ーⅤ 訓練ー
ヘリキャリア。
地上数千メートルを飛行する巨大空母の一角。
人気の無い訓練室では、乾いた銃声が何度も響いていた。
パンッ――!
放たれた弾丸は訓練用ターゲットへ着弾する。
だが。
「駄目だな」
壁へ寄り掛かりながら腕を組むアーチャーは淡々と告げた。
ナターシャは眉を寄せる。
「……どこが?」
「魔力が流れていない。」
「やってるつもりなんだけど」
「“つもり”で扱えるほど魔術は甘くない。」
アーチャーは訓練用ハンドガンを手に取る。
そして、慣れた動作で分解を始めた。
スライド。
バレル。
リコイルスプリング。
指先が迷いなく部品を並べていく。
「魔術とは工程だ。」
「工程?」
「理解、変換、出力。」
アーチャーは並べた部品を指差した。
「対象を理解しろ。構造を把握しろ。曖昧なイメージで動くほど魔術は都合の良い力ではない。」
ナターシャは黙って聞いている。
「例えば強化。」
アーチャーはバレルを持ち上げた。
「単純に“強くする”訳じゃない。この銃がどう動き、何処へ負荷が掛かり、何が性能を制限しているのか。それを理解した上で補強する。」
「……随分理屈っぽいのね」
「理論無しで扱えるのは一握りの天才だけだ。」
そう言ってアーチャーは銃を組み立て直す。
その動作には妙な重みがあった。
積み重ね。
反復。
数え切れないほど繰り返した動き。
そんな空気が滲んでいる。
「私は優秀な魔術師ではない。」
不意に。
アーチャーは静かに言った。
ナターシャが僅かに目を細める。
「そうは見えないけど」
「才能だけなら三流だ。」
アーチャーは自嘲気味に笑う。
「魔術回路も平凡。属性も偏っている。正統派魔術師なら落第もいいところだ。」
「でもあなたは強い」
「死ぬほど積み上げただけだ。」
その言葉は妙に重かった。
軽口ではない。
実感だった。
アーチャーは銃をナターシャへ放る。
「だからこそ基礎を疎かにするな。」
ナターシャは受け取った銃を見下ろした。
「……厳しい先生ね」
「不器用なものでな。」
「邪魔したか?」
不意に訓練室の扉が開く。
入ってきたのはスティーブ・ロジャースだった。
ナターシャは露骨に嫌そうな顔をする。
「見世物じゃないわよ」
「そのつもりはない。」
スティーブは軽く肩を竦めると、訓練の様子を静かに見始めた。
そんな彼を横目に、アーチャーは淡々と続ける。
「もう一度だ。」
「……はいはい」
ナターシャは再び銃を構える。
深呼吸。
集中。
だが魔力は上手く流れない。
「駄目だ。」
「厳しくない?」
「戦場で妥協は死に繋がる。」
即答だった。
スティーブはそのやり取りを見ながら静かに目を細める。
「……軍の教官みたいだな」
一瞬だけ。
アーチャーの動きが止まった。
ほんの僅か。
本人以外なら気付かない程度。
「似たようなものだ」
その返答は妙に静かだった。
スティーブはそれ以上踏み込まない。
だが、アーチャーの指導を見ながら小さく呟いた。
「才能じゃなく、技術を積ませる教え方か」
「魔術は本来そういうものだ。」
アーチャーは壁へ寄り掛かる。
「才能だけで辿り着けるのは一部だけだ。大半は積み重ねになる。」
スティーブは静かに頷いた。
その言葉に、どこか共感するように。
「……それは嫌いじゃない」
アーチャーは何も答えなかった。
ナターシャは深呼吸すると再び銃を構える。
熱。
身体の奥。
血管の内側を流れる感覚。
あれを掴む。
だが。
「――ッ」
魔力が散る。
指先が痺れた。
「っ……!」
「今のは悪くない。」
「慰め?」
「事実だ。」
アーチャーは淡々と続ける。
「君は魔力を“押し込もう”としている。」
「違うの?」
「循環させるんだ。無理やり動かせば乱れる。」
「……難しいわね」
「当然だ。」
アーチャーは即答した。
「魔術とは本来、一朝一夕で身に付く技術ではない。」
ナターシャは眉を寄せる。
「でもあなたは簡単そうにやるじゃない」
「簡単になるまで積み上げた。」
アーチャーは壁から身体を離す。
「魔術師とはそういう生き物だ。才能を持つ者も、持たない者も、結局最後は反復になる。」
その声音は静かだった。
だが、どこか疲れているようにも聞こえた。
その時だった。
訓練室の扉が開く。
「へぇ?秘密の特訓中か?」
「……来たわね」
入ってきたトニー・スタークを見てナターシャは露骨に嫌そうな顔をした。
トニーはそんな事など気にせず室内を見回す。
「何してる?新手のヨガ?」
「魔術だ」
アーチャーが即答する。
トニーは数秒真顔になり。
「……最高じゃないか。」
「絶対そう言うと思った。」
トニーは興味津々な様子で近付いてくる。
「つまり未知エネルギー制御って事だろ?」
「そう単純な話でもない。」
「でも近い。」
「……否定はせん。」
アーチャーは嫌そうに目を細めた。
「だから科学者は苦手なんだ」
「偏見だぞ」
「経験談だ。」
トニーはニヤリと笑う。
「で?測定させろ。」
「断る。」
「即答!?」
「君は余計な事をする顔をしている。」
「酷くないか?」
「自覚が無いのが尚悪い。」
ナターシャは思わず吹き出した。
トニーはアーチャーをじろじろ見ながら口を開く。
「なぁ、前から気になってたんだが」
「なんだ」
「お前、その武器どっから出してる?」
ナターシャも僅かに視線を向ける。
確かに。
初めて会った時からそうだった。
アーチャーの武器は、まるで突然現れる。
アーチャーは小さく溜息を吐いた。
「見せた方が早いか」
その瞬間。
空気が変わる。
アーチャーの身体へ青白い線が走った。
まるで神経そのものが発光しているような異様な光景。
ナターシャの目が細まる。
それが魔術回路。
アーチャーは静かに呟いた。
「
次の瞬間。
光が収束する。
粒子。
収束。
形成。
そして。
その手の中へ、一対の黒白の双剣が現れた。
静寂。
トニーが初めて言葉を失っていた。
「……待て」
彼はゆっくり双剣を見る。
「それ、物質生成か?」
「違う。」
アーチャーは双剣を軽く回した。
「模倣だ。」
「意味が分からん。」
「私も説明は苦手だ。」
トニーは完全に科学者の目になっていた。
「構造再現?エネルギー変換?量子投影?」
「だから理論で考えるなと言っている。」
「無理だろこんなの!!」
ナターシャは思わず吹き出す。
アーチャーは疲れたように額を押さえた。
「やはり見せるべきではなかったな……」
結局。
トニーは半ば強引に居座った。
「よしナット、もう一回だ。」
「なんであなたが仕切ってるのよ」
「観客席の盛り上げ役だ。」
「野次馬の間違いでしょ」
トニーは楽しそうにモニターを展開する。
アーチャーは深く溜息を吐いた。
「……集中しろ、ナターシャ。」
声色が変わる。
軽口が消えた。
ナターシャも小さく息を吐き、意識を沈める。
銃の構造。
重量。
内部機構。
発射機構。
さっき教えられた工程を頭の中で組み立てていく。
理解。
変換。
出力。
身体の奥の熱が、ゆっくりと流れ始める。
焦るな。
無理に押し込むな。
循環。
浸透。
指先から銃へ。
魔力が流れ込む。
その瞬間。
アーチャーの目が僅かに細められた。
「――撃て」
パンッ!!
放たれた弾丸。
次の瞬間。
轟音。
訓練用ターゲットが吹き飛んだ。
貫通。
後方装甲へ直撃。
分厚い鋼板へ罅が走る。
静寂。
「……は?」
最初に声を漏らしたのはナターシャ本人だった。
トニーは完全に目を輝かせている。
「最高だ!!!」
「うるさい」
「いや見たか今の!?威力三倍どころじゃないぞ!?」
ナターシャは自分の手を見る。
微かに熱い。
だが前回とは違う。
今回は確かに、自分の意思で制御した。
「……これが魔術」
「強化魔術の初歩だ。」
アーチャーは静かに答えた。
その視線はナターシャの手元へ向いている。
「初回としては上出来だ。」
「珍しく褒めるじゃない」
「事実を言っただけだ。」
だが。
アーチャーの表情は晴れていなかった。
適性が高過ぎる。
理解速度も。
制御精度も。
想定より遥かに速い。
「……厄介だな」
「何が?」
「いや、独り言だ。」
訓練終了後。
ナターシャとトニー、スティーブが先に訓練室を出て行った後。
室内にはアーチャーとブルース・バナーだけが残っていた。
静かな沈黙。
バナーは壊れたターゲットを見ながら口を開く。
「随分丁寧に教えるんだな」
「そうか?」
「もっと突き放すタイプかと思ってた」
アーチャーは小さく鼻を鳴らした。
「私も不器用だったのでね。躓く場所くらいは分かる。」
バナーは少しだけ笑う。
そして。
不意に真顔になった。
「……君、自分を危険物みたいに扱うな」
アーチャーの視線が向く。
「何の話だ」
「そういう顔をする人間を知ってる。」
数秒。
沈黙。
バナーは静かに続けた。
「自分を兵器みたいに扱う顔だ。」
アーチャーは何も言わない。
ただ静かに目を伏せる。
バナーは苦笑した。
「まぁ、人の事言えないんだけどな」
緑の怪物。
ハルク。
自分自身を恐れ続ける男。
アーチャーはそんな彼を見ながら小さく呟いた。
「……似た者同士か」
「否定はしない。」
バナーは肩を竦める。
訓練室の明かりが静かに二人を照らしていた。
深夜。
ヘリキャリア外壁。
夜風を受けながらアーチャーは静かに空を見上げていた。
ナターシャ・ロマノフ。
あれほど自然に魔力へ適応する人間など滅多に存在しない。
それだけではない。
ニューヨーク決戦以降。
世界そのものが妙にざわついている。
神秘の流れ。
魔力の揺らぎ。
本来、この世界には存在しないはずのもの。
「……嫌な予感しかしないな」
アーチャーは小さく吐き捨てた。
まるで。
何かが始まろうとしているようだった。