『アイリス』の学生達が寝床としている宿舎の隣には座学を勉強するための校舎がある。校舎は四階建てになっており、下からCクラス、Bクラス、Aクラスという順番に教室が振り分けられている。
しかし、『アイリス』の場合、学生の本分は座学ではなく戦闘訓練であまっている教室も多々ある。そういう所は教官の使用する個人的な所になっていて、そこを自分の部屋だと豪語する教官もいるとかいないとか。
久しぶりの座学の授業でサラ・マテリアは机に突っ伏していた。彼女の席は窓際の最後尾と非常に教官から距離のあった。
「おーい、サラちゃーん寝ないでー。面倒な授業で成績にもあまり響かないのは私も理解しているけれど、あなたは遅刻のし過ぎでこれ以上は学校に通えるかが危ないのよ」
教官のフェーベル・タールが持っていたチョークでサラを指さして言う。気の抜けた声で言う彼女からは本当に心配しているかは怪しいものだ。どうでもいいのかもしれない。
「教官、申し訳ありませんが疲れたので当分私は動けそうにありません。代わりと言ってはなんですがキーラの点をひいてくれて構いません」
サラは机に引っ付いた内の右腕をユラユラと掲げてだるそうに言った。
「えっ! 何で私の点がひかれなきゃならないの!」
唐突なサラの提案に反応が遅れたキーラは声を上げて驚くだけだった。
ちなみに、キーラはサラの隣で、キーラの前にメトロがいる。レムとカテナは出入口の方面の後方にいて三人とは離れていた。
メトロが上品に口元に手を当ててクスリと小さく笑った。
「何がおかしいのよ」
キーラが怒りの矛先をメトロに向けて、睨む。
「いえ、未だ無遅刻無欠席を誇るキーラがそういう理由で点をひかれるというのも面白そうだなと思いまして」
「何が面白いのよ! 何がっ」
動物のような唸り声を上げ始めるキーラ。
「別にキーラの点はひかないから安心しなさい」
フェーベルが呆れながらもそう言うと、教室が笑い包まれた。つまり、キーラが弄られているのがクラスの笑いを誘ったということだろう。恥ずかしかったのか本人は顔を真っ赤して黙り込んでしまう。
そんなキーラを様子を確認してからサラは斜め前の席のメトロに声をかけた。
「ねえねえメトロ。どうせ私減点されちゃうだろうから授業を抜け出して市街地に遊びに行こうと思うのだけど一緒に来ない?」
「私はキーラのように完璧なんて目指していませんからね。別に構わないですよ」
メトロは後ろのキーラを一瞥してから、小声で返答した。メトロの挑発的な態度はどうやら伝わったようで、キーラが上体をメトロの耳元に近づける。
「ちょっとどういう意味よ。私はただ朝に強いだけで完璧なんて目指してないわよ」
何かと嫌味のように言われると否定したくなるキーラだった。この場合、取り方によっては自分が遅刻をしていないと褒められていると取ることもできたろうに。残念な少女である。
「なら授業をサボっても構わないんですか?」
メトロは明らかにキーラで遊んでいた。
「か、構わないわよっ」
半ば勢いでそう言ったキーラであったが、ことの発端であるサラが心配そうに言う。
「メトロの挑発に乗らなくてもいいよキーラ。せっかくの無遅刻無欠席の記録を棒に振ることないから。ねっ」
「いいのよ、もう決めたことだから」
これにはサラもメトロも嘆息した。つくづく残念な子だと思っているに違いない。
ある程度物音を立てながら言い合っていたが、フェーベルが気づくことはなかった。というより、フェーベルは黒板に何か書きながら睡魔に襲われていたので、気づかないのは当然と言えた。
それを見逃さず、三人はしゃがんでから素早く教室から脱出する。クラスには気づかれていたが、全員呆れ顔をするだけだった。
ちなみにカテナとレムはぐっすりと机を枕に眠っていた。
大国デスクのベルラールという街に『アイリス』はある。ベルラールは周辺地域と比べても平均的な街である。けれど、住民は活気に溢れていて、毎年二度行われるベルラール地区の騎士学校『アイリス』、『ロータス』、『フロックス』の三校の選抜メンバーで行われる武闘大会があるときなどは祭りのような騒ぎになる。
大量の屋台が並列する中で、人々が店員と値段について言い争ったり、服を見て興奮したりと賑やかな街。
見ると大人たちばかりでその中に子供の姿はない。今はちょうど太陽が人々の真上に昇ってきたところだ。
その中に周りから少し目を引いている少女が三人いた。
「うーん、どれもおいしそうだなあ」
『アイリス』Cクラス第三小隊隊長のサラ・マテリアとメトロ・アンユリ、キーラ・リミアである。
サラは食べ物屋が並んでいる所で笑顔で目を輝かせている。
「サラさん止めておいたほうがいいですよ。もう少ししたら闘技場に戻ってアルケル副教官の特別メニューをしなくてはならないですから」
爽やかな笑顔で言うメトロとは対照的にサラから笑顔が消えた。
「そうだったー!」
しかし、そう叫んだのは、サラではなかった。それまで座学をサボったことを意外と気にしていたキーラであった。
「最近みんなが訓練に慣れてきたからあいつまた訓練を厳しくするって……」
活気の良い街中で肩を抱いてキーラがおびえる。そして、サラはというと呆然として焦点を定めているのか怪しい目をしていた。
「どうしよ。せっかく遅刻返済に本腰を入れられると思ったのに」
サラは『アイリス』に入って当初から遅刻をよくしていた。しかし、このままでは退学もありうると学校側から宣告された。
以来、彼女はアルケルに一対一の訓練で勝利するたびに遅刻を一つ分返済できるというシステムを学校に提示されて遅刻返済に励んでいるのだ。
暗い雰囲気を放ち始めるサラを見て、キーラは鼻を鳴らす。
「ふん。そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。あんな奴の訓練なんかすぐにこなして首にしてやるわよ。ねえサラ?」
サラは立ち止まる。そして、何かブツブツを呟いてから勢いよく顔を上げる。
「そうだね。私の恐ろしさをアルケル副教官に思い知らせてやる!」
「あらら……副教官も可哀想に」
やる気に満ちた友人二人を微笑ましく見ながらメトロはここにはいない男性教官に同情した。
その後、三人は衣服や武具店、また食べ物屋台を転々と回っていった。道中サラとキーラが打倒アルケルと燃えており、メトロはなだめるのに手を焼いたとか。
そして、疲れた三人はどこかの喫茶店にでも寄ろうということになった。
喫茶店と一言にいっても、ベルラールの市街地にはいくつかそういう店はある。だから悩んで当然なのだが、三人は一切選択に迷うことはなかった。
そこが『ロンリードール』という喫茶店で『アイリス』の生徒達の中でも人気のある店だったからだ。
そうして、サラ達は『ロンリードール』に向かった。
幸い彼女達の現在と店の距離はすぐ近くで、五分経たない内に発見できた。
そこは名前が売れている割には豪華に優れた店ではなかった。
全体的に木製であることがわかるその姿は、妙にその空間だけを際立たせている。
例えるなら何もない荒野に一軒だけ普通の家屋があるような異質さがあるように感じられた。
席は丸テーブルがテラスに置かれていて、店内の異様に白く明るく、内と外が別世界のようだ。
サラ達は堂々とした態度で店内に入っていった。
不思議な所、何ていうものは少女達にとって興味を惹くものでしかないということだろう。
しかし、サラ達は席に座ることはできなかった。
別に初めての店に緊張したわけではない。もっと単純な話だった。
……席が一つも空いていなかった。というか、満席だった。
席の全てにサラと同年代くらいの、けれど少し上品そうな女の子達がいた。
「何か『アイリス』の制服着た生徒ばっかりだ」
サラは気づいたことをそのまま感想として漏らした。入り口の扉がサラ達の驚愕に遅れて閉まる。
音に気付いた生徒の一人が微笑んだ。
「あなたは確かCクラスのラッキーフェイス、サラ・マテリアさんじゃない。どうしたの? 確か今は授業を受けているはずだけど。……もしかして、大事な授業を抜け出して来たの?」
口調は穏やかだった。しかし、言ってることは挑発といっても過言ではなかった。
「…………」
サラは何も言わなかった。女生徒からすればそれは冗談のつもりだろう。だが、ここにいるサラにとってはただ真実を言い当てられてしまうという惨事であった。
言い返せなかった。
「って本当にサボったの!」
挑発する側なのに驚いてしまっていた。
サラは女生徒の視線から逃れるようにして顔を背ける。残りの二人は相手が誰なのかを判別しようと伺っていた。
「だって、どうせ減点されたしもう出てなくても変わらないよね、ってことで……」
ブツブツと言い訳を述べるサラ。
それを聞いて女生徒は「ラッキーフェイスは伊達じゃないか」とよく分からないことを言ってから一度深呼吸して嘲笑をサラに送った。
「せっかくこの店に来てくれたところ悪いんだけど帰ってもらえる。今は私達Bクラスが使ってるから」
サラは痛い所を突かれた後でそのまま帰ろうとする。
しかし。
残りの二人が戻ろうとしたサラの脇に挟んでその状態のまま女生徒に向かっていく。
靴音が床に響く。
「思い出しましたよ。Bクラスで影の薄いミントス・エスパトラさん」
メトロがミントスに作り笑いを送る。
「影は薄くないから!」
「それもどうせ自分で影が薄くないって言ってるだけでしょう?」
キーラが憐れむようにミントスを見る。
「自分で言うわけないでしょう!」
息を切らせてミントスがメトロとキーラを睨みつける。
日頃ふざけ合っているだけに息の合う二人だった。
「大体Cクラスの連中がBクラスを挑発するなんていい度胸じゃない」
顔が少し赤くなっているミントスを見て、周囲のBクラスの生徒がそうよ、そうよと援護する。
けれど、メトロとキーラは頭に疑問符を浮かべるだけだった。
ちなみに、サラは未だに落ち込んでいて放心状態が続いていた。
「キーラ、私ミントスさんを挑発なんてしましたか?」
「別に。ただ本当のことを教えてあげただけじゃないの。それを挑発だなんて随分と短気な奴よね」
キーラは両手を上げて「やれやれ」とわざわざ口で言う。そして、今度こそミントス・エスパトラを挑発したのだった。
両者は互いに睨み合う。ぶつかり合う視線から火花が散るような錯覚さえある。
けれど、それはすぐに終わることになる。
間から乱入者がCクラスとBクラスに割って入ったからだ。
「そんな口喧嘩するくらいなら力で決着つけなさい」
Cクラスの教官フェーベル・タールだ。店の扉が開く音を生徒達は気が付かなかった。そんな驚きもあって生徒達はフェーベルに見つめていた。
彼女は運動しやすいTシャツにズボンをはいていた。どうやらサラの逃亡に気付いて追いかけてきたらしい。しっかりと着替えている所を見ると、ついでに遊んで帰ることは予想できる。サラといいフェーベルといい欲張りな人間がCクラスには多かった。
フェーベルは不敵に微笑む。
「その方が『アイリス』に相応しいと私は思う」
唐突な教官の来訪に体に緊張を走らせるBクラスの面々。肩を驚かしてCクラスは(サラも含めて)額に汗を滲ませながら静かに下を向いた。ついさっき授業を向け出して来たのだ。正面きって教官に目を合わせられるはずがなかった。
だが、それは後でと言わんばかりにフェーベルは一歩踏み出してミントスと距離を縮める。
「それで……Bクラスの第一小隊長はどうする? 今なら私が話を通して正式にCクラスとの小隊戦できるようにして上げられるけど」
言われてから、ミントスはあわてた様子で返答した。
「か、感謝します。教官のその申し出、受けさせていただきます」
フェーベルは続いて、サラを見て目だけで「あなたは?」尋ねる。
「もちろん! 受けさせていただきます。そして、ついでに私が今日、授業で減点された分をこれに勝ったらなしにしてください」
さらっと自分の要求も付け加えてサラは勝負を受けた。
「わかったわ。でも、もう一つの意見は却下。私に面倒をかけたのだから当然です」
その後、フェーベルはいつも足取りで店から去って行った。その後ろ姿を見届けてからようやくミントスが口を開いた。
「教官のおかげで生意気なCクラスに実力の違いを見せつけることができるようになった。本当に感謝しないとね」
嘲笑いながらミントスは喫茶店から出ていく。後ろに他のBクラスの者達も続く。Cクラスと三人はそれを黙って見届けた。
Bクラスとの力の差を認めたから、ではない。自信家の三人に言わせれば「Bクラスに負けるわけない」と言うに違いない。ならどうして三人は何も言えなかったのか。
理由はフェーベル・タールという自らの教官に対する恐怖だった。
「やばいよ、キーラ。アルケル副教官ならまだしもフェーベル教官を怒らせると今後の訓練が拷問に変わるよ」
サラは全身の力を抜いて自分の体を支えることを放棄した。いきなりサラの重量が増えたことでメトロとキーラはサラを手放してしまう。
ひんやりとした床に足が密着する。
「だ、大丈夫だよ。ねえ、メトロ」
キーラはすがるようにメトロに視線を送るが、メトロはそっと首を左右に振るだけだった。諦めろ、ということらしい。
目に見えて落ち込む三人。
そこに店の奥から店員と思われるエプロンを着用した女性が現れる。女性は髪をポニーテールにして纏め上げていた。顎くらいの長さの左右の髪がカールしている。
「あなたたち『アイリス』の生徒達だよね」
気さくな笑顔で女性はサラ達三人に尋ねた。
「ええ。そうですよ」
第三者の介入を受けて慌ててメトロは表情を取り戻す。けれど、彼女ほど切り替えがうまくできないサラとキーラは未だ呆然と床を見ている。
「さっきの子達も『アイリス』の制服きてたけど、仲が悪いの?」
女性は笑いを堪えながら言う。いつもならそんな態度を取られたら仕返しを真っ先に考えるメトロなのだが、今回はそういう考えは微塵も思いつかなかった。それほどに女性からは敵対心など感じられなかったのだ。
「まあ……。私達がCクラスであちらがBクラスですから。下の階級の者には負けるわけにはいかないという意地みたいなものがあるんですよ、きっと」
Bクラスのことなど露ほどにも相手にしていないとばかりに話すメトロ。そんな彼女の見栄が少しおかしくて女性は笑みをこぼす。
「取りあえず席に着いたら。一杯くらいならただで入れてあげるわよ」
女性がそう言うと、サラとキーラが素早く着席する。本能的に落ち込んでいる場合ではないと悟ったようだ。そんな同期を見てメトロは苦笑して、女性は微笑んだ。
メトロも席についてしばらくすると、紅茶が運ばれてくる。三人ともこれには満足したようで飲んですぐに「おいしい」と口にしていた。
三人が紅茶をある程度楽しんだことを確認してから女性は近くの席に腰かける。
「私はパレード・エングリン。元騎士よ」
それを聞いて、カップに触れていたサラ達の手元が停止する。一瞬の静寂が訪れてパレード以外の時が止まる。まるで彼女が時を止めてしまったのではないかと三人は錯覚した。
「そんなに驚かなくてもいいでしょう。別に騎士なんて山ほどいるんだから」
何でもないことのように言ってのけるパレード。しかし、そんな言葉でサラ達の驚きは解消されなかった。
パレードの言うほど騎士になることは簡単ではないのだ。実を言うと、『アイリス』に生徒の中で騎士になれる者はほんの一握りしかいないのだ。最低でもAクラスの上位者と同等くらいの実力を必要とする。要はエリートなのだ。
「それに……私はもう騎士を首になったからね。君達に尊敬されるような人間ではないよ」
自然と三人の時の流れが回復する。けれど、騎士を相手にしていると考えるとサラの緊張は解けなかった。教官とは違う穏やかな雰囲気のパレード。しかし、リラックスしたようにさえ見える様子でも何故だか油断はできなかった。刃先の正面に向けられたような感じが薄らとサラの脳裏によぎる。
メトロとキーラはサラほど危険を察知する能力はない。だから、臨戦態勢に入ろうとするサラが信じられなかった。
「サラ?」
キーラが声をかけてもサラは眼を鋭く光らせてパレードを睨むように見ていた。
そんなサラにパレードは内心で感心していた。
(自分が私の間合いに入っていることに気付いた。関心ね。まあ、別に襲うつもりなんかないけど)
「サラちゃん、だったかな。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。私はもう現役を引退したみ身だ。よほどのことがない限りもう武器は手に取らないさ」
サラの警戒が解けるようにパレードは無防備に両手を上げて「降参」と言った。さすがにサラもそれを見るとそれ以上の警戒はしなかった。メトロとキーラも一段落したと判断して緊張をとく。
「まったくすごいなサラちゃんは。騎士だった私も驚くほど相手の行動に敏感だ」
そっと両手を戻すパレード。
「いえ、失礼しました。一方的に警戒したことは反省しています。それと紅茶最高でした」
「そう?」
「はい。今まで飲んだこともない美味しい紅茶でした」
お世辞にしか思えないサラの言葉を聞いてパレードは苦笑する。
「と、言われてもねえ。あれは安物だからなあ」
その言葉にメトロとキーラが口を抑えて噴き出す。
「メトロもキーラも笑わないでよ。私そういうこと詳しくないからわからなかったのよ」
喫茶店が笑いで満たされる。
その日。第一小隊の三人は日が暮れるまでパレードと会話を楽しんだ。
次の日。その三人はフェーベルから罰として倒れるまでフェーベルと実戦訓練をさせられた。
普通Bクラス、Cクラスとクラスの違う生徒達は小隊戦をすることも、共に訓練する機会がほとんどない。というのも、クラスの割り振りがAクラスと最高とした実力で決まったものなのだ。
だから、同じ『アイリス』の生徒と言ってもAクラスのトップの実力者なんかは騎士を相手にしても引けを取らないとさえ言われている。
けれど、サラ達が『ロンリードール』という喫茶店を訪れてから一週間後。CクラスとBクラスの代表による小隊戦が行われることになる。
対戦カードはCクラス第三小隊対Bクラス第一小隊というものだった。本来ならCクラスも第一小隊が出てべきなのだが、サラがローズを説得して譲ってもらったのだ。
試合は闘技場で行われる。
『アイリス』側がこの試合を認めたのは近日に『アイリス武闘大会』があり、その選手を決めるのに有効を認められたからであった。
Bクラスとの試合当日。
サラは剣を手にして、闘技場の中央で対戦相手のミントス・エスパトラと対峙していた。
「今日はわざわざ負けに来てくれて感謝するわ、ラッキーフェイス」
小馬鹿にした言葉でサラを挑発するミントス。しかし、そんな挑発はサラには効かなかった。
「何を言ってるんです。別に私は影の薄いミントスちゃんに負けるわけがないじゃないですか」
不敵に微笑むサラを見て、ミントスを表情を一瞬なくす。
「影の薄いことはこの際どうでもいいわ。でも、Cクラスのあなたが、ラッキーフェイスなんて呼ばれているあなたが、私に勝つ? ふざけないで」
呟くように放たれたその言葉は大声を上げて発するよりもよっぽど迫力があった。
身をひるがえしてミントスは自分の仲間のいる方向に戻っていく。
闘技場の地面が風にあおられてミントスの姿を見えにくくする。
「訂正だね。今のミントスちゃんは影の薄い奴なんかじゃないや。立派なBクラスの代表だよ」
やや遅れてサラも自分の小隊の元に帰った。
会場には各クラスが敷き詰めている。
観客席で小隊戦の開始を今か今かと待ち構えている人影があった。その人影は小柄な体躯をしていた。
「うーん。早く始まらないかな」
まだ誰もいない闘技場を眺めながら少女ローズ・フリルは内心穏やかではなかった。
「いくらサラ・マタリアがCクラスのトップで回避能力に優れているといっても相手はあのミントスなのよ」
ローズは誰にいうでもなく、呟く。
「隊長、サラ・マテリアです。いい加減覚えてください」
隣に座る隊員から厳しい訂正が加えられる。
「わっ、わかってるわよ」
怒鳴り返すローズ。何故かはわからないがポニーテールの髪がピョンピョンと跳ねていた。
「あなたも知っているでしょ。あのミントスの小隊戦の強さ」
真面目にことを言われて隊員は面倒くさそうにため息を吐く。
「ええ。個人の力ではなく、息が合った連携で戦いますからね。私はもしBクラスに上がれてもあれと戦うくらいならCクラスに帰ります」
情けない隊員の台詞を聞いてもローズは何も言わなかった。
言えなかったのだ。彼女自身、ミントス・エスパトラの小隊戦の強さは認めている。
誰にも言っていないけれど、ローズがCクラスの第一小隊となるとき陣形などを参考にもさせてもらったりした。
「ケガとかしなければいいけど」
心配そうにローズはずっと闘技場を見続けた。
小隊戦の舞台に移動中。サラは彼女にしては珍しく一言も発することはなかった。
メトロが気遣って声をかけても大丈夫というものの大丈夫には見えない。
一人少し先行して歩くサラはこの後の小隊戦のことをあまり考えなれないでいた。
唐突に、本当に唐突に、フラッシュバックのように思い出したのだ。
『ロンリードール』という喫茶店の店主で、元騎士の女性のことを。
あの人は武器を手にしてもいなかったのに全身が強張るほど恐ろしかった。
同じ空気を吸うだけで息苦しくなり、パレードの動きすべてに警戒した。
「あんな風に強くなれたら」
その思いは酷く純粋で単純な、憧れであった。あの人のようになりたい。
そんな誰でも持っているような願い。
しかし、このすぐ後にサラは自分のこの思いを後悔する。
審判はフェーベル・タールが務めた。
始め、の合図と共に二個の小隊は突進する。
障害物のない闘技場では人間同士の能力だけが求められる。
そんな定石を元にサラは先頭を切って剣で特攻。続いて、メトロがその後ろに薙刀を構えながらついていく。
カテナとキーラ、レムは少し右に迂回する。カテナが身の丈に合わない大剣を振り回し敵小隊の横腹をつつきにかかる。大振りで隙が多いカテナをレムが小太刀の身軽さを活かしてカバーする。
キーラはどちらのカバーにも回れるように鎖鎌の分銅を回転させて様子をうかがう。
一言も発せずに組まれた陣形。しかし即興ではあってもなかなかに考えれていた。
うまく陣形を組めてもサラは緊張を解かなかった。
いつもならこんなとき小隊メンバーに注意を促していた。
けれど、今日はそれができなかった。パレードのことで自分の甘さを思い知った。
もっと強くなりたい。
そういう思いが強くあって、声を出すよりもサラはもっと深く、真っ暗な深海に潜るような感覚で周囲と自分を切り離していく。
ミントスの小隊は全員が両手に剣を所持していた。
「二番『開花』!」
ミントスの号令で一斉にBクラスの第一小隊は背中合わせで固まる。
それを見て、カテナが楽しそうに笑う。
「はっ、それからどうするんだよ」
カテナの大剣が、サラの剣が切り込む。
甲高い金属音が何度も響く。何度も何度も。
「うわっ、何か刃が大量に出てきた!」
それは花が開くように美しく外に向かって、円を広げながら刃という花を開いていく。
驚いたカテナは慌てて大剣を横にして攻撃を防ぐ。
そして、サラはその攻撃を避けながら激しく突きをして反撃に出る。だが、五人が作る十個の刃は突きを当たった傍から弾いてしまう。
第三小隊は仕方なくサラの後方に逃げ帰った。
一定範囲広がるとミントス達はまた一つに固まっていく。その様は一つの生き物のようである。
「これは面倒ですよ。どうします?」
メトロが苦笑しながらサラに問いかける。
「どうもしないよ。これくらい避けられる」
サラが冷めた声で答える。
その返事を聞いてメトロはサラの異変に気付いた。
(自分のことしか見えてない)
メトロはどうにかサラの代わりに指示を出そうとする。だが、それよりも早くミントスの次の号令が響く。
「五番『三連砲台』」
相変わらずの素早さでミントスは垂直跳びをして、正面が地面になるように体を傾ける。
ミントスの後方に勢いよく剣の腹が四つ、ミントスの足にぶつかる。
次の瞬間、ミントスが砲弾のような軌道と速度で第三小隊を襲う。ミントスは突きの姿勢で特攻してくる。
対するサラは真っ向から突きを放った。その行動にはさすがにミントスにも驚いていたが、それで勢いが鈍ることはない。
互いの剣が切っ先同士で衝突する。
「何でっ!」
攻撃を無効可されたミントスだが、器用に空中で回転して第三小隊の後ろをとる。
続いて、ミントスを発射した二人が特攻する。体制を崩しながらもサラは悠々と回避する。
そして、最後の二人が特攻してくるも、サラが全てさばき切り、勢いがなくなる。
攻撃の失敗を確認したミントスはすぐに迂回して小隊に戻ろうとする。
「行かさねえよ」
お返しとばかりにカテナが大剣で切りかかり、レムが後に続く。
ミントスはすれすれで剣で攻撃を防御しながら後退する。
「くそ……一番『落雷』」
サラが相手にしていた四人が固まり、一点突破する。サラは当然のように回避。
ミントスと第一小隊の合流を許してしまう。
「サラ、もう少しこっちを気遣って!」
キーラが少し怒りを見せて、分銅をサラ目がけて投げつける。サラもまさか仲間から攻撃が来るとは思っていなかったのか。剣で防御しつつも吹き飛ばされる。
ミントスもこれには唖然とした。当然、攻撃をくらったサラもである。
ゆっくりと体を起こすサラ。その姿から何故だか黒々としたものが見える。
「何すんだキーラ! 痛いでしょ、怪我したらどうするの!」
怒りのあまり我を忘れてミントス達に特攻するサラ。まあ、本人からしたらその奥のキーラの所に向かったと証言しそうではあるけれど。
「まあ自分から来てくれるなら好都合か」
嘆息してミントスは決めて陣形を言う。
「三番『嵐』!」
第一小隊が激しく立ち位置を入れ替えながらサラに向かう。
そして、サラの小隊メンバーはと言うと、
「まあ元に戻ったようですし、ほっときましょうか」
と、メトロ。
「それでいいでしょう。大事な小隊戦を個人戦のように思って戦ってたんだから」
と、キーラが。
「いい気味だ」
「自業自得」
最後にカテナとレムが言った。
「邪魔しないで! 私はあの乱暴なキーラと話があるの!」
試合のことなど忘れてサラは走る。
位置を変えながら向かってくる剣にサラはすぐに反応できた。
大体の動きが予想できる。それに、何よりも体が軽かった。体のどこにも力が入っている気がしないのだ。
それがアルケルの訓練のおかげか、自分が集中して戦えているからかは不明だが、今なら何でもできそうな気がした。
(よく見たら立ち位置は八の字、円で順番に変わってる)
サラは何となくここを攻撃してみればどうにかなるかな、と思いつきで隙の多い一人に体当たりする。
すると、呆気なく後方の一人が崩れる。そして、他のメンバーにもそれは連鎖した。
あまりにも一瞬の出来事で勝負がついた。
「止め! この勝負Cクラス第三小隊の勝ち」
フェーベルが満足そうに言う。喜んでいることがはっきりと理解できる。
しかし、サラはそれで臨戦態勢を解くことはなかった。キーラを追ったのだ。その後、Cクラスの歓声の中でキーラはサラに追い回された。
サラはその後小隊メンバーから散々文句を言われた。
(もう一人で戦うのは止めよう。でないと、味方にやられてしまう)
そうして、サラは自分の軽はずみな行動を後悔したのだった。
「あらら……。あの戦術大好きのミントスが一撃で沈められた」
試合を見学していた少女が口元を緩ませた。
「面白いね、サラ・マテリア。『アイリス武闘大会』で戦えればいいなあ。まあ、どうせ無理だと思うんだけどねえ」
「残念だなあ」と言い残して少女はその場を去った。
CクラスがBクラスに勝った後日。Cクラスの生徒達はアルケルとフェーベルに呼び出されて闘技場にいた。本来なら、この時間帯に訓練はない。
だから、生徒達はまた訓練か。と半ば諦めた顔をする。
だが、アルケルの口から発表された言葉を聞くと、生徒達は大盛り上がりした。
生徒達をそこまで喜ばせたのはこんな言葉だった。
「発表がある。来週開催される『アイリス武闘大会』にCクラスから選抜メンバーが一小隊だけでられることになった」