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【うつろふものは瞬過愁灯】 #4
凍蝶-Winter-
26,035 文字(読了目安: 52分)
四季が毎年、徐々に変化を見せています。近年では秋のはじめと終わりが非常に分かりづらいように感じますが、同様に冬も「12月に雪が降ってクリスマスパーティ」のような形が崩れてきているのではないでしょうか。
冬編、と銘打つには大遅刻してしまいました、「爽籟-Autumn-」に続くお話です。
とはいっても、このシリーズはすべて単品でもある程度読めるようお話を作っているつもりですので、春夏秋の作品と併せて読んでもらえればなー……とは思いますが今作のみでも話は完結しております。
春編の投稿から約一年。四季にわたって様々な凛世とプロデューサーの様子を描いてまいりましたが、四季ごとの話は今作で一区切りとなります。季節の移ろいと二人の関係性の変化、想いの在り方を少々変わった見せ方で描写しました。よろしくお願いいたします。
感想や御指摘などありましたらこちらまでお願いします!
(twitter/HYK_1224)
追記
四季シリーズということですが、構想段階から四季+1(pSSRコミュがTRUE含めて5つのため)の話だったので、あと一作ほど続きます。投稿はいつになるか分かりませんが、気長にお待ちいただければありがたいです。
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PドルP杜アイドルマスターシャイニーカラーズシャニマス杜野凛世P凛
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2020年5月10日 21:21
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【過:消えぬ季節】
「お疲れさまでした! 乾杯!」
グラスのかち合う不揃いな音を合図に、小さな宴が始まる。
チョコレートリキュールがなみなみに注がれた器を持ち上げ、一口ほど喉に流し込んでみた。味わい深い甘さと僅かな苦み、それでいて爽やかな舌触り。思わず息が零れるほどの満足感だ。
「これ、美味しいな」
適当な位置にあった椅子に腰かける。窓際に近い場所に置かれていたもので、室内の中心で楽しげに騒がしくしている皆からは少し離れたところだ。輪の中には、四十は越えているであろうスイーツ店の店長や大人の従業員のほかに、五人のアイドルと同じくらいの歳の男女もいる。
多分、アルバイトの学生だろう。歳の差がない人間と会話したほうが気が楽だと考えたのか、従業員たちは学生組とアイドルたちが会話しやすいよう距離感を保ってくれていた。有難い気遣いだ。
そんなパーティの様子を、腰を落ち着かせながらグラス片手に眺めるのもまた一興。こういう景色も良いな、とまだ若いのに随分年老いた感慨を抱くプロデューサー。
「あとでチョコレートフォンデュだけ使わせてもらおうか……」
独り言が空振りする。
輪の中に混ざっていくことも考えたけれど、穏やかにアイドルたちが仕事以外で楽しんでいる様子を見られる機会はなかなかない。一通りの挨拶を済ませ、「ゆっくりお休みになってください」と物腰柔らかな店長に言われたので、現在はこうして部屋の隅のほうで人々の喧騒を眺めている。
果穂と智代子はコンビニに売っていないような洋菓子を食べ比べており、笑顔の絶えない二人の並びはとても微笑ましいものだ。
樹里と夏葉はチョコフォンデュの塗装具合を競っている。些細なことでもああやって笑い合いながら勝負事に持ち込める関係というのも、なんだかんだ言って平和だと思う。
そして凛世は――。
「……って、凛世は?」
「こちらにございます」
「うおぉっ!?」
少し大きめな驚愕の声が漏れる。いきなり隣から声がすれば誰だってこうなるだろう。
先程まで皆と楽しんでいたはずの凛世は、いつの間にかプロデューサーの隣の椅子――には座らず、凛とした姿勢で佇んでいた。
「いつからそこに……何かあったのか?」
「いえ。その……プロデューサーさまが、お疲れのようでしたので」
じっと見つめてくる瞳には心配そうな、此方の身を案じている気配が感じられる。
「心配してくれたのか、ありがとな凛世。でも今日はなんというか、この席から見るのが一番いいかなって思っただけだから」
なんて言いながら、心身ともに疲弊しているのを自覚していた。
こういう全体で何かの催し事をした際、大人の自分がどの位置にいるべきか悩むことは稀にある。
無論同じく大人同士で会話していればいいのだが、余程顔に出ていたのか相手から「ゆっくりお休みになってください」なんて言葉が飛んできてしまっては、蓄積していた疲労を認めざるを得ない。
イベント一週間前あたりまでは「今回はそこまで過酷なスケジュールではないな」と思っていたけれど、終わってみれば想像以上にハードな仕事だったな、と思って外の景色を眺めた。
一週間ぶりに何も考えず見る外の景色。何せスイーツ店とアイドルの合同イベントなんて初めて聞いたものだったから、余計に気を張っていたのかもしれないと自嘲気味に笑った。
「……ちゃんと、成功してよかったよ」
「……はい」
凛世がどんな顔をしているのか見えない。今視界にあるのは外の景色だ。ついこの間降り始めた雪はもうほとんどが溶けており、道路の隅に集められた灰色混じりの雪と、日陰でこっそり生きながらえた寂しい雪だけが冬の輪郭を静かに残していた。
「やっと冬が来たかと思ったら、もう終わりそうだよなあ」
「あまり積もらず……短い季節でございました」
遠くの景色ばかりに気を取られていて気づかなかったが、窓の外側には一頭の蝶が止まっている。銀色の美しい羽模様にプロデューサーは驚いた。もうすぐ三月とはいえ気が早すぎるだろう。
しかし数秒見つめて、何故こんなところにいるのか分かった。既に死んでいるのだ。
「……止まる場所、間違えたのかな」
あと数か月早く見つけていれば、弱っているところを助けることもできたに違いない。プロデューサーは骸となった生命の抜け殻を悲しそうに、痛ましそうに見つめる。雪がなかなか降らないから、外をじっくりと眺める者も少なく、誰もこの命の瀬戸際に気づかなかったのだろう。
季節とは残酷だと、意味もなく悲しい気持ちが湧き上がってきた。
「プロデューサーさま……」
「ん、あ……いや、なんか変な雰囲気にしちゃったよな、すまん」
「いえ、凛世は……」
凛世は、の続きはなんだろう。少し待ってみるが言葉が続く気配はなかった。
一週間前にも彼女が何か言いかけて止まったことがあったと思い出す。どうして凛世は何か言いかけると、よく言葉を自ら遮ってしまうのだろうか。
彼女がそうするようになったのは、出会って少ししてからのこと。付き合いもそろそろ長くなってきた頃合いだが、未だに凛世との距離感や関係性は掴めていない。
ずっとこのままなのか、それとも――。
「……冬がさ、冬っぽくなくなっただろ?」
「……? ……はい」
窓の外に意識を向けたまま話し始める。
すぐに春の一つや二つが降ってきそうなくらい、冬らしさの失われた外の世界。気温の低さだけを残して雪もほとんど降らず、いつこの季節が過ぎていったのかも分からないくらいに、曖昧な冬だった。
「こんな風に、どんどん季節の境目が分からなくなっていってさ。秋とか冬とか、春とか夏とかがぐちゃぐちゃになって……四季っていう分け方も変わっていくのかなって、少し思ったんだ」
自分でも驚くほどすらすらと言葉が出て、つい喋りすぎたかと我に返る。振り向けば凛世が綺麗な立ち姿でプロデューサーのことを見据えており、心の読めない深々と彩られた瞳と目が合った。
彼女は今、何を考えているのだろう。
「……」
「ごめんごめん、独り言。気にしないでいいから、凛世ももっと皆と――」
「――っ、凛世も……今ある世界が変わっていくことに、少し……少しだけ、不安を覚えます」
「え……」
一瞬苦しそうな表情を見せたかと思えば、彼女は意を決したように言葉を紡ぎ始める。
「景色が、空が、凛世のいる……この世界が」
瞳に熱が宿るのを感じた。彼女の情熱を映すように、赤の瞳が煌めきを増す。
真っ直ぐ、ただ真っ直ぐにプロデューサーを見つめては、逸れないようにとそれだけに心を注いで。
「いずれ冬のように大きく、変化するかもしれません」
表情から不安の色だけは消えぬまま。
「けれど凛世は知りました」
それでも伝えたい、届けたい“何か”があるようで。
「貴方さまと出会い、みなさまと出会い……」
藁人形を掴む手に力が込もっている。
「変わりゆくのが世界なのだと……知りました」
真っ直ぐな視線と向き合おうとする心に、プロデューサーも吸い込まれていく。
「冬は雪が降り、肌寒いものでございました」
「……そうだな、昔からそうだ」
「ですが今の凛世の冬は……少し違うのです」
そう言って彼女は目を閉じ、両手を胸あたりにもってきて祈るような姿勢をとった――否、祈っているのではい。想いを馳せているのだ。
昔と今の、冬に。
「みなさまがいて、貴方さまのお傍に凛世がいて」
彼女は目を開けて外を見る。何度見ても冬の残滓があるばかりの、形容しがたい季節が転がっていた。
けれど凛世はそれをみてふっと優しく微笑んだ。
「雪が降る、降らないと……寒さを前に話します」
彼女の瞳には何が映っているのか、外がどう見えるのか。やはり今のプロデューサーがそれを理解するには、彼は杜野凛世について知らないことが多すぎた。
少しだけ今でも理解できるのは、彼女が今の冬を愛おしそうに見つめているということ。
「僅かな白綿を見て、貴方さまが笑うのです」
「……」
「……綺麗だ、と。その笑みで凛世は……」
最後に彼女はもう一度プロデューサーのほうを向き、少し不安が消えた瞳でしっかりと見据えてからにこりと微笑んだ。首を傾げて笑いかける姿が美しくて、思わず言葉を失ってしまう。
「……冬が咲いたと、思うようになりました」
言い終えると凛世は、それ以上何も続けるにぺこりと一つお辞儀をしてから去っていく。足早に元の場所へ戻っていく後姿を茫然と眺め、プロデューサーは息を吐いた。
凛世からあんなにたくさん言葉を貰ったのは、いつぶりだろう。もしかすると初めてかもしれない。
「冬が咲いた、か」
彼女の伝えたかったことがなんなのか。頭の中で反復する言葉を噛みしめてみるが、裏に隠された想いを自分で言葉に変換するのは容易ではなかった。何度も明媚な声音が脳裏で蘇り、もはや彼はチョコレートフォンデュどころではなくなっていく。
「……難しいな、冬とか、景色とか」
激務で疲弊しきった頭が飲み込むのは難しく、一度思考をリセットしてもう一度息を吐く。理解できるのは今ではないのかもしれない。
ただ、ふと窓の外を見たときに思ったのだ。
綺麗だ、と。