作品はバトルと女の子同士の会話がメインです。自分ではそれ以外に意識している部分はありません。だから、その二点だけでも楽しんでいただければもうかまいません!
大国デスク。二〇三年、その国は周辺国を武力制圧して世界の頂点に君臨した。
幸い他国は植民地にならず吸収合併された。当時、デスクではエイルという名の女騎士がいた。エイルはどの騎士よりも強く美しい騎士であった。戦時中エイルと彼女の騎士団、『ヴァルキリー』は他を寄せ付けない戦果をあげて、エイルはデスクの英雄となった。
エイルの影響でデスクでは女にとって騎士となることはこれ以上ない名誉であった。
彼女の影響はとどまることを知らず、デスクでは騎士といえば女という概念が染みついた。よって、騎士育成専門科という名前の学校であろうと、そこに男子生徒は足を踏み入れることはできない。
二五六年。
騎士育成専門科『アイリス』の闘技場は喧騒に包まれていた。太陽は闘技場の真上に来ていて今がちょうど正午であるとわかる。
闘技場には大勢の声が反響している。いるのは女の子たちばかりだ。どこを見てもいるのは女の子だけだ。女の子は一人に一つずつ木刀を所持している。けれど、彼女たちにそれは当然のことなのか、みんな木刀を杖の代わりに使ったり、落ち着いて雑談を交わしていた。
その一角。四人の女の子も木刀を持って会話をしていた。
「闘技場に来るのは久しぶりだよ。いい天気だし、今日の私の運勢は一位かもしれない」
「最下位だったよ」
「うそだー、私は信じないからね。このお日様が私以外の誰ためにあるというのさ。うん、他の可能性は皆無だよ。ゆえに、私は一位であったと信じてる!」
元気の少女である。もう一人は小さい呟くような声であった。あまり会話が得意ではないのかもしれない。
四人は闘技場の観客席に腰かけている。
「でも、占い……最下位だったもん」
「ああ、泣かないでレム。私が悪かったよ!」
元気なほうがキーラ・リミア、無口なのがレム・ワイズマンという。
「キーラは毎度ふざけすぎです」
「そうだよ、今日はまだサラが来ていないのだから自制しろ、バカ」
残りの二人は丁寧な口調のほうがメトロ・アンユリ、そして、最後がカテナ・ジンクスだ。
キーラはそっぽを向く。
「メトロもカテナもみんなそろって私を責めるなんてひどいな。なんなの、私みんなに嫌われるようなことした覚えないのに……」
「そんなこと言ってもサラさんがいないから誰も構ってくれませんよ」
「構ってほしいわけじゃないわよ!」
キーラは振り返って怒っているが、メトロは気にする様子もない。
「それにしても、何でまだサラ来てないのかな?」
カテナは首をひねる。数秒だまって考えるカテナだったが、答えがでなかったらしく視線だけでメトロに「どう思う?」と質問する。四人は長い間柄なようでメトロはそれだけでカテナの意思を察することができていた。
「サラさんはまじめな方ですからサボりではないでしょう。きっと」
「男だね」
「男なのか?」
タイミングよくキーラが余計なことを言う。それに便乗する形でカテナが尋ねる。ただし、カテナは本気でキーラの言葉を信じでいるので本人には便乗した自覚はない。
「違います。いつもあれですよ」
嘆息しながらメトロが言った。表情は呆れてものも言えないという感じだった。
「ああ、毎度おなじみの」「寝坊か」
キーラとカテナが交互に言う。どうやらサラという少女が遅刻することは頻繁にあるらしい。
それから五分たって、授業開始を告げる鐘の音が鳴る。今日はいつも違い生徒たちは大声では会話をしないものの小声でヒソヒソを何か言い合っている。
今日は新任の教官が来るのだ。将来、騎士として生活することになる生徒たちにとって教官とは自分たちを強くしてくれる人であり、憧れなのだ。だから、少女たちの楽しみが抑えられないのは仕方のないことだった。ちなみに、生徒たちは小隊別に列に分かれて座っている。
教官はあまり時間をおかずに闘技場に姿を現した。腰に剣を下げた二十歳すぎの男である。
「全員そろっているな。俺はアルケル・ミッヒだ」
アルケルが自己紹介を終えても生徒たちはマジマジと教官を見つめるだけだった。
「さっそく練習に入ろうと思う。一応確認をとっておこうか、誰か休んでいる奴はいるか」
その言葉で生徒たちは正気に戻る。けれど、ほとんど欠席者はいないようで手をあげる者はいなかった。本当は第三小隊の隊長であるサラ・マテリアはいまだに来ていないが、小隊のメンバーは言うつもりがないらしい。かわりに小声で何か言い合っていた。
「どうしよ、サラはまだ来てないのに」
「大丈夫ですよ。教官の目を盗んで参加すればいいのですから」
不安そうなキーラをメトロがなだめる。メトロの態度は落ち着いており教官など恐れるに足りないといった風情だ。
「そこ、何か言いたいことがあるのなら言え」
「いえ、何でもありません」
「そうか。では手始めに素振り二〇〇〇本をしてくれ」
アルケルの一言で生徒たちは表情を固める。
「どうした?名門の『アイリス』の生徒たちはそんなことをできないのか」
アルケルはあざ笑うように言った。しかし、生徒たちは怒ることもなく、首をかしげるだけだった。生徒たちはアルケルの発言が理解できないでいた。なぜなら、『アイリス』にいる生徒たちはすでに素振りをする必要がないくらいに完璧なフォームを確立している。ここに誰一人として素振りで文句を言われることがあるはずがないと心底思っている。そんな、少女たちに何を言おうと無駄もいいところである。
だから、たとえばカテナ・ジンクスなどのあまり考えることをしない女の子はそれを尋ねる。
「教官、それは筋肉トレーニングのいっかんでしょうか?」
「違う。これはフォームを崩さぬようにする訓練だ。いくらお前らでも素振りをしなければフォームが崩れてしまうからな」
出鼻をくじかれてアルケルは少し不満げに言った。カテナの頭の上にある疑問符は増える一方だが、幸いそれは近くにいた小隊メンバーが抑えた。
どうやら生徒たちは指摘するするよりも能力を直接みせたほうが楽だと判断したようだ。
生徒たちが素振りを開始する。それを見てアルケルは驚かずにはいられなかった。
生徒たちの素振りは肩には一切力が入らず、姿勢もよい。全員が理想的なフォームをしている。
「まさか、これほどとはな」
アルケルは嘆息する。そして、すぐに生徒たちは睨みつける。
「だが俺にはそんなことは関係ないさ」
アルケルの目には教官としてではない、別のものとしての感情が宿っていた。
素振りの時間中、第三小隊の面々は雑談をしながら木刀を振っていた。といっても、それで素振りが悪くなるということはない。
「素振りなんて家で毎日やっているわよ」
キーラが不満を口に出す。
「あの教官はここにいる生徒の能力を把握しきれていないだけですよ。それと、キーラはサラちゃんがいないからってすねないでください。迷惑です」
「だから、すねてないって言ってるでしょ!」
キーラの怒りの声は他の生徒たちの号令にかき消された。
小隊制度。それは騎士育成専門科で採用されている制度である。採用されている理由はいくつかある。
まず、小隊として複数で行動させることで互いの不足を補いあうこと。次に他人の能力を把握してそれをどのように使うかを考えさせることがある。
他にも小規模な団体として、集団での行動を体に染みこませるなどがある。
小隊の最高ランク、Aランクになると午前は自主練習にすることできる。だから、遅刻をしようとも午前は来なくてもいいのだから怒られることはない。このことは学校外でも有名なことであった。
ちなみに、今闘技場にいるのはすべてCランクの生徒たちだ。
闘技場。入り口。そこには息を切らせて膝に手をついて今にも倒れそうな少女がいた。少女の名はサラ・マテリア。練習メニューに不満を持っていた第三小隊の隊長である。
「やってしまった。また、遅刻だよ! 今度こそ教官に殺される!」
サラは入り口の前で頭を抱える。サラにとって教官はよほど怖いものなのか体は小刻みに震えている。
「いや、でも……今日から教官が別の人になるとメトロがいっていたような気もする」
サラは背筋を伸ばして、堂々と闘技場に向かっていく。
「なら大丈夫だよ! そう信じるしかない……」
堂々とした態度はそう長くは続かない。サラはすぐに前かがみになってトボトボと闘技場に入っていった。闘技場の陰が彼女の気持ちを表しているようで惨めだった。
闘技場に到着すると、サラは運悪くすぐにアルケルに発見された。
「遅刻か。Aランクでもないくせに堂々としたものだな」
腕を組んで、サラを見下ろすアルケル。新任とはいえそこには威厳がある。
「すみません」
委縮するサラ。そんな彼女を見て、アルケルは胸の内である決意をした。
(こいつでいいだろう。いい見せしめになる)
「罰としてこの俺と一対一で訓練だ。もし、お前が勝ったなら遅刻は見逃してやろう」
周囲の生徒は何事かとサラとアルケルを見物し始める。
「本当ですか!」
サラは顔をあげる。表情は幸せそうな顔をしていてまるでもう勝ちが決まったような様子だ。その態度にアルケルは眉をひそめる。
「ああ。では、さっそく始めるとしようか。残念ながら俺はお前ほど時間に余裕はないのだ」
アルケルが時間を気にしているのが時間だとすればそれは大きな間違いである。授業が終了するまでにはまだ大分時間が残っているのだ。
アルケルは不気味に微笑む。対するサラは近くにいた生徒から木剣を借り受ける。二、三回ふる。
その素振りを見て、アルケルは安心する。
(なんだ、あいつは素振りもなっていないじゃないか。あんな技量で俺に勝てると思っているとはとんだ思いあがりだ)
アルケルも近くの生徒から木剣を借り受けると、サラと間合いを多めにとってスタンバイする。
戦闘準備ができたサラのもとに第三小隊のメンバーが駆けつける。
「いいの、サラ。かりにも相手は教官だよ」
「そうですよ。いくらこれ以上遅刻すると退学だと脅されているからといっても、相手を考えたほうがいいですよ。立つことができないくらいやられて学校にこれなくなったら本末転倒です」
「大丈夫だよ。あの人見た目ほど強くないから」
サラは四人に近づいて小声で言った。四人は「おおー」と言いながら拍手する。
「さすがCクラス最強はいうことが違うねえ」
「サラ頑張って」
「了解」
そうして、サラはアルケルと対峙する。
生徒たちは観客席まで後退して、二人の動向を見守る。
騎士の育成学校ということもあって、生徒たちはノリノリで野次馬とかしている。
ちなみに、サラが教官と一対一を申し込まれることはよくある。そして、彼女は前の教官から数回に一回のペースで勝ちをおさめていた実力者なのだ。
しかし、アルケルはその事実を知らない。よって、彼はこのあと知ることになる。自身が舐めてかかっていた生徒の実力を。
戦闘が始まると闘技場はいっそう盛り上がった。生徒たちはハイになったテンションを抑えることができず、盛大に叫んでいる。音量は壮大だったけれど闘技場がすべてを中で反響させて、漏れる音は最小限にとどめられた。
キーラ、メトロ、カテナ、レムの四人はサラの戦いを観戦しながら気楽に話していた。
「サラさん、遅刻の隠滅となると手加減しませんからね」
メトロは持ってきていたのか、おやつを食べている。仕草ひとつとっても上品な子である。けれど、足を前後に動かしていて、頬の筋肉も緩んでいた。おいしそうである。
「あいつだけだもんな、教官をたおしたことあるの」
カテナは腕を背中の後ろでくんでいる。
「新任がどうなってもしらないわよ。私たちに素振りさせて罰よ。呆気なく負けてしまえばいいのよ」
「キーラ、サラがいないから……」
「すねてない!」
四人は隊長であるサラの力によほど信頼をおいているらしく、落ち着いていた。
「ねえ、あの男は誰かな?」
ふと、レムの背中をやさしくたたく手。敵意を感じさせないその手にレムは振り向かないまま答えを返した。
「新任の教官」
「へえ、新任の。……誰だか知らないけれどふざけたことしてくれるわね」
そして、全身が凍りつくような怖気が四人の背後から発せられた。
何事かと四人は高速で背後を見やる。
背後にいた女性はさきほどの恐ろしい気を放ったのか疑わしくなる微笑みを返した。
女性は軍服に身を包んでいる。
「あれ、その軍服って『アイリス』の……」
キーラが疑問に思ったことを言い終えるよりも早く女性が答える。
「そう。私が『アイリス』新任教官のフェーベル・タール。……ところで、今このクラストップの実力のサラ・マテリアさんと戦っているアレはナニ?」
フェーベルは青筋を立ててキーラに尋ねた。顔を笑っている。その笑顔はもう天使と見間違えるような暖かな笑みである。だが、四人は彼女の発言からそんな笑顔は本心を偽るためのペルソナにすぎないことは承知している。
四人はフェーベル・タールの笑顔に恐怖した。
「えっと、新任の教官? ですか?」
言いながらカテナは視線をフェーベルからそらす。
「私に聞かれても知らないわよ、そんなこと! いい度胸ですね、あの男。今から殴りこんで動けなくなるまでボコボコにしてあげましょう」
相変わらずフェーブルのことは怖い少女四人であった。けれど、今回は新任の教官を止めようとする猛者がいた。
「教官。その必要はないかと思います」
メトロだ。
「どうして? そんなに私が信用できない?」
自分の仕事を奪われてフェーベルは怒りで自制ができていない。その強気な態度にメトロは腰がひきそうになるのを懸命に抑えた。
「いいえ、そうではなく生徒であるサラさんに負けたほうがニセモノにも効果的ではないでしょうか」
アゴに手をあてて思案するフェーベル。答えはすぐに出された。
「それ、いいわね。でも、大丈夫かしら。かりにも敵は教官を名乗るくらいだからある程度の実力もあるんじゃない?」
メトロは闘技場で戦う少女を見つめて呟く。
「大丈夫ですよ。サラさんは前の教官にも結構勝っていますから」
メトロの期待とは裏腹にサラ・マテリアは劣勢だった。
つばぜり合いで押し負けて、サラは後退する。
戦いが始まってすぐに彼女は力の差を思い知ったのだ。
力とはいってもそれは技量のことではない。単純に生まれもった筋力のことである。
アルケルの攻撃はどれもいつもサラが体験したことのない威力があった。サラがどれほど実力をもっていようとも力比べでは勝負にすらならない。
「どうしたっ? さっきからまったく攻撃してこないな。怖気づいたか」
木刀を小さく振るって挑発するアルケル。そんなことを言われても相手は動じる様子はない。というよりも、むしろ笑っていた。ふりを最小限にしていたとしてもアルケルの打ち込みは強力だ。
アルケルの攻撃は空を切ってばかりで紙一重で回避される。そして、サラの笑顔がマッチしてアルケルに底知れない不快感を与えていた。
「何がおかしい!」
「いえ、素直に教官の剣技に驚いていただけです」
すきを突かれないようにサラは木刀を構えなおす。どういうわけかサラは木刀を片手でもって半身に構えていた。
(本当にびっくりした! この先生、イノシシみたいに突進してくるから受け流すのも一苦労だ)
内心はびびりなサラであった。なかなかのポーカーフェイスだ。
三メートルほど距離をあけて両者は動きを止める。見合って敵が一瞬でも気を抜こうものなら襲い掛からんとする気迫が伝わってくる。
「先生は力強い剣を振るわれるのですね。しかし、そんな技術の欠けた攻撃は貧弱です。いえ、貧弱ではありませんか。だって威力はすごそうですし……鎧があれば勝てたかもしれませんね」
微笑んでサラはアルケルに向かって特攻する。重心は安定している。無駄な力をいれていないせいか、全身体は平行にスライドしてくようだった。
「なめるな」
侮辱と変わりないことを言われてアルケルは躊躇いなく走る寄るサラのノド元に突きを放った。木刀の刃先がサラのノドに吸い込まれていく。あと少し前進すれば串刺しにされてしまいそうな距離。
アルケルの関節が完全に伸びきって木刀の動きが止まる。
だが、その延長線上にすでにサラの姿はなかった。少女の小さな体躯は一撃をくらう寸前のところで右に回転して避けていた。
「なっ、やば……」
木刀を引き戻そうとするアルケルだが、一度は完全に突き出したのだ。その運動が終えるまでは止めることなどできるはずはなかった。
回転の勢いを利用して、高速で腹部に突きが繰り出される。
数秒して木刀が引き抜かれる。痛みで腹部を抑えて、アルケルは地面に膝をついた。
どうにか肩で息をする。
途端に歓声が響く。闘技場はお祭りムードで生徒たちは高が外れたように隣や近所で話し出す。
サラは苦痛の色が見えるアルケルに小さくお辞儀する。
「訓練お疲れ様です。貴重な経験になりました」
「訓練……だと?」
手加減しないで急所を狙っていたアルケルはサラの言葉が理解できなかった。殺す気でかかった自分にお礼を言える精神がわからなかった。まあ、実際はサラ・マテリアという少女が訓練で教官から急所を狙うくらいしなければ勝負にならない実力を備えているだけなのだが。
「ええ。いやー、教官の攻撃は一発でもくらうと立てなくなりそうで怖かったです。けど、私は相手のすきと攻撃を避けることは得意ですから本当によかった」
額の汗をぬぐって「いい汗かいた」みたいな気持ちよさそうな顔をするサラをアルケルは恐怖せずにはいられなかった。
(ここの生徒たちはみな強いとは感じていた。しかし、これほどまでとは……)
サラは「さて」といってからアルケルに微笑んだ。微笑むとはいっても今回は悪巧みをする狐のような不気味な雰囲気をまとっていた。目はキランとして怪しい輝きを帯びている。
「では教官、約束通り今日の遅刻をなしにしていただけますか」
「は?」
アルケルは首をかしげる。ダメージを負っているはずの彼であったが、それすらも一瞬忘れることができた。自身の勝利を疑っていなかったアルケルは敗北条件など正直聞いていなかったのだ。
「とぼけないでくれます。私は教官に一回遅刻かどうかを判断されるだけで退学というカードを学校側からきられるのですよ!」
目に大粒の涙を浮かべて泣きそうになるサラ。
「いや、ちょっと待てっ。それは明らかにお前のせいだ……つっ」
完全に体のことを忘れておりアルケルに容赦のない痛みが腹部に走る。まだ数十秒しかたっていないのだから痛みが残っていて当然である。
「しっていますよ。だから、がんばって遅刻返済しているのでしょうが!」
一度ダムが決壊したサラは吠えるのをやめない。
「だいたい教官は男なのですから自分の言葉に自信を持ってくだないよ。というか、持ってくれないと私が困るんだ!」
怒りが臨界点に達してサラは木刀でアルケルを殴りつける。
「痛いっ、こら……やめろって」
五撃目がアルケルの頭に炸裂しそうになったとき、唐突に木刀が空中で停止する。よく見ると、木刀は軍服に身を包んだ女性にわしづかみにされていた。
「あれ……『アイリス』の軍服。別のクラスの教官ですか?」
女性を見て、理性を取り戻したサラは尋ねる。サラに悪気はないのだが、それで黙っていられるほどここにいるフェーベル・タールはやさしくない。
フェーベルが肩を震わせて爆発しそうになる前に、後ろから追いかけてきたらしい第三小隊のメトロが言った。
「サラさん。その人が本当の新任の教官です」
他の第三小隊隊員もメトロに続いて闘技場に到着する。
「えっ?」
サラは無表情のままアルケルを指さす。そして、メトロに見えるように人差し指でバツを作る。メトロは首を下におろす。サラの指がフェーベルを指さす。次に人差し指と親指でマルを作る。メトロはもう一度首を下におろした。
「ということは、ニセモノ!」
サラは頬を両手で触れて「うそだー」と力なく言った。
「じゃあ、私の遅刻の一回免除はどうなるのですか教官!」
サラはしっかりとフェーベルを見ていった。これでアルケルを見ればただではすまないと本能に感じたのかもしれない。
「そうねえ。今回だけは許してあげようかな」
と、言うとすぐにサラは元気になった。単純である。
「それで、あなたは昨日私がお酒を飲んで酔っているときに襲ってきた野郎でいいのですよね」
「……ああ」
怒りがおさまっていないのでフェーベルの口調はいくつかおかしくなっている。
アルケルは罪悪感を感じているのだろう、答えるとすぐに下唇をかんだ。
「この子達の安全はともかくとして、何で私を襲ったの?」
「先生それは教官としてひどすぎませんか」
キーラが意義を唱える。けれど、どちらの教官も応じなかった。完全に無視だ。
「元はといえばお前たちのせいだ」
そして、アルケルは唐突に語りだした。誰も聞いていないのに、語り始めた。
とあるところに男子専用の剣士学校があった。今の時代、騎士といえば女と誰もが思う。しかし、だからこそアルケル・ミッヒは男子だけでも世間から認められるような剣士たちになることを夢見た。
彼は自分の体が立たなくなるまで訓練をした。誰よりも強くなるように、他の生徒には一回でも多く勝とうと努力した。ときには他の生徒たちと食卓を囲んで親睦を深めた。
アルケルにとって学校は宝物のように大切だった。
だが、そんな幸せは長くは続かない。彼の学校に別の学校の設立が決まったのだ。
騎士育成科『アイリス』。それが彼の学校のかわりに設立された学校の名だった。アルケルはもちろん設立に反対だったが、そのときの彼はまだ二十歳にも満たない少年である。彼の力などないに等しかった。
そのころからアルケルは騎士やその他の戦闘職の女性たちが嫌いになった。『アイリス』に関してはただ憎かった。
「俺は剣士学校をつぶした『アイリス』が憎かった。君たちには何の関係もないことだとはわかっている。だが、理性で分かっていても感情はおさまらなかったのだ!」
アルケルは語り終えると、それ以上は何も言わなくなった。
「同情してあげたいところだけど、私を襲ってきた人だからいい気味だわ」
フェーベルの態度は冷淡だ。
「私も第三小隊がなくなったら嫌だな」
けれど、サラの態度はフェーベルとは真逆であった。うつむいて心からアルケルの過去を憐れんでいた。
一応言っておくと、サラ・マテリアは普段から気が弱い少女だ。例外として戦闘をしているときなどは生意気を言ったりする。でも、それ以外ではふつうの遅刻壁のある人見知りの、天然で相手の気にさわることを言ってしまう女の子である。
だから、かわいそうな境遇には同情するし、おもしろいものにはふつうに笑う。
「今回はこういう行動に出ちゃったけど、アルケルさんはいい人ですよ。だって、あなたがいなかったら私は遅刻を見逃してもらえなかった。復讐で『アイリス』にきて人助けとは人間の鏡です。だから、教官も許してあげてくださいよ」
「まあ、一番被害にあったサラさんが言うなら構わないけど」
「だが、どんな理由があるとはいえ俺はお前たちに敵意をもってここに来た。来てしまった。それは誰にも弁解できないし、俺の罪だ」
アルケルは「すまない」といって土下座をした。はたから見ていたキーラとカテナ二人で小声で会話する。
「今の話、サラは自分が得したと遠回しに言っただけじゃないのか」
「そうよ。でも、別に損はないのだからいいでしょう」
「そこ、聞こえてるよ。本当のことでも言わないように」
サラは二人を指さして、黙らせる。
「アルケルさん、顔をあげてください。あなたの奇襲なんて私たち『アイリス』の生徒からしたらなんてことはありませんから」
さわやかな表情でひどいことをいうサラ。本人に自覚がないのだからタチが悪い。
アルケルはゆっくりと顔をあげる。
「すまない、感謝するよサラ・マテリア。この恩はいつか必ず返す」
そう言って、アルケルはフェーベルに連れて行かれて闘技場を後にした。観客席で騒いでいた生徒たちはいきなり教官が軍服の女性に連れて行かれるのを見ても状況を理解できずにいた。
数日後。再び闘技場。
生徒たちが小隊ごとに整列している。生徒らの前には二人の人間がいて、一人はおなじみのCクラス教官のフェーベル・タールであった。
そして、もう一人。軍服を身にまとい、腰に剣を下げた二十歳すぎの男性である。
生徒たちが口をあけたまま黙っている中、男が口を開く。
「改めてこのCクラスの副教官になったアルケル・ミッヒだ。よろしく」
あいさつを終えても、生徒たちは何も言わなかった。当然だ。一度は偽教官として『アイリス』にもぐりこんだ男が今度は正式な教官として戻ってきたのだがら驚かないわけがない。
実をいうと、アルケルは闘技場から理事長のところに連れて行かれて、そのままヘッドハンティングされていた。
彼が就職に成功したのは『アイリス』の理事長がCクラスに技術のほかに一撃の強化などの基本的な攻撃力の向上を考えており、彼はその条件に当てはまっていたから就職できたのだ。
自己紹介を終えてアルケルから説明を受けた生徒たちはため息をついたという。