翌日、朝食を食べながらアンソニーとパドマの二人と一緒に、今日から行われる授業について話しあっていた。今日ある授業は“妖精の魔法”“魔法薬学”“闇の魔術に対する防衛術”の三つだ。妖精の魔法はグリフィンドールと、魔法薬学はハッフルパフと、闇の魔術に対する防衛術はスリザリンと合同で行われる。やはり、これだけの生徒を相手に授業するには、基本的に合同で行うらしい。
朝食を食べ終えた私たちは、妖精の魔法が行われる教室へと向かう。
それにしても、このホグワーツの構造には驚きの連続だ。無数の動く階段に現れたり消えたりする扉、何時の間にか通路が塞がり構造が変わる道、特定の動きや合言葉を言わないと開かない絵に擬態した扉など、とにかく生徒としてはこれ以上迷惑なものはないというもののオンパレードだ。これらのパターンを早い段階で覚えろといいたいのか、学校側はもちろん、創設した人たちに対して文句を言いたい。
「やっと着いたわ。まったく、なんだってあんなところで階段が動くのかしら」
「まったくだね。お陰で授業開始ギリギリだ。」
「これだけ仕掛けが盛り沢山だと、学校のどこかに隠し部屋なんていうのもありそうね」
それぞれが文句を言いながら教室へと入っていく。教室の中には数人がいるだけだった。どうやら他の生徒も道に迷っているらしい。あと数分なのに大丈夫なのだろうか。
私たちは教室の前の方の席に座り、教科書を出して授業が始まるまで学校に対する不満を吐露しあった。
授業が始まるまでには殆どの生徒が席についていた。フリットウィック先生が本を積み重ねた台に立ち、出席を取り始める寸前、教室の扉が音を立てて開かれる。教室内の全員が扉の方に視線を向けると、ハーマイオニーとハリー、ロンの三人が息を切らしながら教室へ入ってきた。
「す……すみません。道……に……迷って……遅れました」
ハーマイオニーが息を落ち着かせようとしながらも、遅れた謝罪と理由を述べた。フリットウィック先生は、特に叱ることもなく、席に座るように促す。途中、席に向かうハーマイオニーと目が合ったので、軽く手を振って挨拶をする。
妖精の魔法では、基本的に基本呪文集の教科書に沿って行われるらしい。今日の授業では、妖精の魔法についての解説と目的などの授業方針が説明されたあと、簡単な実習として、机に置かれた石を動かす魔法を行った。
基本呪文集の最初のページに載っているだけあって簡単な魔法で、殆どの生徒が石を動かすことに成功していた。グリフィンドールの方を見てみると、ネビルが石を動かせないらしく、ハーマイオニーがアドバイスをしている。ハリーとロンは、石が震える程度で動かせていないようだ。
私たちは、最初の方に成功していたので、残りの時間は雑談をして過ごしている。
「へ~。アリスってマグルの方じゃ有名な人形師だったんだ」
「有名という訳ではないわ。マイナーな世界だし、知っているのも一部の人ぐらいよ」
「でも、有名なことには変わりないだろ。どんな人形を作っているのか今度見せてくれよ」
「構わないけど、流石に現物は持ってきていないから写真になるわよ。魔法界の写真じゃないから動きもしないしね」
「構わないわ。そういえば、昨日も人形を持っていたと思うけど、あれは?」
「あぁ、上海と蓬莱のことね。あの二つは特別だから常に持ち歩いているのよ。見る?」
そう言って、私はローブの内側から上海と蓬莱を出して、二人に渡す。
「青い方が上海人形で、赤い方が蓬莱人形よ」
「すごい!これ本当に人形なの!?小人とか妖精じゃなくて!?」
「確かにこれは凄い。見た感じ人形とは思えないよ」
思った以上に高評価を貰えて、思わず頬が緩む。
その後も雑談を続けていたけど、授業が終わったので、次の教室へ向かうため廊下に出る。次の授業は魔法薬学か。教室は地下にあるようなので、急いで向かう。
魔法薬学の教室へは、思ったより早く着いた。中へ入り、前の席へと座る。先に来ていた生徒は殆ど後ろの方に座っていたけど、そんなにスネイプ先生が苦手なのかしら。
授業の開始時間と同時に。スネイプ先生が教室へと入ってくる。スネイプ先生は教室の前まで進むと向き直り、淡々と喋り始めた。
「この授業では魔法薬調剤の微妙な化学と厳密な芸術を学ぶ。馬鹿みたいに杖を振るったりはしない。故に、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。最も、そのように感じるのは、この授業を真に理解していないウスノロだけであろうが」
そこで、スネイプ先生は言葉を切り、出席を取っていく。出席を取り終わると、魔法薬とは如何なるものか、調剤する際の注意や危険性などを説明したあと。黒板に何かを書き始める。それは幾つかの植物や茸など、魔法薬で使う材料だった。
「授業を終えるまでに、ここに書いてある材料の特徴と効能、これらを使って調剤することの出来る魔法薬を一種類、羊皮紙に記載して提出。出来なかった者は三種類以上の魔法薬を記載して次回の授業に提出」
スネイプ先生が言い終えると同時に、教室のあちこちで教科書を捲る音が聞こえる。時間を見ると授業が終わるまで、あと三十分しかないので焦っているのだろう。横を見るとアンソニーとパドマも教科書を見ながら羊皮紙に羽根ペンを走らせている。
「(私もやりましょうか)」
羊皮紙を広げ、羽根ペンをインクに浸してから羽根ペンを走らせる。教科書は開かない。この位なら十分に覚えているので、開いた分だけ時間がロスしてしまう。
しばらく、教室内はカリカリと羽根ペンを走らせる音のみが響く。スネイプ先生は教室の中を歩き、生徒の進行状況を見ていた。スネイプ先生が私のところにきたのは、授業終了の十分前で、ちょうど全部の内容を書き終えたところだ。
「時間だ。出来たものは机の上に提出。それ以外のものは宿題とする」
私は書き終えた羊皮紙を丸めて、机の上に提出する。他に出来ている生徒はいないらしく、羊皮紙をしまいこんでいた。
「待ちたまえ、マーガトロイド」
パドマたちと教室を出ようとした私をスネイプ先生が呼び止めたので、私は何だろうと思いながらも先生の方へと向かう。その様子を、パドマやアンソニー、まだ残っていた他の生徒が緊張した面持ちで見ていた。
「なんでしょうか?スネイプ先生」
「君は提出した羊皮紙以外にも、授業中に何か書いていたがようだが、あれは何かね?」
「あぁ、あれは提出した羊皮紙に書いてある魔法薬以外の、調剤可能な魔法薬を書いていたものです」
「なに?」
授業の十分前に課題は終わったが、とてもパドマたちと話せるような雰囲気ではなかったので、羊皮紙に記載した以外の魔法薬について書いていたのだ。
「復習も兼ねて書いていたのですが、いけなかったでしょうか?」
「……それはもう書けているのかね?」
「はい、一応書けるところまで書いてありますけど」
「ならば、それも提出していきたまえ。予想外に課題を終えた者がいないのでな。ついでに採点しておいてやろう」
「いいんですか?それなら、お願いします」
私はしまった羊皮紙を取り出し、それをスネイプ先生へと渡す。スネイプ先生は軽く見た後、提出した課題の横に羊皮紙を置いた。
「では、これは預かっておこう。早く次の授業に向かいたまえ」
「では、失礼します」
私はパドマたちのところまで戻り、教室を出て行った。
次の闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かう間、パドマとアンソニーがさっきのことについて話してきた。
「さっきはビックリしたわ。いきなりスネイプ先生に呼び止められるんだもん」
「呼ばれたのはパドマじゃなくてアリスだけどね。それにしても、アリスもよくあれだけの時間で課題以外のものを書けたね」
「まぁ、内容を覚えていた分、教科書を見る時間が短縮できているからね。魔法薬の成分や効果は変わらないし、殆ど暗記に近いから、貴方たちも覚えておいたほうが後々楽よ」
「ははは、まぁ少しずつ覚えていくよ」
アンソニーは苦笑いしながら控えめに答えた。
「そんなことより、早く教室へ行きましょう。そろそろ始まってしまうわ」
パドマに言われて、結構時間が経っていたことに気がついた私たちは、道を間違えないように注意しながら、急いで教室へと向かった。
教室へと入った私たちを迎えたのは、強烈な大蒜の臭いだった。思わず鼻を手で覆い、臭いの元を探す。
元凶はすぐに見つかった。教室前の教壇で授業の準備をしているクィレル先生の周りに大量の大蒜があり、クィレル先生自身も、首から大蒜を環にしてぶら下げている。
私たちは、なるべく臭いから離れる為に、教室の後ろの方の席に座った。
「……何でクィレル先生は、こんなに大蒜を置いているのかしら。授業にでも使うの?」
「ううん、違うと思う。聞いた話なんだけど、以前ルーマニアで吸血鬼に遭遇して、それ以降吸血鬼避けに身に付けているんだって。だから、授業とは関係ないと思う」
「ホグワーツに進入してくる吸血鬼ってだけで、大蒜なんかでどうこうできる相手じゃないと思うんだけどな」
呼吸する息を最小限にするようにしていると、教室からドラコたちが入ってくるのが見えた。ドラコと目が合ったので手を振る。でも、ドラコは無視して教室の前に向かおうとしたけど、大蒜の臭いに晒されたのか動きが止まる。
前に座るのは危険だと判断したのか、後ろの席で空いている席を探しているけど、残念なことに全部の席が埋まっている。
そのとき、授業開始のベルが鳴り、ドラコたちは仕方なくといった感じで、唯一空いていた私たちの隣の席に座った。
「こんにちは、ドラコ」
「……話しかけないでくれるかい。マグルなんかと会話していると、僕の品格が疑われてしまう」
「……いきなりキツイわね。そんなにマグルが嫌い?」
「あぁ、嫌いだね。魔法使いとは本来純血であるべきなんだ。学校にいる純血の者以外は、学校から追い出すべきだと思うね。もちろん君もだ、マーガトロイド」
「そう。それじゃ、その日が来るまで学校生活を楽しんでおくわ」
私がそう言い終えると同時に授業開始の鐘が鳴った。
純血主義のマグル排他は思っていた以上だった。子供でこれなのだから、大人の場合、もっと酷いのかもしれない。それこそ、強行な手段にでることもありそうだ。
そのあとの行われた防衛術の授業では、クィレル先生が魔法界の基本的な魔法生物の紹介や特徴などを説明して終了した。吸血鬼について話し出したときのクィレル先生は、見えない何かに怯えるように、身体をいつも以上に震わせていた。
今日の授業は全部終わったので、残りの時間を図書室で過ごそうかと思い、途中までパドマたちと歩いていく。
「そういえば、アリスは授業が始まる前に、マルフォイと何を話していたの?」
「ちょっと純血主義というのが、どの程度のものなのか確かめていたのよ」
「そんなことやっていたのか?」
「えぇ。思っていた以上にマグルに対する排他的なのね。子供でこれなんだから、大人だと直接的な方法を取る人もいるんじゃないかしら」
「そうだね。実際、マグルを攻撃した純血の魔法使いが捕まったっていう話は、過去に何回かあったよ」
「ドラコが将来そうならなければいいけどね」
私の言葉に、二人は不安の表情を浮かべた。
二人と図書室の前で別れた私は、図書室へと入った。受付横にある案内図を見て、目的の場所を探し向かっていく。目的の本棚からいくつか本を取り、空いている席へと座る。取ってきた本は“赤子から老人まで~杖作り全集”“杖と持ち主の結びつき”“杖の摩訶不思議百選”などだ。
オリバンダーさんのお店で、杖には意思があり持ち主を選ぶというのを知ってから、杖について調べたいと思っていたけど、ダイアゴン横丁にある本を取り扱っているところでは、目ぼしい本がなかった。職人技だけに本などは無く、人づてに伝授されているものなのかとも思ったが、そうでもないようだ。見る限り、他にも様々な種類の本がある。さすが学校、品揃えは豊富なようだ。
本に目を通しながら、必要な部分、気になった部分を本に書き込んでいく。ちなみにこの本は、ダイアゴン横丁で買った羊皮紙を使った厚めの本で、マグルでいうノートのようなもの。魔法界ではマグルの使う上質紙などの紙が普及していないので、手に入りやすい羊皮紙タイプのものを使っている。
持ってきた本を一通り読み終わり、別の本を探そうと席を立つが、壁に掛けられている時計を見ると、そろそろ夕食の時間が迫っていた。本を戻し、手早く一冊だけ本を抜き取り、貸し出しの手続きをしたら大広間へと向かっていく。
さっき読んだ本によると、杖作りの技術自体は現在でも伝わっているが、杖がどういった原理で持ち主を選ぶかなどは伝えられていないらしく、長年研究されているが未だに解明はされていないらしい。
夕食を食べ談話室へと戻り、今日の授業の復習と明日の予習を終えた私は、しばらくパドマたちと雑談をしていたけれど、就寝時間が近付いてきたので部屋へと戻っていった。
それからは、朝から夕方まで授業を受けて、空いている時間は図書室へと向かい本を読む日々が続いた。ホグワーツで学ぶ授業はどれもが面白いもので、特に魔法薬学、薬草学、妖精の魔法の授業には夢中になった。魔法史の授業については、教師であるゴーストのピンズ先生が淡々と教科書を読み上げるだけで、他の生徒は授業開始五分で夢の国へと旅立っている惨状だったが。私も最初の方は眠ってしまいそうになったが、耳栓をして、自分のペースで教科書を読むことで何とか回避した。
そんなある日、学校中で一つの噂が流れ始めた。何でもハリーがグリフィンドールのシーカーに選ばれたらしい。確か、一年生はクィディッチには参加できないはずだったはずだけど。パドマが姉のパーバディから聞いた情報によると、飛行訓練でドラコと一悶着あったらしく、その時にハリーが箒でアクロバディックな動きをしたのをマクゴナガル先生が目撃したらしい。それで、マクゴナガル先生の推薦によって、特例としてハリーをクィディッチメンバーへと入れたのだとか。
「でも、それって特別扱いもいいところじゃない?対象がハリー一人なだけに、スネイプ先生の生徒贔屓より悪質だと思うけど」
「ここ数年のクィディッチの試合で、グリフィンドールはスリザリンに負け越しているみたいだからね。マクゴナガル先生としては、ここらへんで雪辱を晴らしたいんじゃないか?」
「それに、スリザリンは他の寮から嫌われているしね。みんな、規則なんかよりスリザリンが敗れることに期待しているみたい」
それでも、一年でハリーだけをメンバーにするのはやり過ぎだと思う。話を聞く限り、この一件はマクゴナガル先生の個人的な理由が大部分を占めている。校則を曲げてまで許可されたということは、ダンブルドア校長も絡んでいるのだろう。前々から教師陣によるハリーの特別扱いのようなものはあったが、ここまで露骨だと、もはや職権乱用だろう。
普通なら生徒から抗議が出るはずだけど、長年クィディッチや寮対抗杯でスリザリンに負け続けていることもあってか、目立った反対意見は出ていない。それに、生き残った男の子というネームバリューもあるのだろう。無意識に、ハリーなら仕方ないと心のどこかで思っているのかもしれない。
「スリザリンからも、一年生を選手として選抜する許可の申請があったみたいだけど、そっちは規則の一言で駄目だったみたいだよ」
「ハリーは特別に許可が出たのに、他の生徒は規則だから駄目ね。ここまでくると、純血主義のマグル差別と大差ないわね」
いつものように図書室で本を探していると、ハーマイオニーを見つけたので、話しかけた。
「こんにちは、ハーマイオニー」
「アリス!久しぶりね!」
「そうね、こうやって話すのは、ホグワーツ特急以来かしら」
「お互い別々の寮だから話す機会もないしね。時間があるならお話ししない?」
「いいわよ。私も少し聞きたいことがあるし」
私とハーマイオニーは近くの、それでいて人目に付きにくい場所へと向かい椅子に座った。
それから、初日からこれまでの体験したことや、お互いの寮や談話室、授業や普段の生活について話した。
「そうなの。噂には聞いていたけど、グリフィンドールに対してスネイプ先生は相当厳しいのね」
「うん。殆どはハリーに対してだけどね。もちろん他の生徒に関しても厳しいけれど。アリスは大丈夫?」
「えぇ、ハーマイオニーが言うように注意されたり、減点されたことはないわね。偶にだけど、点を貰えたりもするわ」
私がそう言うとハーマイオニーは信じられないといった風に驚いていた。スネイプ先生は、どれだけグリフィンドールに辛辣にしているのだろうか。
「本当に!?私スリザリン以外にスネイプが点を与えているのなんて聞いたことがないわ」
「……これは、初日の日に先輩から聞いたことなんだけどね」
そう前置きして、私は新入生歓迎の宴で先輩に言われたことをハーマイオニーに説明する。
「なるほどね。確かにそう言われると思い当たるところもあるけど、それでもスネイプのあれはいき過ぎだと思うわ」
ハーマイオニーは、理解は出来ても納得は出来ないらしかった。まぁ、確かに頭で理解できても感情で納得できないのもあると思うし、これについてはしょうがないと思う。
私が一人でそう納得していると、ハーマイオニーが「話は変わるんだけど」と前置きして尋ねてきた。
「アリスは聞いた?ハリーがシーカーに選ばれたっていう話」
「聞いているわよ。学校中の話題だしね。百年ぶりの最年少シーカーだっけ?」
「そうなの!みんな、今年のクィディッチカップはグリフィンドールのものだって言っていて、フレッドとジョージ―――いつもハリーの横にいるロンのお兄さんね、は毎日大騒ぎしているわ」
ハーマイオニーは若干興奮しながら話してくる。やっぱり、自分の所属する寮が優勝する可能性があると熱が入るのだろう。
「スリザリンは別だけど、他の寮の生徒からも応援されているわ」
「そう……でも、ハーマイオニー。スリザリンもそうだけど、レイブンクローやハッフルパフの一部からは不満の声が上がっているのは知っている?」
「……それって、どういうこと?」
後ろから声が聞こえ振り向くと、そこにはハリーとロンの二人が不機嫌そうにしながら立っていた。
「何で僕がシーカーになると不満がでるのさ。今まで勝ち続けのスリザリンに勝てるんだから、他の寮としてもいいことだろう?実際にグリフィンドールだけじゃなくて、他の寮からも応援されてるよ」
「勝てるかもじゃなく勝てる、ね。まぁいいわ。それで、不満が出るって話だけど、考えれば分かるでしょ?本来ならクィディッチに参加できないはずの一年生が、ハリーだけ特例として参加できることになったんだから」
「それがどうしたんだよ。ハリーに才能があったからだろう」
「じゃぁ、他の才能があるかもしれない生徒は?ハリーは偶然、マクゴナガル先生に見られて才能が知られたのかもしれないけれど、知られていないだけで他にも才能がある生徒はいるかもしれない。それこそ、ハリー以上の逸材もいる可能性はあるわ」
「そんなの、いないかも知れないだろ。それに、ハリーはウッドやマクゴナガル先生にまで認められたんだぜ。ハリー以上なんている訳ないよ」
「もちろん、その可能性もあるわ。でも、マクゴナガル先生はハリーだけしか見ないで、ハリーのためだけに規則を曲げた。もし、ハリーを選手にするための措置として、他の一年生にも選抜なり何なりしてチャンスを与えていれば不満は出なかったでしょうね。あっ、勘違いしないように言っておくけど、不満が出てるっていうのはハリーに対してじゃなくて、一年全員にチャンスを与えない学校側に対してだから。ハリーに対しては普通に応援されているわ」
「だったら、僕には関係がない話じゃないか。それに、選ばれなかった人がいても、それはその人の問題だろう」
「選んで選ばれなかったのと、選ばずに選ばれなかったのでは違うんだけどね。とはいえ、今更こんなことを話しても意味はないわね」
そう言って、私は話を打ち切った。しばらく無言の時間が流れ、ハリーたちもこれ以上話を続けるつもりはないのか、この場から離れていった。ちなみに、私の正面に座っていたハーマイオニーは終始戸惑っていたわ。
時が経ち、ホグワーツへ来て始めてのハロウィーンを迎えた。この日は、生徒全員が朝から浮き足たっており、城中にもパンプキンパイを焼くが匂いが充満していて、早くもお腹が鳴ってきた。
今日の妖精の魔法の授業はグリフィンドールとの合同で、物を飛ばす魔法の練習に入った。先生が手本として、杖の動き、呪文の発音などを細かに説明しながら実演して、それからは、各自の前に置かれた羽根を飛ばす実習になり、生徒はみんな杖を振り呪文を唱えている。
「ウィンガーディアム・レビオーサ……やっぱり上手くいかないわ。どうしてかしら」
私の隣でパドマが呪文を唱えるが、羽根はピクリともしていなかった。
「パドマ、発音がちょっと違うのよ。レビオーサではなく、レヴィオーサよ」
「えっと、ウィンガーディアム・レヴィオーサ -浮遊せよ」
パドマが再び呪文を唱える。すると、目の前の羽根が少しずつ上に上がっていった。
「あ!出来たわ!アリス、ありがとう!」
「どういたしまして」
パドマが成功したのを見てから、再び自分の作業へと戻る。とはいえ、私も浮遊術については成功しているので、自由時間を使って実験をしているのだ。
私がやろうとしているのは、物を飛ばす浮遊術と物を操作する呪文を組み合わせた魔法。物を操作する呪文は、最初の授業でやった物を動かす呪文の上位版で、生き物には使えないが、呪文を掛けた物を自由に操るというものだ。とはいえ、自由に操れるかは術者の力量に左右され、操る対象を制御する為に集中し続けなければならないが、熟練者だと殆ど無意識で動かすことも可能らしい。
机の上に上海を置き、杖を向ける。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ……フェルクシィバス -浮遊せよ……物体操作」
呪文を唱え終える。まず上海が少しずつ宙に浮かぶ。それを確認すると、杖を少しだけ動かす。すると、ぶら下がるようにして浮いていた上海の頭が持ち上がり、腕や足も動き出した。
「……すごい。いつの間にこんなこと出来るようになったの?」
隣で見ていたパドマから声を掛けられるが、人形の操作に集中している為、返事はしなかった。というより、思っていたより難しかったので、返事をする余裕がなかったのだ。
パドマの言葉に釣られて私を見ている視線を感じるが、とりあえずは無視する。
「おぉー!これは素晴らしい!まさか、浮遊術に加えて物体操作の呪文を使うとは!」
フリットウィック先生の言葉で教室中の生徒が私を見る。一気に感じる視線に耐えたのも束の間、集中が切れてしまった。上海が落ちてくるのを手でキャッチする。
「ふぅ……」
「いやー素晴らしい。ミス・マーガトロイド、いつの間に物体操作の呪文を扱えるようになったのかね?」
「成功したのは初めてです。前から練習はしていたのですが、中々上手くいかなくて」
「そうでしょう。物体操作の呪文は基本的な魔法だが、制御がとても難しい魔法だからね。初めての成功であれだけ操作できるならば、あとは練習次第で大きく伸びるでしょう」
フリットウィック先生の言葉を聞きながら、上海だけでなく蓬莱も一緒に、それでいて無意識操作が出来るように目指そうと決意を固める。
「新しい呪文の知識を集め、それを達成した努力を評して、レイブンクローに五点!」
それを聞いて内心ビックリした。まさか点数が貰えるなんて。
「やったわね、アリス!」
パドマが肩を叩きながら言ってくる。
魔法の成功と寮に貢献できたことで嬉しさがこみ上げてきた私は、しばらくパドマと笑いあっていた。
その日の授業を終え、大広間へと入った私たちを迎えたのは、無数の蝋燭にくり抜いた沢山のかぼちゃ、蝙蝠が飛び交う、定番かつ大規模といえる空間だった。
席に座ると、金色の皿の上にご馳走が現れたので、取り分けて食べていく。パンプキンパイにパンプキンケーキ、かぼちゃジュースなどのかぼちゃ料理に、ポテトやチキンが並び、私の前にはかぼちゃを使ったサラダが盛られている。いつも食事のたびにサラダを欲しているから学校側も学習したのだろうか。
パドマたちと話しながら料理を食べていたが、グリフィンドールのテーブルにハーマイオニーがいないことに気がついた。
「アリス、どうしたんだ?」
「ハーマイオニーの姿が見えないから気になってね。パドマは何か知っている?」
「あぁ、ハーマイオニー?聞いた話だと、女子トイレで一人泣いているみたいよ。詳しくは分からないけど、ポッターとウィーズリーに何か言われたみたい」
「つまり、喧嘩?」
「喧嘩というより、陰口言っているのを偶然聞かれた感じね」
一体なにを言ったのかしらね。パドマもそこまでは知らないみたいだし。グリフィンドールのテーブルに座るハリーたちを見る。ハーマイオニーがいないことに気がついていないのか、二人とも夢中になって料理を食べている。
あとで様子を見に行ってみようと思った次の瞬間、突然大広間の扉が開かれ、クィレル先生が息を激しく乱しながら入ってきた。
「トロールが!地下室に!……トロールが入り込みました!……お知らせしなくてはと思って」
そこで言葉が途切れ、その場にクィレル先生は倒れこんでしまった。突如として騒がしくなる大広間では、生徒が悲鳴を上げて右往左往している。
「静まれーーーー!!」
その時、ダンブルドア校長の声が大広間中に響き、みんな一斉に静かになった。
「監督生よ、すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に戻りなさい」
その言葉に、各寮の監督生が動き出し、寮生をまとめて移動を始めた。私も他の人に混じって戻ろうとしたが、そこでハーマイオニーがいないことを思い出した。ここにハーマイオニーがいないということは、トロールが入り込んでいることも知らないはず。
「パドマ、ごめんなさい。私、ちょっとハーマイオニーを探してくるわ」
「えっ!?危ないわよ、アリス!トロールがうろついているのよ!」
「でも、ハーマイオニーはトロールがうろついているのを知らないわ。もし、遭遇してしまったら危険よ」
「でも、何もアリスが行かなくてもいいじゃない。先生たちに知らせれば」
「そうね。それじゃ、パドマが先生たちに知らせてくれるかしら。私は一足先に探しに行くわ」
そう言って、私は生徒の列を抜け、女子トイレへと向かっていった。
「クアーリル -探索せよ」
呪文を唱え、杖から出てきた小さな光の後を追っていく。光はスルスルと廊下を進んでいき、地下へと向かっていった。
「パドマはトイレにいるっていっていたわね。地下にあるトイレというと、魔法薬学の教室の離れにあるところね」
私は目的地を確かめると、音をたてないように気をつけながら走り出した。
地下に降り、トイレまであと少しというところで、反対側から二人の男の子が走ってくるのが見えた。
「ハリー、ロン」
「アリス!?どうしてこんなところに?」
「ハーマイオニーを探しにきたのよ。貴方たちは?」
「僕たちもハーマイオニーを探しにきたんだ。だけど、その途中でトロールを見つけて、この奥にある部屋に閉じ込めてきたんだ」
それを聞いて、私はすぐさま走り出した。ハリーたちがトロールを閉じ込めたという部屋は、まず間違いなくハーマイオニーがいるトイレのことだ。
「待ってアリス!そっちにはトロールがいるんだ!危険だよ!」
「貴方たちがトロールを閉じ込めた部屋にハーマイオニーが「きゃああぁぁぁぁ!!」やっぱり」
私がハリーたちにそう言った瞬間、奥からハーマイオニーの悲鳴が聞こえてきた。そこでようやく事態の深刻さに気がついたのか、ハリーたちも急いで走ってくる。
トイレに着き扉を開けようとするが、扉は開かずにガチャガチャと音を立てた。閉じ込めたんだから鍵を掛けていて当然か。そう考えながらもローブから素早く杖を取り出して、扉へと向ける。
「アロホモーラ -開け」
ガチャリと音を立てて鍵が開いたのを確認すると、扉を開け中へと入る。中には、四メートル近いずんぐりとした生き物が巨大な棍棒を引き摺りながら立っていた。灰色の肌に木の幹ほどの太さを持つ足、長い腕を持つそれは、身体から異臭を放っている。
「これがトロールね。ハーマイオニー!いる!?」
ハーマイオニーを呼ぶと、破壊された個室の残骸からハーマイオニーが這い出てきた。
「アリス!?どうしてここに!?」
「貴女を探しにきたのよ。それより、そこにいると危ないわよ。隙をみてこちらにきなさい。ハリーたちはハーマイオニーを手伝ってあげて」
「アリスはどうするんだ?」
「決まっているでしょ?トロールを足止めするのよ」
そう言うと、私は破壊された個室の残骸へ向かって浮遊術を唱える。先ほどの会話でこちらに気がついたのか、トロールは緩慢な動きで振り返った。
私は、浮遊術で浮かした大き目の木の破片をトロールの足目掛けて飛ばす。破片はトロールの膝辺りに連続して当たったが、あまり効いているようには見えない。
「皮膚が分厚いせいかしらね。それなら」
トロールが振り下ろしてくる棍棒を避けながら、今度は大き目の石を、足ではなく顎目掛けて飛ばす。トロールの顎先へと石は当たり、トロールはフラフラと身体を左右に揺らしている。どうやら、魔法生物にも脳震盪が起きるようで安心した。
トロールは身体を支えきれなくなったのか、仰向けに倒れこんだ。念のために、トロールに杖を向け呪文を放つ。
「ペトリフィカス・トタルス -石になれ」
呪文を放つと、身体を震わせていたトロールは、まるで石になったかのように動かなくなった。全身金縛り術の魔法なら、トロールといえどしばらくは動けないだろう。
トロールが動き出さないことを確認した私は、ハーマイオニーたちの方へと目を向ける。どうやら無事にハリーたちのところまでいけたようだ。
一段落していると、廊下から慌しく足音が聞こえてきた。扉の方へ向くと、マクゴナガル先生、スネイプ先生、クィレル先生が息を切らしながら部屋に入ってきた。
「これは……いったいどういうことですか?説明なさい!」
「え……えっと、これはですね、その」
ハリーがどもりながら説明しようとしているが、上手く言葉が出ていない。ロンも似たような感じで、ハーマイオニーはまだ呆然としていた。
「すみません。クィレル先生が、トロールが侵入したと言った場にハーマイオニーがいなかったんです。それで、ハーマイオニーがトイレに篭っていると夕食の前に聞いていたので、心配になって探しにきたんです」
「なんと……それは本当ですか?ミス・マーガトロイド」
「はい。流石に私一人で探しに行くのは危険だと思い、パドマに先生に伝えるよう伝言を頼みました。ハリーたちとは、ここに来る途中に会いまして、二人もハーマイオニーを探しにきていたようです」
私がそう言い終えると、マクゴナガル先生はハリーたちへと目を向け、真偽を確かめている。ハリーたちは困惑していたままだったが、私が目配せをし、ハリーは私の意図に気がついたのか、首を立てに何度も振っていた。
「……事情は分かりました。確かに場を見るに、急ぐ必要があったのかもしれません。独走せずに、我々へ知らせたのも正しい判断です。しかし、学生がトロールへと立ち向かうなど危険極まりません。危機管理が無さ過ぎます」
そう言って、マクゴナガル先生は私とハリー、ロンの三人をきつく睨んだ。
「ミス・マーガトロイド、ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー。貴方たちの寮からそれぞれ十点減点です」
マクゴナガル先生の言葉を聞いて、ハリーたちは落ち込んでいた。私は、今回のことはしょうがないと思い、素直に受け止めた。
「……ですが、友を心配し、窮地に駆けつけようとした姿勢は素晴らしいものです。ミス・マーガトロイドは我々に知らせる判断力もありました」
「それだけじゃありません。アリスは一人でトロールを退治しました!」
ハーマイオニーが声を張り上げて言った言葉に、マクゴナガル先生は驚いているようだった。冷静に立ち回ればハーマイオニーでも倒せたと思うけど。
「トロールを相手に退治できる一年生はそうはいないでしょう。よって、レイブンクローに三十点、グリフィンドールに十五点ずつ与えることにします」
マクゴナガル先生の言葉を聞いたハリーたちは、驚きと喜びを同時に感じているような表情をしていた。そういう私も、減点されることはあれ、点を貰えるとは思っていなかった。
「貴方たちの幸運に対してです。では、急いで寮へと戻りなさい。パーティーの続きを寮で行っています」
その後、私たちは無言で廊下を進んでいき、グリフィンドールとレイブンクローとの分かれ道に着いたところで分かれた。
西塔に着いた時に、後ろから誰かが走ってくるのが聞こえ振り向くと、ハーマイオニーが息を切らしながらやってきた。
「どうしたの?」
「ハァハァ。まだお礼を言ってなかったから。アリス、今日はありがとう」
「どういたしまして。でも、私だけじゃなくてハリーたちも貴女のことを心配してたんだから、ちゃんとお礼を言っておきなさいね」
「そうね。後で二人にも言っておくわ。本当にありがとうね」
ハーマイオニーは最後にもう一度だけお礼を言うと、来た道を戻っていった。
私も早く戻ろうと塔を上り、談話室へと入って、パーティーの続きを楽しんだ。とはいえ、パドマとアンソニーに今回の件について問い詰められたので、十分に楽しめたかは微妙だったけど。
~アリスが作中で使用した魔法~(☆はオリジナル。名前はgoogle翻訳のラテン語変換を曲解して作ってます)
エピスキー -癒えよ
☆ムードゥス -整頓せよ「散らかったものを整頓する魔法」
ウィンガーディアム・レヴィオーサ -浮遊せよ
☆フェルクシィバス -物体操作「非生物を術者の思い通りに操作する魔法。精度は術者の力量に比例し、高い制御が求められる。基本魔法」
☆クアーリル -探索せよ「思い浮かべた人物を探す魔法。イメージを明確にしないと見当違いのものを探索してしまう。術者の力量に左右される呪文。基本魔法」
アロホモーラ -開け
ペトリフィカス・トタルス -石になれ