が、少女との再会で少しだけ軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

「ゆーのんも親方さんも元気そうでよかった~」

 

『ふふ、そうだね』

 

 相棒とそんなやり取りを交わしながら、フィーは目的の店を目指して歩いていた。

 

 程なくして少女は『ラッキーセブン』というスクライア一族が経営する宿に到着した。

 

「こんにちは」

 

 木製の扉を気軽に開き、中に入る。ランタンで照らされた薄暗い店内に入ってすぐ脇に、フロントがある。バーのカウンターも兼ねる場所だ。

 

 そこに立っているのは茶色の長髪をポニーテールにしたエプロン姿の女性。名前はカノン。この店を切り盛りする女将さんだ。

 

「あら~、フィーちゃんじゃない。いらっしゃーい」

 

 おっとりした口調の女将さんは、普段は閉じているように見える細目を微かに開き、口に手を当てて驚いていた。

 

「お久しぶりです、カノンさん! ほら、ネギも」

 

『うん? あぁ』

 

「お久しぶりです。よろしければ、つまらぬ物ですが……」

 

「あらあら、まあまあ。もう、そんなに気を使わなくていいのに」

 

 異空間倉庫からもう一度お菓子を取り出し、挨拶するネギ。どうも考え事をしているのか、反応が鈍い。

 

 ……さっきの子が原因かな?

 

 あまり過去を語ろうとはしない相棒。彼が何処から来て、何をしていたのか、フィーは大雑把にしか知らない。それでも、

 

「ま、いっか。ネギはネギだもんね」

 

「ぅん? どうしたの、フィーちゃん?」

 

「ううん、何でもない。それより聞いてよカノンさん。わたし、遺跡に行ってたんだけどね……」

 

 軽い食べ物を注文し、フィーはカノンと談笑を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 それは十年以上前。父であるナギ・スプリングフィールドに憑依した造物主≪ライフメーカー≫をその肉体ごと消滅させた大戦末期の、最も凄惨で、血みどろの戦乱の最中。

 

『すまんネ、ネギ坊主』

 

 全身を赤黒い誰かの血で染めて彼女は、ネギの師の一人である古菲《クーフェイ》は言った。

 

『私の拳は、どうやら汚れてしまったみたいアル』

 

 そう言って、凄惨な笑みを浮かべる。その身に禍々しい『気』を纏わせながら。

 

 教訓など蹴り飛ばし、戦乱の最中、力の求道者としての道を邁進した彼女が足を踏み入れんとするのは、守るもの無き拳。高みの果ての、一つの完成形。

 

『これ以上みなと共にいれば、私は自分が抑えられなくなりそアル。だから……』

 

 此処でお別れ。

 

 そう言って彼女は、ネギたちのもとから去っていった。

 

 止めることは出来なかった。白き翼の誰もが疲弊し、ネギもまた造物主との戦いで父をその手に掛け、心身共に不安定になっていたから。

 

 それ以降、彼女の足跡は掴めなくなった。完全に、まるで世界から消えてしまったかのように。

 

「まさか……」

 

 外見年齢が違う。

 

 いや、そもそも世界が違うのだ。そっくりな別人と見るのが妥当なことだと、理性は訴える。だがそれでも、先程垣間見た少女の姿はあまりにも去っていった彼女に似すぎていた。

 

「……まさか、ね」

 

 

 

 

 

 

 コックを捻ると、ぬるい温水がシャワーから噴き出した。

 

 普段はゴム紐でまとめている赤毛の長髪が、フィーの裸体に張り付く。

 

 ラッキーセブンに用意された一室。そのシャワールームで、フィーは今後のことについて考えていた。

 

 母親への道が、遂に開かれようとしている。

 

 頭では理解しているのだが、心が着いてこなかった。

 

 次元探査機管理衛星『アドヴェンチャ』へのアクセスによる超広範囲次元探査。一週間から二週間、おそらく三週間以内には、結果が出るだろう。

 

 俯いた紅い瞳が排水溝をぼんやりと見つめる。

 

 ……どうしよう

 

 頭を巡るのはそんな言葉。

 

 どうしているだろう。

 

 自分は手遅れだったりして。

 

 危惧するようなことは、本当はなくて、自分の単なる勘違いなのではないか。

 

 いや、そもそも……

 

「……どうしよう」

 

 呟きが湯気の中に溶けていく。

 

『やらないで後悔するより、やって後悔する』

 

 掛けられたのはフィーを後押しするような言葉。

 

「ネギ……?」

 

『それが僕の相棒のポリシーだった筈だけど?』

 

 顔を上げる。

 

 ごしごしと乱暴に顔を洗う。

 

「よしっ!!」

 

 わかりもしないことをグダグダ悩むなんて自分らしくない。フィーは頬をぱん、と強く叩いて活を入れた。

 

 相棒への感謝は、言葉に出さない。

 

 カールが連れていた少女を目にしてから、どうにも気落ちした様子のネギ。それでも自分を励ましてくれる相棒に、おんぶにだっこなんて嫌だ。

 

「ふふふ……」

 

『?』

 

 少女の頬に邪悪な笑みが宿る。

 

「ネギ、わたしの裸を見て、なんか言葉はないわけ?」

 

 返答に困って悶え苦しむがいい~、という邪念にまみれた質問。

 

 それをネギは、

 

『うん? まあこんな外見でも、僕はかなり年を取ってるからね。自分の子供と一緒にお風呂に入る気分だよ』

 

 ユーノとは違ってあっさりと打ち返した。

 

「……」

 

『……』

 

 己の貧弱な胸部装甲を一睨みして、息を吐く。

 

「……ふぅ」

 

『……十年早いよ』

 

「……もう寝よ」

 

『……そうだね』

 

 そんなこんなで、激動(?)の一日は幕を閉じた。

 

 

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