「……よし、準備完了っと」
CIRCLE内のライブ会場。
その客席で、司はカメラの準備をしていた。
これから、『ライスカ』のライブが始まるのだ。
「なぁ、次って『ライスカ』だよね?」「ってことは、あの紗夜が出てくるのか!」「可愛いし、ギターもメッチャ上手いし」「転々とするから、追いかけるの大変だぜ」
彼女達のライブを待っている男達は、特に紗夜を話題に持ち上げていた。
客席にいる半分以上の人が、『ライスカ』ではなく紗夜目当てで来ていた。その中には女性もいる。
「……ねぇ、『あれ』いつもいるよね?」「紗夜様のストーカー? ……きもっ」「変なカメラ持ってるし……きもっ」「顔は可愛いんだけれど…………きもっ」
女性からの容赦ない罵声を浴びる司。
「…………」
司はそれを気にせず、ライブが始まるのを待った。誰かに馬鹿にされることは、とっくの昔になれていた。
会場が暗くなると、ステージだけがパッと明るくなる。
ステージには、奈菜、芽生、小和、そして紗夜の四人――『ライスカ』姿があった。
「みんなー! 今日も来てくれてありがとう!!」
センターに立つ奈菜がマイクを持って叫ぶ。それに反応して、観客が歓声をを上げる。
「それじゃあ早速行くよ!」
『ライスカ』の演奏が始まった。
彼女達はロック系に近い激しい演奏をしつつも、アイドルのようなピュアで可愛らしい雰囲気も出している。
彼女達の演奏は音楽業界から言わせればお世辞にも良いと言えるものではないが、少なくとも彼女達の演奏を聞きに来た観客を楽しませることはできていた。
そして何よりも、他の三人よりもずば抜けて上手い紗夜が目立っていた。
「…………」
他の観客が盛り上がっている中、司は黙って彼女達を撮り続ける。
彼女達――と言ったが、司は無意識に紗夜だけにピントを当てていく。
(紗夜……やっぱり大丈夫かな? なんか、楽しくなさそう……)
「――話にならないわ」
少女の呟く声が、微かに、確かに司の耳に入った。
司が周囲を見渡すと、右隣にいる背の低い銀髪の少女に目を留める。
彼女は腕を組み、真剣な眼差しで『ライスカ』の演奏を聞いていた。
「ギターだけ上手くて、あとは話にならない。バランスが悪すぎる……」
(た、確かに……柔らかい雰囲気の中にガチの人がいるからね…………)
少女の的確な評価に、司は自分の事で図星を突かれたような感覚に襲われる。
「みんな盛り上がってるね~! 次の曲行くよー!」
『ライスカ』が次の演奏に入る。
紗夜の激しいギターソロがあるのが特徴の曲だ。
彼女のギターソロに合わせて、周囲の盛り上がりもより熱くなる。
「……でもあの子、あのフレーズが弾ける技術もだけど、普通に練習して身につくレベルじゃない。一体、毎日どれだけ弾いてるの……? 土台になる基礎のレベルが尋常じゃない……」
「……紗夜はきっと、空いた時間があれば何が何でも弾いてるよ」
「!?」
「あっ!?」
少女の発言に、思わず司は反応してしまう。司は少女と共に驚く。
「ご、ごめん! 盗み聞きしてたわけじゃないけど……その……」
「……あの子の名前、『紗夜』って言うのね」
目を反らす司に対し、少女は彼の方を向いて紗夜の名を確かめる。
『ライスカ』の演奏の中、普通に会話できていることの異常性に気づかずに。
「う、うん……そうだけど……」
「そう……覚えておくわ」
そう言うと、少女は正面に向き直る。
「…………」
しかし、何か気になった少女は、再び司の方を向く。
「……あなた、どこかで会ったことあるかしら?」
「えっ……?」
少女の思いもよらぬ言葉に、司は唖然とする。
「みんなぁ! 今日は来てくれてありがとう! また遊びに来てね!!」
そんな中、『ライスカ』のライブが終わる。
「紗夜ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」「さいこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
観客が紗夜の名を叫び、盛大な拍手で見送った。
「…………」
その間、何も答えられなかった司。
「……ごめんなさい。気のせいなら、それでいいの」
そう言って、少女はその場を去って行く。
彼女の姿を見た女子が話しかける
「あっ!
「…………」
少女――友希那は女子を無視して去って行く。
「あれっ、行っちゃった…………話しかけたの、気づかなかったのかな?」
女子が疑問を浮かべていると、その友達が友希那について話す。
「知らないの? 友希那って『レベルの合わない人間とは話さない』らしいよ?」
「なにそれ!? 確かにめちゃくちゃ上手くてすごいけど、ちょっと酷くない!?」
「スカウトの話もよく来るらしいし、あたし達みたいなアマチュアとは違うって思ってるんじゃない?」
(友希那って言うのか……どこかで聞いたことあるような――って、そろそろ皆の所へ戻らなきゃ!)
司は急ぎ足で、紗夜達がいる控えスタジオへと足を運んでいく。
※
『ライスカ』の演奏が終わり、別のバンドのライブが始まった頃――。
CIRCLEの屋外にあるカフェのフードコートに、あこ、晴人、燐子がいた。
「そうはる、いつもそのドーナツ食べてるよね?」
「あぁ、不思議とこれだけはいくら食べても飽きないんだ」
あこがマカロンタワーに手をつける中、晴人は『プレーンシュガー』と呼ばれるドーナツだけを食べていた。その隣で燐子はコーヒーを飲みつつ、プレーンシュガーを食べたそうに見ていた。それを察した晴人は、紙袋から一つ取り出す。
「燐子ちゃんも食べる?」
「っ!? い、いえ……大丈夫です……晴人の分、なくなっちゃうから」
「気にするな。燐子ちゃんの分も考えて買ってあるから。遠慮しなくていいんだぞ」
「う、うん。それなら、いただくね……」
燐子は晴人からプレーンシュガーを受け取り、幸せそうな顔で食べ始める。
「りんりんもそれ好きなの?」
あこが尋ねると、燐子は静かに頷く。
「あこも食べたい!」
「そう言うと思って、ほら」
晴人はあこにもプレーンシュガーを渡す。
「ありがとう!」
あこはプレーンシュガーを頬張り、しばらくして味の感想を告げる。
「うーん、美味しいけど、普通のドーナツって感じだね」
「あぁ。けど、そこがいいんだ。何の変哲もないのが、一番良いことだから」
晴人はまだ一口も食べていないプレーンシュガーを見ながら、そう優しく言った。
「あの……あこちゃん、ずっと気になってたんだけど……この音は?」
燐子は、CIRCLEから漏れている音楽が気になった。
彼女はCIRCLEがライブハウスであることを知らなかった。
「りんりん気づいたね!」
あこは待っていたかのように目を光らせる。
「じゃあ、なぞなぞだよっ! このカフェの横にある建物はいったい何でしょう~?」
「おいおいそれ、なぞなぞとは言わないだろ?」
あこが出した問題に、晴人はクスッと笑った。
「…………?」
燐子は考えるも、答えを出すことができなかった。
その様子を察したあこが、答えを出す。
「にひひっ、りんりんはライブハウスって知ってる?」
「ライブ……ハウス……?」
「うん! ここの横、ライブハウスなの!」
あこがCIRCLEを指差しながら言った。
「あこ最近ライブハウス通いにハマっててね! 知る人ぞ知る自分だけのバンドを見つける……それって、すーっごくカッコよくない?」
「いいマイナーバンドを発見できるもんな。確かに悪くない」
晴人がプレーンシュガーを食べながら同調した。
「でしょ!? でねっ、ついに見つけたの! あたしの超カッコイイ人っ!」
「そうなんだ……あこちゃん、かっこいいの……好きだもんね」
「えへへっ! だからりんりん、そうはる、ライブハウス行こ?」
「……………………………………………………え?」
燐子の表情が固まった後――
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
珍しく大声を上げて慌て出す。
「ひ、人……あんなにたくさん…………!」
CIRCLEの入り口には、長い行列ができている。それを見た燐子は顔を青ざめ、体を震わせる。
「大丈夫だ。俺がついて――」
燐子を安心させようとした晴人。しかし、何かに足をつつかれるような感触を覚えた彼は言葉を止め、視線を落とす。
プラモデルのような赤い小さな鳥が、くちばしで晴人の足をつついた後、どこかへ案内しようと羽ばたいていく。
(このタイミングでか……)
晴人は燐子の耳元へ口を近づけ、あこに聞こえないよう囁く。
「ごめん燐子ちゃん、《リコルド》が出た」
「!?」
燐子の顔が更に真っ青になる。
「どうしたの?」
あこが不思議な顔を浮かべると、晴人は立ち上がり一度ズボンのポケットから携帯を取り出す。
「ごめん! 急にバイト頼まれちゃって!」
「そうなの? それじゃあ仕方ないね」
「ホントごめん! 燐子ちゃんを頼む!」
晴人はこの場を走り去って行く。
「行かないでぇぇぇぇぇぇ……!」
燐子は涙目になりながら、晴人に向けて手を伸ばすも、彼が立ち止まることはなかった。
「うぅ…………」
「大丈夫だよ! 人多いけどドリンクカウンターの近くなら空いてるし、りんりん騒がしいの苦手だから今日はその人の出番だけにしたの!」
「む、むり……! こわい……わたし……帰…………」
心の拠り所でもある晴人がいなくなった燐子は、ただひたすら怯える。
どうしても燐子を連れて行きたいあこは、最後の手段に土下座する。
「ちゃんと出演時間確認したから! ね! お願い! りんりんも聞いたら絶対ハマっちゃうから! ほんと超~カッコイイから!」
「あ、あこちゃん! 顔上げて……!」
燐子の動揺が悪化していく。あこは顔を上げ、上目使いで再びお願いする。
「ねっ? 行こう?」
「わ、わたし…………」
純粋な眼差しに、燐子は断ることができなかった。
※
CIRCLEから少し離れた公園。
『ガァァァァァ!!』
《リコルド》三体が、公園を本能のままに破壊していた。
「……訳もなく街を破壊しやがって!」
赤い鳥を追ってこの現場まで辿り着いた晴人は、右手を小さな手形の付いたベルトに添える。
『ドライバーオン!』
謎の音声と共に、ベルトの手形が晴人の手と同じくらい大きいバックルに変化した。
晴人はバックルのバンドルを操作し、手形の向きが左手に合うようにする。
『シャバドゥビタッチヘーンシーン!! シャバドゥビタッチヘーンシーン!!』
バックルから非常にやかましい音声が流れ出す。
晴人は左手の中指に付けた赤い指輪のバイザーを降ろし、仮面の形にする。
「――変身」
左手をバックルの手形に添え、変身する。
『フレイム!』
『プリーズ!』
ベルトから音声と共に、晴人は左手を横に伸ばす。
すると、左手の前に大きな赤い魔方陣が現れ、晴人の体を通過していく。
『ヒー、ヒー、ヒーヒーヒー!』
炎に包まれるように晴人の体にライダースーツが纏われる。
黒のロングコートに、宝石のような美しい赤色のマスクをした『仮面ライダーウィザード フレイムスタイル』へと変身を遂げた。
「さぁ、ショータイムだ!」