カタナ、閃く   作:金枝篇

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色々立て込んでいて更新が遅れましたが、その分内容は濃く仕上がりました。
あっちにもこっちにも導火線と爆発地点しかありません。
さあ一章のクライマックスに向けて走りましょう。

では、どうぞ!


月の繁みの中で

 巨大な鋼と、頑丈な笹が激突する。

 比喩でも嘘でもない。ササパンダーの振り下ろしを、ラウラが受け止めたのだ。

 柔軟な笹竹は、鞭の様にしなり、風切り音を上げる。間合いに気を付けたラウラが切り伏せると、即座に背後に控えていたゴーディオッサーが前進。打撃が飛んでくる。

 

 「守りが硬いだけではないぞ!? どうなっている!?」

 

 それを軽く下がって回避したラウラは、目の前に広がる状況に声を上げた。

 

 「こ、この動きは明らかにおかしい……!」

 「それは分かる! 理由が分からぬ!」

 

 真正面にゴーディオッサーが並び、合間を縫うようにササパンダーが埋める。

 硬い重装歩兵と、速き軽装歩兵の隊列。明らかに連携をして動くそれらは、猛攻を凌ぐ事こそ出来るが、強引な前進を許さない。下手に踏み込むと蹂躙される。

 

 「これは撤退した方が良いな! アリサ、エリオット、入り口まで戻ってくれ!」

 「賛成だ。距離を取るぞ! ――リィン、併せよ! 『地烈斬』!」

 

 リィンの指示に、ラウラが頷いた。地面を走る衝撃に重なり、影が飛ぶ。『弧影斬』だ。

 二つの衝撃が、此方を追跡せんとする敵前衛組をかき乱し、損耗させる。ゴーディオッサーは耐えているが、ササパンダーとクラゲダケは斃れる。その骸で、連中の陣形が乱れた。

 僅かな空白時間を使い、私達は入口へと戻っていく。

 つい先ほど、入って来たばかりの公園の門扉へと駆け戻る。

 

 「危な、い、なっ!」

 

 重歩兵と軽歩兵がいるなら、射手もいる。正確に言えば本体が矢のような魔獣が居る。

 私達に追いつき、背中からのバックアタックを狙う、ブレードホーンとハッシムゥ。

 樹々を抜け、ラウラやリィンと言った強敵を回避した連中が狙うのは、アリサとエリオットだ。

 昆虫ならではの滑らかな動きで獲物に向かう、その軌道上に――。

 

 「そこは、行き止まり、追撃は、させない――『リーピング・バイト』」

 

 私が居る。私の速度なら、昆虫の群れを視認できるし、その機動力を上回れる。

 大樹の幹を蹴った私は、空中で、ブレードホーンに追いつき、刃を振るった。

 まず羽。外骨格に覆われた羽を、切断。次に大きいとはいえ、所詮カブトムシの一種だ。前胸部と中胸部があり、その繋ぎは脆い。同じカブトムシ同士の戦いで切断されてしまうこともあるレベル。そこに刃を入れ、両断。

 二つに分断された身体が液体をまき散らし旋回しながら落下していく。

 そのまま樹々を蹴り、斜めに進んで、ハッシムゥを退治しつつ地面に着地、加速。

 ルナリア自然公園の入り口まで、一呼吸で駆け戻った。

 

 「ここまでくれば、安全かな、一先ず」

 「――ホント、なんなのよ。あの動き……!」

 「ふう、ふう、明らかに……統率されていたね……」

 

 走った汗と、冷や汗を、半々くらいでかいている後衛組2人。

 続いて無事に戻って来たリィンとラウラも、流石に大きく息を吐いた。

 

 『ルナリア自然公園』へとやって来たのは、ほんの数分前。

 幸運にも入口には見張りが居なかった。奇妙な話だ。先日皆で訪れた時は、割と邪険に追い払われたというのに、だ(私は呆けていたので覚えていなかったが)。

 確かに門扉は施錠されていて、人が内部に勝手に入れる様にはなっていなかった。

 しかし周囲に落ちていた青いブレスレットをアリサが拾ったのと、加えて鍵が内側から施錠されているという部分から、内部に彼らが潜んでいると判断し、中へと侵入をしたのだ。

 その際、リィンの妙技――鍵の両断――が繰り出され、一同が感心する一幕があったりもした。

 

 「まさかあんな風に待ち構えているとはな……」

 

 ラウラが再び、同じ言葉を繰り返した。

 いざと意気軒昂に入り込んだ私達を待っていたのは、異常に統率が取れた魔獣の群れだった。

 一体や二体ではなく、十体、ニ十体という数の魔獣が、隊列を組み、野生の力はそのままに役割分担をして待ち構えていた。

 ササパンダーとゴーディオッサーが白兵を。ブレードホーンとハッシムゥが射撃を。クラゲダケは地面や周囲に同化して罠的に潜んでいたり、その緩慢な動きでスニーキングしながら挟撃してきたりと、予断を許さなかった。

 手厚い陣地の奥に進むのは早々に諦め、こうして撤退してきたのである。

 門扉の手前までは追いかけてこなかったから、こうして安心して休息が出来ているが……。

 

 「どうする。このまま相手に時間を稼がれたら、色んな意味で不味いわよ」

 

 魔獣の群れが密集した公園通路の奥へと、アリサが目を向けた。

 

 一つ目は、私達の実習時間が尽きるという部分。トリスタへの帰還だけで言うならば、最悪、明日の朝一番で、という選択肢はある。

 だが、自然公園を探索するのは、日が昇っている今の方が良い。

 見ず知らずの、野生が休む場所を夜間に探索するとか、自殺行為以外の何物でもない。

 

 二つ目は、相手側が行動を済ませてしまう、という部分だ。

 鍵が内側から施錠されていたという事実からは、部外者の立ち入りを禁止したい意図が見える。

 だが本当に、自然公園内部で起きている出来事をし(・)ら(・)ば(・)っ(・)く(・)れ(・)る(・)ならば、偽管理人達を立たせて『今も工事中だから立ち入りは禁止だ』とでも処理した方が、安全なのだ。

 それをしないという事は、偽管理人達にそれをする余裕がない……ということだろう。

 昨晩の一件で、大市の人間は、危機に敏感になっている。領邦軍も展開して治安の維持を担っている(情報統制とアピールの意味が強いが)。この状況で、更に大市に干渉するのは無理だ。

 となれば――『さっさと盗んだ荷物を纏めて脱出しようとする』のでは、ないだろうか。

 これの猶予は、正直言って図れない。とっくに準備を済ませている可能性すらあった。

 

 だからこそ私達は、急ぎ自然公園に足を運んだのだが、結果は先の通りだ。

 完全に統率された魔獣達の様子から、自然公園の奥に、その指揮官――十中八九、偽管理人か、その仲間だろう――がま(・)だ(・)居ることは確かめられた。

 ……同時に、私達の接近も相手に伝わった訳だがな。

 

 「仕切り直しだな……。ジョンソンさんから聞いた裏道を使うしかないか」

 「し、自然公園のヌシだっけ。……遭遇しなければ良いんだけどね……」

 

 そして悲しいかな。私の嫌な予感は外れたことがない。

 覚悟しておいた方が、良さそうだった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 ざっと経緯を説明しよう。

 ズウォーダーを退治した私達は、依頼達成の報告と、自然公園の情報収集を始めた。

 消費した道具の補給なども分担しつつの行動だ。

 だがしかし、ここもまた領邦軍という邪魔が立ち塞がった。大市での情報収集を妨害されているのだから当然と言えば当然なのだが、自然公園の情報も中々手に入らない。

 

 ……一応、ヒントはあったのだ。ケルディックに実習に来てから視界の端にちらっと映っていた、酔っ払いのおじさん。どうも彼は自然公園の元管理人さんだったらしい。だがズウォーダーを退治して戻って来た私達が、先日彼が酒瓶と共に転がっていた場所を目指しても、其処には誰もいなかった。

 しょうがないので各自で、彼を探すのも手分けすることにした。

 

 私は導力工房《オドウィン》へ足を運んだ。

 先ほどズウォーダーを倒した時に入手したクオーツを使用可能にするためだ。

 以前も少し語ったが、私は導力器(オーブメント)のバージョンアップに関しては不満がある。互換性がなく、第四世代(ARCUSは第五世代の試作品だが)以前の、旧盤戦術導力器のように、ライン開放とクオーツ共鳴による多様なアーツ使用が出来なくなったのは、明白なデメリットだ。

 ただそれはそれとして、最新型のメリットも理解はしている。

 ARCUSの戦術リンク機能ではなく、クオーツ嵌め込み型というスタイルのメリットは二つ。

 魔獣の体内で結晶化したクオーツは、適度に研磨し加工しさえすれば使えるようになる。専門の工房がなくとも、簡易修復キットで(強引に)嵌められたりする。

 更に、かなり乱暴な手段になるが、気絶させた人間の懐から、ちょちょっと拝借(泥棒)するだけでお手軽強化だ。個人用に調整された旧型であれこれ試行錯誤する時間は減る。……私はその考える時間が好きだったのだけどね。

 

 「……《ブレス》か。当たりだ」

 

 私はアーツ適性が限りなく低い。これを使うよりアイテムを買い込む方が、遥かに効率が良い。

 幸い『卵の錬金術』でミラにはかなり余裕がある。

 エリオットは魔導杖があるから……アリサに使って貰えば丁度良いか。

 

 さておき。酔っ払いおじさんが、何処にいるのか。考える。

 第一は、領邦軍の詰め所という可能性だ。酔いつぶれていたから快方しましたと名目も立つ。

 その場合、忍び込んでの情報収集になる訳で……。私なら出来るが、出来るならやりたくない。今は昼間で、人の眼も多い。……が、領邦軍が、酔っ払いの身分をまず確認するだろうかと言えば疑問だ。

 実際、先日までは彼は街の隅で酒を浴びていた。

 情報を隠さないと不味い、と判断したのがヴァルターとの戦いの後ならば。

 

 「ヴァルターとの戦いで、目を覚まして、逃げた……かな」

 

 あの巨体が暴れている様子を見れば、誰だって逃げる。私だって逃げる。

 逃げた場合、彼が何処に行くかと言えば――。

 

 「……お、同じことを考えたのは、私だけじゃないみたいだね」

 「うむ。昨晩の事を思い出せばこうもなろう」

 

 民間人の保護を行っている場所、つまりケルディックの七耀教会だ。

 工房の近くだったので、クオーツを確保後に足を運ぶと、ラウラに遭遇した。同じ結論に至ったらしい。

 

 「さ、昨晩のあれは――」

 「まだ気にしているのか? そんなに抱え込む必要はないぞ、カタナ」

 「や、そうじゃ、なくて。……ラウラの方は怪我とか、大丈夫だった?」

 「大丈夫だ。戦いに支障はない。むしろあの達人を前にして不甲斐なかった事と悔しかった事の方が大きいな。……あの重心と踏み込みは、何か参考になるかもしれんが……」

 

 大丈夫そうなら、良いか。

 薬の調達依頼で話をした、ジンベル教区長に話を聞きに行くと、彼は無言で宿泊用の個室へと案内をしてくれた。覗くと酔ったおじさん――ルナリア自然公園の元管理人:ジョンソンさんは、涙ながらに、シスター・オリーヴに愚痴を吐いていた。相当に溜めこんでいたのか、止まらない愚痴にシスターも若干困っている。私達は、その役目を引き継ぐことにした。

 若い娘二人からの慰めを受け、ジョンソンさんはおいおいと泣き続ける。

 彼の話を簡潔に纏めるとこうなる。

 

 『生き甲斐として一生懸命に働いていた自然公園を、少し前、突然に解雇された。クロイツェン州の役人が有無を言わさずやってきてフォローも無し。代わりに入った作業員は若くて軽薄で、騒ぎがあっても何も気にしない。あれじゃ公園の自然と魔獣が可哀そうだ』

 

 ……酔って鬱憤を吐き出しているだけで悪い人ではないようだ。魔獣にも目を配っているし。

 ラウラにリィン達を呼んでくるようにお願いし、私は暫し聞きに徹した。

 ベリル曰く、私はウィスパーボイスで、男性を応援したり慰めたりするのにも良いらしい。

 出来るだけ穏やかに応答をしていると、やがて彼は、泣くのにも飽きたのか、よろよろと顔を上げた。まだ目が死んでいるが、ひとまず事情は聴けそうだ。

 

 「ジ、ジョンソンさん、私達、自然公園に、用事があるんです……。そ、その若い管理人が居て中に入れない場合、ど、どうしましょう?」

 「うぃ……ヒック、そうらな。一応、裏道、みたいなのはあるぞぉ。近くの農家の横からぐるっと回りこむんだなぁ……。ただ、あんまりお勧めはしないぞー、ヌシの近くを通ることにもなる……オジサン、1回でっかいヌシに遭遇して慌てて逃げちゃったよ……ヒック、あとは、そうだなぁ。――あー、非常口はあるなぁ、こっちは公用の緊急用だなぁ」

 

 呂律が回ってないが、どうやら正面入り口以外の出入り口があること。自然公園のヌシが居ることは把握できた。

 ジョンソンさんが眠りに落ちたところで、教会のお二人に礼を言って辞し、皆と合流。

 

 「う、裏口の話は聞けた。あんまりおススメされない道らしいけど……」

 「まずは正面門から行くのが常道というものだろうな。裏口は備えとしておこう」

 

 かくして私達は、気合を入れて自然公園へと向かったのである。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 回想終わり。

 私達は正面突破を諦め、公園の裏口から歩を進めている。

 こちら側は警戒が薄いようで、魔獣達が陣形を敷いていることもない。

 

 「ど、どうも裏口は、ジョンソンさんが農家と個人的に打ち合わせて、準備したらしい」

 「なるほど……。彼と一部の者しか知らない道ならば、領邦軍達の警戒をすり抜けられるか……。と、正面、ゴーディオッサーが一体だ。音を立てずに急いで撃破するぞ。皆、良いな?」

 

 リィンの言葉に、私達は揃って頷き、息を揃えてバックアタックで倒していく。

 単体に不意打ち。そして油断せず連撃。それだけで、此方の勝ちはほぼ確定だ。

 数分後、地面に斃れている巨体を軽く検分。相手が間違いなく死亡していることを確認して、ゴーディオッサーの口をこじ開ける。

 

 「……うわ……カタナ、よく平気だね……。何見てるの……?」

 「歯。――陣形を敷いていた、あの魔獣の数は、明らかにおかしいから」

 

 エリオットの顔色は相変わらず青かったが、スケイリーダイナにズウォーダーと大型魔獣2体を倒してきたからか、声だけは震えているが、随分と慣れが感じられた。大丈夫そうだな。

 

 「ふむ、生物学も嗜んでいるのか、其方は」

 「……か、『家庭教師』の受け売りだけどね。き、教会の人間として、治癒とか、法術とか、その辺を確認する為にも、生物工学は、必要なんだってさ」

 

 身体への刻印を付与して、ヨシュアさんの精神を支配するとかまでしていたからな、アイツ。

 加えて、そこそこ自分を鍛えておかなければ、古代遺物の調査は難しい。四輪の塔を踏破出来るだけの肉体くらいは、あの男は培っていたのだ。

 実際、魔導障壁を貼っていたとはいえ、リベル・アークでも中々死ななかったしな。

 それに学者肌で研究者として優秀だったのは間違いない。

 魔獣に関わる時は、表向き『逃げ』に徹していたが――エステル達がやって来るまで逃げに徹する“演技をする”以上、攻撃をされても全て耐えられるだけの実力と生態の把握が必要なのだ。

 

 「……き、樹の幹を齧った跡がある。これはちょっと、良くないかな」

 「具体的には何が悪いのよ」

 「食料供給が、上手くいってない」

 

 自然公園の管理人、というのはどのような職業なのか?

 

 まず公園を訪れる客の案内がある。内部には魔獣が居るので、それを承知させた上で安全に自然を満喫してもらわねばならない。魔獣除けの準備をさせ、場合によっては「怪我をしても自己責任です」と署名をさせる。これに並行して、管理人側としても、日々、安全性を出来る限り高める準備を怠ってはならない。魔獣除けの街灯設置や道路整備、防護壁や柵の修理などなどだ。

 

 また内部に住んでいる魔獣の観察や記録なども仕事だ。この魔獣の弱点はこれこれ、この魔獣はこうすると大人しくなる、この魔獣はこの季節になると繁殖期を迎える……etc。このような情報を纏め、お上に提出するのも大事な役目だ。ここで観察された記録が、別の場所の同じ魔獣に有効だと判明することだってある。

 

 そして、それらをする為には、必ず公(・)園(・)内(・)部(・)を(・)定(・)期(・)的(・)に(・)見(・)回(・)ら(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)。

 

 何かしらの異常がないかを常に確かめるのだ。

 例えば特定の魔獣が増えすぎていないか、植物の中に病気が流行っていないか、魔獣たちの食事となる餌は十分に公園内部にあるか……。もしも公園の木々に病気が流行り、その結果、秋の実りが少なかったとする。必然、公園内部の魔獣は空腹となって狂暴になるし、場合によっては公園外に餌を求めて逃げ出すかもしれない。そうなれば大変だ。

 連れ戻せるなら良いが、基本は駆除の対象である。ズウォーダーみたいに。

 

 「で、でも、偽管理人は、そんなこと、してるわけがないんだよね……」

 「それが入口に屯する、あの魔獣の山か……」

 「なるほど。つまり数が雑に増えると、食物の消費量が上がる。足りなくなるから、今迄食べて居なかった物も食べるようになる、か」

 

 ゴーディオッサーは大型の霊長類。雑食性だ。野菜、果実、茸、小動物、昆虫、小型魔獣。食べる物は多岐に渡る。樹の枝とて食べれはするだろうが、他に食べる物があるならば食べはしまい。

 

 普通の農地だって一週間放置しておけば、春から秋にかけては、凄まじい勢いで雑草が伸びる。

 魔獣は雑草と同じだ。そしてここは自然豊かな公園で、生息数も街道沿いとは段違いに多い。

 であれば、数週間から数か月も放置された自然公園の中は、どうなっているか?

 その結果がこれだ。偽管理員達は、仕事が終わった後の自然公園がどうなるかーとか、何にも考えちゃいなかったのだろう。ジョンソンさんは怒って良い。

 

 「そして、空腹になった魔獣は、気性が荒くなる。荒くなった奴らが、誰かの指示で動く」

 「……悪い要素ばっかり上がるな」

 「い、一応、良い面も、あるけどね」

 

 正規ルートに魔獣の陣が敷かれている以上、中にいる奴らは、そのままでは脱出できない。

 つまり別の脱出方法を知っている訳だ。

 私達が、ジョンソンさんしか知らない裏口から入ったのは非常口(その別の脱出方法)で、彼らと鉢合わせない為。つまり内部に居る奴らを不意打ち出来る。

 不意打ちをしたならば、まっとうに魔獣を操る方法は、多分、防げるだろう。

 そして支配できない魔獣の群れは、私達にとっては厄介だが、相手にとっても厄介になる。

 

 ――古竜レグナートも、徹底的に弱らせてから操った訳だし。

 ――あの場に居合わせたけどね、私も。

 

 思い出す。

 あの眼鏡(ワイスマン)、レオンハルトさんが奮戦している渦中に私も投下しやがったのだ。

 一撃受けたら即死する激戦の中、私は延々と逃げて攪乱だけやっていた。もうやりたくない。

 でもお陰で、戦場全体を見渡す視野は手に入れた。

 私達5人で戦う時、そうした広い視野を手に入れる為の経験を積むという意味でも、この道は悪くない。

 

 「ケ、ケルディックの街道に続いて、後衛組には特に、経験が大事だし……」

 「そうだな。エリオット、指揮の方はいけそうか?」

 「ちょっとは慣れたけど……でも良いのかな。だって僕、戦力としてはこの中で最下位だよ?」

 

 嘆いているエリオットだが、そんな事は気にしないで良いのだ。

 確かにラウラ、リィン、あと私。此処まで実力者が揃っている状態で、指揮役(コマンダー)をする、というのはエリオットにとって重圧かもしれない。格上の相手を自分が指揮なんてして良いのか、と。

 良いのだ。欲しいのは指揮であって、指(・)示(・)ではない。正しく信頼できる情報であれば良い。

 

 「む、難しく、考える必要は無い。ARCUSもあるから、ただリィンやラウラが安心して動けるように、エリオットは注意深く周囲を観察すれば良い。で、小さなことでも、異常があったら、それを報告する。それだけ。……し、指揮じゃなくて、友達へのアドバイス、そのくらいで良い」

 

 私の言葉に、前衛二人も頷いてくれた。

 

 「そうだな。私もリィンも、真後ろを見る事は出来ない。アリサは弓だ。どうしたって獲物に集中しなければいけない時もある。だからエリオット、其方が適任なのだ。……街道や、公園に居る単体の敵なら、其方がミスをしても私達自身で十分にフォローができる」

 「ああ、だから今のうちに沢山ミスをしておこうエリオット。やってる内に、段々慣れてくるものさ。偽管理員の時にミスを減らすための予行演習だと思って、のんびりやれば良い。大丈夫、皆、最初から何でも出来る訳じゃない」

 

 リィンが大幅な戦略を立て、現場で戦術を私が描き、エリオットからの情報で補強する。

 一騎当千の馬鹿みたいに強い『執行者』と違って、私に出来たのは小細工だ。だからこそ小細工を――言い換えるのならば、小さくても効果的な手段を重ね合わせて、戦う術を駆使するのだ。

 今の私達は、大きな力を有していない。それは小(・)さ(・)な(・)力(・)を(・)重(・)ね(・)合(・)わ(・)せ(・)る(・)のには最適だ。

 

 そういう「嫌がらせ」が得意なのは、人間としてちょっと悲しい。

 でも仲間の役に立つ事は嬉しい。複雑である。

 

 私達は出会う敵に対し、逐一『弱点看破(ディフェクター)』を使っていた。

 エリオットで間に合わない時は私の《アナライズ(解析)》も同時に使っている。……幾ら回復アーツの効果がアイテム以下でも、《ニードルショット》が泥団子にしかならなくても、絶対に失敗しないアーツの発動は問題ないぞ。念の為に言っておくけど。

 魔導杖は、記録機器としても優秀だ。こういうデータを一番蓄積できるのもエリオットなので、必然、皆あれこれとエリオットから情報を聞くし、アドバイスを受ける。指揮に必要な情報が集まる訳だ。

 

 本来の道には魔獣がひしめいていたので実感がしにくかったが、自然公園の道は基本は安全だ。

 歩道のど真ん中に魔獣が居るのは、偽管理人の手入れ不足(だと思う。多分)。

 自然公園内に置かれた精霊信仰の遺物が、魔獣除けの役割を果たしている。だから基本は安全なのだ。うっかりの挟撃と頭上さえ注意すれば。油断さえしなければ。

 

 「さて、入口の地図からすれば……終点はそろそろの筈だけど」

 「しっ、皆、静かに……」

 

 アリサが地図を開いて確認し、丁度、最奥部の方を指さした時だ。

 リィンが静かに、と口元に指をあてる。微かに聞こえるのは――導力の音。そして話声だ。

 それも複数。

 自然と私達の間に緊張が走った。

 古びた十字像――古代の精霊信仰の名残り――の影から、微かに顔だけで覗く。

 自然公園の行き止まり、奥の広場には、青い作業服の男達と、一台の導力トラックがあった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 広間にはベンチが置かれていたり、敢えて頭上に木陰が出来ないように手入れされていたりと、かなり視界が良い。その中に佇む男達は、私達の目の前で荷物をトラックに積んでいく――いや、積み終わった。

 距離はあるが、向こうが油断しているからか、声が大きく、聞き取れる。

 

 「なあ、おい! まだ俺達への撤退命令は出ねえのかよ! 急いでおさらばしようぜ。こんな鬱陶しい場所! 昨日から動きっぱなしで疲れたしよ。もう勘弁だ」

 「気持ちは分かるがまだだ。まだ先のトラックが街道に出ていない。向こうが完全に脱出してからだ」

 「くっそ、盗みに草刈りに、面倒くさい仕事は全部任せて立案者どもはさっさととんずらってか。とんだ貧乏籤だ」

 「落ち着け。離脱の支援はすると向こうからの確約は貰っている。それより大声を出すな。どこで誰が聞いているか分からん」

 「入口があんな状態。非常口も見張ってる! 誰が入って来るんだよ、こんな場所!」

 

 私達だよ――内心で思った。

 歩道の左右に別れて聞いた限りでは、どうも本部隊は既に離脱済み。

 奴らだけ取り残されているらしい。

 

 どうする? と互いの顔を伺い合い、身振り手振りで簡単なやり取りをしていると。

 アリサが静かにARCUSを起動し、私達に見せた。静かに幾つかのスイッチを押す。彼女の口が動いていた。――『真似して』――? 言われるがままにARCUSを取り出し、真似をして操作をすると――微かな音と共に、通信機能が働く。

 

 『ARCUSに内蔵されてる……共通会話機能を……音声スピーカーを下げた上で使ったわ。内緒話にはうってつけよ。……マニュアル隅々まで見ておいた甲斐があったわね』

 

 ひそひそと囁くようなアリサの声が、ARCUSから聞こえてくる。

 なるほど。ARCUSの通信射程距離にも左右されるのだろうが、トリスタの街中同士ならば大体届いていた。それに全員のリンクが行えるという事は、会話を複数で共有することも出来るという事か。

 

 『話を聞く感じでは、彼らの首謀者が居て、其処から指示を受けて逃げる準備を済ませてる……かな?』

 『た、多分ね。……轍の跡が非常口の方に続いてるから。一番の大物は逃げた後、だと、思う』

 『撤退支援を、と話していた――長距離通信か何かで指示を出す相手が居るのだろうな……。それにあの偽管理人、歩き方が軍隊の物に近い。領邦軍の一派だろう。……となると指示を出したのも、領邦軍、もしくはそこに与する者。貴族派の権力者に近い』

 『……リィン、どうする? このままだとアイツらに逃げられるわ。大市の盗品はあのトラックの中……。だけどこれ以上踏み込むと、領邦軍や貴族派の上(・)に、私達の行動が伝わりかねないわ。それだと流石に誤魔化せないし、ペナルティも重くなるわよ、絶対』

 

 互いの意見を聞いた後、リィンは、少しだけ考えて。

 それでも、と頷いた。

 

 『行こう。偽管理人の身柄を抑えよう。見逃したら、ここまで来た意味がない。……だから、これが、今すべきことだと思う。……カタナ、戦術を頼む』

 『ん、じゃあ、……やろう』

 

 手持ちの装備と、相手までの距離、練度を概算して、形にする。

 

 『エ、エリオット。さっき《エアストライク(風の一撃)》手に入れてたよね。……あ、あれで四人の真ん中くらいを狙って。で、そしたら、リィンと私で、手前の二人。アリサとラウラで、奥の二人。――か、風で相手が顔を抑えた隙が、大事。アリサの『フランベルジュ』も、ラウラの『地裂斬』も、直撃しないでも、風で火花や土煙の効果が上がる。……ど、どう?』

 『よし、それで行こう。……エリオット、リンクをラウラと繋いでくれ。ラウラが地面を叩いた瞬間、俺とカタナは全速力だ。アリサは射る。……いいな?』

 

 互いが思い思いの返事をして、静かに戦闘の準備に移行する。

 ARCUS駆動、とエリオットが呟く。

 クオーツの共鳴による独特の波動が周囲に広がっていく。

 

 エリオットは流石、魔法適性が高いだけあって、波動も柔らかいし、それが展開されている時間も短い。人間、誰しも自分に共鳴しやすい『属性』があるのだ。アーツが得意という人間とは、即ちクオーツの共鳴を自分の中で効率よく増幅させる事が出来る人間を言う。

 エリオットの身体そのものがクオーツを反響しやすい、ということだ。

 

 身体が反響しやすい体質ならば、彼が音楽を得意としているのも納得である。そう言えばオリヴァルト皇子も楽器とアーツの腕はピカ一だし、ヨシュアもハーモニカが上手。ルシオラさんもシェラさんも元雑技団だけあって楽器は得意。この推測は案外当たっているような気がする。

 

 ――いや、それだと何で私は鍵盤を叩く癖にアーツがからっきしなんだろう?

 

 などと自分の才能に疑問を抱いている暇はない。

 エリオットが詠唱を終え、私達を見た。

 小さく頷くと同時、ラウラが裂帛の気合と共に、大地に刃を振り下ろした!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 数分後。

 

 「荷台の荷物は盗品で間違いなさそうよ。現行犯逮捕で良いのかしらね?」

 「領邦軍が逮捕してくれれば良いんだけどね」

 

 私はロープを取り出して、手際よく偽管理員をお縄にした。両腕を後ろで縛り、親指を固定させて逃げられない一工夫をした後で、木に縛る。気絶している男も居たがずるずると地面を転がして(土で汚れた? 良い気味だよ)鈴なりに繋げる。これで逃げられない、と。

 

 え、偽管理人との戦いはどうなったかって?

 リィンが飛び出すと同時に叫んで注意を集める

 → その瞬間に《エアストライク》と『フランベルジュ』が直撃。風で炎が広がって混乱。

 → 私とリィンが速攻で管理人2人を撃破。

 → 一瞬遅れてラウラの『地烈斬』が1人を撃破。

 → 『エアストライク』を受けて倒れていた奴を、私とリィンで殴る。

 以上終わりだ。長々と説明しても面倒なので割愛である。

 

 「流石に私達が中身を検める訳にはいかないものね。……それとなんか変な草も集めてたみたいだけど」

 「草?」

 「自然公園の固有種でも売却したかったのかな」

 

 ……そういや偽管理人達が、草刈までやらされていた、と話していたな。

 まさか広場の整地用では無いだろう。エリオットは固有種が、と意見を出したが。

 偽管理人を倒して、少しだけ緩んでいた気が、引き締まる。

 私の唇が渇き、思わず舌で舐めながら様子を伺ってしまう程に、警鐘が鳴っていた。

 嫌な、予感が、する。

 言葉に出来ない、漠然とした不安感が膨らみ、拭えない。

 

 「ねえアリサ、その草って荷台だよね。ちょっと見せて貰って――」

 

 その瞬間。

 続けざまに、二つの音と、一つの景色が連続した。

 

 油断をしていた訳ではない。

 だが警戒を上回る勢いで、続けざまに情報が押し寄せて、翻弄してきた。

 その何れもが致命傷に繋がりかねない混乱の塊だった。

 

 まず、第一に銃声が響いた。

 チュインという音がして、足元の石が弾け、その後に長く響く銃の音。

 

 「――っ、狙撃ぃ! 3時方向っ!」

 

 私の叫びに、リィンが近くに居たエリオットを抱えて、車の陰に飛び込む。

 ラウラが、その剣を盾のように地面に突き刺し、アリサを引っ張り込んで身を隠す。私も飛び込む。女三人で狭苦しいが勘弁して貰おう。アリサの上にラウラ、その上に私。

 

 「まさか、彼らの言っていた、撤退支援か……!?」

 「らしいねぇ!」

 

 狙撃の一発目で、身動きを封じられた中、続けて数発の着弾音が響く。

 そしてあろうことか! その弾丸が! 偽管理員を捕縛していたロープを削り切ったのだ! 狙撃の腕が半端ないぞ!?

 私達が動けない中、自由の身になった偽管理員Aは、素早くナイフで仲間達を開放してしまう!

 そして此方を見る。――そりゃ見るよな! 瞬殺された鬱憤をぶつけにくるよな!

 

 だが、続く二つ目の音は、彼らも含めた全員を硬直させるのに十分だった。

 ほんの微かな、鋭敏な聴覚をした私とエリオットで辛うじて聞き取れた、笛の音色。

 

 「あそこ! 崖の上! 二人……!」

 

 狙撃に最大限気を付けて伺うと、3時方向――左側の遠く、断崖の上に、姿が二つ。

 片方は漆黒の鎧と仮面に身を包んだ、外見以外何も分からない者。狙撃銃を向けている。

 もう片方は、領邦軍の制服に身を包み、顔をヘルメットで覆い隠した、笛を吹く(多分)男。

 

 二人の姿を此方が目視すると同時に、管理人達の動きが変わった。

 こちらへ鬱憤をぶつける動きではなく、その場から離脱しようとする動きに。

 急いで逃げなければ不味い、と顔が語っていた。

 

 「……もしかして笛!? 笛で魔獣を操ってたの!?」

 

 エリオットが察する。

 その疑問を肯定するように、森が一斉に騒ぎ出した。

 

 ジョンソンさんから話を聞いた時、エリオットが「出会いませんように!」と祈っていたが、今思えばあれは完全に「出るなよ? 本当に出るなよ?」という前振りだったのだ!

 

 鳥が騒ぎ、小動物が悲鳴を上げる音。そしてそれに続く、ゴーディオッサーの叫び声。囂々と吼える騒音。何処にこれ程の獣が潜んでいたのか。野生動物の底力を感じさせる鳴き声が幾つも重なった後、――腹に響くような重低音が響く!

 獣達に応じるように。その場の全ての「侵入者」に恐怖と存在感を知らしめる叫び。

 これは――東方剣術にも取り入れられている『猿叫(えんきょう)』という奴か……!

 

 「逃げるぞ! ガキどもは放っておけ!」

 「エンジン回せっ! 急げ! 早く!!」

 

 耳を痺れさせる咆哮と、頭上の狙撃。

 二つの音を処理するのに手一杯。偽管理人達は、そんな私達を無視して、直ぐ様に荷台に乗り込み、エンジンを動かす。そして車を発進させていく。

 踏み込まれたアクセルにタイヤの音が耳障りに響き、速度を上げて突き進むトラック。

 

 ズシンズシン! という連続した振動は瞬く間に、大樹と茂みを掻き分けてやって来る!

 四つ足――ではない。人間で言うならば、握り拳を地面にくっつけて歩くような動き。ナックルウォーキングと呼ばれる方法で駆けて来た、見上げる程に巨大な類人猿。

 

 それは、ゴーディオッサーを数倍に巨大化させたような森のヌシ!

 魔獣グルノージャが、大広間へと乱入っ!

 

 そしてその腕が、離脱しかけていたトラックを、殴り飛ばしたっ!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「……マジで……!?」

 

 思わず呟かれた言葉は、一同の共通心理を代弁していた。

 その巨大な拳で、側面から叩かれたトラックは、金属の折れる音を響かせて横転。

 煙と焦げ臭い匂いが立ち込め、管理員達の苦悶の声が聞こえてくるが、手を割く余裕がない。

 

 「け、毛並みの一部が、白……盛り上がった瘤……! く、首回りに肩……シ、シルバーバック……!?」

 「つまり巨大な狒々(ヒヒ)だよね……!?」

 

 シルバーバック。長い年月を生きた、大型類人猿が持つ特徴だ。

 単純に毛が白くなるだけでなく、その部分が瘤状に隆起して一目で判別がつくようになる。

 ゴーディオッサーは人間とは随分かけ離れた外見だが、それでも類人猿の一種。故にその大ボスであるグルノージャには、見事にシルバーバックの特徴である白い瘤が複数見えている。

 

 ……ていうかあれ瘤じゃないよ既に! 完全に硬質化した皮膚は骨と一体化して、岩石が身体に埋まっているかのようにすら見えるぞ!

 

 角は本来のゴーディオッサーの倍、曲がった角の一部はパイプのようになっている。所謂メガホンの役目をしているのだろう。さっきの叫びの源はあれか!

 

 鋭い牙と、後頭部の角。覆う鬣(たてがみ)。頭蓋骨の形を大雑把に見ても、後頭部が非常に盛り上がっている。顎の筋肉が発達している証拠だ。恐らく主食は雑食性で、昆虫から、大きなものは『樹木』まで食べている。餓えたゴーディオッサーと違い、日頃から大樹を齧って主食にしているレベル!

 自然公園の、頂点捕食者だ。

 警戒心を最大限まで引き上げた私達から、遠くない位置で、小さな爆発音。

 横転したトラックが微かに煙を上げたのだ。グルノージャの視線が、其方に向く。

 

 「ど、どうする、リィン! 私達だけなら、逃げれる! 今、なら!」

 

 私は咄嗟に叫んだ。

 『偽管理員達を見殺しにして囮にすれば、ここから離脱は出来る!』と暗に告げる。

 この場にいる誰もが心に思っていても、しかし言えない、残酷な判断。

 それを言うのも私の役目だ。

 

 実行したら、あの遠く崖上の二人はこちらを許さなさそうだがな!

 でも、見ず知らずの他人より、こっちの命の方が大事だよ!

 

 「いや、流石に彼らを放り出すわけにはいかない! 最悪、俺が押さえているから皆は彼らを助けてやってくれ!」

 

 即座に返って来る拒否の言葉。

 リィンなら、まあそう言うだろうなと納得し、まあそう言うだろうな畜生とヤケクソに思う。

 

 だから性質(タチ)が悪いんだ、こいつは!

 勇気と蛮勇は違う。懸命と無謀は違う。

 だが、頭では理解をしていても、リィンの凛とした横顔が、それ以上を言わせなかった。

 緊張なのか興奮なのか別の何かで、私は歯を食いしばって刃を抜く。

 

 『逃げても良い』という気持ちと理由に『もうちょっと頑張ろう。理屈抜きで』と言われた。

 

 世の中にはそういう人間が居る。単純なカリスマ性よりもっと強い物。それこそエレボニア帝国『鉄血宰相』ギリアス・オズボーンが持つような「何か」を持った人間。

 他人を鼓舞し、激励し、前(・)に(・)進(・)ま(・)せ(・)て(・)し(・)ま(・)う(・)能(・)力(・)。

 それがリィンにあるというのは、全く《Ⅶ組》に彼を編入した人間は何を考えていたのか!

 その先見の明と判断力に今は真面目に悪態と喝采を上げたい気分だった!

 敵の! 強さは! 全然、喜べないけどなっ!

 

 「皆、何とか撃退するぞ!」

 「承知! カタナ、其方も諦めよ。リィンはこういう男だ。それに話しただろう? 欲張りになろうと。であれば、このヌシを倒し、偽管理人達を引き渡し、全て解決するのが最善だ!」

 「……分かったよ。で、でも、覚悟してよ!? アイツらド(・)ー(・)ピ(・)ン(・)グ(・)さ(・)れ(・)て(・)る(・)か(・)ら(・)ね!?」

 

 グルノージャの背後には、ゴーディオッサーを始めとした、隊列を組む魔獣の群れ。

 こちらへと向かってくる速度は遅いが、一定だ。

 確実に迫って来る。長距離戦闘になったら敗北は必至。

 私は転倒したトラックの荷台に目を向ける。

 

 ……そう、そうなのだ。

 崖上の男が、笛を吹いて、魔獣を操っていた。簡潔に言えばそれだけだが、その内容は複雑だ。

 仮にあの横笛が『古代遺物(アーティファクト)』だったとして、そんなホイホイなんでも操れるような魔笛があってたまるかと思う。

 動物に簡単に効いてしまうという事は、条件さえ整えれば人間にも簡単に効いてしまうという事に他ならない。

 又聞きでの情報だが、『審判の指輪』だってそこまで楽勝に操っていたわけではない。

 人間よりも単純な魔獣とはいえ、あんな風に隊列を組んで行動が出来るか? 否だ。

 

 それに、本当に魔笛で魔獣を完全に支配できていたならば、トラックを攻撃する筈がない。

 グルノージャの暴走。最後に取り残された偽管理員。おあつらえ向きの犠牲者。どこまでが計算で、どこまでが偶然か、それは私には分からない。

 ただ逆に分かることはある。

 あの魔獣達は、もっと別の物で、連携を取っていた。

 

 荷台から転がり落ちた、雑草の山を見る。運ばれる予定だった収穫物を、再度確認する。

 それはグルノージャの足元から、隊列を組んでやってくる魔獣の足元にも、点々と生えている。

 それは青い花だ。

 

 私は知っている。

 青い青い蠱惑的な花が――プレロマ草という名前を持っていると、知っている!

 麻薬『グノーシス』の原料にして、悪名高き《D∴G教団》の成果。

 服用者の神経を過敏にさせ、その精神を大本へと接続させていく禁断の草花。

 

 どこの誰だよ! こんな場所でこんな物を育てた奴は!

 しかも運び出して何に使うんだよ。禄でもないことに決まってるだろうけど!

 こんな場所で、あんな物を育成してたら、そりゃ魔獣達も妙に連携をしてくるよ!

 ジョンソンさんを解雇した理由もこれだ。異常植生は即座に報告されてしまうもんな!

 

 「て、手ごわい……、だから……、……本気(ガチモード)、出す」

 「助かる! 頼らせて貰う!」

 「……真剣ではなく、本気と来たか」

 

 色々叫んで文句を言いたかったが、そのエネルギーは戦闘に回せ。

 ヴァルターとの接触が無ければ、使いたくても使えなかった戦術だ。

 彼から貰った補助導力器と、彼の遠回しな激励(挑発)があっての技。

 

 リィンとラウラが頷く中、私は小太刀を握ったまま、脚を軽く広げて立つ。

 膝に手を当てて息を整える姿勢がある。そこから腕を前にだらりと垂らしたような恰好。

 

 ズウォーダーは翼に目玉のような紋様があった。

 あれに親近感が沸いたのは、他ならぬ「これ」自身が威嚇のようなものだから。

 

 さあ、お披露目といこう。

 地面に付くほどに長い髪を纏めているだけで、整髪しない理由。

 先端部が地面に触れるくらいまで伸びている理由。

 それらを止めている『補助導力器(アクセサリ)』の意味は、何だったのか?

 

 グルノージャ。自然公園のヌシよ。

 お前の目に――

 

 私の姿は、どう映る?

 

 ジャラン、と髪が跳ねた。

 身を下げゆらゆらと動く私の意志に合わせ、補助導力器が、地面を叩く。

 ジャランジャランジャランジャラン!

 それは、蛇腹が地面にこすれるような音。蛇の這う音だ。

 構えた二本の小太刀は、顔の横。蛇の牙。

 

 「――わ、私、蛇だからね……。……噛まれると、痛いよ……?」

 

 経験豊富なシルバーバックは、その一瞬、私を見て、顔色を変えた。

 恰も、巨大な蛇の邪眼を目の当たりにして、威圧されたように。

 それを逃す、私達ではない。

 

 「行くぞ!!」

 

 激闘の幕が、開く。




Q:カタナの本気(ガチ)モード。真剣(マジ)モードではない、所謂『結社時代のスタイル』。
A:補助導力器で束ねた長髪を、自在に動かすことが可能になる。その姿は蛇の尾に似ている。

Q:カタナのクラフトその1。
A:『リーピング・バイト』
 CP:25 倍率:1.1 崩し:+10% 硬直:25→20 移動:あり 範囲:単体。
 効果:駆動解除。バランスダウン。MOVダウン。
 素早く接近し、鋭い刃の一撃で脚を狙う技。
 カタナが初期から使えるクラフト2つの内1つ。サブウェポン。
 単体の元に移動して行う攻撃。威力は低いが、駆動解除とバランス&MOVダウンが付く。
 行動後は対象の元に移動するので注意。回避を上げれば一種の回避盾みたいにも使える。
 入学式のオリエンテーリング時、トビネコに使っていたのはこれ。
 ※カタナの最大の特徴として、成長することで、クラフトの硬直時間が短くなる、という特性がある。これは歩法が鍛えられ、回数や速度が向上するから。

Q:このプロレマ草を育てたのは誰だぁっ!
A:アルバレアって家の人です。
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