カタナ、閃く   作:金枝篇

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先んじて次回予告。
今回沈んだ分、上がります。《Ⅶ組》の仲間を信じろ!


(ほつ)れ目

 無言のまま、ダイオウヤンマの羽を斬る。

 羽を切断されたヤンマなど恐れるに足らず。出来て地面の上でもがくか、近寄って来た不用心な相手に噛みつくか、尾から苦し紛れの毒液を発射する程度だ。迂回するか、遠距離からアーツで倒せば問題がない。

 淡々と処理をしながら、西ケルディック街道を走る。

 

 ――………ナ、……タナー……?

 

 周囲の音が耳に入ってこないまま、私の頭は、全く別の事を考えていた。

 

 復讐。

 復讐について、考えていた。

 善か悪かで言えば、悪だ。自らの勝手で他人を害する。それは悪だと定義して良いだろう。

 だが許容できるか否かで言えば――私は、復讐を許容する。

 

 整備された街道を進みながら『例えば』と、過程を頭に浮かべる。

 風車を通り過ぎ、西ケルディック街道奥にある農家へと向かいながら。

 

 例えば。

 ヨシュアさんは過去、暗殺者として多くの人間を殺めて来た。

 エステルはそれを承知で彼を受け入れ、ヨシュアさんもまた、エステルという光で、自らを改めた。彼はこの先、暗殺はしまい。遊撃士として戦い、倒す時も最低限の保証を心掛ける。

 

 だが、もしも。

 もしもヨシュアさんの前に――()()()()()()()()()()()()()()()A()が、現れて。

 そして『お前は私の大事な人を殺したんだ!』と、彼に向かって刃を振り上げたとする。

 その時、彼はどうするだろうか?

 

 ……彼はその攻撃を受け止めるだろう。

 『あの時の僕は正気ではありませんでした。だから僕のせいではありません』

 ――なんて言葉は言わない。

 Aの攻撃を受け止め、謝罪し、説得し、納得させるだろう。場合によってはきちんと清算し、アフターフォローもするだろう。恨まれることを受け入れるだろう。

 

 ――……え、……タナってば……?

 

 では、その刃が、エステルに向いたら、どうなるだろうか?

 そして万が一にでも、エステルが命を落とす、なんてことになったら。

 果たして、その加害者Aを、ヨシュアさんは、許すことができるだろうか?

 

 (……出来る訳ねーじゃん)

 

 頑丈な木の柵に囲まれた農家にお邪魔し、皆が『皇帝人参』を受け取る中、私は呟く。

 

 最初は『僕のせいでエステルが死んだ』と思いつめ、出奔するかもしれない。

 だが最終的に、その加害者Aの元に足を運び、何かしらの決着をつけるに決まっている。

 Aを殺すか、Aの前で自害するかは、さておきだ。

 

 私とサラ教官との関係は。

 それよりもっと簡単で、もっと分かりやすくて、もっと復讐しやすい話。

 もしも私が、猟兵で、ミラで動く人間だったら。

 もしも私が、嘗てサラ教官の活動で傷を負い、彼女に対して個人的な恨みを持っていたら。

 もしも私が、復讐という感情で、彼女を殺そうと狙ったのならば。

 どれか一つでも当てはまったら、サラ・バレスタインは、それを受け入れただろう。

 命を差し出すとは言わないが、己の過去の一部だと認め、私の行動を許しただろう。

 

 だが現実はそうではない。

 私が動いたことに、私自身の理由は無く。

 私の心の中には、彼女どころか帝国遊撃士協会への恨みすら存在せず。

 私が狙った相手は、全くの無関係な、何処にでもいる普通の人々だった。

 

 サラ教官が過去にどれだけ猟兵として残酷なことをしてきたとしても。

 私の行ったことと、それは、全く関係がない話だ。

 それはそれ。これはこれ。教官の私への感情は正しいと思う。

 

 「……だから、教官は正しいんだよ」

 「カタナってば!」

 

 自分に言い聞かせた。

 ほぼ同時、思い切り大きな声で、肩と背中とを、がしっと掴まれた。

 それでふっと意識が戻る。リィンとアリサが、私に目を向けている。

 

 「っと、ご、ごめん、何……?」

 「何じゃないわよ。さっきから呼んでるのにぼーっとして……。調子悪いの?」

 「え、い、いや、そういう訳じゃ、ないんだけど」

 

 そう言えば呼ばれていた、かもしれない。

 リィンは『まさかカタナの背中を本当に叩くことになるとは』という顔だ。

 アリサの顔に浮かぶのは心配の表情だった。

 

 「さっきから戦闘でも何も話さないでさっさと進んでっちゃうし……」

 「ご、ごめん。ちょっと、急いでた、と思う」

 

 何でもないよと断りを入れる。

 見ればエリオットもラウラも私を見ていた。エリオットは若干、息が荒く、額に汗もかいている。私の行軍速度が速くてちょっと大変だったようだ。悪いことをした。

 私の手足は、何とかして『実習』を効率良く終わらせ、皆に貢献しようと早回ししていたのだ。

 サラ教官に言われた言葉は、今でもじくじくと棘の様に、私の心を苛んでいる。

 

 ――行動次第では。

 

 その言葉が、私を震え上がらせる。

 どうしようもなく怯えさせるのだ。

 サラ教官の行いは正しい。正しく、私は間違っている。

 だからせめて、少しでも正しいと思う事を、()()()()()()()()()()

 

 「き、気合が、入ってたから」

 「それなら良いんだけど……。もう少し落ち着きましょう?」

 

 気合い。

 ……物は言いようだな、と思いながら頷いた。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 さて、それからも私達は、ケルディックの街中と周囲を探索し続けた。

 気になっていたのは、やはり商店。大市である。

 名物というだけあって各地から色んな人が来ている。

 散財する貴族の親子、フィドルを引く男性、ベッキー(士官学院の商売根性豊かな女の子だ)の親父さん等々。

 大市は一年を通して盛況だが、それでもテーマは決まっているらしい。

 二か月ごとに変更され、3月4月は《春物市》とのこと。

 陶器1つ取っても春らしい花柄になるし、農家から卸される品々も春が旬の物。

 彩華やかなレース生地や蜂蜜なんかも取りそろえられている。

 

 学院での卵アルバイトでミラには余裕がある。それを使って一通りの物は物色した。

 無駄使いではない。大市で扱っている品物を買い、それらの特色を纏めて、通常レポートに資料として添付すれば、それだけで中身は充実するからだ。

 

 他にも私は「ノイちゃん」人形を購入。ちょっとお値段はしたが、ミラには余裕があったので買うことにした。ぬいぐるみを売っていた商店で見つけた、(あの「みっしぃ」も売っていた)ピンクの可愛いツインテールの妖精だ。

 寮の自室にはローゼンベルクドールが置かれているが、一体だけでちょっと物寂しかった。

 彼女の横に並べたら似合うだろう。大事にしようと思う。

 余談だが、なんか滅茶苦茶に詳細かつ細かい世界設定本『那由多の軌跡』まで一緒に付いてきてビビった。これ小説一巻分じゃ足りないぞ。

 

 どの商人も皆、眼を輝かせて店を構えていた。

 かなり気合が入っている。

 このケルディックは帝国商人の登竜門でもあるらしい。

 加えて今年は、今まで以上に売り上げに躍起になっている――と常連らしい人が話してくれた。

 逞しいのは農作物の生命力だけではなく、此処の商売人もという事か。

 田舎だと、これくらいの気合が無ければ生き抜けないのかもしれない。

 

 さて、そこから舞台は動いて東に。

 魔獣討伐での、お話。

 

 「ま、魔物講座、その2。こ、今回の敵は『スケイリーダイナ(力を持つ鱗)』。分類としては、爬虫類。二足歩行の敵、なんだけど、凡そ、二足歩行の敵は、その特徴がそのまま弱点になる。しかもこいつは、動きも、遅い」

 

 戦術リンクは、私とラウラの攻撃組。アリサとエリオットの遠距離組だ。

 リィンは皆を『激励』しながら攻撃をしたり、後衛をカバーしたり、他の魔獣が近寄って乱入してこないように動いている。それは本来、私の役目じゃないかなと思ったのだが。

 『今の其方は放っておくと危ないから、一緒に戦闘だ』と言われてしまった。

 少し、心の中が、ざわめく。

 

 「要するに、二足歩行する奴の弱点は、大体が()なのだな! 勿論、目や耳などの感覚器官。神経や血管が集まる首・肘・腰・膝なども狙うには良い場所だ。巨体になればなるほど、己の身体近くは死角が増える!」

 「う、動きを封じれば、遠距離から、削って倒せる、からね」

 「二足歩行で手が小さく、尾があるからな。腰は狙いにくい。腕も狙いにくい。であれば脚だ! なあにあの程度の大きさ、相手の攻撃さえ注意して避ければ何とでもなる!」

 「小さいって言っても僕の倍くらい身長あるよねあれ……!?」

 

 世の中のでかい怪物なんてのはマジででかいからあんなのは小柄だよエリオット。

 そして人間、武器とアーツがあれば、意外と化け物じみた奴でも倒せたりするのである。

 スケイリーダイナの出現は、今回が初めてではないらしい。

 つまりその辺の軍人や、村人達でも、倒せる相手――という事だ。

 

 「――ゴ、ァアア!」

 

 咆哮と共に、奴は尾をふるう。

 『尾の薙ぎ払い(テイルブロウ)』に対して、下がらず、その場で軽く跳ぶ。

 地面を蹴るのではなく、自分の腰へと脚を引き寄せるイメージで膝を曲げるのだ。こうすると即座に膝を伸ばせるから、空中で何かを蹴っての方向転換が楽になる。だからそうやった。

 ぎゅいっと尾を踏み付ける。私が軽いとはいえ僅かに進行方向がぶれ、勢いが殺される。

 その尾は、ラウラが簡単に受け止めた。

 

 凶暴な魔獣である……とはエリオットの魔導杖『弱点看破(ディフェクター)』で判明している。

 だが、凶暴であっても対処法さえ知っていれば危なくはない。

 ラウラが尾を受け止め、奴の動きが止まった一瞬。

 その一瞬があれば、距離を詰め、相手の背中を素早く切り裂き、そしてダメージに悶えてこちらに向き直るまでの間に離脱するくらいは、容易い。

 仄かにARCUSが輝くと共に、スケイリーダイナの表面が泡立つ。その異物感にダイナは微かに吼える!

 斬り付けた表面に、微かに泡が吹き上がっていた。

 

 「……ど、毒、入った。これで相手は放っておいても自滅する、よ?」

 「そうだな! だが折角だから倒してしまおう!」

 

 ……ラウラは戦闘になるとやったらテンションが上がる。

 彼女を止める術を、私は有していない。

 これで脳まで筋肉なのかと思えば、利発で気も使えるというのだから、流石、アルゼイドの娘。

 同時、どことなくリィンをちらちら見ているのは、彼の戦闘スタイルを気にしているからか。

 確かにラウラなら彼の実力を肌で感じ取れるだろう。うずうずするのも分かる。

 戦闘で流れた血の匂いに集まるバイトウルフを片付け、リィンはこちらに檄を飛ばす。

 

 「依頼は『退治』だ。逃げられても困る! ここで詰め切るぞ!」

 

 心なしか武器に気力が伝わる。……やっぱりリィンはリーダーシップがある。

 羨ましいなあ本当に。

 ……私は思う。

 羨ましくて、私の心が軋んでいるのに、つい笑ってしまいそうになる。

 皆が『上手く行っている』感覚があって、それが心地良い。

 

 だからそれを壊すような真似は、出来ない……!

 壊せるわけ、ないじゃん!

 こんな瞬間を無くしたくないに、決まってるじゃん……!

 だけど、私にそれを言う資格は無いのだ!

 

 歯を食いしばって、観察と共に、動く。

 

 戦闘が簡単なのは決して悪い事ではない。

 むしろ倒せる敵を、きちんと基礎を確認しながら倒すのは、それだけで鍛錬になる。

 実戦は鍛錬の三倍経験値が入るというが、まさにそれだ。

 実際に私達は、此処に至るまでの敵を、見的必殺とばかり全滅させてきた。

 背後から攻撃して相手が怯んだ瞬間、陣形を整えて殴る。これの繰り返し。

 しかしこの甲斐もあって、互いの呼吸はつかめてきた。

 私と皆だけでなく、例えばリィンとラウラの呼吸や、アリサとエリオットの呼吸などもそうだ。

 ARCUSが連携を常とする道具なら、習熟するに越したことはない……!

 

 「――Ga、―――!!」

 

 スケイリーダイナが吼えた。口を開け、喉を膨らませるように吼える。

 鱗に覆われているということは、その下は柔らかい可能性が高い。

 喉の部分は伸縮が激しかった。であれば、行けるか……!?

 

 ラウラと目が合う。

 彼女の意思が読み取れた。『あの部分、あの柔らかそうな部分を狙えるか』と。

 前に出る動きで、返事をした。

 ならばとラウラが、剣を上段に。

 

 「脚を封じるのは何も腱を切るだけではない! その足場、崩させてもらう!!」

 

 本来は前に踏み込む足を、その場に留め、代わりに勢いを叩き付ける。

 気合と共に振るわれた大剣は、衝撃となった。刃が到底届きそうに無い距離からの振り下ろし。

 しかしてラウラの攻撃は地面を砕く!『地裂斬』――裂かれた大地が、亀裂が一直線にスケイリーダイナの元に届き、その地盤を大きく破壊!

 大きく崩れた大地は、ダイナの体重を支え切れずそのまま陥没し、動きを止める。

 その隙に私は、首元を一閃――。

 

 ――出来なかった!

 

 「……ゴ、ゴム……予想より、硬い……!」

 

 表面を僅かに切り裂いただけだ。

 喉部分は分厚く弾力を持った皮膚と筋肉の塊。それが攻撃を吸収していく。

 普通、喉元もまた、大抵の生物の弱点なのだが――こいつには効果が薄いらしい!

 アリサの射撃があまり効果を発揮していないのは、幾重にもある鱗の効果だ。

 であればと斬撃なら少しは通ると思ったら、どうやらもっと別の場所を切らねばならない!

 

 小娘()の攻撃に、ダイナの視線が、こっちを向く。

 私は下がる。奴は私を追いかけ前に出ようとする。

 後退と前進。本来ならば私の方が圧倒的に不利な追いかけっこ。

 だが――ラウラの攻撃で足元が崩れた今なら話は別だ!

 

 「はああっ!」

 

 その合間を縫ってラウラが『鉄砕刃』をダイナに叩き込んだ。奴がよろめく。

 私は、下がる動きから、前に出る動き。即座に、切り替えて。

 

 距離を詰め、再び刃をふるう。

 奴の()を、縦に。

 

 風切り音と共に小太刀が奴の目を切り裂いた。

 一拍遅れて、びしゃっという音。眼球が潰れ、内部の液体が漏れ出し、地面に飛び散った音だ。

 そして再び聞こえるARCUSの輝き――奴の身体を覆う様に、陽炎が纏わりつく!

 『オボロ』の効果と共にダイナの表皮が一瞬で焦げた!

 『火傷』が入った!

 

 目を潰されたダイナの傷に、エリオットが「うわ」とか声を上げていたが無視。

 勝てば良いのだ、勝てば。まして今の私に、手を抜く選択肢は存在しない!

 毒、火傷、そして私が攻撃して視界を潰した。……盲目。

 

 ――まだだ。まだ手を抜けない。出来る限り完全に、完璧に、倒す……!

 

 己に出来る限りの全力で、貢献をしなければ。

 その気合が心の中の焦りになり、焦りが空回りに繋がった。

 ほんの数秒だけ、私に隙が生まれた。

 それが、命取りになった。

 

 度重なった状態異常に、ダイナが吼える!

 そしてそれは今までの叫びとは違った。喉ではなく全身が膨れ上がる音だ。

 同時に聞こえるのは、鱗と背鰭が――広がる音。

 視界の中、全身が膨らみ、鱗が逆立っていく。

 しまった、と思った時には遅い。声を上げて忠告する。それが精一杯だ。

 

 「……み、耳、塞いで……っ!!」

 「カタナ!? 其方――」

 

 ラウラが察した。

 跳躍。この至近距離で意識を失ったら皆の邪魔だ。飛んでくるであろう衝撃を軽減するように、戦闘の邪魔にならないように、咄嗟に皆の方へと自分から大きく飛ぶ。

 

 そしてリンクを切り替える。

 

 ()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分とラウラのリンクを、リィンとラウラのラインに切り替える。

 

 「――カタナ!?」

 

 ラウラが驚いたのが分かった。

 だが返事をする余裕は無かった。

 次の瞬間、鱗と背びれが、強烈な振動を発したのだ。

 膨れ上がった全身から一気に空気が抜けると共に、全身の鱗が、そして重なった背びれが擦れ合い、耳障りな音を立てる。例えるならば。

 

 黒板を猛烈な勢いで引っ掻いた音!!

 ギィッキィィィィィイイィィ!!! という強烈に耳障りな音波を、至近距離で叩き込まれた!

 

 視界が揺れる。耳が聞こえない。思いっきり殴られたように景色が回転している。

 背筋に氷柱を突っ込まれたような怖気。眩暈、嘔吐感。

 ああこれは三半規管がやられたな――と思いながら、私は皆に告げる。

 果たしてちゃんと言葉になっていただろうか。まあなってなくても良い。

 

 「と、とと、とど(とどめを)!」

 

 でも多分、意味としては届いていたのだろう。

 皆が戦闘態勢を取り戻し、ダイナがどうなるかを見届けるより早く、私は。

 あっさりと気絶した。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 私が目を覚ましたのは、それから30分ほど後の事だ。

 

 「……っ、……ぅ、……っ! ス、スケイリーダイナは……!?」

 「倒した。其方が気絶した直後に、私達4人が攻撃をして、それで終わりだ」

 

 気絶から目を覚ました時、私はラウラに背負われていた。

 スケイリーダイナは倒され、今は東ケルディック街道を戻っている最中。

 依頼人のサイロ老人の元まで向かっているところだった。

 

 体力はティアで回復されている。頭痛も、眩暈も、吐き気も無い。

 小柄な私を背負って歩くのはそこまで苦でもないらしく、ラウラの歩みは、他の3人と変わらない速度だった。心配して声をかけてくれる皆に、ありがと、と返して。

 

 「……ラ、ラウラ、もう自分で歩けるよ。下ろして」

 

 私の言葉に嘘はないと判断したのか、ラウラは溜息を吐いて下ろしてくれる。

 しかし――降ろした後、立ち止まり、私の肩を掴み、振り向かせる。

 そのまま離してはくれない。

 そのまま終わらせてはくれない。

 ラウラの厳しい瞳があった。とても厳しい瞳が。

 目を逸らそうとして『逸らすな』と無言の圧力が来た。

 

 歩みが止まった。風の音だけが、聞こえる。リィン達は空気を読んで黙ってくれている。

 やがてラウラが尋ねた。激情を込めて。

 

 「何故、あんな事をした?」

 「…………」

 「あの場合、普通は自分の身を護るであろう。……カタナ、其方なら、それをするだけの時間はあったのだろう? 何故態々、ARCUSのラインを切り替えた?」

 「…………それは………」

 

 彼女の指摘の通り。そして先の戦闘の通り。

 私はあの瞬間、自分の耳を塞ぐことではなく、ラウラ・リィン間のライン構築に時間を回した。

 

 攻撃を耐えられると思っていた……訳ではない。

 私は脆い。小さいし肉も無い。

 フィーより多少は耐久性能があるとはいえ、正直、体力や防御力は相当低い。

 僅かな攻撃でも致命的なダメージになってしまい兼ねない。それは自分でも自覚している。

 

 浮かれていた、訳でもない。隙を見せたのは認める。

 しかし『避けられない』と分かった後での行動は、明らかに誤りだ。

 ラウラの目は私に問うている。

 『攻撃を受ける所までは仕方がないとして、その後、『冷静に自分を捨てた』だろう?』と。

 

 「ご、ごめん。……分からない……。分からない、です」

 

 もう一度、言った。

 

 「と、咄嗟、で。だから、分からない、……ごめん、なさい」

 「そうか。……そうか、ならば、良い」

 

 私の顔に、どんな感情が浮かんでいたのか、私は自分では分からなかった。

 ただラウラは、それだけを告げて、追及してこなかった。

 

 「……さ、町に戻るとしよう! 時間を取らせた。無事に倒せたと報告せねばな!」

 「ああ、……カタナ、辛かったら言ってくれよ。ゆっくり歩くから」

 

 空気を切り替えるようにラウラが皆に声をかける。

 リィンが続いて、少しだけ固さが解れた。

 私も安堵と共に小さく笑った。

 

 ――私の中が、ズキンと音を立てていた。

 

 笑うたびに、教官の言葉が繰り返される。

 心の中が、どんどんと解体されていく。

 痛い。痛い痛い。苦しい。教官の言葉が渦を巻いている。

 だけど! 少しでも多く。僅かでも前に。一生懸命に、やらなければ、ならない!

 

 分かってるんだよ!

 ラウラに言った言葉が嘘だなんて事は、自分が一番理解しているんだよ!

 

 だけど、どうすれば良いのだ。

 戦いで嬉しいと思う資格は無い。

 軋む。心臓の中に刺さった棘が、歯車を狂わせていく。

 ケルディックに戻っても、その痛みは取れないまま。

 

 痛い。痛い。でも謝っても許しては貰えない。

 

 皆の迷惑になりたくないのに!

 皆から失望されたくないのに!

 どんどんと苦しくなっていく。

 私は、無理をして、歩く。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 ケルディックに戻った後の事に、触れておこう。

 目の前の状況を無視はできない。そんな現場があった。

 商人のマルコ氏と、商人のハインツ氏が大市の場所取りを巡って争っていたのである。

 どちらの主張も『ここは私が店を出す場所だ』と言って譲らず、取り合えずリィンとラウラが割って入って止め、話を聞き駆け付けたオットー元締めが一先ずの争いを収めたのだが……。

 

 「実は大市での売り上げ税が大幅に値上がりしてしまっての……。ここ二か月、何回も陳情に伺ったのじゃが、門前払いが続いておってな」

 

 苦労しているのだろう元締めはそう話してくれた。

 彼はヴァンダイク学院長とも旧知の仲で、私達への依頼の選別などもやってくれていた。

 

 此処の税率を定めるのは――アルバレア家。つまりユーシスの実家だ。

 そして大市の許可証を発行するのも、アルバレア家だ。

 今までは、領邦軍が仲裁に駆けつけてくれた、そして諫めてくれていた。

 だが、それをしてくれなくなっているのだと元締めは語る。

 税率への反対意見が上がって来る限り、大市への不干渉を貫くのではないか。勿論、全ては推測で証拠はない。証拠がないのが、逆に怪しい。税率の値上げに反対する住人と元締めに、少し灸を据える気なのだろう。流石にオットー氏は悪態を口には出さなかったが、内心の複雑な感情は、皆が読み取っていた。

 

 「市民を護るはずの存在が、逆に嫌がらせとは、何を考えている……!」

 

 ラウラははっきりと告げた。武も立場も民を護るためにある、と断言してやまない彼女だ。

 アルゼイド家が統治しているレグラムもクロイツェン州に属している。目の上の瘤というようにアルバレア家には思う事が色々あるらしい。

 

 領邦軍。

 簡単に言えば貴族が持つ私兵の事だ。

 皇帝陛下の名において存在する『帝国軍』ではなく、その下に居る貴族らが抱える独自の兵団。つまり“準正規軍”ともいうべき人々。帝国を護るのではなく、その地域地域を護る事に重点を置かれている。

 ケルディックにも勿論、領邦軍が配備されていて、町の中心にある井戸からちょっと西に向かった辺りに詰め所がある。青い衣装を着た、立派な装備の男性達が銃を構えて立っている。薬の調達をしていた最中にも遭遇し、辺りを巡回していたか。

 その割には、スケイリーダイナの退治をしてくれない辺り、やはり庶民の味方ではない。

 

 大市を見回った時、商人達の気合がやたら入っていたのも納得がいった。

 税率はなんと2倍に跳ね上がっているとの話。どの店も利益を出すのに精一杯なのだ。そして税率が上がって以後、先ほどのようなトラブルには事欠かず、領邦軍が動いてくれることも無い。小競り合いが日常茶飯事になっている。

 解決しようにも、商人は他所の商人の助けが出来る程、己に余裕がある訳でもなく――むしろそれを良い機会だと判断して客を招く位じゃないとやっていけないのもあるだろう――皺寄せはオットー元締めのところに押し寄せる。

 まだ色々ときな臭い話はありそうだったが、『流石にこの問題を士官学院の生徒に任せるわけにはいかん、明日も依頼をお願いする』――と元締めに告げられ、私達は広場に出てきた。

 

 「うんうん、悩んでるみたいね、少年少女達」

 

 そこにやって来たのは、サラ教官である。

 どうやら宿から出て、周辺を散策してきたらしい。西ケルディック街道に足を運んでいたようだ。ひょっとしたら農家やその向こうまで行って来たのかもしれない。微かに土の匂いがする。

 顔に、私に対して向けた憎悪に塗れた感情は浮かんでいない。

 だけど許されたと思える程、私は甘ったるい思考をしていない。見逃されているだけだ。

 その証拠に教官は、私の方を殆ど見なかった。

 

 「ちょっとB班が大変なようでね。フォローしに行ってくるわ」

 

 今からだと帝都まで戻ってそこから飛行艇になる。向こうに着くのは深夜近くになるだろう。

 それは同時に、『私達への課題は、私達自身に全投げされた』という事でもある。

 

 「こちらは君たちに任せたわ。精々悩んで、何をすべきか、自分達自身で考えてみなさい――じゃね、皆に女神(エイドス)の加護を。レポート期待してるわよー」

 

 ひらりひらりと手を振って、彼女は駅に行ってしまった。

 残された私達に出来る事は何か? ……ラウラの「一先ず宿に戻って今日は休もう」との言葉に一同は同意したのである。一応もう1回ケルディックの大市を見回ってから、と念押しして。

 

 私は、遠慮させてもらった。

 多分酷い顔をしていたのだろう。

 自覚はある。教官が居なくなったからと言って、それで安心なんか出来ない。

 

 「カタナ、顔色悪いぞ。少し休んだ方が良いんじゃないか?」

 「……そ、そうするよ。少し、休んでる。御飯になったら、声を、かけて」

 

 リィン達は、商人ライモンさん(ベッキーの親父さん)から、店番の手伝いを提案されていた。

 皆は乗り気のようだが、私は――今の私は、とてもじゃないが売り子をできる調子じゃない。

 私は一人、皆から離れて、《風見亭》へと戻る道を選んだ。

 

 とにかく今は、自分の傷が痛かった。

 誤魔化した事。嘘をついた事。心配をさせた事。

 私の中にしまい込んで見ない振りをしている「それ(恐怖)」が、溢れだしそうだった。

 自分自身へのしっぺ返しは、想像以上に過酷で、自己嫌悪で死にそうだ。

 

 ――私の本性は、醜いのだ。

 

 必死に必死にその醜さを拭おうと、汚れを拭っている。

 昔はその醜さを感じることすらしなかったのだから、確かに今は成長している。

 弱くなったのも認める。

 ただ、同時に少しだけ思ったのだ。

 この弱さを感じるならば、今より過去の方が良かったのかもしれない、と。

 

 私は宿に戻る。

 その中に、獣が居ると気付くこともなく。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 それより、数十分前。

 ぎい、と扉を開いて《風見亭》の中に入って来た男が居た。

 

 感じる第一印象を一言で表すならば「でかい」であろう。

 筋骨隆々とした大男。着崩したスーツに身を包んでこそいるが、その存在感は圧倒的だ。

 酒場で飲んでいた人々も、思わず黙り目を向ける容姿。

 まるで野生の獣を彷彿とさせるような威圧感を持った男。

 彼はその巨体とは裏腹に静かに歩き、カウンターに座る。

 

 「女将、この辺で名物の強い酒をくれ」

 

 第一印象こそ獰猛さを感じたが、男がカウンターに座り、煙草に火を付けたところで、酒場の誰もが正気に戻った。この男は別に何をしに来たわけでもない。ただの客だ。

 切り盛りするマゴットもまた、男に一瞬だけ威圧されたが、カウンターに座り酒を注文したならば、この男は客なのだと認識を改める。よくよく見れば粗暴なのは雰囲気だけで、言葉遣いも適度に丁寧だし、それなりに行儀よくメニューを見て酒の御伴を選んでいた。

 分厚い肌と太い指は、ページをめくるのに。一人用の丸椅子は腰を下ろすのに、窮屈だ。

 

 「酒だったね。ライ麦のウイスキーがあるけど如何だい? 度数はあるし、ちょっと癖があって人によっちゃ好みが分かれるんだがこの辺じゃ有名だ」

 「じゃ、それを。ツマミはチョリソーのセット、あとは……適当な奴で良い。腹にがっつり溜まるもんを頼む」

 「あいよ。それじゃまずはウイスキーを」

 

 瓶を開けてグラスに氷を入れ、ウイスキーを注いで出す。

 受け取った男は、まず色を確かめ、次に香りを楽しみ、最後に一気に飲んだ。

 ごくり、と日に焼けた喉が動き、一瞬でグラスが空になる。

 

 「……なるほど、確かに苦いが、悪くねえ」

 「お客さん、いける口だね。旅行者かい?」

 

 伊達に此処で長年、客の相手をしてきたわけではない。

 パッと見ただけである程度の立場は想像が出来た。

 服の仕立てはそれなりに立派だが、金が特段掛かっている拵えではないし、丁寧に洗濯とクリーニングを行う『余所行き』の品ではない。毎日着込んでいるホワイトカラーのスーツに近い。

 しかし商人には見えない。態度からも貴族には見えない。農民にはもっと見えない。

 言葉の訛りからすると帝国の外から来た人間。ケルディックの大市を見に来たのだろう。

 

 「まあな。……ちょっと旅行中みたいなもんだ。……最初はクロスベルにでも向かおうと思ったんだが、止めとけと身内から言われてな。じゃあしょうがねえ、途中下車して此処で降り立ってわけだ。良い具合に、こっちにも顔馴染みはいる」

 「へえ。この辺の人かい? そりゃ」

 「いや。来てるんだろ? 士官学院のガキが。その中の一人が知り合いみたいなもんだ」

 

 煙をくゆらせた男は、グラスにウイスキーを注ぐともう一杯、いっきにグイっと煽る。

 

 「話をしてりゃお出ましだ。……ったくブルブランにルシオラめ、俺に割に合わねえ仕事を押し付けやがって」

 

 男はサングラスの奥ですっと目を細めて、丁度、店内に入って来た少女を見る。

 顔色があまり良くない小柄な娘。

 彼女もまた、その視線を感じ取って、男を確認し、微かに身を震わせる。

 そして小さく、男を見て呟いた。

 

 《痩せ狼》ヴァルター、と。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 その晩、カタナは宿から姿を消した。




Q:サラ教官がログアウトしました。
A:《痩せ狼》ヴァルターがログインしました。

Q:サラ教官が居なくなって安心?
A:置き土産が無いとは言ってない。

Q:カタナのメンタルは大丈夫?
A:仲間がいるんだ。次回からSAN値が復活していくよ!
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