魔法の世界のアリス   作:マジッQ

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暴き

ピーブズからシリウス・ブラックについて聞き出してから幾日かが経った。現在はイースター休暇中であり、談話室には朝から多くの生徒が集まっている。テーブルを寄せ合って広げた教科書や羊皮紙に向き合っているグループや一人でいるのもいるし、テーブルを取れなかった生徒は窓際やどこからか小さいテーブルを持ち込んでいる。

 

その原因は大量の宿題だろう。イースター休暇に入る際に、殆どの教科から大量の宿題が出されたのだ。生徒たちは休暇もそっちのけで宿題の消化に全力で取り組んでいるのが現状。そうしなければ終わらないからだ。

 

もちろん私もその中の一人だが、今回出された宿題は量こそ沢山あるものの内容事態はさほど難しいものではないので、順調に消化していき最後の一つに取り掛かっている。パドマやアンソニーも順調に消化していっているが、まだ三分の二といったところだ。一度、パドマに何でここまでの差が出るのか不思議に思われたが、私は大体の教科書や参考書の内容を暗記しているので、その違いだと思う。

 

 

「ねぇ、アリス。ここがちょっと分からないんだけれど教えてくれる?」

 

私が羽根ペンを置いて一息ついたところで、ルーナが教科書と羊皮紙を抱えてきた。ルーナは私の手が休んだときを狙ってよく質問に来るのだが、これはレイブンクロー内では実は珍しい。レイブンクローの特色は叡智を求める者が集まる傾向にあるのだが、その手の人は大抵が勉強に関してプライドが高いことが多い。故に人と討論し合う事はあっても教えを請うということはまずしないのだ。先生への質問は別だが、上級生にしろ同級生にしろ質問なんてしないで、自分の力だけで問題を解くのがレイブンクローだ。

 

そんな中でルーナは分からないことを遠慮無しに質問してくるのだから、レイブンクロー内でも普段の態度と合わさって異質のような目で見られている。ルーナは気にしていないようだけれど、ルーナの周囲に人がいるというのを入学当初以来は数回しか見たことがない。

 

「ふぅ、別にいいけれど、ちゃんと自分で調べてから来たのでしょうね?」

 

「もちろん。いくら私でも最初から人に聞こうとは思ってないもん」

 

つまり自分が他人と違うところがあるということを理解はしているのか。それでも変えようとしないのは変える必要がないからか。それとも、他人と自分の見方や価値観が違っていても自分がそれに納得していれば問題がないと考えているのだろうか。もしそうだとしたら私もそれには同意だけど。

 

 

 

ルーナに勉強を教え終わった私は自分の宿題の仕上げをする。元々そんなに残っていたわけではないので三十分程で終わった。パドマの方を見るとアンソニーと頭をつき合わせて羊皮紙にガリガリと羽根ペンを走らせていたのでそのまま寝室へと戻ることにする。

 

 

イースター休暇は残り三日。特にやることもないので、作成中の人形“倫敦”“仏蘭西”“オルレアン”の三体の制作を行っていく。倫敦人形は橙色の洋服を着た人形、仏蘭西人形は緑色の洋服を着た人形、オルレアン人形は紫色の洋服を着た人形だ。また、上海がランス、蓬莱が剃刀を持っているように、この三体もそれぞれ武器になる物を持たせる予定である。

倫敦には針、仏蘭西には剣、オルレアンには盾付のハルバートを持たせる。当然これらは飾りではないので、ちょっとした処理を行う。

 

針には爆発呪文の効果を付与させて刺さったものに爆発呪文と同じ効果を及ぼし、剣には錯乱呪文の効果を付与させて斬りつけた対象に錯乱呪文の効果を及ぼし、盾には盾の呪文の効果を付与させて相手からの攻撃に対する守りとする。

ちなみに上海や蓬莱や露西亜に持つものにも各々処理を行うつもりだ。上海の持つランスには発光呪文、露西亜の持つ鎌には麻痺呪文、蓬莱の持つ剃刀には研究中のバジリスクの毒を仕込ませる。

 

処理諸々の作業は大変だけれど、基本はドールズに持たせている指輪と同じなので問題はないだろう。

まぁ正直いって物騒な装備品だとは思うが、人生なにが起こるか分からないし死喰い人なんて連中が未だにいる世の中だし、備えあればなんとやらということだ。

 

 

 

 

イースター休暇が終わり、最初の土曜日。今日はいよいよ今シーズン最後のクィディッチの試合の日だ。対決するのはグリフィンドール対スリザリン。グリフィンドールが二百点以上の差をつけて勝利すれば優勝杯がグリフィンドールに、スリザリンが点数を縮められないうちに勝利すれば優勝杯はスリザリンの手に渡る。

 

グリフィンドールにとっては厳しい試合となることだろう。何せ優勝杯を取りにいくにはスニッチを捕まえる前にスリザリンに五十点以上の差をつけなければならないからだ。それ以下の点数差ではたとえグリフィンドールがスニッチを掴んでも優勝杯には届かない。

試合には勝って勝負に負けるということだ。

 

グリフィンドールとスリザリンの牽制のし合いは一週間以上も前から続いている。スリザリン生がグリフィンドールのチームメンバー、特にハリーを狙って常々ちょっかいを出し続けてきた。それに対して、グリフィンドール側は常に選手の傍には他の生徒が囲み、決して危害を加えさせないように構えていた。そこにレイブンクローやハッフルパフまでも加わってきたのだから、試合前から両者の緊張は最高潮となっていただろう。

 

 

 

 

「さぁさぁ遂にやってきました!グリフィンドール対スリザリン!会場はかつてないほどに熱気に包まれております!」

 

リー・ジョーダンが試合前のパフォーマンスを行っているのを聞きながら空いている応援席に座る。彼の言うとおり応援席の熱気はすごいものがある。

グリフィンドールの応援席では寮シンボルの獅子を描いた真紅の旗や横断幕を振りながら空気が重く響くほどに声を発している。

対するスリザリンも負けてはおらず、全員が緑色のローブを身につけて乱れずに並び、銀色の蛇を描いた濃緑の旗や横断幕を振ってグリフィンドールに負けずと声を出している。その最前列ではスネイプ先生がいつもの黒いローブではなく生徒と同じように緑のローブを着て陣取っていた。

 

選手が入場し、競技場の中央で円を描くように整列する。両キャプテンが一歩前に出て握手をしているが、相手の手を握り潰してやるという狙いがここからでも分かるほどに殺気立っている。

 

 

「さぁ始まりました!最初にクァッフルを取ったのはグリフィンドール!そのままスリザリンを振り切ってゴールへと―――と、駄目だぁ!グリフィンドール、スリザリンにクァッフルを取られてしまう!」

 

グリフィンドールが先取点を取るかと思われたが、スリザリンの妨害で失敗に終わった。そこからスリザリンの反撃に入るが、グリフィンドールのビーターが打ち放ったブラッジャーがスリザリンに当たり、クァッフルは再びグリフィンドールへと渡る。

 

「よし、そこだ!いけアンジェリーナ!スリザリンの妨害を見事にかわしています!危ないブラッジャーだ!―――よしかわした!そのままゴールポストへ―――ゴォォォォル!!!」

 

先取点は見事グリフィンドールへと入った。グリフィンドールの応援席から爆音と思える歓声が上がる。

 

 

そこからは泥仕合といえる展開が続いた。点数ではグリフィンドールがリードしているが、試合が進むにつれてスリザリン側のプレーに荒々しさが目立ってきている。もはやペナルティーなど気にしないで、選手を潰すことに力を入れていると思えるほどだ。というか、実際にスリザリン側からしたらそれが狙いかもしれないが。

 

そして点数はついに七十対十。グリフィンドールが六十点差でリードした。ここでハリーがスニッチを取れば優勝杯はグリフィンドールのものとなる。

競技場が若干静かになり、応援席にいる全員の視線がハリーに集中している。ハリーもそれが分かっているのか試合開始直後の控えめな飛行から一変して競技場を飛び回っている。

その数分後、ハリーがスニッチを見つけたのか身体を前に倒し急加速しようと動き出す。競技場は一瞬湧き上がるが、次の瞬間スリザリン側を除いてブーイングの嵐が巻き起こった。

 

その原因はドラコだ。ハリーが急加速する直前に自身の箒から乗り出し、ハリーの箒の尾の握り締めながら引っ張っている。あまりにマナーに外れた行為であろうドラコの行動に誰もが怒り狂っている。選手や生徒は勿論、マクゴナガル先生ですら罵倒を怒鳴り散らすリー・ジョーダンを諌めもせずに自ら叫んでいる。

 

ドラコのプレーを境にグリフィンドールの動きは荒々しくなり、逆にスリザリンの動きは活気付いている。そして、その隙をつかれたのかスリザリンにゴールを決められてしまう。

点数差は五十点。ここでグリフィンドールがスニッチを取ってもスリザリンに勝つことは出来ない。先ほどまではドラコがハリーをマークしていたが、今では逆転していた。

 

「アンジェリーナ!スリザリンからクァッフルを奪い返します!そのままゴールへ―――くそ!スリザリンが全員でブロックにきてやがる!アンジェリーナ頑張れ!―――あれは!?ハリー・ポッターだ!」

 

スリザリンが総出でブロックしている場所に、ドラコをマークしていたハリーが猛スピードで接近してきていた。思わぬハリーの乱入にスリザリンは散り散りになり、そのチャンスを逃さずにグリフィンドールはゴールを奪った。

しかし、それとほぼ同時に上空を飛んでいたドラコが急下降を始める。ドラコの進行方向を見ると地上スレスレの場所に金色の何かが見えた。恐らくスニッチだろう。

 

ハリーも急下降するドラコに気づき追いかけるが、いかんせんスニッチまでの距離の差がありすぎる。普通ならドラコがスニッチを取ることを誰も疑いはしなかっただろう。そう思わせるだけの絶対的な差がついているのだから。

しかしそれも普通―――条件が同じ場合だ。ハリーが乗っているのはドラコのニンバス2001を遥かに上回る性能を誇るファイアボルト。加速スピード・最高速度の両方で圧倒するファイアボルトの性能か、それともそれを乗りこなすハリーの才能か、あるいは両方か。

ともかく、ハリーは大きく開いていた距離を圧倒的な速度で縮めてドラコに追いつき、手を伸ばした。

 

「―――やったぁぁぁぁ!!ハリー・ポッターやりました!僅差でスニッチを捕らえた!!二三十対二十!!グリフィンドールの勝利!グリフィンドールが優勝杯を手に入れたぁぁぁぁぁ!!」

 

競技場はもはや爆音の嵐だった。グリフィンドールの選手はハリーを中心に抱き合い叫びながら下降していく。地面に降りればそこに応援の生徒も混じって大騒ぎしている。

 

私は正直そんなもみくちゃの中には行きたくないので、応援席の前のほうに陣取りながら競技場の外へと肩車されながら運ばれていくハリーや他の選手たちを眺めていた。

 

 

 

 

 

そんな私だから気づけたのかもしれない。

競技場の奥、学校から一番遠く禁じられた森に一番近い応援席の上。

そこに大きな黒い犬がいたことに。

 

私は自分の周りに人がいないことを確認すると、制服のポケットに入れていた本の虫を素早く引っ張り出して開く。その際に一瞬だけさっきの場所に視線を向けるが、そこにはもう黒い犬の姿は見えなかった。

 

本の虫で“クィディッチ競技場と禁じられた森及び暴れ柳に至るまでの広範囲の地図”を開く。頁が捲れ白紙だった紙に上空写真で見たような広範囲の地図が浮かび上がった。地図には先ほど私が指定した範囲にいる全ての生物の黒点が浮かび上がっている。最も競技場から校庭と学校までの道には大勢の生徒がいるため、黒い染みが蠢いているようにしか見えないが。

だが、私が見ているのはそれとは反対方向。禁じられた森の中とその周辺にはいくつかの黒点が記されていて僅かに移動している。広域で移したから移動していたとしても微々たるものなのだろう。

その中で、猛スピードで移動している黒点を見つけた。黒点は禁じられた森を大回りしながら学校の中庭―――へは行かずに、そのまま森の奥へと入っていく。

 

暴れ柳から叫びの屋敷へと向かうものと思っていた私は一瞬呆気に取られたが、急いで禁じられた森の全体を映すように切り替える。禁じられた森では数多くの黒点が蠢いていた。ポツポツと広がっている黒点もあれば多くの黒点が集まっている場所もある。猛スピードで移動する黒点は常に森の生物に近づかないように動き回り、やがてある一点で動きを止めた。

黒点が止まった場所を拡大する。すると黒点しか映っていなかった場所に文字が浮かび上がってきた。そこに書かれていた名前は―――

 

「シリウス・ブラック……ビンゴね」

 

先ほどの黒い犬は太った婦人が切り刻まれた夜にいた犬と同じ。そしてあの犬こそがシリウス・ブラックの変身した姿ということ。つまりシリウス・ブラックは推測どおり非登録の動物もどきであるとこが確定した。これでアズカバンの脱走やホグワーツへ侵入できたことも理由付けられる。

 

 

 

 

いよいよ学期末のテストが近づき、生徒はピリピリした空気を纏っている。クィディッチの試合があった日から一週間は熱気に包まれていたが、今はそれが嘘のように静まり返っている。少しでも時間が空けば教科書を開き、夜は遅くまで復習や課題に取り組んでいる者が殆どだ。

 

 

あの日、シリウス・ブラックを本の虫で捕捉してからは、マーキングによって常に動きをトレースしている。シリウス・ブラックはあの日以降森からは動いていないようだ。

 

ちなみに、シリウス・ブラックが禁じられた森にいることは誰にも教えていない。言えば本の虫のことを説明しなければならないし、そこからパチュリーのことも知られてしまう可能性がある。パチュリーは人に知られようが気にしないようなことを言っていたが、あんなところに隠れ住んでいる以上は必要以上に知られたくはないと私は思っている。パチュリーには色々と助けてもらっているので、できれば余計な迷惑はかけたくはない。

 

前々から思っていたが、改めて自分のことを冷たい人間だと思う。シリウス・ブラックのことを教えないということはつまり、犠牲者が出た際にそれを容認していたということと同義なのだから。

 

「まぁ、私の推測が当たっているなら犠牲者なんてでないでしょうけれど」

 

もしシリウス・ブラックが犠牲者を出すつもりならとっくに出ているだろう。シリウス・ブラックの犯罪の真偽がどうであれ彼自身は相当実力の高い魔法使いである可能性は十分にある。いや、動物もどきであるとはいえ吸魂鬼を出し抜けるほどだ。間違いなく魔法使いとしては強者の部類のはず。その気になれば生徒から奪った杖でも十分に戦えるだろう。

それなのに犠牲者を出していないということは、狙っている獲物がいないのか別の目的があるのか。

 

最も運がいいのか悪いのか、私にはその心当たりがあるのだが。

 

「本当、偶然ってなにが起こるか分からないわね」

 

私の手にある本の虫には二つの場所が描かれている。左の頁には禁じられた森にいるシリウス・ブラックを中心として広範囲の地図。右の頁には禁じられた森の傍にあるハグリッドの小屋が映し出されている。小屋の中にはハグリッドと飼い犬のファング、小屋の外にはヒッポグリフのバックビークの名前が浮かび上がっている。そしてもう一つ、小屋の中に一つの名前があった。

 

「ピーター・ペティグリュー……ね。ハグリッドに気づかれていないということは小さい何かに変身しているのかしらね」

 

彼の名前を発見したのは偶然としか言いようがない。本の虫でピーブズを探して学校内を調べていた際に、大広間で彼の名前を見つけたのだ。最初は何かの間違いかと思ったが、近くにいたこともあり確認にいったところ大広間の隅っこで一匹の鼠が残飯か何かを食べていたのだ。鼠は私の姿を見た後すぐに外に走っていったが、本の虫でピーター・ペティグリューの動きを追っていた私には、その動きと鼠の動きが一致しているのを確認したのだ。そのまま彼を追跡したところハグリッドの小屋で止まり動かなくなった。

 

普通の変身術で長い間変身し続けるというのは熟練者でも難しい。だが動物もどきなら、たとえ術者が気絶したところで変身が解けることはないので、長期間の潜伏にはもってこいだろう。そして公式で死んでいるピーター・ペティグリューが動物もどきとして生きている以上は、彼もシリウス・ブラックと同じ非登録の動物もどきということだ。でなければ魔法省がとっくに彼の生存を確認しているはず。

 

また、ピーター・ペティグリューが鼠の動物もどきだとすると、彼が死んだとされる例の事件において下水管を通って生き延びたのは間違いない。もし、その日以降ずっと鼠として生きてきたというのならある意味尊敬できるほどの忍耐力だ。

 

シリウス・ブラックがいまだ生徒に危害を加えていないということは、恐らく本当の目的がピーター・ペティグリューにあるからだろう。二人の因縁は知らないが、シリウス・ブラックがアズカバン送りとなった原因であるピーター・ペティグリューが生きているのだ。彼がこの真実を知っているのだとしたら是が非でも捕らえて話を聞くなり殺すなりしたいはずだ。

 

 

 

 

テストが全て終了し、生徒たちは各々が思い思いの時間を過ごしている。すっきりしている者もしればこの世の終わりとでも言いたげな者、教科書を開いてテストの解答を確かめている者など様々だ。

 

私も解答があっているか教科書やノートでチェックし終わったところだ。実技系の試験も含めて、特に問題らしい問題はなかったのでテストに関しては大丈夫だろう。

ちなみにテストは四日間に渡って行われた。私のスケジュールは、月曜日は“魔法史”“変身術”“呪文学”、火曜日は“魔法生物飼育学”“魔法薬学”“天文学”、水曜日は“古代ルーン文字学”“数占い学”“薬草学”、木曜日は“闇の魔術に対する防衛術”といった感じだ。時間割は生徒によって必修と選択がバラバラなので、学校側で上手く調整したのだろう。

 

それと、先ほどスリザリン生が話しているのを聞いたのだが、ヒッポグリフのバックビークの控訴が今日行われ、その結果次第では今日の内に処刑されてしまうのだとか。それに伴い魔法省大臣のコーネリウス・ファッジと危険生物処理委員会の執行人が来るらしい。

それを聞いていると、どうにも今回の控訴は茶番だと思う。魔法省大臣はともかく死刑の執行人がいるという時点で処刑する気満々ではないだろうか。

 

 

 

夕食を食べ終わった後、本の虫を開きながら寮へと戻ろうと進んでいた。本の虫には人前でも一目では怪しまれないようにカバーを被せている。シリウス・ブラックとピーター・ペティグリューの動きを確認しようとしたところ、ピーター・ペティグリューを監視していた頁に変化があった。ハグリッドとファングとピーター・ペティグリューの名前しかなかった小屋の中にハリーとロンとハーマイオニーの名前が追加されたのだ。

何をやっているのかと疑問に思ったが、先ほどドラコがバックビークの処刑が決まったようなことを言っていたので恐らくそれに関係したことだろう。あの三人は何かとバックビークに対して気に掛けていたようだし。

 

談話室へと戻り本の虫での監視をしていると、もう片方の頁に映っているシリウス・ブラックに動きがあった。禁じられた森の中からゆっくりではあるが城のほうへと近づいているのだ。さらにその傍にはクルックシャンクス―――確かハーマイオニーの持つ猫の名前だったか―――が一緒に動いている。

シリウス・ブラックは暴れ柳近くの森の境目で止まり、クルックシャンクスはそのままハグリッドの小屋の方へと向かう。それとほぼ同時にハグリッドの小屋からハリーたちが出てきた。そこにはピーター・ペティグリューの名前もある。

その数秒後に小屋の中にダンブルドア校長とコーネリウス・ファッジ魔法大臣、ワルデン・マクネアとエイビス・フォルマンの二人が入ってきた。

 

「この二人は……魔法大臣と一緒にいるところを見ると危険生物処理委員会の人かしらね」

 

いよいよバックビークが処刑される時間になったのだろう。少し気になるけれどシリウス・ブラックやピーター・ペティグリューの動きも気になるので意識から外す。

全体の動きを把握するために本の虫の地図をシリウス・ブラックとピーター・ペティグリューの両方が見えるように拡大させる。ギリギリ名前が見えるにまで拡大された地図を見て、思わず私は目を疑ってしまった。

 

「ハリーたちの後ろにハリーとハーマイオニーの名前?」

 

ハグリッドの小屋から出てきたハリーたちの後ろの森の中にハリーとハーマイオニーの名前があった。本の虫の誤作動?パチュリーに限ってそれはないだろう。とすると今この瞬間、ここにはハリーとハーマイオニーが二人存在していることになる。ならどうやって?

 

「―――そういえば、パチュリーに一度見せてもらったあれなら」

 

去年の長期休暇の際にパチュリーに一度だけ見せてもらった魔法具を思い出した。逆転時計(タイムターナー)。鎖のついた砂時計のそれは、鎖で囲った中にいる人物に限り砂時計をひっくり返した分だけ過去に戻す魔法具だ。あまりにも貴重な魔法具ゆえにパチュリーですら一つしか持っていないものをハーマイオニーがどうやって手に入れたのかは分からないが、逆転時計ならこの状況も作り出すことは可能だろう。それに今期の授業、ハーマイオニーは明らかに時間が重なっている授業を皆勤で受けている。その秘密がこれか。

 

そんなことを考えているうちに、地図ではいくらかの動きがあった。

森に隠れていたハリーとハーマイオニーの二人がバックビークを引き連れて暴れ柳付近の森に移動している。もう一組のハリー三人組は城の方へと向かっているが途中でクルックシャンクスが混ざり、ピーター・ペティグリューが離れ、それをクルックシャンクスが、さらにそのあとをロン、そしてハリーとハーマイオニーといった感じで追いかけ始めた。

 

暴れ柳のところまでくると、森に潜んでいたシリウス・ブラックが動き出しピーター・ペティグリューとロンを伴い暴れ柳の下にある隠し通路へと進んでいった。やがてハリーとハーマイオニーもロンを追いかけて隠し通路へと進んでいく。

 

「ふぅ……行きましょうか」

 

ハーマイオニーは数少ない私の友人だ。多少の危険ならともかく命が掛かっていそうな状況で見捨てるというのは目覚めが悪い。私の予想通りならシリウス・ブラックが危害を加えるとは考えにくいが、ピーター・ペティグリューの場合は分からない。

それに、去年のスリザリンの継承者のときみたいに廊下の隅々まで学校側の目が光っているようならともかく、今はそこまでの警備はされていないというのも理由の一つではある。

 

最も本の虫に映っていた森に隠れているハーマイオニーが未来の彼女だとすると、特に問題もなくやり過ごせたのだと思うが。果たして彼女の経験した未来に私がいたのかどうか。

 

本の虫から顔を上げて談話室を見渡せば数人を残して生徒はいなくなっていた。残った生徒もソファーで眠っているので、実質この部屋で動いているのは私だけだ。私は自分の身体に目くらまし術を掛けて音をたてずに談話室から出る。レイブンクローの入り口はグリフィンドールなんかと違って肖像画ではないので出入りしたところで知られることはない。便利だけどやっぱりセキュリティ的には問題だろう。

 

人気のない廊下を走りながら城の門へと向かう。遮音呪文を使っているので足音は響いていないはずだが、それでも周囲に気を配りながら進む。門に近づいたところで門が開く音が聞こえた。足を止めて物陰に隠れながら本の虫で確認する。どうやらダンブルドア校長一行が戻ってきたようだ。そこで彼らの動きを見ていると、ちょうどホールを挟んで反対側にルーピン先生がいるのに気がついた。

ダンブルドア校長たちがいなくなるとルーピン先生はホールを走る抜け外へと出て行く。向かった先から考えて暴れ柳に行くのだろうか。

 

「今の状況を知っている?でもどうやって……」

 

疑問に思いながらも私も暴れ柳へと向かって進んでいく。途中ハグリッドとすれ違ったが涙を流しながら雄叫びを上げていた。悲しんでいるという感じではなかったから、バックビークの処刑がされずにすんでの涙といったところか。バックビークが生きているのは確認済みだし。

 

 

私が暴れ柳へと辿り着くと一度本の虫を開く。どうやらハリーとハーマイオニーの二人組みの方は先ほどから動いていないようだ。念のため露西亜を二人の後ろにつかせておく。露西亜が二人の後ろに辿り着いたのを確認し暴れ柳の方へ向かおうとしたとき、学校の門が開いたのでそちらに目を向ける。見るとスネイプ先生が血相を変えて走ってくるのが見えた。スネイプ先生はそのまま暴れ柳に向かって走り、暴れ柳の根元の瘤を押さえた。するとスネイプ先生が近づくと同時に激しく動いていた暴れ柳が硬直し大人しくなる。

 

暴れ柳が止まっている隙に私も根元へと走って近づく。スネイプ先生は地面から何かローブのようなものを拾いそれを頭から被ると、その姿が見えなくなった。

 

「便利な物ね。被るだけで姿くらまし術と同様の効果が得られるなんて」

 

スネイプ先生が瘤を離したのか再び暴れ柳が動き出すが、そのころには私も根元へと辿り着くことができた。下を覗くと木の根に隠れるようにして地面に穴が空いている。ここが隠し通路の入り口なのだろう。

 

「さて、ここからは慎重にいかないとね。というか先生が二人も行ったのに私まで行く必要って本当にあるのかしら」

 

今更になって自分の行動が意味のあるものなのかに疑問を抱くが、ここまできてしまった以上は後戻りするのも気持ち悪い。どうせなら事の経緯を全部知りたいというものだ。

 

 

 

 

 

隠し通路を通り辿り着いた先は、随分と埃っぽい部屋だった。この隠し通路の先はホグズミードにある叫びの屋敷に続いているはずなので、この部屋はそこの地下ということになるか。パドマに叫びの屋敷は随分と古びていたと聞いたが、これはもう廃墟といったほうが正しいだろう。

 

部屋へと入り上へ続く階段を登る。ここからは本の虫も使えないので出来るだけ慎重に。一階のホールに出て二階へと続く階段を登る。上からは誰かが言い合っている声が聞こえる。

 

「この声は……スネイプ先生とルーピン先生ね。それと誰かしら?」

 

言い合っている人のうち一人だけ聞き覚えのない声の男がいた。消去法で考えてこの声の主がシリウス・ブラックかピーター・ペティグリューだとは思うが。

念のために目くらまし術と遮音呪文を掛け直しながら歩を進める。二階の踊り場に着いたときに何かが倒れる音がしたのでより慎重に。

 

そして一つの開け放たれた部屋に辿り着いた。何があるか分からないので私は完全に物陰に隠れて蓬莱に部屋の中を覗かせる。蓬莱と視覚と繋いで部屋の中を伺うと、まず壁際にハリーたち三人組がいた。ロンは怪我をしているのか腕から血を流し、片方の足は変に折れ曲がっている。そんな状態にも関わらず暴れる鼠―――恐らくピーター・ペティグリューだろう―――を大事そうに抱えていた。窓際にあるピアノの傍には以前蓬莱の記憶でみた男、シリウス・ブラックが両手を上に上げていた。そのシリウス・ブラックに杖を向けているのはスネイプ先生だ。その顔は今まで見たことがないほどに愉快な表情を浮かべている。最後に拘束されて床に倒れているルーピン先生の七人が部屋の中で睨み合っている。

 

「復讐は蜜よりも濃く、そして甘い。お前を捕まえるのが我輩であったらと、どれほど願ったか。今どれほど歓喜に満たされているか、お前には分かるまい」

 

そう言うスネイプ先生の目には狂気とでも言うのだろうか。並々ならないほどの感情が込められているように見える。

 

「さぞや愉快だろうな。最も、そこの鼠を含めたここにいる全員を城へと連れて行くなら、私は抵抗せずに大人しくついて行くがね」

 

よほどシリウス・ブラックはピーター・ペティグリューに執着しているのか、スネイプ先生に杖を向けられながらも鼠に視線を向けている。殺さなくても城に連れて行けば十分と考えているのだろうか。とするとシリウス・ブラックの目的はピーター・ペティグリューの生存を知らしめることか?

 

 

スネイプ先生はシリウス・ブラックの言葉には耳を貸さずに連行しようとするが、ハリーが扉の前に立ちスネイプ先生の行く手を阻んだ。二人は何度か言い争いをした後、不意打ち気味に抜き放ったハリーの呪文がスネイプ先生に当たり、スネイプ先生は壁へと叩きつけられた。動かないところを見ると気を失っているのか。

 

ルーピン先生を解放し一旦落ち着きを取り戻したところで、鼠の正体を暴くという話になった。事を上手く運ぶためか、シリウス・ブラックとルーピン先生によって鼠の正体がピーター・ペティグリューであることが説明されていく。

 

大筋は私が予想していた通りだった。あの日、本当に追い詰められていたのはシリウス・ブラックではなくピーター・ペティグリューであり、ピーター・ペティグリューは大爆発の際に自らの指を切り落としで下水管へと逃走。客観的にはシリウス・ブラックが殺人を犯したように見えただろう。アズカバンに送られたシリウス・ブラックは去年の夏の日刊預言者新聞に載っていたロンの家族の写真を見て、そこにピーター・ペティグリューがいることに気がついた。そして今年になってアズカバンを脱走。ホグワーツへ侵入後はピーター・ペティグリューを狙うチャンスを窺いながら潜んでいたということだ。

 

さらに話は進み、ハリーの両親の死の真相にまで発展している。当時、ポッター家には忠誠の術が掛けられており、その秘密の守人がシリウス・ブラックであった―――と見せかけて、本当はピーター・ペティグリューこそが秘密の守人だったこと。ピーター・ペティグリューがヴォルデモートに寝返り自身が抱える秘密をばらしたことで、ハリーの両親が死んだこと。それを知ったシリウス・ブラックがピーター・ペティグリューを追い詰めてまんまと逃げられてしまったということ。

 

「全ての真実を証明する道は一つだけだ。ロン、その鼠をよこしなさい。もし本当の鼠だったら決して傷つくことはない」

 

ルーピン先生がロンに手を伸ばし、ロンは渋々ながらも鼠を手渡す。ここまでくると鼠の暴れっぷりにも鬼気迫るものが見える。ルーピン先生とシリウス・ブラックの二人が鼠へと杖を向ける。その瞬間、ルーピン先生の体勢が僅かに崩れた。苦痛の声を上げていることから、さっき拘束されていたときにどこかを痛めていたのか。その僅かな隙に鼠はルーピン先生の手から抜け出して廊下へと向かってくる。

 

「捕まえろぉっ!」

 

ルーピン先生の叫びと同時にシリウス・ブラックが鼠に向かって呪文を放つが、対象物が小さい上に素早く動いているので悉く狙いが逸れてしまう。そして鼠が扉を潜り廊下へと出た瞬間を狙って呪文を放つ。

 

「―――は?」

 

シリウス・ブラックが間の抜けた声を上げた。それもそうだろう。狙っていた獲物が逃げてしまうと思ったら、その相手が宙に浮かんでいるのだから。

 

「誰だ!?」

 

ルーピン先生は杖をこちらに向けて声を張り上げる。もう隠れている意味もないので素直に出て行くことにした。姿くらまし術と遮音呪文を解いて部屋の中へと入る。

 

「え……アリス?」

 

ハーマイオニーが信じられないといった顔をしながら私の名前を口にする。他の面々も私の登場に驚いているのか口を開きっぱなしにしている。

 

「こんにちは、ハーマイオニー。ハリーとロンもね。ルーピン先生もこんにちは。貴方とは初めてですね、シリウス・ブラック」

 

「ど、どうしてアリスがここに?一体いつから?」

 

ハーマイオニーが声を震わせながら疑問を投げてくる。私は鼠が落ちないようにしながらハーマイオニーの方へと向く。

 

「貴方たちが校庭を歩いているのが見えてね。最初はそのまま放っておこうと思ったんだけれど、見ていたらロンが黒い犬に連れて行かれているじゃない?さすがに見捨てるわけにもいかなかったし追ってきたのよ。ちなみにここに着いたのはさっきよ。ルーピン先生が床に倒れていたわね」

 

「どうして一人で追ってきたんだい?ロンが連れて行かれたというのなら、誰か先生に知らせるべきではなかったのかい?」

 

「もちろんそうしようと思いましたよ。でも廊下を進んでいる最中にルーピン先生が向かっているのが見えまして。さらにその後スネイプ先生も向かっていましたね。友達がどうなっているのか気になりましたし、先生が二人もいるのだから問題はないだろうと判断しました」

 

「どうやって私たちに気づかれずに?私もセブルスも誰かが追ってきているのなら気がついたと思うが?」

 

「目くらまし術と遮音呪文を使っていましたので、それで気づかなかったのでは?それにお二人とも随分と急いでいるみたいでしたし」

 

私がそう説明するとルーピン先生は口を噤んだ。どうやら自覚はあったようだ。

 

「……だが、それでも君は来るべきではなかった。どんな危険があるかも分からないのに」

 

「でも、結果としては正解だったと思いますけれど?これを逃がさずにすんだのですから」

 

そう言って杖を動かし、鼠をルーピン先生の傍まで持っていく。

 

「ピーター・ペティグリュー。彼が生きているということは、シリウス・ブラックは冤罪ということでしょうか?それを確かめるためにも、どうぞ。今度は逃がさないように気をつけてください」

 

「……君はどこまで知っているんだ?」

 

「禁則事項です……冗談ですよ。そんなに睨まないでください」

 

シリウス・ブラックに凄い目で見られたので、私がこれまで推測してきた考えを話していく。もちろん本の虫については触れないで。

グリフィンドール寮への侵入から目的の推察、ピーブズからの情報、当時の日刊預言者新聞や現場の不自然な痕跡、アズカバンの脱走やホグワーツ侵入の成功の理由、ピーター・ペティグリューが動物もどきだとして何が一番可能性としてありえるかなど。

以前ハーマイオニーからロンの鼠がいなくなったと聞いていたので、可能性としては考えていたが見事に的中してしまったことも付け加えておいた。

 

「所詮は可能性の話でしかありませんでしたが、先ほどの貴方たちの話を聞いて確信に変わりました」

 

「どうしてそれを先生たちに言わなかったんだい?」

 

「すでに知っているものだと思っていたんですよ。私一人でも仮説とはいえここまで考えられたのですから、より多くの情報を持つ先生方なら……と思っていたのですが、報告したほうがよかったみたいですね」

 

私が説明し終えるとルーピン先生は黙ってしまった。少し言い方が嫌味っぽかったかな。

 

「それはそうと、いい加減この鼠をどうにかしてほしいのですが」

 

「そうだ。ルーピン、とりあえずはこいつの化けの皮を剥がすのが先だ。すまないが君、そのまま鼠を捕まえておいてくれ」

 

シリウス・ブラックの言葉にルーピン先生も気を持ち直したのか、杖を構えて鼠へと向ける。私は鼠を二人の真ん中あたりに移動させて静止させる。鼠は激しく暴れているが、その姿ではどうしようもないだろう。

 

「では、いくぞ。一……二……三!」

 

二人の杖から閃光が走り鼠へと当たる。鼠がぼんやりと発光し、少しずつその姿を変えていった。身体が伸び、頭が飛び出て、手足が生える。発光が収まり、鼠がいた場所には頭が禿げかかった小柄の男が現れた。

 




アリスが主人公組みと事件的な関わりを持ってしまった。


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