カタナ、閃く   作:金枝篇

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序章:私が皆に出会った日
カタナ


 七耀歴1204年8月31日。

 エレボニア帝国東端・ガレリア要塞。

 物語は此処から始まる。

 

 剣の音がする。機械と剣が噛み合う音が聞こえる。緑色の装甲板へと飛ばされた刃が、機動兵器の内部に浸透し火花を走らせていく。

 

 『弧影斬』。

 背後からリィンが放った衝撃が、相手の速度を狂わせた隙をついて。

 私は、駆ける。

 

 手首を捻り、その動きで収納されていた幾つもの刃を引き出して、指の間に挟む。

 東方で使われる忍装束が一つ、導力制御式の棒手裏剣を八本。纏めて相手に投擲。

 羽虫のように大きく曲線を描き、それは機動兵器『ゼフィランサス』の背後へと回り込む。

 

 「サ、サラ教官――!」

 「良い具合に合わせるじゃない!」

 

 こっちに飛ぶ言葉と同時に、動きは止めない。

 一撃一撃が軽い私に出来ることは、ただ速度と手数を持って相手を翻弄することだけ。

 巨大な機動兵器を倒す方法は古今東西、急所を狙うと相場が決まっている!

 

 連続して直撃した場所は背中の歯車。

 巨大な時計のように回転するその動きを止めようと、八つの棘が食い込み。

 一瞬でその馬力の前に粉砕される……!

 

 「あ、あれ、た、高かったのにぃ……!」

 

 お財布に多大なダメージを与えた投擲武器が砕けてゴミになったのを見送る。

 だがそうも言っていられない。今は緊急時。今は何よりも帝国の威信が掛かった一大決戦時だ。クロスベルで行われている通商会議を狙ったテロリストの攻撃を防いでいる。

 

 それを阻止する為には手元の武器になんか構っていられない!

 今頃は列車砲の向こう側でも同じように友人達が奮戦している。だから私は此処で引かずに立ち向かう。向こうが此方を「何とかしてくれる」と思っているならば、それに答えたいのが、人というものだ。

 

 「後で必要経費請求してやんなさい! そんくらいの報酬は出るわ、よっ!!」

 

 刹那だけの涙目に教官サラ・バレスタインが答えて、銃を抜き放った。

 私の稼いだその一瞬で十分だ。回転が僅かに止まった瞬間、歯車の隙間を縫い、完璧に放たれた紫電の『鳴神』が機械内部に直撃し回路を燃やす。大きな煙が内部から吹き上がると同時、足の無い巨体のバランスが崩れ、微かに傾いた。

 

 ――揺らいだ!

 

 同時ARCUSが輝いた。戦場に居た皆に繋がる感覚。私の見ている視界が他人に渡される感覚。本来ならば見えない位置。見えない場所。それがリンク先に伝わる。最初は新鮮だったこれにももう慣れた。むしろ――これが嬉しかった。

 こうやって誰かと一緒に戦えることが、私は嬉しかった!

 

 「任せろっ!」

 

 揺らいだ瞬間、サラ教官とリンクしていたラウラが動く。

 地を砕くような踏み込みと共に、視界を覆うような刃が横に見える。身の丈以上の大剣が迫ってくる。青い髪と剣がまるで大波のように動き、ゼフィランセスにその慣性を乗せて重量が叩きこまれていく!

 『鉄砕刃』だ。

 体幹に衝撃を受け、斜めに傾いだ機動兵器の足元を、私は速度をそのままに駆け抜けた。

 

 ラウラにナイスと後ろ指で親指を立て、ゼフィランセスの足元を抜けた私は、そのままの勢いで飛び上がった。潜り抜ける瞬間、胴体の部分にワイヤーロープをひっかける。崖への落下防止柵を足場に、私は思い切り空中に飛んだ。

 

 一瞬、静止する世界。

 僅かな時間が永遠に感じられるような体感時間。

 逆さまになった世界。足元に空。地上に見えるⅦ組。

 反対側では同じように戦っている仲間が居るだろう。

 

 「……あは――」

 

 自然と口に笑みが浮かぶ。こんな風に笑えるようになったのは皆のお陰だ。

 だから私は、たとえ私が何者であっても、今は此処で全力を尽くそう。

 

 倒れこみかけている『ゼフィランサス』へ、斬撃が連続で叩き込まれた。

 ラウラと入れ替わりに前に出たリィンとユーシスが呼吸のあった斬撃を連続して浴びせていく。

 片方が振り下ろすと片方は下から上に振り抜き、ユーシスが横薙ぎに剣を振るうとリィンは身を屈めて互いの軌道を邪魔しない。その背後では、詠唱を続けていた委員長が、杖を掲げていた。

 

 「聳え立て、大いなる巨塔――!」

 

 時間が戻った。俯瞰が消え、一瞬の判断を要求される戦場へと意識が戻る。

 

 私は即座、引っかけたワイヤーを全力で引っ張る。

 空中にあった自分の体を制御し、強制的に地面へと着地する。

 

 アラートの響く音。敵AIが悲鳴を上げている。赤く点滅した頭部。その上に私は着地し、勢いを殺すことなく更に転がる。これで、地面から奴を経由し、足元から続くワイヤーは胴体を一周した形になった。

 私の最後の仕事は、手元の、もう一つの先端部を地面に打ち込む事だ。

 

 フィーと一緒に、クルーガー先輩……いや、シャロンさんから、あれこれ教わっていた甲斐があった!

 苦無(くない)に結んだワイヤーを地面の鉄格子に引っ掛け楔とし、機動兵器を固定する。暴れるが逃げ場はない。逃がす気も毛頭ない。束ねて半端な鉄材よりも頑丈になった鋼線は、ゼフィランセスが暴れても解けることはなかった……!

 

 「っし、い、良いよ! や、やって委員長!」

 

 私が離れたのと同時に、委員長の止めが――炸裂する。

 

 「『ロード・アルベリオン』!!」

 

 巨大な幻影の塔が地面から湧き出る景色を見た。

 それらがゼフィランサスを取り囲み、唯一の逃げ場たる天から、巨大な光が降り注いでいく。

 

 ――そして一際大きな光の炸裂が、この戦闘の終わりを告げていた。

 

 ――その後、列車砲起動を目論んでいたテロ集団『帝国解放戦線』との対決は、幹部こそ取り逃がしたものの全ての作戦を私達が阻止することに成功となる。

 同時期にクロスベルで発生していた彼らによる襲撃も、帝国/共和国がそれぞれ互いに手配した戦力が中心となって無事に解決となった。

 

 鉄血宰相やオリヴァルト殿下、リベールのクローディア皇太女や、レミフェリアのバルトロメウス大公を始めとする各国要人は全て無事。……クロスベル戦力が役に立たなかった、というのが帝国内部での意見。ディーター大統領のクロスベル独立宣言は流言扱いとされ、帝国と周辺諸国の関係は、今まで以上に不穏な摩擦を生じていく事となる。

 

 これは、そんな戦乱の足音が近いゼムリア大陸において――

 ――私と、私が出会った人々との、掛け替えのない思い出と、絆のお話だ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 七耀暦1204年、3月31日。

 

 『――トリスタ、トリスタへと到着しました。1分の停車の後、この列車は公都バリアハートへと出発いたします。お忘れ物の無いようご注意ください』

 

 放送案内と共に列車の扉が開く。

 ぞろぞろと降りてくる老若男女。少しばかり若い青少年達の比率が多く見受けられていて――中には荷物をしっかりと抱えた学生もいるようで、そうした姿は駅員や近隣の人に手伝ってもらって道を聞きながら、えっちらおっちらと進んでいく。

 

 トリスタの町は長閑な場所だ。昼間は賑やかでも夜は静か。帝都近郊の町という事もあり、決して大きくは無いが、店構えや施設に不自由はしない。そして同時に都会の喧騒もそこまで大きくはない。贅沢でもなければ質素でもない。そんな街だ。

 町には『士官学校』が置かれている。健やかに子供を育てるのに最適だと、うんと昔の皇帝が選んだ場所だった。おかげで寂びる事はない。教職員や生徒、業者などで利用する人々はそれなりに多いのだ。そうした乗客も駅から消えて、そろそろ列車の扉も閉まっていざ帝都へ

 ――となる時に。

 

 「ぁ、ご、ごめんなさい、お、おります……!」

 

 微妙に“ほけっ”とした気の抜けるような声で、どもりながら列車から降りる少女が1人。

 出発の準備をしていた駅員に「気を付けてね」と送り出され、質の良いトランクを手に駅から飛び出した少女は――。

 

 「ああ、空が……蒼いって、良いなぁ……」

 

 薫風の中で、雲一つない空を見上げた。

 

 少女――つまり私の名は「カタナ」という。

 本当はもっと長くて面倒且つややこしい名前があるのだが、一々名乗ると非常に長ったらしいのでここでは略して「カタナ」だ。自分でも発音しにくいような変な名前より、そっちの方がずっと楽である。

 列車から降りて大きく伸びると、柔らかな花の香りが鼻に触れた。思わず欠伸をしたくなるような陽気の中――というか列車の中ではあまりの快適さに寝入ってしまい、うっかり降り損ねそうになったのが――赤い制服に身を包んだ私だった。

 

 「確か、ライノ……だったっけ……」

 

 エレボニア帝国の春の花なのだよ、と教わった。確かに写真で見たライノの花が町のあちこちに咲いている。桃色の花が揺れる中、幾人もの少年少女たちが揃って坂を上り、その向こうにある学校へと吸い込まれていく。

 春模様とはこういう事を言うのだろう。風と陽は優しく、道行く人々は誰もが新しい季節を歓迎している。私も今からあの中へと足を踏み入れるのだ。信じられない事に。

 なるほど。中々に過ごし易そうな街だ。今まで毎年、同じように学院に入学する子供を歓迎し、卒業していく生徒を見送ってきたのだろう。町の人々の目線は皆暖かい。

 

 「……とは、いう、けど……同じ色の人が……居ない」

 

 ひょっとして赤に見えているのは唯の錯覚でこれは緑に変色するのかしら、とか思ったがそんなことはない。二色しかない周囲を見て、少し戸惑った。

 

 『士官学校』ことトールズ士官学院は、歴史の中で帝国の逸材を輩出してきた。高名な政治家、優秀な軍人、辣腕を振るう文官、あるいは名を後世に伝える優れた教育者や芸術家などなど。

 名前を挙げればあの人もこの人もトールズ出身だよ、と言えるくらいには幅広く歴史が長く続いている名門校だ。

 エレボニア帝国は皇帝を頂点に貴族を地方領主として配置する領邦制度を取っている。大なり小なり貴族は領土を持っている。そしてそれ以上に国に住む平民は多い。そんな帝国文化をガチガチに受けた結果、階級によって制服の色が違うとは聞いていた。

 

 比率で言えば貴族/平民の生徒数には大差がない(というか貴族の方が少ない事もある)のだが、やはり貴族生徒の方が『偉い』らしく、貴族は白の制服。対して平民は緑の制服が支給される。入学が決まったと同時に直々に寸法を測った奴が送られてくるのだ。

 無論入学の倍率は平民の方が過酷である。列車の中で見た生徒は、どの人も自分よりは頭が良さそうだった。

 過去の背景的に、身分はそれなりに複雑な立場だ。だから自分がどっちの色でも、それはあまり気にしないつもりだったのだが……。

 

 「なんだけど……赤、赤かぁ。……あいつは『行けば分かるよ』とスカした笑顔だったけど――分かんないじゃん……」

 

 学院入学を手配をした「保護者(アイツ)」に、頭の中で、無言で顔面パンチを入れた。

 スウェーバックで回避された。しょうがないので悪態を付きながら、歩き始める。

 

 赤は嫌いではない。むしろ好きだ。青に映える色だからとても好きだ。

 でも学校で「浮く」となると複雑である。

 

 カタナ自身、色々なければ一生縁がないだろうと思っていた場所だ。仕事でジェニス王立学園(リベール王国にあるこれまた名門校だ)に足を踏み入れ、少しばかりの()()をしたことはあるが――本気で生徒になって学業を学ぶなど、心変わりと偶然が重ならなければ、それこそ微塵も想像できない出生と経験と成長過程がある。

 希望したとはいえ、まさか本当に許可が下りるとは思ってなかった。

 

 オリヴァルト皇子、懐が大きすぎる。

 確かに彼とは知人だ。だからコネはあった。あったのだがコネだけでごり押しできるほど、この学院は甘くない。まして私は過去には色々やらかした人間だ。

 果て、あの「保護者(アイツ)」は、何を取引材料にしたのやら……。

 

 今日の駅で生徒の数が多いのもその筈。今日3月31日は入学式なのである。

 しかし周囲の生徒は、拵えこそ同じだが色が違う。ひょっとして嫌がらせか? などと考えて、革貼りのトランク(レミフェリア製の頑丈な奴だ)を手に、のんびりと歩いていく。幸い列車の到着時間は早めに見積もっていた。学校までの道も聞いたし、ここは誰か生徒を観察してみるべきか――と考えて、とりあえず商店が並ぶ中にある、憩いの休憩スペースのベンチに腰を下ろす。

 

 「そ、空が蒼いなぁ……皆は元気かなぁ……あ、あいつはほっつき歩いてて……エステル達は遊撃士街道を真っすぐ邁進中……、……私は、学生。……学生、かぁ」

 

 両足を投げ出して、太ももが覗くのも気にせず、彼女はほけーっと空を見る。

 聞くも苦労、語るも苦労の様々な経験があって此処に彼女は居る。それは『女神(エイドス)』の加護であるか、はたまた運命の悪戯なのかは兎も角――。

 

 「なんか……なかったっけな……確か貰い物で……」

 

 ――ここは平和だ。ならばその平和は謳歌しなければ損であると答えが出た。

 

 何か難しいことを考えても私の頭では立派な答えは出ない。

 自分の中にある『嫌な感情』は一先ず見ない事にして、ごそごそとトランクと一緒に持ってきた布鞄を漁ることにした。

 口寂しくなった。やがてカタナは指先程の包み紙をいくつか取り出し、それを開けて口に放り込んだ。微かな柑橘系の匂いと共に口の中に溶け出す甘み。

 飴を舐めながら、少女は再び空を見上げる。

 

 『意外とボケボケですわね、貴方は』――以前、そう言われた友人達(仮)の話の通りだ。

 

 何も考えずに、目の前の事だけを機械的に処理する事は得意だ。

 逆に手元にやることが無いと、何をして良いのか分からないタイプでもあった。

 そして警戒心なく寝転んでいたり呆けている態度があまり少女らしく見えないのだろう。全く発育が良くない体付きもあって、昔は男っぽく見られたこともある。地面に届くほどの長い髪と、女子用制服がなければ、今でもそう思われていたかもしれない。

 

 「丁寧な口調をするのも……疲れるし……。友達、友達は……『作るのは難しくないよ』と言われたけど難しいし」

 

 正直、私はコミュ力に自信がないんだぞ?

 スッピンでは特にそうだ。会話の頭はどもるし、気を抜くと鬱モードに入るし。

 演技で良いなら幾らでも出来るが、学校で演技をしてもしょうがないと思う。

 社交性を捨てる気はないが、上手く交流できるかは、凄く、不安だ。

 

 「……ああでも一緒に勉強したり特訓してきた奴らを思えばあれが友達か……うん、あれが友達って言えば友達……かなあ……? うーん……それで良いなら……なんか出来そうな気がしてきた? 取り繕う必要とかないもんね。――うんできそう。私。いや出来る、出来」

 「ねえ」

 「るうおう!?」

 

 自分に言い聞かせて居たら、声を掛けられた。

 慌てて顔を前に向けると、そこには少女が居た。銀色の髪をした、赤い制服の少女だ。

 目鼻立ちは整っていて、ほんの少しだけ()()()()()がする。

 どもりつつも少女を確認し、どうやら衣装は間違いではなかったらしいと安心する。

 

 「あ、赤? 赤! よかった……ぁ……わ、私以外にも、赤い制服の人が」

 「それより」

 「居たん……は、はい、なんですか?」

 

 こちらの安堵をさらりと無視して、彼女は話を遮り、少し険のある目を向ける。

 

 小柄な少女だ。カタナ自身決して体格はよくないし、むしろ華奢な方で背も低い。友人達の中では一番小柄で、スタイルも悪かった。まあ背中から尻、踵までの、足腰ラインだけはそこそこ綺麗な自信はあるが――下手をするとこの目の前の少女、ひょっとして自分よりも小さくはないだろうか……? 世の中には小さい娘の方が好きという性癖の人間がいるらしいが、そういう輩がいたらドストライクな感じがする。

 銀の髪が可愛らしく、黄色の瞳が少しだけ細められて――。

 

 「どこかで会ったことある?」

 「……い、いえ、わ、私は無いと思います、が……」

 

 そう質問をされたので、素直にそう返した。

 記憶を探っても、この目の前の少女に邂逅したことはない。似たような気配――というか雰囲気というのか――漠然とした()()()()()こそ、言われてみれば覚えがある。だが心当たりは全くない。仮に本当にどこかで出会っていたとしても、カタナが覚えていないという事は……あんまり良い記憶でもないことは確かだろう。

 

 自然と、私も、観察する目になった。

 

 足運びは音と気配が少ない、猫にも似たしなやかな動き。恒常的に体を――それも過酷な環境で動かしている人間でなければ出来ない、専門的な歩き方だ。

 修羅場を潜ってきたのではないか、と第六感が告げる。

 それを読み取った私の目線に対して、彼女もそれを認識したらしい。

 ほんの微かに――少女の眼が再び動き――カタナの両腰を見て『獲物』があることを確認したらしい彼女は――。

 

 「……じゃ、いいや。私も気のせいだと思う」

 

 すわ、何か言われるのかと思って身構えたカタナをガン無視し、そのまま近くのベンチに横になるとすぐに寝入ってしまった。

 すやすやと体を少し丸めて寝る姿は、それこそ本当に猫みたいだ。

 赤い制服も、銀の髪に、とても色が映えていて……。

 そこで、はっとした。

 

 「って、ね、寝ないで……! 寝ないで! お、お願いだから! あ、赤い制服の娘に会ったの初めてなの! せめて、こ、この服の事とか事情を聞かせて……! 出会った事がないなら今が出会いってことで、良いから……!」

 

 この制服について何かを尋ねようとしていたのをすっかり忘れていた。

 まあ結局、少女は何をどう言っても起きてくれることはなかった。

 「あ、飴あげるよ?」と囁いた瞬間に微かに動いたが、結局、その誘惑も跳ねのけられてしまったのだ。がっくしと肩を落として、諦めて素直にトールズに足を向けようとして――。

 ――今度は駅から出てきた黒髪の少年にぶつかることになった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「いや、ごめんごめん。他所を向いてたんだ」

 「こ、こちらこそ、ありがとう、ございます。トランクの中身、回収してくれて」

 

 黒髪の少年、リィン・シュバルツァーもまた、赤い制服を着た生徒だった。

 腰には東方の太刀が駆けられ、いかにも真面目そうで凛々しい男の子だ。

 

 タイミングという奴だろうか。丁度、ぼけっとしている間に次の列車が到着していて、リィンとわちゃわちゃしている時にも男子が2人ほど学院へ向かっていった。眼鏡の青年と小柄な少年、2人とも赤い制服だった。確認してみたらリィンも、駅前で同じ赤い服を着た生徒と遭遇したらしい。

 

 彼もまた空を見ていたら、背後から来ていたその生徒(少女だったそうな)に気付かず、ぶつかってしまったのだという。その少女に謝って歩きだし、花の香りに誘われて少しだけ足を止めたところに、今度はカタナが突っ込んでしまったのだ。オマケにトランクケースの中身も散乱してしまった。

 慌てて荷物を片付け、入学式に遅刻しては不味いと手早く行動を再開し、二人して学校へ向かう坂道を上っている最中である。

 

 「え、ぇえと、シ、シュバルツァー……様? で、あってる?」

 

 私は頭に詰め込んだテキストから知識を引っ張り出す。

 確かそんな名前の貴族が居たと思う。記憶が確かなら、歴史は古く皇帝陛下との付き合いもあるが、領土そのものは大きくなく、辺境の地を代々静かに守っている……そんな感じだ。

 その記憶は的中していたようで、彼は少しだけ頷きにくそうな顔で頷いた後、だけど、と続けた。貴族みたいに扱われるのは、好きじゃないんだ、と。

 赤の服装の色は階級ではないらしい。そして貴族でもこういう人はいるらしい。

 

 「リィンと呼んでくれて構わない」

 「そ、そう? ――それじゃあ遠慮なく。ええと、リィンさん、で」

 

 頭の中に描いていた「貴族」のイメージを刷新しながら、坂道を上る。

 リィンの出身は、ノルティア州のユミル。帝国を大きく四分割した時の北にある州。その州の更に北方にある雪深い場所の出身で温泉が有名なんだ、とか。

 

 「ご、ごめんね、私、帝国の地理は基本だけ、なんだ。言われて分かった、かな」

 「そうなのか。出身は聞いても?」

 「うん。……ど、こになるんだろう? わ、私も良く実感が薄いんだよね。 一応、戸籍は帝国なんだけど、親?……の放浪癖が酷くて、ね……。て、帝国のあちこちだけじゃなくて、リベールとか、共和国とか、レミフェリアとかまで足を運んだ事もあるけど、ちゃんと逗留するのは、教わった場所、以外では、此処が初めてかもしれない」

 

 いや本当、あの「保護者(アイツ)」と『家庭教師』には色々教わったが、しかし長逗留は少なかった。

 

 足げく通った日曜学校みたいな場所はあるにはあるが、あれ故郷と呼ぶのは違う気がする。

 故郷と呼べる場所は、今の私にはない。

 

 最初は緊張をしていた会話だったけど、話している内に気分が解れてきた。案外、そんなに気張る必要もなかったということなのかもしれない。私と彼は話しながら住宅地と教会を抜け、更に進む。話題は結構ぽんぽんと出た。

 

 ベンチで出会った小柄な少女は入学式には間に合うんだろうかとか。

 七耀教会から出てきた大柄な青年も赤い服だったよ、とか。

 あと腰の太刀は随分な逸品だけど彼自身も結構な使い手なの? とか。

 

 「そ、その腰の奴。『(カタナ)』――良い、武器だね。見ればわかる。うんと、丁寧に使われてて、最初から鍛錬が刻まれてる感じがある。リィンさん、実は結構な腕前?」

 「まだまだ修行中の身だけれどな。エカターニャさんは」

 「カ、カタナでいいよ。その名前、呼びにくいでしょ」

 「じゃあ。ええと、カタナ……も割と隙が無いんだな。目敏いし」

 

 ……今回に出会う人は誰も彼も、ちゃんと見破れるタイプの人らしい。

 さっきの少女もリィンも、どっちも気付いている。

 私の脇腹に真っすぐ収納されている『獲物』に。

 

 「まあ……わ、私も似たようなものだよ。でも、リィンさんの『八葉一刀流』とかじゃない、我流も我流の技で……確かに基礎だけ、教わった部分も、あるけど。基本だけだし」

 

 彼が少し興味深そうになったので、ちょっと嬉しくなった私は、両手を交差させるように脇下に添えた。そのまま真っすぐ引き抜く。

 

 刀。この東方から伝わる武器には幾つか種類がある。

 リィンが持っているのは長刀。いわゆる反りを突けて刀身をカミソリのように研いだものだ。動く時に「引く」ことで相手を斬るのが大体の使い方になる。

 

 導力の発展やセピスの応用もあって、単純な「武器」の性質は色んな意味で向上した。

 力を込めて、いわゆる『両手剣』のように扱っても、早々折れたり曲がったりしなくなった。骨や肉で止まらず切れ味が鈍らなかったり、突きや峰での攻撃をしても歪まなかったり。

 新しい戦術や剣術は最近どんどんと増えている。それでも一定の『型』があるというのは良い事だ。基礎がしっかりしていれば幾らでも応用は進化していく。

 

 一方の私の獲物は、短い。

 

 「小太刀か。脇差とかにも使われる短い刃の武器だな。それが――」

 「うん、二つ、だね。わ、私は二刀流なのです」

 

 リィンの獲物の、大体6割から8割。私の掌から肘くらいまでの長さ。反りはない。それが私の獲物だ。

 短いのでこうして脇腹から腰にかけて収納できる上に、ある程度の地力がないと「武器を携帯している」事が見破れない。間合いこそ短いから単純に「斬る」には不便な部分があるが、それはそれ。色々な方法で補っている。

 具体的な方法は内緒だ。乙女の秘密はいざという時にしか解禁しないのである。

 

 「小太刀二刀流は……聞いたことないな」

 「あ、あっても困るかな……。私のはちゃんぽん剣術だし、何とか必要に応じてやりくりして此処までになっただけだって。……私は、それよりも『八葉一刀流』の担い手が居る方に驚いたかなぁ。ユ、ユン・カーファイ氏は世界中を放浪してあれこれ薫陶を授けているらしいとは、耳にしたことがあったけど……」

 

 聞いたことがない、というだけで私にすまなそうな顔をするあたり、根が真面目なのだろう。

 気遣いもできる上に顔立ちは間違いなく良い。更に言えば家柄も良い。はっきり言ってモテそうだと思う。間違いなく良い男だ。あるいは良い男になる素質がある。

 

 さておき、『八葉一刀流』と言えば、数こそ少ないが非常に有名な流派である。

 というか使い手が有名すぎるといった方が正しいか。

 つまるところ非凡な才能の持ち主しか取得できないようなタイプの教えなのである……と私は解釈している。

 

 リベールの英雄カシウス・ブライトとその弟子の皆さんとか。

 クロスベル最強にして準S級遊撃士《風の剣聖》アリオス・マクレインとか。

 しかしまさか、帝国にまで旅をしていたとは……《剣仙》おそるべし。

 

 「ああ、昔運よく出会う事が出来てね……」

 「そ、そりゃあまた……、才能あったんだねぇリィン」

 

 なんとなく語りにくそうな雰囲気を感じたので、同意をするだけにしておいた。

 私もあまり人を詮索するのが、得意ではない。

 

 人間、誰しも、善かれ悪かれ苦境というものは存在するのだ。

 それは他人と比較できるものではないし、好き勝手に言うことでもないのである。

 

 ……開示出来る時になれば開示すれば良い。それまで待てばいい。

 それが無いなら、そこまでの関係って事。

 ――他人を信じてみなさい。

 ……私が教わった、人間関係のコツの1つだ。

 

 勿論、世の中には色んな人がいる。そしてそういう人の中には、躊躇なく無遠慮に踏み込んで、不快にさせない才能を持っている奴は確かにいる。踏み込んだことで相手を簡単に救う天性の娘みたいな奴は確かにいる。……具体的にはリベールとかに。あの太陽娘め!

 

 でも私はそうではない。

 不器用で、コミュ障で、口下手で、色んな意味であんまり綺麗じゃ無いただの小娘。

 外見は取り繕えても、内側は誰だって汚れている部分がある。

 だから遠慮と躊躇が生まれる。自分でも、自覚している。

 なので、出来る範囲で、会話をしていく。

 

 「ところでそれ重くないのか? さっき片付けた時に見えた限りじゃあ、かなり色々入ってたようだけど。写真とか本とか衣類以外にも別に送ってもよかったんじゃないか?」

 「ん、ま、まあ重いと言えば重いけど、どれも持ってきたかった道具だしね。それに大物は運送会社に頼んでるよ。後日には届くかな。そういうリィンさんは逆に軽装すぎない?」

 

 身の回りの物と武器こそあれど、ぱっと見た限りでは荷物は少なそうだった。こちらで購入する品があるにせよ、郵送で送ってもらうにせよ、もう少し大荷物の人間が大半だ。

 実際駅から此処までを見た限り、平民生徒は荷物を抱えているし、貴族生徒は逆に「運んでもらって」いる。

 

 「そうかな。必要な物だけは持ってきたつもりだけど」

 「ま、あ男の子は女の子よりずっと気軽なのは、確かだよね。うん」

 

 言いつつ私は『リィンも持ってきたのか』と彼が見せたオーブメントを確認した。

 

 持ち物の中に、制服と一緒にあったのが、この赤いカバーの新型の『戦術導力器(オーブメント)』だった。

 世の中は技術の進歩が著しい。特に進歩が激しいのはクオーツを使った導力技術だ。一昔前、エプスタイン博士というそれは優秀な人物が、古代遺物(アーティファクト)を解析し、この力を広めたという。

 私が生まれるより前の話である。

 

 それから日進月歩の速度でどんどんとオーブメントは発展した。生活を便利にし、エネルギー源になり、インフラに入り込み、大型機械を動かし、空を飛べるようになり、攻撃兵器にもなった。

 クロスベルや帝国でも、超遠距離通信の実用化も実験中だとか。

 

 でもこの戦術オーブメントは初眼だった。

 放浪が多い経歴故、あれこれと最新式が出回るのは掴んでいる。

 これは――いわゆる「第五世代」であろうか?

 

 (まあ……物は使い方次第……便利ってことで……)

 「それにしても何に使うんだ?あの変わったナイフとか縄とか」

 「え? ああ、あれは――。……趣味?みたいな?」

 「どんな趣味だ」

 「……と、登山とか?」

 

 不思議そうな顔で困惑するリィンに私は語る。

 書籍とか写真とか武器のメンテ道具とか。大事な物、必要不可欠な物以外にも何かと入用があるのである。

 真面目に雑貨屋で買えば? という中身もあったりするのだが、使い慣れた装備品を使うのが一番便利で安全、安心だ。

 そういうものでしょ? と問いかけると彼もそうだなと納得してくれた。趣味に関してはまだ意味を把握しきっていないようだが――詮索されたら隠し切れない気がする。

 

 「ところで水色と黄緑色ならどっちだと思う?」

 「? そんな色あったk――」

 

 私の問いかけにリィンは、一瞬固まって、油の切れたゴーレムのようにギギギと動いてこっちを見た。何故か微妙に冷や汗をかいているようにも見える。

 

 まあ、その、意図的に言ったんだけど。ごめんね、リィンさん。

 

 片付けた荷物の中には衣類も多々あったのだ。これは不可抗力だった。リィンは何も悪くない。そして私も別に特段気にしていない。

 女っ気が無いとはよく言われる。

 それに別に私は、見られて恥ずかしい身体をしているつもりも無いのである。

 男が見たがる身体付きじゃないし。……泣いてないもん。

 

 「じょ、冗談、だよ。て、手伝ってくれた人にそんなこと言うわけないでしょ。それに私は、こう見えても――えーと――誠実な人間は見て分かるように出来てるからさ。 むしろ、ごめんね、少しだけからかってみたくなっちゃったんだ」

 「……ああ、うん、その」

 「あ、謝んないでって。今の私が悪い。むしろ申し訳ないよ」

 

 何回も繰り返したら、リィンはそうかと頷いてくれた。

 持ち物に関しては何とか誤魔化せただろうか。

 

 そう言えば、と思い出す。

 根が真面目な男子、というのは私の周囲には殆どいなかった。

 「保護者(アイツ)」はマシな方だが、マシであるのは仕事だけで、それ以外は基本的にダメ人間である。

 それは「保護者(アイツ)」の周りの大人も同じだ。男は基本的にダメ人間が多くて、彼らは()()()ちゃんと大人をしてくれるし、自分なりの生き方を見せてくれたのだが、如何せん子供の私にはちょいと距離があるのだ。

 

 年上の女性からはあれこれ教わったが、その女性陣も微妙にずれていた気がする。

 仕事が忙しくてあっちにこっちにフラフラしていたから、私への教育は『家庭教師』ばかり。

 「保護者(アイツ)」との会話も数えられる。最後に話したのは何か月前だったっけ、という感じだ。

 

 (こういう同年代の人間と過ごさせることが、狙いだったのかもしれない?)

 

 などと心の中で評価を上げたり下げたりしながら坂道を上る。

 ……この坂結構長いな。手前から見ればすぐ登れそうな感じがあったのだけど、いざ歩くと地図よりずっと過酷かもしれない。

 

 やっと到着した学院の入り口では、同じように赤い拵えの少女――大剣を振るいそうな長い髪の武人風美女――が、老執事からトランクケースを受け取って進んでいった。お嬢様、ご武運をお祈りしております、という声が聞こえる。

 だが私はそれよりも――。

 

 

 校舎に、圧倒されていた。

 

 

 いや、特段に豪華であるというわけではない。

 金のかかり具合なら貴族様の家やら屋敷やらの方がずっと上だろう。

 機能美としての美しさはあるが、無駄に金がかかっているわけでは断じてない。

 

 長い歴史というだけあって、古びている部分はある。丁寧に補修されたり交換されている壁やガラス。漆喰や塗料で着色されて時代遅れとも感じない。落ち着いた風情と表現をすれば間違いではない。でもこれだって歴史的建造物を見た経験からすれば、そんなでもない。

 

 圧倒されたのは、空気に――そして、学校が持つパワーに、だった。

 

 ジェニス王立学園に少しだけ顔を見せたことはあるといったが、それは仕事でのことだ。体験入学として滞在したわけですらない。普通の学園生活はごく僅かで、それもこんな良い天気の日に、歓迎するような形でのスタートではなかったのである。

 だから、圧倒された。

 

 歓迎するような、学生達が前に進むような、活力ある強いパワーに。

 人生の道先を決めるような、まるで礎を築かせるような育てる生命力のような「何か」に。

 とても――羨ましく思ったのだと、思う。

 

 「よき日和でございますな」

 

 呆然としている私がはっと意識を取り戻すと、そこでは先ほどの老執事が優雅に一礼している。

 慌てて、お返しをする。

 

 「この度はご入学、誠におめでとうございます」

 「い、えいえ、こちらこそ。ご丁寧にありがとうございます」

 

 かくして私は、トールズ士官学院へと足を踏み入れる。

 多くの物を積み重ね、色々な事を学び、成長していく学び舎に。

 

 私の名前は、カタナ。

 唯の道具だった、世間知らずのダメ娘。

 

 これはそんな私が、一本の「刀」になるまでの、お話。

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