約1年前――
「あんたみたいな奴、このバンドにいらない!! 出てってよ!!」
「…………」
スタジオにて、マイクを持った少女が紗夜に対して怒号を放った。
他にも、少女のバンド仲間である女二人も、紗夜を鋭い目つきで睨み付けていた。
「い、一旦落ち着こうよ!」
スタジオ内に、司の姿もあった。
司は焦った様子で、両手をわちゃわちゃと動かしている。彼が一番落ち着きがなかった。
「確かに、紗夜が出す課題は難しい。俺が受ける立場だったら徹夜しないといけないかもしれない。でも紗夜はみんなが少しでも上達するようにと思って出してるんだよ! そこは理解してほしい。だから紗夜、少し課題を――」
「――いままでありがとう」
紗夜はギターケースを肩に背負い、司の腕を掴む。
「行きましょう、司」
「さ、紗夜!?」
紗夜は士の腕を引っ張ってスタジオを出ようとする。
「待って!」
今度は少女が司のもう片方の腕を掴む。
「司くんにはこのまま残ってもらいたいの!」
「うえぇ!?」
少女の発言に、司は変な声を上げて驚いた。
「司くん、残ってくれるよね?」
「え、えっと…………」
司は返答に迷った。
(彼女達も、俺を必要としてくれている。紗夜とは幼馴染み。紗夜がいないバンド内に留まったとしても関係は続くだろう。でも……俺は――――)
「――――ごめん」
司は優しく腕を上げ、少女の腕を解いた。
「ぇ…………」
拒否されると思わなかった少女の目から光が消え、膝を崩す。
司は、紗夜についていくことを選んだ。
彼女を撮り続けるために――――
◆
「ぅ…………」
過去の記憶を夢で見ていた司が目を覚ます。
目を開けると、見知らぬ白タイルの天井が目に写る。
「…………」
司は、ここがどこなのか疑問を浮かべる前に、夢に見たことを振り返った。
(俺はあの時、紗夜についていった。あの時だけじゃない。もう二回ほど似たようなことが起こってる。バンド内で揉め事が起きて、その度に紗夜が抜ける。そして、俺がそれについていく。バンドメンバーは、俺が残ることを望んでいたのに、俺は自分の欲求に正直になって……)
「――司!」
「!?」
聞き間違えるわけがない、大切な人の声が耳に入り、司は我に返る。
「……紗夜?」
司は視線を左に向け、紗夜の姿を捉える。
紗夜は涙を浮かべ、寝ている司に抱きつく。
「良かった……! あなたが無事で……!」
「!?」
目を覚ました司に安堵する紗夜。
しかし、彼は心配してくれたことに嬉しさを感じると同時に、心の奥底に眠る彼の本能がくすぐられる。
体に伝わる胸の感触――髪の香り――生暖かい息――
彼を興奮するのも無理はない。
――司は変態であり、童貞であるからだ。
「……ここは――うッ!」
司は体を起こそうとするが、全身に痛みが走る。
ここで司は、全身包帯巻きにされていることに気づく。
「ご、ごめんなさい! 怪我してるのに、私……!」
司が苦しんだのは自分のせいだと思った紗夜が離れる。
「いや、大丈夫……」
(……気絶したのか。情けないな……俺)
「司はゆっくり休んでて。明日は月曜だけれど、あなたの学校には連絡を入れてあるから安心して。授業のノートを見せてくれるような友達はいるの?」
「うっ……!」
紗夜の質問に、司は釘を刺されたように固まる。もとい、動ける状態でもないが。
「大丈夫!? どこか痛むの?」
彼のうめき声に、紗夜は体が痛んでいると勘違いする。
「大丈夫! 痛みもないし、ちゃんと友達もいるから!」
(まぁ……まともな友達じゃないけど……)
「そう、僕がいるから安心してください、お
司の『まともじゃない友達』が、病室を訪れる。
海老反りに跳ねた黒髪をしている少年が、紗夜に対して謎の会釈をする。
彼の名前は
司とは中学の時からの仲で、彼の唯一の男友達である。
「はぁ……海東さん、その呼び方を改めてくださいと何度も言いましたよね? それに、妹を渡す気もありませんし」
「安心してください。必ず、日菜のハートを撃ち抜いてみせますから」
大樹は右手で銃を作り、撃つ真似をする。
紗夜は重くため息を吐き、頭を抱える。
「だ、大樹。見舞いに来てくれたの?」
話を変えようと、司が大樹に話しかける。
「もちろん! お義姉さんの婿さんだからね!」
(……火に油を注いだかもしれない)
そしてそれが、彼自身に返ってくる。
「司は婿じゃありません。ただの幼馴染みです」
「うッ!!!」
きっぱりと言った紗夜。司は心臓に矢が刺さったような痛みに襲われる。
「司!? 本当に大丈夫!?」
「だ、大丈夫……体は痛くないから」
――体は痛くなかった。
――だが心は痛んでいた。
そして更に追い打ちをかけるように、彼の心を苦しめるような人物が現れる。
「司くん! 大丈夫!?」
紗夜と似た顔立ちの少女が、司の元へ走り寄る。その勢い余って司に覆い被さるように、両手を彼の顔近くに着かせる。
「だ、大丈夫だよ……日菜」
彼女の名前は
紗夜の双子の妹。何でも熟せる天才児である。
「ほんとー?」
日菜は何か勘違いしているのか、自分の額を司の額に合わせ、熱を測る。
「日菜! 司は風邪をひいたわけじゃない!」
急に焦りだした大樹が、日菜を司から引き離す。
「…………?」
一方、司は意外にも平然を保っていた。
「あっ、大樹くん。ここにいたんだ。倒れたって聞いたから、熱でもあるのかなーって!」
「……日菜、病院では静かにしなさい」
「あっ、おねーちゃん!」
日菜は大樹を押し飛ばし、紗夜のもとへ。
押し飛ばされた大樹は床に倒れる。
「おねーちゃんもいたんだ!」
「当然よ……放っておけるわけがないじゃない……!」
目を光らせる日菜に対し、紗夜は目を反らす。
その際、司の隣にある物置台の時計が目に入る。
「……もう、六時なのね」
「えっ!?」
司は驚き、窓の方を見る。
カーテン越しだが、夕日が落ち、辺りが暗くなっていくのがわかる。
「紗夜、俺のことはいいから、家でゆっくりして」
「……その前に、一つだけ聞いていいかしら?」
「?」
「司……あなたの身に何があったの?」
紗夜がついにそれを聞いてきた。
「それは…………」
司は答えられなかった。答えられるわけがなかった。
下手に誤魔化そうにも、この場をやり過ごせる言い訳が思いつかない。
正直に話しても、怪物だの変身して戦っただの、信じてくれると思えなかった。
「――――ごめん、実はよく……思い出せないんだ」
司は一か八か、その記憶を失ったという嘘を話した。
「…………そう、体に気をつけてね」
意外にもあっさりと納得した紗夜は、この場を去って行く。
「おねーちゃん! あたしも帰る!」
日菜が彼女の後を追う。
「別にいいけど……少し離れて歩いてよね」
「えぇ~!? どうしてぇ!?」
二人の声が遠くなっていく。
「……日菜と紗夜、どうして仲が悪いんだろうね」
いつの間にか立ち上がっていた大樹が、先程までとは違い少し低いトーンで話した。
「日菜は何でも熟せる天才。それだけなら『自慢の妹』として見られるんだろうけど、日菜は紗夜がすること何でも真似して、あっさりと紗夜を超えてしまう。それに嫌気が差したんだろう……うっ!」
司は物置台にかけてある私服の上着のポケットからスマホを取るため、起き上がろうとするが、激痛に襲われ思うように体が動かなかった。
「そんな体で動こうとするな。僕がいるんだから、頼ってほしいな」
「ごめん……」
大樹は、司の代わりに上着のポケットからスマホを取り出そうとする。
しかし、大樹が手を入れたポケットの中には、別のものが入っていた。
「これは……?」
「!?」
大樹が取り出したもの、それは『ディケイドライバー』だった。
大樹は不思議そうな目でドライバーを舐め回すように見る。
「そ、それは…………」
司が答えに困っていると――
「変わったカメラだね!」
大樹がカメラだと解釈し、ポケットに戻す。その後、反対側のポケットからスマホを取り出し、司に渡す。
「ありが、とう……」
司は呆然とした表情でスマホを受け取る。
「さて、僕もそろそろ帰るとしよう。また見舞いに来るよ!」
そう告げて、大樹は病室の外へ出た。
「……………………はぁ」
大樹は一人、歩きながら重いため息を吐く。
「司も……僕と同じ道を辿るなんて……」
今回初登場した海東大樹は、『司』とは異なり本家の方の大樹です。
ただ、見ての通り日菜に想いを寄せているために、キャラが崩壊することが多々あります。大樹好きの皆さん、すみません。
今後とも、よろしくお願いします。