「どうぞ」
キッチンからリビングへと戻り、入れたての紅茶を目の前のエメラルド色のローブを着た老婆、マクゴナガル先生の前へと置く。
先ほど家にやってきたマクゴナガル先生は、自らを魔女と名乗り、ホグワーツという魔法魔術学校で教師をしていると言った。最初はボケた老人かと思ったが、見せたほうが分かりやすいでしょうといい、目の前で手も使わずに物を空中へと持ち上げたのだ。そして、今回家にやってきたのは、私にホグワーツへの入学を案内するためだそうだ。
私はソファーの対面に座り、紅茶を一口飲む。マクゴナガル先生も紅茶を一口飲み、驚いたような顔をした。
「とても美味しい紅茶ですね。貴女の歳でこんなに美味しく入れる者は見たことがありません」
どうやら、私の紅茶は魔女相手にも十分通用したようだ。
「どう致しまして。紅茶が好きで、毎日入れているからか自然上手くなったんです」
そうして、暫く二人して紅茶を楽しんだ後、本題へと入った。
「それで、ホグワーツでしたか?その入学案内について訪問したと仰っていましたが」
「えぇ、その通りです。ですが、それについて話す前にホグワーツや魔法について説明しなければならないでしょう」
そうしてマクゴナガル先生から色々な説明を受けた。
まず、世界には魔法という一般には秘匿された神秘の業があることから始まり、ホグワーツ魔法魔術学校は、その魔法やそれに関連するものを学ぶ為の学術機関ということ。ホグワーツへは誰でも入れるわけではなく、魔法を扱う資質のある者のみ入学でき、魔法の資質さえあれば、過去魔法に関わってこなかったマグル(魔法の使えない一般人のことをそう呼ぶらしい)でも入学できる事などを教わり、魔法がどういうものなのかも実演してもらった。
「ミス・マーガトロイド。貴女が希望するならばホグワーツへと入学することができます。ですが、もし入学を希望しない場合は、今日知った魔法に関する記憶だけ消させてもらうことになります」
「……少し考えさせてください」
私は考える。魔法という科学技術とはことなる神秘の力。正直言うと、とても魅力的な誘いだ。今まで知りえなかった未知の技術に触れることができるのだから。それに、やはり魔法というものに憧れを抱いていたというのもある。魔法を使えば、今まで唯の夢でしかなかった自立する人形、それも考えたり話したりすることができる、まさしく魔法のような人形が実現可能なものになるかもしれない。
とはいえ、魔法についてのメリットばかり考えているわけではない。当然メリットがあればデメリットも存在するだろうことは理解している。要するに、現在世界に普及している化学が魔法に置き換わっただけだ。化学によるデメリットがそのまま魔法のデメリットへと成り代る。むしろ、大掛かりな準備が必要ない分、魔法の方が危険と言えるだろう。
とはいえ、それらを考慮しても魔法というものに惹かれるのは事実だ。なにより、夢を夢として、このまま惰性に生きていくのは、私自身我慢できそうにはない。なら―――
「決まりましたか?」
「はい。私をホグワーツへ入学させてください」
その後は、入学に関する資料と、学校行きの汽車のチケットを受け取り、学用品などの購入は、明日別の教師がやってくるので、その人と行くことになった。
翌日、朝食の後片付けを終えた私は、入学案内を見ながら先生がやってくるのを待っていた。
入学に必要なもの―――ローブや呪文の教科書や杖などあるが、一体どこでこれらは売っているのだろうか。それに通貨などもどうなっているのか。小さいながらも割と重要な疑問が出てきたころ、玄関のチャイムが鳴った。玄関に向かい扉を開けた私の目に入ってきたのは、黒いローブに身を包んだ、これまた黒い髪に鉤鼻をした男の人だった。
「おはようございます。貴方が今日、学用品購入を手伝っていただける先生でしょうか?」
「さよう、ホグワーツで魔法薬学を教えているセブルス・スネイプだ。準備はできているな」
スネイプ先生は、表情を変えずに淡々と答えた。纏っている雰囲気や話し方から、随分と威圧的な人だと思ったが、それがこの人に合っていたし、私自身回りくどく話されるのは嫌いなので、スネイプ先生に対する印象は割と良い方だった。
というより、この人の雰囲気で愛想よく話しているのは想像できない。
「はい先生。ただ、お金はどうすればいいでしょうか。とりあえず、マグルの通貨は持っていますが」
「それならば向こうで換金するので問題はない。では、我輩の腕を掴みたまえ」
言われるままに私はスネイプ先生の腕の半ばを掴む。すると次の瞬間、足が浮いたような間隔に包まれ、周りの景色もビデオを早送りしているかのように移り変わっていった。
体感時間では数秒だろうか、気がつけば先ほどいた家の前ではなく、どこかの裏路地に立っていた。何か移動用の魔法なのだろうか。
「着いてきたまえ」
言うや否や、スネイプ先生は足早に路地を抜け、人を避けながら進んでいった。私も一瞬遅れながらもそれについてゆき、追いついたところで先ほどのことについて質問した。
「スネイプ先生。先ほどのは移動用の魔法か何かですか?」
スネイプ先生は、チラリとだけこちらを見てから質問に答えてくれた。
「さよう。あれは“姿現し”の魔法で“付き添い姿現し”というものだ」
なるほど。体験した感じだと瞬間移動みたいなものね。
「便利な魔法ですね。魔法使いなら誰でも使えるんですか?」
「そういうわけではない。高度な魔法である“姿現し”は失敗すると大変なことになるため、試験に合格した17歳以上の者にしか使用が認められていない」
やっぱり、そうそう便利な魔法は誰でも使えるわけではないか。
私はポケットから手帳を取り出し、“姿現し”や質問について分かった事をメモしていった。一瞬スネイプ先生に見られたが、何も言ってこなかったので特に問題はないだろう。
5分ほど歩き、漏れ鍋というパブの前でスネイプ先生は立ち止まった。お店を見ると、随分と年季が入っており、建物の隙間に入るように立っているせいもあってか、道を歩く人々はパブには目もくれずに左右の本屋やレコード屋に気を取られている。
でも、私から見たらいくらなんでも不自然すぎるほどだった。確かに遠目から見てどちらが目立つかと言われれば左右の店で、一度そちらに気を取られてしまえば目立たないパブなんて目に入らないだろう。でも、近付いていけば無視するにはあまりにも異様な雰囲気を放っているパブだ。全員がそうでなくても何人かは必ず気付くだろう。それなのに気付けないということは、何かしらの魔法が掛かっているのではないだろうか。魔力を持つものにしか見えないとか、認識を阻害しているとか、そんな魔法があるかは知らないが、知らないからこそ、そういう仮説を立てることができる。
私はそれらの考えについて再びメモをしながら、スネイプ先生に続いてパブの中へと入っていった。
パブの中は多くの人で満たされていた。年寄りが多いが、若い人もちらほらといる。お客が吸っているパイプから出る煙やアルコール、かび臭い臭いが混ざって異様な臭いを漂わせている。
「やぁスネイプ先生。先生がここにくるなんて珍しいじゃないか」
スネイプ先生に話しかけたのは、長テーブルの奥から出てきたバーテンダーの老人だった。バーテンダーはボロボロの布でグラスを磨きながらスネイプ先生と話している。
「我輩とてこのようなところには来たくなかったがな。今年入学する生徒の手伝いをしているだけだ」
スネイプ先生がそう言うと、バーテンダーは私の方に向き直った。
「ほぉ、これはまた可愛らしいお嬢さんだ。ホグワーツ入学おめでとうお嬢さん。私はここでパブを営んでいるトムといいます」
「ありがとうございます、トムさん。私はアリス・マーガトロイドといいます」
私がお礼と挨拶を返すと、顔の皺を深くしながらも微笑んできた。
「いやはや、まだお若いのにお行儀の良いお方だ。おまけに聡明そうだ。将来はきっと良い魔女になれますよ」
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「……もういいかね。早く行くぞ」
「あっ、すみません。ではトムさん、失礼します」
トムさんに軽くお辞儀をしてその場を後にする。いつも間にか店の奥に立っていたスネイプ先生のところまで向かうと、傍の扉を開き外へと出た。
扉を出た先はレンガに囲まれた小さな空間だった。見たところはバケツにちりとり、箒ぐらいしかないそこで何をするのかと疑問に思っていると、スネイプ先生は袖口から杖を取り出し、杖先でレンガの壁のブロックを何回か叩いた。すると、レンガがどんどん回転しながら動いてゆき、瞬く間にレンガのアーチに姿を変えた。
「ここがダイアゴン横丁だ。大抵のものはここで揃えることができる」
見ると鍋を売っている店や色んな植物・茸を置いている店、梟や猫を売っている店もあれば箒を売っている店もある。
ふと、箒を売っている店に掲げてあるクィディッチというものが目に入った。ショーウィンドウには、数本の箒に人形が載って小さいボールを追いかけているミニチュアがある。ロゴや名前の入った色んな旗を見る限り、恐らく魔法界でのスポーツか何かなのだろうか。
「スネイプ先生。あの箒屋にあるミニチュアで動いているのって、魔法界でのスポーツか何かですか?」
「……そうだ。クィディッチという魔法界で最も人気のあるスポーツだ。ホグワーツでも寮対抗杯を巡ってクィディッチが行われている」
「寮対抗……ということは、ホグワーツではいくつかの寮に分かれているのですか?」
「そうだ。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、そしてスリザリンと4つの寮があり、教師が各寮の寮監を受け持っている」
「先生はどこかの寮監を受け持っているのですか?」
「我輩はスリザリンの寮監だ」
「そうなんですか。でも、態々4つに寮を分けるなんて、何か意味があるんですか?」
「4つの寮にはそれぞれ特色があるのだが……それはホグワーツに訪れた際に自分で確かめたまえ。―――着いたぞ」
話している間に目的地に着いたのであろう。私は正面に視線を戻すと、そこには白い大理石で出来た巨大な建物が他を圧倒するかのように建っていた。
「ここがグリンゴッツ、魔法界で唯一の銀行だ。まずは君のマグルの通貨を魔法界の通貨に換金する」
正面の階段を上がっていくと、扉の前に真紅と金色の制服を着た小柄な生き物が扉の左右に立っていた。扉を通ると中にもう一つ扉があり、そこには何か文字が書かれていた。内容からするに盗人に対する警告のものだろう。
「スネイプ先生、扉の前に立っていた小柄なのは人間……ではないですよね」
「あれは小鬼だ。礼節を持ってちゃんと接すれば問題ないが、無闇に関わると面倒な連中だ」
スネイプ先生はそう小声で教えてくれた。中に入って横目に小鬼を見る。金貨を秤で計ったり、宝石を片眼鏡で吟味したり、帳簿を書き込んでいたりしている。どの小鬼も賢そうな顔をしていて、指先は長く、肌は浅黒く顎鬚は尖っている。イメージとしては頑固な役所の人って感じだ。
一番奥の高く設けられた机にいた小鬼のところまで進むと、小鬼はこちらに気付いたのか、帳簿に書き込んでいた手を止めてこちらに視線を移した。
「マグルの通貨を換金したい」
「換金ですね。では今係りの者を呼ぶので少々お待ち下さい」
受付の小鬼は手元にあった小さなベルを鳴らし、奥から別の小鬼がやってきた。
「では、こちらのフルーラックに案内させます」
「こちらにどうぞ」
フルーラックと紹介された小鬼に着いてゆき、小さい部屋へと案内された。
中央にテーブルがあり、テーブルを挟んでソファーが置いてある。私はスネイプ先生と並んで座り、フルーラックは反対側に座った。
「ではこちらにお持ちのお金をお出し下さい。金額などを確かめた後、換金致します」
私は出された真鍮で出来た皿に、鞄から取り出したお金を置いた。スネイプ先生は驚いたような顔をしていたが、何だろうか。多過ぎたのか、逆に少な過ぎたのかもしれない。
小鬼は、紙幣を一枚一枚ゆっくり確認し、硬貨も一枚一枚細かくチェックしていった。
終わったのか、小鬼はお金を皿に戻し、手持ちの鞄から羊皮紙を取り出して何かを書き込んでいく。
「今回お持ちいただいたものですと、このぐらいになります」
フルーラックが金額を紙に記入して見せてくれるが、正直魔法界の通貨の基準が分からない為どう判断していいのかが分からない。
スネイプ先生に視線を向けると察してくれたのか代わりに答えてくれた。
「それで構わん。それと、この子の金庫を作りたいのだが」
「分かりました。では換金と一緒に金庫開設の手続きも行ってきますので少々お待ち下さい」
フルーラックはお金の入った皿を持って部屋から出て行った。私とスネイプ先生は残されたが、フルーラックが戻ってくるまでは暇だろう。私は机の端に置いてあった魔法界とマグルの通貨について書かれた冊子を見ていた。
「それにしても、まさかあれだけの金を持ってきていたとな」
時間を潰すためかスネイプ先生がそう話しかけてきた。
「はい、どれくらい必要なのかが分からなかったので、とりあえず持ち出せる分だけ持ち出してきたんですけど、多かったでしょうか」
「十分すぎるぐらいだな。あれだけあれば、今学期分は心配する必要はないだろう」
「そうですか。そういえばホグワーツでの学費はどのぐらいになるのですか?」
私はスネイプ先生に尋ねるが、帰ってきた答えには驚いた。それというのも、私が想像していたよりもかなり安いのだ。机の上にあった通過の換金表や凡その物価の値段が書かれた冊子を読んでいても、マグル界より魔法界の物価が安いというのが分かる。
魔法界の物価がマグル界と比べて何故こんなにも安いのかスネイプ先生に尋ねたところ、どうやらマグルと違って、魔法で大抵のことはできるから不要なお金が掛からないとか。まぁ、確かにマグルの世界でお金が掛かっているのは人件費や光熱費、資材などと聞くし、それが一気に解決できるのなら経費の削減も大幅に行えるのだろう。
でも、そうすると職人とかが少ない訳だから、魔法界の人はちゃんと仕事に就けているのだろうか。
あの後、戻ってきたフルーラックにお金を貰い、説明を受けてから金庫へと案内された。金庫に行くまでジェットコースターなんて目じゃないくらいの速さで動くトロッコに乗って移動した。最初はそのスピードに驚いたが、慣れたら結構楽しめた。ちなみに金庫の番号は777番だったのは偶然なのだろうか。縁起はよさそうだけど。
グリンゴッツを後にして、今度は学用品を買いに行こうかと思ったが、時間がちょうどお昼時になったので、せっかくだから近くにあったお店で昼食を取った。
その時、今日のお礼を込めてスネイプ先生にご馳走しようかと思ったが、一言で断られた。むしろ、逆にお金を出されてしまった。
最初に制服を買う為に、マダムマルキンの洋装店に入り、ホグワーツ指定の制服を買った。寸法を測り、仕立て直している間、スネイプ先生は本屋に行ってくると言って出て行った。ついでに私の教科書も買ってきてくれるそうだ。
威圧的な話し方だけど、何だかんだいってスネイプ先生は意外と面倒見がいい先生だと思った瞬間だ。
窓際の椅子に座って、新しく入ってきた子が寸法を測っているのを見る。あの自動で計測している巻尺に興味がそそる。あれも魔法なんだろうか。
そんなことを考えている間に仕立てが終わったらしい。早いなさすが魔法……なのだろうか。こういうところはさすがに手作業だと思いたい。
お店を出ると、ちょうどスネイプ先生が戻ってきた。先生から本を受け取った私は、次に薬問屋や鍋屋、マントや望遠鏡のお店でそれぞれ必要なものを買った。薬問屋では、スネイプ先生が魔法薬学の先生なので、良い材料の目利きのコツを教わりながら選んだ。薬瓶はクリスタル製のものを選んだ。なんでもクリスタル製の方が保存性に優れているらしい。
一通りのものは購入したので、あとは杖だけになった。スネイプ先生が言うには、杖はオリバンダーのお店がいいらしい。
お店に着いて中へと入る。お店の中は、入り口近く埃っぽいショーウィンドウと色あせた紫色のクッションに杖が1本だけ置かれ、あとは壁という壁に細長い箱が、ギュウギュウに積み重なっている。
スネイプ先生がショーウィンドウに置いてあるベルを鳴らすと、お店の奥から一人の老人が出てきた。
「いらっしゃいませ。これはこれはスネイプ先生。今日はどういった御用で?」
「この者の杖を一つ選んでくれ。ホグワーツの新入生だ」
オリバンダーさんは私に視線を移す。
「これは可愛らしいお嬢さんだ。始めまして、オリバンダーと申します。それではさっそく杖を選びましょう。杖腕はどちらですかな?」
「杖腕……利き腕なら右です」
「腕を伸ばして。そうそう」
オリバンダーさんは肩から指先、手首から肘、肩から床、膝から腋の下、頭周りと寸法を取り始めた。ここでも自動で測る巻尺が使われていた。普通に売っているものだろうか。
「ここの杖は、杖の一本一本に強力な魔力を持った物を芯に使っております。ユニコーンの鬣や不死鳥の羽根などですね。名前が同じでも、ユニコーンも不死鳥もそれぞれが違います。故に同じ杖は一つとしてありません。さらに、杖は持ち主を選びます。なので、他の者が他の魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないのです」
なるほど、と私はオリバンダーさんが言ったことを考える。杖が持ち主を選ぶということは、杖にも意思があるということだろうか。杖の構造がどうなっているのかは分からないけど、杖に意思を持たせることが出来るなら、人形にも意識を持たせることも不可能ではないはず。やっぱり魔法の世界は奥が深そうだ。
寸法を測り終えると、オリバンダーさんは壁に向かい、一つの箱を持ってきた。箱から杖を取り出し、私に渡す。
「柊にドラゴンの心臓の琴線、22cm、柔らかく柔軟」
私は杖を受け取り、試しに軽く振ってみる。すると、杖先から花が咲いた……と思ったら、花は力なく床に落ちていった。
「あまりよろしくないようじゃの。では……これは。樫に不死鳥の羽根、27cm、少々頑固」
杖を受け取り再び軽く振る。今度は何も起きない……と思ったら、天上近くまで積み上げられた箱の一部が崩れ落ちてきた。
「これもいかんな。それでは……ふむ、これはどうでしょう。桃の木にユニコーンの鬣、26cm、軽く振りやすい」
さっと同じように、杖を振る。すると今度は、杖先からピンク色の小さな光が無数に飛び出し、飛び出した光が一斉に弾けて様々な花となって空中をふわふわと飛び回った。
「よさそうですな。この杖に使われている桃の木は、杖としては珍しいものなのですよ。なんでも東洋の方では神聖な木として、邪気を祓う力があるのだとか。今までこの杖に選ばれた者はいなかったのですが、いやはや、私の代でお渡しすることができてよかったです」
邪気を祓う桃の木の杖か。金庫の番号といい杖といい、随分と縁起のいいものに当たるな。これからの運気が逆に減ったりはしないか心配だ。
「そうなんですか。ありがとうございます、オリバンダーさん」
とまぁ、そんな考えは一切出さずにお礼を言う。
杖の代金を払い、店を出て、買い残しがないかもう一度確かめる。
「これで、一通りの物は揃ったな。それでは帰るぞ」
どうやらこのまま“姿現し”で私の家に戻るようだ。私はスネイプ先生の腕に捕まり、来た時に感じた浮遊感に包まれた。次の瞬間には、ダイアゴン横丁ではなく、私の家の玄関前に立っていた。本当に便利な魔法だ。
「では、我輩は帰らせてもらう。学校へ行く汽車の時間はチケットに書いてある」
「はい。今日は色々とありがとうございました。新学期からよろしくお願いします」
スネイプ先生が颯爽と帰ろうとしていたので、お礼を言い、お辞儀をした。スネイプ先生は少しの間私を見ていたが、次には“姿現し”でその場からいなくなった。
「ふぅ」
家に入り、ソファーに埋もれて息を漏らす。今日は新しいことばかり体験して、随分と疲れた。荷物の整理は明日やることにして、今日は早く寝てしまおう。
夕食は簡単にサンドウィッチで済ませ、シャワーを浴びてベッドに潜った。
【スネイプ】
ホグワーツの地下、そこに構える自分の部屋で今日のことを思い返す。
今年ホグワーツへと入学するマグルの娘。その者の入学準備を手伝って欲しいとマクゴナガル先生に頼まれて行ったが、あまり乗り気ではなかった。
なぜ我輩がマグルの娘なんかの手伝いなんかをしなければならないのか。その程度のことハグリッドにでも任せておけばよいものを。
アリス・マーガトロイド。人形屋を営んでいるマグルの元に生まれた者だが、高い魔力を持っており、昨夜マクゴナガル先生が直接赴いた。
両親は既に他界しており、知り合いの手助けがあって幼いながらも一人で生活をしている。人形作りに多大な才を持ち、マグルの世界で大きなコンクールに出展し受賞。学校へは通っておらず、通信教育なるもので勉強をしていたらしい。
一見すれば悲運を辿った少女だが、世界にはいくらだってそのような者はいる。きちんとした生活を送っているだけ十分幸せであろう。
マーガトロイドの家に到着するまで資料を読んでいたが、到着したようなので資料をしまう。やはり、マグルの乗り物は好かん。
玄関のチャイムを鳴らし返事があるのを待つ。それ程時間を置かずに扉が開き、中から出てきたのは人形を思わせる少女だった。
我輩はマーガトロイドを連れ“姿現し”で漏れ鍋付近の路地へと移動した。マーガトロイドの方を見るが、倒れたりせずにちゃんと立っているようだ。初めて“姿現し”を体験する者は、大抵は体勢を崩して転んだりするのだが。
漏れ鍋からダイアゴン横丁へと入り、グリンゴッツへと向かった。その間の、我輩のマーガトロイドに対する評価は、礼儀正しく、分からないことを質問し、それについて自ら考察できる。また他者に対しての気配りもできるというものだ。
一瞬、リリーと重なったがすぐに消えた。マーガトロイドは他者のことを考えられるが、リリーとは違い自らを第一に考えるタイプだろう。推測に過ぎないが、恐らく間違ってはいまい。
グリンゴッツで換金した後は、学用品を買っていった。換金する際にマーガトロイドが持ってきた金額には驚いた。両親の遺産と、本人もコンクールなどで得た金があるのは知っていたが。
残りの学用品を全て買い終わり、マーガトロイドを家に送りホグワーツへと戻ってきて、今に至る。部屋に戻って気付いたが、出かける前の不快さが何時の間にかなくなっていた。
まぁ、今年は多少有望な者が来たからだろう、と思っておこう。
以前ここに載せていた作者独自の魔法界通貨の考察については削除させていただきました。
とはいうのも内容的に賛否両論あると思いまして。
二次小説だし別にいいかなとは思いましたが、下手に詳細を設定しておくと後々で表現が限られてしまうのではと考えたからです。
それに合わせて、本文中に明記した金額についても数値はださないように修正しました。