カタナ、閃く   作:金枝篇

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本当は今回でサラ教官との話を終わらせる予定だったんですが!
長くなったので分割!

ある意味、一番厄介な《黒の呪い》。
諸々の素材や伏線を使って、なんとか倒して貰いましょう。

何時も感想、評価、誤字報告などありがとうございます。
励みになります。今後とも宜しくお願いします。

では、どうぞ。


三つの思惑と一つの心(上)

 その日こそが、サラ・バレスタインの心に触れた日になった。

 私と、フィーと、委員長。そして手伝ってくれたベリル。

 この誰が欠けても、私は教官と距離を縮めることが出来なかった。

 間違っても()()()()わけじゃない。だけど互いに許したいと思えるようになった。

 努力をしようと約束が出来た。たったそれだけだが、とても大事な約束だ。

 五月。特別実習に向かう、少しだけ前の話である。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「どうすれば、サラ教官と、仲良くなれるでしょうか」

 

 夜、自分の寮室で机に向かいながら、私は首を傾げる。

 腕の中にはローゼンベルクドール。まるで生きているような精巧な人形を抱えて、呟く。

 どこか大人びた優しい笑顔を浮かべる少女人形。顔立ちや服装がかなり好みだ。『保護者(ブルブラン)』からの贈り物。趣味に合うやつをプレゼントされた。あの野郎、私の好みを熟知している。癪だ。

 

 ……サラ教官と私の中が険悪なことは、今ではクラスの全員が知っている。

 マキアスは私の情報なぞ気にしていられない、という状況なので、彼は関与をしてこない。ただ、してこないだけで、それでも私と教官の間に溝がある事は知っている。

 

 ケルディックの実習組が話したわけでもなければ、女子の中から噂が漏れたのでもない。

 単純に、微妙に会話や授業の中で見える棘に、皆が気付いたというだけだ。

 我らが《Ⅶ組》は、皆、かなり目敏いのである。

 

 勿論それでサラ教官が、私を差別するとか、各段に難しい課題を出すとか、そういう真似はしない。その辺は大人の対応だ。ただ――ARCUSで言う『リンク』が、全く進展せず、結ばれもしない状態がずっと続いている。

 

 元々私が悪いのだから『許して下さい』と言うのは間違いだし、完全に筋違いなのだが……それでも、と思ってしまう。もう少し……もう少し、改善したい。もう少し、仲良くなりたい。生徒と教師で友人になりたい訳ではないのだ。ただ、人間として互いに認められる関係を構築したい。

 

 望むだけでも傲慢だと言われればぐうの音も出ない。

 だが、当座のところで、約束だけは取り付けた。

 明日、逢う約束を取り付けたからこそ、出方に悩んでいるのだ。

 

 「……むー、んー、……どうすれば、いいのか、なぁ」

 

 私は、放課後の一幕を、思い出す。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 タイミングとすると、マキアスの地雷を踏む直前。

 男子が導力端末の授業を行い、私達が調理実習をしたその日の、ホームルームだ。

 私達は男女での授業情報を交換し合っていた。

 

 因みに私の席は前列の一番窓際で、右にフィー、後ろにラウラ、斜め後ろにアリサが居る。

 必然、この四人の会話が増える。そして更に言えばフィーの右がエマで、アリサの右がリィンだ。

 つまり女性陣五人が集まって会話をすると、一人リィンが巻き込まれることになるのである。

 

 大抵の場合リィンは空気を読んでその場を離れ、ガイウス&エリオットとの会話に向かうのだが、タイミング悪く二人は席を外していた。

 居心地が悪そうにしていたリィンに、助け舟とばかりに話しやすい内容を振る事にしたのである。

 

 ホームルームを待つリィンの肩が妙に重そうで、男子らに一体何があったのかと皆が疑問に思っていた。

 

 「じゃ、じゃあ導力端末、使えるようになったんだ?」

 「ああ。俺もなんとかな。ユーシスとマキアスは直ぐに覚えていたようだが」

 

 なんでも率なくこなすユーシスと、負けじと努力してこなすマキアス。二人の仲が良い具合に改善されれば、互いに互いをフォローし合えそうな物なのだが、根は深そうだ。

 

 導力端末は『結社』時代に基礎を勉強してある。

 だが、最先端技術の勉強は幾らしても足りることはない。世間一般に流通している技術レベル的には『基本操作ができる』だけでも価値はあるというもの。どっかで受講できるのかなと後で教官に聞いてみよう。

 

 「それにしてもハイアームズの三男に絡まれるとは……災難だったな」

 

 授業から転じて、絡まれた話、リィンの肩が重い理由もわかった。

 導力端末の扱いを一通り修得したところで、リィンはパトリック氏からの接触を受けたのだそうだ。

 リィンが貴族と知って誘いをかけたのである。その場はユーシスが間に入って収まったようだが、これからもちょっかいを出されそう、とのこと。

 

 パトリック氏、まだ若いということか。

 いや私も(ほぼ)同じ年齢だけど、幸いにして経験量が違う。

 彼の居丈高な行動は「そういうことあるよね」という気分だった。

 

 南部サザーラント州を治めるハイアームズ家自体はかなり穏健派で、他貴族と比較しても、革新派との対立には否定的。当主フェルナン氏の統治手腕は高く評価されている……のだが、息子がその手腕を学ぶまではもう少し掛かるということか。

 まー領地も民も持たない三流貴族の気楽な思考であるけど。

 

 ラウラの実家、アルゼイド家が統治するレグラム。

 この町はエルベ湖畔という綺麗な湖の傍らに築かれているのだが、この湖の反対側がサザーラント州で、湖を横断する船もあるらしい。その為ラウラはハイアームズ家に関しても詳しかった。

 

 「何かと対立が激しい貴族派だ。少しでも勢力や派閥を拡大させたいのだろう……。実際、父上の元にも最近は使者が多いのだ。我らと一緒に革新派に参加してはくださらないか、とな」

 「ラウラのところも大変ね……。……私もノルティア州のログナー家とは顔馴染みだけど、苦労しているみたい。貴族派も一枚岩じゃないみたいだし。革新派こそ嫌ってても皇帝陛下への忠誠心は高い、って人も多いようだし……。匙加減が難しいとか、話してたわ」

 (ログナー家と知り合いって言ったら不味くないですかねアリサさんや……)

 

 私は隠しきれていない『Rの秘密』にツッコミを入れていた。

 まあ良いか。皆スルーしてるし。

 

 そんな気楽な会話も、サラ教官が入って来るまでだ。

 何時も通りの足取りで壇上に立つ、彼女に聊か緊張しつつ、私は姿勢を正して、話を聞く。

 

 「今日もお勤めご苦労様。明日は自由行動日だから存分にリフレッシュすると良いわ。ただし来週の水曜日には《実技テスト》があるんだけどね」

 

 サラ教官から話された内容は、5月26日に行われるテストの話であった。

 委員長が突っ込みを入れたところによれば、どうやら次の《特別実習》の発表もそこで行われるらしい。私に限らず、皆そろそろかとは思っていたようだ。

 

 「ああ、それと来月の半ばだけど……各種、高等教育授業の《中間試験》ってのもあるから。ま、大変だと思うけど精々勉強も頑張りなさい。私がハインリッヒ教頭に嫌味を言われない程度にね」

 

 皆の顔が別の意味で変わる。テスト、うん、皆が微妙に嫌そうな顔になる。

 日曜学校でもちょこちょこ実施されるテストという概念は、何処でも同じ苦手意識(トラウマ)を植え付けるらしい。かくいう私も『結社』時代に何度も「テスト」を受けたが、苦労した。マジ苦労した。

 

 頭だけじゃなくて身体を使うテストもあったが、ものすっごい難易度高かった。

 

 いつぞや、私が嘗て《魔女》の郷へ手紙を届けたという話はした。

 あの後くらいから、鍛錬の勢いが増したのだ。

 《鋼》様はノリノリで実に楽しく訓練を行った。思い出したくない。

 

 ――やめ! ちょ、ストップ!! ちょっとアイネスさんが!! 倒れて! 倒れてるので!

 ――びょ、秒だけ稼ぐからその間に回復をさせなさグワーッ!

 ――デュバリィが戦闘不能になった! 待って待って下さい死にます死にま。

 ――聖技グランドクロス!!

 

 「……カタナ、顔真っ青だけどなんかあった?」

 「い、いいい、いや、なにも? なにもないよ? うん」

 

 物凄い鍛錬を思い出しかけて、即座に心の奥に封印した。

 畜生め、あのド阿呆(デュバリィ)め、レオンハルトさんに対抗して訓練をとか叫ぶのが悪い!

 本人が100回に1回しか勝てないからって!

 耐えてみなさいとか言われても耐えられねえよ!!

 

 いや落ち着け自分。冷静になれ。

 ……それに今は、余計な過去の古傷を思い浮かべる状況ではないのだ。

 ちょっと冷静に、と言い聞かせて、私はホームルームが終わるのを待つ。

 そのままサラ教官は軽そうな態度で連絡を終え、マキアスに号令をかけるように指示。

 解散となった。

 

 ――よし、落ち着いた。

 ――さて、覚悟を決めよう。

 

 「あの、サラ教官」

 

 緊張に深呼吸をしながら、廊下を歩いて去っていくサラ教官の背中に声をかける。

 四月の実習が終わって約三週間。

 あれこれ悩み、あれこれと考えてきたサラ教官との接触。ケルディックから戻って以後、何かとタイミングを計って来たのだが、何時も私かサラ教官の時間が合わないまま来てしまった。

 

 理由の何割かは、私の意気地なしが原因だ。

 決意をしても即座に踏み出せるほど私は強くなかった。だけど。

 此処を逃せば、また延びてしまう。

 

 「なーにー? テストの範囲とかなら他の教官に尋ねなさいな?」

 「あ、あの、サラ教官。明日、お時間、空いていますか」

 「……明日ね」

 

 私が決意と共に言葉を吐き出すと、教官は少しだけ黙る。そして私の顔をじっと見る。

 多分、私は、はっきりとした覚悟を浮かべていたと思う。

 

 その顔が真剣だと伝わってくれたのだろうか。それとも拒否されるのか。

 私が焦燥感を覚えながら返事を待っていると、教官は無言で背を向けて、廊下の奥に歩き去っていく。

 ダメか、と思った。やはりダメか、と。そんな時に返事が来た。サラ教官は私と顔を合わせないように、背を向けたまま、首でこちらを微かだけ向いて、表情を隠しながら、静かに告げた。

 

 「良いわ、明日、時間を空けておく。場所は後で伝えなさい」

 「……はい」

 

 踏み出した。踏み出した以上、もう引き返す事は出来ない。

 自由行動日、まるまる一日を費やしての、相対だ。

 サラ教官への告白が、どんな結果を齎そうと、それを受け入れるしかないだろう。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 かくして私は、約束は取り付けたのだが――。

 

 ――そこで止まっている。

 

 具体的な方法が思い浮かばない。謝って謝って謝り倒すだけでは、決して改善されないだろう。土下座をするとか、そういうレベルの話ではないのだ。やっても怒りが収まるとは思わない。

 扉が叩かれる。次いでラウラの声がした。

 

 「カタナ、まだ起きているか? お客さんだ」

 「お客……、こんな時間に?」

 

 深夜という訳でもないが、そろそろ夜更けと言って良い時間。

 時計の針は22時を示そうという頃間だ。

 一応、寮には門限がある。律儀に全員が守っているわけでもないが、連日連夜、夜過ぎての外出を繰り返していたり、学生の本分を忘れて時間を浪費していたりすると、あまり教師受けは良くない。

 (尤も、寮の監督役である上級生に一言許可を貰えば良いだけであるがね)

 

 「フフフ、お邪魔するわ」

 「おおう……これは意外なお客様だった……」

 

 ラウラ曰く、夜の体力錬成から戻って来ると、丁度、玄関前にベリルが佇んでいたそうだ。

 

 ケルディックで未熟さを痛感したと言い、ここ最近のラウラは四月以上に張り切って鍛錬をしている。

 水泳部の活動を終えた後、勉学と両立しながらの日々の修練。外を回ってランニングするだけでなく、周囲に発生している魔獣を定期的に討伐してもいるらしい。

 おかげでここ最近、トリスタ周辺は治安が良い。

 

 感謝を返して、一先ずベリルの応対をする。

 制服ではなく私服だ。派手になり過ぎない、フリルや刺繍が多く施された衣装。似合う。

 彼女が無意味な会話をしに、こんな時間にやって来るとは思わない。何かあるのだろう。

 

 部活動で色々やった後での、再びの訪問だ。

 何時間か前とは、ベリルの目線では何か変わったのかもしれない。

 

 考え事をしながらでも腕は勝手に動くもので、今日の課題は終わらせている。

 とりあえず椅子を貸して、ノートと教科書は鞄にしまって机の上を解放。空いたスペースに適当にお茶でも差し出してみる。お茶菓子は……ああ、これで良いか。瓶詰のクッキーを瓶ごと渡す。

 

 「……自分らで作ったフォーチュンクッキーをお茶請けにというのも、なんだけど」

 「ありがとう。直ぐ帰るけど、気持ちは受け取るわ、フフフ」

 

 食堂にも卸しているこの占いクッキーは大好評。

 売上の一部は活動費となり、お陰でオカルト研究部のお財布は潤っている。味も中々だ。

 

 「それで、一体、どのような、ご用件で」

 「小さなアドバイスをと思ってね。……サラ教官のことを、考えているでしょう?」

 

 彼女の視線は(不快ではないが)、私の内心を言い当てる。

 ……うわ、ばれてるし。私の『図星だ』という顔を見て、ベリルはくすくすと微笑んだ。

 話していないのだが。

 

 「大丈夫。《Ⅶ組》以外で気付いているのは、私と一部の教員くらい。……そして、知っている以上、放置は出来ないと思ったのよ」

 

 怪しい微笑みを少しだけ消した。

 静かに響く声は、穏やかだが不思議なトーンで、心の中にするりと入って来る。

 

 「今回の一件、貴方一人が頑張っても難しい。サラ教官自身にも、問題が発生しているの……。それを解決するためにも、仲のいいお友達を二人連れて行くと良いわ。あと――」

 「うん」

 「クロスベルで回収した、タイトルのない古書は、持っていた方が良いわ。多分だけどね」

 「えっ」

 

 そこまで情報知ってるの……!?

 サラ教官とのなんやかんやは、目敏い人間なら気付けるかもしれない。

 だが古書について知っているのはフィーだけだ。こっちは他のクラスメイトに話してすらいない。そりゃ『図書館回って来たよー』とはちらりと話題を出したかもしれないが、それだけだ。

 持っているのが見つかるとヤバい本について、私が情報を漏らすはずがない。

 

 「……あ、あの、ベリル」

 「驚いている顔ね。貴方のそういう顔、可愛いと思うわ。大丈夫、口外しないわよ」

 

 くすくす、と此処で彼女は普段の怪しい笑顔に戻る。

 怖っ! 約束を破るとは思ってないけど怖っ!!

 

 だけど、とも思う。

 其処まで見通せるなら、いっそサラ教官との立会人になってくれれば良いのでは?

 

 私の疑問に『それが出来れば苦労はしないのだけどね』と、少しだけ寂しそうに首を振った。

 その表情と仕草からは、本当に何にも出来ない、という諦観が僅かに見えた。

 ……ベリルにはベリルの事情がある、ということか。

 

 「……わ、分かった。じゃあ、今回は……素直に聞き入れて、おくけど」

 「けれど?」

 「その、何となく()()()()()()は……私的に放置できない、ので。今度、……一緒に、なんか、しよう」

 

 私の言葉に、彼女は少し目をぱちくりと瞬かせた。

 ……そんなに変なことを言ったかな?

 彼女が、助言しか出来ない、何か束縛のような物に邪魔されているならば、それを壊したいと思った、それだけなのだが。だってほら……私も、エステル達に、そうやってもらったし。

 

 「あら、……あら、あら? そうね? ……ふふ、困ったわ、結構嬉しい言葉よそれ」

 

 綻んだ口元は、フフフという擬音こそそのままだが、明るく弾んでいた。

 彼女の素面での笑顔を見るのは、本当に珍しい。ちょっと気分が明るくなる。

 

 「いいえ、……そうね。貴方の言う通り……私を舞台に上げる時を、心待ちにしましょう」

 

 嬉しかったからか、彼女は鈴のように笑ってくれた。

 幾つもあるクッキーの中から、ベリルは指で一つを摘まみ、それを丁寧に割る。

 そのまま中身を確認することなく、入っていた紙片を手渡してくれた。

 私の掌を包むように、優しく両手で受け渡す。

 

 「一人で抱え込むのも、仲間と一緒に乗り越えるのも、どちらを選ぶのも貴方の自由。だけど忘れないでね? 乗り越える時に大変なことは変わりがないわ。そして――傷を負うのも」

 

 迷惑になるのを承知で、同じクラスの皆を頼る。

 ベリルはそれを否定することなく、付け加えた。

 ――それでも大変だろうから、頑張って、と。

 

 「というわけで、明日の部活は無し……。安心して、お休みなさいカタナ。良い夢を。それと」

 

 ベリルは最後に、私の眼鏡の蔓を、ついと指さして。

 

 「貴方は裸眼の方が素敵よ。眼鏡、外しなさいな」

 

 そう言って、戻って行った。

 おやすみなさい、また明後日、学校で――私もそう返事をして、彼女を見送る。

 

 ……友達と話すと、それだけで元気になる。

 《Ⅶ組》の皆とは勿論、友達だけれども、ベリルもやっぱり大事な友人なのだ。

 掌の中にあった占い紙を広げると、ベリルの筆跡と――タロットカードが1枚。

 カードの方は、クッキーを割ったあの時に、一緒に手渡された物だ。

 

 『……占いには幾つもの意味があります。表だけではなく、いい意味で捉えましょう』

 『『吊るされた男』――意味を解釈するならば「徒労、投げやり、やせ我慢」。

 

 意味だけを見れば、サラ教官との接触は失敗に終わる、としか読み取れない。

 だがそうではないのだろう。

 

 やれ、これは、明日は大変なことになりそうだな、と思いながら。

 私は気合を入れる。

 そして気付いた。

 

 『どうすれば良いだろうか』という考えが『なんか何とかなりそうだな』と変わっているのだ。

 なんというか……フィーと委員長を連れて行けば、何とかなる、という気分になったのだ。

 

 漠然と、理由もないのに、確信めいた感覚があった。

 冷静に考えれば、ベリルが来る前と、何も変わっていないし、妙案が思いついたわけでもない。

 だけど不確かにも『いけそうな気がする』と思っている。

 

 「……なんか気合が入ったし……なんだろう、不思議だけど……きっと、大丈夫」

 

 きっと傷を負うだろう。そんなことは予想できる。

 それでも、と前に進める気がしたのだ。

 だからそれで、頑張ってみよう。

 ありがと、ベリル。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 第三学生寮の廊下を歩きながら、私は静かに口ずさむ。

 階段を下りながら、アルゼイドのお嬢さんにお礼を言い、外へと向かう。

 

 「さぁさ行く末、占いましょう。可愛い白蛇、何処に行く……」

 ――望むものはなにかしら?

 ――自らの力で歩む、苦しみと喜び――求めましょう、夢を。輝ける未来のために。

 

 小さく拍子を取りながら、私は新しいカードセットを掌の中で混ぜる。

 どこかで読んだ書物から言葉を借りて、歌うように力を籠める。

 そのまま引き抜いたカードには『吊るされた男』が『逆位置』で描かれている。

 無言でカードを切り直し、再び指の望むままに引き抜く。やはり『吊るされた男』が出る。

 ここまでくると、何かを作為を感じずにはいられない。

 

 「……フフフ、不吉なのが出っぱなしね」

 

 私の名前はベリル。

 しがない占い師で、しがない平民で、しがないオカルト研究部長で、しがない「蛇」の友人だ。

 「蛇」の名前を、カタナという。本名をエカターニャ・ニュムラティカ・アルビーだ。

 学生会館の廊下で声をかけてから今まで、親しく付き合ってきた。たった一か月半? いやいや友情に時間は関係が無い。

 

 さておき私の視点で言えば、彼女は「染み」だ。

 突然にぽっと出現した穴。唐突に目の前に落ちてきた雫。白紙に垂れたインク一滴。

 今迄見えていた世界に、突如として出現した『違和感』。

 世界を俯瞰的に見る事が出来るベリルにとっても『未知の要素』だった。

 だから最初の接触は、無視が出来ない、という不安の裏返しでの接触だった。

 でも――不安だったのは最初の接触だけだ。

 会話をしてみれば、直ぐに彼女が、ちょっと個性的なだけの同年代の少女なのだと実感できた。

 なんか過去は大陸の背後で蠢く秘密結社で暗躍していたようだが、私は気にしない。

 

 今までもこの先も、友人であろうと思っている。

 友人になるのに切っ掛けはない。声をかけた瞬間、気付いたらなっているものだ。

 

 「……貴方の想いが、届かないなんてことはないわ。私が保証をしてあげたい」

 

 部室に引っ張り込んで会話をしている時に、魅了された要素はある。

 魅了というと悪い意味に聞こえるが「ああ、この娘は、こういう部分が可愛いのだな」と分かる部分だ。

 簡潔に端的に言えば、カタナという娘は馬鹿だった。

 勉学が出来ない、という意味ではない。

 仕事が出来ない、という意味でもない。

 一番近い言い方をすれば『人間の感情の機微を知らなすぎる』という意味になる。

 頭がお花畑のようにメルヘンなのではなく、むしろ逆だ。徹底的に、思考という畑を手入れし過ぎている。要するに悩んで、考え込み過ぎて、結果としてお馬鹿なのである。誉め言葉だ。

 

 そんな一生懸命な娘、応援したくなる。

 

 馬鹿だな、と改めて思った。この娘は大馬鹿だ(だからつい世話を焼きたくなるのだが)。

 園芸部の猟兵少女(フィー・クラウゼル)とは、どっちが姉でどっちが妹なのかとやり取りしているようだが、ベリルからすれば妹だと即断できる。

 でもベリルが彼女に出来ることは限られている。

 出来る事は忠告をする事と、そして静かに動いて彼女の問題解決に貢献する事だけ。

 

 だから私の先の訪問は、友情だ。

 ここから先は、お節介だ。ほんの小さな意欲。

 

 お邪魔しました、と《Ⅶ組》の宿から出た私は、そのまま夜空を歩きながら自分の寮へと戻る。

 長い坂道を歩く途中で振り返ると、トリスタ駅の横に光る建物が見えた。

 先ほど出てきた第三学生寮。三階の西、角部屋がサラ・バレスタインの部屋だ。

 懐に忍ばせていた手紙を、取り出す。

 それを坂に投げると、折よく吹いた風がふわりと浮き上がり――そのまま飛んでいく。

 私に出来るのは、これくらいだ。

 

 「……本当に、これくらいなのだけどね。フフフ、カタナったら」

 

 ――その、諦めてる感じは……私的に放置できない。

 

 そんなことを言われてしまった。言われてしまったなら、期待してしまうじゃないか。

 傍観者でしかない自分を、舞台に引っ張り上げてくれる。

 ただの助言者ではない立場を渡してくれる。

 身体の高ぶりは、久しく感じたことが無いものだ。足取りも弾むというものだ。

 不確かな約束だが、私がお節介を焼くには十分だ。

 

 ここにはいない彼女に対して、私は届かないことを承知で口に出す。

 

 「カタナ、貴方は、貴方が思ってる以上に、周りから大事にされてるのだから」

 

 だからちゃんと乗り越えて、部室で会いましょう?

 友人が居ない部室を想像する。想像だけでも、一人きりだと広く感じられる。

 時々挙動不審なアホ顔が居ないのは、寂しいものだ。

 

 「『吊るされた男』か。貴方の行いは無駄にはならないわ。だけど」

 

 多分、ずっと過酷な一幕を表すだろう。

 

 ――私は、やらなければならない。過去の負債を、支払わなければならない。

 ――サラ教官と向き合うと決めた。自覚して、先送りしてきた問題と、対決すると決めた。

 ――その結果が悪くても、それは私の責任だ。受け入れねばならない。

 

 カタナのその気持ちは間違いではない。

 だが、彼女はブレーキを踏むのが下手だ。自分自身にダメージが来るのを承知でアクセルを踏み込んでしまう。

 何かに立ち向かうのに、何時までも怯えて震えていては何も始まらない。

 しかし同時に、自分から崖に飛び込んで自殺するのは違うのだ。

 

 「ねえ、どう思う? 素敵な黒猫さん?」

 

 第二学生寮へ戻る寸前、ふと自分の背後を振り返って、そう尋ねる。

 夜闇の中、ベリルを静かに追跡していた黒猫と、目が――()が合った。

 尾に青色のリボンを付けた、すらりとした美()な黒猫。金色の瞳は、野良猫や普通の飼い猫には持てない知性を示している。

 

 「………にゃぉうん」

 「フフフ。なんてね。貴方も気になっているなら、一緒に行ってみると良いんじゃないかしら」

 

 ベリルの言葉に、猫は返事をすることなく、ついっと顔を背けて、去っていく。

 あの分ならば信じて良さそうだ。

 恐らく、口では色々厳しいことを言っていても、意外と甘くて優しい、というタイプだろう。

 

 「出来ることは全部やった……あとは、明日、どう転ぶか」

 

 第二学生寮の自室に入り、窓からトリスタ駅の方を見る。

 そちらに居る友人に向かって、小さくエールを送った。

 

 「明後日、部室で待ってるわ。だから何時もの呆けた顔で、やって来なさい」

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 窓枠に着地をした黒猫を、エマ・ミルスティンは確認する。

 優雅な足取りで入室した彼女、セリーヌは、入り口のマットで丁寧に足を拭いてからベッドに横になる。そうして欠伸をしながら、口を開いた。

 

 「ふぁにゃ……。……エマ、貴方、明日あの小さいのに誘われてるんでしょう?」

 「カタナさんのことなら、確かに誘われているけれど。セリーヌ。何か問題がある?」

 「別に。ただ、貴方のことを《魔女》と知った上での計画なら、良い性格をしてると思ってね」

 

 セリーヌの言いたいことも分かる。

 彼女は入学式の時から、エマと接していた。《魔女》だと分かった上で、交流を持ちに来た。

 何かと心配性なセリーヌは、カタナが何かを企んでいるのではないか、と疑いの目を向けている。彼女が何やら怪しい組織に属していた経験があり、その中にはエマの義姉ヴィータが居る(らしい)ことも拍車をかけている。

 

 明日のことに限らず、《魔女》である事実を利用して、今後も何かと面倒を引き起こすのでは、と。確かに……そう思えなくもない。

 

 「そうですね。何割かは、あると思います」

 

 少し言葉を選ぶ。

 彼女はそこまで計画的に動けない、とは言えない。

 そのくらいの狡猾さはある。多少なり打算はあるだろう。だがそれが全てではない。

 

 「――彼女は、私とフィーちゃんが、教官と話をするのに、一番、良いと思ったんでしょう」

 

 カタナとフィーとの仲が良いのは周知の事実。クラスの中でも『小さいコンビ』扱いだ。

 そしてエマは、そんな二人とは一番良く話をし、良く一緒の時間を過ごしている。

 宿題を三人でやるとか、なんだかんだ一緒に入浴するとか、部活同士の交流とか。

 カタナは、アリサやラウラとも段々距離を縮めている。対するフィーは、まだぎこちない。

 

 「それに、最初に頼まれたんです。無茶なお願いをするかもしれない、って」

 

 そう、ド直球に、お願いされた。

 《魔女》としての力を借りることになるかもしれない、と。

 勿論確約は出来ない。だから『出来る範囲でなら』と言ってある。

 

 「《魔女》だから良いではなく……《魔女》としての力で助けて欲しい、と言われました」

 「ふうん……まあ良いけどね。旧校舎の近くで待ち合わせなんだって? あの場所、まだ調査が終わってないんだし、何があるかわかんないんだから、まあ精々怪我とかはしないようにしなさいね」

 「そうですね……」

 

 遠回しに心配をしてくれるセリーヌに、『新鮮ミルク』を出す。

 深夜の散歩でお腹を空かせたのか、彼女はのんびりと舐め始めた。

 

 「サラ教官と、カタナさんの仲が悪いのは、委員長としては見過ごせません。それに」

 「それに?」

 「私とカタナさん、まだリンクがそこまで強くないんです。……女子の中で、私だけ置いていかれるのは、どうかなって」

 

 エマのARCUSは、まだ其処までリンクが強くない。

 パルム市組とは仲が良くなったが、飽くまでもそこそこでしかない。ちゃんと強度が上がったのは、フィーくらい。これが良い機会になればと思ったのだ。

 

 「ま、エマがそう希望するなら、私に止める理由はないわ。だけど気を付けなさいね」

 

 セリーヌは、念を押すように繰り返した。

 

 「無茶をするのは若さの特権だけど、あの娘の無茶は、本当に無茶を言うわよきっと」

 「……かもしれません。でも」

 

 エマは期待をするように、微笑む。

 

 「そろそろ『委員長』呼びも、変えて欲しくなりましたから」

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 ――彼女は生徒だ。

 ――生徒として一生懸命ならば、それを無下にしてはならない。

 

 この一か月、サラ・バレスタインは、カタナに対して、努めて冷静に接していた。

 今の己は教師で、彼女は生徒。そう言い聞かせ、我慢をしてきた。

 だがそろそろ、それも限界だ。

 

 ベリルからの手紙は、封を開け、中身を読んだ。

 その内容は、明日カタナに伝えるとして。

 まるで頭の中で、二つの意思がぶつかっているようだ。

 

 ――そうだ、明日オマエハ、決着を付ける。

 ――因縁に終止符を。その手で過去を塗りつぶすのだ。

 

 頭痛と共に、そんな囁きが響いている。反響する叫びが消えてくれない。

 暴れそうになる身体を抑え込み、無理やりに口の中に薬剤を入れて、飲み込む。

 唯一 ―― ()()()()手に入れていた青い薬だけが、僅かに囁きを消してくれている。

 飲んだ瞬間、心の中の叫びが和らいだ。

 

 肩の力が少しだけ抜ける。息を吐きながら、椅子に座り、机へ倒れこむ。

 

 おかしい。

 ああ、おかしい。おかしいとも。

 己の何かが狂っている。確かに私は、あの娘をしたことが許せない。

 だがこの雑音(ノイズ)はなんだ。この耳を塞いでも聞こえる、騒音はなんだ?

 此処まで私の心は凶暴で、荒れ狂っていただろうか?

 

 じわり、じわりと心が鈍く、醜く、変貌している。

 酒瓶の小さな澱が降り積もって分厚く淀むように、負の感情が心の中を侵食してきている。

 心の中を苛む衝動が、暴れそうで、破裂しそうになっている。

 今日の放課後、彼女から「会いたい」と言い出された瞬間、ついに来たかという感覚と共に、己の表情を顔に出さないのに必死だった。カタナ自身も必死な顔だったが、サラとて表情を隠すのに必死だったのだ。

 周囲の目があったから、なんとか堪え切った。

 けれども明日は、分からない。

 

 明日の午後。サラは彼女と対峙する。彼女が何を言うのか。

 分からない。

 

 察してはいるが、認め難い。彼女は自分から歩み寄って来た。サラが自ら歩み寄れるか。

 分からない。

 

 ひょっとしたら、銃を彼女に向ける事になるのかもしれない。

 分からないのだ。

 

 明日が分水嶺だ。

 サラ・バレスタインが、カタナという少女にどう向き合うかを決定付ける、最初の分水嶺。

 カタナが自ら舞台を降りるのか、サラが他生徒を置いていくほどの不祥事を起こすのか、それとも何かのはずみで相討ちとなり両名がこの学院から消える事になるかもしれない。

 ひょっとしたら、体のみならず心までも、壊れて。

 そんなことはありえない、とは言い切れない。

 

 ――お前は、あの娘を――

 

 うるさい。うるさい黙れ。

 酷くなる頭痛に、返す。

 

 ――黙っていなさい!

 

 ――黙ったところで、心は偽れまい。

 ――素直に衝動に委ねてしまえ。

 ――あの娘が憎いだろう?

 

 ――黙ってなさいと言っている!

 

 最後に落ち着いて休めたのは何時だっただろう。

 ケルディックの前? いや、もっと前? 何時からだ? 私は何処でこうまで歪んでいる?

 不味いことは分かっている。だがどうすれば良いのかは見えない。

 

 思えば――サラ・バレスタインが、頼れる相手は、居ない。

 生徒が生徒同士で絆を深めることが出来ても――サラ自身がその輪の中に入れてはいない。

 教職員の皆とは、無論しっかりと交流はするし、偏見や差別もなく一緒に働いているが、親身に愚痴を吐ける程でもない。

 トヴァルとの連絡は少なく、彼以外の遊撃士との交流はさらに少ない。

 ギリギリまで追い詰められた心が、罅割れ、圧壊するのも道理と言えた。

 

 ――頭が痛い。――休まなければ。まずは、休んで、明日を迎えるのだ。

 

 再び青い薬を飲み込む。和らぐ。

 だが直ぐに来る。再び飲む。今度は和らがない。

 

 瓶から再び、錠剤を呑む。残りが――少な――。

 

 ―――――。

 ………。

 

 彼女の意識は、そこで途切れている。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 二人にとって審判となる、翌日の放課後は、あっという間にやって来た。

 

 そして、破裂した。

 

 5月23日:自由行動日。

 放課後、17時。

 サラ・バレスタイン、フィー・クラウゼル、エマ・ミルスティン、カタナ・N・アルビー。

 四名は、旧校舎前で、意識不明の状態で発見されることとなる。




次回、燃え燃えなVSサラ教官戦。
あれもこれもを使っての全力バトルでございます。
ふふふ、お楽しみに。

『恋人』はバリアハートに掛かる占い。
『吊るされた男』は今回のサラ教官との諸々に関する占いです。

Q:《Ⅶ組》での座席順。
A:前列が窓際からカタナ・フィー・エマ・マキアス・エリオット。
 後列が窓際から、ラウラ・アリサ・リィン・ガイウス・ユーシス。
 ミリアムがやって来るまではこの順番。身長は大して変わりないと言ってはいけない。

Q:『結社』での鍛錬。
A:アリアンロード様が相手になった時には何もできずボロボロ。傷一つ付けられない。
 あんまり参加したくないのに、強引にデュバリィに誘われたこともある。
 そして鍛錬終了後に互いに口喧嘩しながら一緒にお昼を食べる。でも友人ではないらしい。

Q:ベリルからカタナへの評価
A:意外とボロクソに言っているが、それを言っても怒らないという信頼が互いにあるが故。
 その内カタナとベリルのコンビでの活躍は出す予定。

Q:ベリルの詠唱
A:ガガーブトリロジーより。子熊のバンバンと同じファンサービス。
 尚筆者はプレイ済みだが、PSPが故障したのでどっかでもう1回やる機会を探している。

Q:ベリルを傍観者にはさせない。
A:カタナ、頑張ってベリルを舞台に引っ張り上げることを約束。
 本人は認めたがらないが、この辺の積極性はエステルから学んでいる。

Q:今回のARCUS。
A:カタナ―エマ―サラ教官のリンク強化ルートでもある。
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