カタナ、閃く   作:金枝篇

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縮まる距離、縮まらない距離

 旧校舎の地下が一種のダンジョンになっているのは、教職員でも周知の事実だったらしい。

 通常の魔獣(ドローメとかね)と違い、石像(ガーゴイル)などは、伝承にしか居ない『魔物』に近い。しかも倒しても暫くすれば復活して元に戻ってしまう性質まで持っている。

 故に、定期的な生徒達の訓練に使用されている――ミノスデーモン退治後に聞いた話だ。

 とはいえ、やはりあの『追加鎧』のような事態は、今までに報告されていないとのこと。

 前回の変化に合わせ、地下の大規模な拡大が、ヴァンダイク学院長の依頼理由だった。

 

 「あ、あの二足歩行の……毛むくじゃら? は、簡単に倒せたから、それは、良いんだけど」

 「構造が変わってるなんて不思議としか言いようがないよね……。学院の方でも調べてみるって話をしていたけど、今後もお願いされるみたいだし。確かに興味はあるけど、ちょっと不安……」

 「そ、そんなに心配しないでも、大丈夫だと思うけど。エリオットも、案外冷静だったじゃん」

 「ああ。オリエンテーリングの時よりはずっと落ち着いていた」

 

 ガイウスも頷く。敵は雑魚だったが収穫は多かった。

 エリオットが戦闘で冷静に観察できるようになったのもそうだ。

 後、今回の一件で、私はリィンとエリオットとガイウスを名前で呼べるようになった。

 これは私にしてはかなりの前進である。やったぜ。

 

 「むしろ俺はカタナとフィーの動きに驚いた。あの時より冷静に対応していたが、目で追うのがやっとだったからな」

 「そ、れは、まあ得意不得意、ってことで。一つよろしく」

 

 視線を切る、この場合は意図的に視線を誘導する『技術』を言う。決して戦技(クラフト)ではない。

 右から左へとボールが投げられた時、普通の人間はボールの行く先が、直進方向か、もしくは曲線を描いて落下する方向だと判断する。ところがそちらを見てもボールが無かったら『何処に行った?』と混乱する。これを自力で再現するといえば分かりやすいか。

 人間の視界は、左右には強いが、上下には弱い(だから首が上下に動くのだが、それでも頭頂部は死角に近い)。右に向かうと見せて上に跳んだり、下と見せかけて左に跳んだり。要するに相手の視線を誘導して、誘導した結果、生み出された『空白』に位置を取る。この繰り返し。

 基本の動きだ。

 ある程度の閉鎖されて障害がある空間でなければ使えない技だし。

 相手が目に頼らない感覚器官でこちらを補足しているなら無意味だし。

 そもそも達人クラスになると目を瞑ってても気配とか風の動きだけで『当ててくる』。

 だから基礎基本の技術で、この上に応用がある。フィーやサラ教官(二年前の時点)だって使える。知ってる限りで一番得意なのがクルーガーさんで、次がヨシュアさんである。

 (因みに夜間等、視覚情報に最初から制限がかかる環境だと、ヨシュアさんが上回る)。

 簡潔に、理論だけを説明して、エリオットとガイウスがふむふむと頷いている横。

 

 「汚れて戻って来たと思ったら、そんな事をしていたのか、お前達は」

 

 ユーシス・アルバレアは、普段通りの態度で紅茶を飲んでいた。

 片手には文庫本。呆れた様子だが、その態度も絵になる。

 彼が合流したというよりは、彼が一人飲んでいた場所に私達がやって来たという方が正しい。

 

 ここは食事処《キルシェ》の一角。

 依頼を済ませた私と男子達は一緒に夕食を囲んでいた。

 前から気になってたけど、ボース市の居酒屋にも同じ名前なかったっけ?

 『サクランボ』を意味する名前だから、ただの偶然だろうけど。

 

 「い、言ってもそんなに汚れてるかな。埃っぽいのは、あるかもしれないけど」

 「あるぞ。お前はもう少し気を使え。色々と無防備だ」

 「?」

 

 ばっさばっさとスカートを払っていると窘められた。

 さておき。

 フィーは、依頼開始前の約束通り、エーデル先輩の元に向かい、園芸部の活動を遅くならない内に済ませてしまおうと離脱している。『待ってようか?』とも言ったのだが、結構時間がかかるので良いとの話。

 夕ご飯もエーデルさんと一緒に済ませるとさっき連絡があった。どうやら仲良くなれたようだ。

 男子三人が楽しく夕食をするのにお邪魔するのはどうだろうか、と思ったのだが、リィンが遠慮しないでも良いと告げたので、私は遠慮しつつも参加させてもらう事にしたのだ。

 

 「前から気になっていたのだが、その髪留めは導力器なのか?」

 「だよ。ARCUSが配られて以後、良い感じに働いてくれないから、かなり困ってる」

 

 きちんと動いてくれれば、埃っぽい地下を探索してもそんなに汚れないのだが。

 ガイウスの質問に頷きながら話す。

 入学式以後、何回どころか何十回も、この髪留めとARCUSとの「同調」を試しているのだが、上手くいかない。ジョルジュ先輩にも相談して、調べて貰ったのだが、原因は不明。

 ただ髪留めそのものに異常は無いから、何か別の理由――技術(ハード)とは関係ない部分が大きいのではないか、との話だった。

 ……女子として埃っぽいのは不味いな。食事を終えたらお風呂に行かねば。

 

 「古い物だから、相性、悪いのかもしれない。えっとね、これ戦術導力器(オーブメント)とリンクさせると、攻撃にもならない小さなアーツを発動出来るようになる。汚れないように、常時綺麗にしたり、少し浮かせたり、出来る」

 「珍しい品物だな。特注品か?」

 「か、改造アクセサリ、だね」

 

 ユーシスでも余り見ない類の物だ。

 割と珍しいのは間違いない。普通の人は髪留めを導力器になんかしないってのも大きい。

 魔導杖ほど複雑な機能がある訳じゃないが、如何せん非売品なので、値段は付けられない。

 

 「そ、それよりユーシス。伝えてくれたんだね。フロラルドさんに、ジョセットの事」

 「帰り際に見かけただけだ。ラクロス部に入ったは良いが、片付けをしないまま帰りそうだった……。そこで一声、ジョゼット・カプアの話を切り出したら、少しばかり態度を改めたのか、アリサと一緒に片付けを始めていた。……結果としては文句あるまい」

 「ないよ、ありがと」

 

 私の言葉に、ふん、とやはり小さく鼻を鳴らして、ユーシスは立ち上がる。

 

 「まあ良い。俺は食事も終えたし、伝える事は伝えた。お前達はゆっくりしていけ」

 「か、帰っちゃうの?」

 「……外の貴族がうるさいからな。さっさと帰るに限る」

 

 はて、と窓越しに外を見れば、パトリック氏が取り巻きを連れて椅子に座っていた。

 フェンシング部の活動が楽しかったのだろう。賑やかな声がこっちにも聞こえてきている。

 内容は――。……まあ、なんだ。フリーデルさんの実力を知った後で、同じことを言えるか頑張ってほしいと思った。人間、誰しも実力を推し量れないほどの化け物に、人生で一回は遭遇する物だ。私は一回どころか沢山遭遇しているけど。

 ユーシスは片手をポケットに入れたまま、じゃあなと告げて彼は出て行った。

 そして入れ違いに。

 

 「戻りました。フレッドさん、《パッションリーフ》です」

 

 リィンが戻って来た。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 メニューを頼んでいる最中、店主:フレッドさんが在庫を切らしていたと聞いて、調理部まで取りに行っていたのだ。臨時の依頼というやつである。

 旧校舎での戦いの後で、という事で手伝おうかとも言ったのだが。

 

 「カタナとフィーのお陰であっと言う間に片付いたからな。体力的には何も問題がないさ」

 

 と実に礼儀正しく返してささっと風のように出て行ってしまった。そして今戻って来た。

 

 そう、戦闘は本当に一瞬だった。

 多分ではあるが、リィン/ガイウス/エリオットの3人だけでも十分に勝ち目があったのではなかろうか。

 そこに私とフィーという攪乱役が加わったのだ。

 ヒット&アウェイを繰り返す私達コンビがダメージを小刻みに与え続け隙を作り、その隙をリィンとガイウスが丁寧に狙い、エリオットは適宜アーツで補助と回復、余裕があったら攻撃。あと演奏を行う。

 この流れで、あっという間にミノスデーモンは撃破された。

 それはもう拍子抜けだった。

 これからもアレくらい楽なら良いのだが。……多分そうはならないんだろうなあ、と思う。

 

 「メニューは注文しておいた。もうすぐに来るはずだ。大皿を幾つか頼んだから、もう少し欲しいなら追加すると良い」

 「じゃあそうさせて貰おうかな。調理部と食堂を回ったら、お腹が減ったよ」

 「け、結構駆け回ったんだ。お疲れ、リィン」

 

 労いつつ、私はすすっと水の入ったコップを差し出した。

 そして口には出さなかったが、ダンジョンの途中にあった、謎のオブジェを思い浮かべる。

 行き止まりの大広間で、ミノスデーモンを撃破した後、稼働し始めた、丸い足場。石柱の上に球体が埋め込まれたような代物。……帰りにワープポイントとして便利に活用したのだが。

 私は、あれによく似たものを見たことがある。

 あのオブジェではなく、オブジェに刻まれた模様と、システムを。

 

 (……封印区画と……リベル・アーク……)

 

 思い出すのは、リベール王国地下に眠っていた古代遺跡だ。

 古代ゼムリア文明の痕跡。第一の封印が眠っていたあの場所の――壁に刻まれた、独特の点線。

 記録の中でしか見て居ないが、オブジェの模様が『似ている』と思った。

 そして転送装置だ。こっちははっきりとリベル・アークを彷彿とさせた。

 ただの相似で済ませるには、ちょっと偶然が過ぎている。

 

 あの旧校舎は、学院以前から存在しているらしい。

 ドライケルス大帝がトールズを設立するよりも前に築かれた、歴史的にも由緒正しい施設。

 であるならば中に何かが眠っていてもおかしくはない。

 おかしくはないし。

 それが()()()()()()()で――例えば《魔女》が踏み入れたことで――発動する、という。これは、あり得る話だ。

 話、なのだが。

 

 「……違うなぁ……」

 「ん? 何か苦手なメニューでもあったか?」

 「あ、ううん。いや、個人的なこと。好き嫌いは、ないよ。何でも食べれるのが自慢。こ、この後、トリスタ放送局にも顔を出すから、少しね」

 「オカルト研究部が主導でラジオ放送をするんだったな。そういや俺も今日、ジョルジュ先輩から一個ラジオを貰ったんだ。皆で聞くのも良いかもしれないな」

 「きょ、今日は飽くまでも放送の見学で、私達の放送はもう少し先の事、なんだけどね。マイケルさん……放送局の人が、新番組始まるから、社会見学していくと良いよって」

 

 誤魔化しながら、夜の話をする。

 ディレクター:マイケルさんが、帰り際にお勧めしてくれたのだ。

 運ばれてきたメニューを皿に取り分け、あれこれと本日の活動報告になった。

 

 私は今朝からの自由行動日について話ながら、皆の話も聞いた。

 エリオットが実家からの荷物運びが大変だったとか。

 リィンが依頼完了をトワ会長に話に行ったら、またお礼言われたとか。

 先程までのユーシスの話に触れ、そこからアリサの話題に発展し、最終的には本日一日中酒を飲んで寝ていたらしいサラ教官の話になって終わった。酒を飲んで安らかに寝ている姿に、安心すると同時にちょっと罪悪感も得た。複雑である。

 

 「今度の探索には他の皆も誘えるといいな」

 「そうだね。カタナとも仲良くなれたし。呼び捨てにしてもらえて気が楽になったよ」

 

 うん、それはそうだ。お友達が増えるのは良い事だ。

 その友達の1人、エマは『私が原因かもしれない』と、ミノスデーモン戦には来なかった。

 結果、ミノスデーモンが強化を受けることも――比較しようがないけど多分――無かった。

 だが本当に、オリエンテーリングの敵の強化は、果たしてエマが原因だったのだろうか?

 

 ……私は違うと思う。

 エマが理由ではなく。

 「エマ」と「他の何かが理由」であんな風になったのではないと判断している。

 

 となると残る可能性は。

 自然、私の視線の先には、我らが《Ⅶ組》の重心、リィンの姿がある。

 

 ベリルの言葉がふと想起される。

 

 『リィンの与える影響は、ベリルにも見通せないくらい、大きい』

 

 という言葉は、もしかしたら。

 ……いや、まさかね。

 ……まさか、と思った。

 だが、嫌な予感というのは往々にして当たるのである。

 その時はまだ、予感で済んでいたのだ。

 まだ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 夕食後、手早く埃を払って身支度を整え、私はトリスタ放送局へ足を運ぶ。

 お願いします、とマイケルさんに挨拶をして、見学の姿勢だ。

 

 やって来たのは、

 

 見覚えがある『使徒』の……。

 

 ――――――。

 

 ――――。

 

 ()()()()()()()()()()()()()は美人なだけじゃなくて気遣いも出来る素敵な女性だったよ。

 

 私の見ている前で、恙なく『アーベントタイム』は無事に終了した。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 さて、そんな夜から3日。

 4月21日、水曜日。

 

 《実技テスト》が予告の通り行われた。

 要するに戦闘訓練だ。それも単純な強さを測るテストではなく、ARCUSの効果を発揮させることを目的とした訓練である。

 

 サラ教官から前もって『状況に応じた適切な行動を取れるかどうか』の旨が話され、数人でペアを組んで戦う流れ。エネミーは戦術殻という、T字型をしたくねくね動く謎の機械だった。

 まずはリィン、エリオット、ガイウスの3人での実践が開始されたのだが。

 

 (――物凄く、ものすごーく、あの戦術殻という奴、見覚えがある気がする……!?)

 

 地下の古代遺跡と同じで、同じ技術に端を発する作品は、必ず何処か似通ってくる。

 

 目の前の訓練用の戦術殻そのものは初見。

 だが、あちこちに過去を刺激するポイントがある。

 機械のフォルム、独特のリズムで動く揺れ方、要所要所の特徴が、とても見覚えがある。

 具体的に言えば『結社』時代に。

 まさか『結社』からの横流し品だとは思わないが、どっかで繋がりがあるのかもしれない。

 

 ……気になる。

 眼鏡をかけた白衣のマッドサイエンティスト(ノバルティス博士)の顔が浮かんだ。

 無言でそれをシャットアウトする。彼のご老体に関して、思い出して良いことは無い。

 

 戦術殻を、どこで入手したのか、サラ教官に尋ねてみたい気持ちもあるが……。

 それは出来ない。それは私と『結社』の繋がりを、教官に仄めかすようなものだ。

 たとえしっぺ返しが来るのだとしても、それを覚悟していたとしても、流石に皆の前でそんな事は言えなかった。

 

 (……逃げてるのかな、私)

 

 考えながら戦闘を見る。ミノスデーモン戦で鍛えられていたこともあったからだろう。リィン達三人の連携は見事なもので、誰も膝をつくことなく無事に終了した。良い評価だろう。

 

 「それじゃあ次、ラウラ、エマ、ユーシス、それとカタナ。貴方達4人、前に出なさい」

 

 おっと、どうやらフィーとは別チームらしい。

 という事はアリサ・マキアス・フィーの3人であの戦術殻を相手にする形か。

 フィーは近接戦闘が出来るとはいえ、基本は速度での攪乱が主。

 決して一発一発の火力があるタイプでは無いし、相手の攻撃を耐えられるだけの頑丈さも無い。

 これは……戦術殻を相手に立ち回る力量が試されそうだ。主に後衛二人に。

 オリエンテーリングで私が欲した『動きながらの攻撃』などが試される訓練である。

 この辺の弱点を見抜いて補強しに来るのは、流石はサラ・バレスタインである。

 

 私達のチームはラウラ―ユーシス&私―エマの綺麗な前中後の陣形を取って軽々と撃破。

 フィー達はかなり苦戦したが、フィーの(というか半分くらいフィーの)活躍によって何とかクリアである。

 

 「さて、先日話した通り、此処からはかなり重要な伝達事項があるわ。君達《Ⅶ組》ならではの特別なカリキュラムに関するね。流石に皆、気になっていたでしょう?」

 

 その後。

 体力に自信がない組が疲労困憊で何とか立ち上がる中、教官は全員を整列させ、切り出す。

 何が来るのか、また無茶な問題か? まさか校庭に穴が開いて地下に落ちるのか? ……最後のは冗談だが、何か通常の士官学院では行えない授業があるのだろう。

 一同の視線が集まる中、サラ教官はドヤ顔で告げる。

 

 「特別なカリキュラム……それはズバリ!《特別実習》よ!」

 「教官、特別と特別で被って、カリキュラムと実習で被っているが」

 「もうラウラってば、そういう野暮な突っ込みは無しよ! 無し! ……こほん、君達には、A班B班に分かれて、指定した実習先に行って貰うわ。そこで期間中、用意された課題をやってもらいます。まさに特別なカリキュラムでしょ♪」

 「その口ぶりだと……教官が付いて来るという訳でもなさそうですね?」

 

 リィンの言葉ににやりと笑った教官は、『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』と言うじゃないと返す。

 楽しそうに。

 そのままにまにまと笑った教官は、私達全員に一部ずつ、行先が書かれたメンバー表を手渡した。

 そして全員が沈黙した。

 

 「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

 A班:リィン、アリサ、ラウラ、エリオット、エカターニャ()

 実習地:交易地ケルディック。

 

 B班:エマ、マキアス、ユーシス、ガイウス、フィー。

 実習地:紡績町パルム。

 

 いやいや、いやいやいや。もうこれ作為的というレベルじゃあないだろ。

 仲違いしている面々を同じチームに突っ込むわ、既に連携が出来ている面子を意図的に別に配置するわと。確かに戦力的な意味での偏りはそこまででもないが……ないが、しかしこれは。

 

 一番復活が速かったのは帝国地理に疎いガイウスだった。

 次にエリオットとエマが復活し、フィーが続く。私も割とすぐ復活した。

 ……固まっているのはリィンアリサと、ユーシスマキアスである。

 前者は微笑ましいが、後者は全然笑えない。

 

 「ケルディックとパルム……どちらも帝国の街なのか?」

 「う、うん。ケルディックは東にある交易が盛んな場所だけど……」

 「パルムは……帝国南部にある、紡績で有名な場所ですね……」

 

 ガイウスに説明していると、やっとマキアスとユーシスが復活した。

 

 「ば、場所は兎も角……B班の顔触れは……!?」「……ありえんな……!」

 

 同じくらいのタイミングで揃って復活する辺り、この二人やっぱり仲良さそうなのだが。

 恨めしそうな二人の視線をどこ吹く風と受け流し、サラ教官は続ける。

 

 「日時は今週末、実習期間は大体二日間くらいになるわ。A班B班、共に鉄道を使って実習地まで行く事になるわね。各自、それまでに準備を整えて、英気を養っておきなさい――!」

 

 サラ教官はそうは言ったが、しかし何となく腑に落ちないのは全員の共通見解だ。

 中身もそうだし唐突さもそうだが、一体教官は私達に何を望んでいるというのだろうか。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 ということで、皆で集まって何かしてみることにした。

 流石にあの状態で、そのまま当日を迎えて『じゃあ仲良くしよう』は無理がある。

 その晩《Ⅶ組》の十人は、第三学生寮の一か所に集まっていた。

 

 さて、唐突だが、関係がある話をしよう。

 士官学院での食事生活。これは中々難しい問題である。

 

 学食は栄養バランスが考えられていて、十分美味しい。

 美味しいのだが、しかしやはりある程度のローテーションが決まっており、毎日食べると「またこれか」となりやすい。人気があるメニューは頻繁に登場するから猶更だ。

 

 外食をする。これも一つの方法だが、エンゲル係数が高くなる。

 店自体は多い。《キルシェ》に限らず、少し列車に乗って出かければ帝都まで行ける。

 舌鼓を打つ場所には事欠かない。

 無論、美味しいし、探せば他国の変わった料理もあるのだが、どうしてもミラが嵩む。懐に余裕がある貴族だって、毎日のようにミラを使って食べ歩いていたら胃腸が疲れるし、栄養バランス的に健康にも悪い。出歩くのが面倒にもなる。

 

 となると残った方法は一つだ。

 自炊である。

 

 貴族寮ではメイドさんを始め、世話係の人が多く配置されている。実家から連れて来た腹心が一緒という人もいる。彼らの手で、値段の無い美味しい料理が振る舞われる。各家が相手を招待する、なんてことも良くあるらしい。

 対して平民寮は世話係の数も少なく高級感こそないかもしれないが、皆で仲良く炊事をして分量や材料費を安く済ませる事も多いとか。私達は、其方に習うことにした。

 

 「ア、アリサ、野菜は切り終わった? 細かくなったらボウルに、お願い」

 「トマトは中を抜いたのをそこに置いてあるわね。もうピーマンも切り終わる。エマー、次は何を下処理すれば良いかしら?」

 「次は人参を小さなサイコロ状にお願いします。それでカタナさんが使う分の野菜は全部ですね。……フィーちゃん、其方は?」

 「ん、キノコはそこ。ジャガイモの皮は今……終わった。後は果物の皮でも剥いてる」

 「こっちも肉は終わったぞ。うむ、きちんとミンチになっているな! さて委員長、鍋の様子を見て貰っても良いだろうか? 混ぜるのは問題ないが、これは煮込み方が少々難しそうだ」

 

 かくして今晩の夕食は、女性陣は揃ってのご飯にする事となった!

 5人でやれば作業効率は5倍。作れる料理の数も5種類だ。

 エマが栄養バランスを見つつレシピを確認して指示を出し、フィーとラウラが簡単な作業(皮むきとか鍋の番とか)、アリサと私がエマを手伝って料理という流れである。

 繊細な作業は苦手らしいフィーとラウラだが、皮剥きとか異常に速いし、肉をミンチ機に入れると一瞬で出て来たり、大鍋を軽々と運んだりと、流石である。

 

 「5人並んでエプロン姿で料理してると絵になるよね……」

 「ああ。そうだな。……誰が一番似合うと思う?」

 「手慣れているという意味では委員長が一番だろうな。カタナが得意なのも少し意外だったが」

 「ふん。逆にアルゼイドは難しそうな顔をしているな。無理もない。……まあ全員、一生懸命さは伝わってきていると思うが」

 「くっ……、この貴族風情と意見が合うのは癪でしょうがないが、同感だ。それとリィン・シュバルツァー! そんな風にふしだらな目で女子達を見るのは失礼だろう!」

 「いや、俺はただ皆の意見を聞きたいなと思っただけで――だってほら、確かに全員、似合っているだろう? 皆の新鮮な姿を見れてちょっと嬉しい気持ちがあるのは本当だ」

 「そこの男子! 聞こえているぞ! 特にリィン其方だ!」

 

 順番に、エリオット、リィン、ガイウス、ユーシス、マキアス。

 じっと眺めていた男子達は、慌てて顔を引っ込める。

 食材の購入、運搬、食器の配膳等は彼らの仕事で、既に終わっていた。

 

 そりゃね、気持ちは分かるよ。

 大から小まで、色んなタイプの少女が揃って後姿を見せながら料理しているのだ。気になるだろうさ。私も、世間一般で言えば美少女の部類らしいので、悪い気分ではない。

 

 さて、今回の趣旨は明白だ。

 ユーシスとマキアスの中が険悪なのは承知の事実なのだが、実地訓練を前に、少しでも仲良くできる機会を設けよう……とラウラが提案したのである。主にB班を心配しての事だった。

 それだけならば拒否もしただろうが、少女達五人が手料理を作るとまで話されれば、出来る限り誠実であろうとするマキアスは断り切れる筈もない。

 しぶしぶながらも着席することを選んだ。賢い選択だ。……ま、ユーシスとマキアスは机の端と端、対角線上で最も離れた席に座っているのだけどね。

 

 「それにしても教官は何を考えているのだろうな……。何が来ても問題は無いように鍛錬を積んでいるつもりだが、事前の準備位させて欲しい物だ。ふむ、後は弱火で、と」

 「はい、では出汁の袋は取って良いですよラウラさん。代わりに私が香りを調整しますので、煮込みの確認をお願いします。――フィーちゃんはサラ教官と親しいですよね。何か知って居ませんか?」

 「さあね。サラも私に何かを命令……じゃなかった、こーしろあーしろとは言わないよ。何をするのも自由だけど、最低限皆に合わせれば良いだから。……だから、何を企んでるのかは知らないし、教えてくれないだろうね。アイスピックある?」

 「はいはい。先端、気を付けてね? あ、ラウラ、手が空いたら葉野菜の手伝いお願い。一口サイズに千切れば良いわ。種類は沢山あるけど全部サラダ用だからやっちゃって良いわよ。私はドレッシング作るから。結局、私達にできるのは、教官の言葉通り、身構えて英気を養っておくことだけかしらね」

 「はい、酢。オリーブオイル。――そ、その指示には、こうして従っているってことで」

 

 さて、皆さんお待ちかねのお料理タイムだ。

 長い髪はバンダナで鬱陶しくない様に纏めてある。

 私はコンロの火を確認して、気合と共に鍋に手を伸ばした。

 

 「ま、まず刻まれた野菜を入れる……! 強火で炒める……! と東方料理は、火力が命……!」

 

 火力を最大に。燃え盛る炎が、取っ手に届きそうな程に立ち上がる。

 油を引いた、半球状の鉄鍋に、同じ大きさに刻まれた野菜を投下した。

 炒める際のコツは火力で手早くだ。水分が出ないように短時間でいっきに火を通す。まして今回はトマト有り。水分をある程度抜いた、分厚い皮の部分だけとはいえ手腕が問われる。因みに中の果肉はドレッシングの材料になった。

 途中、挽肉を投下し、均一に炒めたのを確認して、一端、野菜と挽肉を取り出しておく。

 その後、卵を追加。炊いてから少し冷ました米を入れ、手早くかき混ぜていく。

 適度に米が卵の衣を着込んだら、先の野菜&挽肉を入れ、塩コショウを入れて味漬け。出来れば(ひしお)があれば風味付けが出来て良かったが無いならしょうがない。

 刻んだネギを大量に入れて、ガションガション! と鍋の中身を直火で、空中で炙るように返す。ぐるん! と綺麗に米と卵と野菜が混ざり合った中身が宙を舞い、鍋に着地。

 

 「……ふう……この腕使いが難しい……。――はい、《龍老炒飯》お待ちどうさま」

 

 パラリと油で炒められた米を、私は各自の皿に取り分けていく。

 

 クロスベルで食べた際に、炒飯の作り方を聞いてきたのだ。

 流石に味は厨子チャンホイさんには負けるだろうけど、何回か自分で作って試してある。

 それなりに美味しい筈。今回はトマトを入れてみた。これがまた卵と合うのだよ。

 そこで、私を見る皆の目線に、気付いた。

 

 「……ん。どしたの、皆」

 「いえ。鍋を振るってる姿が楽しそうだな、と思いまして」

 「ふふ。た、旅の時も、友人達と過ごしてる時も、大体私が当番だったからね」

 

 私の豪快な鍋使いに呆気に取られていたらしい

 料理は嫌いではない。というか私が、自らやらないと、私の周囲の男共が役立たず過ぎたのだ。

 

 まず「保護者(あいつ)」。あれは美食家だ。そして偏食家だ。

 『結社』の一員として暗躍ばかりするくせに、マジで美味しいものしか食べないのだ。

 この場合の「美味しい」とは、高級なモノという意味ではない。

 高い料理、隠れた名店、手抜きをしていない手料理などの『丁寧に作られた芸術以外は嫌だ』というタイプだ。

 

 そして家庭教師のワイスマンである。

 考えて欲しい。アイツが食事に気を使うタイプに見えるか?

 否。断じて否である。

 1:ノーザンブリア出身で極貧生活を経験している。

 2:一応過去は聖職者だった。

 3:考古学者としての才能は確かで、研究に没頭する。

 

 以上のトリプルコンボで、アルバ教授としての生活は()だった。

 一緒に行動していた私が『もっと美味しいご飯を食べたい』と思える程だった。

 

 後は一応、友人……かは怪しいが、友人っぽい奴に関しても触れておくか。 

 微妙に衝突が多かった彼女だが、私の味付けは好きだったらしく。

 『ぐぬぬ、料理の腕で勝ったからと言って私に勝ったと思わないことですわね!』

 とかよく言っていた。

 

 だから必要に駆られて自分で習得したとはいえ。

 結果、まあまあの腕前では、あると思う。プロには負けるけどね。

 

 とりあえずこれで主食は出来た。後は他の4人が何を作るかだが――。

 

 「リィンさんが沢山ソーディとシュラブを釣って来たので……これを素材にしてみました。そのままだと食べ応えが無いので、野菜と茸を入れて、水煮にしてあります。甲殻類を使うのは初めてでしたが……いい感じですよ」

 

 エマが取り出したのは、水煮だ。魚は小ぶりだが皿に数匹ずつ盛ると結構ボリュームがある。

 そこに香草やキノコを置くと立派なメインディッシュの出来上がり。

 

 塩を振って生臭みを消し、その後しっかりと水気を切る。

 油で軽く熱した鍋に入れて、表面に焼き色を付けてから、出汁と香草を入れてじっくりと煮込んだ逸品。風味付けは白ワインではなく老酒を使っている。しかも出汁は蟹の殻を濾して使っているお陰で味が一層深い。《しっかり煮だし魚鍋》とでも名付けようか。

 10人分を丁寧に盛り付けていく。

 

 なんでもリィン、釣り部長のケネスさんから釣り竿を貰って、色々釣ってみたんだそうだ。

 最もこの辺りの環境と、今の釣り竿じゃあ、ソーディとシュラブが精々の獲物だったようだけど、今後もまた美味しい魚が釣れたら持ってくると話していたか。

 下処理もしてある。町の淡水河は汚れていることも多いので、綺麗な水に二日ほど放置して泥抜きした後、捌いて確認し、毒見もした(私が)。ちゃんと食べられたから大丈夫だ。

 

 「じゃ、私はこれね。この前にカタナとフィーが行ってきたクロスベルのお土産の中にパンフレットが挟まってたからね。そこにあったサラダを作ってみたわ。《ミシュラムサラダ》だってさ。作り方は簡単だけどエマからハーブ貰ってアレンジしたから健康にも良いし香りも良いわよ」

 

 どん、とアリサは大きなボウル2つに山盛りの野菜を入れてテーブルの上に置く。

 野菜の中には微かに辛みを感じる玉葱やニガトマト、形を残したジャガイモ、カリッと焼いたベーコンもあって触感と味にアクセントが加わっていることだろう。トマトピューレのドレッシングもセットで気が利いている。

 これは各自で取り分けるのが狙いなのか。トングも一緒である。

 

 「私はスープだ。ミルク粥は得意だからな。私もエマに習って、こっちも東方風にしてみた。具材を減らしたが、その分、米や魚との相性は良い筈だぞ」

 「はい、ドリンク。……冷やした水に果汁ちょっと入れて口当たりを変えただけだけどね」

 

 ラウラがスープを、フィーはジュースの応用でドリンクを作った。こうしてみると中々壮観だ。

 男子達も「おお……」と唸っていた。確かに高級料亭には劣るだろうが、普通の食卓で囲う分には十分な量と味である。しかも同年代の少女達の手作り。これで喜ばない奴は居ない。

 

 「それじゃあ冷めない内に頂こう……。いただきます」

 

 全員が席に着いたところで、丁寧に両手を合わせて、リィンの一声の元、レッツ晩御飯である。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 テーブルの上で、十人のフォークナイフと、言葉が躍る。

 

 「サラ教官の狙いは分かる。敢えて相性が悪い者同士を組ませることで、変化を促しているのは分かるさ。だがしかし、これだけは言わせてもらう……! ――あ、この水煮は香りが良いな――何故、僕がよりによって貴族風情と一緒なのかを! そして何をさせるのかを明言しないのかを! ぱくもぐもぐ、ごくり。……アルゼイドやシュバルツァーならまだしも!」

 

 言いながらマキアスは煮魚を頭からがぶり。

 

 「ふん、それはこっちの話だ。教官の命令だから従うだけ ――(む、スープと野菜と米の相性が良いな) ――であって、誰がお前と一緒の行動をしたいと思う」

 

 言いながらユーシスはサラダをどさり。

 

 「ま、まあまあ。えっと、お気持ちは分からなくもないですが、お二人がずっと喧嘩をしているとB班の成績にも響きます。あと私とガイウスさんも胃を痛めますから、穏便に。ね? 穏便に、お願いします。――フィーちゃん飲み物上手ですね?」

 

 宥めながらジュースを口にしたエマが褒める。

 

 「ぶい」

 

 頑張ってエマがフォローを入れているが、やはりこの二人、仲良くはならない。

 だが根っから悪い奴ではない。

 

 少なくとも二人以外の八人は『なんとかなりそうじゃないか?』と思った。

 その証拠に、出された食事は美味しい美味しいと言いながら食べている。堪能している。

 人間、美味しいものを食べながら喧嘩は出来ないのである。

 

 その後もあれこれやり取りをしているが、オリエンテーリングで見たような意地の張り合いは(今は)無い。こんな場所で喧嘩するのは流石に馬鹿馬鹿しいと理解はしているのだ。

 二人とも基本は聡明で、空気は読める。代わりに凄い勢いでサラダや米が消えていくけど。

 

 「俺は地理に疎いんだが……パルムというのはどういう場所なんだ? 紡績の町というのは聞いた。――ふむ、この米を炒めた料理は良いな。故郷では穀物は煮る事が多いから、新鮮だ」

 

 ガイウスに褒められる。ちょっと嬉しい。

 

 「この前のクロスベル旅行でカタナ達がレシピ仕入れたんだって。――パルム市は……南、サザーランド州に位置しているわ。帝都ヘイムダルから南にまっすぐ。それより南に大きな町はないわね。帝国で一番リベールに近い小都市と言えば分かりやすいかしら?」

 

 二つ目のサラダを取ろうと手を伸ばしたアリサに、私の手元のトングを渡す。

 

 「じ、実際、リベールのボース市……ここは、リベール一番の商業都市で、ボース・マーケットという取引所があるんだけど、そことの交易をしていることで有名、かな。時々ボース市のメイベル市長が、パルムにやってきて、大きな商談を成立させていくって」

 

 リィンからピッチャーを受け取って、フィーのドリンクを飲む。

 果実の酸味、しっかりと砕いた霙状の氷、微かな甘みと合わさって飲みやすい。

 

 「ああ。届くか? ――それにしても《Ⅶ組》の女子は皆、料理が上手いな」

 「リィン? 不埒な目は許さないわよ? ガイウス、ええとね、鉄道が……こう、パルムの手前で分岐するのよ。で、パルムに行かない方が、帝国最南端のタイタス門に向かうの。タイタス門と、リベール側のハーケン門。この二つが国境を挟んで向かい合ってる形かな。少し前に関係が悪化したことあって――それで交易に支障が出た時期もあったんだけど……リベールのアリシア女王の外交政策で、戦争に関してはあんまり心配がなくなったからね。パルムとボース市の交易はますます賑わってるってさ」

 

 アリサはテーブルに、指で簡単にYの字を逆さにしたような地図を書いてガイウスに説明した。

 ハーケン門を守護するのがリベールの重鎮、モルガン将軍だ。厳しさの中にも優しさを持ち合わせた豪傑であり、国内外からも評価は高い。帝国にも名が知られている。

 因みにリアンヌ・サンドロットの大ファンだったりする。お孫さんに名前を付けるくらいには。

 

 「紡績の町というだけあって、織物とかも有名かな? 染色業や縫物なども盛んだって聞いたことあるよ。導力が普及した今でも、水力を利用した昔ながらの製法で織物を作ってるんだってさ……。ケルディックもきっと面白いけど、パルムも面白そうだよね」

 「エリオット。このサイズの魚は頭からがぶりといった方が美味しいぞ。――後は……私の家の支部もあるな。ヴァンダールの道場もあるが……ここには実習で行くことはないだろう。ただ印象としてはそうだな、職人気質の人間は多いが、そうした人々が作り上げた芸術的な街並みだった。建物と建物の間にロープを渡して、そこで染め上げた布を吊って、風にさらしてあるんだ。これが色とりどりで素晴らしい。余っているなら私もサラダを貰って良いか?」

 「ノルドでは見られなかった光景が見られそうだな。……ユーシス、マキアス、二人はそれを考えて面白そうとは思わないか? 今みたいに美味しい食事を食べれるかもしれないぞ」

 

 無言でしゃくしゃくしゃくと野菜サラダを食べていたマキアスは。

 ラウラに、ボウルをすすっと差し出して、口の中の野菜を飲み込む。

 

 「言っていることは分かる。ただ……僕にも色々、折り合いを付け難い事もあるという事だ。誰にだってあるだろう、そういう過去が。……理屈としては分かる。僕がそこに居る奴と対立しているから皆が気を使う事も分かっている! ……だが――……いや……、すまない、声を荒げたな。……ご馳走様。料理は美味しかった」

 

 不機嫌な顔で、それでもきちんと感謝の言葉を述べて、自分が食べた皿とフォークナイフを洗ってから出ていく辺り、真面目な奴である。

 

 「頑固な奴だ。俺が言えた義理でもないが。……貴族の被害に遭う奴は多い。ましてアイツは帝都知事の息子だ。さぞ嫌味を周囲から言われていたんだろう。俺も気持ちは。 ……ふん、美味いスープを飲むと舌が滑っていかんな。――ではな、馳走になった」

 

 ユーシスもまた、マキアスが出ていくと同時に立ち上がって、これまた同じように皿を洗って出ていく。何やら気になる言葉を語っていたが――残されたる八人の内心は多分一緒だっただろう。

 即ち『やれやれ』と。

 少しは、あの二人の関係改善に役立てばいいのだが。

 

 「手応えはあったんじゃない? ……もぐもぐ。……骨まで柔らかいね」

 「マキアスさんとユーシスさんの間に、私達3人が緩衝材で入れるように、頑張ってみます。今一緒に食事をした感じでは、決して無理ではないでしょうし」

 「温かいスープを飲んで少しでも負担を和らげておくと良い委員長。まだ時間に余裕がある。俺も二人と話をしてみよう。パルムの予習もしておきたいからな。……ところでカタナ」

 「な、なにか?」

 「この炒飯というのは美味いな。まだあるなら貰って良いか?」

 「ど、どぞどぞ」

 

 ガイウスの言葉に、私は頷いて、鍋に残っていた分をよそってあげた。

 彼が言うには、ノルド高原の人々は季節によって柱と布で出来た家を動かして生活するそうだ。

 竃も熾火が基本で、そのため、盛大に火を使う料理は少ないのだという。

 確かに豪快に炎が立ち上るような料理をして、そのまま家が燃えたら困る。納得した。

 

 《しっかり煮だし魚鍋》は皆綺麗に食べ終えているし(エリオットは頭が若干残っていたが)、サラダも全員が取り分けボウルは空。スープも無い。どうやら全部、皆の胃の中に納まりそうだ。

 作った人間としては、皆に綺麗に美味しく食べて貰えるのは嬉しい限りで――。

 ――重要なことに気づいた。

 

 「……あっ、サ、サラ教官の分、作り忘れた」

 「「「「「「「………………」」」」」」」

 

 私達は暫しの沈黙の後、互いにアイコンタクトを取って、知らない振りをする事にした。

 

 その場に居る八人、全員が何となく苦笑いを浮かべていた。

 本気で困ったという顔ではなく、思わず微笑むような、小さな事故。

 美味しく食べたのもあって、何となく空気は穏やかで楽しげだ。

 

 (ごめんね、サラ教官)

 

 こんな風に素直に謝れれば良いのになと思った。

 

 特別実習前の晩は、過ぎていく。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 だから私は気付かなかった。

 その一瞬は、実習の厳しさを耐えられる()()()という希望を抱かせるのに十分だったから。

 だから、玄関前から、私達の方を見るサラ教官が居たことに、気付かなかった。

 彼女の視線が語っていたことに、気付かなかった。

 

 『どの面を下げて、お前はそこで笑っているの?』と。

 

 発火は、近い。




 Q:怒れるサラ「私の分の料理がないとか良い度胸じゃない!」
 A:そうじゃない。

 Q:ぐぬぬ……
 A:一体、誰バリィなんだ。

 Q:今回の料理一覧
 《龍老炒飯》 主食。担当カタナ。『碧』&『閃Ⅲ』のレシピ。レクターも得意。
 《しっかり煮出し魚鍋》 主菜。担当エマ。『零』のレシピ。
 《ミシュラムサラダ》 副菜。担当アリサ。『暁』のレシピ。
 《熟成オニオンスープ》 スープ。担当ラウラ。『零』のレシピ。
 《丸絞りジュース》 ドリンク。担当フィー。『閃Ⅰ』のレシピ。

 Q:仲良くなって笑えたな? 頑張れると思ったな? 覚悟は出来て居るんだよな?
 A:……なら、良いよな?

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