カタナ、閃く   作:金枝篇

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陽だまりの蛇

 ベリルにしてみれば、私は白紙に落ちた墨のような物らしい。

 だが話は理解した。彼女は判断に困り、ならばいっそ仲良くなってしまえと私に声をかけた。

 

 「うふふ、貴方達のクラスは興味深いわ。世界への干渉と言う意味では、きっと黒髪の――リィンだったかしら。彼の与える影響は、私にも見通せないくらいに大きい。だけどカタナさん、貴方も相当よ」

 「よ、呼び捨てで、大丈夫です」

 

 リィンにも色々ありそうだけどとか話していたけど、頭の片隅にでも置いておく。

 私だってコミュ力がお世辞にも高いとは言えない。フィーとは違った意味でベリルにはコミュ的な問題が――主に怪しいという意味で――あったが、悪気はなかったし。

 何より……不安でも声をかけてくれたのが嬉しかったのだ。

 そういう事ならば、頷こう。

 

 「それじゃあ、よろしく、お願いします」

 

 かくして私は『オカルト研究部』に所属することになったのである。

 ……ところでオカルト研究部って、どんな活動をするんだろうか。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 とりあえず入部届を書き込んだが、さてこれを何処に持っていけば良いのだろうか。

 

 「うふふ、この部屋のすぐ隣……というか、廊下に出てすぐ右側の突き当り、扉の向こうに生徒会室があるわ。持っていけば手続き終了よ」

 

 学院における雑務は凡そ生徒会室で処理されており、各学生のクラブ活動に関しても同様。

 届け出をベリルに渡してベリルが生徒会に届ける……というのは二度手間だ。

 折角ならばその生徒会室、覗きに行ってみよう。

 

 「はい、鍵はかかって居ないからどうぞお入りくださいー」

 

 軽くノックをすると返って来たのは、聞き覚えがある声だった。

 ……声で思い出した。失礼します、と一言告げて入ると、そこに居たのは小柄で茶髪の少女だ。

 入学式前に校門で出会ったトワ・ハーシェル会長だ。

 向こうも私の事は覚えていたようで、いらっしゃいと歓迎をしてくれる。笑顔でこちらを見て素敵な笑顔を見せてくれた。でもその間にも動く手元のペンの速度は早く、止まらない。

 流石は名門校の生徒会長。衣服が緑――つまり平民階級であるのに会長をしているという事は、それだけ優れた手腕と支持率を持っているという事に他ならない。

 

 「確かカタナさんだったよね。なにかな? 生徒会は何でも相談に乗るよ!」

 

 質問の仕方も嫌味じゃない。これは……リィンとは違った意味でカリスマ性がある。

 思わず手を貸したくなるような人望を、その少しの言葉だけで私は感じ取った。

 同時に『ああ、やっぱりこの会長でも私のフルネームを言うのは大変なんだろうな』と改めて理解した。なんでこんな面倒な名前なんだろうね。謎だ。

 

 用件を伝えるまでの間に、次から次へと生徒会のメンバーらしい生徒達がやって来て指示を仰ぎ、あれこれ書類を裁き、時には生徒会室から退室していく。全員が学園中に出ていき、人の波が途切れるまで待って、私は入部届を提出した。

 

 「わざわざ届けてくれたんだね、どうも有難う!」

 

 そう満面の笑みで言われてしまうと私としては調子が狂う。

 『いやそんなに感謝されなくても!』と、人付き合いが得意ではない私は身構えてしまうのだ。完全にトワ会長が善意の塊でやっているから、余計に自分の中で色々と感じるものがある。

 

 「い、いえ、忙しい所にお邪魔してしまったようで……」

 「ううん。そんなことないよー。まだ今年は始まったばかり。生徒からの要望とかの数は少ないし、大抵の仕事は今年の生徒会が始まる前に準備してあったんだ。だからそんなに忙しくもないんだよ。――ええと、カタナさんは『オカルト研究部』だね。承―認っと」

 

 会長さんはすっと目を通すと頷いて判子を押し、壁際のファイル(多分クラブ活動について纏めているものだろう)に手を伸ばしてそこに収納――しようとする。

 こうしてみるとトワ会長、私と大して体格は変わらない。だけど項に揺れているポニーテイルといい、良く見れば華奢で柔らかそうな体つきと良い『可愛い人』なんだなあと思う。

 

 さてそんなトワ会長、ファイルに手を伸ばしていた。

 思い切り背伸びをしていたが、目的の物は届きそうにない。

 見れば棚の一番上に一つだけ色違いのファイルがある。

 周囲を伺うと、同じ背表紙のファイルはトワ会長が届く位置にあった。

 

 その一つだけ動かされていたのだ。

 なんでそんなに高い場所にあるんだろうか。

 普通もっと手の届く場所にしまっておくのではないか。

 

 疑問はあるが、一先ず、近くにあった椅子を足場に差し出す。

 しかしそれでも届くかは怪しい状態。必死に背を伸ばす中、彼女は。

 

 「アンちゃんの悪戯だね……! もう、私のこういう姿をみたくてやったみたい……!」

 「あ、ええと、じゃあ。椅子、抑えてますので……」

 

 椅子を足場に立ち上がって背を伸ばした。

 爪先立ちになって、ようやっと指先がクラブ管理ファイルに指が届く。

 そのアンちゃんとやらが誰なのかは知らないが、多分トワ会長の知り合いであろう女性は、こういう彼女の頑張る姿が見たくてついやってしまったという事だろう。

 会長は『意地悪』と言っていたが、椅子を使い、彼女より背が高い誰かに頼めばすぐ届く。

 間の悪い事にさっきまで仕事をしていた生徒会のメンバーの皆さんは、それぞれ仕事があるからとトワ会長の号令で学院各地に散ってしまっている。普段なら誰かに頼むのだろうが、ここにいるのは私だけ。手伝うしかあるまい。

 ……あるいは、そのアンちゃん“が”会長“を”手伝いたくて仕込んだのかもしれないが!

 

 「も、もうちょっと……!」

 

 背伸びをするトワ会長。椅子の脚を踏んで必死に支える私。

 会長の指先がファイルに届く。背表紙に指が引っかかり、そのまま引き出す。

 届いた! と思った瞬間に会長の身体がぐらっとバランスを崩した。しかも後ろに。

 

 (あ、やば、い……!)

 

 思った時には遅かった。

 前に倒れればせめて棚が支えになるものを、後ろに倒れては頭を打ちかねない!

 やば、と私は手を伸ばす、一瞬だけ支える――が、私自身の体重が大した事もなく、腕力も無く、今まで使ってた補助導力器はそう言えばまだリンク出来てないんだったんだ使えねえ!

 オマケに会長と一緒に脚を置いていた椅子も倒れこんでしまい、ああ不味い不味いこれは私と会長が一緒に地面に転がるパターンだな……!

 と予想したところで――。

 

 「二人とも危ない!」

 

 これまた聞き覚えがある声が、風のように感じられた。

 一瞬後、バサバサという音と、生徒会室の床に盛大に散らばるファイルと資料、そして椅子。

 しかして私達は無事。その間に聞こえたのは扉が開く音と、絨毯を踏む足音。

 ――そしてトスッという私達を受け止めた音。

 はて……この自分たちを支える腕はなんだろうか?

 

 「……つつ、大丈夫……か、いや。大丈夫ですか?」

 

 ふむ、何やら暖かい。どうやら誰かの胸板に頬を押し付ける形で、私達は支えられてるらしい。

 私の後ろにはトワ会長が重なっている。

 二人分を、逞しい腕と体で支えていたのは――そのまま視線を上に向けて確認すると、我らがクラスの重心、リィンの心配そうな顔が、そこにはあった。

 至近距離で目線があって、ちょっと鼓動が跳ねる。

 

 「わわ、どうもごめんね! ありがとう、えっと……リィン君!」

 「いえ。怪我が無いようで何よりです。……カタナも」

 「……リ、リィンさんは毎回女の子を抱きしめる癖でも?」

 

 オリエンテーリングでのアリサを思い出しそう告げると、彼は慌てて私達から離れた。

 顔の頬が赤くなっていないのがちょっと悲しい。紳士的である。

 打算があればもっと嫌味を言えるのだが、打算無く礼儀正しいから私は反応が難しい。

 

 「ダメだよカタナさん、そういう風にからかっちゃ。リィン君は折角親切で助けてくれたんだからね?……ね??」

 「いや、咄嗟だったとはいえあんな形になってしまったのは俺にも責任があるんで……」

 「わ、分かってます」

 

 言葉の選び方には気を付けよう。

 トワ会長の笑顔に、私は素直にごめんなさいをした。

 

 「ごめんなさい。こういう時なんて言えば良いのか、あんまり、分からなくて」

 

 私は自分のコミュニケーション能力に難がある事を自覚している。

 咄嗟の事となると、如何せん元の育ちがアレなもので、何を言えば良いのか分からないのだ。

 当たり前の様に気を遣えて、当たり前の様に嫌味にも皮肉にもならない言葉遣いが羨ましい。

 さっきのリィンは格好良かった。素直に頭を下げる。会長はよろしい、と頷いた。

 

 「身体が動いたんだ……。あのままだと机の角にぶつかる角度だったから……」

 「ううん、私こそ。と、とても助かった……潰れなくてよかった」

 「カタナちゃん。それは私が重いってことかなー?」

 

 勿論そんなことある筈が無い。でも潰れそうだったのは本当である。

 私は元々膂力がある方ではない。その辺りを、髪を結わえている補助導力器で補っているのだが――実をいうと、あれはまだ上手く繋がっていない。入学から三週間経過しても未だに、只の髪留めなのだ。

 ARCUSという新型だからか、同調させるのが結構大変なのである。

 これが旧型ならとっくに同調して、倒れた瞬間にトワ会長を颯爽と救出を出来ていたのだが。

 

 いや本当、これは言いたい。

 毎回毎回、戦術導力器の新型をすぐ開発するのは、クオーツの互換的にもどうなのだ?

 

 そういやエステルも『旧式の導力器でアーツ連発する凄腕の遊撃士に逢って事件を解決したんだ』って話をしていたし《審判の指輪》事件の記録にも書かれていた。

 枯れた技術の水平思考ってやつだ。

 やっぱりいきなり『全部切り替え』とか無理がある。

 

 「凄い量ですね……、会長、大変じゃないんですか?」

 「あはは、今カタナさんにも同じこと言われたよ。ありがとう、でも学院の皆の力になれるなら、このくらいはへっちゃらかな」

 「げ、元気、ですね。尊敬します、はい」

 「こらこら、ダメだよ一年生―。入って来たばかりでそんな顔してちゃ。この先、もっと大変なんだから。もっと大変で楽しいんだからね?」

 

 ほんの僅かに私より背の高いトワ会長は、私の鼻先を人差し指でちょんとつついて笑顔だった。

 どことなく気恥ずかしいのもあって、きょろきょろと周囲を見回して、リィンの背中に隠れる。

 エステルもそうだけど、こんなに明るい人を相手にしてると眩しくて死んじゃう。

 

 「すいません、どうも彼女は、余りまだ打ち解けて無いようで……」

 「うーん、緊張してるんだと思うよ。いつでも歓迎するから、肩の力を抜いてね。さて、それじゃあ片付けしよっか」

 「そうですね。とにかく二人とも怪我も無くて良かった……。片付け手伝います。俺の用事はその後で良いですから」

 「て、手伝い、ます」

 

 ささっと隠れて腕の隙間から覗いて、同意した。

 見た目こそ細くとも、しっかりと鍛えている腕にちょっとキュンと来たのは秘密である。

 

 さて、床に散らばった紙の束を整理しつつ話を聞くと、どうやらリィンはリィンで生徒会に用事があるようだ。私達女子が部活どうする? と会話をしていた裏で、サラ教官から頼まれごとをしていたらしい。

 

 どうやら『学生手帳』を取りに来たようだった。

 中にはARCUSの説明なんかも記載されているとのこと。

 なるほど、と私は先ほど中断した導力機器に関する想いを思い出す。

 

 ARCUSは便利だ。間違いなく便利で優秀だ。

 ただちょっと不満なところはある。

 

 リベールで使っていたみたいにライン解放によるアーツ操作が出来ない、という点だ。

 個人個人にカスタマイズしてあるオーブメントに、自分なりのクオーツ組み合わせを考えるのは楽しかった。

 しかしARCUSはといえば、戦術リンク機能を優先したからか、ライン解放は飽くまで『魔力の増幅機能』を上げるだけ。アーツも『アーツが刻まれたクオーツ』をセットする形。

 

 従来と違い『このクオーツとこのクオーツを組み合わせることで新しいアーツを!』という奴が出来ないのである。

 

 導力器には中心にマスタークオーツを嵌め込む穴が開いており、それ以外に6つまでスロットが作られている。今まではこのスロットの長さを、個々人に合わせてカスタマイズしたものを各自が使用していた。

 しかし今のARCUSは、前述の通りの仕組み。

 『ライン関係ないじゃん、全員が全部放射状でも同じじゃん』と私は心の中で思っている。

 

 そんな風に規格更新がどんどん進むので、リベールからこっち、ずっと使ってきた武器やら装備品やらと相性が悪いのも当然だった。なるべく早めに対処しないと不味い。

 

 「へえ、エリオットは吹奏楽部で、ガイウスは美術部なんだ」

 「ああ。それで二人は部活に向かったからな、一先ず手が空いてた俺がお使いに来たんだ。途中でなんか変な先輩に50ミラ硬貨を持ってかれたりしたんだけど……」

 

 床の資料を整理していると、道中であったことをリィンも語ってくれた。

 相変わらずマキアスはユーシスと張り合って図書館に入れないままだとか、入口で変な先輩に出会ってカモられたとか。後者の話をした時、トワ会長は複雑そうな顔をして、小さく、クロウ君……と呆れたように呟いていた。その先輩、知り合いなのかもしれない。

 

 途中で校内に散っていた生徒会のメンバーも戻って来て一斉に片付けを手伝ってくれたため、あっという間に床は綺麗になった。ありがとうと会長は笑顔を向ける。

 ……この会長、本当に優しい人だな……!

 

 「うん、これで全部だね。さて、それでリィン君の用事は、サラ教官からの頼まれごとだったよね。……よいしょ、はい、どうぞ。人数分あると思うから確認してね。一番上のがリィン君だよ」

 

 会長机の横に置かれていた段ボールの中には、10冊の手帳だった。

 リィンに箱ごと手渡して、内容について話をしてくれる。

 

 「君達《Ⅶ組》はちょっとカリキュラムが他クラスと違ってて……戦術オーブメントの説明とかも載ってるんだけど、君たちのは特注品だから。他の一年生の子は今までのレイアウトで良かったんだけど、かなり操作説明とか違うから時間掛かっちゃったんだ」

 

 なるほど。考えてみればARCUSを配布されていない他クラスの生徒の皆は、通常規格――リベールやらで普及しているエプスタイン財団の規格で言えば、第四世代――に準ずる型を持っている。

 

 ……あれ? という事は待てよ? ひょっとして……?

 私の頭の中に、一瞬、何か応用が出来そうな考えが浮かびかける。

 それが明白な形になるより先に、目の前に学生手帳が差し出された。

 

 リィンは学生手帳を受け取って、渡してくれていたのだ。

 どうやら手帳内部のレイアウトとか説明もトワ会長がやってくれたらしい。

 普通そういうのはサラ教官か、それが無理なら専門家(それこそジョルジュ先輩でも良い)がやるのではないかと思ったが……彼ら彼女らの協力を経て会長が形にしたと解釈しておこう。

 そうじゃないなら、会長、良い人過ぎて恐縮する。

 リィンも同じことを思っていたらしい。

 

 「えっと、それじゃあ皆に手帳を配ればいいんですね」

 「……う、ん、リィン。どうする? 女子の分とか、私が手伝っても良いけど」

 「いや、これは俺が頼まれたことだし良いよ。それにカタナ、部活に入ったんだろ?」

 「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて。お願いします」

 

 綺麗で頑丈な手帳だ。校章が表紙に印刷され、ARCUSの説明以外にも色々と細かく記載されている。

 日記を書く頁や、生物、料理、書籍資料などを纏めるページもあるらしい。よほど丁寧に小さな字を書かないとスペースが足りなさそうなのが難点だが、使い勝手は良さそうだ。

 とりあえず私の用事は済んだ。ベリルの元に戻って『オカルト研究部』がどんな活動をするのかとか其の辺をきちんと確認することにしよう。

 

 「でもリィン君達にも一年生なのに感心しちゃうな。生徒会で処理しきれないお仕事を手伝ってくれるんでしょ? 『特科クラスの名に相応しい生徒として自らを高めよう』――って皆、張り切ってるから仕事を回してあげてってサラ教官が」

 「「はい?」」

 

 私とリィンは揃って頭に疑問符を浮かべて返してしまった。

 ……さっきサラ教官がトワ会長を手伝ってレイアウトを作ったのではと推測したな。

 訂正しよう。あの人、多分本当に丸投げしたんじゃないだろうか。しかも勝手に外堀を埋めているし……。しかもトワ会長から直接そんな話を聞いてしまえば、断る事など出来はしまい。

 

 結局、リィンが会長を手伝うことを了承し、その場はお開きとなった。

 仕事は第三学生寮の郵便受けに入れてくれるらしい。

 『依頼』や『要望』を受け、それを解決する。なるほど『遊撃士(ブレイサー)』の仕事だなと思った。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 さて無事に所属記入用紙を提出して戻ると、ベリルは机の上に水晶を置いていた。

 私が覗き込んでも、ただの透明なガラス玉にしか見えない。

 彼女には何かが見えているようで、小さく微笑んでいた。怖い。

 

 「あら、お帰りなさい。その様子だとリィン・シュバルツァーと接触でもしてきたかしら?」

 「……か、顔に出てた?」

 「いいえ。見えただけよ。貴方と彼の関係もなんか興味深いわね」

 

 気になる単語を言われたが、その、なんだ、困るぞ。

 リィンは確かに格好良いと思うけど……。

 ベリルは『そういう意味では無いのだけどね』と小さく呟いて、着席するように促した。

 すっと机の上に紅茶が出て来たので、頂いた。

 舌鼓を打ちながら、気になっていた質問をする。

 

 「……と、ところで」

 「ええ、何かしら」

 「オ、オカルト部って何をするところ……? まさか一日中互いに占いをしてるだけで終わる訳じゃないよね……?」

 「うふふ、大丈夫、考えてあるわ」

 

 とりあえず、入部はしたが、これからの活動に関しては知らないでいる。

 肝心のベリルも、具体的にどんな活動をするのかを語ってはいなかった。

 というかそもそも、如何なる経緯で設立の許可を得たのだろう? 現状、言っては悪いが、ただの趣味の集まりにしかならないぞ。それで良いのか?

 

 「私一人なら占いカウンセリングだけで結果を出せたのだけど。貴方を勧誘した以上、色々と幅を広げようと思ってね。そこで」

 「そこで?」

 「ラジオ放送の枠を借りてきたわ」

 「はっ?」

 

 唐突な発言に私は思わず呆けた声を上げた。

 

 部活動には当然ながら、活動実績という物がある。

 例えば10月に行われる学園祭で成果を発表することがそれだ。

 美術部や写真部の個展、吹奏楽部の演奏会等、此処を一区切りとして活動している部活も多い。

 

 では、そうした「成果」を形として実感しにくい活動、例えば運動部系ではどうするか。

 部活によって差はあるらしいが、活動記録をレポートとして提出する、というのは多いそうだ。

 

 馬術部なんかは活動プラン――つまり朝から夕方までの予定(どこまで遠出するかなど)を提出し、活動後に反省点や成長点、また馬の状態、生態や異常がないかなどを記録して提出する。

 釣り部なら釣果と水生環境を纏めれば良いし、園芸部は観察日記を付けると共に植物の植生や効能も調べてレポートにする。水泳部では泳いだ距離、時間、タイムなどを提出するという形だ。

 

 ベリルはいかなる手腕を発揮したのか、オカルト部ではそうした「成果の発表場所」として『ラジオ放送』の枠を確保してきたのである。

 ベリルは同学年だから、入学してから今日までで手筈を整えたという意味だ。

 ……私を勧誘するよりも早く動いていたという事だよな?

 ちょっと凄すぎませんかね、貴方。

 

 「うふふ、答えが見えている問題なら、解決手段は幾らでも」

 

 ベリルはささっと資料を取り出して私に見せてくれる。

 

 「トリスタ放送局……、町の、西トリスタ街道に出るちょっと手前くらいに新しく放送局があるわ。そこで毎日、色んな放送をするんだけど……、その枠を、1枠。一月に一回、使って色々と発表します。勿論、きちんとした内容を」

 「い、いや、きちんとした内容って……私達、素人なんだけど。公営放送を借りて……しかも学芸会レベルじゃなくて、きちんと『聞ける』内容じゃないといけないんだけど……良いの!?」

 

 思わずどもった私だが、無理もないと理解してほしい。

 素人の娯楽でやる小さな通信なら兎も角、話を聞く感じ、トリスタの放送局は小さくともきちんとした放送局だ。つまりプロだ。

 そんな現場に、士官学院生とはいえ素人が口を突っ込んで良いのか?

 ベリルは大丈夫よ、と怪しく微笑んだ。

 

 「最近は番組編成に何かと苦労している部分もあったようだから……士官学院とのタイアップという事で枠を取れたわ……。ほら、これはヴァンダイク学院長とトワ会長の承認書。こっちは放送局との正式な受諾書類……。勿論コピーしたのを関連各所には通達済み……ふふふ、貴方が部活に入ってくれると言った時には、既に私は動いていたのよ……」

 

 本当お前は何者なんだよ。

 エマが《魔女》なのは知っているが、ベリルの正体は全然全く皆目見当もつかないぞ。

 ……まあ、そんな彼女でも、友達になりましょう、と言ってくれたから、良いんだけど。

 さておき、本気で放送をするとなると色々と大変ではないだろうか。

 

 「わ、私、トークとか苦手だよ……?」

 「そうね、私も得意ではないわ。……ラジオ放送は声だけの放送、だから演技力が必要になるのは事実。でも逆に……演技力が無くても大丈夫な放送もある……。……オカルト話とか」

 「えーと、つまり」

 

 言葉を反芻して、理解した。なるほど。

 段々とオカルト研究部の活動と繋がって来た。

 

 「つまり……怪談?」

 「ふふ、そういうこと。尤も怪談だけだとホラーになってしまうから、ミステリアスや、空想科学的な話も加えるけれど……。ふふ、ネタには困らないわ」

 

 話を更に纏めるとこういう事だ。

 私とベリルで月1回のペースでトリスタ放送局の中で、ラジオ放送――この場合は「朗読会」に近いのだろう――をする。ネタはベリルと私で準備する。

 尚、ベリルの中には既に大体のネタが出来上がっていて、文章も文芸部にお願いして起こしているとか。

 

 内容はオカルティックな物。ホラー(怪談)話、奇妙な話、少しメルヘンな感じの話等々。

 何れも参考資料を明記し、版権問題などは放送前にクリアした上で行う。

 放送局と士官学院が協賛してくれているから許可を取るのも難しくない。

 

 情報番組ではなく、完全な『娯楽』なのだが、導入部分と結末だけ予め用意したナレーションとBGMを使えば、後は「静かに、丁寧に、淡々と」読めば雰囲気が出る……との事。

 いや、そうは言っても私は素人なのだが――。

 ベリル曰く『貴方の声は十分、朗読に向いているわ』との事である。

 

 「うふふ、だって貴方の声、怖いもの。民謡とか童謡を歌うだけで多分他人を呪えるわ」

 「そ、それ、褒め言葉……?」

 「褒め言葉よ」

 

 ベリルの顔は真面目だった。

 

 「そ、それに私、今もそうだけど、よく、ど、どもるし」

 「カタナのそれは、自信の無さの表れでしょう? 他人との交流が不安で後ろ向きなだけよ」

 

 指摘の通りである。

 演技をすれば、こんな話し方は隠すことができる。

 《蛇》時代の様に、それこそ淡々と、任務のことだけを口にする機械にもなれる。

 でも私は、それが嫌なのだ。

 そこから脱却したから、私はこうして、探り探りの態度なのだ。

 

 「どうしても嫌なら良いけど、私はお勧めするわ。貴方を苦しめたい訳じゃないし、恩着せがましいこともしたくない。カタナの意見を聞かせてくれれば良いわ。答えも今とは言わない」

 

 そしてベリルのお勧めは、今まで外れたことが無いらしい。

 時間的な猶予を貰えるなら、幸い、明日は自由行動日だし、考えさせて貰おう。

 

 「で、でもこの活動って、オカルト部っていうより放送部……?」

 「勿論、他にもやるわ。放送が大体一時間くらいの枠なのだけど、その中の30分くらいが『朗読会』。残った30分の中、始めと終わりと間のコマーシャルが10分くらいで、残り20分。この20分はリスナーさんから貰ったオカルト話を紹介したり、「調べてほしい」という要望に応えたりするわ……。とりあえず、私の方で下準備はしてあるの。今日明日と、貴方も一緒に、読み合わせとかしてくれないかしら?」

 

 と幾つかのノートを渡される。綺麗な字で、読みやすく書かれている。

 ベリル凄いなと感心しながら私は頷き。

 

 「…………」

 

 そして、停止した。

 

 「こ、この、ジェニス王立学園の白い幽霊の話って――どこで、手に入れたの?」

 

 ベリルはうふふと笑って答えなかった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 (なんというか、やっぱり子供っぽいよなぁ)

 

 ついうっかり『弐の型』で使われる足さばきを使い、倒れこみかけていたトワ会長とカタナを救助したリィンだったが、カタナの言葉は、ちょっとばかり返事に困る言い方だった。

 

 ――……リ、リィンさんは毎回女の子を抱きしめる癖でも?

 

 悪気はなかったのだろう。素直に謝っていたことからも、伺える。

 咄嗟に照れ隠しで言ってしまったのではない。

 その場で言うべき『適切な言葉』が良く分からず、ついつい……という感じだ。

 感情表現で言えばフィーの方が素っ気ない。

 カタナはちょっとばかり……純粋培養過ぎる気がする。

 

 「リィン君、どうしたの? さっきの事を気にしてる?」

 「あ、いえ、そういう訳では。ただ、周囲の女の子達への接し方が難しいなと」

 「そう? リィン君は十分考えてると思うけど……カタナさん以外にも何かあるのかな。話してくれるなら相談に乗るよ?」

 

 純粋に『頼っていいよ』オーラを発しているトワ会長だった。

 少し考えた末、何かと接触することが多い、隣の席の少女――アリサの話に触れる。

 最初はふむふむと聞いていた会長だったが、やがて納得したように頷いて。

 

 「うん、リィン君。それは私が助言することじゃないかなー、多分すぐに解決すると思うよ。それにヒントは、さっきのカタナさんへの理解がそう。答えはもう出てるからね」

 

 笑顔でそう言われてしまうと、リィンとしては返事のしようがない。

 『頑張ってみます』と無難な答えを言うしかなかった。

 

 さて、それからトワ会長の話をあれこれ詳しく聞き、そのまま夕食を一緒にする事となった。

 しかも《Ⅶ組》発足のお祝いと奢ってもらう運びである。

 リィンとしては幾ら先輩とはいえ、食事の代金くらいは自分で出そうといったのだが、そこは流石生徒会長。笑顔と理屈で押し切られてしまった。どこかで精算せねばなるまい。

 『学生会館』を出た時にはもう日が沈んでいる。

 そんな中、ARCUSが鳴った。

 

 『はぁいグーテンターク。我が愛しの教え子よ♡ その様子だと無事仕事は終わったみたいね?』

 

 どうにもご機嫌な様子のサラ・バレスタインからであった。

 ちょっとだけ溜息が出そうになるが、我慢。

 

 「その愛しの教え子を騙した口で何を言うんですかサラ教官。あと今の時間で言うならグーテンタークじゃありません。グーテンナハト、もしくはグーテンアーベントです。……どんなつもりなんですか? トワ会長に勝手に俺達が生徒会活動を手伝うと話を通しておくなんて」

 『詳しくは言えないけど来週のカリキュラムにも関係がある事なのよ。誰か一人にそのリハーサルをやって貰おうと思ってね。貴方達は評価が上がる。生徒会の仕事は片付く。オマケに私は貸しを作れる。一石三鳥じゃない?』

 「……まあ趣旨は分かりました。明日の自由行動日に生徒会を手伝えば良いんですね?」

 

 何か部活動をするにも、これと言うものが無かったリィンだ。確かに時間は空いている。

 リィンの返事に、満足そうな息を返したサラ・バレスタインは、彼に笑いながら話す。

 

 リィンは重心である。

 中心ではなく重心。

 『全員をまとめ上げる』のではなく『全員に結び付く事が出来る』のである……と。

 貴族と平民、留学生に謎の生徒、数多くある『特徴』に繋がる事が出来るから、と。

 

 その言葉に、リィンは何も言い返せなかった。貴族の家柄を持ち、しかし養子であって正当なる嫡子ではない。そんな、悪い言い方をすれば半端なリィンに()()()と理由を付けられた。

 

 『言い換えれば「どの方向も向ける」ことが出来る存在。だから貴方を選んだのだ』と。

 

 彼自身の中に、家柄を恥じるつもりは毛頭ない。むしろ申し訳なさの方が強いくらいだ。

 だけど其れはメリットだと教官は言い当てて、背中を押した。

 ――もう少し気楽に色々やってみなさい。そうすれば見えてくるものもあるでしょう、と。

 

 飛び込んでみるのも大事よ? という言葉は、流石は年長者というべきか。

 背後で時折聞こえるビールを飲む音が、言葉の合間合間に挟まっていて、有難みは若干薄かったが……、同時に少しばかり感謝をした。

 

 『良いのよ、可愛い生徒の為だもの。それに人の悩み相談はこれでも得意技なのよ?』

 「カタナが言ってましたよ。まるで『遊撃士』みたいだって」

 『あらそう? そうね、帝国では馴染みが薄いかもしれないけど確かにそう――――っ!?』

 

 その時。教官の言葉が止まった。

 電話越しにでもはっきり分かる程に、彼女は息を飲んで、言葉を切った。

 

 「……? 教官、何かありましたか?」

 『え? あ、いいえ。何でもないわ。少し考え事をしただけよ。それじゃ学生手帳お願いねリィン。私は私で別の仕事してるからアトよろしく!』

 

 リィンがより詳しいことを尋ねるよりも早く、サラ教官はそのまま通話を切ってしまった。プライベートに関わることならば踏み込んで尋ねる事なぞ出来ないし。……加えて役者が違う。仮にリィンが質問をしても話題を逸らされて終わりだ。

 

 しかし気になった。一体自分の発言の中の「何」に、彼女は反応をしたのだろう?

 

 一番可能性が高いのは「遊撃士」という単語だ。エレボニア帝国では何年か前を契機に「遊撃士」の活動は縮小され殆ど残ってない。サラ教官が仮に関係する人物であったとして、そこで何か驚くような事――あるいは言葉を飲み込むような問題でもあったのだろうか?

 

 「……考えても仕方が無いか。とりあえず学生手帳、全員に渡さないと」

 

 リィンはその後、他全員に学生手帳を配り、日ごろの鍛錬を済ませて床に就く。

 

 寝る前に、念のため訪問した時の、サラ・バレスタインの表情と態度は、何時もと変わらないままだった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 だが、それは、間違いである。

 

 壁に轟音が響いた。

 通信を切ったサラが、そのまま拳を壁に叩き付けたのだ。

 

 「…………!!」

 

 その表情には、普段の飄々とした態度とは真逆の、激情が見え隠れしている。

 ドン! という音が、女子寮の中に響く。

 『何かあったのですか?』と隣室のエマがノックと共に質問をしてきたが、酔っ払ってうっかり頭をぶつけたと誤魔化しておいた。大丈夫ですか?という言葉に「大丈夫よー」と返したが。

 

 ……大丈夫でもなければ、頭を痛めてもいない。

 燃えるように冴えている。

 

 普段はぐーたらでも最年少A級遊撃士の実力は伊達ではない。

 その頭脳は一瞬で過去の記憶を取り戻し、収納されていた景色を脳裏に浮かび上がらせる。

 

 ――どこかで出会ったことがある気がする。

 

 カタナ。本名をエカターニャ・ニュムラティカ・アルビー。

 ミドルネームこそ珍妙というか個性的というかだが、ともあれアルビーという怪しい男爵家に属する少女。

 

 小柄でぼーっとした雰囲気の、少しばかり世間知らずだが、周囲と交流を取るべく頑張っている娘。

 あの少女と「どこかで出会っている気がする」。

 あのオリエンテーションの時、フィーにはそう告げた。

 

 それは間違いでは無かった。

 

 ――ああ、そうだ。

 

 間違いない。気のせいや勘違い、既視感ではなく、確固たる事実だ。

 

 ――何故だ。何故、今まで忘れていたというの……!?

 

 口元を手で押さえ、必死に声を押し殺しながら彼女は部屋を徘徊する。

 

 ……いや、違う。

 『忘れていた』のではない。

 誤魔化されていた。あるいは隠されていた。

 もっと言えば『忘れるよう暗示を受けていた』だ。

 

 そして「どこかで会った」記憶を「まあ良いか」で済ませる様に刷り込まれても居た。

 えらく性質(タチ)が悪い業。

 ……そうだ、連中はそういう所業をする奴らだった。

 

 しかし今、確かに思い出している。

 

 『あの時』。

 ほんの僅かな邂逅とはいえ、そしてすぐ様に別の奴に変わったとはいえ。

 サラを相手に時間稼ぎをしてのけた。

 

 『あの時』。

 サラはカタナに出会っていた。

 いや、もっとはっきり言えば――あの時、確かにサラは。

 

 ()()()()()()()()()

 

 「生徒からの単語で頭ん中がすっきりするとか私もとんだ間抜けね。さては何かの単語かタイミング、もしくはそれらの複合が鍵になってたのかしらね? ……思い出した。ええ、思い出しましたとも……!」

 

 爪を噛みながら考察する。当たらずとも遠からず。

 あるいは()()()()()()()()()()の印象が強すぎて迷彩になっていた部分もあるだろう。

 

 ……『あの時』の「彼女()」とは何もかもが違った。

 毒っ気がない。その通りだ。あまりにも毒気がなくて、本当に別人にすら思える。

 小さな意識改革で姿勢と表情が変わり、たった三日で男子が刮目して見る程に変化するように。

 

 リィンの言葉によって、一時的に曖昧だった記憶が、鮮明になった。

 記憶の中の姿と、生徒としての姿が重なった。顔も声も武器も同じで、態度だけが違う。

 その「態度」が余りにも、過去の記憶とは異なっていたからこそ

 ――サラは今まで、漠然とした感覚だけで許容していた。

 

 見ないふりをしていたのではない。

 同じ人間には思えなかったのだ。

 生まれ変わったように、印象全てが別人だった。

 

 だが改めて記憶を探れば分かる。

 余りにも全てが一致していた。

 違うのは唯一、その生き方――心の在り方だけ。

 おそらく写真を撮って並べれば同一人物だと分かったのだろう。

 

 だが人の態度や表情は、渡す側も、受け取る側も、その時の精神状態で大きく変わる。

 第一印象が強烈ならば猶更だ。

 

 自分が遊撃士だった頃のこと。

 そんな自分が今の環境に移動する理由になったこと。

 それらを繋ぎ合わせるピース。

 受けていた暗示が一瞬で消えて、頭の中で情報が重なっていく。

 

 ――『あの時』。

 ――『帝国遊撃士協会支部連続襲撃事件』と称される、一連の事件の中。

 ――ノーザンブリアからの帰還を“妨害”してのけた者がいる。

 

 多くを言う必要などない。

 間違いない。確信を持って言える。

 

 「途中で《死線》に交代するまでの時間稼ぎ……!」

 

 リィンの第一印象の通り。そしてベリルが揶揄した通り。

 

 少女カタナは、紛れもない《蛇》なのである。

 その二つの(小太刀)と、その牙から注ぐ猛毒で、獲物を噛み殺す《身喰らう蛇(ウロボロス)》。

 

 嘗てのフィーと対峙の様に、《猟兵》を相手に、仕事として何回か交戦した形ではない。

 《氷の乙女(アイス・メイデン)》の様に、帝国での遊撃士協会再建を手酷く妨害されたのではない。

 もっと明白に、サラの脅威だった。

 彼女は――仲間の命を、屠っていたのだから。

 

 「…………」

 

 銃へと延びる手を意思の力で抑え込む。

 彼女の様子を、見なければならない。即殺する程、頭は火照っていない。

 

 「……《特別実習》を、待ちましょう」

 

 だが、過酷な壁を前にして、彼女がもしも嘗ての牙を見せるのならば。

 もしも過去と同じ真似をするならば――オリヴァルト皇子に約束をしたように――『サラの手で対処をする』羽目になるだろう。

 眼付を鋭く、静かに考えるサラの周囲に、知らず、微かに仄暗い陰りが纏わりつく。

 

 「……? ……今、誰か近くに居たかしら?」

 

 ふと意識を冷静に戻す。

 室内には何の気配もなく、あるとすれば微かに、苛立った自分の中に疲労感があるだけだ。

 

 「……ま、良いわ。取り合えず冷静に見極める。そうしましょう」

 

 如何なる強い意志を持つ者でも、負の感情を抱けば、その瞬間に隙が生まれる。

 その一瞬。

 彼女が、カタナへの殺意を抱いた瞬間。

 

 『帝国の闇』が。

 サラの周囲にあった、微かな闇が、確かに彼女の中に入り込む。

 

 

 この日、小さな種子が、サラ・バレスタインの中に植え込まれた。

 

 

 だがその事実に気づいた者は、サラ自身を含め、誰もいな――。

 

 ―――――――――。

 

 ――――――。

 

 うふふ。

 




Q:50ミラの先輩。
A:旧校舎の一件で、ちょっとタイミングが前倒しに。

Q:おや、サラ教官の様子が……?
A:即座に発芽しないのが、余計に性質が悪い。

Q:カタナの所業。
A:彼女はその手で人を殺めている。これは絶対の事実であり、覆せない過去である。
残念ながら『偵察や攪乱だけだったのでセーフ』にはならない。


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