『アイリス武闘大会』は大国デスクの街、ベルラールで行われる武闘大会だ。武闘大会とは言っても参加するのは『アイリス』『ロータス』『ウォーターリリー』の三つの騎士学校の実力者だけだ。
戦闘は小隊毎で行われる。そんな優秀なものしか出られないような大会なのでCクラスは毎年補欠で誰も出場したことがない。去年、サラも同様に出場できなくて学校側に文句を言ったという事件があったが、そのときは遅刻のことを持ち上げられて素直にあきらめたという。
選手は一つの騎士学校から二個の小隊が出場できる。そんな中『アイリス』は去年優勝をしており、優勝校の特別枠として今年は一つ多く出場枠を得ていた。
一小隊だけがアイリス武闘大会に出ることができる。
アイリスのCクラスの副教官、アルケル・ミッヒから告げられた言葉は生徒達を活気づかせた。
「先生! 今の言葉は本当ですね。もう嘘だと言っても撤回は許しませんよ」
列の先頭で目を輝かせながらサラは言った。サラの目は真剣そのもので否定しようものなら騒ぎ出しかねない。列は左から順に第一小隊から第十小隊まで並んでいる。
「嘘なんかじゃないさ。そうですよね、フェーベル教官」
アルケルは後方を一瞥する。
「当たり前でしょう。私は面倒くさがりではあるけれど嘘は吐いたことないんだから」
自信たっぷりにそう言ったフェーベル。誰も口には出さないが、自分を面倒くさがりと認めている辺りは教官として不安を感じる生徒達だった。
アルケルは生徒やフェーベルの浮かれようが少し可笑しくて笑いをこぼす。
「みんな喜びすぎじゃないか。大会は出るだけじゃなくて勝たないと」
アルケルの言葉を受けて、はしゃいでいた生徒達の動きが止まる。しかし、それは別にアルケルの言葉に緊張感を持ったから……ではない。
「アルケル副教官。あなたにはまだ言っていなかったけれど、『アイリス武闘大会』に出られるのは三つの騎士学校の最高クラスの小隊だけなの。今回は去年の優勝枠があるからうちにも出場枠が回ってきたけれど、Aクラスの小隊を無視してCクラスが出場するなんて『アイリス』が開校して以来初めてなのよ」
「えっ、そんな大事だったんですか」
フェーベルの言葉を受けて自分が言っていたことを理解したアルケルは赤面する。
周囲の生徒は苦笑して誤魔化してくれているが、それにも例外はある。
「アルケル副教官しっかりしろよな」
と、第三小隊のカテナ・ジンクスがよく通る声で言った。
「カテナ、アルケル副教官も恥ずかしのですからそういうことは」
メトロがカテナを抑えるが、その発言もアルケルには聞き取れて、結果メトロの台詞は追い打ちにしかならなかった。
これ以上何か言われてはたまらないと思ったのか、アルケルは強引に話の転換を図る。
「とにかくっ、Cクラスにもチャンスが巡ってきたんだ。俺はこのチャンスは全員に公平に与えたいと思っている。だから出場する小隊はCクラスで小隊戦のトーナメントをして、優勝した者達にしようと思う」
アルケルは同意を求めるように生徒達に目を配る。
「『アイリス武闘大会』のモジ戦みたいなものでしょう。別にかまわないわよ」
生徒の意見を代表する形で第一小隊隊長ローズ・フリルは言った。ローズの背後にいた部下が彼女の袖を引っ張る。
「ローズちゃん。モジ戦じゃなくて模擬戦だよ」
サラが顔を突き出して間違いを訂正する。
「わかってる!」
ローズはサラを警戒しつつ、後ろの隊員に「なに」と尋ねるがサラに自分の台詞を奪われた隊員は何も言おうとしなかった。
「トーナメントは二日後に行う。各自体調管理は怠らないように。それと、明日も俺の訓練はあるからサボるなよ」
アルケルとフェーベルの視線がサラ達第一小隊に向かう。視線に気が付いたサラが慌てて口を開く。
「サボりませんよ! 私にはまだ返さなきゃいけない遅刻があるんですから」
遅刻を返すという表現はどう考えてもおかしいけれど、つい先日フェーベルの授業を抜け出したサラの言葉の中では一番信頼できる。
二人とも同じ意見のようで苦笑する。
教官の心境を察したのかサラを除く第三小隊の面々はため息をこぼした。
衝撃的な発表が終わった後、サラ達は一層ハードになってきたアルケル特製の訓練をして心身ともに疲労していた。
ヘトヘトで今にも倒れそうな足を振るい立たせて、現在カテナはサラの部屋に来ていた。他のメンバーはまだ自主練習に励んでいる。この二人は「そんなことしたら明日もう動けない」という泣き言に近い言い分から寮に戻っていた。
「トーナメントかあ。今度こそ武闘大会に出てやる」
ベッドに体を委ねて、サラは呟く。生徒達の間では『アイリス武闘大会』は武闘大会、と呼ばれていた。
「そういえばサラは去年も武闘大会に出せって騒いでいたな」
椅子に腰を下ろしてカテナはリラックスしている。カテナはレムと同様に女の中でも小柄なほうで椅子に座る姿は少しでも自分が大人だと他の人から思われたい子供ような感じだった。
「騒いでいたとは失礼な。私はただ私も出してくださいとお願いしただけだよ!」
心外だという感じでサラは頬を膨らまれる。
「教官のところに殴りこむことをお願いとは呼ばないだろ」
椅子をゆっくりと回転させながらガキのように微笑むカテナ。
「それにしてもメトロもよく自主練習なんて出来るものだよ。キーラは……まあずっと元気だし、レムは『アイリス』に入る前からスタミナは鍛えてるもんね。私なんかもう一歩だって動けない」
「それは訓練が終わってすぐにアルケル副教官に遅刻返済のために勝負を挑んでいるからだろう」
サラは現状のままだと退学もありうるほど遅刻を繰り返している。普通の生徒ならそのまま退学だろうが、サラの場合は実力をしっかりと備えているので学校側も即退学、と言うわけにもいかない。
だから、副教官のアルケル・ミッヒに木剣で一対一で戦い勝利するたびに一回分遅刻を返済できるという譲歩したのだ。
「でも、アルケル副教官め、実力で負けている分訓練を厳しくしてくるからね。タチが悪い」
遅刻を実技でカバーしようとするサラの考えも十分タチが悪いだろと思うカテナだったが、言ってもどうせ言い訳が帰ってくるわかっているので、何も言わなかった。
「まあサラはその目があれば無敵だもんな」
自由気ままに行動して文句も言うサラを羨ましく思いつつ、カテナはここにはいないアルケルに同情する。
「無敵なんかじゃないよ」
顔をカテナから反対方向に向けて小声でサラは呟く。声は布団に当たり聞き取りずらいものとなる。
「うん? 何か言った?」
「別に。何も言ってないよ」
と、その時。寮全体に放送用のスピーカーから噂のアルケルの声がする。
『Cクラス第三小隊カテナ・ジンクス。すぐに一階の面談室まで来なさい』
「カテナ呼ばれたね」
「まったく、こっちは疲れているのに誰だよ」
悪態を吐きながらカテナはゆっくりとサラの部屋から退室した。
放送を終えて、アルケルは額に汗を滲ませていた。
(カテナの奴、部屋にはいないし自主練習でもないとは。頼むから来てくれよ、じゃないと俺の心がもちそうにない)
彼は今、寮の一階の面談室から放送をした。彼がそれほどピリピリしているのは客用のソファに腰を下ろしている者に原因があった。
「急に訪問してしまってすまないな」
ハキハキとした声、天井に向けて垂直に伸びた背筋。肌はまだハリがあって若々しい。
「いえ、気にしないでください。カテナはもうすぐ到着すると思いますのでもう少しだけお待ち願いますかカイロ・ジンクスさん」
アルケルはそう言って、面談室から出た。カイロと同じ部屋にいると緊張してしまって息苦しいのだ。
カイロ・ジンクス。カテナ・ジンクスの母にして、現役の騎士。騎士と言うだけでも恐れ多いのに、カイロはその中でも王都の近衛兵の中隊を預かっているエリートなのである。何より本人が自分の価値を理解した上での振る舞いにアルケルが心許すことなどできるはずもない。
少しすると、カテナがゆったりとした足取りで歩いてきた。アルケルは早く来いと言おうか悩んだが、彼女をそうしたのは自分の訓練だと思うと躊躇われた。
「それで、先生。誰が来てるんだ。心当たりがないんだが」
カテナは目で「早く帰らせろ」と訴えながらアルケルに尋ねた。カテナの思いは伝わったがアルケルは引くわけにはいかなかった。つまり、これ以上カイロの相手はごめんなのだ。
「お前の母親だ。俺は邪魔しないようにロビーのところで待っているから終わったら声をかけてくれ」
(知り合いでもないのに現役の騎士の相手なんてごめんだからな。悪いなカテナ)
胸の内で謝りつつ、アルケルは去っていく。
その間カテナは呆然としていた。だが、自分が来るまでカイロを待たせてしまったかと思うと焦って扉をあける。
「やっと来たか、カテナ」
男性のような口調。しかし、声は澄んでいて口調もどうしてかしっくりと彼女に合っていた。
「母上」
カテナの表情が曇る。
「あなたがCクラスに入ったと聞いて驚いた。現役の騎士である私の娘だという自覚が足りない」
カイロは感想を述べるように簡潔に自分の不満を口にした。
「申し訳ありません」
いつものような生意気なカテナの姿はそこにはなかった。カテナはただ俯くだけでこれでは会話というより一方的な叱責だ。
「私は回りくどいことは苦手なのではっきり言おう。カテナ、私は今月中にもあなたを『アイリス』から王都の騎士学校に転校させる」
情を挟む余地などない、通達。
「そんな……」
あんぐりと口を開けてカテナは何か言い返そうとして、止める。もう一度言おうとして唇が停止する。それを半ば強引に作動させてカテナはカイロに目を向けて言う。
「私は転校などしたくありません。今度だって武闘大会に参加できるかもしれないんです」
「武闘大会? ああ、『アイリス武闘大会』か。しかし、アレはCクラス止まりの実力者が参加できるような甘い大会ではないだろう」
カテナはいつもカイロのこの冷静な言葉攻めに反抗できなかった。母への恐怖以前にカイロの言葉はいつも的を射ているのだ。だが、今回はそうはいかなかった。
「Cクラス止まり、ですか」
その言葉はサラのいる第三小隊で過ごしてきたカテナにとって、禁句だった。
「失礼ですが母上はCクラスという階級だけで弱者と言うのですね」
唐突にカテナの目が鋭くなったことに気がついたカイロは一瞬眉をひそめる。今まで従順に謝るだけだった娘が明らかに敵意を剥き出しにしているのだ。騎士をやっていたとはカテナの母をしてきたカイロにはその違いは雰囲気だけで判別できる。
「ああ。騎士学校での階級分けは力の差を表している」
「ではっ、二日後のCクラスの武闘大会の出場枠をかけたトーナメントがあります。母上が弱者という者の実力をその目で見てから転校は決めてもらえませんか」
カイロと対するときの自分の中で最も反抗的な態度であった。自分らしくないと感じつつもカテナは引く気などなかった。
「無駄なことだ」
二人は互いに譲らず、睨み合う。けれど、一向にカテナが折れようとしないのでカイロは仕方なく自分から折れてやることにした。子供の駄々を聞いてやる時間はないのだ。
「わかった。お前がそれほど言うのだ。私が直々にこの目で判断してやろう」
「感謝します」
こうして、『アイリス武闘大会』の出場枠をかけた小隊戦はカテナ・ジンクスの転校の有無も含むものとなった。その後、アルケルを呼びに行ったカテナの表情は真っ青になっていたそうだ。
翌日。カイロにトーナメント優勝を言ってのけたカテナであったが、その心情は穏やかではなかった。
時刻は夕方頃でカテナは寮の裏にあるベンチに腰かけていた。その姿から昨日ほどの活気は感じられない。
「母上にはああ言ったけれど、トーナメントであの人を納得させることができるかな」
自分のいる第三小隊はCクラスでもBクラスに匹敵する力がある。これまでの経験からカテナはそのことを疑っていない。
しかし、いくら実力があるとはいっても第三小隊はいくらか連携した攻撃や各メンバーの配置などだけとってみると欠陥がないとは言えない。だから、カテナはいまいち勝利を確信できないでいた。
「サラはCクラスでも断トツで強い。キーラやメトロもみんな口には出さないけれど、小隊長をやっても大丈夫なくらい戦闘能力はあるよな。レムだって第一小隊のローズと同じくらいの速さで戦える」
カイロに会う度、カテナは自分の力量に自信が持てなくなる。
(もしも私のせいでみんな負けたら……)
そう思うと、カテナは言い表せない不安に駆られた。
「明日のトーナメント、私のせいで負けるかもしれない」
カテナにしてはあまりにも弱気で元気のない呟き。彼女自身に向けた言葉。しかしそんな呟きに返答する者がいた。
「カテナのせいで負ける? そんなことあるわけないでしょう。仮に負けるとしてもそれは小隊長の私の責任だよ」
緊張感の抜けた声がカテナの後方から聞こえてきた。誰か確認せずともカテナには誰なのか判断できた。
サラ・マテリア。カテナの小隊の隊長にして彼女の信頼する仲間だ。昨日はサラに連絡もいれずに自室に戻ったので、心配させてしまったかもしれないとカテナの表情が一層暗くなる。
「サラ……。でも、他のみんなは技術に優れているのに私は力だけしか取り柄がないんだぞ」
日頃見ないカテナの弱気な態度にサラは異変を感じ取る。すぐに返事をせずにカテナと並んでベンチに座る。
「暗いなあ。昨日呼び出されたときに何かあった?」
カテナの心を覗き見るようにしてサラは様子を伺う。その優しさに甘えてカテナはカイロの来訪を告げた。
そして、自分の母が現役の騎士であること、カテナがCクラスにいることを許していないことを吐き出すように全て話した。
「ふーん、カテナのお母さんがエリート騎士様だったとね」
全てを聞いてもサラには深刻に思うようなことはなかった。
「自分がエリートだからって子供にまで強要するのは違うと思うけどなあ」
「別にそのことはあまり気にしてないから」
カテナが言い終わるとすぐにサラは「それと」と続ける。
「カテナは弱くなんかないよ。私だって一回負けてるんだし」
サラのさり気ない一言にカテナは耳を疑った。
「えっ? 私、サラに勝ったことなんかあったっけ?」
信じられないという顔をしてカテナは尋ねた。彼女にしてみればサラはCクラスの天才で、何故Aクラスにいないのか不思議なくらい実力を持った人間なのだ。そんなサラを自分が負かしたことがあるなんてカテナにはとても信用できなかった。
「あったよ。確かちょうど『アイリス』に私達が入学した頃だったかな」
サラは思い出を話すつもりなのか、楽しいそうに語り始める。
一年と少し前。騎士学校『アイリス』に入学したカテナはあまり人と関わることを好んでいなかった。
騎士として活躍する母に少しでも追いつくために騎士学校に来ているのだ。友達を作りに来ているのはではない。そんな思いもあってカテナは入学しても誰とも会話せず、話しかけられてもすぐに話を切り上げていた。
悲しいとは思わなかった。そんなことを考えるよりまず強くなることを考えることにした。次第にCクラスの上位を狙えるくらい力もついた。
しかし、そうした考えは同じクラスの、それもたった一人の生徒に砕かれることになる。
闘技場の周辺。昼時。ちょうどカテナが食事を終えて、自主練習に戻ろうとしていたときだ。
「ねえ」と背後から声を掛けてきた女子生徒がいた。
サラ・マテリアである。その頃、彼女は髪を背中に触れるくらいにまで伸ばしていて、そしてまだCクラス最強などと言う大層なものでもなかった。けれど、実力は現在には劣るものの、入学生のなかでは圧倒的だった。
それは人とあまり話さないカテナの耳にも入っていた。
「なんだ」
振り返って見たサラの立ち姿は強者の独特な凄みのようなものを感じさせないものだった。というよりも、まだCクラスで普通に学んでいる生徒のほうがよほど強そうに見えた。
サラは髪を掻く仕草をして、恥ずかしそうにする。
「いやー、恥ずかしながら今、練習用の木剣を奪われて困ってるんだ。失礼とはわかってるんだけど、見てないかなと思って聞いてみた」
あっさりとした物言いなものだからカテナは怒るに怒れなかった。だがすぐに別の考えが脳裏によぎった。
「それはつまり、私があなたの木剣を隠したと疑っているってこと。まったくもって失礼ね。私はあなたに会ったこともないんだからそんなことするわけないでしょう」
「誤解だよっ、私はカテナさんのことなんか疑ってないから。というか、カテナさんがとったなんて考えは思いつきもしなかったから」
慌てた様子で必死にそう言ったサラの言葉には偽りはないのだろう。カテナには彼女がそんな思慮深い人間には思えなかった。
「まあ、真偽はどうでもいい。私は自分の訓練に戻りたいから解放してもらう」
カテナはサラに背を向けて、闘技場に戻る。遅れて足音がついてくる。
「何でついてくる」
少し苛立ちながらも先に理由を尋ねる。
「木剣を誰かに隠されちゃったからねえ。正直やることないからライバルの偵察」
何でもないことを言うようなサラの言葉。
だが、ライバルという単語を聞いた瞬間カテナは言い表せない怒りを覚えた。サラはCクラスでも筆頭の実力者だと聞いている。しかし、こんな楽観的な者を自分と同格と見なされたことが気に入らなかった。
「ふざけるな……」
「うん? カテナさん、何か言った?」
サラは未だにどこか緊張感に欠けた声色で尋ねる。
「ふざけるなと言ったんだ。お前みたいに飄々とした態度をとってばかりいる奴と私がライバルだと? 冗談もほどほどにしろ。お前なんか私の敵じゃない」
完全に頭にきていて冷静さに欠けていた。どうもサラが相手になると苛々してしまうらしい。
「へえ」
背筋が今にも凍えるような寒気がした。同時に母以外の相手に初めて恐怖を覚えた。咄嗟に手にしていた木剣をサラへと向ける。
「いいこと言うねカテナさん。私も同感だよ、私はあたな相手に負けるなんて微塵も思ってない」
互いに睨み合う。一瞬の隙でも見せようものなら攻撃されるかもしれないという不安がカテナを襲っていた。相手は武器など持っていない。だがそれでも油断できる雰囲気ではない。
睨み合いを最初にやめたのはサラだった。指すような視線が一変して崩れて笑顔に変わる。
「でも、それは一対一の場合だけだよ。さすがに大勢は勘弁だし無理」
気の抜けたサラの言葉を受けて、カテナは自分とサラを囲んでいる複数の生徒がいることに気が付いた。いつもならすぐに気が付いていただろう。しかし、今日は目前にサラがいた。サラの存在は他の生徒などに気を配る余裕を与えなかったのだ。
「まさか昼の休憩中にこうも堂々と行動を起こしてくるとは予想外だよ」
生徒達の中からリーダーらしき人物が姿を見せる。仲間の多さに浮かれているのかもしれない。
サラもカテナもこのときばかりは「小物だな」と同じ感想を漏らした。
「サラさんは余裕ね。木剣も持たないで闘技場に来るなんて。せっかくだから私達の訓練を手伝ってよ」
訓練とは形式上だけで実際は集団で武器も持たないサラを痛めつけようとする意志があることが二人にはわかった。
(自分が弱いからって人に当たるなんて最低だな)
カテナは内心ため息を吐きながら、サラの動向を見守ることにした。彼女がどう対処するのか興味もあったのだ。
「構いませんよ。それよりも、練習用の木剣で訓練をするんですか?」
何故か敬語を使うサラだった。
「ええ、あなたは木剣は持っていないみたいだから素手になるけど頑張ってね」
「そんな卑怯な……」と漏らしたのはサラ、ではなくカテナの方だった。
いくらサラがCクラス上位の実力者とはいえ、武器なしでは話にならない。あくまでも『アイリス』の生徒は剣の技巧に優れているものであって素手は十分の一も力を発揮できない。
そんなカテナの心配を余所にむしろやる気を出しているサラにはそれが理解できるはずがなかった。
「わかってますよ、本番で誰が敵から武器を与えられるんですか。私が聞いたのは高々十数人でいいのかということです」
挑発するように言ってからサラは思い出したようにカテナに目を向ける。
「ああ。カテナさん、そんな所にいると巻き込まれますから逃げたほうがいいよ」
何故かカテナに対しては敬語使わないサラだった。本人の言い分だと集団にはできるだけ敬語を使わないと批判されるかもしれないらしいから予防策だとか。もしそうならこの場合挑発的な態度のサラには意味のないものに違いなかった。
カテナは自分には関係ないことだとわかっていたけれど、ここで見過ごすのは何だか嫌だった。
「気にしなくていい。私は弱い奴の嫉妬なんて大嫌いなんだ。弱いなら強くなろうと努力するのが先だろ」
「その通りだよね」とサラが相槌を打つ。
サラの言葉の後に二人を囲む生徒達に向けてカテナは嘲笑した。それが起爆剤となり、生徒達が一斉に二人に襲い掛かる。
カテナにはあまり素早い攻撃はできない。カテナにできるのはただ相手よりも威力のある攻撃をできるだけコンパクトにして、素早さを補いながら戦うことくらいだ。
カテナと一人の生徒の木剣がぶつかる。すぐに生徒の方の木剣が弾かれる。
カテナにとって戦いはどう自分の土俵に相手を連れ込むかだ。だから、今のように自身からカテナの土俵に上がって来るような相手だと落胆さえ覚える。
(予想以上に弱いな)
余裕が持てる相手だったので、カテナはサラのいる後方を一瞥する。
サラは無傷だった。降り注ぐように振り抜かれる無数の攻撃がサラの体が少し前まであった場所を通り過ぎる。そして、何より動きに無駄がない。手には木剣があるからおそらく誰かから奪ったのだろう。
相手の懐に楽々入って腹に一突き。あまりには単純で工夫のない攻撃だ。だが、カテナは本当に彼女がすごいのはそこではないことを見抜いていた。
相手が体勢を崩した瞬間、もしくは瞬きの一瞬を見逃さず、針の穴くらいの隙を突いている。
その動きはカテナに彼女と張り合うことがどれほど無謀か実感された。それくらい芸術的で繊細な戦い方だった。
けれど、カテナもそれだけで終われるような者ではない。相手が強者だというのなら戦ってみたい。今の自分がどれほど通用するのか試してみたいと思ったのだ。
大部分はサラに向かっているので、カテナへは四、五人くらいだった。
(あのサラに挑もうとしてるんだ。こんな奴らに負けてたまるか)
木剣を腰の辺りで固定して、横に振り抜く。当然相手はガードしたけれどカテナはそれごと吹き飛ばした。
技術などない力技。まあ力技でも技ではあるからとそのときのカテナは半ば強引に自分を納得された。
生徒達を全員気絶させて、サラはカテナに謝罪した。どうも巻き込んでしまったことを気にしているらしい。カテナは別に謝られるようなことをした覚えがなかったので返答に困ったが、せっかくの機会だから一対一での勝負を申し込んだ。
「いいよ。でも私は木剣を使わないからね」
「私が相手だと木剣も必要ないということか」
サラのカテナを舐めているとしか取れない言葉でもカテナは気を悪くすることはなかった。そんなことよりも今はサラと戦ってみたいという思いの方が強かった。
「それでいい」
開始の合図はない。そんなものは不要だった。
素手のはずのサラから特攻をかける。カテナは中段で構えたまま動かない。間合いに入った所でカテナは容赦なく腹部目がけて突きを放つ。
だが、木剣は空を切る。サラはカテナが突きの寸前に急停止したのだ。どう見てもカテナの動きを読んで行動している。
(あんな無謀な突進から急停止なんてよくできるな)
カテナは素直にサラの見切りの凄さに舌を巻いた。
「木剣もらい!」
伸びきった腕の下に潜り込んで木剣に手を添えるサラ。表情は愉快そうに笑みを浮かべているから勝ちを確信しているのだろう。
カテナも同様に笑みを浮かべる。
それはサラを警戒させるには十分効果があった。しかし、それでも今は勝機だと判断したのかサラは木剣を引き抜くために木剣を脇に挟むようにして引っ張った。
木剣はサラの考えなど無視するようにカテナの手から頑なに離れようとしなかった。カテナが手を絞り込んでびくともしない。
「あんたは知らないでしょうけど、私は力しか取り柄がないからね。こういうことなら楽勝」
カテナはサラの手を振りほどいて横腹を狙って攻撃。自分がミスを犯したことに気付いたサラは急いでカテナから距離を取ろうとする。だが、ほんの一瞬遅れて切っ先が腹部をかすめる。
それだけでもサラが膝をつくのは十分であった。
「単純な力も使いようだ。今度は互いに木剣同士で戦おう、サラ」
その頃からカテナはサラとよく話すようになった。また、他の生徒とも仲良くなることができた。
ちなみに、この後サラとカテナは彼女達が倒してしまった生徒との乱闘の件で呼び出されて教官から怒られた。
カテナがサラに勝ったことを覚えていないのは、彼女が勝った翌日からサラがリベンジを申し込んでボコボコに負けてからだろう。
サラは語り終えると、「だからカテナは弱くなんかない」とまとめた。
「でも、サラは素手だったしなあ。あれでサラに勝ったとは言いたくない」
頬を膨らまして悔しそうにするカテナ。
「でも言われても勝ちは勝ちだよ。どうもカテナは自分に自信がないみたいだけど、そんなに気負うことないよ。確かにカテナが転校させられるというのは大きいプレッシャーだと思う。でもそれだけでしょう」
相変わらず緊張という言葉の似合わないサラに深く考えていた自分が馬鹿馬鹿しくなってきたカテナは勢いよくベンチから立ち上がった。
「そうだな。どうせ負けるときは負けるんだ。それは昔サラのリベンジマッチで負けを繰り返したことから学んでいる」
その言葉にサラは空を眺めながら応じる。
「あのときは自分が最強だと思っていたからなあ。正直語っておきながら言うのもなんだけど、あんまり話したくない」
「まあ負けてるしな」
「なっ、元気になったと思ったらいきなり酷いことを……。カテナも元気になった所で行ってみようか」
「えっ? 行くって何処に」
「カイロさんに苦情を言いに」
結果から言うと、サラがカイロの所に行くことはなかった。しかし、それまでにカテナがこれ以上事態を悪化させまいと努力をしたことは明らかである。実際サラの全身を止めるだけでも三〇分はかかった。
そして、夜。サラの部屋にて。
「ほう、ではカテナの母上、カイロ・ジンクスさんはCクラスを馬鹿にした挙句、カテナを転校させようとしていると」
「そういうこと」
メトロが冷静に事態を整理する。
「何なのよそれ。日頃カテナに馬鹿にされてるだけでもうんざりしてるのに今度は母親なんて。さすがにこれ以上は看過できないわね。というか、許せるか」
「キーラは落ち着いて。別にカイロさんもキーラを馬鹿にしようとする意図はないから」
サラが宥めるがそんなものではキーラは収まらない。
「キーラ、今は大事な話だから。しー」
唐突にレムが背後に回り込んで囁く。
「背後に回り込まないでよ! びっくりしたー」
何というか第三小隊は隊長からそうだが、どこまでも緊張感に欠ける小隊であった。緊張しないのではあんく、緊張していてもこんな会話を平然としてのけるのだ。
「まあ、とにかくそういうことだから。明日はカイロさんに目にもの見せてあげよう」
「私は日頃の鬱憤を晴らせるだけ晴らさせてもらうわよ」
「キーラは落ち着いてください」
サラの号令からキーラ、メトロが続く。
「みんなありがとう」
第三小隊の仲間の言葉が嬉しくて、心強くもありカテナは感謝を述べた。
しかし、日頃の口調が悪いものだからそれを異変ととる者もいる。
「カテナ風邪でも引いてるの?」
キーラである。
「キーラのバカ」
レムの言葉を最後にその日はお開きとなった。