某日、事務所の一室にて。
他の者がレッスンやらなにやらで出払っている中、樹里はある物が置かれていることに気が付いた。
「……ん、なんだこれ?」
「ああこれか。……何に見える?」
「うーん……花っぽくはあるんだけど……」
机の上に何個か置かれた折り紙を見て樹里が唸る。プロデューサーが作ったにしては綺麗すぎる折り筋だから、きっと凛世だろう――と、失礼な感想を抱いて。
「一応、俺が折ったんだけどな?」
「マジか!? アンタ器用だな……」
「いや、去年は全然ダメだったよ。折り鶴も微妙って感じでさ」
事務所の椅子に背中を預けて大きく仰け反るプロデューサー。その動作をしている間も彼の意識は折り紙に向けられていた。
桃色の紙が少しずつ、花のような形を模していく。
「はい、出来た。正解は胡蝶蘭だ。結構上手だろ?」
「なんか意外すぎてなんとも言えねーけど……」
――胡蝶蘭。
どこかで見たことのある形だ。
「……なんで急に折り紙なんてしてんだ?」
「いやいや、急にってわけじゃないぞ。今年から始めたんだ。こうして仕事の合間に練習をな」
「ふーん……」
「なんか懐かしくてさ、こういうの。子どもの頃とか、雪が降りすぎてどこにも行けない日はたまにあやとりとか折り紙とかしてたんだ。その時は下手だったけど」
彼はもう一枚紙を手に取って、「ほら」と素早く手を動かす。くるくると手の中で形を変えていく紙が今度は正確に折り目をつけられた鶴へと変化した。
「ちょっと教えてもらったんだよ。上達したから楽しくてついな」
満足げに完成された作品を並べてから、プロデューサーは仕事に戻っていった。あれで休憩になったのかと問いたいところだが、樹里はそれよりも先ほどの胡蝶蘭が気になって仕方がない状態だ。
桃色の胡蝶蘭。一つ手に取ってみて間近で眺める。正確には覚えていないけれど、一年前に同じものを見た気がする。
「――なんだ、アンタも変わってるんじゃねーか」
窓の外、冬の気配がすっかり消えた空を見て樹里が微笑んだ。
桜がどこも咲き始めている。もう冬も完全に終わりだろう。見渡す限りの雪も、肌を刺すような寒さもとっくに消えている。
暖かくなって、静けさの中に少しずつ命の芽吹きを感じて、張り詰めた大気はいつしか柔らかな肌触りを取り戻す。
夏葉も、智代子も、果穂も、樹里も、凛世も――そしてプロデューサーも、移り変わる季節を感じながら、平穏な日常に身を任せる。
蝶が舞い、鳥が歌う。そんな日常に。
そうして季節は一巡し、春が再びやってきていた。
-続-
冬編はこれにて終了となります。
春夏秋冬とお話も一巡しましたので、締めくくりのお話をもう一章分ほど書いて、この作品を締めたいと思っております。投稿がいつになるかは分かりませんが、完成して向こうにアップした後にこちらに載せる予定ですので、その時は是非ご覧ください。それでは。