部屋に深海棲艦いるけど何か質問ある?   作:へか帝

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例の前日譚
読みやすい掲示板方式からのゴリゴリの文章。すまんの
いわゆる習作ってやつです
おまけみたいなものなのでまた次回から掲示板方式に戻ります



前日譚

 うだるように暑い夏の日に、俺は先の戦争の戦史資料館へと足を運んだ。

 

 そもそもの理由は、地方まで会社の研修に行かされたことから始まる。

 有無を言わさず貴重な休日に駆り出されたのだ。当然のようにその間の給料は出ないし、交通費も言うまでもなく自腹である。

 少なくない金額を支払ってまでこんな遠出したのだから、せっかくなので何か観光がてらに立ち寄れそうな面白そうなところはないか……と探してみて、唯一見つかったのが件の資料館だった。

 

 あまり楽し気な雰囲気のする場所ではなかったけれども、悲しいかなここ以外に暇をつぶせそうな場所がまるでなかったのだ。こんな辺鄙な地域で研修を開催した会社を恨むしかない。

 

 しかし、考えを変えてみれば戦史資料館というのもこれはこれで面白いものでもある。

 どこからともなく現れた深海棲艦と、それに呼応するように姿を現した艦娘たちの過去に類を見ない異色の戦争。

 鉄臭い重厚な巨砲と見目麗しい少女たちの組み合わせは老若を問わず幅広い層に親しまれている。特に二回り以上年が離れた人との会話で話題に困ったときなんかは、ジャブのつもりでつついてみるとだいたい盛り上がるものだ。打率の安定性には定評がある。

 

 ライトなファンから度を越えたオタクまでいる界隈で、この情報化社会では主な情報源はインターネットに散らばるものを拾い上げるのが常だ。ディープな情報は国と政府が秘匿しており、熱狂的なファンとそれに連なるグッズ類を販売する企業連はずっと歯がゆい思いをしていると聞く。

 

 そうした背景を鑑みてみると、この資料館がとても魅力的な施設に思えてくる。

 どこの誰が発信してるのかもわからない眉唾ものの情報を手に入れては一喜一憂するよりも、こうした生の情報を自分の足で集めてみた方がいいに決まっている。

 

 今度、よその企業で会食がある。そこでこの資料館で得た誰も知らないようなコアな知識を披露できれば素人の付け焼刃の知識でも先方の興味を引くことができるかもしれない。

 こんなところでまで仕事の事を考えている自分に少し嫌気が差したが、今に始まったことではないのでもう考えないことにした。

 

 資料館は質素で見栄えの悪い外観だった。明らかに人を呼び込む意図がないのが一目でわかる。

 建物の中に入ると、白すぎる蛍光灯の光が目に突き刺さり、たまらず目をそらせば今度は隙を生じぬ二段構えと言わんばかりに真っ白な床のタイルが光を反射していた。

 どう考えても明るすぎるだろ、これ。

 しかも空調も効いていないらしく、すぐに湿気を帯びた熱気が纏わりついてきた。熱がこもっていない分、屋外の方がマシなレベルだ。これは人気がないのも頷ける。ここにはあまり長居したくない。

 

 辺りを見回すと、案の定閑散としていて自分以外の人影は見つからなかった。無料で開放されているとのことだったが、管理人すらいないらしい。ひょっとしたら、資料館には俺しかいないのかもしれない。

 

 艦娘たちが大いに活躍した件の戦争関係の諸々は、戦後しばらく経った今でも根強い人気がある。特に熱心なオタクはどんな些細な情報でも見逃すまいと常日頃から目を光らせているので、案外この資料館の周囲だけは人が集まっているのではないかという予想をしていたのだが、ものの見事に外れた。

 

 いわゆる穴場というやつのようだ。これはいい土産話ができたと、奥へと足を進めてみる。 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 展示室には、ガラスケースがずらりと並んでいて、壁には解説がびっしりと書き込まれた木枠のプレートが掛けられている。博物館などでよくみるレイアウトだ。

 

 端から順番にガラスケースの中を覗き込んでみる。戦時中に実際に使用された砲弾や黒く潰れた装甲のようなもの、ベこべこにひしゃげた艤装などが赤黒いワイン色の布地の上に丁寧に陳列されていた。

 顔を上げて壁のプレートの解説に目を通す。

 それは図解やイラストひとつ無いいかにもお役所仕事といった風情の小難しい文章ではあったものの、行われた海戦のおおまかな流れや当時の戦局の解説、戦果を挙げた艦娘とこの戦いでつけられた異名など興味を惹かれる内容がつらつらと記されていた。

 

 これは、もしかしなくてもすごい場所を見つけたのではなかろうか。

 今読んだ情報は、どれも初めて知ることだった。

 ネットの情報交換サイトや、知る人ぞ知る個人ブログでも書いていなかった。

 

 艦娘のことは、なんだかんだ言いつつもかなり好きだったりする。あれだけ幼少期に国を護った英雄として聞かされ続ければ、誰だって好きになる。少なくともこんなところに足を運ぶくらいには、俺も好きなつもりだった。

 けれど、彼女たちの情報は本当に少ない。戦記のようなものも書店に置いてないし、メディアへの露出もごくわずか。那珂ちゃんは例外だ。

 

 ひょっとしたら世の艦娘オタクよりも俺だけが一歩抜きんでているんじゃないかと思うと、途端にそわそわして心が躍る。自分の他に誰もいないという状況も一役買っていたのかもしれない。

 

 だからというべきか、興奮を抑えきれず文章に釘付けになったまま歩いていたら、他の人にぶつかってしまった。

 

 「ヲっ」

 「す、すいませっ──!」

 

 油断していた。誰もいないと思って気が抜けていた。でも、確かにさっきまで誰もいなかったはずなのに。

 咄嗟のことでよく見れなかったが、きっとぶつかった相手は女性だ。

 ほとんど脊髄反射で謝罪の言葉が口から出たが、最後まで言い切ることができなかった。

 ぶつかった体の半身から、そこだけ雪にうずめたように寒気が走ったからだ。

 

  よろめきながら、ぶつかった相手の姿を視界に収める。

 

 ──それは、人の形をした怪物に見えた。

 

 その女は一糸まとわぬ姿で、年季の入ったコンクリートのようなねずみ色の肌をしていた。

 表面はナメクジのようなぬめりを帯びて気色の悪い艶を放っており、下半身に掛けては皮膚と一体化するように漆黒の装甲が貼り付いている。

 特にひときわ目を引くのは、頭の上に乗せている、光を反射しない漆黒の巨大な帽子らしきもの。二つの大きな窪みと、大きな口らしきパーツで顔のようなものが形作られたそれはほとんど生き物のようで、彼女と同じ灰色をしたへその緒のような触手が、床までだらりと垂れ下がっていた。

 

 彼女はその虚ろな瞳からぼうっとランタンのような黄色い光を発して、じっと俺を見つめていた。

 その表情は、心なしか驚愕しているように見える。

 

 けれども、俺の方にはそんなことを気にするような余裕はちっともなかった。

 急に鳥肌が立ち、体が途端に冷えて息苦しくなる。

 

 ──水の中に沈められた。

 なんとなく、そんな感覚だった。

 

 俺は溺れた経験はない。水場はあまり好きではないから、近づかないようにしていた。

 けれどこの息苦しさと無力感、孤立感は冷たい水の中に沈んだ時のそれだった。

 

 なんとかして、水面に上がらなくては。

 

 霞む視界の中で、白い尾が見えた。

 ──走馬燈だろうか。

 

 幼い頃に、実家で白くて大きな犬を飼っていた。

 人懐っこくて、大きな体のくせしてさみしがりやで、俺に甘えるのが大好きな犬だった。

 そんな愛犬が、ある日迷子になったことがある。雷雨の激しい晩に、雷の音に驚いて逃げてしまったのだ。

 家族みんなが大慌ててで、そのとき俺は、雨に打たれるのにも構わず必死に探して回ったものだ。

 

 俺が見つけたとき、愛犬はひどく弱っていた。

 目の前の白い尾は、そのときの白い犬の尾によく似ていた。

 

 雨に打たれて濡れぼそり、自分がどこへ来てしまったのかもわからない。信頼できる皆の姿もどこにも見えず、帰る道もわからない。もう、あの暖かい皆のいる空間には、二度と戻れないんじゃないか。そういう不安と絶望に満ちた姿。

 

 そんな様子だった。

 だから、俺は少しでも安心させてやりたくて、確か一番最初にこう声を掛けた。

 

 

「──おかえり」

 

 

 そう呟いた瞬間、途端にもやが晴れた。大きく深呼吸して、呼吸が正しくできることを確認する。大量の汗をかいていたようで、Tシャツの背中が汗でじっとりと貼り付いていた。

 

 ふと前を見ると、目のまえの鋼鉄のくらげを頭に乗せたような奇妙な女性の様子が変わっていた。

 先ほどまでどこか虚空を見つめるような胡乱な視線とは打って変わり、今では間違いなく俺一人に焦点を合わせている。ひょっとするともう俺しか見えてないんじゃないかというくらいの目力だった。

 

 なんだかわからないが、とにかく普通ではない。先ほどの現象もそうだし、目の前の女もそうだ。

 ちょっと手遅れのような気がしないでもないが、今すぐここを離れよう。

 

 資料館の内容も気になるが、背に腹は代えられない。

 若干後ろ髪をひかれる思いもあったが、俺は一目散に走り出して資料館を後にした。

 

 




 

 ヲ級ちゃんからは逃げられない。

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