カタナ、閃く   作:金枝篇

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直ぐ更新出来ると思ったのですが色々やってました。ごめんなさい。
リングフィットとかポケモン剣とか星塵降臨とか……。
寒くなってそろそろ雪も近くなりましたが、インフルなどにはお気をつけて!

今回()平和な幕間です。

では、どうぞ!


幕間:平和そうで平和じゃないこともある日々
メディカルタイム


 ベアトリクス教官。

 医学の講師を務めると共に、保健室管理もしている穏やかなお婆さん先生だ。

 何でも昔は名の知れた軍医だったと聞いている。敵も味方も殴って問答無用と治療をする姿勢から、着いた異名が《不死返し(リヴァイヴァー)》。鋼鉄の白衣とでも呼ばれそうなお人である。

 さて、士官学院に通う生徒の4割くらいは女子生徒だ。しかも思春期を迎え、大人になる一歩手前くらいの少女達。そうなると必然、男子には話せない問題とかも出てくる。

 あんまり具体的に言っても困るので、濁して言うが……。

 体の悩みとか、月一回の調子が悪い日の相談とか、下着やらなにやらの話とか、まあ色々ある。

 そう言った方面の色々も相談できる、非常に信頼されている教官だ。

 という事で、常日頃から尊敬を集めているベアトリクス教官だが――。

 

 「重ね重ねですが、敵を拳で殴るとか何を考えていたのです? ゆっくり指を伸ばして」

 「――っ、……これで良いだろうか?」

 「二日前よりは確実に良くなってきていますね。関節のテーピングはきちんと続けるように。脱臼も骨折もしていないのは日頃からの鍛錬の成果でしょう。……しかし、暫くは激しく使ってはいけませんよ。人間の手は、沢山の骨が組み合わさって出来ています。素手で殴るという事は、その骨1つ1つを歪ませ、場合によっては使えなくする……。避けないといけませんよ」

 

 ――治療をしているときは、怖い。言葉は優しいし顔も微笑んでいるが、超怖い。

 平民も貴族も年の功の前には無力、その微笑みを前に逆らえる人間はそうそう居まい。

 有無を言わせぬ迫力の前にはグルノージャもビビって逃げ出すようにすら思える。

 ラウラもその覇気の前に、素直に掌を握ったり開いたりしていた。

 

 ルナリア自然公園での激闘の、治療中である。

 リィンは体質なのか妙に回復が速く、先んじて健康面で問題はないとお墨付きを貰っている。

 アリサとエリオットは精神力が回復すれば問題がない。

 一番にダメージを受けていたラウラと、付き添いで私が、定期的に保健室に顔を出していた。

 

 私は左肩肩甲骨回りと、足腰の腫れが主だ。

 幸いにして骨そのものは問題がなかった。ゴーディオッサーの爪は、思い切り伸ばした肩甲骨回りに命中し、健や筋を破壊したが、骨に異常は無かった。代わりに関節の損傷は酷かったが、少々強引に固定して縫い付け、その後、湿布薬を貰って化膿しないよう処置はした。

 毎晩湿布を貼って寝ているおかげで、大分復調してきた。

 ……もうちょっと筋肉戻さないといけないな、これは。

 リベル・アークの崩落から入学まで、私は気を抜いていた。おかげであれこれ劣化している。

 入学式よりは各段に“戻って”いる――『縮地』の回数が増えている――が、まだまだ全盛期には及ばない。……そもそもの全盛期ってのが『執行者』に届かないレベルではあるけど。

 『影の国』は精神世界に近い場所だったらしく、経験は脳に刻まれていても、身体へのフィードバックがされていないし。数か月さぼっていれば、身体は鈍る。当然だ。

 

 「では次、肩です。制服の上着を脱いで」

 

 しゃーっとカーテンを閉め、周囲からの視線を遮断したのち、教官は指示を出した。

 肩を上げるのに少々難儀しているラウラに手を貸して、上着を脱がせる。

 引き締まった腹に、ほどほどに豊かな胸が、実に健康的。水着姿は見ているが、下がスカートのままで上が下着のみというのは中々どうして、彼女の魅力的な身体と相まって目に毒だ。

 服を預かり、まだ節々が痛いだろうラウラを支えておく。

 目の前にこの前泣きついた形の良い胸があって「あー此処に私、顔を埋めたんだなー」とか下世話なことを考えていた。《Ⅶ組》女子はスタイル良い娘ばっかりだ。

 ……言ってて悲しくなった。

 

 「肩を上げてみましょうか。右、ゆっくりと力を抜いて」

 「……っ、……」

 「力まないで――この前よりは良くなっていますが、まだ肩を痛めていますね。単純に剣を振るには問題ないでしょうが、構えの幾つかは負荷が大きいでしょう。痛いと思ったらすぐ型を変えるように。支障が無いようなら左右にスイッチしましょう」

 

 殴る(パンチ)において重要なのは、拳だけではない。肘関節、肩関節、腹筋、背筋、更に言えば地面への踏み込みまで、腕から足まで全ての部位が威力に結び付く。

 まして見様見真似で《泰斗流》の『螺旋』を再現し、強引にグルノージャの一撃を相殺する――なんて真似をすれば、衝撃で全身の関節がガタガタになるのも無理はない。むしろ内出血と関節ちょっと痛めているだけで動けるラウラが凄いのだ。少なくとも私は出来ない。

 

 「暫く鈍い痛みが続くと思いますが、痛み止めは処方箋以外飲まない様に。《ティアの薬》は駄目ですよ」

 「承知している……」

 

 丹念に触診していく教官に、ラウラは痛みを堪え、小声で頷いた。

 圧迫されるとまだ少々痛いらしいが、《ティアの薬》はこういう場合厳禁だ。

 

 《ティアの薬》とは、服用者の体力を回復する薬だ。

 つまり健康な人間が十分な睡眠を取り、朝起きて、青空と太陽を見上げた時のような、そういう爽やかな感覚に『身体を戻す』薬だ。

 しかし体力が戻るという事が、イコール健康に戻るという訳ではない。

 魔獣による各種の毒、火傷(炎傷)凍傷(凍結)硬直(石化)などが治らないのと同じこと。「風邪を引いた人間」に《ティアの薬》を服用させても「元気が戻ったけど風邪を引いたままの人間」になるだけで、風邪が完治するわけではない。

 睡眠不足の人間が《ティアの薬》を服用して一時的に目がすっきりしても、それは元気になっただけで、睡眠不足そのものが解消されるわけではない。脳は直ぐに休息を求めて「寝なさい」と指令を出してしまう。いや、むしろ眠気を忘れて動いただけなので、反動でより多くの休息を求めるようになる。

 

 勿論、怪我や重傷が即座に回復するわけでもない。

 体力が戻るので、その結果として免疫機能や回復機能が活性化し、一時的に治癒が促進されて血が止まったり、脳内物質が追加供給されて痛みを忘れさせたり、致命傷が致命傷一歩手前くらいになったり、そういう事は起きるが「怪我したままには違いない」のである。

 

 『全てはこの戦場を生き抜いてからだ!』と《ティアの薬》を服用し続けて戦い抜き、戻って来て、気付いたら治療をする間もなく体力も気力も枯れ果てて死んでいた、とか普通にあり得ると聞く。限界を超えた過剰摂取もまた毒にしかならない。薬はそこまで万能じゃないのだ。

 

 考えても見てほしい。

 『《アセラスの薬》を飲んで戦闘不能が治る』。

 『寿命で亡くなった老人に《アセラスの薬》を無理やり体内に注射したら生き返る』。

 この二つがイコールになるなんてありえないだろう?

 

 薬は飽くまでも本人の治癒力あっての応急手当なのだ。

 そして落ち着いた後は、《ティアの薬》で痛みを忘れる、という方が危なかったりする。

 もしも間違った風に骨や筋が繋がっても痛みがないと分からない。

 即座に治療が必要なのに薬で誤魔化して手遅れになってしまうなんてこともあり得る。

 痛みはサインなのだ。

 人間は油をさせば回る機械ではない。機械では真似できない領域に、複雑に絡み合って奇跡的なバランスで成り立っている。人間を完全に治すには結局、人体自身に任せるしかないのだ。

 

 「……後は足腰ですね。腫れは……引いたようですし、内出血も残っている様子もありません。基礎訓練くらいなら大丈夫でしょう。しかしくれぐれも『無理をしないように』」

 

 膝と腰を確認した後、ベアトリクス教官は検診を終えた。

 一先ずラウラの調子は戻っているらしい。命に別状はないと分かっていたとはいえ、専門家の口から安心する言葉を掛けてもらうと、彼女の無茶を知っている自分としては、ほっとする。

 服を着直す手伝いをして、身成を整えた後、私達は保健室を辞した。

 

 「す、水泳ならば問題は無いって、良かったね」

 「うむ。鈍らない様に維持するのも大変だ」

 「負担も、強すぎないし、全身運動だし、良いこと尽くめ……」

 「そう言えば其方も、水泳は得意だと話していたか」

 「せ、潜水能力には自信があるし、水中の動きは、そこそこ早い……つもり……」

 

 長い髪の手入れが大変だから、常日頃からプールで泳ぐのは勘弁したいけどね。

 

 「す、水泳の授業が夏にはあると聞いて、今から、ちょっと憂鬱」

 「カリキュラムは仕方がないさ。……と、私はあっちに向かう。ではまた夜に」

 

 モニカさんだったっけ? ラウラが同じ部活の、赤毛の少女と合流し『修練場(ギムナジウム)』へ。

 私は別れて、そのままオカルト研究部に足を運ぶことにした。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 第1回目のラジオ放送まであまり時間はない。内容は既に固まり、練習も重ねている。

 先だってゼロ回目放送も行われ、其処でゲスト出演させて貰いもした。

 この話はまた今度しよう。

 評価は上々。何日かに一回はトリスタ放送局に顔を出しているのだが、既に応援メッセージや質問コーナーへ葉書が送られてきていた。ムンク氏の物もあった。

 

 ……私の声は、聴いていて脳に響くらしい。

 そう言えばケルディックでジョンソンさんも、私の言葉で気を緩めてくれていたか。

 ウィスパーボイス。『歌を歌うと怖い』とまで言われたが。

 

 「オカルト研究部としては寧ろ相応しいと思うわよ、フフフ」

 「声が怖いって、それ……褒め言葉、なのかなぁ……」

 「あら、私は好きよ? それにやろうと思えば幅広く声出せるのでしょう?」

 

 ……まあ女性の強さに、声も含まれるのではないか、と言われたらイエスだ。

 響く特徴がある為「変える」ことは難しいが、利用して「目立つ」「印象に残す」ことは出来る。流石に男性の声真似は無理だし、学院で声を隠す必要はないからやらないけど。

 この辺の小細工は『結社』時代に鍛えてある。

 

 「貴方のクラスの委員長さんとも、似ていると言われない?」

 「それは、言われる」

 

 普段はどもっている私だが、声質そのものはエマと似ているらしい。

 そう告げると『なら貴方にも委員長さん並みの魅力はあるということよ』と言われた。

 変な褒め方だが、告げているベリルの笑顔は、どんな時でも変わらない。

 フフフと怪しく笑って、しかし声だけは楽しそうに紅茶を飲んでいる。

 その表情から気遣いが感じられて、私はありがたく紅茶を飲んだ。

 彼女なりの慰めだ。素直に受け取って喜んでおこう。

 

 ケルディック及びパルムでの実習は、他クラスにも伝わった(パルムでもちょっとしたトラブルが発生したらしい)。騒動の全てが伝わっている訳ではないが、『何かあったらしい』というだけで目立つには十分だ。平民はそうでもないようだが、貴族派に与する面々はあんまり面白くない。

 おかげでここ最近、私達を取り巻く他クラスからの視線が気に障る。

 私一人で何とか出来る訳じゃないが、出来る限り生徒同士仲良くしたいのが本当のところだ。

 オットー元締の言葉を借りるなら『同じ帝国人同士』なのだから。

 

 「色々大変なら愚痴を吐いて構わないわ。相談に乗るのは――」

 「う、占い師の本懐?」

 「いいえ。友情よ」

 

 ティーカップを置いたベリルは、机の上に在った紙と筆を執る。

 非常に薄い紙に、インクは水溶性で真っ黒い。それを優雅な手付きで紙に綴っていく。

 時に文章であり、時に数字であり、時に何か書物のページであり……。

 

 「そ、それは?」

 「フォーチュンクッキー。学食に卸すと資金に出来るでしょう?」

 

 ヴァンダイク学院長から借りた『墨』で丁寧に綴っていく。

 毒性のない樹を炭にし、それを飲料水で溶いて作った東方のインクらしい。口に入れて大丈夫な品か。それを小麦粉で作った生地に入れて、揚げたり焼いたりする。

 食べると中から占いがあら不思議、と。

 私も手伝うことにした。

 

 「ウフフ、実は活動資金以外にも欲しい物があってね……。その為の貯蓄をしたいのよ」

 

 と言っても占いは専門外。ベリルが書いた紙を並べて乾燥させ、それを丁寧に折るのが仕事だ。

 放送の準備で、予想していた活動資金の内、結構な値段を消費してしまったのだという。

 別に逼迫はしていないが、経費で落とす必要のない物は自分で稼ごうという算段らしい。

 確かに行動力と手腕は凄かったが、地味に経費を使っていたと聞いて納得した。

 

 「なんでも、タダってのは、良くないよね」

 「そういうことよ。別に過剰に払う必要は無いけど、タダにすると面倒事を招くわ。……フフ」

 

 ……裏社会には全く関係がないベリルだが、やはり気が合う。気が合うのは良いことだ。

 両手を広げ、人差し指と中指、薬指と小指の間に紙を挟み、二枚同時に折り畳む。

 折ったそれを投げると、ベリルの手元にふわりと重なって積みこまれた。

 

 「器用ね」

 「小細工は、得意。関節の柔軟さは指先も同じ、ってね」

 「放送も柔軟にお願いするわ、ウフフ」

 

 私は頷いた。そこまで手を尽くして貰ったなら、ラジオ放送は気合を入れて挑まねばな。

 本番の放送がどうなるか。初日はミスティさんも手伝ってくれるとの話。頑張ろうと思った。

 何を買いたいのかは内緒らしいが、買い物に行く時は、是非とも一緒に行かせて貰おう。

 

 フォーチュンクッキーを作った後も、オカルト研究部の活動は続いた。

 ラジオ放送は飽くまでも活動実績の結実。図書館で幾つかの資料を借りて、昔リベールへの潜入捜査中に使っていたメモ帳を引っ張り出して、ネタを纏める。

 ついでにベリルから幾つかの占いを習って練習。前々からやっているが芽は出ない。

 その内出来るわ、と微笑むベリルに、私はお礼としてコールドリーディングを教える。

 持ちつ持たれつの、教え合いだ。ベリルには必要ない気もしているが、私の方から渡せる、占いに使える技術は限られているし、隠す技能でもない。

 互いに話を弾ませ、学食で夕食を共にし、解散だ。

 

 「……で、一日終わって戻って来たあとは、やっぱり……お風呂……はぁ……」

 

 そうして戻って来た夜のこと。

 カポーンと洗面器が床と触れて音を立て、天井から雫がぽつぽつと落ちてくる。

 学生寮で、入浴をしている。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「ああぁぁあ……ふぁあああああ……」

 

 立ち上る湯気の中、私はお湯に肩まで使って脱力し、息を吐いた。

 我らが第三学生寮にはちゃんと入浴設備がある。各自の部屋には洗面所とシャワー室があって、こちらで済ませる人も多いのだが、実はちゃんと浴場もある。具体的に言えば地下にある。

 

 勿論、男女は別々で分かれている。

 脱衣室と浴室があって、脱衣室にあるスイッチを押すと水が張られ、同時に浴室の底に貼られた導力機関が熱を発し、水を温める仕組みだ。熱機関に直接、脚や肌が触れることが無いよう、機関の上に鉄製の交差棒と網が置かれ、更にその上にスノコを乗せてある。下から温められたお湯が段々と上がり循環する仕組みだ。

 五人が一緒に入るとちょっと狭いが、好評だ。

 掃除も勿論共同でやっている。男子がどんな風かは知らないが、女子の場合は水曜日と土曜日に5人全員で綺麗にして使っている。自室のシャワーは簡単で便利なのだが、やはり人間、時にはゆっくり肩まで湯に浸ることが大事だ。

 私も含めて、皆、年頃の女子。お風呂が好きなのである。

 

 「そうねー……あー……運動した後は……動きたくなくなるわー……」

 「ア、アリサ。肩、ほぐしてあげるよ」

 「……ありがと。お願いするわ」

 

 私の隣に浸かっていたアリサは、ラクロス部の活動でしっかり動かしてきたらしい背中から首までの関節を伸ばしていた。

 ちょっと背中を向けて貰って、肩甲骨回りを指先で押してあげる。猫の鳴き声にも似た、あ“あ”あ““という声が一瞬聞こえたが、ここは女湯。男子は居ないので問題なし。

 珠のように白くて健康的で柔らかそうな肌が湯に濡れて光っている。発育が良くて羨ましい。正直フィーと比較しても体付きが女性らしくない私にしてみれば全く以て羨ましい。

 女性らしい身体として群を抜いているのは委員長だが、アリサも女の子らしい体付き。

 いや、ラウラやフィーがそうじゃない、という訳ではない。

 ただあの二人が持つ魅力は、野生の獣が備え付けている、機能美にも似たところがある。

 対するアリサは『女の子』という種族だ。

 

 「はい。このくらいで、どうぞ」

 「……ありがとぉー……」

 

 そのまま顎まで浸かって目を閉じるアリサであった。

 私も倣って、良いお湯に鼻まで沈め、目だけを出して考える。

 女子達の関係が割と良好なのもあって、一緒に風呂に入る事は割と多い。そっちの方が電気代の節約にもなるし、入った後の片付けが楽なのもある。あと安全。

 《Ⅶ組》の男子が風呂場を覗くなんていうハレンチな真似をするとは思えないが、それでも一応大事だ。故意はなくとも事故はありえる。

 

 特にリィンとか、なんとなくだが将来的に、女湯での事故やら事件やらが発生した時、此方を心配するあまり、うっかり突撃して焦燥(Impatient)を引き起こすような気がしないでもない。いや本当に。

 

 フィーなんかは、元の出身が元だ。猟兵だった頃の習慣的にシャワーもやたら短くて速い。本当に洗っているのか怪しくなる行水ばかりだった。その辺で適当に汲んできた水と、安い石鹸とで身体を拭くだけでも問題ない、とまで言っていた。

 『流石にそれはいけません!』と、ここで委員長が世話焼き気質を発揮。

 毎日のようにフィーを浴室に連れ込み、シャンプーハットを被せた後、シャンプー、リンス、トリートメント、更にドライヤーの正しい掛け方まで指導している。

 そういう意味でも仲良くなる大事なツールなのだ。

 

 「……カタナ、貴方の髪すっごい事になってるわよ。イソギンチャクみたい……」

 「ラ、ラウラにもこの前言われたな……」

 

 四分ほど沈んだ後、顔を上げる。

 見ればアリサが私の長い髪を弄っていた。

 紺色の艶は、お気に召したらしい。

 ご存知の通り、私は長髪だ。身長と同じくらいで、髪先が床に届く。髪量も多い。

 お陰でお風呂に入るとすっごいことになる。具体的に言えば、身体全体に撒きつければタオルが無くても大事な部分が全部隠せてしまうくらいにすっごい事になる。

 共和国の東には砂漠があり、そこには死体を包帯で包んで埋めるという埋葬法があると聞いた覚えがあるが、まさにそんな感じ。流石にお風呂場に補助導力器(髪留め)は持ち込んでいない。

 ワカメみたいとフィーは言っていた。ワカメいうな。イソギンチャクも相当酷い例えだけどさ。

 

 「そ、それは、兎も角。委員長の知識、凄いね。最初は独特の香りが、あったけど」

 「……そうね……エマのハーブ効果は凄いわね……」

 

 フィーへの指導以外にも、彼女の技はこれでもかと発揮された。

 我らが委員長は、皆から少しずつミラを集め、花や香草を購入。それらを調合した物を布に包んで、風呂場に投下したのである。流石は《魔女》。湯に成分が溶け、見事、薬湯になった。

 香りはちょっと独特だが効果は抜群だった。

 関節痛、肌荒れ、擦り傷などなどに効くようで、ラウラにとっても正にドンピシャ。教官が感心する回復効果の裏にはこうした健康管理があったのである。

 私の関節もお陰でかなり早くに癒えて来ている。

 この後、ゆっくり体を温めて疲労を抜き、身体を清潔にして、髪のケアをして、台所の冷蔵庫から牛乳を取り出して飲む。後は自室に戻って勉強しつつ適当な時間に寝る。実に健康的な生活だ。

 

 「……そ、そう言えばアリサ……。リィンとまたなんか喧嘩中なんだって……?」

 「け、喧嘩じゃないわよ! ただほら、帰りの列車の中で、うっかり寄り掛かっちゃったし、こう寝顔が……見られたかなって思ったら恥ずかしくなって……て、それだけよ! それだけっ!」

 「別に頬を叩いたりとかはしてないんでしょうに」

 「そ、そうだけど。寝ぼけてラウラだと思って寄り掛かってたのを思い出すと……!」

 「……ふーん……。あんまり嫌そうには見えなかったけど……」

 「い、嫌じゃな――その生暖かい目で見ないでってば! だって、あんな大胆に……っ!!」

 

 と自分の行いを思い出して首を振っている。

 いや、どう考えても意識してるよね? 信頼し合ってて良いじゃないかと思ったんだけど、言うのは止めておいた。喧嘩は喧嘩でも犬も食わない方だった。馬に蹴られる趣味はない。

 

 「アリサ。顔、赤い」

 「これはお風呂で(のぼ)せただけよ! わ、私上がるから!」

 

 慌てて脱衣場に戻っていくアリサの、背中を見送って、私は顎まで沈む。

 

 「平和だねぇ……」

 

 何分、私は恋愛とかそう言う部分には疎いし、全く自覚も無いような人間だ。

 他人の恋路を、馬に蹴られない程度に応援するのが性に合っている。

 ふと我らが重心の顔を思い浮かべる。

 彼はきっと困ったように笑うのだろう。女泣かせに違いない。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 さて、ラウラアリサときたら、ケルディック組最後の一人、エリオットの話だ。

 

 エリオットの様子がおかしい、というか沈鬱な表情を浮かべていることに、私は気付いていた。

 もといクラスの全員が「なんかエリオット、最近少し落ち込んでないか?」と気付いていた。

 元々が穏やかな彼である。苛立ったり、相手に強くぶつかったり、授業中の集中力が欠けたり、そういう事はないのだが、なんというか――。

 

 「ぼーっとしているな」

 「そ、そう、それ。ガ、ガイウス的には、どう思う?」

 「ふむ……。やはりA班での実習で、何かあったのではないか? 時期的にもそうだろう」

 「そ、そだよね、やっぱ」

 

 B班の活動は、ユーシス&マキアスの対立で、それはそれは散々だったらしい。

 依頼そのものは解決したのだが、時には食事中に対立、時には戦闘終了後どころか戦闘中にも対立、時にはレポートを書いている時に対立、時には寝る前に寝所で対立し、とエマは気が休まる瞬間が無かったという。

 それでも何とか実習が形になったのは、ガイウスがユーシスと行動してマキアスとの間に立ち、緩衝材になったこと。

 エマの胃を休められるようにフィーが多少なりとも上手に立ち回ったことが理由にある。

 これでフィーまでもが奔放に動いていたら委員長は胃の痛みで倒れていただろう。

 破綻する手前ギリギリに、サラ教官が駆け付けた事もあって、評価はなんとかDだった。

 

 「や、やっぱ、……あれ、かな」

 「心当たりがあるのか?」

 「ん、ほら……エリオットは、リィンや、ラウラみたいに、鍛えてるわけじゃ、ないから」

 

 リィンとラウラの奮戦及び負傷は、エリオットに響いたと思う。

 更に言えばグルノージャとの戦いの最中、私に背負って運ばれる、というオマケ付きだ。

 男子としても戦力としても、己に不甲斐なさを感じて落ち込んでいるのだと私は分析した。

 

 気にしないで良い、とは言ったけれど。

 それで解決するなら、誰も苦労はしない。

 

 事実だけを言えば、エリオットは《Ⅶ組》の男子の中では最も貧弱だ。

 ()()ではないぞ。飽くまで身体つきが良い意味で逞しくないという意味だ。

 マキアスも体育会系でこそないが、肩幅はしっかりしているし、銃の取り扱いも中々。姿勢の良さ、衝撃に耐えられるだけの鍛え方が身体に染み込んでいる。割と筋肉も付いている。

 ざっと頭の中で殴り性能(STR(Strength))を比較する。

 別格のラウラとガイウスは横に置いて、私とフィーも横に置いて、リィンとユーシスも段違いとして、残るはアリサと委員長とエリオットとマキアス。……流石に委員長よりはパワーがあるだろうが、アリサとマキアスが同じくらい? そっからかなり下がってのエリオット&委員長と見た。

 そりゃあ男子として忸怩たる思いがあるのは、理解できる。

 

 「せ、戦闘中に、本当、色々、やってたし……。……腹芸上手だったし……」

 

 それに大体、戦闘以外での腹芸はエリオットが一番上手だった。

 ケルディック領邦軍相手の立ち回りは私も感心した。充分活躍していたと思うんだけど。

 

 「ふむ、カタナ。それは少々ずれているように思う」

 「と、言うと」

 「入学式のオリエンテーリングの時だ。あの戦いの後、エリオットが、今の様に悩んでいた様子はない。……旧校舎の探索でもそうだっただろう。ミノスデーモンだったか? あれを倒した後も、特別落ち込んでいる様子はなかった」

 

 だから、単純にグルノージャ戦で不甲斐なさを感じたのは、違うのではないか? というのがガイウスの言葉だった。

 確かに一理ある。リィンや私の実力は既にその身で体感していたのだし、今更、ということか。

 でもそれは、単純に状況に感情が追い付いていなかっただけでは?

 あるいは敵が強すぎたために、限界を遂に超えてしまった、とか。

 

 「そうだな。A班の実習の話も、聞いただけだ。カタナの判断によるだろう」

 

 ガイウスは、参考にしてくれればいいと頷いて、続けた。

 

 「ただ、戦いにおける得意不得意を、戦いの場以外でフォローしたと褒めても、なかなか納得し辛い部分があるのも確かだと俺は思う。――俺も声をかけたが、エリオット自身に『大丈夫』と言われては、どうすれば良いのか難しい。何かあったら言ってくれ。出来る事は、手伝おう」

 「ん、あ、ありがと。また頼らせて、いただきます」

 

 既に声をかけていたとは、流石ガイウス。そしてどうも、ガイウスの前にリィンがフォローしに走っていたらしい。流石の上に流石だよ、早いよ。

 しかし、その二人が慰めても芳しくない……となると……私にできることは……。

 一日考えて、思いつく。気付けば放課後で、皆は三々五々に部活へと散って行く時間だった。

 頭に浮かんだ『慰め方』が、果たして正しいのかどうか。

 それは、行動してみないと分からない。無理かもと頭の中で否定していてもしょうがないのだ。

 ベリルには申し訳ないが、少し遅れると伝えておこう。

 

 「と、いうことで、楽譜を、借りられないかと、思いまして」

 「教会音楽用の楽譜(スコア)なら確かにありますが……流行とは程遠いですよ?」

 「そ、そっちの方が、私、弾けます」

 

 さてそれから数十分後。私は七耀教会に顔を出していた。

 士官学院へ向かう坂の途中にある、小さくとも管理が行き届いた教会だ。

 

 シスター服を着た一年生、ロジーヌさんに理由を説明する。

 言葉で慰めるのは難しい。であれば彼の得意な分野で言葉を使わずに交流を、と考えたのだ。

 

 ワイスマンという家庭教師(だ。一応)が付いていた私には、教会音楽の方が馴染み深い。あの眼鏡、礼拝用の楽曲を、グロリアスで愉しく弾いていたのを知っている。

 というかエステルと邂逅した時にもご機嫌で弾いていた。

 あの場に私も居たからよく覚えているぞ。

 

 そして私もそれくらいなら弾けるように教え込まれた。

 教わった技能に罪はないが、ワイスマンの笑顔を思い出したら苛立ってきた。止めよう。これ以上は止めよう。アレを思い浮かべても碌なことにならない。

 

 さておき、事情を話した私に、そういう事なら、とロジーヌは頷いてくれた。

 パウル教区長とシスター・オルネラに話を通してくれ、無事に楽譜をゲット。

 今日中には返しますと告げて学院に戻る。

 扉を叩いた先は、吹奏楽部だ。

 気合を入れる。よし、お邪魔します!

 

 「エ、エリオット、私の音楽、気になってた、でしょ。この前の約束。セッション、するよ?」

 「え。いや、今部活中だし。そんないきなり言われても……!?」

 「良いじゃないか。バイオリンとピアノの合奏なら僕も聞いてみたいな」

 

 メアリー教官やハイベル先輩も、エリオットが気落ちしているのは把握していたらしい。唐突に顔を出した私に、エリオットは戸惑っていたようだけど、先輩が後押しをしてくれる。

 目で感謝して、まず私はピアノの席に座った。

 運指はチェンバロと一緒だ。楽譜も簡単……初見で行ける。白黒の鍵盤に手を置いた。

 静かに指を押し込むと、音が音楽室に響いていく。

 調律された立派なグランドピアノは、穏やかに奏でてくれる。

 

 音楽のルーツは膨大だが、一部のルーツは判明している。

 教会だ。人々が『空の女神(エイドス)』へと祈りを捧げる為に、教会の天井は高い。教会の構造も光を反射させやすくなっている。よく大聖堂なんかにステンドグラスが嵌め込まれているが、あれも女神からの光をより強く人々に認識させるという意図があるとワイスマンは語っていたか。

 光が反射しやすく天井が高いとは即ち『音が響く』ということだ。

 人々が祈りを捧げる声が残響するのだ。

 統一された唱和は、一つの音だ。

 その単純な声の音――モノフォニーという奴だな――に、直前に反響した音が重なっていく。

 それが重なって「和音」になる。その「和音」を意識して音の移り変わりを作れば、それはやがて多声音楽(ポリフォニー)に変化する。変化は進化し、発展し、より複雑な音楽を生み出していった。

 

 私は和音を叩く。静かだが合わせやすい音だ。楽譜も難しくない。

 けれども相手と重ねると綺麗に響くシンプルな曲。エリオットにとっては基礎の基礎だろう。

 だから、意味がある。

 

 三音。タンタンタン、と連続する三つの音。最初はそれだけだ。余計な装飾音は要らない。

 音楽家というのは不思議な生物だ。

 凡そ演奏に関しては、何も言葉を使わずに意思の疎通が出来る。

 このフレーズをどう演奏するか、それが伝わっただけで合わせる事が出来る。

 ゆっくりとしたフレーズに、戸惑いながらもエリオットがリズムを取って入って来た。それを聞いて私は微笑んだ。うん、これで第一段階はクリア。意志の疎通なんて自分が思うよりもずっと簡単だ。

 ちょっと踏み出せば良い。私が此処まで学んだ答えを、表現して伝える。

 口下手な私にとっては、よほど簡単だ。

 

 (……やっぱ、上手いじゃん、エリオット)

 (な、慰めてくれているのは、嬉しいけど)

 (……一人でピアノとバイオリン、両方なんか出来ないっしょ?)

 

 少しは気持ちが分かる。人間誰だって自分の未熟さを痛感することは多い。

 人間的に足りない量で言えば、私はクラスで一番未熟だ。

 変えた。三音を六音に。右手だけだった演奏に左手を付けて、音を重ねる。

 

 (一人で、出来ることには、限界がある……。限界があって、だから皆で頑張った)

 (うん、知ってる。皆、頑張ってたよ。だからこそ、かな。少し、考えているのは)

 (不甲斐ないって?)

 (違うよ)

 

 エリオットの音が少し強くなった。感情を込めたのだ。

 合わせて私も、少し音量を変える。教会音楽は、賛美歌として「歌詞が聞こえる」事が前提になっている。故に、台詞を諳んじるようにアクセントを加えて、エリオットに返す。少し抑揚が付いた。

 

 (……僕は、戦闘は苦手だ。強い敵も怖いよ。でも、それを後悔してるんじゃない。もっと)

 (もっと……?)

 (立ち止まらないで、楽しみたかった。一緒に。……だって皆、楽しそうだったんだ)

 (…………そっか)

 

 ああ、そうか、と納得した。

 ガイウスが言っていた通りだ。彼は自分を責めているのでなかったのだ。

 あの時、私は確かに思っていた。

 

 ――楽しいじゃん!

 

 ラウラもそうだった。リィンも多分そう。アリサは分からないがリィンとリンクしていた以上感じていた物はある筈。あの時ARCUSからエリオットが少しだけ外れていた。

 そしてそれは『乗り切れない』という感覚を彼に植え付けたのだ。

 そうだ。考えてみれば、オリエンテーリングで10人全員がリンク出来たのなら、ケルディックで5人のリンクが出来て良い筈だった。だけどそれを失念していたのだから――。

 

 (最後の、あの一瞬だけ、追いつけた)

 

 グルノージャに叩き込んだあの時、ようやっと皆のギアに追いつけたのだ。

 

 (えっと……ごめん、なさい?)

 (気にしないで。謝るのは違うよ。これは僕の決心みたいなものだから)

 

 私達4人の失態だ。だけどエリオットは責めることはしなかった。

 代わりに『次は僕も一緒に頑張るよ』と告げてくれた。

 4人という枠を外して、もっと大きく。結ぶ絆は限定された物ではなく。

 

 その時だ。

 その時、ふと胸の中に言葉が湧いた。

 何故か、一瞬で沸き上がって、見えない透明な何かが目の間をよぎった。

 今でも耳に残る、強くて格好いい、銀色の意思を示すような、宣言を思い出す。

 

 ――人は、……人の間にある限り、ただ無力なだけの存在じゃない

 

 今、私は。

 あの言葉の『価値』を知りたいと思ったのだ。

 一瞬後には、何故そこまで感慨深くなったのか、形に出来なくなってしまったが。

 

 意欲が指に乗った。

 少しだけリズムを上げる。そして同時に、和音を崩す。

 一度に二つの音を奏でるのではなく、音階にしたのだ。右から左、左から右に指を動かして、階段のように旋律を重ねる。

 タンタンタンという三音がタラタラタラと六つに連なって響く。

 そこに重なるバイオリンが、階段を二重に変える。

 エリオットが、乗って来た。ボウの返しが半分になった。弦を擦る弓の速度はそのままに、エリオットの左指が倍の速度でコードを抑え、私の音に付いて来る。

 

 「カタナも演奏、上手だね。……僕さ、背負われた時、ショックだったんだ、実は」

 

 言葉は内容とは裏腹に弾んでいた。

 

 「……ご、ごめん」

 「ううん。僕が背負えるくらい軽いのは良いんだ。でも、最後、思ったよ。落下した時――僕の下敷きになったカタナは、うんと小さかったから」

 「……小さかった、から?」

 「僕も同じだけ無理したかったなって思ったのと。……少しだけ、やっぱり無理しないで僕だけ冷静で良かったなあってね」

 

 その折り合いを付けるのに、ちょっと時間がかかったということらしい。

 彼は、全力で突っ走りすぎた私達を案じて、その勢いに乗り切れない自分と比較して、どうすればその熱量を共有できるかと悩んでいたのだ。

 それはつまり、彼があの中で、一番に周囲を見ていたという事実を表している。

 

 「……あは、……エリオットらしい。やっぱり指揮官で、正解だ」

 

 音を重ねて指を増やす。親指を加えて和音を増やしそれを崩して階段を倍に。

 それは彼なりの気遣いだった。劣等感なんかじゃなかった。私の心配は、見当違いだ。

 表情に出ていたのか、エリオットは笑ってフォローしてくれる。

 

 「でも、こうやって一緒に演奏できるのは楽しい。皆と同じように声を掛けてくれたけど、一人一人方法は違った。そして僕にこうやって接触してくれたのは、カタナの優しさだから。そして今は、同じ速度。でしょ?」

 「……じゃ、速度を、上げて、みよっか」

 

 ARCUSが噛み合ったのが分かった。

 戦術リンクは何も生身の戦いだけが能じゃない。

 目の前にあるのは友情という名の試練で、使用する武器は楽器で、敵は何処にもいないけど、これは確かに連携だ。だから、噛み合う。

 

 私はくすっと笑ったと思う。同時、指が跳ねた。

 

 教会の荘厳な音楽なことを頭から消す。

 大体私は『女神(エイドス)』様が、頼れない事を知っている。

 であるならば、大事なのは盛り上がり、そしてただ楽しく奏でる事だ。今はそれで良い。

 タン! と鍵盤の上を踊るように動いていく。今まではしっかり余韻を乗せていた音を短く刻み、アップテンポに切り替える。煌びやかな装飾音に加え、描かれていない音を追加する。

 こうなったら楽譜通りの正確さなんか無視で良い。ノリで攻めて良い。多少の音の間違いだって雑味だ。弾む指と共にフットペダルを踏み、本腰を入れる。

 

 楽しい、と思った。学院生活は、新鮮な刺激ばっかりだ。

 エリオットを見ると、彼も笑顔だ。私達二人の空気が和らいだのを確認して、すっと私の傍に立つ姿が一人。緑の衣装は、メアリー教官だ。ちらっと見ると、瞳が、何かうずうずしていた。

 ……私は察する。

 指はそのままに、ピアノの椅子を半分ほどずらして移動した。

 音楽に合わせるように教官がすっと指を乗せて、鍵盤の上の指が三つになり、四つになる。

 

 連弾!

 後で聞けば、私とエリオットが楽しそうに演奏していたので、参加したくなったと。教師になったばかりだというメアリー教官は、私達との年も近い。つい混ざりたくなったと話していた。そして教官が入ると、音が一気に分厚くなる。

 そのままハイベル部長にミントさんとブリジットさんまで加わって、六重奏(セクステット)

 クライマックスに向けて流れを加速させながら、私は笑ってスコアを描く。

 

 三本の指が四本に。二つの音が六つの音に。広がって重なる響きは、さっきまでの心配事を吹き飛ばしていく。私が吹奏楽部じゃない事はこの際、もう関係がない。エリオットと仲直りが――いや、喧嘩をしていたわけじゃないから、仲直りは変だな――分かりあう事が出来たなら、部活の枠組みとか些細なことだ。

 こういう音楽ならば、空高い女神様とて許してくれるだろう。

 軽やかに高音へと延びていって最後に和音。演奏が終わった。

 終わったまま、私は席を立った。

 そして勢いのままエリオットの元に向かって、無言で手を掲げる。

 言わずともわかる。向こうも私の意図を察して、バイオリンの弦を持ち替えて、上げた。

 

 「「いぇー」」

 

 い! という声と共に、パン、と軽やかなハイタッチが音楽室に響く。

 かくして私とエリオットの絆は少し強くなったのであった。




 エリオットとの絆が強まりました。
 LV2がラウラとフィー。LV1後半がエマ、リィン、エリオット、アリサ。
 アリサとのイベントは2章に入ってから。

 Q:ベリルのお買い物。
 A:その内一緒にお出かけします。二人は仲良し。

 Q:カタナの遊泳能力。
 A:恐らく《Ⅶ組》では最も速度があり、最も長い時間を水中で行動できる。ただし悲しいかな、水没し泳ぎながら戦うフィールドは滅多に存在しない。とはいえかなり便利。
 どっかの地下水路で戦ったりする時は本領を発揮出来るかもしれない。

 Q:ゼロ回目放送。
 A:ミスティさんと出会うので次回に。更に言えば不良な先輩とも遭遇します。
 色々ヤバいことが進行するのです。


 次で幕間1は終了。バリアハート篇に入っていきますよ。
 ではまた次回!

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