カタナ、閃く   作:金枝篇

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何時も誤字報告有難うございます。
これにて一章は終了。次回から章タイトルも変わります。

では、どうぞ!



一つの終わり、一つの始まり

 私だって、怒ることくらい、ある。

 それも自分自身の欠点や弱点を指摘されたことによる羞恥や、秘めた感情を暴露されたことに対する反骨芯と言った、己の不甲斐なさの裏返しである憤怒ではなく――もっと純粋な『気に入らない』という感情からなる、怒りだ。

 自然公園に入る前に、領邦軍から嫌味が飛んでくるくらいは覚悟していた。

 嫌味で人は殺せない。

 言の刃で私を斃すなら、とりあえずワイスマンレベルを呼んで来いと言うだろう。

 だが、それはそれとして怒りを覚えることは、ある。

 

 「お前達の罪状は明らかだ。第一に、立ち入り禁止となっていた『自然公園』に無断で立ち入ったという点。門の入り口にきちんとその旨を書いていた筈だが、君達は文字も読めないのかね?」

 

 ここはケルディックにある、領邦軍の詰所。

 その一角で、私は取り調べを受けていた。取り調べというと柔らかいが、実態はネチネチと面倒な嫌味の連続である。大人げないとは思わないんだろうか。

 殺風景な部屋の中に、私と、尋問役の隊長。控える兵士が二名。

 椅子と机と、机上にランタンと、コップ一杯の水だけ。

 ……そんな事より上司(貴族さま)の命令の方が大事、ということなのかもしれないな。うん。これが彼らの仕事ならば仕方がない。言い聞かせる。

 

 あれから。

 戦いが終わった後、グルノージャはあっさりと意識を取り戻した。

 もうちょっと気絶してて良いんだよ? と思いたくなるくらい、あっさり起き上がった。

 野生動物の回復能力は人間とは比較にならない程に高い。しかし起き上がったヌシの目に、憤怒の感情はなかった。エリオットの演奏で暴走が収まったのもあるのだろう。起き上がり、森中に響くような咆哮を上げたが、それは戦いの終了と、他の魔獣達への制止の合図だった。

 彼(多分、雄)は去った。基本的にシルバーバックは温厚というのは本当の話らしい。

 

 事実、私達はそれ以後、他の魔獣に襲われることは無かったのだ。

 襲われたら対処できなかった可能性が高い。

 

 戦いが終わって一同はふらふら。アリサとエリオットの肉体的ダメージは少ないが、精神的負担は随分なものだ。ラウラはダウン。私もダウン。リィンは無事だが、やはり消耗が大きい。

 薬だけは山ほどあった(卵の錬金術でね)ので皆に配って順番に回復していったが、傷が癒えても疲労感が消える訳じゃない。動くのが只管に怠かった。

 『結社』時代なら、薬やら暗示やらで強引に活動も出来たのだろうが、今の私にそれは無い。

 

 そして、息も絶え絶えの状態を、取り囲まれたのである。

 甲高い警笛の音の後、領邦軍に取り囲まれた私達は、ケルディックの詰め所へ連行された。

 

 ラウラだけは休ませて欲しいと頼み込み、その看病にアリサとエリオットを付けた。流石に見ただけで重傷と分かる女学生を、強引に尋問するのは不味いと向こうも判断したのか、この申し出は受け入れられた。

 アルゼイド家の娘を、粗末に扱ったら、どうなるか分からない、というのもあるだろう。

 領邦軍側にしても、一番貴族然として応対をされたら困る相手が誰なのか、見抜いているのだ。

 結果、私とリィンとが嫌味の雨を浴びている。

 目の前に居るのは部隊長。大市でエリオットと私が情報を引き出した、髭の男だ。

 彼はその瞳に、忌々しさと面倒臭さと苛立ちを隠そうともせず、此方に言葉を投げる。

 

 「……ひ、疲労困憊の、学生に向かって言う第一声が、それ?」

 「自業自得という言葉を知っているかね?」

 

 ……それを言うか? と思ったが反論すると面倒なので黙ることにした。

 この領邦軍は、私達の戦いを監視していた。道中、この最奥部に来るまでの間、ちょっとばかりトラップ――鳴子を仕掛けておいたのだ。丁度、人間の首の高さに糸を設置しておいた。

 領邦軍がやって道を通ると、音が鳴る。

 戦闘中、その音こそ耳には聞こえなかったが『糸が切られたなとは』察知できていた。

 つまりこの連中、出待ちしていたのだ。

 こっちが必死に戦っている様子を見ており、しかし手助けもせず、グルノージャを倒した後になってさも今やって来たように入って来たのだ。大人の狡猾さである。腹立たしい。

 立ち入り禁止区域に勝手に入った件に関しては、向こうの言い分が正しい。

 この点に関しては反論するつもりはない。

 しかし。しかし()()()()ともなれば話は別。

 

 「第二に、君達には器物損壊容疑が掛けられている」

 「……器物?」

 「そうだ。私達が栽培していた()()()の畑を焼き払ったことは立派な器物損壊罪だ」

 「ほ、本気で言ってる? あれが何だか――!」

 「なんだか知っているのかね?」

 

 おっと、……これも、不味い。知っていて燃やしたのならば余計に面倒なことになる。

 プロレマ草栽培の一件はどう考えてもアウトだ。

 相応の立場の人間、例えばケビン神父のような《聖杯騎士団》()()()追及材料に出来るだろう。

 だが、真の薬効や性質を知らない人間にしてみれば、あれは貴重な薬草に過ぎない。服用者の身体能力や判断能力を上昇させる、疲労回復に役立つお薬だ。

 『領邦軍に処方していた薬の材料を焼いた』――と言われれば、黙るしかない。

 

 伊達にケルディックに嫌がらせを重ねていたというだけあって、後処理と裏工作とカバーストーリーを作るのは上手い。思わず黙った私に、髭の隊長は『それで良い』と鼻を鳴らす。

 私は無言で目の前のコップの水を飲み干した。

 

 畜生め。結構、口が回るし小狡いぞ、このおっさん!

 大市で誘導尋問をした時に比較して、明らかに賢さが上がっている。

 そこで気付く。

 

 (……ああ、くっそ、そういうことか! あのフルフェイス……!)

 

 何となくだが、この背後に、あの胡散臭い全身黒ずくめの男の姿が居る気がした。

 アイツらが偽管理人達を回収しただけで終わるのは、ちょっとばかり素直過ぎる。

 『グルノージャから偽管理人達を助けた』事実を『グルノージャへの銃撃』で貸し借り無しとするならば――それは最初の、向こうがこっちに()()する状態に戻っただけである。

 先んじて、私達をネチネチ責める材料を用意するというのは、ありそうな話だ。

 舌打ちしたくなったが、表情筋を抑えて、上から降ってくる言葉を聞く。

 隣部屋のリィンもきっと、さぞ心労を重ねているに違いない。

 だがこれはまだ嫌味。嫌味の範疇だ。我慢しよう。

 見えない位置で歯を食いしばって、自分を落ち着かせる。

 

 「第三に、お前達にはケルディックの店舗を破壊し、商品を奪った容疑がある!」

 

 一番、頭にくる言葉が入った。

 掌の中のコップを、握りしめた。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 ――お前ら、犯人はヴァルターだと言っていなかったか?

 

 「確かにな。だが、あの大男とお前達が共謀をしたとでも言えば良い。違うかね?」

 

 私は、暫し胸の感情が何かを理解出来ていなかった。

 髭の隊長は忌々しそうに続ける。

 

 「貴様らと良い、あの大男と良い、この私達の邪魔ばかりをしてくれる……! お前達が余計な行動をしたばかりに、私はこれからアルバレア家へ足を運び、ことの経緯を説明せねばならない! ケルディックの締め付けですら難儀しているというのに……! 社会を知らない、弁えない人間はこれだから嫌なのだ!」

 

 憤懣やるせない顔での愚痴を聞きながら、私は悟る。

 段々と沸き上がり、心から体に染み込んでくるこれは――今、私の中にある感情は、怒りだ。

 何故、こんなに怒っているのか。

 ……捕まって嫌味を言われているからではない。ケルディックへの締め付けを認めたからでも、出待ちして詰め所まで連行されたからでもない。

 

 皆と、ヴァルターを一括りにして、行動を貶めたからだ。

 闇深くに生きる『結社』の人間と、光の中にある《Ⅶ組》を混同して、一緒くたに扱って。

 剰え、それらを『余計』だと捨てられる。

 

 流石にそれは看過できない話だ。

 負けた腹いせを押し付けているだけじゃないか……!

 ヴァルターに負けたのは領邦軍の愚かさが理由だというのに、さも知らないふりをして!

 私は兎も角、皆を、馬鹿にするのも、いい加減にしろよ……!

 

 傲岸不遜、厚顔無恥とはこのことだ。

 同時に、サラ教官が、このケルディックにユーシスを連れてこなかった理由も理解した。

 こんなに奴らの実態を、ユーシスが見たら即刻怒りを見せているし、向こうだって「アルバレア家のご子息」が居る場所で下手な狼藉をすることも無い。

 つまり尻尾を出さないし、私達が『現実』を見なかっただろう。納得する。

 

 「…………ちょっと、言いすぎでは、ないですか?」

 「何がだね? ふん、お前達の行動は正式な書面でトールズにも抗議をする! 無事に済むことを祈」

 「その、言葉が、言い過ぎだと」

 

 戦いでギアが上がっていたからか。

 今なおも身体の各所を、回復しきれない疼痛が巡っているからか。

 動けない苦痛が、感情で、一周回って消え去ったからか。

 それとも別の何かによる物か。

 思わず椅子から立ち上がり、髭の隊長に視線を向ける。

 

 「言い過ぎだと、言って、います!」

 「ふん、小娘が何、を――――っ!?」

 

 思わず、机に身を乗り出した私の顔が、どれほどだったのか。

 隊長は気迫に押されるように、一歩退いた。

 

 『結社』時代の私は、酷かった。

 言葉じゃできない事は山程やった。詳細を詳らかにすれば、クラスの誰もが嫌悪感、忌避間、そして拒否感を得るだろう。猟兵のフィーでも複雑な顔をするかもしれない。

 当時の自分を振り返ると、己の所業にドン引きする。

 たとえワイスマンの部下であったとしても、言い訳が出来ない行いだ。(……ハニトラとかな。)

 

 ――やってしまえ。

 

 そんな当時が、頭に過った。

 過って尚、私は目の前の、この男を闇討ちしそうになった。

 武器は没収され、身体検査もされていて、室内には隊長以外に二人居る。だが、それでも、その状況でも――。

 

 ――やってしまえ。

 

 と、囁かれるような声に、身を委ね――()()()()()()

 ならなかったのは、偏に、室内に乱入する姿があったからに他ならない。

 扉が強く叩かれ、勢いよく開かれる。

 

 「失礼します。此処に隊長殿が居ると聞きました。直ちにその娘、及び士官学院の生徒を解放して貰います」

 「な、なんだね!? いや、その制服、その姿、は!」

 

 私の殺気に一瞬怯えていた隊長は、室内に姿を見せた女性を見て、動転をより露わにする。

 詰所に居た他の兵士達も、思わず武器を構えようとして、固まった。それ程に意外な存在だったのだ。

 灰色の布地に、黒いラインを入れ、肩に星の徽章を付けている。

 水色の髪をサイドテールに纏めた美女の、その立場を叫んだ。

 

 「《鉄道憲兵隊(T・M・P)》……! 鉄血の子飼いが何故ここに!? 此処は領邦軍の詰め所だぞ!?」

 「何故も何もありません」

 

 記憶の中の情報と照らし合わせ、目の前の女性を思い出す。

 女性は細かい文字が並ぶ文書を取り出した。そこには署名と押印がされている。

 私にも読めた。簡潔に、しかし明瞭な文章だ。

 

 

 『現在、ケルディックの領邦軍が『保護』しているトールズ士官学院の生徒の身柄を、《鉄道憲兵隊》に預けるものとする ―― クロワール・ド・カイエン』

 

 

 「……カ、カイエン公。……え、カイエン公爵ぅ!?」

 

 文章の最後にあった名前を、私は口に出す。沸騰していた頭が冷える。語尾に驚きが付いた。

 カイエン公。海都オルディスを治める四大名門筆頭貴族。つまり領邦軍の親玉だ。

 そして目の前の女性――鉄道憲兵隊の、クレア・リーヴェルト大尉は、鉄血宰相の部下。

 明らかに対立している関係の、この両者の間に、如何なる取引があったというのだ。

 ちょっと予想外に過ぎた。私でもそうなのだから領邦軍の隊長の衝撃はどれほどか。

 

 「ま、待て! そんな馬鹿な話があるか! ぎ、偽造……偽造ではないのか!?」

 「どうぞお確かめ下さい。署名、押印、紙やインク、それら全てカイエン公爵の物です。この私達が、よもや粗悪品を作成し、名前を騙るなどという――みすみす罪を追及されるような行いをすると思うのならば、どうぞご自由に判断をなさって下さい。しかし、命令に背くことになった場合――」

 

 最後まで言わず『その責任を負うのは貴方ですよ』と、クレア大尉の眼が隊長を射抜いた。

 清楚とした佇まいの人だが、眼力の中には凍てつく強さが秘められている。

 冷や汗を流した隊長は――。

 

 「……くっ、……良いだろう、命令を飲む。……だが!」

 「ええどうぞ、好きなだけ、お確かめ下さい」

 

 最後に捨て台詞を吐きながら、私をクレア大尉の方にと押しやったのである。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「……た、助かりました。あのままだと――ちょっと、怒ってしまって、いたと思います」

 「お気になさらず。話に聞いていた通り、元気があって良いと思いますよ」

 

 他の憲兵隊達がリィンらを連れてくるまで、一足先に外に出た。

 狭苦しい詰め所から、広いケルディックの空の下へ。大きく深呼吸をする。空気が美味しい。

 そして、頭の中にあったムカつき――領邦軍への怒りが消えたのも、自覚する。

 

 ――暴れないで、良かった……。

 ――体に染みついてるの、嫌だなぁ……。

 

 なんであの一瞬、あんなにも怒りに染まったのか、良く分からない。

 ……ただ『結社』時代の名残が、今も私に刻まれているのは確かだ。

 《影の国》で、よくよく理解した。

 ヨシュアさんがあれだけワイスマン殺害に固執した理由。

 『結社』に対して単独作戦を展開し、仲間に事情を話さず戦った理由。

 それらを本当に理解できるのだ。

 そしてヨシュアさんがエステルに救われた理由もわかる。

 あの明るさと、前向きさと、支え方は、貴重だ。……私は、正直ちょっと苦手だけどね。鬱陶しいレベルで苦手だけどね。あんなコミュ力お化けとか絶対ずっと一緒にいられない。

 《Ⅶ組》は――エステルのような存在になるのだろうか。

 

 と、そこまで考えたところで、クレア大尉の言葉にあった『単語』を認識する。

 

 「あ、あの、聞いていた通り……というのは」

 「直接お会いすれば早いかと」

 

 と、クレア大尉は駅の方を示した。

 ふぁさぁ

 と優雅に髪をかき上げる男が一人。

 

 「…………」

 

 察した。

 皆が詰所から出てきたのは、その時だ。

 意図的に奴を視界から外して、皆に手を上げる。

 

 「リィン、大丈夫だった? ラウラは――」

 「看病のお陰で、動くのには支障がないな。領邦軍からの薬も効果は確かだ」

 「俺も平気だ。通り一遍の質問ばかりで、怒られもしなかった」

 「……ず、随分と、差があったようで」

 

 髭の隊長が私に嫌味を言いに来たのなら、リィンの相手はその配下の兵士。

 女性だったらしく、あれこれ根掘り葉掘りと情報を聞かれたが、皮肉や傲岸不遜な物言いは無かったそうだ。まー彼の心労が少なかったのならば、それはそれで安心できる。

 

 「でも何故、鉄道憲兵隊が僕らを……?」

 

 エリオットの尤もな疑問に、クレア大尉は順番に説明をしてくれた。

 実は元々、憲兵隊は領邦軍の行いを調べていたのだという。

 特にここ最近の露骨な増税や大市への圧力は噂になっていた。帝都でも人々の中で話題に上がっている程で、ならばと放置は出来なくなった。

 本来は貴族領土への干渉が難しい憲兵団だが、名の通り「鉄道」の駅がある土地には一定の権限を行使できる。それを利用し、ケルディックの圧力を弱めに来た、というのが本来の行動だった。

 

 「とはいえ、それで詰め所に入れるほどの権限を行使は出来ません……」

 「そこで私が助力したという事だ」

 

 意図的に目を逸らしていた、鬱陶しい男がやって来ていた。

 私の、苦虫を嚙み潰したような顔に、ふっとキザな笑顔を見せ、恭しく無駄に輝いて礼をする。

 

 「お初にお目にかかる士官学院の諸君……。私はブルブラン男爵。しがない一貴族だ」

 

 無駄に輝く仕草に、リィン達が内心で『個性的な人だな』と戸惑っているのが分かった。

 しかしそこは怪盗B。そして《怪盗紳士》。面の皮が、非常に非常に厚い。

 周囲の反応はどこ吹く風、柳に風と受け流し、説明を続けていく。

 

 「一応カイエン公に連なる……まあ『貴族派』の一人ということになるだろう。君達を解放した各種書類は、私が手配をしたものでね。少々交渉はしたが、あの内容を記載し、《氷の乙女(アイスメイデン)》殿に渡したという訳だ」

 「此方としても提案は渡りに船でしたので、使わせて頂きました」

 「……そ、それで、代わりに何を差し出したの?」

 「あの、カタナ? なんか声が澱んでるわよ……?」

 

 私の吐き出した声には、よっぽど怨念が込められていたらしい。アリサが戸惑っている。

 彼の行動動機が私にある、ということは言葉のトーンから皆に伝わったらしかった。

 ……いや、そんなことはどうでも良いのだ。

 相手は目上の公爵。大貴族。そのカイエン公から書面を引き出すだけでなく「鉄道憲兵隊に任せる」の一文を書き加えさせる為に、どんな骨を折り、どんな約束をしたというのだ。

 

 「別に大したことではない。秘蔵のコレクションを渡したら案外すんなりと決めてくれたとも」

 「……ひ、秘蔵の、ねぇ」

 

 言葉通りの『モノ』ではないのだろう。

 何かしらの、カイエン公が欲しがっている情報とか、ブルブラン――もとい『結社』でなければ手に入らない技術や道具とか、そういう物ではないかと推測する。

 そこまで私の為だとしたら色んな意味で、ちょっと嫌だぞ。

 

 「気にしないことだ。一方だけが得をするような取引はしない。まして私が、欲しい物があった時、何をするかは重々知っている筈だが? ……照れ隠しに蹴るのは止めてくれるかね?」

 「うるさい黙れ」

 

 ブルブランの脛を、私は不満を込めてゲシゲシ蹴っ飛ばしておいた。

 そうだな。お前は欲しい物があったら勝手に盗むもんな!

 私の些細な抵抗も笑顔で受け止め、はっはっはと笑顔を消さない。マジ鬱陶しい!

 

 「という訳で、男爵の助けもあり、皆さんを無事に解放することが出来ました。――そして解放したばかりで非常に心苦しいのですが、私達の調書を取るのにも協力して頂けませんか? 大市の広場で構いませんので」

 「……この流れで断ることは出来ませんね。分かりました」

 

 リィンが頷く。

 恩を売っておいて、速攻で回収しに来た。流石の手腕である。

 とはいえ大市のど真ん中での会話なら、不穏にもならなさそうだ。人目もあるし。

 駅前まで行ったところで、ブルブランは笑顔で手を上げ、離脱する。

 

 「私はこれで失礼しよう。これ以上の長居はまた余計なトラブルを引き起こしそうだ」

 「……自覚は、あるだけ、ヴァルターなんかよりはマシ。……い、一応」

 「何だね?」

 「…………お、お礼は、言っておく。――――……あ、ありがと

 

 私の言葉に、にやり、と実に楽しそうな顔をして、華麗に輝いて彼は去って行った。

 お礼を言わなきゃいけないと思う当たり、完全に躾けられている気がしないでもない。

 

 「……カタナよ。尋ねても良いか?」

 「ぶ、ブルブランとの、関係、でしょ」

 

 ラウラだけでなく、皆がうんうんと頷いていた。

 だから簡潔に、短く、関係を話す。

 

 「あれが、私の「保護者」なんだよ」

 

 そうなのだ。

 私にあれこれ手配をし、身分に戸籍に立場を用意し、贈り物を用意して無茶ぶりをする。

 そんな「保護者(アイツ)」こそが、あのブルブランなのである。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 調書を取られる序に色々と確認をさせて貰った。

 

 今後暫く、鉄道憲兵隊もケルディックに駐留して様子を伺うらしい。領邦軍との睨み合いになるが、大市への必要以上の干渉は遮断できるだろうとのこと。

 市民にとって良いか悪いかは要観察だが、少なくとも争いにはならないと私は思った。憲兵隊の構成メンバーは、帝国正規軍のエリートばかりで、ここの領邦軍とは練度が違う。

 向こうも――ヴァルターに濡れ衣を被せた結果だが――上がった株を、自ら下げはすまい。

 

 「偽管理員と、彼らを回収した謎の男達ですか……。自然公園での薬物栽培と併せて、調べる必要がありますね」

 

 偽管理員達の行方は杳として知れないが、既にケルディックには居ないだろう。

 私達も記憶を辿って特徴を出来るだけ話したが、全員揃って帽子に制服姿。顔も曖昧だ。

 公園を丹念に捜索すれば情報が転がっているかもしれないが、それは私達の仕事ではない。

 

 その後の話も、さして問題がなく、自然な空気で進んでくれた。

 さっきの領邦軍とは雲泥の差だ。

 会話が一段落をしたところで、気になっていたことを、クレア大尉に、聞いてみた。

 

 「あ、あの、気になっていたのですけど。リーヴェルトというと、もしかして、楽器の……?」

 「……はい。今は古株の重役さん達の共同経営になっていますが、元々は私の実家が経営をしていました。それが、何か?」

 「い、いえ、お名前を貸していただけると、楽器の調律とか、お願いできるかな、と。……ず、図々しいですけど、何かのご縁、ということで」

 

 おずおずと切り出した話題に、一瞬だけ表情が硬くなったクレア大尉だったが。

 私がリーヴェルト社製のチェンバロを愛用していると話すと、嬉しそうに微笑んでくれた。

 《氷の乙女(アイスメイデン)》と言われているが、根っこの部分は冷徹でも冷酷でも無さそうだ。

 名刺を一枚、頂く。リーヴェルト社に持っていけば紹介状になる。

 有難く受け取った。

 

 ああ、そう言えば、と思い出す。

 暫く前に……リーヴェルト社のお家騒動があったんだったか。

 不正に資金を稼いでいた弟が、社長であった兄を邪魔に思い、事故に見せかけて殺害したのだ。

 その弟は《鉄血宰相》の調べによって処刑台送りにされた。えーと確か……リベール事件前にくらいに……ヴィータ様が話題に出していた気がする。

 となると、目の前の女性が、その解決に関わっていない筈が、ないな。

 地雷案件だ。深入りするのは止めておこう。

 

 さておき、リーヴェルト社の楽器は質が良い。相応のお値段がするが、それだけの価値はある。

 木管楽器やチェンバロや、グランドピアノのような鍵盤楽器や、多くの本体に使われている樹の質もさることながら、兎に角、職人技が光るのだ。国立歌劇場に置かれている数々の楽器なんかもリーヴェルト社が調整や修繕をやっているようだし……。

 ヨシュアさんが『星の在り処』を吹いていたハーモニカもリーヴェルト社だったか。

 

 別に音楽で生計を立てて行く訳ではない。

 ただ()()()()()()()()()()()()()()()()私としては、楽器メーカーへのコネは有難い。

 嘗てはセントアークに本社が置かれていたが、現在はヘイムダルに移したとの話。

 機を見て行ってみよう。エリオット辺りを誘ったら喜びそうだ。

 

 その後は、あちこちで被害を受けた人々にも事情を説明して回った。

 『犯人はヴァルターではなく偽管理員。ヴァルターは唯のお客さんで濡れ衣。犯人は憲兵隊の皆さんが()()()()()()()()全力で捜索に当たっています』と大市の皆さんに報告しておいた。

 マゴット女将さんは「あのお兄さんは犯人じゃなかったのか、よかった」と安心していた。

 ……《痩せ狼》の奴は偽管理員より遥かに危なくてヤバイ奴らなのだが、それでも《風見》亭の客であったことは間違いない。マゴット女将にとっては、酒と料理をたっぷりと堪能して気前よく金を払っていった上客。真実を伝える意味も無い。そのままにしておいた。

 

 ジョンソンさんも明日には管理人に戻れるよう、クレア大尉が取り計らってくれるそうだ。

 グルノージャも居る。本来の穏やかな「ヌシ」として務めを果たしてくれるに違いない。

 

 とはいえ大市の責任者、オットー元締にだけは事情をきちんと説明した。元締は『やはりか』と残念そうに納得をしていた。内心で察していても、明確な証言を持ってこられては、口先で自分を誤魔化すことも出来なかったのだろう。

 落胆しながらも、大市を運営せねばと気合を新たに入れていた。

 

 「帝国軍も領邦軍も同じ、エレボニアの人間同士で温厚に出来ないかのぉ」

 

 それが、元締がクレア大尉と私達に密かに漏らした本音だった。

 ……私には実感が薄い。だが私と違い元締は、平民でありながら貴族ともやり取りする関係だ。

 どちらの事も長年の商才で深く理解しているのだろう。急変する時世に心を痛めていた。

 

 貴族派と革新派の対立をダイレクトに感じているのは、余り裕福ではない家系の人々だ。

 ヘイムダルや皇帝直轄領に住んでいる人々には選択の余地がある。

 だが領地の民は違う。貴族の庇護を受けて活動する人々は、彼らが望まずとも、貴族派として扱われる。上がり続ける税率は、革新派との戦いに見据えた徴税で、そのミラは兵器へと変わっていくのだ。加えて此処は大耕作地。兵站の要である。そりゃあ複雑だろう。

 元締の話には特にアリサが頷いていたのが、印象に残っている。

 

 「だが……何と言ったらいいか、お前さん達には、本当に世話になってしまったな」

 

 領邦軍の奴らに散々嫌味を言われて、腹が立ったが。

 それでも、オットー元締の言葉を聞いた私達は、やってよかったという感想を抱く。

 

 「盗品は戻ってこないが……トラブルも一通りは解決したし、少しは大市も活気が戻るだろう。なんとお礼を言ったら良い物やら。――本当に、有難う」

 「そこまで褒められると面映ゆいですけど……」

 

 深々と頭を下げてくれた元締だった。

 いや、何かと迷惑をかけたのは私達なのだから、慌てて元締を起こして、こちらこそとお礼を言った。

 ……世の中に正しい事は色々ある。

 だから、何かをする時、「それが最善か」「それが正義かどうか」「それは他の誰かにとって正しいかもしれない」と解釈は多様に渡る。

 だけど『私達は、間違っていなかった』と言えるならば。

 胸を張って、私達は、トリスタに帰る事が出来るのでは、ないだろうか?

 時刻は既に、夕方。トリスタ行きの列車の出発も直だ。

 

 「正直、少しだけお節介を焼きすぎたかな、とも思います。領邦軍からの威圧的な態度を実感する、という部分まで含めての《特別実習》かもしれませんから」

 「流石にそこまでは考えてないけどね」

 

 声に駅の方を向けば、サラ教官が立っていた。

 私達に軽く手を上げて挨拶すると、クレア大尉に実に()()()笑顔を見せる。目が笑っていない。

 私への殺気ほどではない。それでも笑顔の中に、思わず背筋がひやりとするモノを感じ取る。

 

 「お久しぶりです、サラさん」

 「ええ、半年ぶりね? それにしても随分と良いタイミングで出張って来たじゃない。これも予想の範囲内ってことかしら?」

 「買い被りすぎですよ。確かに幾つかの情報筋はありましたが、私のしたことは状況に対応し、皆さんを手伝っただけですから」

 

 バチバチと火花が散っている。

 このままでは舌鋒鋭い論争が繰り広げられる

 ――と懸念したところで、元締が助け舟を出してくれた。

 

 「そろそろ列車の出発する時間じゃな。――サラ教官、それに《Ⅶ組》の皆。ヴァンダイク殿に宜しく。大市までは近いから、遊びに来てくれても構わんよ。その時は歓迎しよう」

 「……そうですね。私達も応援させて頂きます」

 

 大人の女性二人は互いに無言。

 しかしまず、クレア大尉が一歩下がって、きっちりと敬礼をして送り出してくれる。

 それを受けてサラ教官も、私達に『帰るわよ』と促した。

 かくして私達は、元締に『必ずまた来ます』と告げて、列車に乗りこんだのだ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 さて――まあこうして色々あったが、私達は列車に乗っている。

 六人なので四人二人の別れ方だ。来る時は私が一人だったが、今回はサラ教官とエリオットが離れて座っている。サラ教官は寝息を立てている。エリオットは……窓の外を見て、黙っている。

 体調が悪いのではなさそうだ。ただ、窓際に座り、一人サラ教官の向かい側で、物憂げな顔で流れる景色を見ている。その原因を、何となくは察している。

 リィンとラウラと私が、あれだけ消耗して戦っていたのを前にして、心優しい彼が何も思わない筈がないのだ。

 

 (どっかで機を見て話しかけるかなー……。私の上に落下したのも気にしてたみたいだし……)

 

 今すぐに話題を振っても、直ぐ吐き出してはくれないだろう。

 後日まで待とう。そう言い聞かせて――大きく、欠伸が出た。

 

 (……それにしても……眠い……)

 

 すっかり日が落ちた夜。

 結果としてリィンと女子三人で四席。ぐったりと背もたれに寄り掛かって、落ちてくる瞼と必死に戦っている。ケルディックが濃密だった。列車に乗って気が抜けたら眠い。超眠い。神経が休憩を求めている。

 

 アリサは睡魔に負けて既に熟睡しており(因みにリィンとアリサとで並んで座っている)気付かぬうちにゆっくりリィンの方に倒れこみかかっている。リィンは必死で避けようとしているが、さて何処まで抵抗できるのか。彼にそっとアリサを壁際に押しやる事が出来るのか。

 いっそアリサがリィンに寄り掛かって、目覚めた時に照れるという一連の流れを見るのも一興かなとか思っている。隣に座ってうっかり寝始めたという事は、つまりそれだけリィンに信頼感を持っているという事実だ。良いじゃないか。

 

 (……私も、サラ教官と……信頼されて……信頼できるように……)

 

 なりたい、と思うのだ。

 向き合うには苦痛が伴うし――実習で私とサラ教官の関係が改善したわけではない。私はチャンスを貰っただけだ。そして評価を下すのは教官で、生かすのは私自身の行動に掛かっている。

 

 全てはこれからなのだ。今回のこれは、最初の一回目なのだ。

 ……それでも、向き合うと決めたからには、やるつもりだ。

 サラ教官の方を見て、密かに頷いていると、ラウラが『どうした』と小声で尋ねてきた。

 

 「と、特に何でもないよ。ただ……サラ教官の、想いというか、心には、応えたいなって。今もほら、徹夜続きなのにケルディックまで来てくれたし……」

 「……徹夜? そうなのか? っと」

 

 ゆっくりと倒れこんでくるアリサの頭に苦戦しながら、リィンが返す。

 

 「や、多分、そうじゃないかなあ、っていう予測だけなんだけど」

 

 ケルディックでの実習準備は、簡単なのだ。列車で1時間だから足も運びやすい。

 実際、サラ教官は《風見》亭の常連だ。早上がりした夜ふらっと飲みに来て帰る、そんな事も出来る。土曜日の夜やって来て一泊して日曜日に帰るプランもあるだろう。

 列車の本数も多い。帝都から帰宅する、頑張って仕事をしている大人の皆さんの為に、夜遅くまで運航している。だがパルムは違う。

 

 「い、委員長も言ってたけど。パルム……列車で半日掛かる距離でしょ? 往復だけで大変で」

 

 それは今日だけじゃなくて、準備期間中も同じことだ。

 

 「も、もしも皆が、先生だったとして、考えてもみて。そ、そんな遠くの場所に生徒を向かわせる時、軽く手紙一個をぽんと入れて、それで実習が出来るなんて、あり得ない、でしょ」

 「ふむ。しかも実地研修ともなれば、相手側への説明や情報交換も多くなる」

 「実地研修そのものは昨年度に試験運用して2回目だと聞いたが……パルム市に行ったわけではないだろうからな。俺も大変だと思う」

 「ん。仮に、トールズ卒業生が、パルムの街に勤務していたとしてもだよ。早々簡単じゃない。ならどうするかっていえば、もう、直接行くしか、ないよね?」

 「なるほど。カタナ、其方はだから教官が徹夜をしたと? ……ふぁ、……失礼」

 

 ラウラすらも欠伸をしかける、もはや轟沈寸前の空気の中、私は頷いた。

 アリサの可愛い寝顔は、リィンの肩の上である。彼は抵抗を諦めたらしい。

 

 「と、途中まで空の便を使っても、大変なことには、変わりがないからね」

 

 勿論「昨日は」……いや「昨日も」徹夜だっただろう。

 向こうに着いて、それで解決ではないのだ。ケルディックにとんぼ返りするまでの間、出来る限りの手配を済ませておかねばならない。それこそユーシス&マキアスという火種以外にも、突発的なトラブルはあり得る話だ。

 そしてそれは、昨日だけの話ではない。

 事前の準備をする為にも、必ず「どこか」で無理をする。

 『自由行動日』には教官は寝ていた。とするとその直前くらいの時期だろうか。

 

 おそらく私達がクロスベルに往復するよりずっと大変だった。

 列車より早い飛行艇なら、時間は短縮できる――とはいえ、サラ教官は教師なのだ。

 私達の担任である以上、授業には必ず顔を出さないといけない。そして、記憶の限りでは、彼女が授業をすっぽかしたことはない。適当に終わる日もあるがHRも欠かさずやっている。

 夕方に私達のHRを終わらせ、勢いのまま更に仕事を終わらせて(ハインリッヒ教頭を上手く回避して)ヘイムダルに向かう。ヘイムダルで飛行艇に乗り換えセントアークに。セントアークで列車に乗り換えてパルムに。どんなに早くっても3時間は確実にかかる。つまり到着は夜だ。

 

 その後、パルム側の責任者の人と話をしたり、衣食住の手筈を整えたり、サラ教官が居なくても何とかなる程度に計画を纏め、翌日に戻って来る……。勿論、日曜日があれば時間に余裕はあるだろうが、それは日曜日に仕事をしているという事に他ならない。残業手当は出るかもしれないが……サラ教官は、残業して金を稼ぐより、要領よく終わらせてさっさと休むタイプだろう。

 

 「そ、そう言う準備の後に、何食わぬ顔で授業して、今回も往復でしょ……。だから、顔には出さないけど、疲れているなら、寝かせてあげても、良いんじゃないかなって」

 「そういう事を言わないのもサラ教官らしいのかもな……」

 「多分ね……ふわぁ……」

 

 今回の特別実習がどんな意味を持っていたか、語らずとも皆、なんとなく分かっていた。

 帝国は広い。そして広い帝国を理解するのは知識では到底足りない。自らの脚で歩き、自ら住人たちと触れ合い、彼らが抱えている問題を直視する。

 その中で自分達が主体的にどう動くかを図り――動いて解決できるだけの、判断力や決断力、実力も含めて育成しようとしている。

 

 遊撃士試験と同じだなと思った。

 リベールの場合、自らの脚でリベールを一周し、各地の支部全てでサインを貰って、正遊撃士へと昇格できる。その過程で依頼を解決し、リベール各地の特徴や地理、人々の生活を学ぶのだ。座学では分からないことを、学ぶのだ。

 実際、エステル達もえっちらおっちらリベールを二人で巡っていた。

 私が二人に出会ったのも、そんな頃だった。まだワイスマンがアルバ教授だった頃だ。

 

 「半分だけは正解ね……」

 

 私達の会話に、耳聡くも意識を向けて、一言呟いたサラ教官は再び寝てしまっている。

 あれから此処まで来て、まだまだ未熟な私だけど。

 教官を相手に、私はこう成長したのだと話をしたい……再び強く思う。

 トリスタまで残り僅か。

 

 (……頑張ろう)

 

 今晩見る夢は、果たしてどんな内容なのかと考えながら、私はもう一つ欠伸をした。

 夜空に星が、瞬いている。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 そんなトリスタ街道に向かって過ぎ去る列車を見下ろす二つの影があった。

 眼鏡をかけた学者風の男が一人。その背後には、フルフェイス姿が一人。

 ケルディックの自然公園で、《Ⅶ組》一同が出会った二人組である。

 

 彼らこそ《帝国解放戦線》。

 『鉄血宰相』ギリアス・オズボーンの命を狙わんと暗躍する、エレボニア帝国の革命家達だ。

 そして「敵の敵は味方」とばかり、領邦軍――ひいては『貴族派』筆頭が、四大名門の援助を受けて活動する工作員でもある。

 

 革新派からすれば「テロリスト」。貴族派からすれば「使い勝手の良い道具」。

 正直、どちらの陣営からも、その存在を快く思われていない、思想犯達。

 だが、それを承知で、彼らは覚悟と共に、炎を練る。

 

 「全ては“あの男”――ギリアス・オズボーンに無慈悲な鉄槌を下すために」

 「『全ては、あの男の野望を完膚なきまでに打ち砕かんがために』」

 

 暗闇の中、二人は密かに言葉を交わしていく。

 その彼らの言葉には、紛れもない憎悪の感情が滲み出ていた。

 まるで帝国全土に蔓延する鉄血の血を、己の血で焼き尽くそうとするほどに……。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 そして更に。

 そんな二人を見る影が二つあった。

 

 鉄道線路を挟んで反対側の森林から彼らを指さし、説明をするのは二人の『執行者』だ。

 

 「とまあつまりそういう訳で、君をケルディックで下ろしたのだが……そんなに怖い顔をしないで頂こうヴァルター。君が彼らの元に突撃していかれては困るから止めただけだ」

 「あの程度で俺を束縛できると思ってんなら話は早かったんだが、テメエはそうじゃねえ。油断しないから性質(タチ)が悪いんだ。……よく言われてんだろ、悪趣味だと。そいつには同意するぜ《怪盗紳士》ブルブラン」

 

 そう、クロスベルに向かう予定だったヴァルターを制止したのも、ブルブランだった。

 

 「いやいや、すまなかった。ただ真面目にクロスベルへの殴り込みは勘弁して欲しかったし、彼ら《帝国解放戦線》へ襲い掛かるのもやめて欲しかったのだ。あっちでもこっちでも我らが『結社』の作戦が動いている。幾ら我ら『執行者』が参加の自由裁量を持っているとしても、作戦の妨害をしても構わないとされていても、だ。不確定要素は減らした方が良いだろう? 影縫いを繰り出してまで止めたことは謝罪するよ」

 「そこまで律義に全部の作戦に参加してるのはテメエくらいなもんだぞ」

 

 苛立ちを隠そうともせず、狼は怪盗に愚痴を吐く。

 

 「なんだ、作戦全部に顔出したら皆勤賞でも貰えんのか?」

 「そういう訳ではない。だが様々な舞台を見るのは楽しいだろう?」

 「知らねえよ。……おい、火よこせ。ライターの油が切れちまった」

 「やれやれ。煙草の匂いが服に付いたら仕事に支障が出るのだがね……」

 

 態々仮面を付け、怪しさをより強調したブルブランは肩を竦める。

 無駄に豪華な杖まで携えている。誰も見ていないのに無駄に着飾っていた。

 

 彼は静かにヴァルターの煙草の元に指を運ぶと、ぱちんと音を鳴らす。

 同時、手品のようにヴァルターの煙草に火が灯る。

 確認したヴァルターは思い切り煙を吸い込み、ふーと吐きだした。煙が、星空に上っていく。

 

 領邦軍に濡れ衣を被せられたヴァルターだが、当然ながら彼自身に怪我は一切なかった。

 強いて言えばちょっと血が飛んでスーツが汚れた程度である。

 

 領邦軍は「何とか頑張って追い払った」と宣言したが、事実と大きく離れていたとは言うまでもない。ヴァルターは余裕綽々で街から出て行ったのである。

 後からやって来た援軍が必死になって治療し誤魔化したのだ。

 

 無論、領邦軍への興味は失ったが、己へ濡れ衣を被せたことは耳にした。

 そして彼は嗅覚と『勘』を動かせ、その背後にある《帝国解放戦線》の元に到達。

 そのまま「気に入らねえ」と殴り込みをかけようとしたところを、ブルブランが待ったを掛けたのである。《(クロスベル)》に突貫しようとした制止と合わせて、2回目だった。

 

 「まあ……話は分かった。あの領邦軍のクソ共が俺を狙ったのは連中の独断。あの《帝国解放戦線》は第二柱のアマが糸を引いてて手出し無用っつーことだな。……レオンハルトの奴が死んでとっとと乗り換えたってか?」

 「気が多いのは確かかもしれないがね。一緒にしてはどちらも勿体ない色男達だよ」

 

 《帝国解放戦線》と《蒼の深淵》が関わったのは、丁度――《剣帝》レオンハルトが、ロランス・ベルガーとしてリベール情報局に潜り込んだ時期と近い。

 タイミング的に《剣帝》が居なくなった後即座に《C》に関わったように、見えなくもない。

 はっはっはと笑うブルブランだが、ヴァルターの目線が、サングラス越しに突き刺さっている。

 無論、怪盗紳士はそれを承知している上でペースを崩さない。相変わらずの無駄に優雅な手付きでまあまあと再び彼を宥めて、そう言わずにと話を先に進めた。

 

 「彼らは帝国を彩る『駒』だ。特にあのリーダーの仮面の男……《C》と名乗っているがね、彼は『至宝』に関する力を持っても居る。一時的に協力したとはいえ、『結社』とギリアス・オズボーンの関係は曖昧だ。彼らが宰相を撃ってくれるならそれもよし。あるいはもしかしたら逆新手を打たれるやもしれない。その場合――」

 「何が言いたい」

 「――喧嘩は、派手な方が良いだろう? 殴り込みをかけるなら後日の方が盛り上がる」

 

 相手が欲するものをズバリと言い当てる様は、流石は元詐欺師。

 そもそも弁舌は得意ではないヴァルターだ。ブルブランとの関係も、なんだかんだ言いつつ悪くはない。

 彼がそこまで言うならば少しばかり耐えてやろうと、ふーと再び煙を吐いた。

 全員が全員、強者揃いの『執行者』同士である。己が認める存在ばかりの身内の間では、この狼は割と融通が利くのである。

 

 オズボーンがどうなろうと知った事じゃない。少なくとも己の手で殴り合う機会は無いだろうし、敵になるにせよ改めて味方として利用し合うにせよ、争乱と喧嘩が巻き起こるなら、そこで存分に暴れられれば、それで良い。花火はでかい方が趣味だ。

 そんな風にブルブランに吐き出して、ヴァルターは煙草を吸いつくし、二本目を咥えた。

 

 「しかし君、吸い過ぎではないかね。私が知る限りずっと吸っているようだがね」

 「あ“? 良いんだよ、武道家が煙草吸っちゃいけねえなんていう決まりはねえ。煙草が健康に悪い、酒は飲み過ぎて身体に悪い、最近の加工食品は色々加工され過ぎていて体に良くない。その他色々、世間じゃ健康がどうだ、健全な生活がどうだって言ってるが、逆にそんなの全部()()()()()()気概でいるのが強者ってもんだぜ。……ところで気になったんだが」

 

 狼は軽口を外して、至極真面目な顔で告げる。

 

 「あのガキは良いのか? あのままで」

 

 言葉に、ブルブランは、静かに笑った。

 「保護者」という立場だが、溺愛をしているのでも、道具として扱っているのでもない。

 彼なりの接し方があるが故らしいが、ヴァルターには――興味がなかった。

 

 「全く『白い蛇』とはよく揶揄した物だよ。彼女は蛇であり、毒を持ち、牙を備えている。しかし闇に潜んでいても目立つばかり。むしろ日の中にいた方が美しく輝くのだ。……白い個体(アルビノ)は日光が苦手というがね――あのまま健全に育ったらどうなるか、将来が楽しみだと思わないかね?」

 「知るかよ! 腑抜けたままなら殺すつもりだった……まあ、猶予期間をやるくらいの可能性はあるのは確かだが。しかもあのクソガキ、自分が『結社』に未練たらたら――って事を自覚してなかった。ありゃ、その内こっち戻って来るかもしれねえな」

 「その時は歓迎すれば良いではないか。私達は所詮、闇にしか生きられぬ人間達だ」

 

 その闇から抜け出たとしても、関わり合いを全て経つ事は難しい。

 敵であれ、味方であれ、何処かでまた縁が巡り合う。闇と闇は惹かれ合うのだ。

 《漆黒の牙》は抜け、《殲滅天使》は迷い、《幻惑の鈴》も《告死戦域》も休業中。

 だが、それでも「何も知らない一般人」として生きていく事は出来ない。

 何れまた会える、そこまで深刻な顔をすることも無いさ、とブルブランは気軽に告げた。

 そして同じくらい気軽に。

 

 「大体ね、彼女の教師をしていたのはあの《白面》だ。彼女自身、小間使いとして使われていた自覚がある。であれば――」

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 当然の様に言葉を告げた。

 

 「彼女自身は気付いていないようだがね」

 

 あるいは、気付かない様に仕組まれているのか。

 ヴァルターは一瞬、息を吐くのを止め、代わりに吸い込み、ほんの数秒の後に通常に戻る。

 

 「あー、そりゃそうだな。《漆黒の牙》の時もそうだったが、あの男は人間を弄ぶ能力に長けてやがる。で、あの娘は、それに気づいてない、と」

 「そういう事だ。少し思い出してみたまえ」

 

 順番に指を折って、数えていく。

 彼女の妙な“勘の良さ”……他人の感情を探る嗅覚、鋭敏な感性。

 他人の嫌がる事を行える冷酷さ。

 勉強好きで古書や古代遺物の知識に精通していて。

 挙句の果てには()()()()()()()()()()()

 

 「どれも覚えがある行動ではないかね?」

 「で、それをテメエはなんにも言わねえってか。はは、確かに「保護者」としては失格だな。気付かねえのも馬鹿だがよ」

 

 ヴァルターは嘲る様に嗤って、少女の顔を思い出す。

 彼女がその事実に気付いたらどんな反応をするのだろうか。

 それとも「ワイスマンの置き土産」が発動をするのが先なのか。

 ひょっとしたら乗り越えるかもしれない。そうしたらきっと強くなるのではないか、と。

 

 そこまで考えて、思考を誘導されていると考え直す。

 いや、別にカタナとヴァルターは親しい関係ではないのだ。

 

 「……つーか考えてみたら何で俺に押し付けるんだよ。テメエあいつに挨拶する余裕くらいあったんだろ?」

 

 言いながら段々と腹が立ってきたのか、ヴァルターの声が沈んでいく。

 

 「《紫電(エクレール)》のアマ公が去った後、俺の代わりにお前が変装して潜り込めば済むだけの話だろうが。俺より素直におびき寄せられるだろ」

 「………………あっ」

 

 それがあったか、と呟いたブルブランの言葉に、ヴァルターはおい、と怒気を向ける。

 《痩せ狼》は確かに肉体派だが、馬鹿ではない。というか余計なことを考えない分、ストレートに意見を言い、作戦も分かりやすくシンプルだ。

 故に「何事も面倒くさく考える連中」では気付かないような常識的な意見をぽろっという。

 ブルブランは「変装して接触すれば良い」という作戦を()()()考え付かなかったのだろう。

 

 「いやぁほら? 変装するのは盗む時と決めているからね。私は出来るなら優雅なままが――」

 「誤魔化してんじゃねえ! やっぱテメエ1回殴らせろ!」

 

 翌朝、ケルディックとトリスタの間にある小さな丘陵地帯の一角で、何やら樹々が薙ぎ払われ、切り裂かれ、巨大な獣と災害のようなアーツが激突したような痕跡が発見され――地元の人々が大騒ぎする事になるのだが、それはまた別の話。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 かくして第一回目の実地研修は終了した。

 A班の活動実績は、文句なしのA評価。到着するなり部屋に戻って倒れこんだ一行だったが、翌日、その話を聞いて互いにハイタッチを交わしたのであった。

 

 かくして春は過ぎ去り、季節は五月へと移り変わっていく。

 時の歯車は確実に進み、発火点へと近付いていく。

 

 刀、未だ閃かず。




Q:カタナの「保護者」。
A:皆様の予想の通りブルブラン。ただし関係は割と複雑だったりする。
 この辺、表向きにどうなっているかも、また後日。

Q:エリオット、ちょっとダウナーモード。
A:幕間で仲良くなります。

Q:なんか変な囁きがあるんだけど。
A:果てなんのことかね?



次回から幕間を少し挟んで二章に進みます。
今度の更新は早い筈! ではまた!

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