カタナ、閃く   作:金枝篇

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誤字報告、何時も有難うございます。
季節の変わり目、繁忙期もありますが、皆様、健康に気を付かれますように。

一章ボス戦、決着篇です。
では、どうぞ!


矜持を重ねて(下)

 使()()()()()()()

 

 心の中で、もう一人の自分が囁いていた。

 朦朧とした意識の中、リィンは己の影を見る。

 白い髪に、黒の瞳。虹彩は異質に輝き、全身に赤黒いオーラを纏った『リィン』は、刃を研いでいる。直ぐ様に相手を斬殺するだけの、煮詰めたような暴力と共に立ちはだかっている。

 理性を失う程に苛烈な力の本流。

 危機が迫った時に発現する、もう一人の自分。

 彼の言葉は甘美だ。直ぐ様に従ってしまいたくなる力強さを持っている。

 

 ()()使()()()()()()()()()()()()

 

 当然の理屈を唱える。

 過去の様にその力を発揮すれば、これ以上、誰も傷を負う事はないのだと『リィン』は言う。

 否定は出来ない。出来る。()()()という仮定ではなく確信を持って言える。

 過去エリゼを守った時のように、我武者羅に(グルノージャ)を撃破出来るに違いない。

 実習は、リィンが言い出したことだ。

 公園に来ようと言ったのはリィンの提案だ。

 だから責任がある。だから彼が、自分で蹴りを付けなければいけない。

 当然の様に考えて、己の力に手を伸ばそうとした。

 その時、ふっと声が聞こえて来た。

 

 ――リィン! 皆、頑張ってるから……! 貴方も……!!

 

 耳に響くアリサの言葉と同時に、全身に暖かさが広がっていく。

 ほんの微かに目を開けると、空から光が降り注ぐのが見えていた。

 聖なる息吹(セレネスブレス)が、リィンの生命力を引き上げていく。

 軋んでいた身体の節々が繋がっていくのが分かる。

 

 ――これ飲んで! 口空けるよ! 少しで良いから!

 

 エリオットの声の後、顎を開けられ、少量の液体が流し込まれるのが分かった。

 舌に感じるのは甘さだ。果実に蜂蜜が混ぜられた『丸絞りジュース』。

 窒息しない僅かな分量を嚥下すると、途端に遠ざかっていた意識が引き戻されていく。

 

 そこで。

 伸ばしていた手を、下げた。

 対峙する己を、直視する。戸惑い、混乱、欲望、それらを抑え込む。

 力を開放して起き上がるのは簡単だ。だけど。けれども。

 必死そうな声を聴いて、必死になって自分の回復に努めている二人の声を聴いて、思ったのだ。

 

 ――ここで、一人で、立ち上がって、どうする?

 ――二人の必死な声を、聞きたくないか?

 

 二人に心配をさせたいのではない。

 勝てるという結果が分かっているから放り投げるのでもない。

 ただ、その皆の言葉が心地よかった。

 

 力で起き上がるメリットは重々理解していた。

 二人の負担、精神的疲労、今も戦っているラウラとカタナへの助力、その他多くについて()()()()()。しかもずっと簡単だ。

 

 ――でも()()は今しか、受けられない。

 

 今この瞬間の、二人からの助力は、今だけのものだ。

 心と体に染み込む尽力は、目の前の『己』の力より弱くとも、ずっと深くまで届いている。

 それを捨てることが出来るか? 否。

 それを無下にすることが出来るか? 否。

 

 なあ、聞けよ、俺。

 確かに俺は――力を分かっている。

 だけど、同じように力に怯えている娘が、俺に言ったんだよ。

 

 『同じクラスの仲間、だよね?』

 

 どの選択が正しいのかは分からない。

 今すぐに力を使う事が、正しい道なのかもしれない。

 皆の為という理由で、お前を使うのは簡単だ。

 ああ、きっと誰もが納得する格好良い理由になるだろうさ。

 だけど、ともう一度重ねた。

 

 ――勿体ないだろう!!

 

 『リィン』へと笑った。

 最も恐ろしい自分自身に対する、それは立ち向かう覚悟だった。

 今はこっちを選ぶよ。またお前の力を借りる時はある。何れ皆の前でお前を見せるよ。

 

 だけど俺は――今の俺は!

 今の俺は、お前を使わないで、皆であいつに勝ちたい。

 だからそこで視ていろよ、もう一人の俺!

 

 目の前の白髪鬼に手を伸ばす。

 その暴走と狂気を引き出すためではなく、自分の中にある覚悟を形にする為に。

 もう一人の『リィン』の姿は、幻のように掻き消える。

 伸ばした手は陽炎を貫き、その向こうに在った()を握りしめる。

 気付いた時には、太刀を握っていた。

 

 「っリィン!? 起きた!? 私達の事、分かる!?」

 「……ああ」

 

 覗き込む二人に、頷く。心配そうな瞳を、安心させるように小さく笑う。

 静かに息を吐く。起き上がった。

 その凛とした表情を見て、アリサの頬が紅潮したが、気付くことなく、戦場を把握する。

 ラウラへの応急処置を済ませたカタナが、戻って来ていた。

 

 「一応、作戦は、考えた。エリオットが鍵に、なる」

 「え、僕が!?」

 「うん。大丈夫。エリオットなら、出来るよ」

 

 ラウラ程ではないが、カタナも満身創痍に近い。

 膝が不規則に震えていて、時折とんとんと爪先で地面を叩いている。肉と骨が疼いているのだ。

 呼吸音も違う。腹筋を使って強引に呼吸を安定させているだけだ。オマケに武器は一本だけ。もう一本は、リィンから見て左。先ほど自分に繰り出されたショルダータックルの、まさにその肩の傍らに刺さっている。

 それでも彼女の顔は平然としている。ダメージを顔に出さず、背伸びをして、自分の横に並んでいる。カタナも随分と意地っ張りだ。

 自然と、皆に語り掛けるように言葉が出た。

 

 「大丈夫だ。覚悟は決まった」

 

 肺に入る森の空気が、体の中に充実を与えていく。

 頭は冷静だった。真正面にいる敵は本気になっている。先は自分を打ち倒し、一時は重傷を負わせた『ヌシ』グルノージャ。しかし元より彼に憎悪がある訳ではなく、敵意がある訳でもない。

 ただ、リィンが正しいと思った事をする為に、ぶつかっただけ。

 『此処で負けたら俺のせいだ』とも、思わない。

 

 「ふ、復活してくれて、助かった。頼りに、するよ?」

 

 言葉に、静かに頷く。

 

 『リィン、自分が全て悪かったなんて、思ってほしくないよ』

 

 カタナが代表していったように聞こえるが、そうじゃない。

 彼女は代弁しただけだ。この場にいた皆の言葉を、代わりに告げただけだ。

 喋るのが苦手なのに。

 話し始める時、言葉の最初がドモるくらいに、会話が上手くないのに。

 

 (……今も悩んでいる。俺の道が何処にあるのか。俺が何者なのか)

 

 一先ず己に啖呵を切ったが、断ち切っている訳でもない。

 始まりから悩んで、迷って、探している。それは変わらない。

 

 だが。だが()()()()()()

 自分を信じると言ってくれた友人がいる。

 自分を信じて時間を稼いだ友人がいる。

 倒れた自分を必死に介抱していた友人がいる。

 

 彼らに対して「俺が間違っていた」と言ってはいけない。

 だってそれは「彼女たちの決意も間違っていた」と言うのと同じだからだ。

 だから己を追い詰めるのは、今は止めだ。

 

 このケルディックに来てからの今までを振り返る。

 肌で感じた大市。賑わう人々。商魂逞しい住人。領邦軍との摩擦。依頼と泥棒騒ぎ、自由行動。

 良い事も悪い事も、たった二日なのに肌で学んで、心に残っている。目の前の現実を見て、その為に何が出来るかを考え足掻く。その結実が、今この瞬間にある。

 だがこの戦いを終えても実習は終わりじゃない。

 この選択が正しかったと胸を張って、サラ教官に告げるのだ。それでやっと終わるのだ。

 

 ――「俺のせいだ」と責めるのではなく「俺たち全員の責任だ」と言い張れるようになれ!

 

 「ラウラは?」

 「後ろで横にさせてる。水、飲むのも一苦労だったけど、ティアの薬だけは口に放り込んでおいた。い、意識はあるし、死にはしないよ。段々、痛みも引く筈」

 「そうか。助かる――カタナ」

 「ん」

 

 呼びかけると、気合を入れ直すように、髪を弄っていたカタナの眼が此方を向いた。

 

 「『確かめたくなった』って言ったらどう思う」

 「……い、良いんじゃない? 私、そういう方が、素敵だと思う」

 

 曖昧な物言いだったが、意味は伝わった。

 小さく笑う彼女の顔は、生き生きとしていた。

 カタナがエリオットとARCUSのリンクを繋げたのを確認して、構える。

 彼女曰く、この作戦ではエリオットが決め手という話。なら任せよう。

 

 「……エ、エリオット。ちょっと、無茶するけど、貴方が、要」

 「え、僕が……!? そりゃやれるだけはやってみるけど……何するの!?」

 「…………た、大変なこと? でも、大丈夫。行けるよ」

 

 彼女らしからぬテンションだ。

 意識が朦朧としていて半分ほど聞こえていなかった時間があるが、ラウラとの戦いで余程ギアが上がっているのだろう。その勢いは、たとえ体力が限界でも、最後の最後まで自分を動かす原動力だ。もう一回、安心をする。

 グルノージャが、立ち上がった。両腕を地面から放し、二足歩行に変化する。

 あの姿勢を維持できるのは短時間。

 だが強い。

 野生の王者は加減をしない。負けを認めるまで諦めはしない。土地の化身のように怒り荒ぶるグルノージャは、倒れるか、心が折れるまで、「敵」を排除し続ける。

 然らば、真っ向から受けて立つのみ!

 

 「リ、リィン、ちょっと難題、なんだけど。アリサと二人で、あの大猿、抑えてて?」

 「任せてくれ」

 

 決意となって、太刀に炎が灯った。

 そう、後は、ただ一直線に――この炎の太刀を奴に叩き込むだけだ!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 グルノージャの本気を見て、私は戦慄した。

 

 ――い、今まで……本気じゃなかった……、マジ……? と。

 

 だが考えてみれば当たり前の事なのだ。

 群れのボスが本気を出すことは滅多にない。もとい基本的に、本気を出してはいけないのだ。

 ボスが死んだ集団は瓦解する。人間社会ですら次期ボスを巡って争いが起きる。野生のボスが本気を出すのは、ボスの座をかけて争う時か、その集団そのものが危機に晒された時――それこそ他集団のボスと喧嘩をする時くらい。

 そしてこの場合の『他集団(脅威)』とは、すなわち私達に他ならない。

 

 更に言うのであれば、野生動物は、ヤバくなったら()()()という選択肢が取れる。

 群れのボスとて、群れの統率に問題がないならば逃げる。

 グルノージャは、それが出来ない。

 あの魔笛の効果や、プレロマ草の影響で、逃げられないのだ。

 

 高い知能を有する物ほど、プレロマ草の効果は顕著に表れる。

 レンちゃんが他よりずば抜けて適応したように、だ(因みに私の立場からすると、レン()()と呼ぶのが正しいのだが、彼女から「堅苦しいから止めて」と言われちゃん付けになった)。

 グルノージャは頭一つ抜け、効果を受けている。其処に笛吹き男の演奏だ。奴の理性は、薬と音楽で雁字搦めになっている。目の前の敵を排除する思考は鋭く――森を荒らされた怒りは強く――暴走する意欲を、自分自身で止めることが出来ない、そういう状態だ。

 

 「であれば、それを何とかすれば、……行ける、かな」

 「協力、出来なくて、すまぬな……」

 「い、良いよ。休んでて」

 

 ラウラが掠れた声で謝って来たが、それには気にしないでと返す。無理をし過ぎだ。急増で『螺旋』の動きを使ったから、膝や足首の関節まで腫れ上がっている。

 仰向けもキツそうだ。横に寝かせて、軽く口を開けさせる。

 私の手持ちに『ジュース』は無い。普段舐めている飴玉袋に手を伸ばし、包装を剥く。

 こういう時の為に、飴玉の中に、仕込んであるのだ。

 

 「ん、『ティアの薬』。飲めないだろうから、舐めて。蜜で固めてある、から」

 

 口移しまでは必要ないか。緊急事態ならやるが、今は飴で十分だ。

 彼女の口の中に含ませて、私も別の飴を口に放り込み、噛み砕く。気休めにしかならないが、その気休めが大事だ。倒すまで体力が持てば良い。

 ここまでの流れをに20秒で終わらせて、戦場に意識を戻した。

 

 「あと、もう、一押し」

 

 本気になった以上、グルノージャも限界に近い。

 であればあと一押し、あともう少しを叩き込めば、奴は撤退する。

 そこまで出来ずとも冷静にさせることが出来れば、この場から離れるだろう。

 考える。考える考える。取れる手段は少ない。だが――。

 

 ――この方法なら、いける、かな。

 

 頭の中に浮かんだプランを検討する。

 分の悪い賭け、という程ではない。

 

 「……さ、最後、倒しきるよ――リ、リィン……!」

 「ああ」

 

 静かな口調だった。

 静かだけど、確固たる意志が込められた返事だった。

 そちらを見る。彼の眼は静かに燃えていた。

 

 ――闘志を内に秘めたクールなリィンも中々格好いいじゃないか。

 

 その表情に、少しだけ心が弾む。

 庇われた時より、頭に血が上って無茶をするよりずっと良い。

 回復しきったリィンと、その背後で弓と杖を、それぞれ構えるアリサとエリオット。

 成功する確率は決して高くないのに、いけるという確信が湧いてくる。

 私は、口を開く。

 

 「エリオット! 背中、乗って!」

 「え? ……ええ!?」

 「お、驚かないで。大丈夫、エリオット一人くらいなら、運べる」

 

 時間稼ぎ、という無理難題を告げたはずなのだが、リィンは任せろと剣で返事をして前に。

 アリサはリィンの援護に回った。彼女にしかできない援護がある顔だった。

 我らが重心は、纏う雰囲気が変化する。

 何かを掴んだか、覚悟を決めてくれたのか。有難い!

 

 「……え、いや、でも、……カタナ……女の子だし……」

 「これは、私と、エリオットじゃないと、出来ない。わ、私は気にしない、だから早く!」

 

 自分より小柄な少女に『良いから素直におんぶされろ』と言われたエリオットには、ごめんとしか言いようがない。でもグルノージャは多分このままでは、私達に倒されるか、己が倒れるまで止まらない。

 それは御免だ。

 徹底的にやり合って命の焔が尽きる前に、戦いを終えるべきだ。

 

 ボスが消えたら部下は統制が乱れるし、そうなれば収拾は付かない。

 自然公園の管理は難易度が上がり、ズウォーダーに留まらない被害が出るかもしれない。

 ジョンソンさんだって悲しむだろうさ。

 

 そして何より――面白くない。

 あの黒幕どもの掌の中みたいで、酷く面白くない。

 こいつを倒して自然公園の秩序が失わせる――それは、偽管理員や領邦軍にだって出来る。

 ああ、そうだとも。

 私達は今、壁にぶつかっている。

 その壁を越えたい――あいつらがやらない事をやってみたいんだ、私達は!

 

 壁を越えて! そして全員そろってサラ教官に報告をする。それが一番いい欲張った答えだ。無理だったら……その時はその時。全力でやってから、考える!

 無言で、背中を見せて、少し腰を落として乗りやすそうな姿勢に。

 

 「えっと、……ご、ごめんね……?」

 

 私の気迫に押されたエリオットは、やがて決心をしてくれた。

 物凄く、ものすごーく遠慮がちにだが、私の背中におぶさった。

 これは緊急事態これは緊急事態、と言い聞かせているのを聞いて『まあ年頃の男子の反応はこんな感じか』と冷静だ。なに、別にクラスメイトの一人や二人、接触するのに躊躇なんかないさ。

 

 (何処に手を置こう……? 足はそのままで良いの……? 杖を握ったままで……?)

 

 等と、なんか色々考えてるようだけど、大体大丈夫だ!

 ぐねぐねぐねっと髪を動かして、エリオットが動かないように、しっかりと固定。

 その姿勢のまま、呼吸を整える。悲鳴を上げているが失礼な。女の髪は強いんだぞ。

 

 「そ、そんな服の隙間に入り込むみたいに!?」

 「ちょっとだけ我慢して。――ふ、笛の、音色。覚えてるよね? あ、あれがグルノージャを動かしているとする。衝動のままの行動をとらせている。頭に血が上ったまま、冷静にならない。でも理性が消えている訳じゃない。感情というポンプから延々と送り続けられるエネルギーを処理できないだけ。ならば」

 「な、ならば――?」

 「音には、音。――そう言う、事、だよ!」

 

 後は流れで分かって貰おう!

 

 『使った』。

 そのまま、私は足を動かす。一回では無理だ。二回、三回と強引に重ねて速度を上げる。

 小柄とはいえ、エリオットは私よりは大きな男性だ。確かに男性陣の中では最も華奢だが、軍人だという御父上の影響か、案外かっちりした男の子の重さがある。

 だが、まあ、それは関係がない! 少しだけ無理が重なるが、数分だけなら無視できる無理だ。

 

 重い物を持っていても走り方は変わらない。ただ腰への負担は少し重くなる。

 男を背負って腰を振るとか表現すると、下世話なこと、この上ないけどな!

 

 背中の上でエリオットがうわわわと悲鳴を上げている。大丈夫、落ちない。髪で固定しているから大丈夫! でもじっとしてないと巻き込まれるよ! リィンとグルノージャの戦いにね!

 目指す先を見る。二足方向で立ち上がったグルノージャ。

 その高さは3アージュ。飛びつくにはちょっと難しいが――いける。

 

 「こ、ここを、越えれば、ね? 頭、下げてて。危ないから。ダイジョブ、信じて」

 「……~~~~~!! わ、分かったから! カタナも無茶しないでよ!?」

 

 どうやら覚悟を決めてくれたらしい。首元に、しっかりと腕が回される。

 絶対に背中から離れまいというのが伝わって来る。

 『使った』。ぐん、と視界が流れていく。グルノージャの真横を通り抜けようとして方向を変える。ヌシは私が何か企んでると看破して両腕を広げ、背後へのルートを塞いだのだ。

 だが――甘い。甘いよ、グルノージャ。

 

 ()()()()()()()()()()()……!

 

 グルノージャの、肩の位置は2アージュと数十リジュ。

 私の身長は、フィーより1リジュだけ高い1アージュと40リジュちょい。

 つまり頭の上1アージュ上には――突き刺さった小太刀が、残っている。

 

 『使った』。

 縮地に継ぎ足を重ね、勢いを上昇推力に変える。

 突き刺さったままの小太刀を右手で握り、そのまま体を持ち上げるっ!

 エリオットを背負ったまま1アージュを跳び上がり、小太刀を掴む!

 推進力で、前に飛ぶ!

 

 ぐいん、と勢いのままに片手で小太刀を雲梯のようにしてグルノージャの背後に。

 ピシッという音。掴んだ小太刀に亀裂が入った。既に移動を終えている。

 小太刀が壊れて地面に落下する。その時には――グルノージャの背後に、着地している!

 ヤツは私を目線で追おうとするが、それはリィンが許さない。

 

 「リィン!」

 「――――!!」

 

 呼気を起点に、烈火が舞い上がる。

 プレロマ草の燃え殻に、自然公園の花々と落葉が、一斉に渦を巻く。

 リィンの持つ闘志が、刀身へと移動。燃え上がるように熱と陽炎を発しながらグルノージャに襲いかかる。グルノージャは、私から目を外す。リィンの一撃を前に、外さざるを得ない!

 

 私の前に、グルノージャの背中が見える。大猿が腕を上げた姿が見える。その向こうで剣と共に立ち向かうリィンが居る。彼は狒々の懐へと踏み込んだ。

 私とリィンの距離が縮まる。互いに、目線で合図した。――任せたよ!と。

 グルノージャがリィンへ拳を振り下ろす。それはただの、今までの打撃では無かった。

 

 ――フ、フリッカー……ジャブ……っ!

 

 長い腕をしならせ、相手の真横から殴るフリッカーと呼ばれる殴り方。

 それを左右からそれぞれ叩き込む姿。それは恰も暴徒(フーリガン)が滅茶苦茶に抵抗をする様。

 連続で何回も叩くだけではない、上からの打ち下ろしまで含めた『大連打(フーリガンコビネーション)』!。

 

 だが、リィンはそれを真正面から立ち向かった。

 左右から来た攻撃は、リィンに命中しなかった。

 否、命中しなかったのではない。確かにグルノージャの拳はリィンに触れている。

 (つぶさ)に彼の行動を確認していた私だからこそ見えた。

 

 ――受け流してる……っ!

 

 左右からくる攻撃に対して、剣の峰を使い勢いを上へと逃がす。

 それは剣術よりは、一種の素手武術に近い。そう言えば八葉一刀流には、素手での戦い方も一つあった筈だ。刀を失った時に使う技。刀がなくとも刀があるように戦う技。八の型《無手》。

 剣を持っていたら使()()()()とは、限らない。

 奥義中だからこその集中力。その動きは限りなく淀みない。

 

 風に揺れる落ち葉を握ろうとしても逃げられるように。

 グルノージャの拳が押し寄せても、八葉を捉える事が出来ない!

 

 全ての乱打をリィンは捌く。受け流す。受け流す。

 逸らす。逸らす逸らす逸らす逸らす逸らす、逸らし続けていく!

 刃の切っ先一つでヌシの掌を曲げ、峰の動きで払い、柄尻で拳を抑え。

 己の攻撃によって相手の悉くを相殺し続けるっ!

 

 だが本来は既にとどめの一撃へと入っている筈。それが起きていないという事は、言うなれば『チャージ』を続けているという事だ。リィンの闘志が幾ら燃えていても限界はある。

 その限界を、迎えさせるわけにはいかない!

 

 「い、行くよ、エリオット。準備、して――!!」

 

 私は、グルノージャの背中に足を置く。

 幾らグルノージャが両足で殴る姿勢をしたとして、完全なる垂直にはならない。そこには発達した筋肉があり、曲がった背中がある。さらに幸運なことに、グルノージャには背びれもあった。

 恐らく骨か肉が変形した物。象が体温調節に耳を使うよう、巨体を維持するシステムの一つ。

 つまり。

 

 ――登るには、事欠かないっ!!

 

 『使った』。

 肉の塊に脚を引っ掛け、勢いのまま駆け上がる。

 壁を上る時に重要なのは『上へ蹴る』のではなく『脚で自分を吊り上げる』イメージ。

 取り付き、後はそのまま上まで――……っ!

 

 両手がフリーで助かった。

 刹那、衝撃が来た。

 軋む衝撃に、右肩も続けて壊れた。

 呼吸が乱れる。だが推進力だけは落とさない。

 

 「……ぐ、ごほっ、かっ……」

 「カ、カタナ!?」

 

 あんにゃろうめ! 息が出来ないっての!

 森の主は、リィンへと拳の乱打を浴びせながらも、背びれを動かしたのだ!

 意図的に、私を挟み込むように放熱板を叩きつけたのだ!

 エリオットを庇ったのもあって、全ての打撃が全身を貫く。

 両腕で弾いたが全ては吸収しきれない。両肩、両腕、どっちも痺れて動けない。

 

 だが良い。エリオットが動けるならば、問題はない!

 そのまま登りきる。グルノージャの、首元に、髪を巻き付け、指と顎で齧りつき、離さない!!

 意地でも、この髪と力は、緩めない!

 

 ――ああ、リィンが、戦い続けられるのは――そういう訳か……!

 

 肉の間から、リィンを見る。

 リィンの背後で、アリサが延々と己の力を注ぎ続けていた。

 

 彼女が適応している属性は炎。さらに言えば祈りの戦技(クラフト)もあった。確かARCUSには、リンク先を『応援』する機能もあったと記憶している。

 それらを駆使してアリサはリィンの「焔」を維持している。

 只管にエネルギーを貸し与えるには集中力が必要だ。

 アリサがリィンを信頼しなければ出来ない技。

 

 「あは……」

 

 思わず綻ぶ。真面目に良い関係じゃないか!

 痛みと興奮で脳内麻薬が凄いことになっているからか、感情が喝采を上げた。

 

 私が首元に届いたのをリィンは見た。そして、加速する。

 グルノージャの攻撃を裁ききり、そのままに燃え盛る炎の刃をグルノージャに叩き込んでいく。

 巨体の暴走を飲み込むほどの、リィンの焔がグルノージャを包み込む!

 

 「や、やってエリオット――! 奴の頭に――叩き込む!! 貴方の、音、を!!」

 

 エリオットは意図を悟ってくれていた。

 杖を握る。不安定なグルノージャの上だ。姿勢を崩して音楽どころではない、かもしれない。

 ()()()()()()()

 私はエリオットを掴んで、髪で抑えて、固定する。全身全霊でグルノージャにしがみつき、グルノージャからの攻撃を防ぎ続ける! この手は絶対に離さない。何があっても離すものか!

 私が――私が、護る!

 

 (音楽には、音楽……! そしてそれが出来るのは、エリオット……!)

 

 笛の音色を聞いた。それがグルノージャの暴走を――もといグルノージャが『抱えていた感情』を解き放ち、暴れさせた。ならば、と戦っている中で思いついたのだ。

 ならばそれを宥めれば良い。

 音楽には音楽。穏やかに宥める笛の音色を、エリオットが奏でれば良い!

 

 「――皆、頑張ってるんだ。……僕だって。――僕、だって……!!」

 

 魔杖が光る。

 柔らかく心を宥めるような音色が広がった。『青い子守歌(ブルーララバイ)』が、包んでいく。

 

 「今ぁあ!」

 「焔よ――!」

 

 今度こそ正しくARCUSのリンクを切り替えた。

 私とエリオット、リィンとアリサから、リィンとエリオットの二人に。

 斬撃と演奏。異なる二つが混ざり合い、焔が旋律に乗って広がり、焔を包んだ青いメロディが溢れていく。

 

 「我が剣に集え――!」

 

 ――行ってリィン。

 エリオットの小さな声が聞こえた。

 彼の顔には、色々な感情が込められていた。その中には不甲斐なさも見えた。

 後衛の指揮官を任せたし、彼は実際、それだけの動きをしていた。地味だけど大事な仕事を本当に色々やっていた。だから私は彼が何もしていないなんて思わない。

 だけどエリオット的にはきっと意地があったのだと思う。

 華々しい活躍をする皆の前で、ほんの少しだけ心苦しいこともあったのだと思う。

 その思いを叩きつけるように、エリオットは杖を掲げて演奏を辞めないまま、応援をする!

 

 「――い、行って! リィン!」

 

 ……そんな風に叫ばれちゃあ、私も言うしかないじゃん!

 

 ずる、と狒々の肌の上で、強引に顔だけ持ち上げ、彼を見る。その太刀筋を見る。

 煌々とした熱と、私達全員の気力を注ぎ込んだ一刀の、輝きを見る。

 

 ああ、綺麗だと思った。

 格好良い、(カタナ)の閃き。

 

 何時かあんな攻撃が出来るのかと羨望すら覚える姿を、しかと捉える。

 

 「『焔ノ太刀』――(ザン)っ!!」

 

 その火炎は、グルノージャを包み込む。

 

 轟と咆哮が響いた。

 それは森の主が健在である、という証明ではない。

 心の中に積み重なった、澱の如き鬱憤と束縛からの、解放の叫び。

 巨獣の瞳色が、戻っていく。

 そして、その身が――ゆっくりと、倒れていく。

 僅かに残っていたゴーディオッサー達も、逃げ散っていく。

 

 リィンが手を止め、それを見る。アリサもエリオットも私も。ラウラが這ったまま茂みから顔だけを出して、その口元が微笑む。全員が、その光景を見る。

 地響きと共に、グルノージャは、倒れた。

 

 「ぅげぅ……」

 

 勢いで放り出された私は、地面に突っ伏す。受け身を取る余力もない。

 そしてその上にエリオットが落下。最後の最後、締まらない呻きを上げて、私が潰れる。

 それが、この戦いの決着を表していた。

 

 

 私達の、勝ちだ。

 

 




カタナ   「少しは、サラ教官に、胸を張れる行いが、出来ただろうか?」
領邦軍   「決着がついたな? 満身創痍の子供達だ。確保しろ」←出待ちしてた
鬱陶しい貴族「フフフ」


グルノージャを正気に戻す方法は、閃Ⅳでのダーティスタリオンと同じ方法。
原案を考えて居た時、Ⅳが重なってくれて、偶然に幸運を感じました。

これにて決戦は終了。
残るは領邦軍。これをなんとかするだけ。
問題は、偽管理員は《C》と共に撤退済みってことなんですけどね!

ではまた次回、一章の最終話でお会いしましょう。
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