カタナ、閃く   作:金枝篇

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新年明けましておめでとうございます。
と言っても年明けから二週間経過しましたが。

『創の軌跡』も発表され、今後の軌跡シリーズがどうなるかも楽しみです。
そんな大陸を私なりに彩っていけたらと思います。
今年もよろしくお願いします。

では、第二章、スタートです。


二章:翡翠に刻む二つの傷と血
幾つもの分岐点


 「ん、今、誰か、呼んだ?」

 

 第三学生寮の台所。フライパンで蒸される(ライス)を鍋蓋越しに睨んでいた私は、顔を上げる。

 今一瞬、誰かに呼ばれた気がしたのだ。が。

 

 「私は呼んでいませんけど……」

 「同じく。誰も呼んでないみたい。気のせいじゃない?」

 「……気のせいだったみたい」

 

 背後を見て様子を伺っても、フィーを始め全員が首を横に振った。

 第三学生寮の調理場。サラ教官を除いた《Ⅶ組》女性陣が全員揃っている。

 じゃあ気のせいだろう。水や油が跳ねたとかそういうのだ。

 再びフライパンに目を向ける。既に十分に火が通った米はトマトで薄赤に染まり、素材と一緒に美味しく踊っている。蒸らした時間を確認。こんなもんか。

 最後に火を一気に強くして香ばしさを加え、焦げない内に取り出して、大皿に盛る。

 

 「こ、今晩は、これを作りました。《魅惑の魚介畑》――魚、貝、海老がどっさりのパエリア」

 「……おお、得も言われぬ香りがするな。潮の気配だ」

 「この辺だと、新鮮な魚には、限度があるし。塩で風味を後付けにした形に近いから、港町程じゃないけど。美味しい、筈、です」

 

 食器の配膳をしていたラウラが、大きなスプーンを皿の横に並べた。

 リベールを回っていた時、ルーアンのレストランで食べた逸品だ。

 港町だけあって魚介類が本当に美味しかった。シンプルな塩焼きや蒸し焼きも良いけど、素材をふんだんに使った、こういう大皿料理も悪くない。

 

 「カタナ、ちょっと横良い? 熱いの運ぶから気を付けてね」

 「ん、手伝う。グラタンだね」

 

 今日の食事は、私とアリサが作った。私が主食を作り、アリサは主菜を作る担当だ。

 パエリアに使ったトマトピューレの「外側」を器に、余ったパプリカや、同じく余った鳥肉をミンチに。そこにズッキーニ等を細かく刻んで中に入れ、チーズを被せて、オーブンで焦げ目が付くまでじっくり火を通す。《トマトグラタン》の出来上がりだ。

 食事当番が決まっている訳ではないが、集まったら作り合おう、くらいで皆やっている。

 今日は偶然、女子が五人揃ったので、折角なら全員でと意見が一致したのだ。

 分厚い手袋で、耐熱皿を運び、並べる。

 

 「では頂くとするか。……男子の皆には悪いと思うが……」

 「い、一応、残してはある。温めれば、誰でも食べれる。余ったら明日リゾットでも作るよ」

 「居ない皆を心配してもしょうがない」

 

 フィーがすぱっと正論を言ったので、それもそうだなと全員で頷いて食べることにした。

 そう、この場には女子しか居ない。男子を誘わなかったのではない。誘えなかったのである。

 原因は、マキアスとユーシスの対立にある。

 そして追加して、私とマキアスの対立にもある。

 

 「同卓したくない人間を誘うのも良くない」

 「……それは、まあ、そうなんだけど――熱っ」

 

 ほふほふとグラタンを口に運びながら、私はそれでも、と思う。

 もう少し、何とかしたかった。

 今も何とかしたい。接し方が下手だが、下手なりに何とかしたいのだ。

 

 マキアスも、流石に女子を相手に全力で歯向かい、喧嘩を売ることは出来ないと判断している。

 彼は礼儀正しく善良な若者なのだ。

 

 マキアスと私とが口論になる事は無い。

 代わりに彼は、意図的に私から距離を取っている。だから食堂に来ない。

 

 そんな状態でユーシスを誘う訳にもいかず、結果ユーシスもこの場にはいない。

 尤も彼の場合『余計な油を注ぐわけにもいかないだろう』と自分から気を使ってくれたのだが。

 そしてそうなるとリィン・エリオット・ガイウスの三人も、同卓するのは拒否するのは自然な流れだった。『俺達だけ呼ばれても二人に悪いし、拗れるだろう』と遠慮する訳だ。

 結果として女子だけの集まりになる。

 

 「でも、ほら、この前の授業の時のとか……」

 「……まあ確かにちょっとストレートな言い方だったな。しかし間違った話ではないぞ」

 

 ラウラは慰めてくれるが、それで納得できる性格ではないのである。

 ただ、同時に。

 マキアスが、何故、其処まで私を嫌うのか――この点に関して、分からない部分が多い。

 何が言いすぎの原因だったのか。何処にマキアスの地雷があったのか。

 それを理解しなければならない。

 私は、反芻することにした。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 5月22日。土曜日。

 春も過ぎ去り、そろそろ季節の移り変わりを感じる季節。

 ライノの花はすっかり散って若々しい緑の木々が山陵を彩る頃。

 私は教室から綺麗な青空をほけっと見上げていた。

 

 机の上には簡単な答案用紙が置かれている。高等教育の一般授業が本格稼働し、毎日みっちりと授業が入っている。そして時々復習がてら小テストなんかも行われる。幸いにも中身は簡単な物だったので、さっさと記述を終えた私は筆を置いて、のんびり窓から空を見ていた。

 ケルディックの実習から戻ってきてそろそろ一か月。平和だった。

 平和過ぎて、自分の立場とか『結社』とか、帝国の余計なしがらみとか、忘れたくなる。

 こんないい天気の中、よくもまあ戦争だの対立だのという話が出来るな、というのが本音だ。

 いや、戦争を画策する人にとっては何も関係が無いのも事実だ。

 

 戦争が終わって最初にやることは、次の戦争の準備である。

 どこかで読んだ書籍に、そう書いてあった。

 

 この空の下、今も戦いに備える人々が居るんだなと漠然と思う。

 その結果、失われるものを、私はまだ、想像できない。

 

 私に故郷の実感が薄い、という話はしたと思う。

 それも当然で、生活拠点は空の上――空中戦艦グロリアスの中だったのだ。

 勉学や鍛錬の場、衣食住には困らなかったが、ずっと空の上だ。娯楽は限られている。

 

 だからグロリアスで時間があった時は、ふらりと甲板に出て、空を見ていた。

 何も考えない、道具のようだった私が、自由でいられる数少ない時間だったからだ。

 ――己が何をしていいのか分からなかったから、空を見て時間を潰していただけ、とも。

 

 今はそうじゃない。自発的に、見知らぬ知識を増やし、勉学に打ち込めるのは、割と楽しい。

 リラックスの余り出そうになった欠伸をかみ殺して、一度、問題用紙を確認する。

 10問の記述式。その内6問は授業で習ったことをそのまま書き、3問は複数の知識を応用して解き、最後の1問は知識のみならず自らの脳を使って閃かないとダメなタイプの問題だった。細部まで隙無く作られた、お手本のような試験問題である。

 

 「では、時間だ。答案を回収、のち授業を続ける」

 

 軍事学の授業中。

 テストを準備し、今講義をしているのは、軍から出向しているナイトハルト教官だ。

 

 帝国第四師団に所属するバリバリのエリート軍人で、階級は少佐。

 彼を直接知っていた訳ではないが、なんでもミュラーさんと同門で同級生、二人そろって若手の双璧との話。

 であれば……ギリギリ30歳手前くらいか。その年齢で少佐なのだから、貴族VS改革で揺れ動く帝国軍内部事情を加味したとしても、屈指の実力者であることは疑いようがない。

 

 第四機甲師団。入学した後、改めてエレボニア帝国の知識を頭に入れなおしたから、一定以上の地位にいる人間の名前は憶えてある。団長はオーラフ・クレイグ氏。ガレリア要塞に駐留する中将閣下。そして名前の通り、エリオットのお父上だ。

 

 優秀な士官として中将の覚えが良かった教官は、エリオットの家に足を運んだことも何回もあるようで、学院では久しぶりの再会だったようだ。

 時折、廊下でエリオットと話している様子を目にしたが、真摯に会話をしていたと思う。

 

 学生と教官という立場の場合、公私混同をせずに「クレイグ」と呼んでいるが、プライベートで出会った時は「坊ちゃん」と呼ぶ……とはエリオットの情報だ。

 

 基本ベースが堅物で厳しいのは、帝国軍人の常みたいなものだ。

 オリヴァルト皇子が放蕩過ぎるともいえる。

 答案用紙が回収された後、記憶が確かな内に問題をノートに書き写して、教官の授業を聞く姿勢を取った。皆の視線が集まったのを確認し、教官は口を開く。

 

 「50年前の《導力革命》以後、戦場の常識は根本から変わっていった。――変化を齎した代表的な物は四つある」

 

 一つ目は銃。あるいは砲。戦場における射程(リーチ)の変化だ。人間が古代から今まで生き延びてきた理由の一つに「攻撃の射程距離が長かったから」と言われる程、武器の射程は重要だ。相手が近寄るより早く倒してしまえば安全。その思考の延長である。

 アリサは()()()弓矢を使っているようだが、弓矢だって過去から現在に至るまで延々と使われ続けた長距離武器。立派な人間の武器だ。

 

 あれは……王国各地で導力兵器が使用不可になった時だったか。

 ギルバート・スタインがジェニス王立学園を占拠したことがある。結局、ヨシュアさんを始めとする遊撃士の皆さんに鎮圧されたのだが――えーと……カルナさんだったっけ(アネラスさんとコンビ組んでいるお姉さん)は、古式の火薬式機関銃を使って戦っていた。わざわざ古式の銃に持ち替えて、だ。

 猟兵も、頑丈で、多少のトラブルがあっても即座に補修が可能な、大型銃を得意とする。フィーもちょくちょく弾薬を変えたり、本体をメンテナンスしていたりする。

 射程の長さは、それだけ魅力的なのである。

 私は音が出る兵器が苦手なので、あまり使わないが、強さはよーく知っている。

 

 教官の話は続く。

 二つ目、機甲化。要するに戦車を始めとする機械兵器の発達である。より効率の高い戦争の仕方を追求していった結果、ともいえる。とにかく、頑丈で安全で火力が高い兵器の発展だ。

 

 三つ目。飛行船。というか「上下の概念」だ。

 戦争において「相手の頭上を抑える」という発想の出現である。

 上からは重力に任せて投下すれば良いだけ。下から上を狙うのは凄く難易度が高い。

 空中をも視野に入れた立体的な戦術。そしてこの重要性は、帝国は骨身に染み込んでいる。

 彼の《百日戦役》において、カシウス・ブライトが発案したこの戦術こそが、劣勢にあったリベール王国逆転劇への第一歩であり、帝国は手痛いでは済まない大ダメージを負った。

 リベール占領を後一歩まで押し込んだ帝国は、《剣聖》の頭脳及び作戦立案能力とツァイス中央工房(Zeiss Central Factory)の技術力、そしてリベール王国の意地の前に、最後には敗北を喫したのである。

 

 『勝っていたはずの戦いに負けて、しかも原因は帝国にあり、全面的に謝罪をした』。

 ――さて当時、果たして何人の帝国軍上層部の首が飛んだのやら。

 

 (……色々やったな……帝国ギルドの妨害以外に……帝国軍将校から情報引き出したりとか)

 

 いやいや、私の黒歴史は良いのだ。

 その教訓は身に染みている。だからこそ現在、帝国は必死になって飛行艇をじゃんじゃん量産中。

 故にオリヴァルト皇子の帰還と《ZCF(ツァイス中央工房)》からの技術提供が大ニュースになる。

 この概念は帝国のみならず共和国側にも波及し、向こうも善は急げとばかり空軍兵力を増大させている。

 ……改めて思う。

 バカみたいな火力を持った巨大飛行艇を常時、複数、運用している『結社』は頭おかしい。

 その気なら一国を滅ぼせるのも納得だ。

 

 「そして四つ目、導力技術の進歩によって戦場に大きな革新を齎した新たな分野が存在する」

 

 ナイトハルト教官の眼が動き、後リィンが当てられた。

 少し考えた後、彼は『通信技術の発達』と回答をする。

 正しい。通信の発達とは、即ち「タイムラグ無しで連携できる」という意味である。

 それまでは斥候が「生きて戻らなければ」得られなかった情報が、斥候を送り込みさえすれば入手できるし、わざわざ時間や作戦を指定して動かしていた軍団をリアルタイムで流動的に動かすことが出来る。これは正直、リーチやら機甲化やらとは比較できない、それこそ「上下の概念」レベルで重要な発達だと私は思う。

 

 ……やっぱ『結社』頭おかしい。なんだよ《星辰の間》って! 《星辰(アストラル)のコード》って!

 ワイスマンの戯れで一回だけ連れられて話を聞く羽目になったけどさ!

 グロリアスが通信補助をしているにせよ大陸全土を跨いでの情報通信ネットワークを構築しているとか異常ってレベルじゃねーぞ。

 

 ……念のために言っておくと、《使徒》の皆さんの会話を強制見学させられただけで、会議に参加はしていない。

 《オルフェウス最終計画》に段階があり、《福音計画》《幻焔計画》、次が《永劫回帰計画》という事だけは漠然と覚えているが、その内容はさっぱりだ。

 常識的な技術レベルを知れば知る程、古巣のテクノロジーが飛び抜けていると実感する。

 

 (……今度はヴァルターみたいな奴と遭遇しませんように)

 

 そろそろ二回目の実地研修が迫っている。

 もしかして、と思う。ひょっとしたら今でも私の動向は、監視されているんだろうか。

 ……あいつらなら、出来そうで怖い。

 

 「ではエカターニャ。現在の帝国軍の欠点を上げてみたまえ」

 

 ナイトハルト教官からの課題が飛ぶ。

 私は立ち上がり、口を開いた。

 頭の中に『蛇』とか諸々があったから、ついストレートな物言いになってしまった。

 

 だってそうだろう? あんな頭と技術が()()()()()()連中に比較すれば、帝国なんて、と。

 尤も帝国は帝国で『結社』並みにヤバイ闇を孕んでいると、後日になって知るのだが……。

 

 「て、帝国軍――帝都を守る機甲師団の欠点は、……彼らが()()()()()ということです」

 

 教官が黒板に帝国地図を出してくれていたので、使わせて貰う。

 眼鏡――座学の授業中には掛けているのだよ――を軽く指で整えて、続けた。

 地理的な有利性。これは人間がどうにか出来ない分野だ。

 

 「帝都は、エレボニアの中心に、置かれています。そして帝都の四方は、四大名門に統治されています……。勿論、直轄領や、四大名門に属さない一部の貴族はいらっしゃいますが、それでも基本は、貴族に囲まれていると言えます。これは明白な弱点だと、考えます」

 「……続けたまえ」

 「はい。……現在の、対立にもみられるように、帝都では革新派が。それ以外の地方では貴族派が、それぞれ優勢に立っています。革新派が努力をしても、貴族領への干渉は、難しい。……つまり……いざ有事の際、現在の帝都は、貴族に囲まれ孤立します」

 

 帝都には飛行艇運用の為の発着場や、鉄道がある。

 だがこれらは、貴族にしてみれば、妨害しやすい要素だ。

 鉄道は線路を破壊すればよく、飛行艇は燃料と離発着の場がなければ、タダの塊だ。

 

 ヘイムダルは、帝国のど真ん中だ。

 他国からの干渉は出来ないが、同様に他国からの救援は見込めない。

 防衛に専念すれば、帝都の機甲師団でも籠城は出来るだろう。だがそれだけだ。

 兵站は、殆どが貴族領で賄われている。備蓄にも限界はある。

 

 帝国の強さとは、皇帝の元、宰相と貴族の『両者』が一体化した時の『数』だ。

 そしてこれは、改革派と貴族派で5:5という比率から構成されているのではない。今の時点では、貴族の方が上だろう。

 仮に戦うとなると、革新派の軍隊は――広大な領地を持ち、地勢に通じ、民意を知る貴族派の領邦軍を倒さなければならない。圧倒的に不利なのである。

 まあケルディックの様に、貴族と民との間に軋轢がある場合は、市民を味方につけて行動できるかもしれないが……どうしたって限界はある。対立陣営から、片方に加担した時点でアウトだと見なされたら、彼らはヤケクソになって上司に従うしかなくなってしまうのだし。

 

 「結論として……どんなに頑張っても無理で無駄な部分は出てくるので……」

 

 そのまま私は続けたのである。

 

 「帝国に居る革新派は、貴族派と戦わないのが、一番帝国の為では、ないで――ごほん、失礼しました! ちょっと、い、言い過ぎました!」

 

 ……言ってから「あ、やべ」と思った。慌てて最後で正気に戻る。

 幾ら《Ⅶ組》とはいえ、呆けていたとはいえ、流石にこの言い分は不味すぎる。

 何となく全員からの視線が集まっている気がして、いたたまれない。

 私の内心の冷や汗を察したのか、ナイトハルト教官は、静かに「座り給え」と促してくれた。

 マキアスからの視線が厳しかったのは、感じた。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「ついうっかりと――というのは、私達にも分かった。それに、そこまで間違った指摘でもなかろう? ナイトハルト教官も『一理ある』と認めて授業を続けたのだし。……そもそも其方の身分は一応『貴族』なのだから、中立から若干其方に寄っても、気にする程のものではないのではないか?」

 「そうそう、ちゃんと謝ってたし」

 

 ラウラが《果実ジュース》を飲み、コップを置く。

 (作成:委員長。レシピはクロスベルの図書館案内に掲載だ)。

 フィーはさっさと食べ終え、デザートのショコラケーキに手を伸ばしていた。

 

 「いやこれは、いうなれば呼び水、だった」

 「……続きがあるのね? 良いわ。じゃあ聞いてあげるから白状しちゃいなさい」

 

 アリサが先を促したので、私は、再び口を開く。

 サロンでのことと、学生会館での出来事を。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 サロンに行くことを決めたのは、調理実習の最中だった。

 

 《Ⅶ組》は特殊なカリキュラムで動いているが、全ての授業が特別という訳でもない。

 入学式の日にサラ教官が言った内容をなぞるのであれば『より厳しいカリキュラム』だ。

 要するに普通の授業に加えて実地研修などが追加されている。故に、日程が合う部分では、他クラスと合同で行う事も多い。そりゃ教官の皆さんだって出来るところは効率よく動きたい。

 さる日の五限目。男女別の授業は《Ⅰ組》との合同だった。

 貴族生徒の皆さんとの合同授業である。

 女子は調理室での料理実習。メアリー教官の指導の下、あれこれと手料理の作法を学ぶ。

 世の中には妙に料理が下手な人間が居るというが、私には良く分からない。決まった分量を決まったように使い、レシピ通りに作れば失敗もしないはずなのだがね。

 

 「だ、男子は今頃、導力端末を弄っている……正直、私もそっちが良かった。……フィー、バターに蜂蜜を混ぜたこれをコネて。ゆっくり。激しくすると熱くなって不味くなる、から」

 「ん。……私も正直、割と気になってた。連絡と通信は、大事」

 「だ、だよね。……参加できないなら、しょうがない。こっちやるよ」

 

 《蛇》時代に多少のノウハウは学んだが、通信技術は日進月歩だ。アップデートは必須。

 ……でも出来ないのならば、しょうがない。

 掲示されたレシピの通り、時間を無駄にせず、作業効率を上げて、行うだけだ。

 

 「レ、レモン果汁を絞る。風味付けに皮を少々削る。……卵にー、砂糖にー、薄力粉にー、ベーキングパウダーに、チョコレートを、ちょいちょいとさっくり混ぜてダマ作らないようにして、型に入れ、後はオーブンに、ゴー。以上」

 「て、手際が良いんですのね?」

 

 感心した声を横に、まあね、と返事をする。

 後は適度に焼けば、微かにレモンの香りが漂うショコラケーキ(チョコレート風味)の出来上がりだ。此処にアイシングを重ねても良いし、蜜に漬けた果物で飾っても美味しい。

 《スイートショコラ》とでも名付けるか。

 ちらっと傍らに居る貴族生徒の方を見る。

 フェリス・フロラルド。アリサをライバル視するフロラルド家のお嬢様。さりげないユーシスの気遣い(カプア家との話)を持ち出したおかげで、喧嘩こそしていないが、逆に『貴方には負けませんわ!』と火が付いたらしい。

 事あるごとに健全なるライバル心を持って激突している。

 まあ切磋琢磨することは悪い事ではないさ。

 

 料理の実習に関しても同じだった。

 アリサより美味しいものを作るのです! と意気込んでいた――のは良いのだが、そこは貴族。

 今までフォークより重い物を持ったことがありません、という優雅なるお嬢様も結構居る。

 彼女もあまり得意では無かった。

 

 メアリー教官を独占するわけにもいかない。そこで彼女は大胆にも『私とフィーを自陣営に引っこ抜いた』のである。

 そしてアリサ&ラウラの側に、ラウラを慕う貴族女子の皆さんを引き渡したのだ。

 えー、と思ったが、私はそれに応じた。

 

 少しでも《Ⅶ組》の立場を良くしようと思った、というのがある。

 《Ⅶ組》は目立つ。良い意味だけでなく、悪い意味でも目立つ。平民生徒からはそうでもない(どっちかっというと面白い連中という評価だ)が、貴族生徒からの反感は割と強い。

 

 学院での先輩方を見た感じ、この対立は二年生になれば自然と緩和されるとはいえ、これから一年間ずっとギスギスしているのも座りが悪いものだ。少しでも両者が打ち解けられる理由になるなら、と私は交換を承諾したのである。

 

 実際、どうやら向こう側チームは割と仲良くやっているようだ。

 主席入学の委員長や、明らかに貴族並みの教育を受けた平民アリサに対する反感も、ラウラが仲介することで良い具合に馴染んでいる。

 観察しながら、私はフェリスさんに説明をした。

 

 「り、料理において大事なのは、基礎をきちんとする事、です。……ま、まず一回ちゃんとした品を作る。余計なアレンジはしない。時間や分量も、言われたとおりにする。ちゃんとした品が出来たら、その後で、アレンジをする。さ、最初からオリジナルの料理を作れる奴は、天才か、ただのマグレ当たり」

 

 フロラルドのお嬢様は、割かし熱心に話を聞いていた。

 私の立場が一応貴族というのも良い具合に作用してくれて、そこまで意固地になってはいない。

 

 後日、調理部部長のニコラスさんから聞いた話だが、貴族生徒の中には、この授業で自ら料理をする楽しさに目覚める人も多いのだとか。

 熱心に聞いているフェリスさんに、私以外も聞いてみると良いよ、と促してみた。

 

 私よりも身近に、あれこれ尋ねるべき人が居るんじゃないかなーと思ったのだ。

 サリファさん……フロラルドのメイドさんだ。二年の無駄に煌びやかな(ヴィンセント)先輩の傍には、何時も清楚なメイドさんがお伴についている。私より先に彼女に聞いてみれば料理の腕も上達すると思うよ、と話すと――果たして彼女の返事は、かなり複雑そうな顔をした後の「そ、そうですわね」だった。

 ひょっとしたらサリファさん料理が下手なのだろうか。それとも別の問題なのだろうか。

 サリファさんとフロラルド兄妹って髪の色そっくりで年齢も近そうよね、と漠然と思っていたが、もしかしたら余人が関与してはならぬ謎があるのかもしれない。……妄想だけどね。

 

 因みにこの授業は栄養学も兼ねている。単純な料理・家庭科の授業ではなく、健康管理の面でも何かと有効なのが料理だ。

 

 実際、様々な食材を組み合わせた料理は、如何なる理屈か、体力に加え体調不良まで回復する。

 毒、盲目、封技、封魔、火傷、石化、悪夢などなど。

 そこまでなら「すごい料理」で話が終わるのだが、時々「これ武器になるよね」というレベルの料理も出来上がる。

 

 一体どんな理屈なのだろうか。

 料理中に導力魔法(アーツ)効果が付与されたとかか? ……無理あるなあ。

 考えている内に、ケーキは良い具合に焼きあがってくれた。

 

 櫛を刺して中まで火が通っているかを確認。

 見栄えを整える為に焦げ付いた部分を落とし、丁寧に斬って並べる。

 アリサ達のグループも仕事が終わったようで、メアリー教官が「それでは実食しましょう」の一言で、グループ毎におやつタイムとなった。

 

 「むむ、我が家の料理人には負けますが中々立派な味……、美味しい、ですわね……」

 「お、お気に召したようで、なによりです」

 「で、ですが勘違いなさらぬように! 飽くまでも今日は腕を認めるだけですわよ? 私達は貴方方《Ⅶ組》にもアリサさんにも負ける気はありませんので! ……まあ、貴方は貴族のようですし、サロンに来るなら出迎えますけど」

 

 と、ここでフェリスさんからの勧めもあり、私は『じゃあ行くか』と思ったのだ。

 そう言えばパトリック氏に関しても気になっていた。彼もサロンへ顔を出していると聞く。

 

 私達のクラスは、良い意味で階級の垣根を意識していないが(マキアスとの対立に関しては、今は横に置いておく)、それは同時に、階級にどっぷりと浸かることが無いという事だ。

 ユーシスもラウラもリィンも、サロンに顔を出すようなタイプではない。私も好きではない。

 ただ『じゃあ顔を出すのは止めておこう』と結論を出すのはちょっと早い。

 人脈はコネであり、とても強い価値を持つのだ。

 

 ユーシスやラウラは元々が貴族だ。

 社交界に幼い頃から顔を出している。貴族生徒とは、華やかな社交界で既に出会っており、此処で再会するというのもあり得る話。だから今更サロンに顔を出すのも、という前提がある。

 アルバレア家もアルゼイド家も、其の辺の貴族との交流を絶っても支障ない権威を持っている。

 だから顔を出さないでも問題はないし、今後に支障が出る事も無いだろう。

 

 リィンは……分からない。

 シュバルツァー家に関しては、調べるのに限界があった。

 現当主のテオ氏は、ユーゲント皇帝陛下と親しい、とは新聞(図書館には過去の帝国時報が保管されている)で確認している。学院の卒業名簿にも揃って名前が載っている。そこまでだ。

 ただ辺境の小貴族であっても、皇帝陛下と縁深い古い家ならば、あって嫌味を言われる程度だと思っている。

 

 だが――再度言うならば――此処は帝国各地から優秀な人材が集まる士官学院。

 そして《Ⅶ組》の中で、好んでいなくとも『打算』でサロンに足を運べる人間が此処にいる。

 

 アルビーという肩書は、割と昔から使っていた。

 領土も領民も持ってないけど、皇帝陛下からの直々の認可証も貰っていて、身分詐称にはならない(尚、どこでこれを入手をしてきたのかは私も知らない)。

 何処かの社交界の会場やらで、参列者に名前があったなら、それは私かブルブランが殆どだ。

 使い道は『潜入工作』と『情報収集』。稀に『暗殺』なんかもあったが……。

 いやまあ、それは良い。

 つまり、私は、社交界でも曖昧で、明白な情報が少ない、という貴族なのだ。

 

 この立場を上手く使い、サロンに向かえばどうか?

 向こうは私を知ろうとする。対価として私は、向こうの情報やコネクションを構築できる。

 大人が跋扈する社交界と、学生のサロンは桁が違う。

 歴戦の大人には太刀打ちできない子供()でも、学生同士なら優位に立つことも可能だ。そして今のうちに有意な関係を結び、それが大人になった時まで維持できればどうだろう?

 

 《Ⅶ組》で、こんなことをする奴は、多分私しか居ない。

 というか私しかやらない。

 私なら、出来てしまうのだ。

 ならばやっておきたい。

 

 そこまで考えて、フェリスさんに、余所行きの笑顔を作って伝えた。

 

 「で、では、放課後にでも、顔を出させて、頂きます」

 

 回想は続く。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「フフフ……で、なんで上から降りて来たのかと思えば、そういう話だったのね。驚いたわ」

 

 ベリルの顔は、ちっとも驚いている様子は、ない。

 いつもの部室で、紅茶と絵札が置かれた机の上で、私達は向かい合って座っている。

 

 「それで、感想は?」

 「……まあ、そこそこ、かな。悪い人達じゃ、なかったよ」

 

 その放課後。

 サロンで顔だけ合わせ、挨拶を交わした私は、その後、三階から二階へと移動していた。

 

 行ってみたら、案外と空気は悪くなかった。全員、貴族としての社交辞令や所作は叩き込まれている。婦女子には親切にするように、と気遣いもされていて、居心地そのものは良かったのだ。予想ほどギスギスしていなかった。嫌味を言われることもなかったし。

 

 約束通りに来た私に、フェリスさんは喜んでいたようだし、ちらちらとパトリック氏もこっちを伺っていた。貴族相手には親しいのだ、彼ら。

 若いのもあって説得や交流は簡単そうだった。

 

 とはいえ今日は初日。特に盛り上がるような話題を持っていなかったので――特別実習の話は聞きたがっていたが、軽々に話せる内容でもない――適当に時間を過ごして、辞してきたのだ。

 そしてその足で、オカルト研究部へと、顔を出したという訳だ。

 

 「私とすれば意外だったわ。貴方、嫌なことは嫌と言って、避けると思っていたから」

 「……嫌なことからも、逃げないって、決めたから」

 「フフフ、判断を間違えてはダメよ? 立ち向かうことと拒否反応を無視するのは違うわ」

 「……良く分かってないけど、気を付ける」

 「分かってないのね?」

 

 ベリルの言葉の意味を、首を傾げながら頷いた私だった。

 私を見る彼女の瞳は、さてどうしたものかしら、と考えているようだった。

 

 「まあ良いわ。いえ、良くないけど今ここで解決する話でもないわ」

 

 フフフと何かを決意したように微笑んだベリルだ。

 彼女は空気を切り替えるように、机の上を片付ける。

 

 その後、それじゃあ今日は新しい占いでも、と彼女は鞄から瓶を出し、中身を掌に。

 そのまま、それら――小さな砂と石を握りこみ、机の上に放り投げる。

 ざざざと広がった砂礫は、複雑な模様となった。

 

 「ジオマンシー。中世の錬金術と同じくらいに発展した、いわば『土占い』ね」

 

 広がった砂を、こちらも取り出した古い杖(指揮棒くらいの物だ)で素早く四角く区切っていく。この区画の中にある模様や石の数から、結果を読み取るらしい。

 系統としてはタロットにも近い感じか。絵札を自分で作るという違いはあるが……。

 出た紋章を、対象の年齢やら、現在の星の動きやらと照らし合わせる、という仕組みだ。ベリルはこれをするのが初めてのようだが、それを感じさせない手付きで、砂の模様を刻んでいく。

 

 しかし錬金術か……。あんまり良い思い出が、無いんだよね『錬金術』。

 マリアベル・クロイス嬢とか、《D∴G教団》でのエンネアさん救出とか。

 

 えーと、誰だったっけ?

 あの眼鏡(ワイスマン)が出会って技術交流をしていた……■ルベ■ヒ……。

 ええっと、よく思い出せない……いや、知らない? 知らない知識、だな。

 

 ――()()()()()()

 ――()()()()()()()()()

 

 「面白い結果よ、フフフ――まず、外見は今のままを維持すべし、ただし精神は注意しろ、と」

 「鬱とか躁とかってこと、かな」

 「もっと根深いものかもしれないわ。明白な答えまでは私には分からないけれどね」

 

 ベリルの言葉で、ふっと意識が引き戻された。

 いけないいけない、最近ぼんやりしていることが多い。気を付けねば。

 机の上を見ると、区域は綺麗な四角形と菱形で構成されていた。

 各区域の中にある石と砂模様から、ベリルが順番に結果を話していく。

 

 「影響を与えている物は――ずばり『人間関係』。そしてその解決策は、職場にある」

 「わ、割とまんまな、答えだね」

 「そういうものよ。でも此処からがちょっと難しい。――新しい接触に注意しなさい、と出ているわ。良くない意味での『待ち人来る』よ」

 

 ……新しい接触。何となく嫌な気配を感じる。予感や勘と言っても良い。

 また、誰かが、近くに来る――ということか?

 ……どうやって回避すれば良いのか分からない。

 

 「タロットや水晶占いよりも抽象的よ。よく考えれば良くなるし、悪く考えれば悪くなるわ。そうね……やはり気になっているのはサラ教官との関係かしら?」

 「うぐ。……気付いてた?」

 「一目瞭然。ジオマンシーだけじゃ具体的な助言は難しいから、補完しましょうか」

 

 砂と石とを片付け、瓶の中に詰めなおしたベリルは、タロットカードを取り出した。

 手慣れた動きで大アルカナ22枚をシャッフルし、私に1枚を選ばせて来る。

 果たして出たカードは――。

 

 「『恋人』……の逆位置。……意味は?」

 「恋愛注意」

 

 思わず黙った私に、ベリルはより正確には、と口を開く。

 

 「『恋人』の正位置は、プラトニックでピュアな、称賛を受ける「愛」に近いわ。誘惑と戦うとか、情熱とか、深い結びつきとか。逆位置だから、その反対の意味ね」

 「……恋愛とか、私には縁が遠いんだけど」

 「貴方自身が恋愛に落ちるとは限らないわ。貴方の周囲の誰かの恋愛事情に、巻き込まれるという解釈も出来る。……『恋人』って言えるほどの深い関係が、貴方の周囲にある、というのは、今の私には想像できないけれどね、フフフ」

 

 確かに、と頷き返す。

 

 アリサはリィンを意識しているようだが、進展は遅そうだし。

 他の女性陣も、リィンの凄さとか格好良さとかを認めているが、それが形になるのは先だ。

 私? 私はリィンのことは特に何も……。《Ⅶ組》の男子に関しても同じだ。

 そもそも恋愛は、私は縁がない代物。

 桃色で甘く初々しい感情は、とっくの昔に通り過ぎた。恋愛に駆け引きも手練手管もない。

 

 私が知る恋愛というのは――情報を貰うために、寝所に入り込む系の奴だ。

 別に純潔じゃないことを言いふらす気はないけれど。

 まあ悪い経験も、経験の内だ。

 

 「サ、サロンに行った時に……」

 「ええ。何か面白い出会いがあったの?」

 「……この人とコネ作っておけば、後で情報引き出せそうだな、とか……。この男子はこういう誘惑に弱いからこんな感じで責めれば堕ちそうだなとか……、好みを察して振舞えるな、と」

 

 勿論、それを狙ってサロンに足を運んだのだが――。

 実際に現場に行って『実行できる』と腑に落ちてしまった己が居た。

 『恋人』の『逆位置』というのは、こうした体質やら反射やらを示して居るのだろう。

 

 「まあ、やりやすいんだけどね。同じ貴族同士なら、まだ……」

 

 少なくとも互いに貴族だからか、貴族と平民という関係より、遥かに向こうの態度が違う。

 これで私が平民だったら、そもサロンには近寄れないし。

 それでも貴族の近くに行こうとするならば――。

 

 

 「今日、平民が貴族に取り入るとか、身分差があって結婚まで持ち出すとか、どう考えても媚を売って計算するってのが前提に、来る。純粋な恋愛なんか夢だよ……その覚悟がないまま行動するのは……夢見ているだけにしか、思えない

 

 

 いや《Ⅶ組》の皆がそうした関係を嫌うのは分かる。皆は身分より心を優先するだろう。

 飽くまで一般的な、大多数の傾向が、そうだというだけだ。

 少なくとも私が見てきた、俗物と言える貴族は、大体がそういう人々だった。

 帝国は広い。そうじゃない人間は居るのだろうが、私の表現したカテゴリに属する人の方が圧倒的だ。

 

 「……ど、どうしたのベリル。なんか顔が怖い」

 「……もう一つ聞きたいことがあったのよ。話を戻すのだけれど、サラ教官とお話する予定はあるの?」

 「き、切り出そうかな、とは、思ってる」

 

 明日の放課後にでも、だ。

 彼女との関係は必ず清算しなければならない、私の業だ。そこから逃げることは出来ない。

 

 「……一人で?」

 「も、勿論、他の皆に、相談をする。で、出来れば、一緒に立ち会って貰おうかな、って」

 「……一部が余計に悪化してるわねこれ……

 

 私の返事を聞き、ベリルは額に指を当てて小さく何かを呟いた。

 耳には自信がある私だが、殆ど掠れるような彼女の声は聞こえない。

 果て? という顔をしている私に、何やら考えた後で、こう告げてくれた。

 その目にあったのは、決して呆れや諦めではなく、真摯で真剣な、友情だった。

 

 「頑張ってね。私は私なりに、応援するわ」

 

 フフフ、という言葉が付かなかった。

 つまりそれだけ、彼女が応援してくれているということだ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 ――回想終わり。

 

 長い回想だったが、つまりは、授業とサロンでマキアスの何かに触れてしまったのだろう。

 

 貴族は名ばかり、と唱えているにも拘わらず、しれっと貴族を擁護する。

 この行動は、マキアスは嫌いそうだ。それは理解できる。

 だが……本当に、それだけ……なのだろうか?

 そうとは思えない私には。だが、私には分からない。

 

 白状を終えて皆に伺うと、皆も『聞いただけでは不自然な部分は無かったな』という顔だ。

 

 だよね……。マキアスの過剰反応にしても、ちょっと不自然だよね。

 あるとすれば……私とベリルの会話を、マキアスが聞いていた、という可能性だが。

 あの生真面目を地で行くマキアスが、盗み聞きなんていう真似をするとは思えない。

 暫しの意見を言い合ったが、推測にしかならなかった。

 

 「……私やフィーさんの方で、それとなく伺ってみますね」

 「そだね。勘違いとかあるかもしれないし」

 

 委員長がそう告げて、各々が頷いたところで、お開きとなった。

 皆の心遣いが有難い。

 

 マキアスの件と……サラ教官の件。皆の力を借りれば、何とかなるのではないかと思いたい。

 食事も終えたので、三々五々、皿やコップを片付けて、解散していく。

 皿洗いはラウラがやると言い出してくれたので、頼らせて貰うことにした。

 

 ああ、そうだ。このケーキの山は冷やしておかないと。

 結構余っているし、明日の朝食に出来るだろう。

 そう思って、綺麗に切り直して、ラップをして導力冷蔵庫に。

 切れ端を口に入れて、味わい()()()する。

 

 (……私と味が……似てる……、これは、やっぱり)

 

 調理実習で作ったケーキ。

 出来上がったケーキが結構な分量で余っていた。私のチームも、アリサのチームもだ。

 実習そのものも五限目で、夕飯にはちょっと早い。無理して腹に詰め込む気もなかったし、捨てるのはもっとない選択肢だ。ならば、と夕食のデザートにでもしようかと判断したのである。

 二チーム分を合わせたら結構な量になったので、男子にも振舞うことにした。皆で()まめるように入り口にメモと一緒に置いて小さく切り分けて置いておこう。

 その時、私は自分のケーキとアリサのケーキを味見して、ふと思ったのだ。

 

 (やっぱり……同じ教えがある……)

 

 同じ味……という訳でもないが、とてもよく似ていた。

 焼いた時間や表面の色合い。風味、触感、なんとなく感じる雰囲気がそっくりだった。

 人間、料理をするときには必ず癖や個人差が現れる。

 私のケーキもアリサのケーキも、だから微妙に違うのだが、その違いが明らかに少ない。

 

 委員長のケーキ(彼女は慣れた手つきで余った材料でもう一品を作っていた。メアリー教官も感心していた)という比較対象があったから、よりはっきりと判った。

 私とアリサの料理は、基礎部分が似ているのだ。

 無論、授業では黒板にレシピと手順が載っていたのだから、偶然と言ってしまえば偶然で済む話なのだけど。なんというか……まるで同じ人間に師事したかのような感覚だった。

 そう言えば《死線(先輩)》が、表向き何処で誰と生活しているのか、知らないんだよな、私。

 

 (アリサにそれとなく確認しておこう……)

 

 私のこういう勘は外れたことが無い。

 非常に癪な話だが、ワイスマンの影響だ。

 あの外道は他人の心を暴くのが大得意で、他人の心を踏み躙るのが大好きだった。

 だからこそ他人の考えを暴く能力が高かったし、他人の心の機微を読めていた。

 何をすれば相手にとって一番苦しみを与えられるかを熟知していた。

 その『薫陶』を受けたお陰で、割と鼻と目端と勘が利くのだ。ケルディックでもそうだった。

 

 「明日にでも……うん、聞いてみないとね。結構、やる事、増えそうだな」

 

 充実しているのは良い事だ、と思おう。暇で時間を潰すよりはずっと良い筈だ。

 それに何より、すべき事から逃げてはいけないわけだし。

 自分に言い聞かせる。

 

 逃げてはいけない。頑張らないといけない。

 欲張って――全部やるのだ。

 

 少しだけ心に痛みが走った気がしたが、それはきっと気のせいだ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 サラ・バレスタインは第三学生寮の室内で一人、銃と剣を抜いて構えていた。

 幾度となく繰り返した修練は、数分、数十分と武器を構え続けても微動だにせず、彼女の身体を戦闘状態に維持し続ける。ただ無言で、意識だけを集中させ、目の前に居る「架空の敵」を想定し、銃の引き金を引く。無論、弾丸は装填されていないし、電撃が発射されることもない。だがサラの視界は確かに「敵」を打ち抜いていた。

 

 (……敵か。そうね、確かに彼女は敵よ)

 

 胸が痛い。己の『生徒』を敵と見做すことに、心のどこかが悲鳴を上げている。

 

 ――生徒を敵と判断するなんて、教師失格だ。

 ――お前の武器は、子供に向けるためにあるのか。

 ――お前だって、あの娘と同じ、人を殺めていただろうに!

 

 それを思えば、己の行動が明らかに異常だと判断が出来る。

 理性は間違っていると、叫んでいる!

 

 だが、それでも、と己の中の闇が囁くのだ。

 

 ――帝国遊撃士協会、襲撃事件。

 ――あれを忘れて良いのか? と。

 

 ……遊撃士は簡単な仕事ではない。

 自ら望んで『この自分の力は人命を守る為に使います』と宣言するような仕事だ。

 能力が高い人間なら、一定以上の名声を得られるが、そこまで行けないような人間も多い。

 任務の成否は常に生活を脅かす。相手からの指名が入ってスケジュールがカツカツになるような実力者以外は、依頼のえり好みも出来ない。装備品や道具は自腹だし、時には成功しても文句を言われることもあるし、頑張っても何の成果を得られない事もある。

 遊撃士とは、そう言う仕事だ。

 

 帝国ギルドの遊撃士は、優秀だった。

 サラ以外にも沢山いた。トヴァル、ヴェンツェル、その他、多くの顔馴染み。

 ヘイムダルの本部以外にも色んな人が居て、それらを支える人々が居た。時に愚痴を言い、時に悩みを抱え、時に成功を喜び合う――胸に誇りを抱いた人々。

 帝国に生きる民衆と何も変わらない、そうした彼らの命を、彼女:カタナは、奪ったのだ。

 ただ遊撃士が、帝国内で邪魔になるという理由で、奪ったのだ。

 どうして許せよう。どうして忘れることが出来ようか。

 

 己の過去を――遊撃士になる前の過去(猟兵時代)を自覚していても尚、それらが心を染めていく。

 《黒》の呪いが、蝕み、彼女を捕らえて離さない。

 

 「……こんなに独りは、辛いものだったかしら、ね」

 

 澱のように、湧き出てくる苦々しい憎悪を堪えて、彼女は武器をしまった。

 独り言に問いかけに答える者はいない。答えを出すのは、彼女自身でしかない。

 明日も授業だ。――早く寝ないといけない。あまりにも動揺している神経を鎮めなければ。

 

 ()()()()()()()()()()()()『青い薬草』を飲もうと、机に手を伸ばした。

 

 その時、ふと第三学生寮を照らす月が、雲に覆われ、陰る。

 一瞬だけ月光が遮られ、室内に闇が落ちた。

 

 そして――サラは、ベッドの上に、一枚の封書がある事に気が付いた。

 一瞬前までは確かに存在しなかった、一通の封書だ。

 

 一体誰が、と疑問を抱くのとは裏腹に、自然とサラはそれを手に取っている。

 丁寧に便箋で「サラ・バレスタイン様へ」と書かれている。

 

 差出人は、ベリルと書かれていた。




 Q:カタナの眼鏡。
 A:授業中は掛ける。視力は良いが、集中力が高まる。因みに耳(聴覚)も凄く良い。
 とはいえ常に持ち歩いている一番の理由は『凄く簡単な変装用具』だから。
 なんか『誰か』に似ている――と彼女自身は気付いていない。
 
 Q:サリファさんの謎。
 A:何かあるかと思ったら結局特に何もなかった。でもプレイヤーなら1回くらいは疑った筈!

 Q:■ルベ■ヒ。
 A:誰なんでしょうね?(すっとぼけ)。カタナはそんな人を『知りません』。

 Q:カタナの踏みつけた地雷。
 A:知らなかったとはいえ此処まで華麗に踏み抜けば、マキアスとの仲も悪くなるのは道理。

 Q:シャロンの存在を察知。
 A:再会だけでは終わりません。OPで語った通り!

 Q:『青い薬草』
 A:自然公園を襲撃した結果、いつの間にか手にしていた物がこれだよ!

 Q:ベリルの手紙。
 A:和睦ルート:スタート。


 『創の軌跡』は今年夏発売予定だそうです。
 黄昏直後、クロスベルの再独立手前、そして宰相を失った帝国……。いやあ楽しみです。
 それまでにこの作品がどこまで進んでいるかはわかりませんが、楽しく書いて行きます。
 ではまた次回!
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