昨日(正確には今日)の深夜に翌日(正確には今日)投稿すると言っておきながら、日付変更ギリギリになってしまいました。
最後の方は視点というか場面を変えて爺が出てきます。
ホグワーツ特急が出発して三十分程。私は最後尾にあるコンパートメントで本を読み聞かせていた。相手はもちろん上海と蓬莱に露西亜である。
この三体は夏休み中に魂を与えることに成功したことで自立行動が出来るようになった。空中移動なんかはドールズ用に調整した魔力を通すだけで魔法を発動できる指輪を装着させているので、それで浮遊術を発動させている。魂を得て自前の魔力を生み出し扱えるようになったドールズたちなら自分で魔法を使うことも可能となったのだ。しかし使用できるのは指輪に術式を込めた魔法のみで、魔法も一つしか込められないのが難点だが。
ちなみに今読んでいるのは“グリム童話”の初版である。来る前に上海たちに何が読みたいと聞いたらこれを持ってきたのだが、なぜこれをチョイスしたのだろうか?
移動中は特に変わったことも起きずに、あと一時間で到着する時間となった。去年と同様に認識阻害魔法を使用していたため移動中邪魔されることなく本を読むことができた。それにしても本を読んでいる途中で、処刑や殺人の場面になるとドールズがはしゃいでいたのは何故だろうか。少しだけこの子たちの将来に不安を感じてしまったのはしょうがないと思う。出来れば
上海たちにコンパートメントの掃除をさせながら、私は制服へと着替える。そして着替え終わったと同時に汽車が速度を落とし始めたのだが、時計を確認すると到着まではまだ時間があった。
汽車の速度が落ちるに比例して外の雨が勢いを増していくような感じがする。汽車が完全に停止する頃には、外の景色が見えないほどの豪雨となっていた。
「どうしたのかしら?」
部屋に張ってある認識疎外魔法を解除してコンパートメントの扉に手を掛ける。扉を開こうと手に力を入れると同時に周囲の異変に気がついた。
ピキピキと水が物凄い勢いで凍りつく音が聞こえて、その音源へと目を向ける。すると外とを隔てる窓が凍りつき曇りガラスのようになっていた。さらには廊下へと続く扉に填め込まれたガラスも同じように凍り始めている。
「なにかしら……嫌な予感がするわね」
私は杖を構えてドールズを後ろに待機させる。ゆっくりと扉を開いて外を確認すると、天井にまで届く黒いマントを全身に被った何かがいた。それは私がいるコンパートメントの反対側にある部屋へと覗き込んでおり、ガラガラと不快感を感じる音を発している。
「ここにシリウス・ブラックを匿っている者はいない!ここから去れ!」
突如として部屋の中から聞こえた声に驚くも、目の前の黒い何かは気にも留めていないのか再びガラガラと音を発している。だが次の瞬間、部屋の中から銀白色の動物が飛び出して黒い何かは銀白色の動物に追い出されるようにこの場から離れていった。
黒いのがいなくなると同時に冷たい空間となっていた場が元通りの暖かい空間へと戻り、凍りついていたガラスも元通りとなっていた。
私は杖をしまい、ドールズを部屋に待機させて向かいの部屋へと入る。
「失礼するわね。さっき黒い何かがいたけれど大丈夫だった?」
「アリス!?」
部屋の中にいたのはお馴染みのハリー一行とジニー・ウィーズリーにネビル、あとは若いが白髪混じりの男性だった。
「久しぶりねハーマイオニー。それで……ハリーは大丈夫?」
ハリーは床に倒れていて少し痙攣を起こしている。男性がハリーを見ているが、慌てていないところを見ると問題はないのだろう。
「それが部屋に入ってきた黒いのが音を立てたらハリーが急に倒れちゃって。先生、ハリーは大丈夫ですか?」
ハーマイオニーはハリーの様子を見ている男性へと問いかける。
「あぁ心配はいらないよ。少し気を失っているだけだ。しばらくすれば目を覚ますだろう」
「先生?というと今年から配属される新任の先生ですか?」
ハーマイオニーが男性のことを先生と言ったので聞いてみる。
「そうだよ。リーマス・ルーピン、闇の魔術に対する防衛術を担当することになっている」
「なるほど、防衛術の先生でしたか。ということは先ほどの魔法も先生が放ったものですか?確か……守護霊の呪文でしたよね」
私が守護霊の名前を口にすると、ルーピン先生は少し驚いたような表情で見てきたがすぐにハリーの看病に戻り、ハリーを椅子の上に寝かせたところで放しかけてきた。
「その通り、あれは守護霊の呪文だ。まだ若いのによく知っていたね」
「以前友人に守護霊を見せてもらったことがあるだけですよ」
友人とは言わずもがなパチュリーのことである。
「アリス、守護霊の呪文って?」
「文字通り守護霊を創り出す魔法よ。かなり高度な魔法で、形を持った守護霊を創り出せるのは相当の実力を持った魔法使いだと聞いたわ。そして
「本当に詳しいね。これじゃ闇の魔術に対する防衛術の先生としての立場がないかな」
ルーピン先生は笑いながら言うが、ハーマイオニーたちは少し青ざめている。
「ちょ、ちょっと待って。ということはさっきの黒いのは吸魂鬼なの?アズカバンの看守の?」
「そうだ。奴らはシリウス・ブラックを追って捜査網をどんどん広げている。今回汽車を止めたのもその一環なのだろうが、いくらなんでも非常識すぎる。私は今から運転手のところに行って話を聞いてくる」
そう言ってルーピン先生は立ち上がり、部屋を出る前に全員にチョコレートを渡した。
「食べるといい。気分が落ち着くよ。その子にも目が覚めたら食べさせてあげるといい」
チョコレートを配り終えたルーピン先生は、そのまま汽車の先頭へと向かって進んでいった。
「それじゃ私も戻るわ。もうすぐ到着すると思うから早めに着替えた方がいいわよ」
私は部屋から出て自分のコンパートメントに戻り、再び認識阻害の魔法を使ってから椅子に座る。
「あれが吸魂鬼か。初めて見たけれど確かにやばそうな生き物みたいね。幸福を吸い取り絶望を与える闇の生き物。最大の特徴は接吻と呼ばれる行為によって魂を吸い取られて廃人同然にしてしまうこと……か」
吸魂鬼に対抗できる手段が守護霊の呪文しかない以上早めに習得しておいた方がいいだろうか。吸魂鬼に襲われる可能性は高くはないが低くもないと聞く。過去、ヴォルデモートが猛威を振るっていた時代には吸魂鬼はヴォルデモートの配下だったらしいし、何かの切欠で人間を襲わないという保障もないだろう。
とはいえ、今のスケジュールで守護霊の呪文を練習している時間なんて正直いってない。いや双子の呪文も完成度はかなり上がってきた。十月……十一月までに満足のいく出来になればいけるだろうか。
頭の中で組み立てた相変わらずのハードスケジュールに思わずため息を吐く。自業自得とはいえ疲れるのは確かだ。
「アリス~」
「ん?」
横を見るとドールズが心配そうに見てきていた。特に上海は一番早く生まれたこともあってかドールズの中でも一番感情表現が豊かなので、そういった表現が最も顕著である。
「ごめんなさい。大丈夫よ、私だって自分が大事だもの。無茶はしないわ」
そう言い、ドールズの頭を優しく撫でていると汽車が停止した。私はローブを着て、フードの部分にドールズを入れて汽車を降りていった。
新入生歓迎会の翌日、早くも授業の時間割が配られて生徒は朝食後それぞれの教室へと向かっていった。私の時間割には必須科目の各教科の他に、選択科目である古代ルーン文字学、魔法生物飼育学、数占い学の授業が入っている。今はパドマとアンソニーと一緒に呪文学の教室へと向かっている。
「アンソニー、肌焼けたわね。夏休み中どこかへ旅行に行ったの?」
アンソニーは前学期と比べて明らかに肌が焼けている。まるで南の島にバカンスへ行ってきたと言わんばかりだ。
「う、うん。ちょっとインド近くまでね」
「へぇ、インド近く……ねぇ」
そう呟いてパドマを見る。するとパドマは顔を赤くしながら俯いてしまった。
「楽しかったようで何よりだわ」
「は……ははは」
アンソニーは苦笑いを浮かべながら頭を掻いている。
「リア充ばくはつしろ」
「むしろわたしがばくはつしてあげようか」
と、そんな二人を見て私の頭上をフヨフヨと浮いていた蓬莱と露西亜がそんなことを言った。まったく、普段は良い子なのに時たま口が悪くなるのだが、どうしてこうなったのだろうか。
「ねぇアリス。昨日から気になっていたんだけど。その人形、アリスが動かして喋らせているのよね?」
「いいえ、違うわよ。動いているのも喋っているのもこの子たち自身よ」
「上海です~」
「ホウライです」
「ろしあで~す」
ドールズがそれぞれパドマたちに挨拶をする。それを見てパドマは口を開けて固まっていて、アンソニーは目を見開いている。視線を感じて周りを見渡すと廊下にいる生徒もこちらを見ていた。
「え~と、それはつまり?前々からアリスが言っていた、人形に魂を宿すっていう研究が完成した……ていうこと?」
「まぁ、うん。そうなるわね」
「……」
私が肯定するとパドマは再び固まってしまい動かなくなる。というか早く行かないと授業が始まってしまうのだが。
「「え……ええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」」
いきなりパドマとアンソニーが大声で叫んだので思わず耳を塞ぐ。ドールズもいきなりの大声に耳を押さえているようだ。
「ちょ、ちょっと待って!本当に!?この人形たち本当に生きているの!?」
「細かくは違うけれど、まぁその認識で構わないわ」
「え!?いや、だって……ええぇぇぇぇ!?」
アンソニーは上手く言葉に出来ないのか“え”ばかり言っている。
「ほら、それより早く教室へ行くわよ。もうすぐ授業が始まるわ」
私はいまだに混乱しているパドマたちを置き去りにして教室へと向かっていった。
まぁ予想通り、呪文学の教室でもパドマたちの追及は続いた。フリットウィック先生が教室へと入ってきていまだ続く騒ぎの理由をアンソニーから聞くと、普段は穏やかな表情を驚きというか驚愕というか、そんな感じの表情に変えて根掘り葉掘り聞いてきた。当然、儀式やそれに関する事柄は伝えずに、内容の殆どはぼかして説明したが、その説明だけで初回の呪文学の授業が終わってしまった。
それから数日は学校中の注目となってしまった。常に私の周りでドールズが動いているのも一因だが、噂の広がりが早いこと早いこと。あまりの騒ぎに、遂にはマクゴナガル先生やダンブルドア校長まで出てきたほどだ。二人にも色々聞かれたがフリットウィック先生にしたのと同じように全容は明かさずぼかして話した。勿論二人は納得していないだろうが、確かめる術など今の状況では存在しないし、常に目を合わせないようにしているので開心術を使わせないようにしている。さすがに教師が生徒に対して開心術なんて使わないだろうが、用心に越したことはない。
とはいえ、私を中心とした話題もそんなに長くは続かなかった。いや、いまだに多くの視線は感じるが、それ以外にも生徒が気になっていることが起きたのだ。原因は最初の魔法生物飼育学の授業で起こった事件だろう。
初日の午後に行われた魔法生物飼育学の授業では、受講している人数が少なかったのかグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンの四寮合同授業となった。教員は今年からこの教科を担当することになったハグリッドだ。ハグリッドは生徒を禁じられた森の中へと引率していき、開けた場所まで案内するとどこからか巨大な鳥のような生き物を連れてきた。ハグリッドによるとヒッポグリフという生き物らしく、詳しくは教科書の六十七頁に載っていると言っていた。
ちなみにこの授業で使う教科書は“怪物的な怪物の本”というもので、本自体に魔法が掛かっているのか元々そういう生き物なのかは不明だが、とにかく暴れるのだ。それはもう面白いぐらいに。あまりにも面白すぎてドールズたちの運動も兼ねて戦わせてみた。
最初はドールズ総掛かりでも苦戦していたが、しばらくすると一体だけでも鎮圧できるほどになり、そのころになると最初の凶暴さがなくなり大人しくなったが、代わりに至るところに傷がついていて古本とさえ形容し難い見た目になってしまった。
話を戻して、ハグリッドは生徒の中からハリーを選んでヒッポグリフに触れさせた後、他の生徒にも同じように触らせていた。ここまでは順調だったのだが、何を思ったかドラコがヒッポグリフのことを侮辱したことでヒッポグリフに襲われて怪我を負ってしまい、授業が中断となってしまったのだ。
ドラコの注意不足や軽率な行動によって起こった事件だったが、客観的に見れば授業において生徒の傷害事件が起こったことに変わりはなく、ハグリッドは現在停職中、ドラコを傷つけたヒッポグリフは鎖に繋がれることとなった。ハグリッドとヒッポグリフの処置は学校の理事たちが話し合っているようだが、反応はよくないらしい。
ハグリッドのことが好きな生徒も嫌いな生徒もその話題に気がいっているのが、私の話題が引いていった理由だ。最も、殆どの生徒はドラコとハリーの対立を眺めているみたいだが。
古代ルーン文字学や数占い学の授業ではハーマイオニーと会うことが多く、授業が始まるまでは二人で話したりしている。
「ねぇ、アリスからマルフォイに言ってくれない?怪我をしている振りは止めなさいって」
「そこで何で私に頼むのかが分からないんだけれど?」
そんなことは自分で……言ってもドラコが聞くはずないか。ハリーたちのことは相当嫌っているみたいだし。ハリーたちにも言えることだけれど。
「分かってるわ。でもアリス以外に頼める人がいないの。アリスはスリザリン生程ではなくてもマルフォイと仲が良いでしょう?」
「それは勘違いね」
別に私とドラコは仲良しでも何でもない。確かに私はドラコのことは嫌いでもなければ好きでもない。時たま話しかけたりもするが、それは挨拶的なものであって会話をしている訳ではない。ドラコの方はマグル生まれである私のことは嫌いであっても良くは思っていないはずだ。まぁハーマイオニー程嫌われている感じはしないが、あくまで主観なので当てにはならない。
「私が言っても止めないわね。そもそも他人に言われて簡単に止める程度なら始めからしていないわよ」
ハーマイオニーには悪いけれど私からドラコをどうこうする気はない。下手にドラコを刺激して火の粉がこちらに飛んできても面倒だからだ。
闇の魔術に対する防衛術の授業では多くの生徒が新任の先生について話し合っていた。一昨年去年と二期連続で担任が変わり、一昨年は変わり者、去年は無能ということもあり、今年の先生に対しても不安が出ている。
やがて時間になり、教室へと入ってきたルーピン先生は以前見たときと同じ年季の入った服装をしていた。
「みんな、はじめまして。これからこの学科を担当するリーマス・ルーピンだ。期待を裏切らないように精一杯やっていくのでよろしく」
そう言って授業を始めたルーピン先生は生徒に教科書を片付けさせて机をどかし、一つの箪笥を教室の前に持ってきた。
「この箪笥の中には“まね妖怪”が入っている。まね妖怪について知っている子はいるかな?」
その言葉に何人かの生徒が手を上げる。ルーピン先生はその中からハッフルパフの生徒を選んで答えを促した。
「まね妖怪は形態模写妖怪と言われていて、相手が一番恐れるものに姿を変える生き物です」
「そのとおり。だから箪笥の中にいるまね妖怪の姿を見たものは誰もいない。では、一見まね妖怪は私たちにとってとても厄介な生き物に思えるが欠点もある。わかるかな?」
再度の問い掛けに数人の生徒が手を上げ、今度はレイブンクローの生徒を指した。
「特定の相手が怖がるものにしか変身できないことです。こちらが複数人いた場合、まね妖怪は誰にとって怖がるものに変身すればいいのか分からず混乱します」
「すばらしい、よく勉強しているね。そのとおり、こちらが複数人いれば比較的楽にまね妖怪を退治することができる。それでは実際にまね妖怪を退治してみようか。今回はまね妖怪というものを体験するために一人ずつやってもらおう。まね妖怪を退治する呪文は簡単だが強い精神力が求められる。その真髄は笑いだ。まね妖怪に君たちが滑稽だと思える姿をとらせる必要がある。呪文は“リディクラス ―――ばかばかしい”だ」
ルーピン先生の説明が終わり、何回か呪文の練習をした後に一人ずつ前へ出てきてまね妖怪退治の実習が始まった。最初はみんな梃子摺っていたものの、まね妖怪が変な姿に度々変化するのを見ていい具合に力が抜けたのか後半になるにつれて順調に進んでいった。
「では次は、ミス・マーガトロイドにやってもらおうかな」
私の番が来たので前へと出る。杖を構えたのを確認するとルーピン先生は箪笥の扉を開いた。まね妖怪が何に変身するのかは分からないが、私が恐れるものが何かは興味がある。そして箪笥が開き、中から出てきたものは。
「……これか」
私の前に現れたのはシーツを被せられた大きな膨らみを乗せたベッドだった。他の生徒は最初それが何か分からなかったのかざわついていて、ルーピン先生もこんなものが出てくるとは思っていなかったのか戸惑っているようだ。
「“リディクラス ―――ばかばかしい”」
杖を構えて呪文を唱える。ベッドは組み合わさったパイプがバラバラになったあと再びくっついて、シーツと膨らみを覆う鳥かごのような形になる。そのあとパイプに覆われたシーツの中からシーツに包まれたスネイプ先生がおどおどした表情で現れた。スネイプ先生のそんな姿を見た他の生徒は指を刺しおなかを抱えながら笑っていた。スネイプ先生、貴方の犠牲は忘れません。
「よーし!ミス・マーガトロイドもよくやったね。それじゃ次はミス・パチルにやってもらおう」
私は生徒たちの中に戻りパドマの前に出たまね妖怪が大きな蠍に変身しているのを見ながらさっきのことを思い出す。まね妖怪が変身したのは、幼い私が病院で見た両親の亡骸を乗せたベッドだろう。まね妖怪は相手が一番恐れるものに変身するが、一番トラウマに感じているものにも変身することもある生き物だ。
怖い。確かに両親の死は怖かったが、それは当時のことで今現在怖がっている訳ではない。ということは両親の死がトラウマになっていることなんだろうが、自覚はしていなかったので今回のことは不意を突かれた。もう昔のことなので吹っ切っていたと思っていたのだが、両親の死は私が思っている以上に深い傷となっているのだろうか?
「なんだかなぁ」
思わず溜め息を吐くも、それは周囲の笑い声に掻き消されていった。
授業が終わった後、私はルーピン先生に残るように言われ、今はルーピン先生の教員部屋へとお邪魔している。
「お待たせ。キャラメルチョコレートだ。気分が良くなるよ」
テーブルの上に出されたカップからはキャラメルとチョコレートの香りが立ち昇り鼻腔を擽る。カップを手にとって一口飲んでみるとキャラメルの甘さとチョコレートの苦さが良い具合に合わさり絶妙な味を出していた。
「美味しいですね。これは先生の手作りですか?」
「まぁね。僕が自信を持って作れる数少ないものだよ」
ルーピン先生は笑いながら言った後、自分も飲み始める。しばらくは無言でキャラメルチョコレートを飲む時間が続くが、ふいにルーピン先生が口を開いた。
「今回の授業ではすまなかったね。生徒のことを考えずにまね妖怪を用意したのは配慮が足りなかったかもしれない。君のような子もいるべきだと考えておくべきだった」
多分、先ほどのまね妖怪が変身した私の怖いものについて言っているのだろう。まぁこちらとしては良くない過去を強制的に思い出させられた感じだ。その切欠を作った教師が責任を感じるのも当然かもしれない。
「別に気にしなくてもいいですよ。確かに吃驚しましたけれど、昔のことですしそれなりに整理はついていますので先生が気に病むことはないです」
「そう言ってもらえると助かるよ」
そう言ってキャラメルチョコレートを一口飲んで一息ついた先生は、ふいに私の背後に視線を向けた。
「ところでさっきから気になっていたんだけれど、後ろの人形は君が操っているのかい?」
私の後ろではドールズが部屋の中を触りこそしていないものの、チョロチョロと動き回っていた。元々人前では多く喋らないので気にならなかったが、先生からしたら常に視界に入っていただろうから相当気になったんだろう。
「いえ、私は何もしていませんよ。というか学校での噂は耳にしているのではないですか?」
「……じゃぁ、この人形は本当に生きているのかい?」
「細部は違いますけど、その認識でいいですよ」
噂は知っていたが本当だとは思っていなかったというところか。まぁ普通は人形が生きているなんて信じようとしないでしょうし、当たり前の反応ではあるか。
「すごいね。いや、本当にすごい。こんな魔法見たこともない。一体どうやって人形に命を与えたんだい?」
「どうと言われても、フリットウィック先生やマクゴナガル先生にお話したぐらいしか話すことはないですよ。先生も予め話は聞いているのではないですか?」
前聞かれたときもそうだったが、闇の魔術の中でも筆頭のホークラックスを参考にしましたなんて言える訳がない。
「うん。ある程度のことはフリットウィック先生やマクゴナガル先生から聞いているよ。でも僕としては何か革新的な魔法か技術が使われているんじゃないかって思っているんだ」
「それはまた、どうしてそう思ったんですか?」
「闇の魔術の防衛術なんて教科を教えていることもあって、魔法についてはそれなりに詳しいと自負はしているんだ。でも人形に命を与えるなんて魔法や技術は聞いたことがないからね。もしかして僕の知らない未知の技術か何かがあって、君がそれを発見したのではと思ったのさ」
「……そうですか。でも期待を裏切るようで心苦しいですけど、そんな大層な発明なんてないですよ。全部を教えられないのは確かですが、どれも今ある魔法を組み合わせたものですし」
「そうかぁ、僕の早とちりだったかな。まだまだ勉強が足りないな。おっと、もうこんな時間だ。長く引き止めてすまない。片付けは僕がやるから君はもう帰りなさい」
「そうですね。それでは失礼します」
先生にお辞儀をしてから部屋を出て行く。寮へと続く廊下を歩きながらルーピン先生との会話を思い出す。先生は純粋に好奇心で聞いてきたみたいだけれど、正直言って怪しい。マクゴナガル先生と比べてあっさりと引き下がったのも気になったが、一番はこちらを見る視線だ。上海の視界を通して見た先生の目はこちらの考えを見透かそうとしている感じだった。さすがにあの場で開心術なんて使用はしないかと思ったが念のため視線を合わせないでよかったかもしれない。視線を直接合わせない時点で何か知られたくないことがあると白状しているようなものだが、心を見られるよりかはマシだろう。
「ふむ、目新しい情報はなしか」
「えぇ、フリットウィック先生やマクゴナガル先生、ダンブルドア校長が聞いたこととあまり変わらないかと」
「ふむ、ありがとうルーピン先生。嫌な仕事をやらせてしもうたな」
「私のことはいいですが。しかし、それほどまで彼女を警戒する必要があるのですか?確かに他の生徒と比べて色々飛び抜けてはいますが、校長が言うほど危険とは思えませんが?」
「わしとて生徒を疑うようなことはしたくないが、しかし彼女が他の生徒と比べていささか特異であるというのも事実じゃ。ルーピン先生、優秀とはいえ一年生が死喰い人を相手に勝ちを得られると思うかね?」
「普通に考えれば無理でしょう。たとえ相手の死喰い人の実力が低かったとしても僅か一年生にどうこうできる相手ではないはずです」
「さよう。可能不可能で問われれば可能ではある。彼女はそれを可能にしたのじゃが……いや、これはよかろう。確かに珍しいことではあるが、わしがホグワーツで一年生だったころにも彼女以上の力を持った魔法使いはいたしの。深く考えることではないかもしれん」
「ですが……」
「うむ。もう一つ、あの人形については注意が必要じゃ。本人は既存の魔法を組み合わせた特別な術式を使用していると言っていたが、そのぐらいであの完成度の人形を作るのは無理じゃ。もしそれが可能ならば過去多くの魔法使いが実現させているじゃろう。少なくとも魂か生命に関する高度な魔法が使われていることは間違いないと考えておる」
「しかし、それこそ無理ではないですか?彼女は優秀とはいえ学生です。魂に関する魔法もピンからキリまでありますが、それでも複雑さや秘匿度はかなり高いはずです。学校の禁じられた棚にならいくつかはあるでしょうが、彼女が忍び込んだのは一年生の一回だけでそれ以降はないのでしょう?」
「わしも最初はそう思っておったが、可能性だけを突き詰めるならばいくらでも選択肢は存在するのじゃ。そのうちの一つとして秘匿度の高い魔導書を所持している魔法使いと知り合いということも否定はできん」
「彼女は魔法を知ってからまだ二年と聞きます。そんな短期間で都合よくそのような魔法使いに出会えるとは思えませんが。たとえ出会えたとしても、そのような魔導書をもっているのは闇に属する魔法使いが殆ど。彼らが他人に魔導書を与えるとは思えない」
「何かしらの取引をしたというのも可能性としては存在するが……ふぅ、そのようなことを言っていてはどこまでいっても際限がないの。今は分からないことが多すぎるのでな、とりあえずは不自然にならない程度に彼女のことを見ていてほしい。彼女は聡いのでな、気がついたとき程度の感覚で構わん」
「……一つだけ聞かせてください。貴方ほどの方が彼女をそこまで警戒する理由はなんですか?」
「……似ているのじゃ。彼女の知識の探求のあり方じゃが、それが過去に見たある者の姿に近く感じるのじゃ。細かいところで見れば明確に異なっているのじゃが、全体を通して見ると限りなく近い。一歩間違えれば重なってしまうぐらいには近いあり方じゃ。それに加えて今回の人形の件じゃ。魂に類するもの魔法は総じて闇の魔術に関するものが多い。彼女がそのような魔術に手を染めているとすれば、あの者と同じようになってしまう可能性とてありえる」
「あの者というのは……まさか」
「うむ、ヴォルデモートじゃ。あの者も在学中は表面上優秀で模範生であったが、陰では闇の魔術の深くまで入り込んでおった。そして彼女も表面上優秀な生徒であり、陰で禁忌に触れている可能性がある。あくまでわしの推測に過ぎないが、かといって軽視は出来ぬ問題じゃ」
「しかし……」
「それにルーピン先生。彼女と話していて何か違和感を感じなかったかの?」
「違和感ですか?」
「そうじゃ。これはマクゴナガル先生やスネイプ先生にも確かめたことじゃが、彼女は相手、特に我々大人と話す際には必ずといっていいほど視線を合わせんのじゃよ」
「それは……まさか開心術を警戒しているということですか?」
「恐らくの。閉心術が使えぬ者にとって相手の開心術を回避するのに最大の効果を発揮するのが視線を合わせないことじゃ。彼女は大人と対面するときは視線を一度たりとも合わせようとわせん。少なくてもわしの知る限りではの。それはつまり、視線を合わせることで心を覗かれることを恐れているとも解釈できる」
「……わかりました。必要以上に干渉するのは避けて、彼女のことを見てみます」