ラッキーフェイス   作:七面鳥

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第五話 アイリス武闘大会・選抜

 アイリス武闘大会に出るための選抜トーナメント当日。午前七時。トーナメントは闘技場で行われることになっているので、Cクラスの生徒達はトーナメントが始まる一時間前に大抵の生徒が集まっている。トーナメント前の開会式に間に合うようにサラ達はできるだけ闘技場入口に近い観客席に腰かけて時間を潰していた。

 そして、Cクラス第三小隊は珍しく緊張するカテナの対応に手を焼いていた。

 「昨日サラが励ましてくれたから自分も強いってわかったんだが、母上が見ていると思うと気が重い」

 緊張で俯きがちになっているカテナ。

 カテナの母、カイロ・ジンクスは現役の騎士である。それも王都を守る近衛兵団の中隊長というのだから、その力はエリート中のエリートと言える。

 普通の生徒なら彼女の心境に素直に同情したことだろう。しかし、今カテナの周りにいるのはCクラスきっての問題児、ラッキーフェイスことサラ・マテリアとサラと同様に少し変わった仲間達である。

 そんな彼女らがカテナの弱気な態度を無視したりするはずがなかった。

 「カテナ、大丈夫だよ。良い所見せて、カテナのお母さんに目にもの見せてやろう」

 「その意気だ。私もカテナから色々とからかわれているからね、その鬱憤をこのトーナメントで晴らさせてもらわないとね」

 サラとキーラは共に他を寄せ付けない気合の入りようで、周囲にいた他のトーナメント出場選手からひかれていた。

 「サラとキーラはすごいな。でも、今は母親に見られているということよりも騎士に自分の技量をはかられていると思うと落ち着かないんだ」

 「確かにそう言われてみると、緊張してくるね」

 「どうしよう! 励ますつもりだったのに、私の方が緊張してきた!」

 激励するはずだったサラとキーラが逆に緊張し始め出す。その情けないやり取りを見せられて、メトロは「仕方ないですね」とため息を隠そうとせず、会話に参加した。

 「何でサラとキーラが緊張しているんです。それと、カテナは騎士に見られているのではなく、お母さんに見られていると思えば済むことでしょう」

 「「「なるほど」」」

 メトロの呆れながらの指摘に三人はまったく同じ反応を示した。何だか急に自分の小隊が馬鹿しかいないかもしれないと不安になってきたメトロだったが、まあ元からこんなものだったと開き直ることでそれ以上は心配せずに済んだ。

 「カテナは心配しすぎ。大丈夫、いつもふざけてるキーラと手を抜いて勝とうとしてるメトロも本気出すから勝てる」

 普段あまり話さないレムがキーラとメトロ目がけて強烈な爆弾を叩き込む。これにはさすがにカテナも冷や汗が隠せない。キーラはともかくメトロは怒るとどうなるか想像がつかないので、非常に怖かった。

 メトロの表情に変化はなかった。しかし、そんなもので騙される者はこの第三小隊にいない。サラはカテナを励ますことを一端置いて、早々に二人の対処に尽力することにした。

 「そうだ、トーナメントが始まる前に闘技場の土を具合を見に行こう」

 咄嗟に思いついたにしても、滅茶苦茶な台詞だ。

 「ちょっとサラ。あんまり押さないでよ。それに今度はレムにまで文句を言われたんだよ、黙ってられるか」

 サラの手を振り払い、キーラがレムに肉薄する。レムは身長があまり大きくないから自然とキーラが見下ろす形となる。体格差は火を見るよりも明らかだ。だが、レムは引かなかった。

 「文句じゃない。だって、いつも試合中なのに仲間に怒鳴る余裕がある」

 意外と的を射たことを言われて言い返せないキーラだった。

 「確かにキーラは毎回仲間に怒鳴ってばかりでこのままだと身内を攻撃しかねないですね」

 笑いを堪えながらメトロが相槌を打つ。

 「しないわよ。というか、メトロだって文句言われてるくせに。この裏切り者!」

 幸いと言っていいかは本人次第だが、いつもキーラが責められる形で会話は一段落ついた。メトロも安心したのか補足するように言葉を添える。

 「まあ、私はキーラと違って真面目に試合をしていますからね」

 しかし、まだ気を抜くのは早すぎた。

 「メトロは相手が自分よりも弱いからって力抜きすぎ。だから、いつも他の人を自分の分まで動かして楽してる」

 「えっ、そうだったんだ」「それは知らなかったな」「この裏切り者!」

 気を抜いた所への不意打ちにメトロは面食らってしまう。仲間達から非難の眼差しで見られてメトロの旗色が悪くなる。しかし、日頃即席でキーラへの嫌味を考えつく彼女である。会話で逃げ道を探すのも得意だった。

 「それは私を含んだ五人だと、第三小隊は他を寄せ付けない戦力となって訓練になりませんからね。まあ、今日は私も頑張りますから」 

 「なら、いい」

 しっかりと自分にフォローを入れつつ、今日は頑張るから文句はないだろうと追撃まで封じたメトロだった。サラとキーラはそれでも「そうだったんだ」という目で見ていたが、メトロは頑なに目を合わせなかった。

 第三小隊に変わらない雰囲気を前にカテナは気づかぬ間に緊張から解放されていた。それをさり気なく確認したサラは小さく微笑んだ。

 それから後はカテナがキーラをからかい、サラが騒ぎそうになるキーラを宥めて、メトロが追撃を加えるという恒例のパターンがトーナメントが始まるまで続いた。

 

 

 午前八時となり、トーナメント式の『アイリス武闘大会』選抜小隊を決定するための戦いが開催される。

 生徒は闘技場に各小隊順に並んで最初に教官のフェーベル・タールの挨拶を聞くことになる。

 「えっと今日は念願の武闘大会への出場権をかけた戦いよ。精一杯頑張って悔いのないよう戦いなさい」

 フェーベルの言葉はそれだけだった。一応、アルケルから騎士であるカイロがこの大会を見に来ていることは知っているはずだが、彼女の態度には緊張の欠片も感じられなかった。

 続いて、対戦相手を決めるためにくじが行われた。これはアルケルの提案で試合が終わった後への苦情をなくすためである。

 生徒達はこれにより運であれ、何であれ、自分の責任で対戦相手を決めることになる。

 まあ、そんなものは一切面倒だと思わず真っ先にくじを引きに行く小隊長もいたのだけど。もちろん、それは第三小隊のサラ・マテリアである。

 トーナメントは二小隊がシードとなっている。とはいっても、シードをとっても楽には進めない。なぜなら、このトーナメントではシードのブロックになった小隊は元から一試合多くなるように決められているのだ。

 そして、第三小隊はシードのあるCブロックとなり、シードではなかった。

 サラ達は発表されたトーナメント表を見て意見を交わす。

 「うーん、早くローズちゃんの所と対戦をしたいのにあっちはAブロックか」

 「いや、サラ。一試合目からあんなとことあたったらスタミナ切れちゃうって」

 小隊長の言葉に狼狽えながらキーラがサラの隣で言った。

 「まあ、決勝まで上がれば戦うことになるのですから気にしなくてもいいでしょう」

 サラの一団より少し後方からメトロはどうでもよさそうに呟いた。

 「そんな楽に決勝に行こうと思っているなんて、ラッキーフェイスの小隊は気を抜きすぎじゃないか」

 敢えて聞こえるようにして言われた言葉に、メトロは声のした方向を威嚇するように睨みつける。そこにはメトロにとっては見覚えのある一団がいた。

 「確かあなたは第二小隊の誰かですね」

 名前までは思い出せなかったようでメトロは相手とは正反対に静かに言った。周囲の生徒は巻き込まれるのは嫌なようで二人から距離をとっている。

 メトロ以外のメンバーは気がつかなったらしく、そのままどこかに歩いていく。

 「覚えてないのは分かった」

 顔に青筋を立てながらも生徒は言葉を続ける。

 「どうもお前らは次に対戦するのが、ボルクス・トーン隊長率いる第二小隊だと忘れているらしいからな。調子に乗っていると一瞬で勝負がついてしまうぞ」

 まるで自分のことを自慢するみたいな上機嫌で生徒は言った。

 ボルクス・トーンという名前を聞いて、メトロはやっと第二小隊の特徴のことを思い出した。

 隊員が全て高身長で女子で異様に力ばかりに突出した小隊だ。特に隊長のボルクス・トーンは槌が小さめのハンマーを使い、加減なく武器を振り回すと死人を出すだろうと有名な剛腕の持ち主である。Cクラスでもトップスリーに入る実力と言われている。

 しかし、その程度ではメトロはまったく臆することはなかった。本音を言うと、メトロは別にボルクスと一対一で戦っても負けるとは思っていない。たしかに噂になるほどの剛腕を恐ろしい。けれど、それだけだとしかメトロには思えなかった。それくらいには自分の力量に自信があった。

 「でも、所詮力自慢の人しかいないのでしょう? そんな小隊には一切負ける気がしませんね」

 だから、相手の挑発にも何でもないことのように応じることができた。

 「くそ、ボルクス隊長も何か言ってやってください!」

 隊員は悔しくて堪らないのか、ついに近くでずっと俯いて地面を虚ろな瞳で眺めていたボルクスを引っ張ってきた。

 「…………」

 けれど、ボルクスは何も言わずに呆然と立つだけであった。彼女は実力と共にCクラスで最も話さない生徒として評判があるのである。

 「くそ、だが本番は私達が勝つからな」

 どうやらボルクスの特徴を忘れていたらしく隊員は逃げるようにして、その場から去って行った。

 「やれやれ。また、面倒そうなのが出てきましたね」

 そうして、メトロは疲れを抱えたままサラ達のいる所へと移動した。幸いさっきまで行動を共にしていたのであまり離れていなかった。

 

 

 第三小隊の試合がもうすぐの所まで迫ってくる頃。サラはカテナを強引に控室から追い出して、残りのメンバーを集めていた。

 「よし、もうすぐ試合が始まるね。でも、その前にみんなに一つ、次の試合で重要な作戦を伝える」

 サラの隊長然とした言葉を聞いて、部屋にいる全員が耳を疑った。というのも、無理はない。そもそも、サラは今まで小隊戦で作戦を立てたことなどない。隊長である彼女が面倒だといって決めないものだから毎回その場でメトロが即興で作戦を考えてきたのだ。

 「サラさん、何かありました。昨日の晩御飯で変なものを食べたとか」

 「きっと頭を何処かで打っちゃったのよ、大丈夫? サラ」

 メトロとキーラがサラに駆け寄る。これにはいつも能天気なサラも怒りを覚えた。

 「大丈夫だよ……。別に作戦って言っても戦術とかそういうのじゃないから」

 そう言って、サラは作戦をカテナを除くを第三小隊に教えた。

 その後、合流したカテナは何故かサラ以外の小隊メンバーから同情の視線を向けられているような気がした。しかし、昨夜あれほどやる気を出してくれて、自分のために尽力すると言ってくれた仲間を疑うのは心が痛むので、考えないようにした。

 このとき、カテナは意地でも作戦の内容を聞くべきだったかもしれない。何せ、今回の同情の正体は常識の欠けた、もっと言えば当たり前からかけ離れたラッキーフェイス、サラ・マテリアである。作戦などと言い出したときにはとんでもないことが起こるのは当然であった。

 

 

 そして、Cブロック一回戦。第三小隊対第二小隊の対戦。

 障害物のない闘技場で各小隊は武器を手に取り、陣形を作り戦闘の準備をとっている。

 いつも通りの形で進行が続く。後は審判のアルケル・ミッヒの号令を残すのみとなる。

 そんなときでもカテナは未だに味方から同情の眼差しを受けていて、それが気になった。入場途中のときはすぐに仲間も気持ちを切り替えて、戦いに挑むだろうと考えていた。

 けれど、一向にその視線が無くなることはなく、むしろ濃くなっているような感じがする。

 (サラの奴が何か言ったんだろうなあ。で、それはこの試合に関係あることなんだろう)

 「ははっ、緊張は消えたけど嫌な気しかしない」

 試合が始まる直前まで来て、カテナは何故か味方の方からプレッシャーを受けているような錯覚があった。 カテナの呟きは開始の合図で掻き消されることとなった。

 戦闘が始まる。互いの小隊が一気に動き出す……ことはなかった。第三小隊側はカテナ以外誰も動いていない。

 そこで、カテナは先ほどの同情の視線はこれに対してのものだったのだなと納得した。

 味方としてはあまりにも非常な行動。普通の人ならそう思うだろう。カテナの母でさえ。しかし、サラの性格を知っているカテナからすれば、サラの行動から明確な意思を受け取っていた。

 「とりあえず一人で勝って母上を見返してやれってことか」

 そんなことを言っている内に、カテナは先頭のボルクスと衝突する。カテナの使う大剣とボルクスのハンマーが正面からぶつかりあう。武器のサイズはカテナの方が断然大きかったが、ボルクスの振るうハンマーは槌という一点に力が集中しており、通常以上の力を発揮した。

 それに加えてボルクスは長身痩躯で軟弱そうな体格をしているが、その長身から生み出されるパワーは尋常ではない。

 だが、それはカテナも同じ事であった。平均程度の身長しかない彼女だが、自分の身長を超している大剣を楽々振り回している。

 両者の実力、もとい力は互角だった。それでも、相手はまだ四人いる。残りの四人の武器は剣の二倍くらいの厚さを持つ、剣型の鈍器だった。彼女らはカテナに切りかかろうとする。いくらサラが滅茶苦茶な性格で発想も異質とはいえ仲間の危機には敏感であった。

 様子を冷静にカテナと敵の戦力を元にして、カテナに必要な助力を決定する。

 (初手を打ち合いを見る限り、カテナはボルクスさんと相手をするので精一杯って感じかな。じゃあ、残りは私達で倒そうか)

 サラは背後に控える仲間に目配せする。返事を待つ必要はない。ただでさえ、第三小隊はサラのせいで即興に慣れているのだ。

 「残念、ここは私達が止めさせてもらうよ」

 第二小隊の行進をサラとキーラが隙を突いて攻撃、それでも進もうとする相手をメトロが薙刀で遠い間合いから牽制して、怯んだ隙をレムが懐に潜り込んで柄で相手を気絶させる。

 あっという間に四人の内二人が倒されてしまう。仲間が倒されるのを確認して、残った二人は急いで下がって体勢を立て直した。あっさりと敵の半分を削る連携が即席だというのだから恐ろしい。まあ、そんな芸当も発端が小隊長の怠慢から生まれたと思うと少し残念な感はあるけれど。

 攻撃をする隙はあったが、サラとキーラはわざと攻撃しなかった。二人からすればそんな勝利ではあまりにもつまらないのだ。それは手を抜いているのではなく、騎士になるものとして当然の行為であった。

 「さて、仕切り直しだね。キーラ、ここは連携して一気に倒しちゃおうか」

 「オッケー。でも、あんまり手を抜いて戦わないでよ」

 「心配いらないよ、そんなこと。元々そんな気ないから」

 そう言って、サラとキーラは構えをとらない無防備なままノーモーションで特攻する。メトロとレムはカテナ側とサラ側の間に立って、互いに干渉できないようにしていた。

 第二小隊はあくまで力が武器である。ある程度俊敏さも通常以上に兼ね備えているが、ここは騎士学校であり、大抵の生徒は俊敏だし技術に優れている。そして、今第二小隊に立ち塞がっているのは圧倒的に技術に優れ、スピードも彼女ら以上に持つ相手だった。

 第三小隊の二人の動きは手慣れたもので、サラが先行してキーラが背後の位置にいる。

 サラは右斜め上から左斜め下へと体ごと切りかかる。毎日、アルケル訓練を受けているだけに威力のある攻撃だが、元々パワー重視の第二小隊には効かない。

 日頃、敵の意識していない隙間を縫うような攻撃をしてくるサラのあまりに無謀な一撃に、すぐに第二小隊の二人は反撃に出ようとした。

 しかし、そんな思いを裏切って、大きな隙に見えたサラの右肩の少し上辺りから勢いよく分銅が飛来した。それをどうにか一人が受け切る。

 そして、またサラが体を今度は右に寄せて攻撃。空いた左から分銅が押し寄せる。そんな間のない連撃が続いて、第二小隊の隊員は反撃のタイミングを失っていた。

 一つ一つのサラの攻撃が適格で、なおかつ分銅の攻撃には勢いをつけているだけあって重い。

 それが、五回目に入る頃には第二小隊の隊員は反応できずに敗れた。

 圧倒的な勝利をしたサラとキーラだったが、その表情に満足の色はなかった。

 「どうもまだ全力で動けないよね」

 「確かに私ももっと早く投げたいのだけど、なかなか息が合わない」

 相手を圧倒するコンビネーションでも自分の感覚には合わないらしく、二人は不満そうにカテナの試合の観戦に入った。サラ達は参戦する気がない。それは控室で既に決めていた。

 

 

 試合が始まる少し前。控室。

 「私はカテナのお母さんにカテナの実力を教えてあげるために、カテナとボルクスさんを戦わせようと思う」

 唐突にとんでもないことを言い出した小隊長にキーラが慌てて言い返す。

 「でも、小隊長は基本的に成績優秀者がなるんだよ。単純に考えてもボルクスはCクラスでも上位の実力者だし……」

 「大丈夫、正直何回か個人戦で当たったことあるけど、カテナの方が力だと勝っているから」

 サラは何でもないと言わないばかりに言い切った。その表情はカテナの勝利を確信したようだった。

 

 

 そんな一幕があって、現在。カテナの戦況はサラが予想ほどいいものではなかった。

 カテナの方が力はある。サラの言葉は間違っていない。しかし、それだけではボルクスを倒すには足りない。

 ボルクスは速度を出すために小ぶりでハンマーを振るい続けるので異常に速かった。カテナも大剣を軽く振って、大剣を剣と同等の速さで振るうことができるが、相手はその非ではない。

 そして、速度はそのまま攻撃力となって襲いかかる。

 互いに武器をぶつけ合って、威力勝負に出るがカテナの大剣に体重を乗せられる前に弾かれるので、カテナの本来の力は出す前に封じられていた。それに対してボルクスは全力の攻撃を連続で続ける。

 カテナは唇を噛みしめて自分の不利をどうやって挽回しようか悩む。しかし、力こそが自分の土俵であったカテナには力以外に勝ち目はない。

 と、そこでカテナは昔たった一度だけサラに勝利した日のことを思い出した。

 (そう言えば、あのときも私はサラに自分の土俵を封じられていた)

 そして、カテナは現状を回復するために賭けに出ることにした。自分の力という土俵に敵を引き込むための作戦を。

 ボルクスは大きく振りかぶってから槌を振り下ろす。その攻撃にカテナは大剣で反撃する気はなかった。大剣を横向きにしてハンマーの衝撃をしのいで構わず前進する。今度はボルクスの攻撃が最大の威力を発揮する前に受け止められる。

 カテナの作戦はそれだけでは終わらない。大剣で攻撃を受けた状態でもう一歩進む。

 そして、ボルクスに手が届く距離まで接近して、大剣を支える片手を自由してカテナはボルクスの腹に掌打を叩き込んだ。

 騎士学校の生徒としてもはや当然となり、恒例化さえしている常識から外れた素手による攻撃。それこそが、カテナが選んだボルクスを自分の土俵に上げる最後の手だった。

 そうして、第三小隊は一回戦を突破した。

 

 

 闘技場の観客席で自分の娘の戦いを見物していたカイロ・ジンクスは憤るでもなく、ただ黙ってカテナの戦い方を分析していた。

 観客席は生徒が出場しているためほとんど客がいない。いても、次にあたる相手の偵察をする生徒が何人いるくらいだ。

 「カテナはあのボルクスという生徒に速度で劣っていた。そして、どちらも技術には乏しい中での戦いだ。あの試合どう考えてもカテナの勝機はないに等しかった」

 「でも、勝っちゃうんだから怖いわよねー。あなたの子供」

 そう言って、Cクラス教官のフェーベル・タールは馴れ馴れしくカイロの隣に腰を下ろした。

 「まったくアルケルの話を聞いてどんな騎士が来たのかと思っていたら、ただの親バカだったなんてね」

 本来年に関係なく、騎士は尊敬の対象だ。階級的にも貴族と同等にされているし、デスクでは騎士となることが女として最高であるとさえ言われている。

 そんな立場にあるカイロに平気でため口を使うフェーベルだった。しかし、それは何もフェーベルが度胸があるからとか階級を気にしないやつだとかそんな理由ではなくて、純粋に二人が知り合いだっただけである。

 「フェーベルか。まさか、ここで教官をしていたとはな」

 「別にいいでしょう。案外良いものよ。……ここの生徒は何人か本当にどうしてCクラスいるのか分からないくらい強い子がいるし、見ていて飽きないわ。特に、第三小隊は頭一つ飛び抜けている」

 フェーベルがあまりにもはっきりと言い切るものだから、カイロは小さくを口を開いて「ほう」と感嘆の声を上げた。

 「お前がそこまで言うとはな。しかし、さっきの試合を見る限り二人による連携もバラバラでとても作戦を立てているようには見えなかった」

 「それは……」

 基本何に臨むときも適当なフェーベルもこれには口ごもる。というのも、どう言えばいいものか悩んでしまうのだ。何せ彼女の教え子のあの小隊長は作戦を立てろと言っても必要ないと言ってのける問題児なのだ。長い思案の末、どうせすぐにわかることだと開き直る。

 「あの小隊は事前に作戦なんて考えてないからね」

 苦笑気味な笑みでフェーベルは偽りない事実を告げる。

 「作戦を? 一つもか?」

 「ええ。いつもその場の流れで必要な陣形を薙刀を使っていた子が考えて陣形を決めている」

 小隊戦においてよりスムーズに勝つために陣形、作戦は重要な要素だ。それをその場の流れで決めていた正気の沙汰ではない。

 カテナのいる第三小隊の滅茶苦茶さを聞いて、感情を起伏の少ないカイロは無言で目を見開いて、闘技場のを見つめる。

 「そんな奴がよく小隊長を務めることができるな。さっきの試合を見る限り、小隊長ほどの力量とは思えなかったが」

 頭の混乱を必死で抑えながらカイロはもう少しフェーベルから情報を聞き出すことにした。

 「二人の連携はここ二、三日個人で練習していたものだからね。一対一なら今の私なら負けるかもしれない」

 「お前が!」

 カイロはもう混乱を抑えることができなかった。教官を負かす生徒など普通はいない。いても騎士学校のトップクラスの生徒であって、クラスで言うと三番手にあたるCクラスの生徒では断じてない。

 「Cクラス第三小隊のサラ・マテリアは強いわよ。たぶん、後の試合はほとんど一人で暴れるんじゃない?」

 サラの実力を認めているフェーベルもさすがにそれを言いすぎかと内心反省した。

 ともあれ、フェーベルの少し言い過ぎなハッタリはカイロには抜群の効果を示した。

 

 

 教官のフェーベルが半ば冗談のつもりで言ったことは残念ながら、的を射ていた。

 一回戦以降、カテナの試合で自分も戦いたくなったという言い分から、サラは一人対五人という形でその後の三試合を一人で勝ち抜いた。もちろん、他の第三小隊のメンバーも倒そうと最前を尽くしたのだがそれより早くサラが勝負を決めてしまっていた。

 ちなみに、決勝は第一小隊と対戦となったのだが、第一小隊が隊員全てで攪乱を狙って突進してきた所をサラがローズ以外を一人一撃で仕留めてしまった。

 最後はローズと一騎打ちとなったのだが、遮蔽物の少ない闘技場ではサラが有利で勝利した。

 こうして、Cクラスのラッキーフェイスの一方的な勝利によって、第三小隊は勝利した。

 トーナメント優勝後、第三小隊の隊員達からサラは責められたそうだ。

 

 

 再び闘技場の観客席。

 フェーベルの言葉通り、小隊戦なのに個人戦を披露したサラの暴走振りを見せられて、カイロは呆れていた。

 何とも言えない気分を味わっていた彼女の元に接近する足音があった。

 「カテナか」

 カテナがすぐ傍にまで近づく前にカイロは振り向いて、それ以上を接近を拒んだ。それをカイロの返事だととったのか、カテナはカイロを見つめてはっきりと言う。

 「母上! 私はやはり第三小隊にいたいです。ですから、どうかここに残らせてください」

 そう言って、カテナは頭を下げた。カイロは静かにカテナを姿を目に焼きつける。そして、静かに言う。

 「誰が連れて帰ると言った。どうもお前のいる小隊は実力のある者が多いからな、いい修練にもなるだろう」

 「では……」

 勢いよく顔を上げたカテナの目元には涙が溢れて、流れ出ていた。

 「存分に暴れて来い。それと、あの小隊長にはしっかりと小隊戦やるよう言っておけ」

 カイロはカテナから背を向けて、去っていく。

 「はい。きつく言っておきます」

 さっきまでの緊張が嘘にように解けていく。そして、すぐに現役の騎士であるカイロからサラが注意を受けたのだと思い至って、カテナは急に恥ずかしくなった。

 

 

 

 

 

 


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