(……顔に出やすいんだよな、この子)
形容すれば、基本的には「ほけっとした顔」だ。間抜けなのではなく、全力で気を抜いている顔。そして素面であるが故、何かあるとすぐ表情に現れる。
本人は自覚しているのかは怪しいが、ころころ変わる表情は幼い子供の様にも見えた。
黒髪の少女は、学院を見て呆けている。ぽかーんという擬音が付きそうなくらいに。だけど、その瞳だけがキラキラとしていた。
懐かしいな、と思った。自分がユン老子の技を見た時に同じ目をしていたと思う。
感心や驚嘆や衝撃や、そういう物を混ぜた上で受け取る
カタナ。本名をエカターニャ。
公園で寝ていた少女と同じくらいに小柄。身の運びはしっかりしていて健脚。体の両側にある武器の重さを支障なく抱え、機敏に動いていた。威力よりも速度を意識した動きだ。歩き方には流派が出る。小太刀二刀流は聞いたことがなかったが、世界は広い。そういう技もあるだろう。
ユミルで育ち、鍛錬と勉強に励んでいたリィンの世界は決して広くない。見知った場所という意味ならば、旅が多かったというカタナの見てきた景色はリィンよりはずっと沢山なのだと思う。
だけど今の彼女の顔は、まるで子供が感激するような顔だった。無邪気で、天真爛漫で。
目が隠れない程度に伸ばした前髪の下、とても綺麗な物を見た顔をしていた。
その食い違いが、見ていて面白い。
(うーむ、しかしこのままだとずっと眺めていそうだな)
それはちょっと不味かろう。入学式まで時間もそれほどない。道中、あまりのんびりして遅れるなよ、と上級生らしき男から忠告も受けたことだ。ここで止まらず中に入り、外観を眺めるのは後日にでもと思う。
しかしどうやって声をかけていいのか、ちょっと悩ましかった。
カタナは、ちょっとばかり風変わりでもあった。
態度、言葉遣い、常識、そういう部分がずれているのではなく、独特の空気があった。犬と猫の中に混ざっている
身に纏う微かな違和感。
「何故ここにこの生き物が居るのだろう?」という不思議さに近い。
普通の生活を送ってきた人間には持ちえない物だ。
表情に出やすいというのもそう。物事の全てを、新鮮に受け止めているようだ。
目鼻立ちや造形は整っている。美人というよりは可愛いという言葉が似合うし(尤も女性には縁がなかったリィンなので比較対象が最愛の妹エリゼになるが)、ここに来るまでのやり取りである程度、会話の呼吸も掴めている。
だが目の前にいるのが蛇だとした時、それがどれ程に可愛くても触れる事を警戒しない人間はいない。
(別に怖いわけではないけど……な)
リィンにとって最も恐れるべきは『己』である。故に彼女は怖くはない。
手強いとは分かるが恐怖は無い。
リィンが感じているのは「噛みついてくること」を恐れるのではなく、「別の場所に逃げ去っていくのではないか」という予感に近かった。
しかし、そうも言っていられない。時間は有限である。
はて、どうしたものか。いっそ気安く肩や背中を叩いて正気に戻してやろうかと考えたが、初めて出会った少女にするのは躊躇われた。暫し考え「それじゃあ背中でも」と答えが帰結し、行動に移そうとしたところで、背後から導力自動車の音が聞こえた。
結局その音(というか導力車の音を聞いても微動だにしなかったのでクラクションが鳴り慌ててそこを退いた)でカタナは意識を戻したのだが――今度ああいう顔を彼女がした時は、なるべく急いで再起動させなければいけないだろう。
『背中を叩いてみる』……頭の中のリィンのメモ帳は、そのままになった。
○ ○ ○ ○ ○
ラインフォルト製の最新鋭導力リムジンが去っていくのを見送って、私は深々と息を吐いた。緑色の、翡翠を思わせるカラーリングをした高級車から降りてきたのは、これまた高級そうな身分の男子だったのだ。名前までは語っていなかったが、立ち振る舞いや洗練された動作から「貴族様だな」というのが門外漢の私でも良く分かった。
金髪の美青年が、一瞬、ちらりとこっちを見たのは、私が車の音に気付かなかった「お登りさん」に見えたからではないだろう。多分、同じ赤い制服であったからだと思う。
「で、でもそんなに、鼻につく感じはしなかったなぁ」
「うん? 確かに名門の高弟にしてみれば、そこまで敬われるのは好きそうじゃなかったとは感じたけど、カタナはそういうの敏感なタイプなのか?」
「い、いやあんまり……。む、むしろ学院では階級を意識しなければいけないのかって心配している方が強い、かな?」
「カタナも貴族ではあるんだろう。ええとアルビー、だったか。知らない名前だったけど……だったら自分から親身に接していけば良いんじゃないか?」
世の中には、その「自分から」が出来ない人も、居るんですよ、リィンさんや。
私は無言で訴えたが、リィンは「自分は何か不味い事を言ったか??」という顔だった。これだからコミュ力が高い奴は。
「出来ないならやってみれば良いんじゃないか?」
「まあ、そうだけど」
「さっきの彼だって剣呑に見えたけど、カタナを邪魔とも呼ばなかったじゃないか。案外学院の中にはフレンドリーな人も多いんじゃないか?」
「ああ、そ、そこはそうだと思う。私はそういうの鋭いって昔から言われるから保証する。リィンさんとは仲良くなれると思うよ、彼。……他の人は知らないけど」
正気に戻った後で、改めて学院を見る。
いや……なんか、いざ学院に足を踏み入れるとなると緊張してきた。
自分が此処まで身構えているとは、車が来るまで全く意識していなかったのだ。今ので一呼吸を置いたおかげで、むしろ緊張が高まってきたともいう。本当に、私が、こんな場所に入学をしていいのだろうか……?
心の底にある嫌な側面が、じわりと染み出してくる音が聞こえた。白紙にインクを垂らしたように、それはじわじわと取り繕った表を汚染しようと迫って来る。表情に出る直前、それをかき消すように――。
(――羨ましいなら、手を伸ばせば良い。欲しい物は自ら手を伸ばすのが大事なのだよ)
――「
リィンが当然のように告げた言葉が重なって、それがするっと心に入り込んだ。
「……そ、そだね。今からあれこれ不安に思っててもしょうがない。ありがとリィンさん」
私は此処に来たのだ。ここに来たのは流れでも、ここに来る始まりは私が自分で切っ掛けを選んだのだ。ならばちゃんとそれを続けてみよう。
物事に何も感じない生き方は間違いだ。
何か目の前で、大きさは何でも良い、出来事が起きて、それに「何も感じない」という事はありえない。感じていないとすれば、それは感じていない振りをしているだけだ。心を殺し、機械のように、物事を処理してしまう。
私も、昔はそうだった事がある。
けれども私はそれを拒絶して此処に来た。であるならば、この緊張や不安は、むしろ真面目に私が事実を受け止めているという事なのだ。
それに今更、ここで背を向けて逃げられると思うほど、私は自分に無責任にもなれない。
心の中にある、嫌な感情を振り払う。
私は意を決して、今度こそ学院へと足を踏み入れる。
その一歩。敷地内に入るのは、意外なほどに簡単だった。
○ ○ ○ ○ ○
「ご入学、おめでとうございます。ええと、君達は――リィン・シュバルツァー君。そして、エカターNa、……エカターニャ、ミュム……ニュムラリ……ニュムラテ……――エカターニャ・ニュムラティカ・アルビーさん!」
「です。ごめんなさい、凄く呼びにくい名前で――以後は短く「カタナ」と呼んでくれて、大丈夫ですので」
「そうするね! ようこそ《トールズ士官学院》へ! 私は生徒会長のトワ・ハーシェルです」
案の定、名前の発音中に3,4回ほど舌を噛まれてしまった。
私は、名前もそうだがミドルネームも物凄く発音が面倒くさい。
「エカターニャ」というだけなら「ちょっと風変わりだな」と思われる程度の名前だろう。
しかしミドルネームの「ニュムラティカ」となるともう帝国はおろか、多民族国家のカルバード共和国でも中々無いような一風変わった発音である。だから以後は「N」と略そう。
実際、目の前の少女は中々素直に発音が出来なかったらしく難儀していた。多分この先フルネームで呼んでくれることはないだろう。最後の方、微妙にひきつってたし。
因みに最後の「アルビー」は、「
(……単語に悪意を感じる)
さておき、目の前の2人の人物である。
私達の前にやってきたのは、年上だろう少女と、体格のいい(太めとも言う)黄色い作業服姿の青年だった。
二人が年上だろう、というのは口ぶりからの判断である。
少女の方、自己紹介の通りであれば生徒会長さんは、体格で言えば私とどっこいどっこいだ。予め自己紹介をされていなければ同学年だと思っていたかもしれない。身長は同じくらいだし、体つきは向こうが丸みを帯びている程度の差。茶色の髪をポニーテイルで結んだ非常に利発そうな人物である。
「ここで入学する生徒さんが遅刻していないかと、持ち物の確認をしてるんだ」
「申請した武器があると思うんだけど、一時預からせて貰うよ。入学式の後でちゃんと返却するからね」
「ああ、案内書にあったとおりですね」
入学許可証と同時に受け取った書類の中には、ちゃんと「使用武器の携帯」という項目もあった。士官学院なので武術訓練はあるのだが、その際に、嗜んでいる人は予め申請をするようにと書かれていたのだ。もちろん私も提出してある。
黄色い青年、こちらはジョルジュ・ノームさん。
技術者としての腕は高そうである。彼を見た時、ほんの少しだけ言い様がない不安さを感じたが……それは非常に薄く、警戒する必要は全くないように思えた。きっと気のせいだろう。
彼にリィンは刀を預け、私も小太刀を揃えて渡す。後で何かイベントでもあるという事だろうか? 新入生の歓迎会があるならば嬉しいのだが。
「それは終わってからのお楽しみかな。こう見えても武器の扱いには慣れているんだ。任せてくれたまえよ」
「他のオーブメントは……一緒に渡した方が良いんでしょうか?」
「おや、ARCUS以外にも持っているのかい?」
私は頷いて、足首まで伸びる後ろ髪を見せた。
「え、え幾つか。ど、導力器というか導力補助機能付きのアクセサリみたいなものですけど。手持ちのそれ(小太刀)ともリンクさせてあるので、何か改良とかあると面倒かなと思うんですが……そ、そっちも一緒にお渡しした方が、良いです?」
「なるほどね。いや、その程度ならば大丈夫だと思うよ。学院の書類に登録したり色々と手続きが必要だけど、確認させて貰えるかい?」
「わ、分かりました」
延ばした後ろ髪を、首後ろくらいで二つに結わえているのだが(これが後頭部だとツインテールと呼ばれる髪型だ)、その髪を地面近くでもう1回纏めている。
そのリングが、導力器になっているのだ。
これ単体ではアーツを発動できないが、メインの導力器と共鳴させると何かと面白いことが出来たりする。耐水、耐火性能も高いし、相手に警戒されにくいというメリットもある。中々便利なのだ。
「へえ……結構高価そうな代物だね。でも……うん、僕が記録に残して、教官達には伝えておく。今はこれで大丈夫だ」
「入学式が行われる講堂は、この道を真っすぐ行った場所だよ。あそこに見える大きな建物だね」
「二年間、良い学校生活を!」
「「ありがとうございます」」
ぺこり、とお辞儀をして足を進めると、ちょうど二つの音が聞こえる。
一つは時刻を知らせる学校のチャイムの音。もう一つは静かで軽やかな足音だ。静かな方の音は、かなりの速さだけど同時に足音を殺し馴れている音でもあった。こんな感じの音を立てる人物、果て一体だれであろうか……と後ろを振り返る。
「ああ、ちょうど最後の娘が来たようだよ。会長」
「うん、――待って待ってそこの娘、えーと、フィー・クラウゼルさん!」
後ろから私達を追い抜こうとしたのは、駅前の公園で出会った銀髪の美少女だった。
彼女、フィー・クラウゼルというらしい。何となく仲良くなれそうな気がした。
そして数秒後「クラウゼルって
○ ○ ○ ○ ○
『若者よ、世の礎たれ』。
というのが《トールズ士官学院》の理念であるという。入学式でヴァンダイク学院長(帝国名誉元帥も兼任している)はそう語った。これは220年前に学院を設立したドライケルス大帝から伝わる言葉であり、今も生徒達に毎年伝えている言葉である、と。
礎。建物や物事を「建てる」時の土台。
単純に、社会を支える人間になれ、という意味では無いだろう。自分なりの意味を見つけなさい、と学院長は締めくくったが、私には実感が薄かった。
本拠地で勉強と訓練の毎日。それ以外は旅から旅の放浪生活。一か所に定住をすることがなかった私にとって、私は何時だって余所者で、部外者だった。
帝国の中で動いたこともあるが、肩書を利用するばかりで何かを生産したこともない。旅の中で生活を営むのならば、まだ違ったのだろう。だが実際は仕事――いや、もっと言えば
――「歯車」になるのは馴れている。己を機械にすることも良くある。
だから、礎になれと言われても良く分からない。
それは礎とどう違う? 私は、何のためにここに居て、何をすればいいのだろうか?
じわり、と何か嫌な感情が吹き出しそうになって、止めた。
(……なんてね。今は考えないでおこう。やめやめ)
真面目に考えてみたが、似合わない。藪蛇になる。切り替えよう。
意味は、追々考えれば良い。心の中に在るもやもやとした感情は、やがて形になって溢れるだろう。逆に言えば「そうなる」まで無理に形を考えてもしょうがないのだ。そして考えるチャンスは必ずやって来る。
運命は意外と意地悪で残酷で、本人に必ず機会を突きつけるのだ。『
その時の実感が、この今の士官学院の入学式に繋がっているのだから、世の中は分からない。
「中々に意味が深い言葉だな。ただ貢献をする、あるいは何かを培うだけではない……。流石はヴァンダイク学院長。入学式に相応しい言葉を送ってくれる。もっと父上から色々と聞いておくべきだったか……」
気楽に考えている私の真横で、青い髪が頷いていた。学院の入口で、老執事から送り出されていた彼女である。男ならば偉丈夫と言えるだろうか。私の少し前には肌の色が濃い、異国の青年が座っているが、彼と比較しても遜色がない存在感があった。
私より頭1つ高く、スタイルは抜群で、背筋はぴんと伸びて、これまた凛々しい美少女だ。
あちこち見れば入学式の出席者には、赤い制服の生徒が9人。私を含めて10人いるのだが、誰も彼も独特の存在感を放っていた。
他の生徒から見れば私もそんなに違和感がないのかもしれない、という指摘は無しだ。
「ラ、ラウラさんは根が真面目なようで……」
「うむ。何事も真摯に受け止めることが成長の糧であると教わっているからな。カタナはあまり得意ではなさそうに見える。向こうの銀髪の少女もそうだが、人生の先達の言葉は聞いておくべきだ。必ず役に立つ」
正論だったのでぐうの音も出ない。
入学式が始まる直前、なんとか間に合った私は指定されていた席に座った。
その時、隣にいたのが彼女:ラウラ・S・アルゼイドであった。
アルゼイドという名前は流石に常識で知っている。
帝国最高峰の剣士《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイド氏。ラウラはその娘であり、名門貴族の武人様。多分、実力で言えば、この新入生の中でも最強だろう。
私も少しだけ腕に自信はある(ここは、謙遜せずに「ある」と言っておくが)が。
平地でのタイマン勝負なら、絶対に負ける。
何分私は、速度はあっても打撃力が無い。相手を削り切る前に削られると思われる。
彼女からは、自然と人を護っていそうな、そして自分が民の為に剣を振るうような、そういう立場をごく当然のように出来るだろう、意志の強さを感じていた。
……出会う度に感じるこういう勘は外れたことは無いのだ。
さっきのジョルジュ先輩も、なんか不穏と言えば不穏な感じがあるが、別に学院生活で害があるような人には思えない。
フィーさんと仲良くなれるという印象も嘘ではないと思っている。彼女の出身が何であれ。
人間1つや2つ、表に出せない顔があるのは当たり前。
であるならば、そういう怪しい何かを感じないラウラとは言わずもがなである。
まー判断したとして実行に移せるかは別の話。
私に社交性を期待するな。
出来る範囲でしか、出来ない。
ラウラとは軽く名前の交換だけはしてあった。
衣装が揃いで互いに反応したのだ。向こうも私が帝国貴族の末席くらいの出身だとは把握したようで――(それでもアルビーという名前に対して聞き覚えがあるような無いような……と首を捻って居たが)――式の最中もそれとなく意見交換をしていた。
尤もその大部分が、真面目に聞いているようで聞いていない私への注意みたいなものだったのだが。
「カタナも (当たり前のように普通に名前呼びであった。コミュ力高くて羨ましい)貴族ではあるのだろうに。であるならば芯を込めて望むべきだ。学院長には、言葉が響いていない事を見抜かれているぞ。ほら眼がこっちを向いた」
「そ、それこそ自分の礎として、実感したことは無い立場だからね」
そして流石に私が聞いていないと見えたのは偶然だと思いたい。いや、聞いてはいるのだよちゃんと。ただ言葉をきちんと反芻して意味を理解していないだけだ。
彼女は、多分、本当に真面目に色々な物を積み上げてきたのだろう。
私の言葉に、ふむ? と首を傾げて横目で見たので、小声で返した。
「べ、別にふざけて聞いているわけじゃないよ。真面目に聞いてる……。ただ、私は実感が湧かないというだけで……」
学園長の言葉は、正しいのだろう。
だけど、今の私はそれを受け止められる人間じゃない。
「お、同じような意味を持つ言葉を聞いたこともあるんだ。その時の言葉も、多分、言いたいことは同じだった……と思う? かな。だけど今もまだ、――これが2回目になるというのに――私は、礎になるという意味に、実感が湧かない」
なので、とラウラを見て。
「り、理解できていないという事を、理解できている、から。分かるようにする。これから」
「そうか。無遠慮な言葉だったな。なら、応援をしていよう。多分同じクラスだろうからな」
「ん。あ、ありがと。励んでみる」
リィンと言いラウラと言い、この赤い服を着てる奴は皆が皆、気遣いが得意なのだろうか。
すぐさま己の言葉が相手にどう伝わったかを認識して改めるし、どうやれば人として正しく進めるのかを本能的に理解している。羨ましい限りだ。
(……うん、つまり、羨ましいよねぇ)
そう、つまり私は、とても綺麗だと感じている。
この場所。ここにいる人。教員。あるいは環境そのものまで含めて、ここはとても綺麗なのだ。立場や身分の差はあっても、それが澱まない。必ず誰かが手を伸ばし、それを変えようと努力をしてくれる。そういう場所だ。
口には出さなかったが、私がそんな風に思ったのを、ラウラは感じ取ったのだろう。
「カタナもこの学院の一員になったのだろう。なら、未経験なことを、これから自分の物にしていけば良い。それも理解するという一貫ではないか?」
「…………そ、そだね。ありがと」
「気にするな。カタナと同じように迷っている人間が居れば、私は何時だって同じようするさ」
入り口の門を潜り抜けたように、素直に一歩進んでみれば良い。
内心の複雑な感情に言い聞かせて、前を向いた。
『以上で、《トールズ士官学院》・第215回入学式を終了します』
司会進行を進めていた、眼鏡の教頭先生が終了の言葉を語る。以降は入学案内に従い指定されたクラスの、云々という言葉を聞きながら私は思った。
――やはり心の中の事を見抜かれてしまった。
――私の考えていることは、よほど顔に出やすいのだろうか。
○ ○ ○ ○ ○
さて、入学式が終わった後、赤い制服の生徒達は『特別オリエンテーリング』に参加する事となった。入学案内書には配属先クラスなどは書いてなかったのである。式の最中数えていた、赤い制服の生徒が私を含めて10人。
リィン、ラウラ、フィーの3人は分かる。
眼鏡の青年、小柄な少年、金髪の貴公子様、ツインテールの少女も見覚えがある。
異国の男は目立っていた。あと1人は――。
私は、最後の一人を見て、思わず変な声が出そうになるのを、飲み込んだ。
「(!? げ、魔、――)」
眼鏡に抜群のスタイルを持った少女。眼鏡で隠されているが物凄い美少女だ。
だが問題はそこではない。
問題は『私が彼女を知っている』という事。
向こうは私に気付いていないようだが、私はよく覚えている。忘れたくても忘れようがない。
――
昔のことだ。私は手紙の配達を請け負ったことがある。
その手紙の送り先が、ローゼリアという人物だった。
手紙の内容は全く知らないのだが、そのローゼリアというのが《善き魔女》と呼ばれる帝国歴史に伝えられる伝説の1人で、加えて吸血鬼を題材にした小説『紅い月のロゼ』に出てきたロゼ本人であると知り、私は盛大に震えあがった事を覚えている。
その時、ローゼリアの傍に居た少女が、彼女であった。
何分昔の事だが、当時はまだ記憶に自信があった頃だから確かだと思う。姉妹で仲良く過ごしていたのではなかったか?
あの時の私の事を、思い出されると、それはちょっと……困る。
追及されたら誤魔化しきれそうもないからだ。黒歴史を自分から穿りたい奴はいまい。
昔の私なら――『消さなきゃ』と物騒過ぎる考えを持っていたのかもしれない。
でもそんな考えは、今の私には重すぎる。
とてもじゃないが危害を加えようとは思えない。
それは今、サラ・バレンスタイン教官に関しても同じ。
私達を『特別オリエンテーリング』の会場に案内してくれている。
――まさか、彼女が、担任とは。
(過去の皺寄せが来るのは覚悟していましたが、エイドス様、どうか波乱を余りたてぬようにお願いします……)
過去を後悔しながら歩いていくと、士官学院の裏手に設置された建物に出た。相当古い建物だ。いったい何が起きるのやら、と伺っていると、サラ教官は鼻歌と共に建物の扉を開け中に入って行ってしまった。私達は顔を見合わせて、訳も分からないまま、それでもぞろぞろと中に入る。
「なんか如何にも“出そう”な雰囲気だよね……」
「リ、リベールのジェニス王立学園でも同じ噂が出たことあるよ。白い幽霊の噂。この手の怪談は何処も定番なのかもね……」
「え!?本当に!?」
私が何気なく放った発言に、反応したのは赤い髪の少年だった。
リィンと接触した時、視界の端に映っていた幼い容貌の男の子だ。幼いと言っても私より身長は高いし、筋骨隆々とは言わなくとも結構、体つきはちゃんとしている。礼儀正しい感じに、柔らかい物腰。貴族というよりは名家の跡取り、みたいな感じだ。リィンと隣り合って座っていたのは覚えていた。名前は――知らない。私は自分に少し気合を入れて、勇気を出して自己紹介をした。
彼はエリオット・クレイグというらしい。名前と顔が一致した。エリオットさんだな。クレイグと言えば帝国にそういう名前の将軍がいたと思うが、その家の出身かもしれない。赤い髪だし。士官学院に居そうだし。
さて、案内された建物は旧校舎という事だった。後日調べたところによると、220年前のドライケルス大帝時代から存在している遺跡並みの建物である。そこで名乗ったサラ教官は、続けてこう語る。
「今日から君達《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ。よろしくお願いするわね♡」
私は「へー」という感じだった。
クラス別に関して感慨は抱いていなかったのだ。
階級差があると知っていても、それはそれ。別にどのクラスでも良い心つもりだったので、特に無関心だったのだが――言葉への反応は各々で違っていた。
例えばラウラや貴公子さんなどの貴族組は「階級によってクラスが違ったはずだが」と(他意はないだろう)語り、魔女の彼女は「5組までだったと聞いている」という顔だ。
質問が幾つも飛んだあと、サラ教官はノリノリで返す。多分説明したかったのだろう。あるいは生徒達を驚かせたかったのか。魔女の彼女を首席入学と褒めて「それは去年までの事ね」と続ける。首席入学だったのか、あいつ。
「今年から特別クラスが新たに立ち上げられたのよね。即ち、君達――゛身分に関係なく集められた” 特科クラス《Ⅶ組》が」
……サラ教官が、果たして私の事をどこまで知っているのかは、口調からは判断が出来なかった。
身分に関係なく、という事は貴族・平民に関しては関係なく選び、また異国に関りがあったり、普通には馴染めないだろう「問題」があったりする人物を編入させたのだろう。
となるとこの雑多な顔ぶれも納得がいく。貴族、平民、名門軍人の子、異国の青年、猟兵(クラウゼル)、そして魔女だ。それは別々にするよりも一括管理した方がやりやすかろう。……いや学院側が、彼女が魔女だと察知しているとは思いたくないけどさ。
こうなってくると、表向きだけでも帝国貴族であるという立場を貰っていたのは本当に幸いだった。私を編入させた「
戸惑いつつも皆が頷く中、それを拒否する声が上がったのは、その時だ。
「冗談じゃない!」
眼鏡の青年、緑髪の彼である。どうやら相当に貴族との折り合いは悪いらしい。
「身分に関係ない!? そんな話は聞いていませんよ!」
マキアス・レーグニッツと名乗った彼――名前からして帝都ヘイムダルがレーグニッツ都知事の息子さんだろうか――は、自分の名前など些細なことだと言わんばかりに続ける。
「自分はとても納得しかねます! まさか貴族風情と一緒のクラスでやって行けというんですか!?」
……訂正。折り合いが悪いとかではない。あれは相当に根が深いらしい。鉄血宰相の盟友とも言われる都知事レーグニッツの息子だから、と言う訳ではないだろう。
同じ若者同士仲良くなれるんじゃない? という(半ば予想していたであろう)サラ教官は柳に風とばかりに困った笑顔で受け流す。そんな訳ないでしょう!と反発しても教官は受け流すばかりで答えた様子はない。
代わりに反応したのは貴公子さんの方だった。マキアスの言葉を皮肉気に笑い飛ばしたのだ。……学院入口での様子を見る限り、悪い人では無いのだろう。だが、貴族風情がと反発を受けるのも慣れていて、そっちを隠すつもりもないという事か。他の7人がやり取りをオロオロして見守る中、対立する二人はヒートアップしていく。
この二人、そのうち仲良くなりそうだなあとか思ったのは私の中の内緒だ。
「君。――何か文句でもあるのか?」
「別に」 貴公子さんは言う。 「平民風情が騒がしいと思っただけだ」
「これはこれは」 マキアスが 「どうやら大貴族のご子息様が紛れ込んでいたようだな。その尊大な態度、さぞ名のある家柄だと見受けるが?」
「ユーシス・アルバレア。 貴族風情の名前如き覚えてもらわないでも構わんが」
その名前を聞いて殆どの人間がどよめいた。動揺しなかったのは私とフィーと異国風の彼であった。つまり生活に階級が密着していない組である。
エレボニア帝国は大体東西南北の四州に分かれている。この四州を纏める貴族達を《四大名門》と呼び、現在の貴族の中でも、特に権力を持っているとされている。彼が語った「アルバレア」家とは、東部クロイツェン州を収めている公爵家の名に他ならない。……と知識だけは知っているが、私は前述したように帝国階級社会には馴染みがないので、正直反応に困る。
――偉い人だ、というのは分かる。
――その人脈や財力が凄い、というのも分かる。
――利用できる存在である、という認識も持っている。
だけど身近で敬う相手には、思えないのだ。
放浪ばっかりで生活に密着していなかった階級を、生活に根付いた目上の者として実感するのは無理だ。権威の威力を把握し、何回か階級を『道具』として使った事はあっても、それは私が被った唯の仮面でしかない。それは今の名前も同じだ。
私は今後、仮に「アルビー」という貴族名を「道具として使う」事があっても、心の底から『私は貴族なんだ』と思って行動は出来ないだろう。
「はいはいそこまで。色々あるとは思うけど文句は後で聞かせてもらうわ。そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしね」
流石のビックネームにマキアスは一瞬怯んだようだが、怯むと思ったら大間違いだと更にヒートアップ仕掛けたところに、サラ教官は水を差した。
マキアスは未だにユーシスを睨んでいたが、それでも教官の方に身体を向ける(ここできちんとサラ教官を敬って話を聞く姿勢になる辺り彼の性根は真っすぐだ)。一体何を、と皆が思う中、リィンが合点がいったように言った。
「ひょっとして門のところで預けた物と関係が……?」
「良い勘してるわねぇ」
教官はにっこりと微笑み、そのまま一歩、二歩、三歩とさりげなく下がって。
壁のボタンを押した。
途端、鈍い音と共に床が傾いて、そのまま地下へと続く急勾配の坂道になった。
(ああ……こういう奴かぁ……!)
旧校舎に入る前、こっちを伺っている視線があった……気がする?
森の中だったので見えなかったし、何を語っていたかも全く分からなかったが、気配は多分……一人か二人……の筈だ。
敵意は無かったし、ここが学院の敷地内である以上、学院の人間であろう。彼らが旧校舎に入る姿を見ていたという事は、仕掛けが発動することを知っていた可能性は十分にある。
オリエンテーリングが何かは知らないが、武器をこっちに返すという事は戦闘があるのは確かである。その前に怪我をしたら何の意味もない。そして学院側がサラ・バレスタインの行動を認知していないはずがない……。
両方の事実を重ねれば――。
「あ、安全だとー思う、から。む、無理せず怪我しない姿勢で転がろう」
(……ボッチにならないようにはしたいなぁ)
坂を転がらないよう、バランスを取りつつ下りながら、皆に声をかけてみることにした。
頭上ではフィー・クラウゼルが落下しないようにワイヤーロープに捕まっている。彼女とコンビ組めないだろうか、と考えながら、私は闇の中に着地したのである。
Q:カタナって強いの?
A:この時点のラウラが相手でも、真正面から戦ったらカタナが負ける。
Q:手紙?
A:生存フラグ。