桜が舞う季節、俺はお墓の前にいる。
「久しぶり。なかなか来れなくてごめんな」
君が頬を膨らませて、『もっと早く会いにきてよ』と言っているのが想像できる。
「俺の夢、もうちょっとで叶いそうだよ。お前のおかげだ」
夢を叶えるために努力してきた。でも、何度も挫折して、俺には無理なんじゃないか。
そう思ったこともある。そんな時は、五年前、君が僕にかけてくれた言葉を思い出す。
そうすると、不思議と頑張ろうと思えるようになる。
「絶対に夢、叶えるから。天国から見てて」
君の笑った顔が、拗ねた顔が、怒った顔が、泣いた顔が。
今でも君との思い出が忘れられない。
忘れることなんてできない。
「好きだよ、香奈」
五年たっても、この気持ちは変わらなかった。
「俺のこと見守っててくれよ」
大好きな君はもういない。
でも俺には、君がくれたあの言葉があるから頑張れる。
「じゃあね。また来るよ」
俺は帰ろうと、お墓に背を向ける
「光輝、行ってらっしゃい。頑張ってね」
彼女の声が聞こえて、慌てて振り返る。
目の前には、お墓以外何もない。
気のせいなのかもしれない。それでも彼女の声を、もう一度聞くことができて嬉しかった。
「ああ。行ってきます」
「よし、今日は中間テストの結果を返すぞー」
俺たちの担任、上田先生がそう言って、順番にテストを返していく。
「次は橘だ。おめでとう、今回も満点で一位だ」
そう言って満点の答案用紙が返される。
「またあいつが一位かよ。やっぱり、レベルが違うよなぁ」
「あいつの父親、橘総合病院の院長なんだろ?すごいよな」
「ということは、橘が父親の後を継ぐのかな?」
「そうなったら、やばいよな。あの病院大きいし」
「金も想像できないくらい貰えるだろうし、羨ましいよな」
俺は内心、羨ましいなら代わってやるぞと思った。
橘総合病院はこいつらの話の通り、俺の親父が院長をしている病院だ。
「お前ら静かにしろ。テスト返し終わったし、授業を始めるぞ」
上田先生がそう言うとみんなが一斉に、静かになる。
この先生は、見た目こそ若くて、優しそうな雰囲気を出しているが、怒るととても怖い。
個人的には、生徒の相談に乗ってあげていたり、俺の父親と違って、いい人だと思う。
嫌なことを思い出してしまった。
学校で父のことを考えるのはやめようと思うが、一度考えてしまうと頭から離れない。
考え事をしていると、授業の終了を知らせるチャイムがなる。
「今日の授業はここまでだ。わからなかったところはちゃんと予習しろよ」
最悪だ。結局授業に集中できなかった。まあ、予習はしてるし大丈夫か。
あの後、全く授業に集中できないまま放課後を迎えた。
今日は、すぐ家に帰りたくはないな。屋上にでも行くか。
俺は屋上へと足を運ぶ。
「よし、今日も誰もいないな」
この学校の屋上は解放されているが、あまり人は来ない。
俺はかなりの頻度で屋上に来ているが、ここで生徒と遭遇したことはない。
「一曲歌うか」
イヤホンをして曲を流し、目をつぶって歌い始める。
風の心地よさを感じながら一曲を歌い切る。
やっぱり歌うのは気持ちいいなと思いながらイヤホンを外すと、入口の方から拍手が聞こえてくる。
拍手が聞こえてくる方に目を向けると、そこには思わず見惚れるほどの美少女がいた。
「凄く心地いい歌声でした。上手なんですね」
そう言って彼女は俺に笑顔を向ける。
誰かに聞かれるなんて最悪だ。ここには誰も来ないと思ってたのに。
そう思いながらも俺は彼女に話しかける。
「それはどうも。それで、君は何しにここに来たのかな?」
彼女は俺の問いに答える。
「今日はまだ家に帰りたくない気分だったので、屋上からグラウンドでも眺めていようかなって思って来たんですけど
いいもの聞けちゃいました」
そういえば、俺の歌を誰かに聞いてもらうのは初めてかもな。
まあ、どうでもいいけど。
「俺の歌を聞いても得することなんてないと思うけど」
俺がそう言うと彼女が真剣な顔で答える。
「そんなことないですよ。少なくとも私にとっては」
彼女が急に真剣な顔になるので少し驚く。
まあ、褒められて悪い気はしないな。
「ありがとう」
俺がお礼を言うと彼女が笑顔になって答える。
「どういたしまして」
俺がその笑顔に見惚れていると彼女が話しかけてくる。
「私、二年B組の岩崎香奈って言います。あなたの名前も教えてくれませんか?」
この子、コミュ力高いな。俺にはとてもじゃないが真似できん。
個人的にはあまり関わりたくないが、名前くらいならいいか。
「俺は二年A組の橘光輝だ」
これが俺と香奈の初めての出会い。
この時の俺は、彼女が自分にとって、一番大切な存在になるなんて想像もできなかった。