これにて一章幕間は終了。
次回から二章開始です。
では、どうぞ。
『今週も始まりました《アーベントタイム》。ラジオパーソナリティのミスティです』
穏やかな挨拶と共に始まった《アーベントタイム》
スタジオの中では、台本を片手に穏やかに微笑むミスティの姿がある。
『春も過ぎ去り、毎日が爽やかな晴れ模様が続いていますね。ここトリスタの街でも、住民や士官学院の生徒さん達が段々と薄着へと着替えはじめ、一歩一歩着実に夏が歩いて来ると感じる事が出来ます』
彼女は室内に居る、二人の「ゲスト」に目を向けながら、話を進めていく。
『今年も暑くなるでしょう。ラジオをお聴きの皆さんも、今のうちに晴れた日は少し遠出して散策をしてみてはいかがでしょうか? かくいう私も今度の休日には、ランチボックスを片手に出歩いてみようかな、なんて思っています』
放送局のディレクター:マイケルは頷いた。流石はミスティ、調子に問題はなさそうだ。
予め打ち合わせをしてある通り、今日はちょっとばかり番組内容が変わっている。
先月、士官学院から話を受けた学生主体によるラジオ放送。
その記念すべき第ゼロ回目が今晩なのだ。
正直な話をすれば、学生が制作した番組を公営放送で流すことには疑問を抱いていた。
特別なイベントがあるならば別だが、いくら士官学院の生徒だからとはいえ、メディアで放映できるだけのクオリティが保証されているとは思っていなかったのだ。
しかし上がって来た内容を見れば、その予想は良い意味で裏切られた。
主催は「オカルト研究部」になっていたが、文章の書き起こしは文芸部だったし、資料は学院図書館からの引用もある。教諭の校閲も入っている。
確かにプロには及ばないとはいえ、入念に準備をすれば使えるレベルだった。
加えて毎日毎週一定以上の作品を流す必要がある大人と違い、放送は月に一回という頻度。クオリティを上げるには十分な時間があるし、仮に失敗しても、次の放送は一月先なのだ。フォローするなり中止するなり、対処方法はあった。
それに何より、若者のパワーを感じたのだ。
言葉に出来ない感覚的な物だが、その文章や準備に費やされたエネルギーは感じ取る。
帝国からの圧力を感じているマイケルにとって、励みとなった。だからゴーサインを出した。
『さて、お聴きの皆さんに改めてご説明すると、ここトリスタの街には士官学院があります。トールズ士官学院、有名ですよね。でも詳しい内実を知らない人も多いのではないでしょうか? 実は私も詳しく知りません。しかし皆さん若さ溢れるエネルギーを持っています。私もトリスタの街を出歩くと、何かと生徒さんが声をかけてくれて、何か困った事があると直ぐ助けてくれます。毎日ファンとして番組を心待ちにしてくれる人も大勢います。そこで今回、私が我儘をディレクターさんに言って、少しだけ学院について番組で触れる事にしました』
マイケルは合図を出した。
放送室の中に座って、意識を集中させている少女達に「出番だよ」と伝えたのだ。
二人のうち、片方は大きく深呼吸をすると頷いて、マイクのスイッチを入れる。
『さて、学院の生徒さんにお話を聞くとなれば、やはりここはインタビューではなく、直接にお越しいただくのが筋でしょう。今回はゲストとして生徒さんをお二人お招きしています。それではまず会長さん、自己紹介をお願いします。ふふ、そんなに緊張しないで大丈夫ですよ。フォローは私がしますから、何時も通りの姿勢でお話しください』
『こほん、今、ご紹介に預かりました、トワ・ハーシェルです』
最初にマイクに向かったのは、士官学院の生徒会長:トワ・ハーシェルだ。
ゼロ回目放送の話をいきなり投げても不親切だということで、ワンクッション入れたのだ。
ミスティも提案に賛成し、トワも頷いたことで、こうして形になっている。
『士官学院で生徒会長を務めさせて頂いています。今日はお招き頂き感謝しています。このような場所で放送をするのは初めてで、お聴きの皆さんには、聞き辛い部分もあるかと思いますが、精一杯頑張ります!』
『はい、ありがとうございます。――緊張していますか?』
『はい。少し、いえ、かなり、緊張しています。でもこの放送を聞いている人に楽しんでもらえるように、気合を入れてきました! 全力で胸をお借りしたいと思います』
とはいえ聞いていて不安になる要素は無い。
思えば生徒会長は、大多数の前で演説をしたり、司会進行や挨拶をしたりする立場だ。
ラジオ放送という場の空気に飲まれなければ問題は無さそうだ。
『お任せを。ですがそこまで緊張されないでも十分、もう聴きやすいと思いますよ。では早速、一つ質問を。――トワさんは生徒会長ということで、学院の内外問わず、忙しい毎日を送っていられると思いますが……最近、特に印象に残ったエピソード、あるんじゃないですか?』
『あはは。毎日楽しい中で色々な事件に遭遇します。えーと……ここ最近で一番良いなと思ったのは、「猫さん」でしょうか』
『猫、ですか。可愛らしい猫さんを私は時々、近くの公園で見ますね。黒くてしっぽの先にリボンが付いているツンとした顔の猫さんです。私は遠目で見るだけで近寄ったことはありませんが……』
マイケルも見覚えがある。
尾に青いリボンを付けた、すらりとした黒猫だ。中央広場で昼寝をしていることもある。
『はい、その猫さんです。彼女はこの辺りでも一番賢いようで、トリスタの街の中の猫は皆彼女に従っているみたいなんですけど。つい先日、良い天気の日に、公園に彼女を筆頭に、十匹くらいの猫さんが集まっていたんです。にゃーにゃーと会話をしていたみたいですが、何れもベンチでのんびりしていたり、転がっていたり、日向ぼっこをしていたり、毛づくろいをしていたりと、とても素敵な光景でした。私も含め、女の子は皆、その可愛さにメロメロになっていました。写真を取っておけばよかったと少し後悔しています』
『ああ、それは可愛らしい光景ですね。想像するだけで心が和みます。ヘイムダルには、猫や犬、梟などの小さな動物と触れ合える喫茶店なんかもあるようですけど、自然と集まるのは珍しい。なんてお話していたと思いますか?』
『えっと、多分ですけど。――『こうすれば生徒の皆からご飯を貰えるんだぜ』じゃないかなと思います。図書館に、猫語辞典がありました』
『あら。猫さんも賢くおしゃまのようですね』
マイケルは「無難だが学生らしい可愛いエピソードだな」と頷いた。
声からも、トワ会長が美少女だとは視聴者にも分かるだろう。にゃーにゃーと擬音が混ざればより可愛い。それにこの話題は、学院の日常だ。
生徒の問題に触れていない。目の付け所が良い。
学院の中は、貴族派と改革派の縮図が成立している。ここで生徒に触れた場合、下手をすればどちらかを擁護する放送になってしまう。それは最悪だ。
それを一切感じさせず、ほんわかエピソードを紹介し視聴者を楽しませる手腕、見事である。
トワ会長の話が終わった後、一曲BGMを入れる。今流行のポップスだ。
その後、CMを入れてニュースを幾つか伝え、次のコーナーに。
あの黒髪ロングの女の子、カタナの出番となった。
『では、もう一人のゲストさんにもお話を聞きましょう。学院に今年入学したばかり、フレッシュな一年生、エカターニャさんです。今日はよろしくお願いします』
『よろしく、おねがいします。エ、エカターニャ・N・アルビーと言います。私が今、こんな風にラジオの放送をしているなんて、驚きです。今も、何か不味い事を言わないかって、ちょっとビビってます……!』
確かにたどたどしいが、そこまで酷くはない。声が綺麗なのが大きい。
緊張は伝わって来るが、1回目では上出来だ。
2回目3回目と重ねて変化が見れれば良いのだ。
『でもとても声は聴きやすいですよ。静かで軽く響くウィスパーボイス。聞いていると耳が幸せです。実はカタナさんからは、番組の中で「ある告知」をしていただくのですが……、それまで、存分に視聴者の皆さんに、声を届けてあげてください。きっとすぐにファンが出来ます。私が保証しますよ。声楽の授業とか、評価が高いんじゃないですか?』
『こ、光栄です。……お、おっしゃる通り、私の声はちょっと囁く感じに聞こえるようで……。静かな曲を歌うと「響いて怖い」と何回も言われてしまいました……。あ、明るい曲だと、そうでもないようなのですけど。動揺や、詩の朗読となると、皆口をそろえて「怖い」と、言われます』
『あら、それじゃあ一曲、歌ってみませんか?』
『し、素人芸を放送して良いんでしょうか?』
『大丈夫です。放送前に練習をしていたの、見ていますよ』
ミスティの目線を受けて、マイケルは音響装置を操作する。
選ばれた曲は『31本の糸杉』という、少し古い詩に音楽を付けた物だ。
シプロットという農夫が杉を植えるのだが、立派な杉を植えるまでの間に様々な苦労をする話。
優しく穏やかなシプロットは、その優しさのあまり杉を成長させることに手間取り、一本を育てる合間に31本の苗木を無駄にしてしまう……という内容である。皮肉が利いている。
ミスティの促す声に、頷いて覚悟を決めたらしい。
軽い前奏の後に曲が流れ始めると、カタナは、小さく息を吸って、歌い始める。
――優しい農夫のシプロット、庭に五本の糸杉を植えた。
――優しい農夫のシプロット、みんなに肥料をあげた。
――優しい農夫のシプロット、その年は悪い虫が流行って。
――優しい農夫のシプロット、1本残らず枯れてしまった。
以下、同じ作りで4節続く。
全部で5節ある最後は、こう締めくくられる。
――優しい農夫のシプロット、みんなを愛するその優しさで。
――優しい農夫のシプロット、31本の糸杉を無駄にした。
マイクの前で披露されたその歌声は。
非常に率直な感想を言うならば、ものすごく怖かった。
淡々とした話口調ばかりではなく響く声。
ふわりと浮いた声は、そのまま聴いている人間の心を浮つかせるような声だった。
この
彼女の両親は恐らく、芸術に強い体質があったのだろう。
(……しかし、やはり……詩歌を選んで正解だったな……)
これで本気の童謡を選んだら、恐らく酷いことになっていた。
妖精や魔女、吸血鬼など、帝国の古い伝承にはホラー話も多い。
きっと本気で呪われそうになる。
というか、それをしない今でも、十分怖い。
……ラジオの向こうにいる人は、背筋を震わせているのではないだろうか。
この口調で『怪談』を語られたら、さぞかし怖かろう。
歌が終わった。
『……怖い!怖いですよ!ぞくっとしましたね。会長さん、大丈夫ですか?』
『え、あ、はい!まさかこんなに……怖いとは思いませんでした。……杉の代わりに首が持っていかれるのではないかと……思ってしまうほどです……』
『私もそう思いました。さあ、ではカタナさん、この勢いで番宣をどうぞ』
『は、い。――こほん、この度、士官学院ではラジオの番組枠を一つ、トリスタ放送局から頂きました。番組名はずばり『オカルトナイト』。私カタナと、ここにはいませんが研究部の部長の二人で、「朗読会」を始め、日々のミステリやオカルト話、調査なんかを行います……。是非、お聴き下さい』
『既に次回分の原稿を見させて頂きましたが、面白いですよ。何より今のボイスで怖い話を朗読されるのを想像してみてください。思わず背筋が震えてきませんか……?』
そこで一旦区切り、視聴者を煽るようにミスティは声色を変えた。
『今回、カタナさんをゲストにお迎えしたのは、この番宣をしていただく意味もありました。五月から放送開始の《オカルトナイト》。第一回目の放送に先立って、リスナーからの葉書を応募しようと思います。皆さんの体験した怖い話、調べてほしい話、朗読して欲しい怪談などをトリスタ放送局までお送りください。詳細は明日の新聞や広告をどうぞ。当選された方には放送局から記念品を贈呈します』
そろそろラジオの終了する時間だ。
マイケルは中の3人に合図を出す。
腕時計を指し、後5分と手を広げて見せると、ミスティは承知したと頷いた。
『さて、そろそろお別れの時間がやってきました。ゲストのお二人、今日はありがとうございました。そしてカタナさん、次回の放送でもお待ちしています。……では最後は懐かしの名曲『星の在り処』をお送りしましょう。それでは
番組が終わり、マイケルはほっと安堵の息を吐いた。良い具合にやってくれた。
カタナは空気に慣れてくれたようだし、《オカルトナイト》もリスナーへ期待を持たせることが出来ただろう。
ミスティはスタジオの中でお疲れ様でした、と少女二人に微笑んでいる。
その微笑みは、穏やかで。
ほんの少しだけ愉悦そうな目をしていた。
その瞳を見た瞬間、マイケルに頭の中を突き刺されるような感覚が襲う。
トワ・ハーシェル会長もカタナ・N・アルビーも。
その微笑みに一瞬だけ目を奪われたように「固まった」。
……いや、何を言っているんだ。愉悦とはまたミスティには似つかわしくない表現を。
愉快そうな表情だ。
どうやら自分は疲れているらしい。
スタジオのマイクが切れていることを確認し、皆を退室させるべく扉を開けた。
春過ぎの夜は静かに更けていく。
○ ○ ○ ○ ○
「と、という訳でミヒュトさん、何か、良い業物を、手配できませんか」
5月某日。トリスタにある『質屋ミヒュト』にて、私は店主のミヒュトさんにお願いをしていた。このお店、如何にも危なそうな雰囲気がある「裏のお店」っぽいが、扱っている品はちゃんと合法品であり、店の許可証も正式に発行されている、健全なお店である。
士官学院の生徒が立ち寄ることもあるので、風紀はしっかりしているのだ。
とはいえミヒュトさん、割と過去に色々やっていたのは確からしく、妙な情報網に加えて、中々貴重な伝手を有している。結構な難題も相応のミラさえ弾めば割と何とかなったりする。
サラ教官も時々やって来ては情報収集をしているらしい。
……サラ教官とはお話しなきゃなと思う。うん。近いうちに。
「何が『というわけで』だ。お前なぁ、業物ってほいほい売ってる物じゃねーんだぞ。東方からの品とか厄介な物を……。取り合えずこいつが今までの奴か。見るぞ」
質屋のカウンターには、鞘に入ったままの小太刀が一本。
ミヒュトさんは丁寧に鞘から抜いて、抜いたところで止まった。
その顔は、渋い。握りの先が殆どないのだから当然だ。
「刀身が途中から折れてるじゃねえか。何やったんだ」
「え、えっと。……や、野生の獣に突き刺して、そ、その上にぶら下がった……」
「ド阿呆だな。黒髪の……リィンとかいう奴が持ってるのより、遥かに薄い。反りも無いから衝撃にも強くない。切れ味は良いが、逆に言えば直ぐ欠ける……」
「お、おっしゃる、通りです」
薄く切れ味が鋭いというのは「欠けやすい」に加え、裏を返せば「側面からの攻撃には脆い」という事だ。グルノージャの肩に突き刺さった……まではギリギリ刀の許容範囲でも、それに捕まってスイング移動まですれば圧力は真横にかかる。「折れてください」というようなものだ。
むしろあの場で一瞬でも耐えてくれたことに感謝したい。
耐久性を超えるまでの一瞬に、ぶら下がって背後に回った私
「いっそもうちょっと頑丈な奴にしたらどうだ」
「重いのは、あんまり……」
得物の問題は常に付いて回るが、私の場合は特に顕著だ。
まず私には筋力がない。関節や柔軟性を守る分だけは補えるが、そもそもの膂力が低いのだ。
ラウラの持っている大剣やガイウスの槍は論外。アガットさんのような重剣でもキツイ。というか
この場合の重さとは『持ち上げる』という意味ではなく『自由に扱える』という意味である。
単純に持ったり運んだり一発技を出すだけなら出来るが、それ以上はこちらの身が持たない。
重い武器で戦い続けるだけのパワーは私にはないのだ。
「じゃあ剣を変えるのは如何だ? 黒髪の奴が使ってるのや、レイピアと軽いのはあんだろ」
「その、潜入に、邪魔に……なるので……」
私の言葉にミヒュトさんは「あー」と納得してくれた。
長い武器は、収納しにくいのだ。リィンは常に腰から下げているが、あれでも気を付けないと他人にぶつかってしまう。アリサの弓ですら未展開でもかなり嵩張るし、魔導杖や導力銃は言わずもがな。普通の学生は、ほいっと虚空から手の中に武器を取り出せるなんてことはないのである。
私の身の丈――それも腰から膝くらいまでの間に収まらないと具合が悪い。
「おう、分厚くて丸みを与えれば二刀流で出来るだろ。投げても問題ないぞ」
例えばヨシュアさんが使っているようなタイプだ。
確かにあれは便利だ。回転させやすい――投げやすい。流線形の刃は耐久力も上がる。
派生形でハルパーなんかも提案された。フック型の、先端に毒なんかを仕込む武器だ。
まあその辺が妥協案なのだが――。
「……その、小太刀が……良いんです」
武器は何でも一通りは使える。
その場にそれしか獲物が無かったら使おう、位の気持ちはある。
銃でも爆薬でも鉄線でも素手でも、なんでも使おうと思えば使える。
達人には到底及ばないが、素人よりは巧みに。
ただそれでも、ささやかな
どんな武器でも同じくらいにしか使えない――悪い意味でも器用な才能しかない以上、好きな物を使ったって良いだろうし。
……まあより詳しい理由は、その内、話すけどね。
強情な私にミヒュトさんは、しょうがねえな、とカウンターの向こうで息を吐く。
そのままごそごそと資料を漁ってくれた。
「手配はするけどよ、結構ミラは掛かるぞ。お前の眼鏡にかなうような名品だろ。まあ伝手はある……ヘイムダルに東方由来の物を扱ってる業者が居て、そいつに紹介はしてやれる。中には割と非合法手前走ってる奴らも居るが、そこに連絡だ……。……お前、カタギじゃねえだろ、細かい事は言いっこなしだぜ?」
「い、今はカタギです」
カタギじゃないのは見抜かれてしまっていた。
気付きました? と尋ねると、ミヒュトさんは鼻を鳴らして「人生経験の差だ」とのこと。
「それと、追加でお願い、なんですが」
私は鞘から、机に広げた布へと丁寧に、砕けた刀身を広げた。
きらきらと欠片が輝いている。だが一つ一つが剃刀より鋭く、人間の肌に容易く食い込む刃だ。
粉末をふっと吹きかけるだけで、相手の目や鼻、吸い込んだら肺まで切り刻む危ない奴である。
ただ、これは加工できる。
例えば大きな破片の形を変え、投擲武器へと変えられる。
握りの部分はまだしっかりしているし、刃の根本には刃が残っているから、重心を調整して「
「加工業者も一緒にだな、分かったよ。小太刀二揃え、折れた奴の加工、合わせて――こんなもんか。見積りだ。確認しろ」
「…………。…………りょ、了解」
書かれていた値段は、数十万ミラ。ぱっと見れば高いが、相場からすれば全然だ。
武器は自分の命を預ける物だ。値段を下げて適当な物を購入するより、高くても自分が納得するまで選んだ方が良い。必要な投資は惜しんではならないのである。
ミヒュトさんに紹介状を書いてもらい、後日、ヘイムダルで品を扱っている店を訪問しよう。
それまでは小太刀一本だけでの戦いになる。
武器の不足は、何とかして補えるだろうから、そこまで心配していないが……。
普段と違う重心感覚に慣れてしまう方が困るなと思った。
……鞘でも使うか。ゴーディオッサー殴ったみたいに。
「じゃ、ここにサインな。幾つか確認事項があるから、目を通しておけよ」
ほれ、と紙とペンを渡される。私は適当な椅子に腰かけ、説明に目を通した。
うん、変な内容はないし、不正も無い。悪徳業者になると、此処にサインをした時点で何かと問題があったり、法外な値段を請求されたり、責任の所在が曖昧だったりするのだが、ミヒュトさんはそうではないようだ。
脚を畳んで机代わりにしてサラサラとペンを走らせていると、入口の扉が開いた。
「よっす、おっさん、頼んどいた新聞あるか?」
「俺はオッサンじゃねえって何度言えば分かるんだ。――ほれ『リベール通信』『アーデントプレス』『クロスベルタイムズ』もある。クロウと言いそこの嬢ちゃんと言い、ここ最近、新聞を買ってく人間が多くて有難いこって」
「ふうん?」
入って来た男性が、私を見た。
制服は平民を表している。年齢は私より上。先輩のようだ。
……こんな先輩いたっけ? と私が眉をひそめていると。
バンダナをした銀髪赤目の先輩は、口笛を吹いて私――ではなく、顔の少し下を見た。
「おいおいお嬢ちゃん、スカートでその格好は危ないぜ? 俺は眼福だがな、もうちょっと気を付けねえと怒られるぜ」
「ん、……あ、ああ……。こ、これは、失礼を。みっともない物を、見せました」
スカート穿いたまま、膝を立てて机代わりにしていたのだった。
となると当然、太ももの裏が露になる。先輩の話からすれば多分下着まで見えていたようだ。
はしたないな、と思って足を戻す。先輩が静かに「水色か」と呟いていたのは聞き逃さなかった。まあ、あんな格好をしていた私にも非があるし、別に見られて減るものでもない。
それに正直、あんまり恥ずかしくないのだよな……。
この羞恥心のなさは、ちょっと女学生としては危ないかもしれない。気を付けよう。
中々目敏い上に、割と計算高そうだ。飄々とした態度だが、そこに嫌らしい雰囲気を感じない。常に余裕がある……。ふむん、どうもこの先輩、中々の食わせ物のようだ。
「……ミ、ミヒュトさん、書き終わりました。お願いします。……それでええと」
「ん、ああ。そういや自己紹介がまだだったな。俺はクロウだ。クロウ・アームブラスト。お嬢ちゃんの一個上だ。気軽にクロウ先輩と呼んでくれていいぜ、エカターニャ・
「わ、私を、ご存じで?」
「ま《Ⅶ組》の話は色々とな。トワからもジョルジュからも聞いてる」
クロウ、クロウ……。どっかで聞いた覚えがある……。
……ああ、思い出した。あれは確か、部活動の入部届を、トワ会長の元に提出しに行った時だ。
リィンが颯爽と現れて椅子から転げ落ちた私達を助けてくれたが、その際にちらっと話していた気がする。
「50ミラをくすねた先輩?」
「おおっと、リィンからも話を聞いてたか。まーあれは授業料ってことだ。何かと慣れない生活をしてる後輩クン達にアドバイスだな。お嬢ちゃんからはさっきの光景を見せてもらったんでチャラで良いぜ」
「言いふらさなければ、良いです。と、トワ会長やジョルジュ先輩とも、親しいんですか?」
「おうよ、なにせ去年、今の《Ⅶ組》がやってる事を試験運用やってたからな」
その話題も聞き覚えがある。ケルディック出発前にトワ会長が話していたし、戻って来る列車の中でも、取り組みそのものは2回目みたいな話を……リィンか? だと思うが、していた。
私達の前に試験運用していたグループがあったとか。ふむふむ、断片的な情報が繋がった。
となると旧校舎の安全確認を、入学オリエンテーションでしていたのも彼か。
あの繁みの方から感じていた視線と一致――しているかは不明だが、話を聞いて整理すると、どうもそうらしい。
トワ会長が「アンちゃん」なる人物(ちゃん、という事は女性かな?)を話してもいたな。
トワ会長、ジョルジュ先輩、クロウ先輩、アンちゃんさん。バランスは良さそうだ。
会長やジョルジュ先輩と同じチームの人なら、この余裕にも納得いく。
常日頃の授業態度はさておき、現場の実習的な意味ではかなり優秀なのだろう。
「な、なるほど。納得しました。――ク、クロウ先輩は此処を良く、使うんですか?」
「新聞を買いにな。やっぱ士官学院だからだろうなー、国内の新聞は閲覧できても外国の新聞は中々読めないんだ、こいつが。図書館に無理言う訳にもいかねえし、ケインズ書房で手配するより早くて安いから助かってる。ここのおっさん、こう見えて事情通なんだぜ?」
「だから、こう見えてとおっさんは余計だっての! お嬢ちゃんはこんな風になるんじゃねえぞ。こいつ稼いだ小銭は全部ギャンブルに注ぎ込んで、授業なんかまともに出やしねえ。単位日数もギリギリだ。こんなのが士官学院の生徒だって言うんだから世も末だぜ」
「ま、まあ健全な範囲なら、問題ないのでは、ないかと? あ、私にも頼んでおいた新聞下さい、一揃え」
ミラを払って新聞を受け取る。後で寮に戻って読むとしよう。
最近は国際情勢が色々と騒がしい。
リベール王国は《不戦条約》をエレボニア、カルバードの両方と結んでいるから静観出来ているし、歴史が古く特に戦争をするメリットも無い穏やかなレミフェリアも同じだ。
しかし小さな自治州なんかは何かと翻弄される。古巣の動向も含め逐一の確認は必須だ。
……さて、小太刀の目途もたったし、この辺でお暇しますか。
「そ、それじゃ、また来ます。今日は、どうも」
「おう。……あ、そうだ。ちょっとカタナの嬢ちゃんよ、確認したいんだが」
と、扉を出たところでクロウ先輩に呼び止められる。
はい? と振り向いた。
その時。
丁度、私は日の当たる場所に居て、室内の影の中にクロウ先輩が見えている。
その陰影の差に、どことなく不穏な何かを感じながらも、なんでしょうか、と促すと。
「学院の部活主導で、トリスタ放送局のラジオ番組をやってるんだってな。……実は俺《アーベントタイム》のミスティさんのファンなんだよ。どっかでサイン貰って来てくれね?」
「ず、図々しいですね……。それは、ダメです。えっと、クロウ先輩に、OK出しちゃうと……他の皆も、私も私もと、欲しがってしまうので」
なんだ、そんな事か。
ほっと息を吐くと、さっきの不安な陰影はどこかに消えている。
《アーベントタイム》とパーソナリティ:ミスティさんは大人気だ。
手紙が採用されると、その相手に直筆サイン入りのステッカーが送られるのだが……士官学院の中ではステッカーを持っていると、ちょっとした自慢になる。それくらいには人気があるのだ。
ゼロ回目放送もとっても上手くいった。優しいお姉さんだよ!
「そうかー、そりゃ残念だ。……悪いな、呼び止めちまって。またな。今度は座り方気を付けるんだぜ?」
「あ、あんまりヤンチャするなら……と、トワ会長に、報告しますので」
クロウ先輩の「そいつは勘弁!」と嘆いた声を背後に、私はミヒュトを出た。
うん、今日も良い天気だ。
私は暢気に天気を見てほけーっとし、飴を口に投げ入れた。
背後でクロウ先輩が何かを呟いたことなど、知ることもなく。
――俺もヴィータもばれてねえようだな。
○ ○ ○ ○ ○
「面会を求めている? 何処の家の人間だね?」
バリアハートの邸宅に戻ったアルバレア公爵家当主ヘルムート・アルバレアは、執事アルノーからの言葉を聞いて露骨に顔をしかめた。
既に陽は沈んでいる。
貴族としての義務たる社交界への出席から戻って来て、後は寝るだけかと思ったタイミングにこれである。
一角の立場にある貴族ならば、彼が今晩出ていると承知している筈だ。
それも弁えない人間に会うつもりはない、と一蹴するつもりだった。
とはいえ万が一ということもある。ヘルムートは先を促した。
当主の機嫌が露骨に悪くなったことを察知しながらも、ベテラン執事は出来る限り主人に温厚に伝えていく。
曰く「社交界の中では話せない話」。
曰く「ルーファス様が間に入っているため関与できない場所の話」。
曰く「ご当主様に満足していただける仕事のお話」。
曰く……「この話はカイエン公爵と繋がっているさる方々とも縁があるお話」。
……無論、アルノーは知っている。
現在、貴族派と革新派で対立が起きている事も。
その渦中にある筆頭貴族《四大名門》の一角が、主人であり、近い内に起きるであろう『内戦』に向けての策謀をずっと続けているという事も。
彼はいざという時はアルバレア家の為に死ぬ覚悟をしていた。
同時に、彼とルーファス、ユーシスという複雑な子供との関係も把握していた。
故に顔には出さないように僅かばかりの同情を――その同情が果たして彼か二人の子供のどちらかに向けたかはさておき――思い浮かべ、改めて確認をする。
「して、どういたしましょう。今すぐ叩き出す準備は出来ておりますが……」
暫し考えたヘルムート公は、許可を出した。
その無礼な輩の顔を見ておこうと考えたのだ。
万が一にでも本当にカイエン公からの使者ならば丁重に扱わねばならない、というのもある。
彼は『帝国解放戦線』というテロリストに援助して鉄血宰相を虎視眈々と狙っている。
ヘルムート公も、自ら貴族連合の舵を取り、時と場合においてはルーファスを使いながら多くの戦力確保に腐心している。使える手駒は幾らあっても困ることはないのだ。
果たして、静かに入って来たのは、まだ年若い――学生で通用するような娘だった。
桃色の髪をした、笑顔を浮かべた少女だ。
その身は小柄で、一見すれば無害に見える。
しかしその身から発せられる『血の臭い』をヘルムートは感じ取った。
人間を見抜く眼力――相手が「使えるか使えないか」を把握する能力は――高いのだ。
ほぼ同時にアルノーが、隣室に控える護衛兵達を部屋に招き入れ、少女を取り囲む。
少女から立ち上る「脅威」に対処をしたのだ。恐ろしく血の臭いがするが、単純な実力ならば領邦軍でも十分に勝ち目がある。合図を一つ出せば、少女は闇に葬られるだろう。
「もーそんなに警戒しないで下さいよー、家老さんに告げた『貴族派』への助力ってのも本当ですし、公爵様が知らない部分の情報を提供できるって言うのも本当なんですからー」
へらへら笑いながら、少女は口を開いた。
一歩間違えれば即座に捕縛、そのまま始末される状況だというのに、口調も苛立たしい程に軽やかだ。それはこの場を切り抜けられる――護衛を歯牙にもかけない自負がある――自信があるのではない。己の命の使い方を理解している人間の目だ。
ヘルムートは理解する。この女の正体を。この女が何者なのかを。
「……猟兵か。金で血を流す犬が、私に何の用だ? 余程の儲け話でもない限り、お前は許されない行いをしているのは理解しているな? 『帝国解放戦線』とはまた違った人間のようだが」
「ええ、あんな大層な組織じゃないですよー、私は言うなれば、まあ、独自に売り込みしてるって感じですかねー、ちょっとばかりお得なお話を持って来たんですよー、公爵様も気になっていますよね? 例の士官学院にいる《Ⅶ組》のお話、確かご子息も編入されていましたっけ?」
ヘルムートの睨みをさらりと受け流し、話は続く。
「まあまあ、まず和やかな話題でも出しましょう。公爵様にお渡ししたプレロマ草、お役に立ったのではと思いますが、如何でしたか?」
「……あれは貴様の仕業か」
「はい。苗に栽培方法、収穫や薬効、場所の提案なんかは私の方でプランニングさせて頂きました。公爵様に
少女の言葉に、ヘルムートは警戒心を上げた。
なるほど、この少女は有益な力を提供するだろうが、その辺の雑魚でも下っ端でもない。
大層ではない、と言っているが、あれだけ詳細な『取扱説明書』を送り付けてきたのだ。
彼女の背後にはそこそこ大きな援助がある。それも貴族派だけではない組織が……。
ヘルムートの心を読んだように、少女は、にへらっと歪んだ笑顔を見せた。
「警戒なさらないで下さいよ公爵様。一歩間違えれば私が闇に葬られる立場なのは変わってないですよ? 圧倒的に有利な其方に、お耳汚しを承知で少しだけ、営業を続けたいんですよー」
良いですよね? との言葉に、ヘルムートは思わず頷いた。
穏やかで暢気な口調だが、こちらにペースを掴ませない。
「先に話題を出した《Ⅶ組》……その中に『貴族連合』も正体を掴みきれてない人物がおりましてー、別ルートでも探ってますが、協力者さんから教わるには、まだ時間がかかるようなんです」
ですが、その正体を掴めれば、間違いなく『貴族派』に有効な札になります。
彼女は断言して、続けた。
「それの情報を教えるのが手始めのメリットですねえ。そして更に、そちら側に、自由に使える
くすくす、と娘はアルバレア公爵に切りこんでいく。
まるで浸食されているような不快感を覚えながら、ヘルムートは逃れるように話を先に促した。
この女とずっと会話をしたくない――そう本能が告げていた。
自己責任で動いて貰うのが、恐らく最適だ。こちらへの被害も少ない。
であるならば、必要な契約だけ交わして、さっさと追い出すのが一番良い。
「良いだろう、だがその前に名乗れ。いや、礼儀知らずの猟兵には出来ない作法か?」
「いえいえ、これは失礼いたしましたお貴族様。私は」
少女は邪悪に微笑み、優雅に頭を下げた。
「《ニーズヘッグ》がアイリ・アドラーと申します。ではお話を進めましょう?」
Q:ミスティさんのことは気付いていない。
A:あんだけウロウロしていたセリーヌでも、ヴィータの存在を感知出来ていなかったからね。
Q:カタナは何でも使える。
A:何でも使えるが『使いこなす』ことは出来ない。基本は押さえてある為なんでも使えるが、
Q:アイリ・アドラーって誰?
A:『暁の軌跡』にて活躍する、猟兵団《ニーズヘッグ》の《小指》分隊長。
(《ニーズヘッグ》そのものは閃Ⅲなどでも登場済み)
単純な強さではA級遊撃士に負ける(クルツやジンが相手では分が悪いと、味方が倒れようが無視して即撤退を選んでいる)が、その真の強みは立ち回り方にある。
シャーリィ・オルランドの獲物を横取りしたり、変装や窃盗、人心掌握を得意としていたり、そもそも
《蛇》やら《錬金術師》はお得意様(ギルバートを殺しそうになったこともあるが、その時はカンパネルラが口を挟んで未遂に終わった)。
つまるところ慎重で狡猾、そして『死なない』戦い方をする女。
ニコニコしているが本性は邪悪で外道。地に足がついた極悪人。二章のボスの一つ。
《Ⅶ組》に何故かご執心らしい。
さて次回から二章バリアハート篇がスタート。
しかしその前に、マキアスの問題とか、サラ教官との問題に入りましょう。
逃げる時間は、そろそろ終わりです。
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ではまた次回。