うつろふものは瞬過愁灯   作:蘭花

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ほぼ後日談、かなり短めです。


じゅんしょく

 街全体を見下ろせる絶景の名所で、少女と青年は夕方に見下ろされながら立っていた。

 少女の頬はほんのりと赤く染まり、青年は夕焼けの眩しさに目を細めている。

 

「それでは。良い時間を過ごすことができました。感謝します」

 

 うっすらと微笑んで少女は小さく礼をして、もたれ掛っていた柵から身を離した。

 

「あなたは、どちらに向かいますか」

 

 濡れた赤い瞳が煌めく。そよ風に揺れて黒いワンピースが揺れる。

 もう血に染まっていない黒髪はどこまでも深い色をしており、黒百合の髪飾りも死を運ぶことはなくなっていた。あれほど無数に浮いていた蛍も今は自分達の意思でどこかに飛び去っている。

 問いに対する答がないことを少女は咎めない。剣呑な空気も霧散し、怪物だった恋蛍はどこにもおらず、そこに居るのはただ一人の少女だった。

 しかし、別れ時に対して文句がないわけではないのである。

 

「……いつまで、こうしていれば良いのでしょう」

 

 揺れる髪を片手で抑えて夕日を眺める。

 影が夕日に照らされ踊り、漆黒の舞踏を繰り返す。人の心も知らずに呑気なものだと、横目で自身の影を見ながら溜め息を吐いた。

 

「この心が届かず、いつになれば理解してもらえるのでしょうか?」

 

 返事はない。しかしそれは話す言葉がないのではなく、青年の口が遠慮がちに開かれようとしては閉じてしまっているからだ。優柔不断で思い切りのない男だが、しばらく一緒にいるうちにその姿さえも愛おしく思うようになっていた。

 

「実は、楽しんでいるのですか?」

 

 悲哀を纏った言葉に対して口元は緩み、表情は穏やかだ。

 まるで試しているかのような、答えが分かりきっているかのような言い方をする。

 

「私の心を見てみぬふりをして。もう十分でしょう? 貴方の気持ちが、知りたいのです」

「――分かっているよ、恋蛍」

 

 重く閉ざされていた青年の口が開く。

 ああ、やっとだ。この時をどれほど待ち侘びたか。やっと彼は自分に振り向いてくれたのだ。もう愛欲という名の食欲は起きないが、それでも待ち続けた甲斐があったというものである。

 彼女の恋は、ようやく成就するのだ。

 

「俺の心は、決まっている」

「……ふふ、知っていますよ。でも早くしてくださいね。遠慮はだーめ、ですよ」

 

 わざとらしい言い回しをして、もう一度だけ微笑んだ。

 

 恋蛍は恋を知った。

 青年と過ごすうちに、彼のことを深く知りたいと思うようになり、獲物は好きな人となった。

 

(……あなたは、相思相愛に……なれたのですね)

 

 ――演じている役に対して、“凛世”は心の中で祝福する。

 

(凛世も、いつか……)

 

 ――彼女のように夢叶う日を思い描いて、台本にはないとびきり優しい笑みを浮かべながら、『青年』の言葉を聞き入れた。

 ――いつか恋蛍と青年のように、プロデューサーに最高の形で想いを伝えられる日を夢見て。

 

 

 

「……それで、祭りは上手くいったのね?」

「ああ。すまないな、夏葉。夏葉があの時声をかけてくれていなかったら、俺はすぐに追いかけることは出来なかったと思う。凛世が俺をどう思ってるかもう少し真剣に考えてみようって思えたよ」

「そう。それなら良かったじゃない」

「まあどうにも……別の悩みが出来てしまったわけだが……」

「なにか言ったかしら?」

「いやなんでもない、こっちの話だ!」

 

 余談だが、夏祭りは人と人とが恋に発展しやすいビッグイベントの一つだという。

 一人の少女が想いを強くする傍らで、ある男の胸にも小さな炎が灯ったらしいが――それは彼自身が少女と同様、悩んでいくことだろう。

 




秋編にはまだ取り掛かっていないので、出来次第こちらにも掲載させていただきます。

夏編は以上となります!

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