騎士育成専門科『アイリス』。そこでは、日々生徒たちが騎士になることを目指して修練を続けていた。『アイリス』では生徒に不満がないように訓練施設や寮を用意して万全の態勢で教育をすることを心掛けていた。
アルケル・ミッヒが教官に就任してから一週間がたったころ。
サラ・マテリアとその小隊メンバーはため息をつきながら学生寮に戻る途中であった。
「くそー、今日はアルケル副教官に勝って遅刻を返済する予定だったのに休みだなんて最低だよ」
大きく口を膨らませてサラは言った。それを聞いて隣を歩くキーラ・リミアが「そうだ」と言う。
「あの男、休みくせに訓練メニューだけはいつもよりもハードにしやがって。あいつはきっと自分は訓練しないからって無茶苦茶な訓練をやらせてるんだよ」
鬼気迫る様子で熱弁をふるうキーラ。そのまま放っておくと暴れだしそうな彼女をサラが「どうどう」と言って押さえている。
サラは肩よりも少し長めの髪で表情が豊かだ。キーラはショートでくせ毛なのだけど、その容姿は愛らしくてよくからかわれている。
ちょうど小隊の中で上品に少し後方を歩いている少女がキーラを薄めで疑わしそうに見る。それには見られている側に緊張感を持たせる不思議な力がある。
「今日はサラさんが遅刻しないで構ってくれてよかったですね、キーラ。おかげで私もあなたの愚痴に付き合わないですんで大助かりです」
腰まである長髪を乱すことなく淡々とメトロは言った。
「だから、そんなのじゃないって言ってるでしょう!」
キーラは反論するけれど、そんなものはメトロの耳には入っていないようである。完全に遊ばれている。
「キーラ、恥ずかしがらなくてもいいのに」
ぼそっと、レム・ワイズマンが呟く。
「恥ずかしくないわよ!」
「またまたー、そんなこと言って本当は……」
「だから、違う!」
さずがに大声を連続して出しすぎたせいでキーラは肩で息をするのが限界だ。
「まあ確かに今日はおもりをつけて素振り二〇〇〇回、ランニング一時間と練習がパワーアップしていましたね」
キーラの意見も尊重するようにメトロは言った。しかし、そんなことを言われると調子に乗ってしまうのが、キーラという少女である。
「だよね。本当に容赦がなさすぎるわよ」
言って、さっそく愚痴を再開しようとするキーラだがサラに口を押えられて、物理的に言葉を封じられる。
「キーラは話しすぎだよ。そんなに一人で話されたら、私が遅刻返済の今後についてみんなに相談できなくなっちゃうじゃない」
「それこそ話す必要ないだろ。もう手遅れだし」
カテナに本当のことを言われ、サラは顔をリンゴのように赤くした。
「なっ、まだ始まったところよ。私はあきらめない!」
ちなみに、彼女たちの言う練習とは副教官のアルケル・ミッヒが作ったメニューのことである。
目的は攻撃の向上。その一点だけ。彼はその一点を生徒に教えるためだけに『アイリス』にいる。
寮の前に差し掛かる。
『アイリス』には寮もあり、生徒はここで食事と休息をとる。
けれど、サラたちは寮に戻るつもりがないらしく、その前を通り過ぎていく。
その中で、メトロだけが大量に並ぶ窓の中から空いている一つをいぶかしむようにして見つめて、立ち止まる。
「あれ、どうかしたのかメトロ。もしかして汗を流して体が冷えたか? なら、仕方ない。キーラを持って行け、抱き枕くらいの使い道はある」
カテナが言葉をはさむ間もなくすらすらと言う。この子がこれほど口が達者になるときは悪戯心があるときと相場が決まっている。そして、セミロングの髪が垂れて、彼女の顔を隠すものだから表情が読めなくて一層タチが悪い。
付き合いの長さからそんなことはメトロも承知していたのだけれど、返答はあまり気の利いたものではなかった。
「ええ、気遣いはありがたく受け取ります。でも、キーラは必要ないです」
短く丁寧に言って、真剣味の帯びた顔でメトロは寮の中に入っていった。
後方から何者かが「必要ないとはどういう意味よー!」と怒鳴っていたが、今のメトロにはその確認さえする気にならなかった。
寮には大量の生徒を収容しなければならないことから、多くの部屋がある。しかし、それでも一人に一つの部屋を与えていると資金が多く必要となる。だから、寮ではほとんど生徒を二人でひと部屋を使用する。
けれど、その制度にも例外がある。
それが小隊長だ。どのクラスなのかは関係ない。たとえば第三小隊のサラ・マテリアも自分専用の個室を持っているのだ。
なぜ小隊長に個室が与えられているのかというと、それは身分社会を生活からも学ばせようとする大人の都合だったりする。まあ、サラはそれをいいことに小隊メンバーを何度か部屋に呼んで教官に叱られたことがあって、思惑通りに言っているのか微妙ではあるけれど。
寮の、それも小隊長専用の一室。そこに目的はどうであれ、サラ・マテリアと同じような愚行を働いている者がいた。
具体的に言うと、Cクラス第一小隊隊長のローズ・フリルが自室に部下を呼び出していた。
しかし、Cクラスでも個人ではサラに次ぐ実力者で、訓練での活動姿勢もしっかりとしている。
ローズは女の子の中でも小柄な身長の少女だ。髪はポニーテールにしていて、さっきから少し動くだけで過剰に跳ねている。
部屋には健康のために窓があり、ローズはちょうど窓の淵に両手を置いていた。風が吹いていないのでポニーの揺れる原因はわからない。
「いいか、お前たち。次の小隊戦の相手はサラ・マタリア率いる第三チョウタイだ」
「隊長、サラ・マタリアではなくサラ・マテリアです」
「それと、第三チョウタイとはなんでしょうか? 聞き覚えがありませんが」
ローズの間違いを別々の部下が訂正、およびバカにする。
「ああもう、わかってるわよ。サラ・マテリアと第三小隊でしょう」
あっち行けとみたいに手を動かして、ローズは言う。態度から相当面倒くさそうだ。よく見ると少し顔が赤い。
「小隊戦は明後日。まあ、私たちなら何も準備しなくても勝てるだろう」
ローズは慎ましい胸を張って、「でも」と言う。
「サラ・マテリアのようなやつがCクラス最強の生徒と言われるのは気に食わないのよ」
ローズのセリフに素早く隊員の一人が相槌を打つ。
「まあ、隊長は第一小隊をCクラス最強の小隊にできても、個人では二位ですもんね」
「…………」
図星を指されて黙り込むローズ。隊員はあわてて口を滑らした者を小突いて叱る。
「そうよ。でも、私もこのままダミャって二位のままでいたくないの」
隊員はローズが噛んだのを訂正しようとはしなかった。なぜなら、ローズの目が真剣だったからだ。仲間内でする冗談などではなく、心からサラ・マテリアを倒したいという闘志が体からみなぎっている。
「だから、卑怯とは思うのだけど、サラ・マテリアの小隊の子を明日にでもケガさせてあいつと一対一で戦わせてくれないかな」
隊員は少し渋い顔をして黙る。だが、すぐに表情を持ち直して賛同した。ローズの思いに胸打たれたのかもしれない。
「ケガっていっても捻挫くらいのものでいいから。大ケガはダメ、痛いから」
首を左右にふっていかにも嫌そうな顔をしてローズは言う。
この言葉には隊員が全員、「ならケガさせるなよ」と思ったのだが、ローズの雰囲気に押されて口には出さない。
「なら手紙で誘い出して、森林エリアに落とし穴を作って落としましょう。それなら、後日に風邪をひくくらいですむでしょうし、捻挫くらいですみます」
隊員の提案にローズは「うん」と頷く。
「よし、さっそく今日のうちに落とし穴を作ろう。それと、小隊の陣形は私が考えて本番に教えるからそのつもりで」
「了解」
そして、第一小隊はローズの部屋から解散した。手紙の内容はローズが担当した。彼女はサラが遅刻をよくすることを知っていたので、それを餌にサラ以外の第三小隊のメンバーをおびき寄せようという魂胆だ。
ローズの部屋から少し離れた廊下の角。そこでメトロは壁に背をつけて、ため息を吐く。
「まったく、怪しいと思ってきてみればとんでもないことを考えますね。さて、どうしましょう。このままでは私たちは落とし穴に落ちなければならなくなる」
アゴに手を当てて、思案するメトロ。その立ち姿はもともと整った顔立ちのメトロが神妙な表情をするものだからクールな雰囲気を自然と醸し出している。
答えはすぐに出たようで彼女は自分の部屋へと帰って行った。
翌日。闘技場でサラはいつも通りアルケルと遅刻返済を巡って戦っていた。
他の生徒は今もアルケルの特別メニューをしている。生徒はアルケルに向けて不満を言いながらも一生懸命走っていた。そして、特に第三小隊はその愚痴がひどかった。
サラも生徒と同じ量の練習を終えている。体力的にも限界のはずなのだが、サラは息を切らしながらもアルケルと戦っている。どうやら遅刻が絡むと話が別らしい。
試合は木刀で行われており、今は互いに距離をとっている。
「副教官、もう降参したらどうですか。あなたがどれほど力を持っていようと私は遅刻返済のためなら負けませんよ」
アルケルは挑発的なサラもセリフを苦笑いで対応する。
「と、言われてもな。その言葉もせめて膝がガクガクと痙攣していなかったらまともに受け取ってあげるのだが」
見ると、サラの膝はアルケルの言うとおり痙攣していた。今は立つだけでも精一杯なようでその場を動かない。
「言わないでください。聞くと体が限界だったことを思い出してしまいますから」
サラは笑おうとして頬の筋肉を吊り上げる。でも、疲れているのは火を見るよりも明らかで、悲惨だ。
見るにかねてアルケルは中段の構えをといて、サラに駆け寄る。
「今日はもう中止だ。まずは訓練に耐えれるようにしないとろくに戦えないだろう」
「でも……」
「言うとおりにしなければ今後お前と戦闘訓練はしないぞ」
脅しをかけられてサラは血相を悪くする。
「うっ。了解しました」
ゆっくりとサラは観客席に腰かけて休憩に入る。そうこうしているうちに、全体の訓練が終わった。
昨日と違って、今日は第三小隊の誰もしゃべろうとはしなかった。
今日は昨日の倍近くの訓練があり、生徒の一人として話ができる状態ではなかったのだ。
だから寮についてから、生徒はまずベッドに倒れんだという。
夕日が暮れてきて、もうすぐ沈もうとするころ。
寮のサラの自室でその小隊メンバーは楽しく話をしていた。
サラの部屋はとくに偏りがない。だから、テレビや机といった必要最低限の物以外は置いていない。基本的に生徒は『アイリス』から外に出ていくことはあまりない。必要なら『アイリス』に頼めばそろえてもらえ、生徒はお金を払うだけでいい。
そんな生活なものだから生徒は家具に興味を示す機会自体がなかった。
四人は床に腰かけていて、サラだけが一枚の紙を手にして唸っていた。
「うーん、この手紙は誰から送られてきたのかな?
『遅刻返済に効率の良い方法を教える訓練場・森林エリアに一人で来てほしい』
としか書かれていないけど」
手紙には律儀に地図と待ち合わせの場所がマーキングされている。ここに来い、ということであろう。
カテナがそっぽを向いて言う。
「考えても誰かなんてわからないだろ。書いてないんだし」
そして、カテナはそっと扉に方向に四つん這いで進んでいく。
それをレムが彼女の服の袖をつかむことで阻止する。
「どこ行くの?」
「寝たいから帰る!」
急にスピードを上げてレムを手を振り落す。そのままドアノブに跳躍する。
けれど、その行動もむなしく、レムに抑えられてしまう。
「大事な話だから」
「はあ」
ため息を吐いてカテナは元の位置に戻った。
「どうするのサラ。もし嫌だったら行かなかったらいいと思うけど」
キーラはベッドの上に座ってサラの隣にくる。
「うん。わかってる」
あまり気の進まない様子でサラは黙る。彼女の目はずっと『遅刻返済の効率の良い方法』を凝視している。
どうやら、遅刻返済とは誰が待っているかもしれないということよりも価値あるものらしい。
サラが黙ってしまったので、会話が途切れてしまう。カテナはレムに押さえつけられていて、それどころではない。自然と沈黙が続く。
最初に静寂を破ったのは、これまで会話に参加していなかったメトロであった。
「私は行ってみればいいと思います」
端的で、簡潔に、メトロはそう言った。
「ちょっとメトロ。相手が何者か特定できているのならともかく、誰かもわからない場所にサラ一人で行かせるのは心配だよ」
キーラは隣を一瞥して、悲しそうな顔をした。
「大丈夫ですよ。この『アイリス』内での待ち合わせです。ここの設備は部外者を侵入させないことにおいては完璧です。偽教官は知りませんが……。とにかく、書類を新任の教官から奪うなりしないかぎりは侵入できるはずはありません」
「あれ、じゃあ手紙の主は生徒なの?」
気が抜けたような表情でサラは確認を取る。
「ええ。そして、相手が誰であろうとCクラスの最強の『ラッキーフェイス』は負けませんから」
その言葉を聞いて、サラ以外が嘆息する。
「それを言われたら言い返せないわよ」
「私も、そう思う」
「同じく。というか、早く帰らせろー」
言われた本人は「照れるなあ」と言って頭をかいている。
「まあ、みんなの賛成も得たし、遅刻返済の情報には気になるから行ってみようかな!」
勢いよく立ち上がって、ガッツポーズを決めるサラ。今までの逡巡が嘘のように明るくなり、そのまま室内から飛び出した。
その姿を確認したメトロはうっすらと笑みをこぼす。
「メトロ、どうしたの? 何か不気味な笑顔になっているけど」
キーラに様子を伺われ、慌てて両手でなんでもないとメトロは否定した。
『アイリス』の森林エリア。そこは全長一〇〇メートルの森林だ。足場は生い茂る木々の根が浮き出ていてあまり良いとは言えない。生徒たちはここでよく小隊同士の戦闘をすることがあるので、夜であろうと迷わずに指定されたポイントに行くくらいは赤子の手をひねるくらい簡単にできる。
指定された場所に到着したサラと待っていた人間は互いに驚いた。その驚くさまは夜の森林に響き渡るほどのボリュームを有していた。
まず、待ち人のほうが、
「え、何であなたが来てるの!」
といってパニックに陥った。続いて、サラがあまり視界に入っていない方向から声がするものだから、
「きゃあああああ!」
と叫んだ。
そして、その叫び声がなぜか待ち人に伝染。ともに絶叫する事態になった。
絶叫しながら二人が互いに森林の中を走り回る。加減など一切ないダッシュだったので、問題が発生した。
ローズ・フリルの第一小隊が別の目的で用意していた落とし穴だ。
また、これはただの偶然なのだが、全力の疾走を終えた二人がちょうどピンポイントで地図のマーキングされていた地点、つまりは落とし穴のある場所で再開した。
叫びが一瞬大きくなるが、すぐに森林が静寂によって平穏を取り戻した。
わずか二〇秒足らずの時間が当事者二人にとっては永久に感じられたそうだ。
土の匂いが鼻孔をくすぐる不快な感覚を受けてサラは目を覚ました。目を擦ってから、周囲を見渡すと一瞬、自分が目を閉じたままなのかと思ってしまうくらい暗がりがあった。
背中と腰に痛みがある。
「痛いな」
小さく呟いてサラはもう少し詳しく暗がりを見聞してみる。すると、すぐ近くに柔らかい人肌の温もりをある何かに触れた。
「プニプニだあ。私もこれくらいの肌が欲しいなあ」
羨望のこもった視線をサラが向ける。サラは正体を突き止めようとして目を凝らす。
彼女は自分の瞳に映る少女を見て、目を見張った。
「誰かと思えばローズちゃんじゃない」
サラの言葉に応えるようにローズは目元を震わせた。
「サラ・マテリアなの?」
辺りが暗いのでローズはサラを見て確認する。サラはうっとりとした表情で頷いた。見るからにローズで幸せな気分になっているサラであった。
「やっぱりズルはいけないわね」
嘆息して立ち上げるローズ。そんなローズの言葉がサラに疑う余地を与えることになる。
「ズル? 何のこと?」
サラはというと、今までローズの容姿に見とれていて気が抜けていた。その姿は落とし穴に落とす作戦を立てたローズを呆れさせるほどで、頭の後ろで腕を組んですでに寝る気満々である。
「この落とし穴を作ったのは私なの。ごめんなさい」
目の敵にしていたサラに丁寧な頭を下げるローズ。
ローズは根は良い子なので、自分の非を認めないほど愚かになりたくない、というのが彼女の言い分だ。
しかし、もう瞼の閉じたサラにはそれが見えていない。
「別にいいよ。まあ、ケガさせてまで勝とうとしていたのは少し好かないけど」
「それは……」
ローズは本当は一対一で戦いがしたかったから、と言おうとしてやめた。別にそれがしたいなら本人に直接言えばいいだけの話だったと今になって気が付いたからだ。
「本当に私で良かったよ。第三小隊の他の人に手を出してたらきっと許せなかったから」
サラは笑顔を浮かべていたが、その一言にローズが安心などできるはずがなかった。
むしろ、罪悪感がさっきよりも募ってきていた。もう自分のしたことなど忘れたいとさえ思ってしまう。
ローズはそんな自分の甘えを許せない。だから、自分への罰として、もしくは罪滅ぼしとして、行動の目的を告げることにした。
「私は……ただ、あなたみたいな人がCクラスのトップであることが許せなくて。違う、もっと単純に羨ましくて……力のシュウメイがしたかったの」
鼻水をすする音がして、サラは彼女が泣いていることを知った。けれど、目は開けない。
本心から謝るローズを前にしたらすぐに許してしまいそうだ。間違えたことは無視する。
でも、サラはまだローズは何かを言えていないような気がしたのだ。
「こんなことをした後に言うことじゃないけど、サラ・マタリア。明日の試合で私と一対一で戦ってくれないかな?」
ローズはきっと断られるだろうと思っていた。でも、中途半端なまま終わってしまうのはあまりには滑稽で嫌だった。
「明日は小隊戦だよ。そんなことしたら、互いの小隊に迷惑がかからない?」
怒っているとも、悲しんでいるともとれない、抑揚のない口調でサラは問題だけを突きつけた。
「わかってる。でも、私はそれでもやりたいの。わがままだと思うけど、やりたいの! 試合が終わればなんだっていうこと聞くから。お願いします!」
サラも答えは決まった。気が強くて誰に対しても見下した態度をとっていると有名なローズが頭を下げているのだ。その誠意を否定することなんてサラにはできなかった。
「いいよ」
「本当!」
顔を近づけて言うローズ。ここに来て、ようやく目をあける。
ローズを見て、サラはこう思わずにはいられなかった。
(かわいい)
「構わないよ。でも、私の第三小隊のメンバーにも話すからね」
「別にいいわよ。隊長の言うことだもの、了解するに決まってる」
その言葉にはサラは苦笑いで応じることしかできなかった。隊長なのに真っ先に彼女の言い分を否定しそうだったのだ。
そうして、落とし穴を抜け出して互いの小隊の説得。および明日のフォーメーションを隊長が対決するように変更した。
ちなみに、落とし穴は二メートルはあって、普通なら出るのは困難なはずなのだけど二人は膝を曲げてジャンプするだけで脱出していた。
隊長となるだけあって、身のこなしがおかしい二人である。
小隊戦。集団の修練として騎士学校で採用されている訓練である。この訓練には最初に小隊同士で何日か戦闘して、その勝率から順位を定めている。順位の小隊の数の分、クラス毎で割り振られて、生徒は自身よりも上位、下位の小隊と順位を争っている。
小隊戦は森林、草原、市街地の三つのエリアで行われる。この場合においてのみ、生徒は自由な武器を選択できる。真剣も例外ではなく、安全は生徒の良心に委ねられる。
また、武器は本当に何でもいいので、薙刀やナイフでもいいのだ。
もし、この戦闘で殺人に至ると容赦なく死罪になる。そういうことへの自制心を鍛えることも含めて、真剣も許可を出しているのだ。
森林エリア。
木々が無限に広がっているようにさえ見える中で、第三小隊は小隊戦の開始を今かと待っていた。
空は晴天で雲一つない。肌をなでる風は暖かい。
森林の中は生い茂る小枝と葉が太陽を遮って、少し暗くなっていた。
「じゃあ、みんな。私はCクラスのアイドルのローズちゃんと一騎打ちしてくるから残りはよろしく」
サラはそう言って、肩に背負った剣を柄に触れた。
「わかってるわよ。今日くらいは本気だしてあげるから安心しなさい」
キーラがそっぽを向いて言う。キーラは武器の鎖鎌を両手に握っている。
「そうだ。別に私にかかれば相手が何人いようと関係ない」
カテナが付け足すように言う。カテナの武器は身の丈に合わない大剣で、体格を見ただけなら振り回せるのか不安である。
また、メトロは薙刀。レムは小太刀であった。
「でも、私たちは小隊順位三位だからやっぱり心配だな」
サラは振り返ろうとする。けれど、それは後ろにいたメトロに止められた。
「気にしなくても大丈夫です。今回は私がサラの代わりにキーラを止めますので」
メトロが微笑んでそう言うものだから、サラも強引に納得させられる。
そんなことを言ってる内に、ホイッスルがなる。
「よし、第三小隊。張り切っていくよ!」
サラの言葉で一斉に全員は森林の中に疾走していく。
森林エリアは他の二つのエリアに比べて大きい。それは別に大した意味があるわけではない。
『アイリス』の購入した土地に含まれていただけなのだ。
そんなわけで、小隊戦はメンバーが一人どこかに言っても案外見つけにくい。
サラはすぐにローズと遭遇した。これは昨日の夜に二人でどこに来るのかを相談していたからだ。
「ふーん、剣を使うんだ」
ローズはすでに武器を持っていた。右手に持つそれは小さなナイフだ。
「ローズちゃんはナイフですか。身軽そうで怖いですね」
サラは静かに抜刀して中段の構えをとった。
「へえ、大抵初めて見る人は舐めてかかってくるのに。関心」
それで、会話は終わりばかりにローズは特攻する。
木々の間をすり抜けるように小刻みに曲がって接近してくる。その速さは弾丸のようだ。だが、この場合はそれが軌道を変えてくるのだから面倒だった。
「やっぱり早……」
声を出し終わる前に甲高い音が森林に鳴り響いた。
ローズは下方からサラの手首を狙って突き上げていた。しかし、それに気が付いたサラはすぐに一歩だけ後退して手首の座標に刃を刷り込ませる。
「さすがはCクラスのトップ」
挑発をするローズ。
「そっちこそ。今のはアルケル副教官だったら当たってた」
互いに笑みを浮かべて距離をあける。すぐに、ローズが近くの木の方向に跳んで木を足場に特攻。
サラは寸前のところで回避する。
サラの体はその動きについていけていない。
ローズの攻撃はやむことはない。四方から武器の小さいことを活かして、猛獣のような勢いで肉薄してくる。
一撃でもくらえばただではすみそうにない。
サラは攻撃を避けながら冷静にローズの動きを分析していた。彼女がどうやって自分に接近してくるのか、またどこを狙ってくるのかを。
(私が距離を縮めようと前進すれば木を経由、もしくは斜めに前進して懐から攻撃。動かなければ軌道力を活かして囲うように移動して徐々に守りを崩してくる。下がれば一点突破を狙って突進)
サラの顔から表情が消えていく。目は敵の行動を写し取る機械のようにただ相手を追跡する。
ローズはその変化を見逃さなかった。
一流の騎士に必要なのは戦う力ではない。危険を察知して回避する能力なのだ。
そして、ローズはサラ・マテリアの本当の恐ろしさはその観察眼であることを思い出す。
(ホンブンはここからということね)
ローズは今までしてきた攻撃パターンを意図的に変えて、攻撃の単調さをなくす。
目を見張るサラを見て、ローズはその行動が正しいことを確信する。
再び余裕の失ったサラの息が上がっていく。
まっすぐ突進してくるローズ。サラは片手を剣から手放して渾身の突きを放つ。半身となる体にブレはなく、スマートな体重移動をしたことがわかる。
しかし、その刃はローズに届かなかった。
彼女は切っ先の届く間近で片足を軸に回転して停止。そして、サラが付き終わってから下方から剣を持つ腕にナイフを突き刺した。
鮮血が地面に散る。
一方、残りのメンバーはメトロの巧みな指揮の元で圧勝していた。
カテナは大剣を振り回し、すぐにメトロが攻撃範囲の大きい薙刀で追撃。
それも避けられると、次ぐはキーラの鎖鎌とレムの小太刀でとどめ。
といったシンプルだが、強力な戦法で勝っていた。
「さて、私たちは大丈夫でしたがサラさんは無事でしょうか?」
心配になってきたメトロに、キーラが「大丈夫よ」といった。
「何せCクラス最強なのよ」
「そうですね」
そう言って、二人は森林の暗がりを見つめていた。
メトロたちの信用を余所にサラは苦戦していた。
突きを放った右手はナイフがかすって、あまり使い物にならない。
だから、今の彼女は左手だけで剣を持っていた。
しかし、どういうわけか焦っているのは勝っているはずのローズ・フリルのほうだった。
右手に攻撃が当たって以降、その刃はサラの肌に触ることはない。
木を回り込んでも、後ろを確認せずに避けられる。特攻しても剣で流される。
ローズからすれば自分こそが追い込まれているのだ、という気分だった。
「惜しかったね。でも、もうあなたの攻撃パターンは全部わかったから当たらないよ」
ローズはその言葉が信じられなかった。
(どういうこと? 全部? そんなこと、できるわけ)
「本気になっちゃうと私、相手の動きから大体わかるの。まあ、今回はローズちゃんがスピードで翻弄するタイプだったからギリギリ間に合っただけなのだけど」
ローズはそんな言葉を信用する気はなかったけれど、これ以上長引かせてもあまり進展はなさそうなので、次の攻撃で決めようと思った。
「そう。なら、次で最後」
そう言ったローズは特攻した。
小細工はしない。そんなものはするだけ無駄だとわかったから。だから、一直線に走っていく。加減なしで、本当の弾丸のように最速で。
サラは半身の中段の構えで迎え撃つ。
ローズのナイフがサラの腹部を抉ろうと迫る。
サラは剣の切っ先でナイフの側面を擦れさせて、軌道を自分から何もいない場所に移す。そのまま剣を頭の上で掲げる。そして、振り下ろす。
当たる直前で剣を止める。
ローズは悔しそうに歯噛みをして、
「負けました」
と言った。
その日、小隊戦の勝者となった第三小隊はCクラス最強のクラスとなった。
次の日。サラは寮の部屋から出たところで偶然ローズと出くわした。
「あ、ローズちゃん。おはよう」
「おはよう」
恥ずかしそうに俯いてローズは言った。ローズは耳を真っ赤にして大きな声で「サラ・マタリア」といって呼び止める。
「この前は付き合ってくれて……ありがとう。お前の実力はニセモノじゃないってわかった。あと、良い奴だって思ったから。だから、私はお前の友達になってやる!」
緊張を隠しきれていないが自分の気持ちを精一杯言ったローズにサラは微笑みかける。
「こちらこそ。あと、私の名前はサラ・マテリアだから」
指摘されて、顔がもうリンゴみたいになるローズ。
「わ、わかってるわよ」
重力を無視したようにピョンピョン跳ねるポニーテールは相変わらずのローズだった。
さて、頑張ろうか。