カタナ、閃く   作:金枝篇

18 / 69
更新遅れて申し訳ありません。
リアル事情とかエルドレインの王権とかALL甲クリアとかBOXとかイース9とか。
色々やってて遅くなりました。
その分長く濃い内容。一章ボス、決戦開始です。

ではどうぞ!


矜持を重ねて(上)

 野生の獣は、突如として豹変をする。グルノージャは積み重ねた経験でそれを知っている。

 大人しい花が突如として虫を食むように。泳ぐ魚が飛び上がり陸地の獲物を咥えるように。自然に生きる者は須らく、己の身を護り、餌を食らう為のシステムを身に着けている。

 他個体より注意深く、臆病であったからこそ、シルバーバックまで育った例外個体(グルノージャ)

 その長い経験の蓄積が、囁いていた。

 

 ――構えた。

 

 目前に居る、五人の若い人間達。

 その中で一番小柄な雌の個体だった。

 

 伏せた姿、持ち上がった体毛。光る牙。それはグルノージャに、一体の危険を彷彿とさせた。

 噛まれたら唯では済まない、極力戦いを避けるべき『毒蛇』が見えたのだ。

 近寄ってはならない危険物であると、脳が叫んだ。

 

 プレロマ草という得体の知れない薬草に影響を受けている。

 脳裏に響く不愉快な笛の音色で頭がかき乱されている。

 感覚は鋭敏に尖り、押さえきれない衝動が、公園のヌシを駆り立てる。

 闘争と暴走へと走らせる。

 

 だがその中でも、本能は忘れなかった。

 故に、一度、下がった。

 そして――下がった瞬間を、五体の若い個体は、見逃さなかった。

 

 次の瞬間、視界が煙幕に覆われる。

 その隙を縫い、二つの刃が彼の身体に叩き込まれていた!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 肉と鋼がぶつかる音が響く。

 咆哮を上げるグルノージャと、鍛え上げた剣がぶつかる音。

 衝撃が散り、戦場が荒れる。

 

 私の『威嚇』で一瞬だけ動揺したグルノージャへと、飛び掛かる剣士が二人。

 気合と共に踏み込み、剣を振り下ろし、一歩下がって再び構えて踏み込むラウラ。

 踏み込みと共に斬撃を連打させ、ラウラより早い回転で打ち込んでいくリィン。

 二人の補佐をエリオットに任せ、私はアリサを連れてトラックへと跳んだ。

 

 「ア、アリサ! 《アースランス》お願い!」

 

 アリサを運びながら、土の槍を出してくれるように頼む。

 

 「い、威力は無くて良いから……っ! 出来るだけ本数を多く、背を高く!」

 「! そういうことね! 了解!」

 

 同時、本来は逃走用に使う『煙り玉』を周囲に投げ入れる。

 陣形を組んだ魔獣達のど真ん中に一つ。私達と、ラウラ&リィン達の間に一つ。

 粘膜に刺激を与える『煙り玉』は、魔獣が嫌いな香りも混ざっている。少しでも群れが引き下がってくれればと期待をしたが、そう甘くないらしい。

 兎にも角にも、周囲からの妨害を排除しないと戦いにならない! ゴーディオッサー達の群れが混乱し、狙撃の心配がないだけの時間と状況を作る!

 

 「カタナ、其方、何をしたのだ!? ――リィン! 肘を狙うぞ!」

 「ど、毒蛇のポーズ……っ!」

 「了解だ! 真似(ポーズ)? 東方の形意拳みたいなものか!?」

 

 ラウラ達にしてみれば、多分こう見えたのだ。

 今にも襲いかかるグルノージャが、一端動きを止めて、警戒するように引き下がった、と。

 その瞬間を狙い、ラウラとリィンは攻撃を叩きこんでいる。

 巨体であり、生命力も、パワーも桁外れだが、弱点は狙いやすい。ラウラが振りかぶると、最も狙いやすい高さにある――神経と血管の束が近い肘を、目標として、斬撃が飛ぶ。

 『鉄砕刃』でグルノージャの身体が揺らぐ。リィンが崩れたバランスを連続で斬り続け更に増幅させる!

 

 「みたいな、奴っ! あの動き、毒蛇みたいだから、ね……。髪がじゃらじゃらするでしょ……体積が膨らんで……丁度――」

 

 小太刀を牙とし、身体と髪で蛇を象形し、構えや音を重ねることで毒蛇のポーズで威嚇した。

 と言いたかったのだが言い切れなかった!

 言う暇が惜しい。因みに威嚇方法はこれしかない。都合よく毒蛇以外の生物の真似を出来たりはしないぞ! 工夫やシチュエーションで強化は出来るけどな!

 

 「なるほどな! 確かにびっくりした! 思わず私達でも蛇が居るように錯覚した!」

 「どうも! それより、あまり動かないで、ね! 弾が当たると危ない、から!」

 「《アースランス》っ!」

 

 地面から伸びた槍は、威力が存在しない形だけの物。

 しかもそれらは魔獣の群れも、グルノージャも、妨害には程遠い場所への出現だ。

 だがそれで良い。

 ちゅいん! という耳障りな音と共に土の槍が削れた。見れば穴が開いている。そして近くには弾丸。遥か遠くからの狙撃を、岩塊が弾いたのだ。

 細く乱立させたそれらは、一時的な防波堤だ。これで少なくとも死角は増える!

 

 ――ま、狙われたら、当たるんだけど、狙ってくる、場所は、分かるから……っ!

 

 私だったら絶対に此処で狙撃をする。

 そう確信したタイミングで、本当に狙撃が『来た』。

 相手の練度に舌打ちしながら、私はアリサの腕を引っ張って、寸前で方向転換。

 一瞬前まで私達が居た場所に、遠距離からの狙撃が着弾。

 この乱戦で、こっちを正確に狙ってきている。グルノージャを倒す援護は期待出来そうにない。腕前が良い。無視したいが無視も出来ない。

 

 ――なら引き下がるだけの理由を与えてやるまでだ!

 

 「そ、狙撃は! なんとかする!」

 「応!」

 

 ラウラの踏み込みが激しくなった。その踏み込みは、スケイリーダイナやズウォーダー退治よりも強くなっている。彼女の練度が上がったからか、攻撃一つ一つの威力のみならず、剣速も上がっている。

 グルノージャが下がり、敢えて攻撃を誘う。そこに恐れず、ラウラが踏み込む。

 カウンターのように『脚』が飛んできた。脚、膝、そうした巨大な下半身が、両腕に支えられてスライドしてくる。通常の攻撃では止めることは出来ない。その質量に対してラウラは。

 

 「はぁあああっ!!」

 

 ラウラはそのまま止まらない!

 速度のままに身体を前に倒し、前転。回転の勢いを重ねて剣を叩き付ける。

 『地烈斬』だ。大地へ衝撃を飛ばすのではなく、グルノージャにそのまま叩き付けた!

 粉塵が舞う。『煙り玉』の幕をかき消しながら、風が渦を巻く。

 

 「《フロストエッジ!》」

 

 エリオットの声と共に、風が凍った。冷気が風で拡大し、刃の数が増えたのだ。

 頑丈な表皮はそれでも傷がつかない。だが氷で一瞬動きが止まった瞬間、リィンが動く!

 

 「《紅葉切り》――!!」

 

 入った。白い毛皮を鮮血が染める。

 同時グルノージャが吼えた。リィンに至近距離からの《デスボイス》が叩き込まれる!

 三半規管と聴覚にダメージを受けたリィンは、辛うじて着地をして、下がる。どうやらラウラやエリオットの言葉は聞こえてないようだが、周囲を確認し、ARCUSを繋いで、強引に連携を続けていく。

 

 向こうは辛うじての拮抗。

 急がないと不味い。

 

 最初に投げた『煙り玉』の効果が切れるのと、ほぼ同じタイミング。

 私とアリサは、横転したトラックへと到達する。滑り込み、車体を死角として狙撃を防ぎながら、中で呻く、偽管理人達を引っ張り出す。

 遥か遠くの崖上に居る、狙撃手と笛吹き男。二人は、この偽管理人達に指示を出す立場。あそこまで攻撃は届かない。リィンの『孤影斬』やアリサの弓も届かない。アーツならワンチャンあるが、エリオットがそれをしたところで程度は知れている。相手を無用に挑発するだけ。

 

 ――此方から送れるのは、メッセージだけ! でも!

 

 窓ガラスを小太刀の塚尻で叩き割り、シートベルトを切り裂き、運転席の男を引っ張り出す。打ち身と打撲が痛いらしく、何やら唸っていたが知るか。命は守るから我慢しろっての!

 

 「お、応急手当! その上で、壁にする!」

 「壁って……人の壁!? 人質ってこと……?」

 「ま、まさか。精神的な壁。救助した私達を攻撃は、出来ないでしょ。管理人達だって、少しは戸惑う。それがあれば良い。――ん、よい、しょっと……!」

 

 小柄な私一人では、持ち上げるのにも苦労する、大の男。

 起動した補助導力器が輝き、ひゅっと髪が伸びて男を支えてくれた。地面へと運ぶ。

 アリサは納得しながらも、意識を集中させて《ブレス》の準備に入る。

 

 ――おい見えてんだろ、そこの狙撃手。お前の仲間を助けてやるんだ、邪魔するんじゃねーぞ!

 

 『煙り玉』を使って、戦場全体を封じなかったのはメッセージだ。

 仮に何も見えなくなったら、それこそ()()()連射してくる可能性がある。それは防がなければならない。

 相手の視界を限定すれば、相手の攻撃してくる場所は予想が出来る。

 そして彼らが見えている景色の中で、回復をすれば、こっちが彼らを見捨てなかった分くらいは『貸し借り無し』として清算してくれるだろうさ。

 仮に偽管理人ごとこっちを攻撃して来たら? ――その時はその時だ。彼らを人質にしてでも、一時的に共闘を結んでも、狙撃だけは防ぐしかない!

 ヘッドショットを一撃受ければ、人は死ねるのだ。

 

 「これ、で、四人……! アリサ、やって!」

 

 準備をしていたアーツの効果範囲内に、管理人達を放り込む。

 直後《ブレス》が発動。暖かい翠の風が渦を巻いて、彼らの怪我を癒していく。

 私の火照った身体も凪いでいき、再度、行動をする余力を与えてくれる。

 

 「カタナ! アリサ! 目の前!」

 

 エリオットからの言葉が飛ぶ。『煙り玉』の効果は薄れ、魔獣の群れが迫って来ていた。

 ラウラ―リィン―エリオットの三人は、まだ耐えられる。波状攻撃は痛いが、ラウラが兎に角タフだ。その上で速度を上げたリィン――まだ若干ふらついてはいたが――が、適宜アイテムで補助をし、エリオットが演奏して耐久力を上げている。『地烈斬』のように、グルノージャ以外の敵を巻き込める攻撃を駆使してもいる。

 その厄介な三人を獲物から外した魔獣の群れが、こっちを狙って来たのだ。

 

 「か、管理人達は、役に、立たない……!」

 「囲まれる! 気を付けて!」

 「安心、して! 大丈夫!」

 

 管理員どもは、気絶したまま起き上がってくれやしねえ。

 しょうがないので、横転したトラックの荷台に放り込む。山ほど買っておいた『ティアの薬』で消火もしたし、大人しくしていて貰おう。

 エリオットに『ありがと』と目で返しながら、私は迫る奴らを前に行動をする。

 二振りの小太刀は、速度には優れているが、多数の獲物を纏めて処理することは出来ない。

 アリサの弓矢も同じだ。番え、狙い、放つという三動作は私以上に、広範囲を狙いにくい。もう少しアリサの腕が上がれば、一度に纏めて射り、それを空から雨の様に降らせるなんて真似も出来るかもしれないが、今は、無理だ。

 

 「や、やばっ、……カタナ、どうする!?」

 「なんとかする道具を、使う! それだけの、話!」

 

 焦りながらも務めて冷静さを保つアリサに、私は道具を渡した。

 両手で抱え、腰で支え、セミオートからフルオートに切り替え、銃口を魔獣の群れへと向ける。

 あの偽管理員達が持っていた、ライフル!

 トリガーを引いた!

 

 「薙ぎ、払う!」

 

 反動で跳ね回る銃口を抑え、容赦なく! 弾倉が尽きるまで魔獣の群れへと鉛玉を叩きこむ! 連続した金属音の中、次々と獣達が倒れていく。頑丈な毛皮のゴーディオッサーだけは耐えているが、それでも無傷とはいかない!

 途中でフルオートからセミオートに切り替え、第一掃射から逃れた奴らを集中的に排除。

 踊るように片手で構え、もう片手で新たなライフルを回収。二丁を抱えて撃ちまくるっ! 良いペースだ。これなら撃ち尽くせば魔獣の群れは粗方何とかなる……!

 脳髄に痺れるような衝撃と音が響く中、私はアリサの方を伺う。

 そして、目を疑った。

 

 「……――ぁ」

 

 アリサは、自動小銃を、私から受け取った姿勢のまま、固まっていた。

 私の計画はシンプルだ。私とアリサでライフルを撃ち尽くし、魔獣退治と、同時に、仮に偽管理員達が起き上がって来た時の戦力奪取を狙っていた。装弾数は約30発、4丁あるから100発から120発。1秒4発として30秒だ。

 30秒間ずーっと魔獣の群れに弾丸を叩きこめば、何とかなる、と計算した。

 だが――。

 

 「ア、アリサッ!」

 「え? ぁ、――」

 

 アリサが固まっていたならば、その計算はまるきり狂うことになる。

 何故、彼女が動きを止めたのかは、分からない。考えている暇はない。重要なのは、私の目の前にいた魔獣の群れは一斉掃射で動きを止めたが、アリサの方に向かっていた群れはそうではない、という事だ。

 彼女が、ようやっと自分が放心していたと、気付いた時には、既にゴーディオッサーの腕は振るわれていた。

 『使った』。

 

 「カ、――カタナ!?」

 

 カチッという音がして、私の身体は加速する。加速のまま、無理やり、身体を割り込ませた。

 硬い爪が左肩に食い込み、みしり、という嫌な音を聞く。これは――左肩甲骨がイッた。

 だがそのダメージを、歯を食いしばって無視。痛みで『気絶』しそうだったが無視。『気絶』したらそれこそ終わる。遠ざかった姿勢と意識を強引に立て直し、アリサの腕に抱かれたままのライフルを回収。身を翻して、ゴーディオッサーの顔面へと銃口を向け。

 

 「――ったいなぁ! くたばっとけってのぉ!」

 

 銃の先を、ゴーディオッサーの口へと差し入れて、引き金を引いた。

 音が連続。目の前にあった、頑丈な頭が内側から変形し、やがて貫通。霊長類は崩れ落ちる!

 

 「……ア、アリサ……大丈夫? ……戦える……?」

 「! ――戦える! 戦えるわ! ごめんなさい、わ私、いきなりで混乱して……っ!」

 「良いよ。ごめん。私も突然だった。援護、お願い」

 

 混乱していただけではない。それくらいは分かる。

 でも理由は分からない。使い方は基礎知識の範疇だ。帝国なら日曜学校で習うレベル。

 敵に向け引き金を引く。子供でも出来る。危ないと躾けられる。

 味方に命中することを恐れたのなら、あんな風に手に持ったまま茫然とはしないだろう。

 

 理由を、その時の私が、知る筈もない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――だなんて理由を知る由もない。

 

 だけど追及している余裕はなかった。アリサを慰めて、次の行動を頼んだ。

 誰にだって、一つや二つ、苦手や隠したい秘密はある。

 

 「ラ、ラウラ達と、合流する! 管理員は倒した。魔獣の群れは、こっちで何とか出来る!」

 

 だから《ブレス》も回復アイテムも、彼女達に合流してからだ。

 アーツも無限ではない。回数は限られている。

 

 痛みで今度は頭が冴えて来た。どうやら狙撃の手は、一旦は止まったようだ。

 崖上を見れば、全身黒衣装のフルフェイスも、笛吹き男も、姿が消えている。

 少しだけ気にかかるが、狙撃が消えたならば良し。

 

 「ま、待たせた……。もうちょっと、頑張って。魔獣の群れ、なんとかする、から」

 「出来れば早めに頼む! 回復が追い付かなくなってきた……!」

 

 ラウラの言葉に頷く。彼女がそう言うという事は、真面目にやばいということだ。

 アリサを援護に回しエリオットと分担。浮いた余力でリィンが攻撃し、波状攻撃を耐える。

 

 「具体的にどうするんだ!?」

 「あ、あんまり直視しない方が、良いよ。ちょっと()()な方法、使うから」

 「えっ。――うわ、え、カタナその頭を何に使う気!?」

 

 リィンの言葉に返事をして動く。エリオットの動揺した声も無理はない。

 先程、思い切り脳天をぶち抜いたゴーディオッサーの頭『だけ』を持ってくる。

 左肩が痛い。上がらない。だがアンダースローは出来る。小太刀もまだ握れる。

 ならば問題は無いのだ。私は不敵に笑って。

 

 「じ、じゃあ、正気に戻って、貰おっか……!」

 

 首から切断した頭部を、そのまま――魔獣の群れへと、投げ入れた!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 プレロマ草

 霊脈の上に生える特殊な『薬草』だ。

 本当は薬草よりもっとオゾマシイ代物だが、とりあえず形は『薬草』だ。収穫が出来るし、成分の抽出も出来る。薬効を簡潔に言えば――摂取した物の感応性を上げる性質を持つ。

 周囲から手に入る情報の処理能力向上。それに伴う自分自身の反応速度の向上。私達がARCUSで行う連携を、プレロマ草は可能にしてしまう。

 

 霊脈とは七耀石にも含まれる魔力が流れる道。

 魔獣とは、通常の獣が七耀石の効果で変貌した生物。

 であれば魔獣は、呼吸をするようにプロレマ草のエネルギーを受け取ってしまう。

 

 更に言えば、プレロマ草の効果を受けている状態で、霊脈の異常が発生すると、連鎖的に影響を受けてしまうという意味でもある。

 魔獣達が異常に隊列を組んで襲ってきているのは、これら二つの効果が重なっているから。

 逆に言えば、どっちか片方でも防ぐことが出来れば、彼らは元に戻る。

 

 (――もとい、制御を、離れる!)

 

 私は、斃したゴーディオッサーの頭を投げ入れる。

 次いで、アリサに再びのアーツをお願いした。

 

 「ア、アリサッ!」

 「任せて! 《ヒートウェイブ》!」

 

 ゴーディオッサーの頭を巻き込み、吹き上がる炎の波(ヒートウェイブ)が大地を焼く。

 霊脈の上に咲くプロレマ草。霊脈に流れる魔力量が多ければ多いほど、異常な繁茂をする。だが穏やかな霊脈の上ならば、ちょっと特別な草だ。

 

 ()()()()()()()

 

 ここで『収穫』されていた以上、健全な庭園(自然公園で勝手に違法薬物栽培をしていた件に関してはフォローのしようがないが)として運営されていたと判断して良い。

 繁茂量には限界があり、焼却してしまえば一時的にでも影響は食い止められる。

 

 ……燃えた周囲に居たゴーディオッサー達が、即座に正気に戻るかと言えば、そうでもない。

 ARCUSで例えるならばリンクが途切れただけ。そこから独立した『野生』に戻るには、刺激が足らない。転じて言えば、正気に戻すだけの『材料』があれば良い。

 

 燃え盛る炎の中、ゴーディオッサーの頭が焼けていく。

 だがそこで終わりではない。

 

 ――ケルディックで、沢山、買える余裕があって、良かったね!

 

 錬金術で稼ぎまくった食材の山を投げ入れる。

 『とれたて卵』『熟成チーズ』『フレッシュハーブ』『ハニーシロップ』『あらびき岩塩』『百薬清酒』etc。

それらはゴーディオッサーの頭と共に火が通って行く。

 狂気に覆われた者を正気に戻す、方法が一つ。

 

 『匂い』だ。

 

 周囲に立ち込めるのは肉と野菜、そして調味料が焼ける香ばしい匂い。

 プロレマ草からのリンクが僅かでも切れた個体は、鼻を鳴らす。

 

 その瞳に浮かぶのは、断じて正気()()()()

 狂気だ。

 

 今の今迄、プレロマ草によって統一され、個々人の意識よりも、集団としての行動が徹底されていたが為に蔑ろにされていた生存本能が、牙を剥く。

 自然公園が手入れ不足で、生態系が狂っているとは話した通り。

 はぐれ個体ですらも空腹であるという事は――プレロマ草によって支配されていた個体は、それ以上!

 

 「ゴ、ゴゴァァアアア!」

 

 吼えた。巨大な霊長類は、そのまま腕を振り回す。そしてその長い腕が、ササパンダーを掴む!

 そして。

 

 ぐしゃり――と。

 殆ど躊躇う事もなく、その胴体を齧り取っていた。

 

 むしゃりという咀嚼音と共に、骨と肉が潰される音。

 飛んでいたハッシムゥが胴体をねじ切られて口の中に納まっていく。

 クラゲダケが数体纏めて潰され飲み込まれていく。

 

 流れる血が周囲に溢れていく。その匂いは、さらなる強い匂いとなって周囲に漂い、より多くの個体を狂気に染めていく。『飢餓』という名前の欲望に染めていく。

 その光景は、まごう事なき『共食い』である。

 

 「………ぁはっ」

 

 思わず喝采を上げたくなった。狙いが成功したことへの喜びか、目の前の光景への愉悦か。

 そうだ、それで良い。心の中で過去が嗤った。そうでなくては。

 

 野生動物は己が生き延びるためならば、あらゆる手段を使う。餓えたならば同族ですらも喰う。目の前の狂乱は、もはや軍勢を戦闘どころではなくした。

 これで、集団は封じた。

 連中を倒したのではなく――敵を別勢力の敵へと切り替えた形だがな!

 

 私達 VS グルノージャ&魔獣の群れ&狙撃という状態から、私達 VS グルノージャ VS 空腹で制御不能な魔獣の群れという図式だ。

 餓えた獲物は、必ず手近で弱い獲物から狙う。

 実質、無効化したと言って良い。

 

 狙撃手らの姿は見えない。何をしているかは不安だが、見えない以上、備えには限界がある。視界の隅の《アースランス》は時間切れを迎えて崩れ落ちている。

 こっから先は出たとこ勝負だ。臨機応変に、高度な柔軟性を持って対応するしかない。

 

 「え、えげつないわね……」

 「死ぬより、マシ!」

 

 アリサとエリオットの顔は、若干、引き攣っていた。だから見るなって言ったのに。

 私の正論に、まあそうだけどと二人は頷いて、グルノージャの方を見る。

 ガン! という激しい音がする。剣と拳がぶつかった音と共に、ラウラが下がって来た。

 呼吸は随分と乱れている。

 対するグルノージャは、まだ余裕がある。だが、周囲で吼え回り、暴れ、互いに共食いを繰り返す軍勢を制御するまでは足りて居ない。此方5人に集中しないと不味い。それくらいは意識している。自然淘汰もサイクルの一つ。不自然な増殖を抑制しようとは思わないのかもしれない。

 

 「これで、やっと専念、出来る……!」

 

 狙撃を排除し、管理人を救助し、魔獣の群れは雑魚と化した。

 残りは目の前の魔獣のみ、と意志を向ける。

 けれども、そんなに甘くは無かったのだ。

 野生の主:グルノージャは。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 三つの旋風が狒々へと襲い掛かる。

 最も速いのは私の小太刀。どうせ威力は無いのだ。割り切ってグルノージャの体毛を削ることを意識。僅かながら相手の防御力が下がった場所に、リィンとラウラの攻撃が叩き込まれていく。

 だが――硬い! 兎に角硬い! 毛皮も皮膚も脂肪も筋肉も硬すぎる!

 

 「や、やばい! 奴が動く!」

 「来るぞ! 備えよ!」

 

 攻撃を受けながらもナックルウォーキングを挟み、私達を回りこむように動いてくる。

 真正面からの攻撃を減らしながら、確実に此方の陣形を乱しに来るのだ。

 ラウラもリィンも、射程距離には限界がある。それを狙っている!

 

 「カタナ、先程の様に動きは封じれるか!?」

 「む、無理。二度目は、無理! ごめん!」

 

 私が最初にした『威嚇』は、決して戦技(クラフト)ではない。

 あれは言うなれば、戦闘開始前に行う、一種の不意打ち。猫騙しみたいなものだ。

 戦い始めた瞬間にのみ作用するが、一定の時間があれば混乱から立ち直る。そして二回目は通用しない。

 

 同じ事をヨシュアさんがやった場合、彼は混乱中の敵をそのまま殲滅できるが、私は時間稼ぎにしかならない。つまりその程度なのだ。警戒心が高いシルバーバックのグルノージャだったからこそ、効果があった。そしてビビったままで終わらせてくれるほど相手は甘くなかった!

 

 「来――は?」

 

 思わず皆が呆けたのは無理もない。グルノージャの拳は、飛んでこなかったからだ。代わりに。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 横転し、消火され、荷台の中に管理員達を詰め込んだトラックを、グルノージャが殴り飛ばしたのだ。

 私達の目の前で、重量車両が地面を転がって来る。

 気を取り直した時には、既に横転したトラックは目の前に迫っていた。

 ご丁寧に前衛三人の方に!

 

 「……や、やっば!」

 

 土煙が舞い、今なおも空腹で暴れる魔獣の何体かを轢き潰し、大質量が迫る。

 慌てて全員が動いた。私は上に。ラウラは左に。リィンはアリサ&エリオットの方に飛んでフォロー。本当アイツ気遣い上手いな!?

 トラックに足を乗せ、慣性に逆らわず、後方へと脚で蹴り飛ばす。勢いに身体を乗せ、前転。

 地面に着地した私の背後、トラックは樹々に当たって止まる。

 だが確認をしている余裕はない。回避し、陣形が乱れた私達の方に、グルノージャの拳が迫る!

 

 ――っそがしいなあ!?

 

 忙しいなんてもんじゃない。

 ほんの僅か判断を間違えれば、それでアウトな状況続きだ。

 

 『使った』。

 

 拳の射程範囲から逃れるべく、後方に向かって思い切り。相手の拳は空を切る。だが風圧だけで髪が乱れ、否応なしに威力を見せつけられる。相手の体力は、まだ余裕がある!

 ラウラとリィン、二人のどっちかの元に向かわないと。

 そう思った瞬間だ。

 

 グルノージャの片目が、爆ぜた。

 そして銃声の音が、響いた。

 

 「!?」

 

 トラックの向こう側に、フルフェイスの黒マントが居た。

 

 ――どうやって、此処まで……!?

 

 笛吹き男もいる。トラックの荷台から、更に深手を負った偽管理員達を運び出している。

 それは良いのだ。部下をカバーしたのは分かる。だが崖上から此処まで、何アージュあると思っているのだ。高低差を考えたら移動距離は相当。それを数分で踏破してこちら側に!?

 

 『これで貸し借り無しだ』

 

 鈍い声で簡潔に答えが返る。彼らは『煙り玉』を――私が使ったのとは真逆の正攻法で――使うと、姿を消す。……いや、それを深く考える余裕はない!

 重要なのは、あの狙撃はこれ以上、本当に来ないという事。

 片目を鮮血に染めたシルバーバックの隻眼が、私を睨む。

 その拳が迫るより早く。

 

 「はぁああああっ!!」

 

 ラウラが飛び出し、刃で狒々の顔を叩き飛ばした! 奴の身体が揺らぐ。

 奴の右目が潰れた今、私達から見て左側は死角だ。死角を付けば、勝ち目はある。

 駆ける。ラウラの居る方向に。リィン達三人はリィンに任せるしかない!

 

 その合流を、グルノージャが断ち切った。

 ラウラからの一撃を受け止め、足腰を踏ん張り、姿勢を即座に建て直したのだ。今までは攻撃を受けたら間合いを図り素直に引き下がっていたが、今度はそうでは無かった。次の攻撃を受けることを覚悟していた。

 見えないならば『見えない場所を全力で薙ぎ払えば良い』。

 そう表現するように、少しだけ下がると、全力のタックルを繰り出してきたのだ!

 

 ぞくり、と背筋が総毛だった。

 

 ああ、やばい、あああヤバイヤバイこれ。言葉にならず本能で理解する。

 圧力を解放するように、グルノージャの、盛り上がった肩の瘤からのぶちかましが!

 巨体故に緩慢に見えるショルダータックルが、周囲一帯を薙ぎ払う……!

 

 「させるかっ! カタナ――っ!!」

 

 当たる! と思った瞬間、私はぐいっと襟元を掴まれ、そのままラウラの方に投げられていた。

 空中で誰が何をしたのか悟る。リィンだ。リィン、あいつ、アリサとエリオットの無事を確認したら即座にこっちに向かってきていた! そして私とグルノージャの間に、割り込んだ!

 回避する余裕がないと見るや否や、最も打たれ弱い私を放り投げた!

 

 私の目の前で、その頑丈な肩、瘤、角、それらが纏めてリィンに叩き込まれる。

 肉が潰れる音がした。

 

 ……苦々しい思いと後悔、心配と不甲斐なさが押し寄せる。

 ああ、そうかと思った。スケイリーダイナとの戦いで私が庇った時、皆はこんな感情を抱いていたのか。

 自分の為に誰かが傷を負ってくれる。

 それは嬉しさよりも、感謝よりも、より強く、相手の精神に触れる行為。

 重くて、痛い。

 

 「ぐっ。……大丈夫、だ。ま、だ……! いけ……ぐっ……!」

 「アリサ! エリオット! 二人で回復に回れ!! その時間は私が稼ぐ! カタナ行くぞ!」

 「……うん!!」

 

 ガチン、とラウラとのリンクが繋がる。

 ならば、その心に答えなければならない。

 絆を握った強さを、見せなければならない!

 

 リィンは非道い有様だった。

 太刀で攻撃を受けて防御はしていたが、それで殺しきれるも衝撃ではない。

 受け身を取り、転がり、そのまま立ち上がりかけ――膝を付いた。靴と地面が鳴らす、ざざあっという音は、勢いを殺しても尚、押し遣られた勢いが残っている証拠。

 制服が土に汚れ、上着の一部が破けている。その下の肌には擦過傷が幾つも見えていた。

 しかしそんなのは軽い方。……今の一瞬、確かにグルノージャの『角』がリィンの上半身にめり込んでいた。恐らく、胸の骨が何本か逝っている。額から流す血まで見えている。あれは深手。

 辛うじて意識はあるが、目は虚ろで、気絶に近い。

 

 「追撃、は、させない……っ!」

 

 靴で地面を蹴り、そこにあった小石を空中に持ち上げる。それを掴み、スナップを利かせる。真っすぐに跳んだ小石は、グルノージャの眼、それも失明した方に命中……!

 一瞬、その苦痛に震えたが、流石は野生動物。その程度では防げない。

 だが視線はこっちを向いた。来る、腕が、来る。

 もう二度と、その攻撃を受けて、他に負担をかける訳にはいかない!

 

 『使った』。

 

 重心を身体の外に置いたまま、右膝の力を抜く。

 倒れこむ姿勢に対し、左脚を、腰の筋肉で引き上げる。引き抜いた左脚を前に出すと同時――そして左腰の関節部を、半分だけ曲げるように稼働させる。関節がカチリと音を経てる。曲げた左の腰から、勢いは左膝に伝わり、それが左足に伝わる。それは恰も、左腰から左足までを一つの鞭のように振るう動き。先端部に行くほどに鞭が勢いを増すように、左足の勢いは加速する。

 その動きは、相手が一瞬で動いたような踏み込み。

 

 (短距離、版……!)

 

 グルノージャが振り下ろした拳を、すれすれで回避。まさに紙一重だ。身を真横にスライドさせながら髪の先に触れるレベルの距離にある腕を確認。同時、私は動いた。

 横に移動した片足を地面に固定するように止める。

 速度が乗った身体の勢いは逃げ場を失う。

 その勢いを、背骨を使って回す。流れた勢いは、駒のように体を反転させた時には、既に小太刀一本を両手で握っていた。

 

 「しぃっ!!」

 

 両手で握って振った方が、力が出る。速度と体重も乗る。円運動と共に振るわれたそれは――その一撃は、地面に叩きつけられたグルノージャの、親指の関節に食い込む。

 そして()()()()()()()()()()()()()()が、ぶつっと肉を経つ音を響かせた。

 ラウラが驚いていた。

 

 「そうか……、威嚇だけではなく――そういう事が出来るのか、其方は――!」

 「む、むしろ、こっちが正しい使い方、かな……?」

 

 両手で剣を一本握れば、二本目は握れない。普通はそうだ。でも私は例外。

 グルノージャは見ただろう。私の蠢く髪が――髪束が、小太刀を『握って』居る姿を。

 

 「導力アクセサリで操られた長い髪が、そのまま補助腕(サブアーム)になって……武器を持ち扱えて……! 道具も使える! それが其方の本領か!」

 「さ、流石に五本六本と剣を使えるなんてことは、出来ないけど、ね……!」

 

 小太刀1つ取っても結構重いのだ。基本は頭の中でアクセを操作しているから、複数の複雑な事は出来ない。だからこれはまあ不意打ちだ。……でも効果はあった。

 小指に力が入らない拳は死んだも同然だ。少なくとも「握り拳」は封じた。

 と安心した次の瞬間、私達二人に、反対側の手から『張り手』が叩きつけられていた!

 

 「ぐっ……やはり、この賢さ、並では、ない……っ!」

 

 プレロマ草の影響は、こいつにもあると思って良い。

 こんな風に暴れているが、才能()()に賢さが引き出されている。

 ラウラが間に入り、剣の側面で上手に受け流したが、二人そろって押しやられる。アリサとエリオットが二人係でリィンを治療しているが、まだかかる。まだ時間がかかる……!

 頭の中で必死に思考する。どうすれば勝てる。どうすれば状況を打破できる。髪を動かして腰のポーチから『ティアの薬』を取り出し、ラウラに使いながら、考えた。

 勝ち目が薄い。ああ畜生、せめてリィンが私を庇っていなければ――って、そうじゃない!

 

 「そう、その思考は無意味だ! 其方が居たから出来たこともある!」

 「い、一応、さっきの連続攻撃で、毒と、混乱は、叩き込んだんだけど……!」

 「回復しているな。しかもどうやら――!」

 

 私とラウラがしぶといのを見て、《デスボイス》が発動した。

 こちらに、ではなく魔獣の群れに。

 空腹で暴れて――既に壊滅していた魔獣達の中、健在だったゴーディオッサーが振り向いた。

 敵が増えちゃった。変な笑いが出てきた。あーあ、どうすんだよこれ。

 

 「カタナ、すまないが攪乱を頼む。前線はリィンが回復するまで、私が支えよう! ……私一人では無理だが、其方が援護してくれれば可能性はある!」

 「ま……待て、ふ、二人だけ……ぐっ」

 「まだ動かないで! リィン、貴方、頭強く打ってるし、肋骨が折れてる! 最低限だけは繋げておかないと、骨が内蔵突き破ったらどうするの!?」

 

 何とか意識を取り戻したリィンが起き上がろうとして、アリサに抑え込まれていた。意識は戻ったようだ。だが骨折だけは治しておかないと動けまい。脳内物質の興奮で多少のダメージは無視できたとしても、内臓損傷はシャレにならない。

 彼の目は必死だった。彼は言う。無理やりに立ち上がりそうになって。

 

 「俺が皆を誘った以上、俺が……立ち上がらないで、どうす……ぐっ」

 

 燃やした責任があるというかのように、彼は無理やりに立ち上がろうとしていた。

 そしてアリサに抑え込まれる。アリサに抑え込まれる程、リィンは弱っているのだ。

 

 ――馬鹿だなーと思った。

 

 素直に、とても素直に、リィンの事が分かった気がした。

 岡目八目、うん、人の振り見て我が振り直せ。彼はただ全力なのではない。

 

 何かを探しているからこその全力なのだ。

 あるいは逆に、全力で事に当たって、新しい何かを探している。

 

 ……私が彼の言葉に突き動かされるのも当たり前だ。

 後ろ向きで逃げっぱなしだった私は、新しい道を探すことに罪悪感を覚えている。

 リィンも同じだ。彼も、自分自身への負い目がある。己が居ることへの周囲への負い目がある。

 理由は知らないけど、そして聞く必要もない事だけど、だから必死で『道』を探している。

 

 私は「探していいんだよ」とラウラに背中を押してもらった。

 だから私は従った。それを背負ってほしくない。それは皆が背負うべき選択だ。

 

 「リ、リィン……。先に、言っておく、けど。――悪いだなんて、思わないで、ね?」

 

 私の言葉に、それが言えるなら問題はないな、とラウラがにやりと笑う。

 本当に、昨晩ヴァルターとの邂逅があって良かった。

 まだ私の中で、覚悟が決まったわけじゃない。だけど此処は、言うしかない。

 たとえそれが虚勢であっても、口に出して言えば、リィンには伝わる。

 

 「ま、間違った指示なんか出して、ない。――此処で解決しようっていったのは、誤りなんかじゃ、ない。――正しいと思った事を、やった……! 私達も、それに頷いた。だから」

 

 私の学んだ言葉で言おう。

 

 「――だからリィン、自分が全て悪かったなんて、思ってほしくないよ」

 

 この場の皆、全力で、自分達がするべきだと思ったことをしていて。

 それを間違っていたなんて、後悔しちゃダメなんだ。

 後悔するなら全員ですれば良い。

 

 あの時ああしていれば、という事は簡単だ。

 間違いを反省することは大切だ。

 だけど過去は変えられない。

 変えられないなら未来を足掻けばいい。

 間違いを背負って、よりよい可能性を――。

 

 ()()()()()()

 

 リィンにもそう言った。心の中で私自身にもそう言った。

 言い聞かせた。今はそう思い込まないとやってられんのじゃ!

 

 「ま、前に進むと選んだ道が、失敗かどうかは、終わってから、決めれば良い。ま、まだ私達は途中だよ……? だ、だから! 信じて。私達も、信じるからさ。同じクラスの仲間、だよね?」

 

 だけど不思議なことに、心の中にある混沌とした染みに、ふわりと光が混ざっていた。

 乾いた笑顔が、生きた笑顔になっていた。

 圧倒的に不利な状況なのに、私は笑っていた。心が震えている。入学の感動とも、オリエンテーションでの連携の感覚とも違う充実感。これが実感だ。今ここで、私は全力で生きているという、実感。自分達をする事を自分たちで決めて、そこに向かって全力で突っ走る。

 

 ――()()()()()()

 

 状況は悪くても、私とラウラは、互いに笑みを向け――そのまま3体の獣に、突っ込んだ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「はあああっ!!」

 

 ゴーディオッサーには角がある。そして角は頭蓋骨と繋がっている。

 彼らに思い打撃――『剛』の力とでもいうか――が通用するのは、だからだ。

 角を揺らし、それに合わせて、反対側を叩く。すると脳震盪が起きる。

 

 ラウラが飛び上がり、ゴーディオッサーの片方を、剣で斬る。

 いや、斬るというよりはもう『剣で殴る』一撃だ。私はそれに合わせ、攻撃を受けてよろめいたゴーディオッサーの顎の下――ラウラの攻撃、衝撃が一番『抜けてくるところ』を、小太刀の鞘でぶん殴った。

 ゴォンと響くような唸り声と共に倒れるゴーディオッサー、戦闘不能ではないが気絶。

 なら今は良い。次だっ!!

 頭の上からグルノージャの拳が降って来ていた。その着弾地点に居るのは、ラウラ。

 

 「甘、い……っ!!」

 

 彼女は切っ先を地面に突き刺し、柄を頭に向け、剣の平を盾のようにしてそれを受け止める。

 衝撃が地面に分散し、切っ先が盛大にめり込む。あれは本当に受け止められていたのだろうか。剣は歪んでも居なければ切れ味は落ちていないだろう。だが――その衝撃を受け止めたラウラはノーダメージとはいかない。

 

 「ラ、ラウラ……っ!」

 「大丈夫…、だ……! 耐え……たぞ……っ!」

 

 苦痛が聞こえている。無事だが無事ではないらしい。半分は受け流したが、もう半分は彼女の腕と脚を軋ませている。衝撃は痺れとなって彼女を拘束する。暫く動けない。

 

 そのラウラをめがけて二体目のゴーディオッサーが、動いていた。グルノージャの攻撃で動きが止まった所を狙ったのだ。それはさせない。それは絶対に、させない……!

 

 『使った』。

 

 一回。グルノージャの腕と足の間を抜け、ゴーディオッサーを捉える。

 地面を蹴るのではない。重力で落下する速度を利用し、脚をそこに引き付ける。難しい技術じゃない。言葉にすれば複雑だけど、大抵の武術家なら自然と修得している技だ。

 とはいえそれを限りなく速く『使い続ける』には、鍛錬を重ねるしかない。

 その練習だけは、重ねた自負がある。

 

 『使った』。

 二回目。ゴーディオッサーの目の前に到達。ラウラへ狙いを定めていた紫の類人猿は、突如目の前に出現した私を認識する。その認識が、行動に繋がる前に、私は『使った』。

 

 三回目。今までの加速から更に速く。加速した勢いのままその角を小太刀で。

 

 「――しっ!!」

 

 『斬り落とす』。

 地面に角が落下するよりも早く、私の髪がゴーディオッサーを捉えた。そのままの勢いで髪を伸ばして反対側を叩くのだ。自分の身体と、髪の先端部分で、相手の顔を挟み込んだような形。

 連続の加速。びしっと腰から嫌な音が響いたが痛みはない。まだいける。

 

 「――o、GO――――ooooOOOOOoooOOOOO!!!」

 

 再びグルノージャが拳を振り上げていた。

 ラウラはまだ動けない。であるならば!

 

 「ぉらぁ……っ!!」

 

 『使った』。

 4回目。カチッという腰骨の駆動音を腕に伝え、加速を重ねる。

 その勢いで()()()()()()()

 

 一直線に突き進んだ刃は、グルノージャの潰れた眼に――突き刺さらない。

 奴は咄嗟に首をひねり、角度を変えたのだ。肩肌に突き刺さったが、それだけ。ダメージを与えるどころか弾かれてしまった。動きの阻害にもならねえ。畜生!

 

 私の攻撃を無視しながら、グルノージャはもう一発殴る。ぎしっという嫌な音が聞こえた。ラウラの骨が異常な響きと共に軋む。ラウラはそれにも耐える。耐えている……! だが。

 そこを更に上から殴り続ける! 連打。乱撃。そうして緩んだ防御から、覗く青い髪。

 グルノージャの拳が、ラウラの頭に叩きつけられ――。

 

 「ふっ、くく、確かに、重いが――悪いな、ヌシよ。お前よりも、父上の方が、強い……!」

 

 間に合わない、と思った。ラウラが地面に沈む光景を一瞬幻視した。でも私は見た。

 

 ラウラは笑っていた。

 騎士として全力で戦えることと、私達と一緒に戦っていること。

 それら二つに喜びながら、グルノージャの重圧に耐えていた。何度叩かれても下を向かず、ばかりか彼女は顔を上げる。振って来る巨大な拳を恐れもしない。

 ハンカチを口に含み、歯と顎を補助して喰いしばる。

 

 「確か、こう、だったな……?」

 

 歯の隙間から、搾るような吐息が聞こえた。

 左手は今も剣を握っている。だが右手を自由にさせた。剣は地面に落とさなければ良いと言わんばかりに。彼女は、手を握り、拳を作る。

 一歩前に踏み込む脚。地面を蹴るのではなく、踏み付けるような動きだ。

 そのエネルギーを上半身に伝え、それを腕に伝える。未熟だが技巧を持って強化させた動き。

 ヴァルターが使っていた『泰斗流』が基本――『螺旋』の力。

 

 気になっているとは言っていた。言っていたが。

 まさかここで実践をするつもりなのか!?

 

 「悪いな主よ! 私の傍には! 護らねばならない友が居る!!」

 

 叩きつけられた拳に対して、猛烈な勢いをつけて拳で殴り返すっ!

 (う、上から振って来る拳を、下から素手でカウンター……っ!?)

 

 振り上げる力は、振り下ろされる力よりも、圧倒的に低い。だが、止めた。

 渦を巻いた衝撃が、上からの拳の勢いを殺し、ラウラの拳を鋭く持ち上げ、受け止め切った。

 肉と岩がぶつかる轟音と共に、土煙が舞い上がり、晴れた時には、拳と拳がぶつかって拮抗している。

 

 ラウラは打撃を、相殺しきったのだ!

 

 その攻撃を耐えられることは、大猿にとって予想外だったのだろう。幾ら強靭でも人間の若い娘、それが己の一撃に対して同じ拳をぶつけてくる、なんて!

 いや私も予想出来ないよ! 普通やんないって!

 

 ラウラの顔は、凄まじい笑顔だった。

 覇気に溢れるとはこの事か、と感嘆の息が出た。

 彼女の右腕はカウンターで壊れた。もう掌を見せることすら難しいだろう。

 

 だがそれでも、笑っていた。

 アルゼイドの家、嘗て聖女リアンヌ・サンドロットと共に戦った騎士の子孫。片腕を持っていかれても、騎士として戦っているという今に、これ以上のない笑顔を向けた!

 その圧力に、グルノージャが、怯んだ。飲まれたのだ。

 その隙を、ラウラは逃さない。

 左手で剣を持ち上げ、至近距離で。

 

 「奥義――! 洸刃、乱舞――!!」

 

 グルノージャに、斬撃を叩き込んだ……!

 

 一拍の静寂。

 その後に、轟音と共にグルノージャが倒れるのと、ラウラが倒れるのは、ほぼ同時だった。

 

 慌てて駆け寄ると、おそらく先の奥義で体力を限界まで使い果たしたらしく、息も絶え絶え、自力で身動きも出来ず、剣を握っている左腕だけが辛うじて動かせるという有様。

 スカートから覗く膝も腿も、どころか見える肌の大半が内出血で青く染まっている。

 

 かくいう私も連続して『縮地』を使い過ぎて足腰が燃えるようだったが構わない。無視だ。

 薬を使っても回復には時間がかかる。一先ずラウラを近くの木まで運び、座らせる。幹に寄り掛かる格好にして、ポーチから薬を取り出し、飲ませる。……飲めなかった。疲労困憊で飲むのも苦労するらしい。これはエリオットとアリサに回復をお願いしないと。

 と三人の方を見た時だ。

 

 ――ズシン、と地響きが聞こえた。

 

 「……ま、まじ、で……?」

 

 ラウラの奥義を叩き込まれたはずのグルノージャが、起き上がっていた。

 確かにダメージは負っている。負っているのに立ち上がっている。何故だ。ラウラの攻撃を叩き込めば、流石のグルノージャとてダウンするはずだ。それだけの威力があ――。

 気付く。

 攻撃が叩き込まれた筈――ああ、そうか。あの時ラウラは、片腕だけだ!

 しかもグルノージャの圧力で足腰すら悲鳴を上げていた状態。踏み込みも半端で、残った片腕だけで叩き込んだ奥義の威力は、普段よりも遥かに下がっていた。

 だからこそグルノージャは立ち上がった。ラウラは、もう動けない。

 一対一の戦いは、自然の底力に軍配が上がったのだ。

 

 「オ、オオオ、オオオオオオオ!!」

 

 グルノージャが吼える。

 耳元のパイプで増幅された音は、それだけでビリビリ来る衝撃波だ。そしてそこに心臓を叩くような音が聞こえた。巨大な腕で、その分厚い胸板を叩いている。

 ドラミング……、そう、ドラミングだ。動物が連続して物と物とをぶつけて響かせる音。人間に近い猩々は、掌で胸元を叩くというが、これも同じだった。

 

 グルノージャの目が赤く変色する。

 生物に詳しくない人間でも分かる。

 本気になったのだ。体力を減らされ、命の危機を感じて、リミッターを外したのだ。

 荒れ狂う猛獣を前に、一歩、進み出る。

 

 もうラウラは戦えない。

 度重なる回復で、エリオットとアリサの導力器(オーブメント)はエネルギーが枯渇している。

 残っているのは、二人の武器と、演奏と、私と。

 

 「カタナ――リンクを頼む」

 

 リィンだ。

 ショルダータックルの傷を癒した彼の瞳には、決意があった。

 私は返事をする代わりに、ARCUSを繋ぐ。

 

 「大丈夫だ。覚悟は決まった」

 

 言葉を聞く。一瞬、その太刀に、赤い焔が煌めいたように見えた。

 その輝きに私は目を魅かれる。きっと格好良いとは、こんな光のことを言うのだ、と思った。

 

 さあ、グルノージャ。

 決着を付けようじゃないか。




 《C》:崖の上から「来な!オルディーネ!」で移動 → 偽管理人回収。撤退?
 魔獣の群れ:共食いで壊滅。ゴーディオッサーは健在な個体もいる程度。
 グルノージャ:片目と片腕は使用不可。本気モードON。
 ラウラ:戦闘不能。満身創痍。回復しても戦えない。
 カタナ:肩、腰、足が限界。武器片方ロスト。無理すればいけるらしい。
 アリサ & エリオット:EPはほぼ0(回復は出来るが……)後はCPのみ。
 リィン:Sクラフトの用意は整ったぞ!

 Q:カタナの髪?
 A:サブアーム。髪故にリーチの長さが地味に便利。戦闘中で両手が塞がっていても味方にアイテムを使えたりする。頑張れば三刀流も出来るらしい。

 Q:『威嚇』はスキルなの?
 A:「パッシブスキル『ゴルゴンの瞳』」。
 【戦闘開始時、一定確率で『麻痺』『DF低下』『SP低下』(何れも1ターン)を付与】。
 付与出来るかどうかはそれぞれ判定するので、どれか1個くらいはどの敵にも入る。
 成長すると効果の幅が広がり、時速時間も伸びる。最終的には『石化』も入る。

 ――と書けば強いのだが、そう甘くない。
 敵の耐性によっては全然通用しないのである。
 ネームドボスには効果が薄く、執行者以上になるとほぼ無効化される。
 所詮は雑魚専門(ボスと一緒に出てくる取り巻きを排除するには便利)。
 ただしカタナが敵で出てきた場合、アクセサリで無効化しないとパーティがヤバイ。

 ※『暁の軌跡』では各キャラクターに「パッシブスキル」や「コマンドスキル」が存在している。戦闘開始時、キャラクターの行動後、攻撃命中時、攻撃を受けた時など、発動するタイミングは多々あるが、何れも非常に強力。尚、味方が使える以上、敵も使える。当たり前だよなぁ?


 一章終了まであと2話くらい。
 PS:《C》は本当に撤退をしたのでしょうか? 置き土産は無いのでしょうか?
 ……なんてね。感想・評価お待ちしてます。ではまた次回!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。