感想・批評は歓迎ですが暴言・悪口は炎上の原因となりますのでおやめください。
「―――後一体……急がないと」
私は走る。
足を踏み出すたびにタッタッタッという靴音がダンジョン内に反響するが、今はそんなことに意識を向けている余裕はない。
早く……早く見つけなくては。
走りながら、私はダンジョン内に隈なく視線を向けて標的を探す。
このあたりにはいない……一体どこに行った?
ここはダンジョン第5階層。
『上層』と呼ばれるまだ駆け出しも駆け出しの新人冒険者が狩場にしている階層だ。
だからこそ、そんな場所に『ミノタウロス』が紛れ込んだとなれば、大変なことになる。
ミノタウロスはレベル2に相当するモンスター……今でこそ私にとって脅威ではなくなったが、まだレベル1の駆け出しだったころの実力でミノタウロスを相手するなど私でもできない。
出遭ったらそこで終わりだ。
だからこそ、早急に狩る必要がある。
それが
被害が出てしまえば、それは私を含めたファミリア全体の大失態となる。
幸い、仲間が手分けして追撃に当たったため、被害が出る前に残り1体というところまで減らすことはできた。
だが、その1体がどこにも見当たらない。
早く見つけなくては……他のレベル1冒険者が不幸にも遭遇して殺されてしまう前に。
どこだ……どこにいる?
……!
「この音は……」
金属がぶつかる音がかすかに聞こえた。
「……邪魔っ!」
湧き出るモンスターを愛剣『デスペレート』で両断し、音のする方へ急ぐ。
必ずしもそちらにミノタウロスがいるわけでは無いかもしれないが、考えている時間すら今は惜しい。
音を頼りにしばらく走ると、そこには標的である最後のミノタウロスがいた。
対するは、白髪に赤眼の見知らぬ少年。
ギラギラと光る眼で目の前のミノタウロスを睨みつけている。
戦闘中か……。
これは少し厄介なことになった。
冒険者の暗黙のルールとして、モンスターと戦っている冒険者がいた時は、そのモンスターに他人が手を出してはならないというのがある。
モンスター……より厳密にはモンスターから採れる魔石は戦って倒した冒険者のものというのが冒険者としての常識であり、それをパーティーメンバーでもない無関係の他人が横からモンスターを掻っ攫って横取りしてはならないのだ。
例え幾ら善意であっても、そのような行為は余計なトラブルを生むためにタブー視されている。
つまり何が言いたいのかと言えば、あの少年がミノタウロスと戦闘している以上、私はあのミノタウロスに横から手を出すことはできないということだ。
しかし、幾らなんでも無謀だ。
上層にいる冒険者が必ずしもレベル1の駆け出しという訳ではないが、持っている武器や装備から推察するに、彼は駆け出しも駆け出しだ。
装備の質は最低限。恐らくまだお金に余裕がない新人冒険者が使うようなギルド支給の最も安価な代物だ。
腐っても『中層』のモンスターであるミノタウロスにそんな武器では傷一つ付けられないし、防具などあってないようなものだ。
ハッキリ言って無茶すぎる。
武器の扱いを極めた者の中にはどんなに粗悪な武器でも卓越した技量でカバーできるかもしれないが、どう見ても彼の技量ではそんな芸当をするには未熟すぎる。
攻撃しても倒せない、反面1撃食らえば即死もありうる、正に絶体絶命の状況だ。
助けなければ……。
冒険者の暗黙の了解など最早言っている場合ではない、寧ろ彼がミノタウロスに殺される前に逃がしてしまった者の責任として私がミノタウロスを倒さなければならない。
そう分かっている…分かっているけれど……。
何故だろう。私は少年とミノタウロスの戦いに釘付けになった。
助けなければならないことは分かっている。しかし反面、私はその戦いを最後まで見届けたいとも思っていた。
何故かは自分でもよく分からない。
別に高度な戦いに魅了されたという訳ではない。見下すわけでは無いが、少年の技量は私よりもはるかに劣っていたし、ミノタウロス程度の敵など、これまで数えきれないほど狩ってきた。戦いのレベルとしてはそれほど高度という訳ではない。
では何故?
何故私は、こんなにも釘付けになっているのだろう。
一体何が私をこんなに惹きつけているのだろう。
少年がミノタウロスを攻撃する。
「えっ……?」
思わず声が出た。
傷一つ付けられないと思っていた安物のナイフが、ミノタウロスに確かな傷をつけたのだ。
よく見ると、ミノタウロスの身体には他にも大量の傷が至る所につけられている。
あり得ない……。
どうやって…?
一体何をすればあの粗悪な武器で極めて武器の扱いに秀でているという訳でもないのに傷をつけることができるのか。
目を疑ったのはそれだけではない。
あの少年の動き……。
「未来が見えている……?」
自分でもそんなバカなとは思う。
しかし、そうとしか思えないような動きを彼はしている。
反射神経が良いとか、先読みが冴えてるとか、そんな次元ではない。
あの動きは、
彼の繰り出す手は、常にミノタウロスの先を行っているのだ。
カウンターでさえもあらかじめ分かっていたかのようにミノタウロスよりも先に動いている。
こんな芸当は、よほど沢山のミノタウロスとの戦いを重ねて学習したか、本当に未来が見えるとかでないと説明がつかない。
レベル1の冒険者が、はるか格上であるミノタウロスと何度も戦っている?
それは少し考えにくい。
であれば、本当に未来が見えるか、あるいはミノタウロスの思考を読む力があるとか、それぐらいしか考えつかないが、それならばなぜミノタウロスと態々戦っているのだろう。
未来が見えるならば、そもそもミノタウロスと遭遇することも分かっていた筈で、なぜ彼はそれを避けようとしなかったのか。
自分の力を過信していた?
ダンジョンはそんな人が生き残れるほど甘い場所ではないことくらい私は身に染みて知っている。
モンスターを相手に慢心する者は必ず殺されるということを、痛いほど知っている。
ましてや相手は格上。慢心して生き残れるような相手ではない。
そうであったならば今頃彼はここにはいない。
一体どんなカラクリがあるのだろう。
どんな魔法を使えばたったレベル1の駆け出し冒険者がミノタウロスと対等に渡り合えるようになるというのだろう。
一体どうやって彼はそんな力を手にしたのだろう。
この戦いを見届ければ、私にもその力が理解できるだろうか。
だからだろうか。
私は、彼の力の秘密が知りたいからこの戦いに惹かれているのだろうか。
いや……違う。
そんなことは2の次に過ぎない。
1番の理由は、あの眼だ。
彼の鮮血のように赤く、ギラギラと鋭い眼光を放つ只ならぬモノを内に秘めた眼。
ミノタウロスの行動を読めると言っても、流石に全ての攻撃を回避することはできないようで、掠り傷に留まってはいるが、着実に彼はダメージを蓄積させている。
それよりもさらに多くの傷をミノタウロスに負わせていることを考慮しても、戦況は拮抗している。
しかも人間とモンスターでは肉体の強度が段違いだ。
このまま戦いを続ければ、人間である彼はきっといつかどこかで蓄積した疲労やダメージによってミノタウロスの攻撃を避けられなくなる。
彼がミノタウロスと対等に戦えているのはあくまでも彼がミノタウロスから1撃もまともに食らっていないからであって、攻撃1回ごとに相手に与えるダメージ量はミノタウロスの方が圧倒的なのだ。
つまり、食らったらそこで終わりの綱渡りのようにギリギリの戦い。
少年が不利なのは依然として変わらないのだ。
そんなことは戦っている彼自身がよくわかっているはずだ。
それなのに……。
彼の眼は『必ず目の前の敵を倒す』という固い意志の光を宿しており、彼がダメージを負うたびにそれは弱まるどころか、さらに強くなっていく。
「どうして……?」
どうして、こんな絶体絶命な状況でもそんなに強い意志を持ち続けられるのか。
何故、欠片も諦めの色が無いのか。
強い。
力ではなく、
こんな強さがあるなんて、今まで思ってもみなかった。
彼の戦いを見届ければ……私にもその強さが理解できるだろうか。
知りたい。
何故こんなにも絶望的な状況で尚自分の意思を折れることなく保てるのか。
それが分かればきっと…私はもっと強くなれる。
「強く……なりたい」
私は強くなりたい。
レベル5にまで上がったけれど、まだまだ自分の強さには納得できない。
足りない……こんなんじゃ全然。
もっとできるはずだ。もっと上がれるはずだ。
彼のように強い
だから知りたい。
その強さの秘密が、どうしても知りたくてたまらない。
そんな思いが、私の足を地に縛り付け、視線を釘付けにする。
彼の戦いから、私の知らない未知の強さを少しでも学び取ろうとしている。
彼がナイフでミノタウロスを斬りつけ、即座に距離を取る。
両者とも既にギリギリだ。
特に彼のダメージが著しい。
身体はボロボロ、肩で荒い息をして、口の中を切ったのか、端から血が流れている。
どう見ても満身創痍。
ベストコンディションでも勝機は乏しいのに、満身創痍な状態では既に無いに等しい。
それでも尚、彼の眼に諦めは無かった。
「流石に強いな。1発ももらってないのにこちとらもうボロボロだ。おまけに疲れが溜まって足がガクガクしてやがる」
彼は油断なく武器を構えながら語る。
「
そう言い放つと彼は手の中でナイフを回し逆手に握った。
そしてナイフを持つ手を背後に回し、もう片方の手を地面について極端に体勢を低くとる。
勝負を決める気だ。
あの妙な構えに何の意味があるのかは分からないが、体勢からしてあれはきっと突撃の構えだ。
つまりそれは、今から彼は彼の全力を以てミノタウロスを殺しに行くという事。
「格上だろうが知った事か。乗り越えてやる……!この一撃を以てボクはお前を克服する!」
そう高らかに啖呵を切った。
アレは決して虚勢なんかじゃない。本気だ……本気でミノタウロスを殺すつもりだ。
彼の眼の輝きが、何よりもその決意を物語っていた。
そして私はあることに気づく。
「嗤っている…」
戦況は拮抗状態。条件としては、圧倒的な不利な状況に置かれてもいるにもかかわらず、それでも彼の口元には獰猛な笑みが浮かんでいる。
彼には、絶望的な状況に置かれても尚嗤えるだけの強さがある。
恐らく、これがきっと最後の攻撃になるはずだ。
彼はこの1撃に全てを賭ける気でいる。
分かるかもしれない……。
ありったけの意思を振り絞った彼の全力を見れば、彼の強さを理解する手掛かりが現れるかもしれない。
彼の一挙手一投足も逃すまいと目を凝らす。
故に気づいた。
「武器が……光っている?」
彼が背後に回したナイフが、赤い光を纏っていた。
いや、武器だけではない。
彼の左目が、赤い輝きを放っていたのだ。
―――ゾワッ
彼の赤く光る眼を見た瞬間、私は全身が粟立つような感覚に包まれた。
彼の左目を見たその時、私は確かに彼に『恐怖』した。
あり得ない。
レベル的にはこちらは5で、彼は恐らく1。
実力差は歴然で、実際彼が脅威かと言えば否だ。
彼には私の知らない強さがあるが、それでも恐怖を感じるほど脅威ではない。
仮に彼と100回戦ったとしても100とも私が勝つであろう確信があった。
しかし、あの眼を見た瞬間、私の喉元に彼が刃を突き立てる場面を幻視したのだ。
100回やっても私が勝つ。
1000回やっても変わらない。
では10000回繰り返したら?
予感がした。
何度敗北を重ねようと、彼はきっと何度でも立ち上がって、いずれは強者の喉元に齧り付き、食い破るだろうという予感。
どんなに実力が離れていようと、必ず彼がその強い意志でもって打倒するだろうという半ば確信に近い予感がした。
あの眼に私は『いつか食い殺されるのではないか』という恐怖を確かに感じた。
仮にもダンジョンの最前線で戦うくらいの実力はある私が、駆け出しの冒険者に対して恐怖したのだ。
彼は、己の意思一つでそれをやってのけた。
それほどまでの意志、それほどまでの決意、それほどまでの強さ。
知りたい……。
それ一つで格上を圧倒する程の強い意志。
羨望した。
それが私にもあったらと、思わずにはいられないほどの憧憬を抱いた。
「オォォォォォォォォ!!」
雄叫びをあげて、彼は突撃した。
限界まで引き絞られた弓から放たれた矢のように、一直線に彼はミノタウロスに疾駆する。
速い。
その速さは、私が彼と同じレベルだったころの速さとは段違いに速かった。
ミノタウロスも突撃する彼を迎撃するべく拳を振りかぶる。
攻撃が命中したのはほぼ同時。
彼のナイフがミノタウロスの喉を掻っ捌き、そして代わりにミノタウロスの拳をまともに食らって吹っ飛んだ。
彼が背中からダンジョンの壁に叩きつけられる。
そのままズルズルと壁をずり落ちる。
彼にはもう動けるだけの力がないことは明白だった。
口から血を吐きながら、動かない身体でそれでも視線だけは外すまいと倒れたミノタウロスを睨む。
彼の放った一撃は確かにミノタウロスに致命傷を与えた。
しかしあと一歩……。
あと一歩のところで命を絶ち切れなかった。
致命傷を受けて地面に倒れたミノタウロスが、死力を振り絞って再び立ち上がろうとしていたのだ。
しかしそれでも、彼の眼に絶望感は無く、血を吐きながらも獰猛に嗤っていた。
―――『次』は……必ず……。
彼の唇がそう動いた気がした。
そこで私は我に返った。
何をしている。早く彼を助けなければ……!
急いで立ち上がりかけてたミノタウロスを始末し、気絶した彼に近づく。
酷いケガだ。
最後の1撃で内臓がやられている。
このケガは普通のポーションじゃダメだ。
私はポーチから今持っている中でも一番効果が高いポーションを取り出し、彼に飲ませた。
これで完治とはいかないまでも応急処置程度にはなるはず……。
目を覚ましたら事情を話してファミリアのホームでしっかり治療しないと。
そう考えていた矢先、彼の眼が唐突に開いた。
まさか、もう意識を取り戻したのか……。
幾らなんでも早すぎる。
目を覚ました彼はそのままキョロキョロと周囲を見回す。
「何故……?!」
混乱している様子の彼に、ひとまず私は声をかけた。
「あの……」
「―――!」
驚いたように彼はこちらを見た。
「お前は……!」
「私はロキ・ファミリア所属冒険者。アイズ・ヴァレンシュタイン」
「……!『剣姫』か!?」
どうやら私の二つ名を知っていたらしく、私は首肯してそれにこたえる。
「お前……あなたが、ボクを助けてくれたんですか?」
再び首肯。
「ミノタウロスは?」
私はミノタウロスがいたところを指し示す。そこには既にミノタウロスの姿はなく、遺品である魔石だけが転がっていた。
「……本当にごめんなさい」
そして私は頭を下げて彼に謝罪する。
「待ってくれ……ください、どういう事ですか?どうしてあなたが謝るんですか?」
「あのミノタウロスは我々ロキ・ファミリアが遠征からの帰還途中に遭遇したもの」
「そうだったんですか……」
「それが戦っている最中に突然一斉に逃げ出してここまで上がってきてしまった」
「そんなことがあるんですね」
「私たちにとっても不測の事態。慌てて追撃に当たってほとんどは倒したのだけれど、最後の一体を探している最中だった」
「つまりその最後の一体がさっきボクが戦っていたミノタウロスで、ボクが殺されそうになっているところを発見して助けてくれた……という訳ですか?」
「そう。本当にごめんなさい。私たちのミスであなたに大怪我をさせてしまった」
「謝る必要はありません。もとはと言えばボクが勝手に挑んで勝手に負けただけなので、あなたに謝ってもらう必要はありません。むしろ、治療までしていただきありがとうございます」
「しかし……」
彼は勘違いしているが、私は彼がミノタウロスと戦っている最中からその場に居合わせていた。にもかかわらず私は自分の都合で彼が死にそうになるまで助けるのが遅れてしまった。本当なら彼は私を責める権利がある。
「それでも気が済まないなら謝罪を受け取ります。あなたの謝罪を以て、ボクの被った被害は不問にすると約束します。では、ボクはこれで」
しかし、彼は早々にそう言い残して立ち去ってしまったため、私は結局それを言い出すことはできなかった。
引き留めるべきだと思ったが、その時の私は驚愕のあまりそれどころではなかった。
「どうして……傷は……?」
ポーションで治療したとはいえあれはあくまで応急処置だ。本来なら、彼は自力で歩くのも難しいはずなのだが、そんな様子は欠片も見せずに歩き去っていってしまった。
失敗した。
本当はまだ言うべきことや言わなければならないことがあったのだが、彼に伝えることができなかった。
後日言おうにも、私は彼の名前すら聞いていない。
一体彼は何者なのか、私は終ぞ知らないままだ。
あの心に秘めた強い意志の力についても個人的に話したいこともあったのだが名前すら聞けなかったとは大失敗だ。
「おーいアイズ、残りの奴もうお前が仕留めたのか?」
そう内心頭を抱えていると、ベートの呼ぶ声が聞こえた。
仕方がない。このことは団長たちにも話してどうするか聞いてみよう。
その後私は仲間と合流し、無事外へ帰還した。
あれから、私の脳裏にはミノタウロスと相討ちになった瞬間の彼の姿が鮮明に焼き付いている。
結局、彼の強さがどういうものなのかよく分からなかった。
それでもいつか、私も彼のような強い意志を持ちたい。
それができれば、私はさらに強くなれる。
私はもっと強くなりたい。
そのために必要な何かを、彼は持っているような気がする。
また……会えないかな。
どうも、零崎です。
あ”ーアイズのキャラがイマイチつかめないィィィィィ!
何となく口数が多い方じゃない事くらいしか分からん……。
口調とかどんなこと考えるのかとか全然分からない…。
今回の話に違和感を持った方々、コレアイズっぽく無くね?と思われても広い心でお許しください。ホントすみません。筆者がアイズのキャラをあんまりつかめてないせいです。
基本無口な子は頭ン中じゃ色々考えてるって神に―様が言ってた。
だからモノローグ多めにしてみたけれど漂うコレジャナイ感……。
うーん紐神様とか分かり易いんだけどなぁ…。