うつろふものは瞬過愁灯   作:蘭花

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三枚目、春陽

「えぇっ! この雑誌に凛世さんがのるんですか!? すごいです!」

 

 夕方。

 元気と活力とやる気に満ち溢れ、はしゃいでもお釣りが出そうなほど天真爛漫な声が事務所内に響き渡った。一日の半分以上が過ぎ、疲労を感じ始める時間帯だというのに、小宮果穂はびっくりするくらいエンジン全開だ。日頃の生活でエネルギーが有り余っているのだろうか。

 そんな果穂が目をキラキラさせて釘付けになっているのは、件の『クラスルーム・ディフュージョン』である。

 

「じゃあじゃあ、今日は一日中、たくさんのカメラが凛世さんをかこんでいたんですか!?」

「いえ、他の皆様に配慮して、一台のみ……とのことです」

 

 学校生活の撮影の初日が終了し、自ら淹れたお茶を静かに飲む凛世が答える。プロデューサーも他のアイドルも不在の今、事務所に居るのは二人だけだ。

 

「いいなぁー、あたしもこんなふうに、制服で雑誌にのってみたいです」

「果穂さんならば……焦らずとも……すぐにその時期が訪れるでしょう」

「ほんとうですか!?」

「はい……本当、です」

 

 何気ない平和な会話が繰り広げられる。とにかくキラキラした瞳で憧れに心躍らせる果穂と、優しく微笑む凛世。アイドルとして活動している時とはまた違った、魅力の溢れる生活の一ピースである。

 

 そんな中、果穂の話を聞きながら凛世はいつかの思い出を頭の中に描いていた。

 咲き誇る桜に散る桜。地に落ち、はらりと目蓋を撫でる花弁はくすぐったい。彼女の視界にはユニットの皆と、大切な大切な存在が映し出されている。

 

 ――この辺なら良い写真が撮れそうじゃねーか?

 

 ――そこは半分日陰になっているから、全員が綺麗に映らないわよ。

 

 ――ねえねえ、ここならどうかな? 事務所も桜の木も、皆も映ると思うよ!

 

 ――あっ、ほんとですね! あたしもそこがいいと思います!

 

 和気藹々とした空気。しがらみも何もない、心安らぐ彼女の世界。ここが自分の居るべき場所なんだといつでも実感できる。大好きな皆がいて、大切な居場所があって、自分を信じてくれるファンがいて、そして――……。

 そんな皆と一緒に、集合写真を撮ることになった。事務所がしっかりと映って、折角だから春の象徴である桜もよく映る場所で、最高の笑顔で。

 

 ――……………………。

 

 しかし舞い散る桜を見ていると、どうにも心が落ち着かなくなる。春風に揺られて悠々と宙を泳ぐ花弁は美しく、暖かな春の香りを優しく運びながらも、あてもなく彷徨っているようで儚い。一枚一枚が淡い色で漂いながら成す術もなく地へと引き寄せられていくその様に、凛世は焦燥感を掻き立てられていた。

 

 この花たちは、散った後にどうなるのだろうか。その美しさは永遠のもので、ヒトの目より下に落ちても誰かが覚えていてくれるだろうか。

 ほんの僅かに心にわいた寂しさを埋めようと手を伸ばしてみる。のらりくらりと自由気ままに落下する花弁は白い手をすり抜け、我が道を行くと言わんばかりに過ぎ去っていく。この一枚一枚はもう過ぎたモノなのだ。人の目に留まることなく静かに、ただ静かに終わっていく存在。彼らを、彼女らを再び綺麗だと感じる存在はきっと多くないのだ。

 

 怖い。

 漠然とした恐怖が身を震わせる。運命を抵抗することなく受け入れるその光景に、杜野凛世は自身の在り方とまだ見ぬ未来を重ねてしまったのだ。安寧と桜の織り成す芸術美の全てを享受することができない、皆が咲き誇る花々を見上げているというのに、自身は散った桜ばかりに目がいってしまう。

 いつか自分も、この桜のように――。

 

 ――凛世は、いつまで……。

 

(……そればかり、考えてしまうのは……間違って、いるのでしょう)

 

 この悩みは誰かに打ち明けることもなく自分で解決するべきだと分かっている。だからこそ今回もいつものように、胸に潜む黒く暗い不安感を否定することで打ち消すのだ。こうして凛世は、記憶の世界から現世へと帰還する。

 しばらく果穂が制服に対する想いを並べて語っていると、ふと思い出したかのようにぴょこん、と跳ねた。座っていたソファがその体を心地良い感触で受け止めてくれる。

 

「そういえば! あたし、昨日かえってから時間があったので、『ジャスティスⅤ』を見たんです! そしたらジャスティスレッドがすっごくかっこよくって!」

 

 唐突に始まったヒーロー番組の話に、凛世は果穂にも見えないくらい僅かに小首を傾げた。

 彼女がヒーロー番組、特に『ジャスティスⅤ』という作品を非常に好んでいるのはよく知っている。ヒーローという存在に対しての憧れは尋常ならざるもので、アイドルとしての理想像、どころか生き様にすら「ヒーローのようになる」と刻まれているほどだ。ユニットのメンバーやプロデューサーにも、その憧憬を喜々として語っている。

 しかし、その話題を二人きりでの会話で持ちだされたことはほとんどない。どちらかというと、そういった話は樹里や智代子にするものだとばかり思っていたのだが。

 

「今回のお話では、ジャスティスレッドがキケンなパワーを使っちゃって……暴走して、ジャスティスブルーを攻撃しちゃうんです! 気がついた頃には周りの皆がボロボロになってて、『もう戦いたくない!』ってなっちゃって」

 

 興奮冷めやらぬ面持ちで、身振り手振りを使って全力で番組の流れを表現する果穂。しかし今回は今までとは異なり、聞けば聞くほどかなり重い展開が進んでいく。子供向け番組でそこまでやっていいのだろうか、というギリギリのラインのストーリーに、説明している果穂も若干悲しそうにしている。

 

「――それで、敵になったはずのお父さんがやってきて、怖がるジャスティスレッドを励ましたんです!」

「まさかの……展開で、ございますね」

「そうなんです! あたしもびっくりしました! お父さんが『恐れるな! たとえ地に伏しても、どこまでも落ちようとも、諦めることは許されない!』って言って……ジャスティスレッドは、またヒーローとして戦うことを決めたんです! それがすごく、すっごくかっこよかったんです!」

 

 拳を握って力説され、物語の壮絶さを一身に受け止めたような感覚に陥った。感情的に語ることができるというのは、彼女の才能の一つだろう。

 

「それでですね、凛世さん」

 

 不意に、凛世の両手が柔らかな感触に包み込まれる。

 見れば、隣に座っていた果穂が真剣な表情で、真っ直ぐ自分を見据えていた。

 

「凛世さんも、諦めちゃダメですよ!」

「………………凛世が?」

 

 一瞬何を言われているのか分からず、目をぱちぱちと瞬きさせてから聞き返す。果穂はその問いに全力で首を縦に振った。

 

「はい! 凛世さんこの前、桜を見てすっごく寂しそうにしてました! もし何か辛いことがあったら、あたしとか、樹里ちゃんとか、ちょこ先輩とか、夏葉さんとか、プロデューサーさんに相談してください!」

 

 そして、一息吸ってから、花が咲いたような満面の笑みを浮かべる。

 

「みんなが、凛世さんのヒーローになりますから」

 

 驚愕のあまり言葉が喉に詰まって出てこない。

 ここまで真面目に直球で、心の底からの激励を受けたのは初めてだった。彼女はこれを言うためにヒーローの話をしてくれたのである。とても小学生とは思えない気遣いと、頼もしすぎる笑顔と、いつか自分にかけられた『ある言葉』が脳裏に浮かんだことで、凛世もつられて笑顔になった。

 きっと果穂は、凛世が桜を見て何を思ったのか分からない。舞い散る桜を見て想ったことも、胸が痛んだ理由も、他ならぬ自分にしか理解できないものだろう。

 

 ゆらりゆらり。

 

 ゆらり、ゆらりとまた一つ。

 

 散りゆく桜が窓の外に見える。毎日、桜は散っている。

 暗い色のアスファルトを鮮やかな桃色に変えてゆくその景色に焦燥感を掻き立てられ、縋るもののない漠然とした不安に駆られたのは何故か。他人から見ても丸分かりなほど悲哀に満ちた表情をしていたのは何故か。杜野凛世には、その理由の全てが把握できている。

 

 本来、他人にどうこうしてもらうべき問題ではない。自分で乗り越えていかなければならない問題だ。

 だけれど、もし、どうしても、辛くなった時は――

 

「果穂さん……ありがとうございます」

 

 ――頼もしいヒーローに、お力添えを願いましょう。

 

「ですが、今はまだ。凛世自身で……もう少し……自らに、問いたいのです」

「……? そう、なんですか? でもほんとに辛くなったら言ってほしいです!」

「はい、承知……いたしました」

 

 少し、肩の荷が下りた気分になった。

 なにかが解決したわけではないけれど、彼女の心遣いと優しさが胸に響く。胸が暖かくなる、ここにいたいと心の底から思える。

 

「えぇ、はい。え、そうなんですか? そんなことは――」

 

 話が一区切りついた段階でとても聞き覚えのある声が耳に入ってきた。ガチャ、とドアが開く音が一つすると、誰かと真面目な顔で電話をするプロデューサーがあらわれる。

 彼は凛世と果穂の姿を確認するや否や、ピタリと動きを止めた。室内が静かだったため、誰もいないと思って入ってきたのだろうか。

 

「はい、はい。ええと――え? すみませんもう一度お願いします」

 

 部屋から出ようとするプロデューサーが素っ頓狂な声をあげる。声音に合わせて気の抜けた表情になり、なぜかその視線は凛世に向かっていた。

 

「はい……なるほど……えぇ!? いやそれは趣旨がずれてしまいませんか!? えっ、ちょ、ちょっと待――」

 

 どうやら電話を切られたらしい。あまりにも余裕のない反応をするプロデューサーを見て凛世も不安になるが、相手の反感を買ったような顔はしていなかった。ただ唖然と凛世を凝視し、繰り返し瞬きをしている。なんともいえない表情からは感情が一切読みとれない――というより、今の彼に感情はないのだろう。奇怪な出来事に出くわしたとでも言いたげで、普段は目にする事ができない呆然とした顔が可愛らしい。

 

 その日、彼の表情の理由を知ることは出来なかったが、凛世は翌日に、彼が電話相手に何を言われたのかを知ることになる――。

 

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